危険のない範囲で思う存分に罠の試運転を済ませられたころ。
オビトとトビラは、うちは一族長の邸宅前にいた。
「う~緊張するなぁ……」
「だからと言って、いつまでもここにいても仕方ない。俺は行くぞ」
「待てよ、トビラ! 分かったから、俺が先陣切るぞ!」
「あら、あなたたち」
急に後ろから声をかけられ、オビトが大げさに驚いた。
「うわぁあっ! み、ミコトさん?」
「ええ。オビト君とトビラ君ね。どうしたの? 族長に何かご用?」
「いや、用があるのはフガクの方だ。少し聞きたいことがあってな」
「そ、そうそう! 警務部隊の本部に行くか迷ったけど、こっちの方がいいと思って」
話しかけたのはミコトだった。
上忍ベストを纏っているためこれから任務なのかもしれない。
話しやすいミコトが見つかって安心したオビトはそうだ、と手を打った。
「なあなあ、うちは一族専用の忍具屋ってどこにあるか知らないっすか?」
「あら、猫バアのことね。ええ、勿論よ」
「俺たちの場合、その猫バアとやらの場所で手裏剣などを買うべきなのか、他の忍具屋で買ってよいのか判断がつかなくてな。フガクにそこのところを確認しようと思っていたんだ」
「そっか。あなたたちはご両親がいらっしゃらなかったわね……そうね。この時間ならまだあの人も家にいると思うから私も一緒に行くわ。入りましょう」
「やった! ありがと、ミコトさん!」
うちは地区の端に住み、普段一族との関りが薄いオビトにとっては族長の屋敷など入りづらい場所ナンバーワンだ。
ミコトを先頭に3人は門をくぐり、玄関先に着いた。
タイミングよく、フガクが中から出て来た。
「……ミコトか。どうした?」
「猫バアのことを聞きたいみたいよ。手裏剣が欲しいみたい」
「……そうか。悪いが今から警務部隊の仕事だ。夕方に改めて来てくれ」
「わ、分かりました! すみません、仕事前に!」
「いや、そろそろ説明した方が良いと思っていたころだ」
急ぐらしく、フガクはそのまま行ってしまった。
ミコトの後をついて敷地の外に出たオビトはふー、と息を吐いた。
「ふふ、緊張した?」
「めちゃくちゃした……」
「ごめんなさいね。怖く見えるかもしれないけど、不器用な人なのよ」
「怒ってねーよな?」
「もちろんよ。子供と話すのに慣れていないのね、きっと」
「そっかぁ~! ならいいんだ! そういやトビラも言ってたもんな! 怒ってるんじゃなくて不愛想なんだろうって。ミコトさんも言うならそういう人なんだな!」
オビトはスッキリとした顔になったがトビラはギョッとした。
「兄さん! そういうことは人前で言うな!」
「え? やっべ! いや、えーっと、今のは不愛想じゃなくって……えーと、不器用! 不器用なんだろうなぁって、な!」
支離滅裂な弁解をするオビト、諦めて逃げる準備を始めるトビラ。
ミコトは慈愛の笑みを浮かべた。
「オビト君だけじゃなくて、トビラ君も意外と素直ね」
「ミコトさん。フガクさんには今言ったこと、内緒で」
「そのくらいならあの人も気にしないわよ。ちょっと凹むかもしれないけど」
双子、主にオビトを安心させようとミコトは悪戯っぽく笑った。
「任務前にすまなかったな」
「いいわよ。族長の家なんて来づらいでしょうから。じゃあ、私もそろそろ行くわね」
ミコトも見送った二人は当てもなく歩き始めた。
「トビラ、夕方までどうする? 修行すっか?」
「そうだな。せっかくうちは地区の中心に来たことだし、そこの池で火遁の練習でもするか」
「お! いいじゃねーか! よぉし、前よりもデケー炎出すぞ!」
それから二人は夕方まで修行して時間を使った。
フガクが帰宅したころ、再び族長宅を訪れたオビトとトビラは客間に通された。
正面に座ったフガクが重々しい顔で口を開いた。
なお、重々しく見えたのはオビトだけで、トビラは、
――相変わらず不愛想な奴だ。
などと失礼なことを考えていた。
「君らが言っていたように、うちは一族は猫バアという方から忍具を流通してもらっている。場所は空区」
「空区? トビラ、里にそんなところあったか……?」
「どこの国や里にも所属していない地域だ」
「その通り。猫バアの一族とは木ノ葉隠れの里が出来る前から、代々取引してきていて、今もそれは続いている」
「一族の者はいちいち空区へ行かねばならんのか?」
「猫バアとの窓口は族長に連なる家系が務めている。各家で必要な分を申請し、こちらで統括するシステムだ。中には君らのように働き手のいない家もあるから、その場合は下忍になるまでは一族の資金から支給している」
