その日、トビラは演習場にて一人で修行をしていた。
オビトも知らない秘密の修業というやつだ。
「…………」
だが、そんな彼に近づく影が3つあった。
「何かご用ですか」
「やはり気配に敏いな。うちはトビラよ」
振り返る前から影のうちの一つは分かっていた。
――久しいな、ダンゾウよ。
記憶よりもかなり年を取ったダンゾウにトビラは口角を上げた。
護衛として付き従うお面の二人はトビラの記憶にないチャクラだ。
「双子でありながら兄とは比べ物にならないほどの才能と知力……お主は根にふさわしい」
「根とはなんですか」
「光が当たる木の葉を闇から支える者のことよ……」
「つまり俺は暗部の勧誘を受けているということですか?」
トビラはダンゾウからの敵意を確かに感じていた。
「ほぉ、暗部の存在まで知っていたのか。どこでそれを? まさかお前の兄も知っているのか?」
「俺が勝手に大人たちの会話を盗み聞いただけです」
――本当は俺が作ったのだがな。
まさかダンゾウも暗部の創設者を暗部に勧誘しているなんて思わないだろう。
敵意を隠しもせず、値踏みするようにトビラを見た。
「盗み聞きか……プライドの高いうちは一族の割には正直だな」
「あいにく、一族との関係は希薄なもので」
「であれば、その才を里のために使うのもやぶさかではあるまい」
「無論の事。しかし一つ教えていただきたい」
「なんだ?」
「あなたの警戒はうちは一族に対してですか? それとも俺個人に対してですか? 初対面の里の仲間に対して殺気を出すのはやりすぎでは?」
トビラが淡々と問うとダンゾウは目を見開いた。
「…………どちらでもある、と言っておこう。だが、里へ忠誠を誓っていることがワシに分かれば、お主のことは信用してやろう」
「ほぉ……こんな子供をやけに警戒しているのですね。同じ里の仲間であるというのに」
――うちはトビラの中身……扉間である俺に気づいているのかと疑ったがそうではないか。子供の割に術が使える俺を警戒しているか……なんといっても今の俺はうちはの子だからな。妥当な警戒だ。
そんなことを考えているトビラが少し笑いながら言うと、ダンゾウは不快そうに睨んだ。
「里の仲間でありたいのならこれからの働きで示せ」
「言われなくとも、里の繁栄に全てをかける覚悟はもとよりあります」
「ふん。口ではどうとでも言える…………里の忍に必要なのは揺ぎ無い忠誠。己を殺し、里に尽くす自己犠牲の精神よ」
「俺にそれを感じられないと言いたいのですか?」
「そうは言っておらぬが……里のためにうちはを捨てよと命令したら捨てる覚悟はあるか? お主の大切な兄と祖母を捨てる覚悟は?」
「それが里のためとなるなら。里はすでにそこまでうちはを危険視しているのですか?」
扉間時代には、うちはが里に仇なす危機感は抱いていたトビラではあったが意外に思えた。
子供の姿で過ごしている時にはそこまでの危険性をうちは一族から感じていなかったからだ。
ちょうどいいからダンゾウから情報をもらおうと尋ねたのだが、ダンゾウとしてはそれが不服だったようで、さらに険しい顔をしている。
「もしも、里がうちは一族を監視していると言ったらどうする?」
「うちはに限らず、里が各一族をそれぞれ注視するのは当たり前かと」
「…………うちは一族が里の中枢にない今の状況をどう思う?」
「中枢にない? うちは一族は警務部隊という重要な役割を担っています。大切な里の一員です」
「それがうちは一族全体の意見か?」
「俺は族長じゃありませんので」
どこまでも前進しない問答。
トビラは戸惑っていた。
――ダンゾウよ、貴様は何を求めている? やはり年を重ねているからか、若いころのような分かりやすさも鳴りを潜めておる。忍としては良いのだろうが、ちと面倒だ。
一方、ダンゾウはと言うと、子供のくせにどこまでも感情を見せず、凪の状態を保つトビラに薄気味悪さすら感じ始めていた。
さらにはこんなことまで思っていた。
――なぜだっ! 目の前にいるのはうちはの子供だというのに……なぜ、俺は二代目様を思い出している……?
