サイレンススズカと同棲する30日間   作:十六夜みやこ

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6日目

【1月6日】

 

「トレーナーさん、愛してるゲームをしましょう」

「……ごめん、もう一回言ってくれる?」

「愛してるゲームをしましょう」

「聞き間違いじゃなかった」

 

 早朝から初雪が降り、昨日とは打って変わって冷え込んできたこの日。厳しい寒さに身悶えながらも仕事を乗り切って帰宅したのち、俺の頭は季節外れの台風のごとくかき乱された。

 

「やっぱりお仕事でお疲れなんですね……お風呂は沸かしてありますので、ゆっくり湯船に浸かって疲れを癒やしてください。ゲームはその後にやりましょう」

「そのゲームやるのは確定なんだ。逃げちゃダメかな?」

「ダメです。逃げは私の専売特許ですよ?」

「今のお前は間違いなく追い込みだよ」

 

 にこにこと微笑むスズカ。今までは年相応で可愛らしいと思っていたその笑顔も、ここ最近の距離の近さから考えて、実は裏に何かを隠しているのではないかと勘ぐってしまう。

 そもそも、スズカってこんな俗っぽい子じゃなかったような。出会ったときは、走ること以外にはほとんど興味を示さなかったのに。フクキタルあたりの入れ知恵だろうか。

 

「一応聞くけど、なんでそんなことやろうと思ったんだ?」

「冬休み前の話なんですけど、クラスメイトの誰かが持ちこんだ少女漫画にそういう場面があったらしく……しばらく流行ったかと思えば、そのゲームを担当トレーナーさんとするウマ娘がどんどん増えていって」

「先月『トレーナーとウマ娘の距離が近すぎる』なんて何度目かもわからない警告が出されてたのはそのせいだったのか……」

「私もこの波に乗らなきゃ、って思ったんです」

「思うな」

 

 とりあえずフクキタル、疑って申し訳なかった。

 

「と、とりあえず、風呂に入ってくるよ。ご飯はできてるのかな? まだなら一緒に作ろうか」

「あ、作っておこうかと思ったんですけど、やっぱり作りたてを食べてほしくって。下処理はしておいたので、トレーナーさんがお風呂から上がるときを目安に作り終えますね」

「なんてよくできた娘なんだ……」

 

 あまりの用意のよさに、一周回って申し訳なくなる。

 いつの間にここまでの細かな気配りが、そして思いやりあふれる行動ができるウマ娘になったのか。

 もはやどこに嫁に出しても恥ずかしくないほど、素晴らしい女性になっているに違いない。たまの爆弾発言も、まあご愛嬌だ。

 しかしどうか、その優しさや可愛らしさは俺でなく、友人やら将来の彼氏やらに向けてほしいものだと、切実に願うばかりだった。

 礼を言った後、脱衣所でスーツやワイシャツを脱ぎ始める。

 今日はとことん寒かったし、スズカには申し訳ないけれども少し長めに湯船に浸かろう。

 風呂からあがる頃には、ゲームの存在なんて、彼女も綺麗さっぱり忘れてしまっているだろう。そうであって欲しい。頼むから、ほんとに。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「お風呂上がったよ、いいお湯だった」

「それはよかったです。ところで、ご飯にします? ゲームにします? それとも──」

「おっと、風呂の後にくるパターンは初めて見たぞ」

 

 やはり覚えていやがったかこんにゃろう。

 もはや諦め半分、期待半分で続く彼女のセリフを待つ。

 

「わ……わ、わた、わたし…………あうぅ」

「……恥ずかしいなら言うなよ」

 

 スズカは茹でダコみたいに赤らめた顔を手で抑えながら、両耳をへにゃりと前に倒した

 年頃の少女らしい反応を見せる彼女に安心して……いや、そもそもゲームとはいえど、トレーナー相手に愛の告白をしようとしていること自体がよくなかった。最近の俺は、どうも感覚が麻痺しているのかもしれない。

 

「さ、冷めちゃいますから、とりあえずご飯食べませんか?」

「わかった。でもその前に洗面所行って、自分の顔を冷ましてきたほうがいいぞ」

 

 冗談交じりにそう指摘すると、自分の顔が真っ赤であることにようやく気がついたのか、スズカは脱兎のごとく洗面所に駆けていった。すぐさま蛇口をひねる音と、ばしゃばしゃと水が顔にぶつかる音が勢いよく聞こえて──。

 

「ひゃあっ!? つ、つめたい!」

 

 間を開けることもなく悲鳴が聞こえた。それはそうだろう、としか言えない。

 とはいえ、こういった掛かり気味なスズカが見れるのも今だけなのかと思うと、どこかもの寂しい気持ちになってしまうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「さ、先ほどはお見苦しいところを……」

 

 テーブルに鼻先が着きそうになるほど、深くうなだれるスズカ。一連の行動がよほど恥ずかしかったらしい。

 

「いや別に……まあその、とにかく食べようか」

「はい……それでは」

 

「いただきます」と、諸々に感謝を込めて合掌をする。

 最近、意図せずともスズカとタイミングがピッタリ合うようになってしまい、いささか恐怖を感じてしまう。

 

