第二次忍界大戦終結以降、小国同士で続いていた小競り合いの噂が一介の忍にも届き始めていた。
これまで伝説の三忍を始めとした一部の上忍たちにのみ任されていたきな臭い任務も、だんだん中忍や下忍たちにも任されるようになったからだ。
近づく戦争の足音。
第二次忍界大戦の記憶が新しい里の忍たちにとってこれほど煩わしいものはなかった。
「白い牙のせいで火の国が舐められたんだよ……」
「自分の命欲しさに帰って来た腰抜け集団って思われてるぜ……」
「英雄のくせに火の国の顔に泥を塗りやがって……」
ひそ……ひそ……ひそ…………ひそ…………
恐れが怒りを、怒りが憎しみを呼び、忍たちの間に暗雲が漂っていた。
「お前らのせいで里の情勢は不安定になったんだ!」
「どうしてのこのこと帰って来た!」
とうとう憎しみが頂点に達し、苦痛を伴う悲劇を呼んだ。
はたけサクモと共に潜入任務に当たった若い忍が仲間に襲撃され、重傷を負った。
仲間を不当に傷つけることは里の掟に反する。
当然、若い忍を襲撃した者は罰せられた。
「掟を破った奴が掟に守られるのか?」
「おかしいじゃないか」
「俺らはこれまで掟を守って来たのに……任務遂行に命を懸けた仲間もたくさんいたのに……」
「あいつらだけ守られるなんておかしい」
「英雄のやることだけ贔屓してるんじゃないか?」
一人歩きを始める噂を止めることは誰にもできない。
――まるでサクモの失敗が原因で小国が荒れたかのような印象だな。本当はもっと前から荒れていたが、それを知る忍たちはすでに任務に出ている。
待機室で忍たちの噂を聞きながらトビラは思考にふけっていた。
――若い忍6人の命と交換で小国の支配権を獲得する……随分な駒得だ。サクモの任務が成功すれば五大国間の力関係も大きく変わっただろう。均衡から火の国一強へ。そうなれば第三次忍界大戦が起きるのもあと10年は延ばせたかもしれんな。
待機室から見える空は雲がいっぱいに広がっていた。
――兄者とマダラが手を組み始まった隠れ里制度も今や30年が過ぎた。一族同士で争っていたころの感情に身を任せた余計な戦いは減ったが、戦いそのものが消えることはない。不自然なくらいに大戦の火種がそこかしこで生まれる。
そこまで彼が考えた時、待機室の外でひと騒ぎあった。
「テメエの親父のせいで戦争が始まるんだぞ。おい!」
「…………」
「もっと悪いと思わねーか!」
「……父さんが仲間を殺さなくて悪かったって言えば満足なのか?」
待機室の中にいた忍たちが出口へと集う。
トビラは思考を切り上げたものの、野次馬に加わった。
なおもカカシと忍の会話は続いていた。
「そ……そうだ! 俺らは忍だ! 任務のために死ぬのなんか怖かねーよ!」
「なら次、お前と同じ任務になったら俺が殺してやるよ。噂で騒ぐお前も里のために死ねるなら少しは役立つだろう」
「ああ? なんだその開き直りは!」
忍の振り上げた拳がカカシへ下ろされる。
が、当たる前にその忍がひっくり返された。
「俺も父さんが悪いと思っているよ。お前らみたいな雑魚の命なんて守る価値もない。何が仲間だ。何が里だ……お前らのせいで父さんがどれほど……」
「ずいぶんと待機室が混んでいるみてーだな」
カカシの背後に立ったのは黒髪を一つにひっつめた青年。
ツリ目に覇気はなく、いかにも面倒なものを見つけてしまったという顔だ。
青年は野次馬をかき分け待機室の中を覗き、言った。
「なんだぁ? 待機室ガラガラじゃねーか。廊下に出なきゃいけねーほど混んでるのかと思ったぜ」
「口を挟むなシカク! 今、この生意気なガキを……」
「んなクソめんどくせーこと後にしろよ。俺はそのガキを呼べって言われて来たんだからよ」
「チッ……」
カカシにひっくり返された忍は立ち上がり、待機室へは入らずにどこかへ走り去った。
シカクと呼ばれた青年は野次馬の最後尾にいたトビラに目を向けた。
「おい! 火影様がお前もお呼びだ」
こうしてトビラとカカシはシカクの後をついて行った。
歩きながらも殺気を隠さないカカシを一瞥したシカクは小さく「めんどくせー」と呟き、足を止め振り返った。
「あのなぁ。んな殺気プンプンで火影室に入ったら暗部に捕まるぞ」
「忍は殺しが仕事だろ。いちいち気を遣う必要もない」
「ったく。至上最速で中忍になった天才少年も親が絡めばただのガキだな」
「お前も父さんが悪いって言いたいのか」
「そりゃー任務放棄は悪いに決まってんだろ」
シカクがさも当たり前とばかりに返答するとカカシの殺気が強まった。
