これは二代目火影の卑劣な転生だ   作:駅員A

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血で汚れサビ付いたナマクラ

 

 はたけサクモはあの日の任務失敗以来、綻びていく心と身体に怯え、疲れ、諦めていた。

 すでに中忍となった息子はまだ任務中のようだ。

 美しい満月の夜だった。

 サクモは任務があるわけでもないのに任務服を身にまとい、窓から漏れる月を正座で眺めていた。

 

 トントン、と扉を叩く音がした。

 また誰かの悪戯だろうか。

 それにしては優しい叩き方だ。

 

 居留守を決め込んだサクモだったが、もう一度トントン、と音がした。

 

「サクモ、俺だ。うちはトビラだ。はたけカカシ宛に封書がある。開けてくれ」

 

 サクモはその声を知っていた。

 そして、息子宛の封書を受け取らないわけにもいかず、動かない身体を気力だけで動かし、扉を開けた。

 

「や、やあ。わざわざありがとう」

「機密性の高い文書だ。中に入らせてもらう」

「え、いや、あの……」

 

 サクモはするりと入り込んだ子供を拒むことが出来なかった。

 

「茶はいらん。それとカカシ宛の封書があるのは嘘だ。貴様はそこに座れ」

「あ……うん」

 

 有無を言わせぬ子供の態度にサクモはビクビクしながらも従った。

 伸ばしっぱなしの髪が彼の顔に影を落とした。

 

「まどろっこしいのはなしとしよう。単刀直入に聞くが、貴様、仲間を優先して任務を失敗させたらしいな」

 

 ビクッとサクモの身体が大きく揺れた。

 

「終わったことだ。責める気も慰める気もない。そもそも俺にその資格はない。……ともに任務へ行ったのは若い下忍六人だったようだな。そして、どの者たちも忍の有力一族出身ではなく、一般家系出身者だった」

「き、君は……どうしてそこまで……?」

「潜入先とされる小国は火の国とは敵対はしていないが、対等な関係での友好国にしてしまうとこちらの利が減る。優位な関係で手を結べればかなりの旨みがある」

 

 淡々と述べるトビラにサクモは震えた。

 

「不当な旨みを得ようとするなら、こちらも不当な代償が必要だ。貴様は何が犠牲になるのか任務の途中で気づいたのだろう。だから引き返した。そのまま続ければ貴様だけはかろうじて生きていたかもしれんが、他の若い下忍六人は死んでいた。初めからそれも見込んだうえでの任務だったからだ。本人たちは気づいていないだろうがな。貴様ももう少し鈍ければ気づかなかっただろう」

 

 サクモの正座した膝に置いた両手はギュッと握られていた。

 

「だが、そうではなかった。そして、貴様にとってはより重い方を選んだ。たとえ掟に背いたとしても」

 

 握られた両手は震えていた。

 

 サクモは怖かった。

 里に責められ、助けた仲間からも責められ、そのせいで揺らぐ自分が。

 見殺しにした方が良かったのではないか、と思いつつある自分が。

 次も同じ任務を任されたらためらわず仲間を殺すかもしれない自分が。

 

 だが、仲間を守るために忍になった自分がそれを見失ったら、どこへ突き進むのかも分からない。

 このままだと己は信念も無く、ただ人を刺すだけの修羅になる。

 だからせめて人であるうちに死にたかった。

 カカシを修羅の子にしたくなかった。

 

「サクモ、揺らぐな」

 

 ハッとしたサクモにトビラが続けた。

 

「どちらの選択が正しいかはともかく、曲げることが出来ないから選んだのだろう。なら、貴様はもうそちらに進むしかない」

 

 うつむくサクモに影が差した。

 トビラが立ち上がったからだ。

 

「とは言っても、世間から見ればいらぬ損失を出したのも、また事実。そして貴様には損失を補うだけの力がある。ならば、すべきことは分かるな?」

 

 サクモはその日初めてトビラの顔を正面から見た。

 月明りが彼の顔を照らし、頭巾から漏れる黒髪を白く染めていた。

 

「貴様が守ることのできる若き火の意志たちは大勢いる。サクモ、お前にならできるから言っている。だからその命、無為に散らすのは俺が許さん。まだその時ではない」

 

 トビラが背を向けた途端、月明かりがサクモを照らした。

 彼の目から頬に一筋の光が差した。

 玄関へ歩き始めていたトビラは、家を出る前に足を止め、言った。

 

「次の任務、何になるのかは知らない。だが、もしも下忍を選べるならば“まるほしコスケ”という男をサポートに呼ぶと良い。三代目なら承認するはずだ。邪魔したな」

 

 そして、サクモが何も言えないうちにトビラは出て行った。

 満月は美しく、サクモの目に染みるぐらいだった。

 彼の顔中にその光が降り注いでいる間に、ガラガラと扉が開いた。

 

「ただいま……父さん? どうしたのっ?」

 

 父の様子がいつも以上におかしいと気づいたカカシは大急ぎで駆け寄った。

 息子の心配する顔が月明りに映り、サクモは息子の顔すらも久々に見たことに気づいた。

 中忍になってもまだ幼さは残っている。

 ポツリポツリと、雨音が響きだした。

 

「雨が降って来たか。カカシ、濡れる前に帰れて良かったな」

「……うん! あのね、父さん。オビトがもらいすぎて押し付けて来たナスがまだ残っているから、夜食代わりに味噌汁を作ろうと思うんだけど、どうかな」

「美味しそうだ。父さんも一緒に作るよ」

 

 雨音はやがて強くなり、雷鳴も響いた。

 月明りは雲に隠され、雷光が二人の親子を時折照らした。

 容赦なく打ち付ける雨が里を濡らしたが、もうサクモの頬は濡れていなかった。

 

 

 

 帰り道で雨に遭ったトビラは濡れた姿のまま家に入った。

 

「トビラ、お前こっそり修行かよ……っておい! 濡れてるじゃねーか!」

「兄さんか。寝ていたんじゃないのか?」

「トイレだよ。ったく、タオル持ってくっからそこで待ってろ」

 

 言われた通り、トビラは玄関先で突っ立ったままオビトにタオルで拭いてもらった。

 

「身体冷えちまっただろ。もう一回風呂入った方がいいんじゃねーの?」

「そうだな。兄さん、あまり大声はやめてくれ。おばあ様が起きる」

「わぁってるって。よし、これでいいだろ。修業してきたなら夜食食うか? 婆ちゃんが作ってくれたナスの味噌汁、まだ残ってるぜ。お前が風呂入っている間にあっためようか?」

「いや、風呂だけでいい。兄さんは先に寝ていてくれ」

「じゃあ味噌汁は明日の朝ごはんだな。おやすみ」

 

 オビトは寝室へ、トビラは風呂場へ向かった。

 雷鳴はまだ止みそうになかった。

 




震えている人に「揺れるな」って言うと
貧乏ゆすりを止めたみたいな感じになりますね
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