部屋の入り口から声をかけて来たのは先ほどの会合にも出ていた男だ。
柱間は驚きと喜びの声を上げた。
「猿飛殿! 何か忘れ物かの?」
「いえ、火影様方にお伝えしたいことがございましての」
「猿飛殿、まさか……」
扉間の顔に焦りが浮かんだ。
対する柱間はワクワクとしている。
「おお! なんぞ?」
「先ほどの学校の件についてでございます」
「猿飛殿。あれは兄者の夢であって里に導入するかは皆の意見に従うし、導入計画自体もまだ先の話だ」
扉間が焦りながら言うのを猿飛佐助はニコニコと聞いた。
「ええ、ええ。分かっておりますぞ。ですが、ワシは火影殿の夢に感銘を受けましての。そして、ぜひその夢の協力をさせていただきたい……ヒルゼン! おいで」
横を向いた佐助が呼びかけると、廊下からひょこっと子供が顔を出した。
柱間も扉間も驚いた。
「この子はもしや猿飛殿の……」
「ええ。ワシのせがれでございます。名はヒルゼン。年は3歳を過ぎたころ」
「そうであったか! ははあ、息子なだけあって似ておるのぉ!」
柱間が満面の笑みでヒルゼンに語り掛けた。
「猿飛殿のせがれよ。俺は千手柱間、木ノ葉隠れの里を守る火影ぞ!」
「火影……?」
「うむ。木ノ葉の同胞は俺の体の一部一部だ……里の者は俺を信じ、俺は皆を信じる……それが火影だ……!」
里そのものも理解していないヒルゼンには難しいようで首をかしげている。
そんな彼に柱間は言葉を重ねた。
「つまりだ、俺はお前のことも信じておる! これから立派な忍となることをな!」
「本当か? 俺も父上のような立派な忍になれるか?」
「ああ、俺はそう信じる!」
これは理解できたようで、ヒルゼンも満面の笑みになった。
佐助はそんな息子を優しい目で見守り、そして柱間たちに言った。
「我が子、ヒルゼンをお二人にお預けいたします。もちろん、人質としてではなく里の学校の第一期生として」
「なっ!」
「猿飛殿。よろしいのか? その子はお主の嫡男であろう? さすがに一族の者たちから反対が出るのではないか?」
柱間の心配を佐助は笑い飛ばした。
「私はもう火影様を信じる里の一人。それに火影様から教えを受けられる……里で育つ者としてこれほどの誉れはない。このヒルゼンが学ぶ様子を見れば、他の一族の者たちも人質扱いではないと気付いていくことでしょう。さすれば、一族を超えた学校を望む者も増えるはず」
「猿飛殿……!」
感極まってうるうるし出す柱間が黙ってしまったので扉間が間に入って言った。
「嫡男を兄者に預ける、これほどの信頼を早くも見せてくれたことに感謝する。正直なところ、兄者の話についていけずに里を抜けるのかと思った」
「子どもを死なせない夢……それは子を、家族を持つ忍の誰もが一度は思うこと。その夢の形となった里を抜けるなんて考えられませんぞ」
「そうだ!」
うるうるモードから一転、おめめキラキラモードになった柱間が言った。
「これから生まれる俺の子、それか孫を猿飛殿のせがれに預けよう! そうやって里を守り、子を守る意思を継いでいこうぞ!」
「兄者……まだ嫁もいないのに気が早すぎる」
「ハッハッハ! そりゃあ楽しみですなぁ! 我が子が育ち、新たな世代を育てる……火影殿の発想には驚かされますな」
カラリと笑う佐助につられるようにヒルゼンも元気よく言った。
「俺、アンタの子供でも孫でも弟子にしてやってもいいぜ! でも、どうせなら可愛いおなごがいいなぁ」
「これ、ヒルゼン!」
鷹揚な佐助が慌てた顔をしたが、柱間は笑い飛ばし、扉間もニヤッとした。
「ガッハッハ! お主、その年でなかなかの好き者よのぉ……だが気持ちは分かるぞ!」
「女で身を崩す前に誰か見つけておいた方がいいと思うがな」
「それならもう見つけてあるぜ! あのな、花屋をしているビワコちゃん! すっげー可愛いんだぜ!」
「花屋のビワコ……山中家の者か」
「ふむ。山中家は美人ぞろい……我が子ながら良い目をしている……」
扉間が特定した一族の名を聞き、佐助は感嘆した。
なお、その鼻の下は少し伸びていた。
扉間はそんな佐助を見て、
――佐助殿も意外と好き者か……
と密かに分析していた。
柱間はガハハと笑い、ヒルゼンに言った。
「ようし、猿飛殿の息子よ! お主が愛する者を守れるよう、俺らも身を入れて鍛えていくからの!」
そんな柱間に佐助が頭を下げた。
「ワシにとっても可愛いせがれじゃ。よろしく頼みますぞ」
「任せてくれ! 猿飛殿! なあ、扉間!」
「ああ。お主の嫡男、悪いようにはせん」
こうして千手兄弟は猿飛ヒルゼンを弟子に取った。