シカクはそれを受け止めながらなおも言った。
「サクモさんだってそれを承知の上でやったから何を言われても言い返さねーんだろ」
「違う! 父さんは優しいから言い返さないだけだ!」
「お前、白い牙がそんな腑抜けだと思ってんのか?」
激昂するカカシに対しシカクは面倒そうな顔をするだけ。
「つーかな。サクモさんが受けた任務のことなんかなんも知らねー俺らがやいやい言ってもしょうがねーだろうが。お前だって教えてもらってねーだろ」
「……」
図星をつかれたカカシは眉をしかめ黙った。
そんな彼を見下ろしつつシカクは言った。
「任務は火影様が管轄しているんだから、他人の任務まで俺らが考える必要はねーよ。んなめんどくせーことに頭使うなら自分の任務に集中したらどうだ」
「そんなこと、待機室に集まっていた無能どもに言えよ」
「これからすぐ任務なのはお前だから言ったんだろうが……はぁ」
顔中から「めんどくせー」と語るシカク。
殺気を纏わせるままのカカシ。
何も言わないトビラ。
気まずい沈黙の末、口を開いたのはシカクだった。
「歩で飛車を取れるのは駒得だろうけどな、飛車取るたんびに歩を失ってたらそのうち歩の無い将棋をすることになるぜ。歩だと思っていたものが玉だったってこともあるかもしれねーし……選んだ一手が正しいかどうかなんて対局が終わるまで分からねーよ」
「は? なんで急に将棋の話? というか俺、将棋やらないから知らないんだけど」
「じゃあ、お前の元班員に聞いてみろ。ソイツ、将棋がクソつえージジイの友達らしいからよ」
カカシはその時初めてトビラの方を見た。
トビラはというと、顔をしかめてシカクを見ていた。
――面倒な役回りを俺に押しつけたな、こやつ。
「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。殺気はしまえよ」
「いた! シカク! アンタ隊長だったくせに報告書を押し付けて逃げたんだって?」
「げっヨシノさん……」
向かいの廊下から目をいからせやって来たのはシカクよりやや年下に見える黒髪が美人の女性。
「アンタの隊員がそっちで待ってるから行くよ!」
「ハイハイ……」
「ハイは一回!」
殺気を出すカカシよりも恐ろしい剣幕のヨシノにシカクはたじたじになりながら引きずられて行ったのだった。
「アイツが言っていたことの意味って?」
「先に任務だ。入るぞ」
ヨシノの剣幕に同じく押され、殺気が緩んだカカシが尋ねるもトビラは火影室を指さすだけだった。
納得のいかない顔をするカカシだが、結局任務の優先を選んだ。
ツーマンセルの任務をサクッと終わらせ、トビラはカカシをある場所へ連れて行った。
「おい、どこへ連れて行くんだよ」
「将棋好きのジジイの家だ」
「だから誰だよ、それ。名前は?」
「俺も知らん」
将棋盤の置かれた縁側にはいつものように老人だけでなく、オビトもいた。
「あれ? トビラとカカシじゃねーか!お前ら任務終わったのか?」
「オビト? なんでお前がここにいるの?」
「だって爺ちゃんが将棋の相手をしろってうるせーからさぁ!」
「オビトの坊主は未だにルールを覚えておらんがな」
「だから駒の動きが複雑すぎるから仕方ねーだろ! あ、そうだ爺ちゃん! カカシも頭がいいから将棋仲間が増えるぜ!」
まだアカデミー生のオビトの前で殺気を出し続けるわけにもいかず、大人しくしていたカカシが顔をしかめ、トビラを見た。
「はあ? なんで任務終わりに将棋遊びなんかしなきゃいけないんだよ。俺はアイツが言っていた意味を聞きたいだけで……」
「将棋のルールを覚えればおのずと分かるはずだ。ご隠居、頼んだぞ」
トビラの言葉に老人は鼻を鳴らした。
「ふん。なんか面倒ごとを押し付けたな。ま、将棋相手が増えるなら文句はねーよ。ほれ、白いガキ。そこ座れ。ああ、あとオビトの坊主は自分が寝るための布団を用意しておけ」
「寝ねーよ! カカシと一緒に今度こそ俺もルールを覚えるっての!」
「ま、どうせオビトのことだからすぐ寝るんだろうね」
「お前こそ寝るんじゃねーぞ、バカカシ!」
「はあ? お前にだけは馬鹿とは言われたくないんですけど!」
アカデミーでぎゃいぎゃい騒いでいたころのような喧噪が戻り、カカシの表情も年相応のものとなった。
トビラも縁側に腰かけ、老人がカカシに説明する声と兄の寝息を聞きながら流れる雲に視線を送った。
自分、将棋やったことないんすよ。
将棋ガチ勢の人いたらごめんね。