「今日はクリームシチューかぁ。いいねいいね、今日みたいな寒い日と相性抜群だな」

「はい。そしてこっちが」

「……え、冷やしトマト? なんで?」

「交互に食べたら、なんだかサウナみたいに疲れも取れそうじゃないですか?」

「……?」

 

 さすがにその感性にはついていけなかった。

 いや美味しいんだけどね、冷やしトマト。冬だろうと、作ってもらえればありがたく食べるけどさ。まさかそんなぶっ飛んだ発想から作られたものだとは思わないじゃん。

 俺はまだまだ、スズカを理解できていなかったのかもしれない。トレーナーってむずかしいな、と思った。

 

「えぇと、味のほうは……うん、うまい。野菜との相性も良いし、これならいくらでも食べられそうだ」

「よかったです……! あ、冷やしトマト、どうですか?」

「メインはそっちなの? まあ食べるけど……ん、これも美味しいな。もしかしてこれ、ドレッシングは手作り?」

「はい。お酢をメインに、砂糖やオリーブオイルを」

「へぇ、そんな作り方があるのか。玉ねぎの辛みもよく合うな。これは冬でも食べたいかも」

「……ふふん♪」

 

 前を向くと「そうでしょう」とでも言いたげにドヤ顔をしているスズカがいた。何が彼女をそこまで突き動かしているのかはわからないが、悔しいことにちゃんと可愛い。

 少し不思議な関係だが、笑いの絶えない、あたたかい食卓。一人暮らしでは決して味わえないような、幸せな時間。

 この瞬間が、ずっと続けばいいのに……。

 

「トレーナーさん、そろそろ愛してるゲームをやりましょう」

 

 秒で終わった。こんな展開、一日目にもあったような。

 

「あああ忘れてなかったのかよそれっ……!」

「もちろんです。私、記憶力はいいほうなんですよ?」

「こんなところで使うんじゃない」

 

 スズカは忘れていなかった。教育者殺し(愛してるゲーム)の存在を。

 

「どうしてですか、ちょっと愛してるって言い合うだけじゃないですか……!」

「ちょっとじゃないって。下手すればトレーナー人生終わるやつだって」

「トレーナーさんが責任を取ってくれれば問題ないじゃないですよね?」

「なんで俺!? その場合、辞める責任を取るのはそっちだろ!」

 

 何故だろう。同じ単語について話しているはずなのに、どうも話が噛み合っていない気がする。

 

「……あ、もしかしてトレーナーさん、恥ずかしいんですか?」

 

 スズカにしては珍しく、口角を吊り上げてにやりと笑う。

 

「はい?」

「そうですよね、すみません。もういい歳した大人なのに、女性との交友経験がほとんどないトレーナーさんにはむずかしかったですよね。デビュー前のウマ娘に、有マ記念を走らせるようなものですもんね……」

「ちょっと待てや」

 

 冷静に考えなくてもわかるような、取るに足らない安い挑発。

 今の時代、こんな喧嘩を買う人なんて小学生でもいないだろう。

 

「誰が経験ないって? 楽勝だけど? 『愛してる』くらい余裕で言えるけど?」

 

 ……俺以外は。

 

「さすがトレーナーさん。では、やりましょうか。ルールはご存知ですよね?」

「ああ。お互いが相手の目を見ながら『愛してる』と言って、先に照れたり笑ったりしたほうが負けなんだろ?」

「はい。付けくわえると、愛を伝える言葉だったら一字一句その通りでなくてもよかったり、愛してると伝えられた人は、自由にリアクションをすることもできるそうです。ローカルルールかもしれませんけどね」

「なるほどな。問題ない、受けて立つぞ」

 

 覚悟を決めるように、両手の指をポキポキと鳴らす。

 

「先行後攻はどう決めます?」

「まあ、無難にじゃんけんで勝ったほうが選べばいいんじゃね。じゃあ行くぞ。じゃん、けん──」

 

 ぽん! と二人の声が重なり合う。

 見ると、俺の出した手はパー。スズカはチョキを出していた。

 

「……幸先が悪いな」

「では、私は後攻を」

 

 スズカは後攻を選んだ。理由としては、

 

『俺が恥ずかしくて言えないと思っている』

『何を言われたとしても動じない自信がある』

『俺を弱らせてから、確実に自分の言葉で止めを刺したいと考えている』

 

 といったものが挙げられるが、いずれにせよ、俺に撤退の選択肢はなかった。

 調子に乗っているスズカにお灸をすえて、大人の怖さを思い知らせてやらねばならないのだ。

 

「それじゃあ、いくぞ」

「ええ、いつでも」

 

 見ていろスズカ。これが、大人の力───。

 

「……あ、あい、あいして……ひゅ」

 

 ごめん嘘。今の無し。

 

「……以上です」

 