ここで「うちはトビラ」の中身は千手扉間だと思えるぐらい意外性のある考え方ができれば話は早いのだが、あいにく、ダンゾウはそこまで突飛な考えができるタイプではなかった。
うちはトビラへ感じる薄気味悪さはこう転換された。
――この子供はうちはマダラの直系……俺はマダラの人間性までは知らぬが里に仇なす残酷な男だったと聞く。もし、マダラの血が色濃く出ているのだとしたら、確実にこの先のためにならぬ。今、ここで……! いや、もしもこれほどの才能を里のために使えるとしたら、この先の戦争で役立つ…………
思案したダンゾウはある賭けに出た。
「うちはトビラよ。貴様の祖先のうちはマダラについてどう思う」
もしも、うちは一族内にいるマダラのシンパに影響され、すでにマダラを神格化しているとしたら殺すつもりだった。
だが、うちはトビラの反応は劇的なものだった。
「マダラ?! うちはマダラが関係するのか?! どういうことだ?!」
はっきりと顔に出た危機感、とても神格化しているとは思えない。
ダンゾウはこの時初めて、うちはトビラの感情的な面を見られたと思えた。
「なぜ、うちはマダラにそこまで反応する?」
「……マダラはうちはと言えど、この里に仇なした者だ。奴が何か関わる事件が起きるのだとしたら、うちはとして止めたい」
「ふむ……」
ダンゾウには分かった。
この子供が言っていることは本心だと。
「貴様、根に入れ」
「根? なんですか」
「根は暗部の養成機関である。アカデミーのような生ぬるい教え方ではなく、血で血を洗う教育も行う」
「暗部の養成機関?」
――俺のころには無かったものだな。
首を傾げるトビラにダンゾウは頷くのみ。
仕方なく、トビラは尋ねた。
「暗部と言うのは火影直轄の部隊だと認識しています。根も火影が命令を下すものと考えてよろしいですか?」
「根の責任者はワシである。そのため、根の者たちの権限もワシにある」
トビラは眉をひそめた。
「つまり火影も知らない命令をあなたが下すこともあると」
「その命令は里のためであることに変わりはない」
「根はあなたお抱えの私兵のように聞こえますが」
「私兵? すべては里のためである。里を裏より支えるため、時には火影にも気づかれぬようになさねばならぬこともある。迅速に」
じっくりとダンゾウを観察するトビラ。
――サルはきちんとダンゾウの動きを把握できているのか? これでは暗部が二分されているようなものではないか。
トビラとしては暗部と根の在り方には疑問があった。
――里を裏から支える組織があるのは良い。だがそれは暗部で事足りるはずだ。里の者や暗部、さらには火影すらも欺くほどの任務が必要なのか?