「そう言う割には俺らは両親の遺品でやり過ごしてきたがな」
トビラがチクリと言うと、隣に座るオビトはギョッとした。
が、フガクは重苦しい表情のままで頷いた。
「それに関してはこちらの不手際だ。君らがアカデミーに慣れたころを見計らって忍具の管理についても教えようと思っていた。以前、おばあさまに伺った際も、両親の遺産があるとのことだったからそれまで持つと思っていたが……もう必要になるとはな」
「俺ら、アカデミー入る前からかなり使いまくって来たからな。そりゃあ、フガクさんが気づかなくても仕方ないっすよ! 婆ちゃんももう手裏剣が無くなったのかって驚いてたんで!」
「火遁の練習をしているのは見たことがあるが……手裏剣術の修業はどこで?」
「家の近くにある演習場とか、あとは西地区の川のそばにある演習場も最近はよく使います!」
「なるほど。どうりでうちは地区内であまり姿を見ないと思った。これからは地区内の演習場を使いなさい」
なんだかんだ言って、カカシとの修行が楽しくなってきたオビトとしては嬉しくない申し付けだ。
だけど、どう言い返せばいいのか思いつかない。
代わりにトビラがまたしてもチクリと言った。
「うちは一族と言えど、里の一員であることに変わりは無いのだから、里のどこで修行しようと良いのではないか。それとも何か都合が悪いことでも?」
オビトは思った。
――コイツ、ほんとこういう時に言うよなぁ……でももうちょっと言葉を抑えろよ!
オビトは兄として、(何の足しにもならないのは分かっているが)とりあえず場の雰囲気を良くするために笑顔をフガクへ見せた。
「ええっとぉ、俺ら、アカデミーで仲いい奴ともよく修行するし、それにうちは地区の演習場って中央にあるから、そのぉ、入りづらいなぁなんて……」
「君らもうちは一族であるのだから気負いする必要はない。が、言いたいことも分かる…………子供だから言わないでおこうと思ったが、むしろそれでは納得できないだろう。今から言うことは決してアカデミーなどで広めないように」
今度こそ、フガクの顔が重々しくなった。
「うちは一族が写輪眼という血継限界を持つ一族であることは分かっているな?」
頷くトビラとオビト。
「……戦時中、写輪眼を狙った同士討ちが多発した。恥ずかしいことに、その多くが一族の者同士であったが、中にはうちは一族でない者もいた」
「な、なんでそんなことを……?」
「写輪眼を奪い、己の力とするためだろう。それと研究目的も」
「そういうことだ。勿論、厳罰を下すことで事なきを得ているが、里の中にはうちはを狙う者も少なくない」
「まだ写輪眼は開眼してねーけど俺らも危ないってことか?」
「用心はしておいた方がいい。ただ……オビト、君は里の老人たちの世話をしているらしいな」
「え? フガクさん、知ってんの?!」
「話は聞いている。悪いことではない。それに関しては気にせず続けて良い。だが、君の親切心にかこつけ、うちはの情報を引き抜こうとする老人がいたら私に報告しなさい」
「なっ! 爺ちゃんも婆ちゃんもそんな奴いねーよ! 俺は里のみんなを疑うなんてできねー!」
「兄さん。あくまで、情報を引き抜こうとしている奴に対してだけだ。普段は気にするなとフガクも言っているだろうが」
トビラはオビトを注意しつつ、感心した。
――フガク、こやつは思っていた以上に分かる男だ。族長の息子ゆえ、一族寄りの立場ではあるが、里との融和を図ろうとしている。
「演習場に関しては分かった。だが、俺らはアカデミーの同期であるはたけカカシと修行することもある。その場合、奴をうちは地区の演習場に招くのか、その時だけ外の演習場を使うか、どちらが良い?」
「はたけ……白い牙の息子か。父親の方と修行することもあるのか?」
「たまにな」
「最近はよくアイツの家に行って罠作ったり、サクモさんに組手の相手してもらったりしてますよ!」
「…………親しいな。はたけサクモ殿が共にいる時であれば好きな場所で修行しなさい。子供だけの時は君らの家の近くの演習場を使いなさい」
「一族外の人間はうちは地区に立ち入らせたくないのか?」
「目立つのは君にとっても君らの友人にとっても本意ではないだろう」
――窮屈な話だ。
げんなりしたトビラに対し、オビトは元気よく尋ねた。
「フガクさん! 釣りは?西地区の川だとデカくて美味い魚がよく釣れるんですけど、まさか釣りもダメですか?」
「いや、釣りは好きにすればいいが……もしかして、食べ物にも困窮するほど生活資金が足りていないのか?」