 やばいやばいやばい、いざ目を合わせて真剣な雰囲気で言おうとすると、想像の数百倍

恥ずかしい。

 しかも言葉を詰まらせるだけじゃなくて、最後とか思いっきり噛んだし。できることなら、今すぐこの場から消え去りたい。

 ほら、スズカも呆れて黙っちゃったし……というか、それにしても静か過ぎる。彼女は何をして──。

 

「……はぃぃ」

 

 違った。俺と同じで、恥ずかしくなって何も言えなくなっているだけだった。

 というか、顔があまりにも紅すぎる。ほおずきもびっくりするくらい真っ赤な頬だ。鏡を見ていないだけで、俺も人のことは言えないのかもしれないが、さすがにここまでではないだろう。どれだけ照れているんだ。

 

「や、やりますね、トレーナーさん……つぎは、私の番です……」

 

 強がってこそいるが、その声はわずかに震えている。

 俺の無様な姿を見て、自分も同じようになるのかもと怯えているのかもしれない。その気持ちはよくわかる。が、慈悲は与えない。地獄は平等に与えられなければならない。

 

「いきますね……」

「こ、こい」

 

 さあ来いスズカ。言い出しっぺの実力を見せてみろ──。

 

「あい……あい、し、て……ぅぅ……る……?」

 

 お前もかよ……とつっこみたいところだが、今はそれどころではなかった。

 

「~~~~っ! ~~っ!」

 

 額に両手を強く押しやり、机を睨みつけて。強く歯軋りをしながら、俺は必死に声を押し殺す。

 その破壊力──すなわち彼女の可愛らしさは、なんとしても耐えねばと心に張っておいたバリケードを安々と突破してきた。

 ちらりと視線を上に向ければ、スズカは俺から目をそらしながら、口元を手で隠していた。

 どこか色っぽくも、あどけなさが残るその照れ顔に、またしても悩殺されそうになる。

 もはやどちらが勝者かはわからない。今回で言うなら、目線をそらしたスズカの敗北と取ることもできる。

 しかし遡れば、はじめに「愛してる」と言ったときの、俺自身の赤面や声の震え。あれは疑いようもない”照れ”だった。照れたり笑ったりすると失格、というルールに従うなら、俺はあの時点で負けていたのだろう。

 スズカがゲームを続けたのは、その行動を照れとみなさなかったからなのか、それとも──。

 

「……引き分けにしようか」

「そ、そうですね……」

 

 ひとまずは熱暴走した頭を一刻も早く冷やすべく、勝敗は宙吊りにしておくことに決めた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 しばしのクールダウンをして、その後食事を終えた俺たちは、ぼーっと視線を泳がせながらテレビのバラエティ番組を眺めていた。

 どこかの夫婦の新婚特集という、さして興味もそそられない番組ではあったが、無言に耐え続けるよりはよほどマシだった。

 というのも、先のゲームを終えてからずっと、おそろしく気まずい空気が流れている。

 有り体にいえば、恥ずかしくてスズカに話しかけられない。歳に見合わぬチキンハート……彼女の煽りも間違っていなかったことを痛感してしまう。

 目の前のテレビに堂々と写っている夫婦も、職場にいる既婚の先輩方も、みんなそれぞれの恋愛を経ての今があるわけで。

 何食わぬ顔をして過ごしているが、それはきっと、当人同士の濃密なドラマの末につかんだ、かけがえのない幸せなのだろう。そう考えると、尊敬の念に堪えない。

 

「……トレーナーさん」

「な、なんだ?」

 

 不意に、スズカが話しかけてくる。どう話しかけていいかわからなかったので、正直助かった。

 

「さっきの、すごく恥ずかしかったですね」

「ああ、そうだな……」

 

 今更隠すことでもないので、正直に言う。

 

「トレーナーさんを煽っちゃったりして、ごめんなさい。それでも私、あのゲームをやってよかったです」

「え、よかったの? なんで?」

 

 その言葉に驚き、つい理由を尋ねてしまう。

 俺だって、やらなければよかったとは思っていないし、スズカの新たな一面が見れて嬉しかった節はある。しかし羞恥心やらトレーナーとしての立場やらを考慮すれば、よくてフィフティーフィフティーだった。

 彼女にも彼女なりのデメリットがあったはずなのに、それを差し置いて「やってよかった」と断言できるのには、どういった理由があるのだろうか。

 

「トレーナーさんが、私に照れてくれたから」

「へ?」

 

 これは──ああ、もしかして。

 

「これ以上は、言いません」

「……またそれか。今度は怒ってどっか行かないでくれよ?」

「ふふっ、行きませんよ」

 

 スズカは、沈み込むようにソファーの背もたれに身体をあずけて、

 

「それに、今回はトレーナーさんも、薄々気づいているのでしょう?」

 

 どこか落ち着いた目線をこちらにやりながら、そう囁いた。

 

「さあ、な」

 

 俺は気づかないふりをして、言葉を濁すしかなかった。

 この感情はきっと、熱にうだされているだけ。アスファルトに降り積もる初雪のように、明日の朝には消えてしまうもの。

 だとしたら、もうしばらくはこのあたたかさに身を委ねていても、バチは当たらないだろう。

 今だけは、立場も寒さも忘れて。

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