里が闇に染まりつつある誰そ彼時、一人の老婆がよろよろと歩いていた。
「婆ちゃん、また重そうなもん持ってるな! 手伝うよ!」
「あっ……あら、オビトちゃん……いいのよ。そんな……」
「何言ってんだよ! すぐそこまでだし、俺が持つよ! ほら貸して」
「ありがとうねぇ……オビトちゃん、本当にありがとうね……」
少年はやけに足取りの早い老婆に追いつくよう、小走りになりながらも荷物を運んだ。
「オビトちゃんはまだアカデミーに行っているんだったかね?」
「まあな。でも、俺だってすぐ立派な忍になってやるぜ!」
少年が元気よく宣言すると、老婆の瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。
「うわわっ! どうしたんだよ! 婆ちゃん!」
「オビトちゃん、忍になったらいつ死ぬか分からないのよ? あなたみたいな若くて、優しい良い子が死ぬかもしれないと思うと……私は……」
「婆ちゃん、ほらちょうど家に着いたしとりあえず中入って落ち着いて! な?」
少年に手を引かれた老婆はようやく玄関先で落ち着いた。
「ごめんなさいねぇ。私はどうにも忍の家系じゃないから、こういうことに慣れていなくて」
少年は静かに言葉を待った。
「私の孫もね、オビトちゃんみたいに立派な忍になるって張り切って下忍になったの。でも、任務っていうのは本当に大変みたいで……私は生きているだけで……それでいいって思うのに、あの子にとっては……忍の世界にとっては違うみたいなのね」
「そのお孫さん、何かあったのか?」
「詳しくは分からないわ。里にとっても火の国にとっても大切な任務に失敗しちゃって落ち込んでいたの。なんでも、力不足な自分たちがそのまま任務を続けると死ぬかもしれないから、隊長さんは撤退するって決めたらしいわ」
老婆は辛そうに顔をしかめた。
「任務が大切なのは分かるわ。でも、正直私は孫の命を優先してくれてありがとうって隊長さんに言いたいくらいよ。けどね、そんなこと絶対に言っちゃいけないんですって……忍ってそういう世界みたいなのよ。オビトちゃん」
「婆ちゃん……」
「名誉のために死ねたのにって私に言う人もいたわ……でも、私は名誉よりも命の方が残って良かったって思うわ…………なんてこと、外ではとてもじゃないけど言えないけれど」
「…………」
「オビトちゃんも忍になるならこんなこと言っちゃダメだからね。気を付けて」
少年は頷くことも首を横に振ることもできなかった。
老婆も涙にぬれた目でニコリと笑い、少年の頭を撫でた。
「荷物運んでくれてありがとうね。しばらくは私にも話しかけない方がいいわ。任務失敗した忍の身内だから」
「身内まで責められる筋合いはないと思うし、婆ちゃんがお孫さんを大切に思うのは当然のことだよ。……でも、周りの目のこともあるし、俺もこれ以上のことは聞かない。またな!」
少年は駆け出した。
夕日は沈み切っており、里全体は夜の闇に飲まれようとしていた。
家々から漏れる明かりが道行く人の影に濃淡を作り、少年はその影の中をひたすら走った。
走り続け、ようやく自宅から漏れ出す明かりの下に着いた。
少年は頭に付けていたゴーグルを外し、代わりにポケットから頭巾を取り出した。
そして、それを頭に巻いてから家の鍵を開けた。
「トビラ! おかえり。ん? 結局買えなかったのか? 欲しかった本」
「ああ。売り切れだったみたいだ」
「そりゃあ残念だったな。なあ、俺のゴーグル知らねえ? 風呂入る前には確かにあったのによぉ」
「ゴーグルか? そういえば、兄さんが風呂に入っているときに俺も洗面台に近づいたから荷物に紛れたかもしれん。確認してみる」
「おう! 悪いな」
濡れた頭をタオルで拭きながら弟を出迎えたオビトはそのまま台所へ行った。
トビラは数秒置いてから荷物を探ることもなく台所へ行き、隠していたゴーグルを兄に返した。
すでに中忍として働いていたトビラはある噂を聞いた。
なんでも極秘で潜入任務をしていたある部隊が大失敗をし、そのせいで潜入先の小国からここぞとばかりに賠償金を求められたとか。
休戦中とは言え、小国はごたごたしている時代だ。
出回った噂を聞いた人々は部隊を率いていた隊長を悪しざまに言っていた。
――情報目的の極秘任務を失敗した、にしては動きがおかしいな。そもそもあの国で得られる情報に大した価値があるとは思えないし……。
火影を経験しているからこそ、トビラは噂だけでも任務の異質さが気になった。
さらに、責められている隊長のことは少なからず知っている人物だったからなおさら。
――あやつは優しくはあるが個人の感情で任務を放棄するほど無責任な奴ではない。何かおかしいぞ。
噂だけでは情報が足りない。
トビラは普段の任務をこなしつつ、情報を集めることに専念した。
そうして、老婆と話したことで彼の中にある一つの仮説が浮かんだ。
――隊員の下忍たちを気遣い、深入りせずに撤退を決意した。だがすでに一度は潜入している。その結果、潜入国にも知られてしまい、任務は失敗した。そう噂されているせいで隊長も隊員も責められているのか。
トビラは一つ、大きなため息を吐いた。
――隊員たちは当然、途中で任務を放棄し引き返した隊長を責めるだろう。そして隊長は何も言い返せない。
「だからと言って、このままで良いわけがない」
その夜、オビトと祖母が寝静まった後、一つの影が家を出て行った。