「確かに夕飯のおかずを捕って来たら婆ちゃんが喜ぶってのもあるけど、トビラは川で釣った新鮮な魚が大好物なんですよ! だから釣りには行かせてやりてーんです!」
「そ、そうか……演習場を指定したのは、修行を見られることによって、一族固有の能力を不用意に悟られるのを防ぐためだ。他のことであれば好きに里を歩きなさい」
「良かったぁ! トビラ、これで魚は食い放題だぜ! やったな!」
「川の魚を食べつくさないように気を付けなさい」
「はい! 気を付けます!」
「…………」
――今のフガクの言葉……冗談ではなかったのか? 兄さんが真面目に返事しなかったら危うくツボるところだった……
トビラが静かにしているうちにフガクがまた話し始めた。
「話はかなり逸れてしまったが、忍具の管理はこちらでしているため、申請された分だけ用意しよう」
「マジっ?! あの、俺、風魔手裏剣っていうのが欲しいんですけど……」
「兄さん。先に普通の手裏剣とクナイだ」
「お前までカカシみたいなこと言いやがって……」
「君らの身体だと風魔手裏剣は持てないだろう。だが、忍具の見聞を広げるのは悪くない。来なさい。武器庫へ案内する」
オビトとトビラはフガクの後をついていき、広い庭の奥の奥にある倉庫へたどり着いた。
「おぉ~! すっげー! もうここが忍具屋みてーだな、トビラ!」
「一族専用ともなると圧巻だな。仕入れは大変だろう」
「一族の大人が数人集まればそう難しくない。里が出来、戦争が起きていない時代は族長の家系に限らず、子供にお使いで行かせていた」
「えっじゃあ、俺らも行けていたかもしれないってことですか? 猫バアのところに!」
「そうだな。今の状態がいつまで続くのかは分からないが、戦争が終われば君らにも頼むことがあるかもしれない」
「じゃあ早く俺が火影になって戦争を終わらせねーとな!」
「火影になったらお使いなんて年齢じゃないだろう」
「あ、そっか」
見慣れた手裏剣たちではなく、初めて見る大柄な武器に目を輝かせるオビトはあちこち走り回った。
「落ち着きなさい。怪我するぞ」
「フガクさん! あれなに? すっげーカッケーな!」
「あれは鎖鎌だ。扱うのには少しコツがいる。一族内で使い手がいたんだが、前の大戦で殉職してしまった」
「そ、そっか…………なあなあ、フガクさん。俺らの父ちゃんと母ちゃんってどんな忍だったか教えてくれねーか?」
「…………一緒に任務へ行ったことも無く、話したこともあまり無かったから俺は分からない」
「そっか……」
落ち込むオビトにトビラは声をかけた。
「兄さん! 少しは手裏剣とクナイも確認しないか! 兄さんも使うのだぞ!」
「悪ぃ、トビラ! でも、カカシと行った忍具屋で見たのと同じじゃねーの?」
「いや、重さがやや異なる。それに材質も……こちらの方が質が高いから、投げた時のブレも少ないはずだ」
「へえ! おっまえ、よくそんなこと分かるな。あ、でもそんな気がする」
「ぶふっ……兄さん、適当に言っただろう?」
「ち、ちげーよ! 俺もそう思ったんだよ! 本当だ!」
「分かった分かった。フガク、支給と言っていたが金銭は必要ないのか? 一応俺も兄さんも手持ちはあるが」
「気にしなくていい。一人前になってからもらうから今は貯めておきなさい。ただ、戦時中のため無駄遣いは許さん」
「無論だ」
トビラはやや考え、双子で使う必要最低限をフガクに告げた。
想定内の量だったようで、あっさりと了承が取れ、双子は無事に忍具を新調できた。
うちは地区の中心に来ることが増えた二人はある場所に行くことも増えた。
「おばちゃーん! うちは煎餅二枚ね!」
「あら、オビトちゃんにトビラちゃん。今日も修行かい。ここで食べていく?」
「おう! うちは煎餅は出来立ても美味いからな!」
煎餅の焼ける香りが食欲をそそる。
オビトはよだれを垂らしながら、トビラは煎餅が焼ける様を興味深そうに見ながら待った。
「見事な火入れですね」
「あら、トビラちゃん。ありがとう。うちはと言ったら火遁、火の扱いはこの里一番よ。ねえ、アンタ」
「おうよ! もう忍として戦えなくても火の扱いはどこにも負けやしねーぜ!」
店の奥から出て来た店主も加わり、夫婦は豪快に笑った。
「ほぉら、二人とも。焼き立てだよ。さ、お食べ」
「ありがと、おばちゃん!」
「いただきます」
オビトたちはお代と交換に煎餅を手に入れ、かじりついた。
パキッと音がして、口いっぱいに醤油の風味が広がる。
夢中になって食べる双子をうちは煎餅の店主夫妻は微笑ましく見守った。