「あなたが俺と接触していること、火影は認識しているのですか?」
「貴様についてはワシが後で報告する」
――つまり勝手に接触しているということか。根への勧誘もサルは認知していない、と。
独断で動くダンゾウに危機感を覚えたトビラは根の勧誘を受け入れることにした。
潜入し、里の運営について調査するために。
だが、それは叶わなかった。
「そこで何をしている。うちはの子に何の用だ」
声をかけたのはうちはフガク、次期族長だ。
「……っ! ダンゾウ様でしたか。彼が何か?」
「いいや、なにも。将来有望そうな子供だ。うちは一族にとってはさぞかし隨縁の子となるだろう」
「ダンゾウ様、暗部への勧誘であれば一族の長である私の父に声をかけていただきたい。彼は親がいないから、族長とそれに連なる家系の我々が保護者です。何かと支援できることもありましょう」
「ほぉ。相変わらず一族愛が強いものだ。ぜひとも、里への貢献に役立ててもらいたいものだな」
「……我々うちは一族は警務部隊として日々、使命を全うしています。先の大戦でも多くの同胞たちが里のために命をかけました。それでも里は不満だと?」
「里が不満を感じている、そう思い込んでいるのはお主らであろう。里のために命をかけること。そんなことは忍として当然だがな」
――不満を煽ってどうする
トビラは半ば呆れながらも、フガクとダンゾウの間に流れる微妙な空気を鋭敏に感じ取っていた。
フガクの登場により、ダンゾウはこれ以上トビラへ話しかけることも無く姿を消し、同時にトビラにまとわりついていた監視の目も消えた。
フガクもそれが分かったのだろう。
息を吐き、冷静に言った。
「うちは地区内の演習場を使うように言ったはずだが」
「兄さんと演習するときは使っている。ここは俺の秘密の場所のつもりだった」
「ああいうのを招くから今後は控えるように…………ダンゾウ様と何を話していた?」
「暗部の勧誘を受けた。一族にとっても良いことなのでは?」
フガクは喜色を見せたものの、すぐ顔をしかめた。
「族長のところには届いていない話だな。火影様も我々に知らせずに君を暗部へ引き抜こうとしたのか?」
「いや、ダンゾウが勝手に動いたように見えた。詳しく聞く前に貴様が来た」
「……そうか。これはうちは一族に関わる問題だ。私の方から族長には話しておく。君も次の接触があった場合はすぐに知らせるように」
「ダンゾウは俺をうちはマダラの直系として危険視していた。秘密裏に動いていたのはそれも関係しているのだろう」
突然の告白にフガクは衝撃を隠せなかった。
トビラはそんな青年に畳みかけた。
「うちは一族も俺と兄さんのことは距離を取って注視しているのだろう。マダラの再来を防ぐ、それも族長の務めとして」
「君は……どうしてそれを……おばあ様から聞いたのか?」
「いや、推察はできる。いくら孤児とは言え、俺らの住む場所はうちは地区内でも端の方だ。中心地に住まわせて、うちは一族内に潜むマダラのシンパと繋がるのを恐れていたのだろう?」
「シンパとは言っても、うちはマダラが里にしたことを肯定するものはいない」
「だが、そういう連中は否定もしていない」
フガクは言い返せなかった。
「ダンゾウもマダラの直系である俺がマダラの再来としてうちは一族内で扱われないか危険視していた。俺にとってははた迷惑な推察だがな」
「君はマダラのことをどこまで知っている?」
――この里で生きる者の中で一番知っている。兄者が俺のように転生していない限りはな
トビラは答えた。
「里に仇なしたことぐらいだな。あとはアカデミーで習う範囲のことだ」
「それだけで君の状況まで考え付いたのか。オビトはどこまで知っている」
「兄さんはあれでいて敏い。マダラの直系ぐらいなら思いついているだろう」
「そうか。理解してほしいが、住む場所に関しては君らを守るための措置だった」
「ああ。本来ならあのままうちは一族と深く関わらせるつもりはなかったのだろう? だが、俺が思いのほか術が使えるから慌てて管理下に置こうとしている。違うか?」
「その通りだ。そこまで分かっているのなら己の行動にも気を付けてほしいものだな。君は確実に写輪眼を開眼する。それも強力な目を」
「そうならないことを祈りたいものだ」
写輪眼の開眼条件、愛の喪失とそれに伴う意識の変化を知っているトビラとしては切実だった。
結局、ダンゾウが再びトビラに接触することは無かった。
どうやら、根への勧誘は諦め、遠目から監視することにしたらしい。
情報を得るなら懐に入るのが一番だと考えるトビラとしてはやや残念ではあったが、このままアカデミーを卒業し、下忍として動くのでも十分だろう。
「トビラ! 帰ろうぜ!」
「ああ」
それにアカデミーに入ったばかりの兄とまだ授業を受けられるのはトビラにとって悪い話ではなかった。
オビトに呼ばれたトビラは、ある日の放課後もいつものように兄と共に帰路へ就くのだった。