ヒルゼンは幼いながらも真面目に特訓し、さらにその才覚は二人の予想以上だった。
教えれば教えた分だけ吸収するヒルゼンを面白がった兄弟、特に扉間はどんどん彼に術を教えていった。
ちなみに修行初日にはこんなことがあった。
扉間が腕を組みながら言った。
「それではヒルゼンよ。お主にはまずチャクラコントロールを教えるとしよう」
「うむ! 全ての基本ぞ!」
「猿飛一族は火遁が得意と聞く。火遁を中心に行うと身につきやすいだろう」
「そうだな、扉間。猿飛一族の火遁は見事なものぞ」
「特に佐助殿はマダラに次ぐ火遁使いだ」
「…………」
兄弟の話を聞いていたヒルゼンの顔が曇った。
いち早く気づいた柱間が尋ねた。
「ん? どうした? 腹でも痛いか?」
「……お二人も俺に親父みたいな忍になれって言うのか?」
「お主の父親は立派な忍だと思うが……嫌なのか?」
口をとがらせるヒルゼンはボソボソと言った。
「一族の者がうるさいんだ。親父の子供の俺はたくさん努力して親父みたいになれって。二人の弟子になるって決まってからは特に……『ヒルゼン様はサスケ殿の子だから立派な忍になります』ってみんな言う……」
幼子の不満を兄弟は静かに聞いた。
「みんな俺のことを親父の子供としか見てない! 俺、自分の名前も嫌いだ。親父が付けた名前だから立派だって言ってくる。親父が関わればなんでも立派なのか?」
「ふぅむ……ワシは良い名だと思うが……」
「嫌だ! 良いか悪いかなんか関係ない!」
口をへの字に曲げたヒルゼンに柱間は困り顔。
そして弟に耳打ちした。
「扉間! どういうことぞ? あの子供、前はノリノリだったのに……もしや俺らの弟子になるのが嫌だったか?」
「子供らしい癇癪を起しているだけだ。そのうち落ち着くだろう」
「そういうものなのか?」
「本当に嫌がるようなら佐助殿に話を通して弟子入りは撤回だな」
「そ、そんな……」
ズーンと落ち込む柱間は放っておいて扉間はヒルゼンに言った。
「名前を呼ばれるのが嫌とは言っても、貴様のことは何かしらで呼ばねばならん。希望はあるか」
「別に希望なんか……猿飛とかでいいよ」
「おお! ならば俺はお主のことを猿飛と呼ぼう!」
ヒルゼンのやけっぱちな言葉に柱間は食らいついた。
少しでも子供の機嫌を損ねたら弟子入りの話は消えてしまう。
そのための必死な態度だったが、扉間は「猿飛」と呼ばれたヒルゼンがちょっと寂し気な顔をしたのに気付いた。
そして一つため息を吐き、言った。
「サル。お前はちょこまかしていてサルのようだから俺は貴様はサルと呼ぶ。いいか?」
「え? ……猿飛だからサル? へへっ結構単純だなぁ」
「そうだぞ、扉間。そうか……あだ名をつけて良いのか? ならば、灼遁炎神猿乃……」
「兄者は猿飛と呼ぶように」
扉間はツボるのを我慢しながら兄に釘を刺した。
ヒルゼンはすっかり機嫌を治してゲラゲラ笑い、兄弟に頭を下げた。
「よろしくお願いします! 柱間先生! 扉間先生!」
「うむ! よろしく頼むぞ、猿飛よ!」
「では始めるぞ、サル」
「はい!」
結局、兄弟のヒルゼンへの呼び名は定着してしまい、名前呼びに変えるのも今さらとなって生涯「猿飛」「サル」呼びで固定となった。
それから二十数年後のこと。
「扉間先生……いえ、二代目様。お呼びでしょうか?」
すっかり精悍な青年となったヒルゼンはドギマギしながら火影室にて扉間に尋ねた。
前日までは柱間のものだった火影の笠を被る扉間が顔を上げた。
「サル。綱手がアカデミーを卒業したら貴様に任せる。そのつもりでいろ」
「えっ?! 俺でよろしいのですか?」
「兄者の遺言だ。言ったのはかなり昔のことだがな」
「まさか子供の頃の……?」
「覚えていたか」
扉間の仏頂面が少し崩れ、口角が上がったのがヒルゼンには見えた。
その瞬間、ヒルゼンは幼いころの記憶を引っ張り出しながら言った。
「二代目様! 初代様とあなたから継いだ意志、必ず俺も新たな世代へと繋いでいきます!」
「サル……貴様は術以外の記憶も良いようだな。俺も信任投票で選ばれた以上、里の者たちを信じ、守っていくとしよう。火影としてな。貴様にはこれまで以上に働いてもらうぞ」
「はい! お任せください!」
ヒルゼンの元気な返事が火影室に響いた。
「よし。では早速、コハル、ホムラ、ダンゾウ、トリフ、カガミを呼んで来い」
「はい!」
ピューンとサルのようにすばしっこく出て行ったヒルゼンに扉間はくく、と笑った。
「いくつになっても貴様は変わらんな、サル」
扉間は慣れない火影笠を被り直し、部下たちが部屋へ集うのを待った。
彼の身体より大きめの火影衣装がその下の喪服を隠していた。