大蛇丸と三代目の決着がついたちょうどそのころ、オビトの病室ではある駆け引きが行われていた。
オビトの身体は半身を固定するため包帯でぐるぐる巻きになっていて、顔だけはどうにか出ている状態だった。
岩に潰された方の顔は皴が寄っていて、その顔でねだるような表情をした。
「なあ、綱手のおばさんよぉ。少しぐらいいいじゃねーか。な?」
「ダメだ! お前のその身体で外に出て見ろ! 二度と出られないくらいにボコボコにするぞ!」
「柱間細胞ってのは包帯で隠れてるから平気だろ!」
「その顔の皴をどう説明する!」
「それはまぁ、任務のケガでちょっとって言えば……」
「そもそもお前の扱いはまだ死んだ人間! 大人しくしていろと何度言えば分かる!」
「でもさ、俺やっぱり大蛇丸さんの言ってたこと気になるんだよ! なあ!」
綱手の返事はデコピンだった。
「ぐえっ!」
カエルが潰れたような声と共にベッドに沈められたオビト。
あまりの衝撃に気を失ったのか、目をつむっていた。
「シズネ。こいつが外に出ないよう見張っておけ」
「は、はい! 綱手様はどこへ?」
「自来也が来ている。少し話を聞いてくるからここにいろ」
「自来也さまが? たしか昨晩、火影様にお話を聞きに行っていたはずですよね」
「その結果を報告に来たんだろう」
綱手が部屋を出て行くのをシズネは嬉し気に見送った。
――綱手様……すっかり生気が戻られて……なんだかんだ言ってもオビト君のこと心配なんですね……
そんなことを考えていたシズネだったが、ベッドから唸り声が聞こえ慌ててそちらを見た。
「オビト君? 大丈夫です……か……?」
「ごめんな、シズネ。でも俺、やっぱり気になるんだ」
起き上がったオビトの目は赤く光っていた。
そこに浮かぶ二つ巴。
幻術にかけられているシズネをそっとベッドの方へ引き倒したオビトは、近くにあった大きめの外套で全身を覆った。
伸びっぱなしの髪もフードを被れば見えない。
そうしてオビトは抜き足差し足でそっと病室を抜け出し、半年ぶりに里の景色を見た。
「うわっどこだよここ……いや、すんげー昔に爺さんの探し物で来たことあるな……だとしたらこっちの道を行けば……」
人助けで里中を駆け回ったオビトに知らない場所はない。
オビトの足取りは迷いが無かった。
なぜなら。
「大丈夫だよな、ばあちゃん……」
彼が向かっているのは自宅だったからだ。
綱手には「大蛇丸に会いたい」と言っていたオビトだったが、彼が本当に会いたいのは祖母だった。
裏道ばかりを選び、人目が付かないように移動する。
里を熟知するオビトにとってはそう造作ないことだった。
「あの時……トビラの違和感に気づいたときにもっと聞いておけばよかった……嫌な予感がずっと消えねーんだよ……!」
トビラが病室を出る瞬間には気づけなかった違和感。
祖母のことを聞いたとき、弟が一瞬だけ詰まった気がした。
思い返したときにそのことが小骨のように引っかかり続け、そして消えない不安にオビトは突き動かされた。
自宅の前まで来た時、少年が飛び出てきた。
さらに家の中から必死な声が聞こえた。
「イタチ! 早くトビラさんを呼んでくれ! まだ里のどこかにはいるはずだから早く!」
家の中から叫んだ少年の声にオビトは聞き覚えがあった。
シスイだ。
そして家から飛び出て来た少年は初めて見る顔だった。
少年も家に近づくオビトに気づき、声をかけて来た。
「あの……トビラさん……ですよね? その顔はどうしたんですか?」
「あ、ああ……実は任務でひどい傷を負ってしまって処置をしてきたところだ。それより、おばあ様に何かあったのか?」
「容体が急変しました。早く中へ」
オビトは半身に気づかれないよう、外套をしっかりと握り、自宅へ入った。
先に入ったイタチが声を張り上げた。
「シスイ! ちょうどトビラさんが帰って来た!」
「そうか! 良かった間に合っ……おいイタチ! 誰だそいつは?!」
廊下に出て来たシスイが顔をこわばらせたので、イタチがすぐ説明した。
「任務のケガであんな顔になっただけらしい」
「いや、昨日の時点でトビラさんは怪我なんてしていなかった! おい、これ以上中に入るな!」
「どけ!」
オビトはイタチもシスイも押しのけ、部屋に入った。
そこに横たわる祖母はとても弱弱しかった。
「ばあちゃん!」
「オビト…………?」
枕元に駆け寄ったオビトに祖母が薄目を開けてそちらを見た。
その目に溜まる涙。
「オビト……優しい子だね……私を迎えに来てくれたの……?」
「ばあちゃん、しっかりして!」
「私も今からそっちに……いくからね……」
「ダメだ! ばあちゃん、そこに俺はいない! なあ、俺、生きてたんだよ!」
「もういいんだよ……トビラ。あなたも優しい子だね…………」
必死に祖母に叫びかけるオビトの背後からイタチが攻撃しようと構えたが、それをシスイが止めた。
「イタチ、やめろ」
「シスイ。あの人がトビラさんじゃないと言うなら誰だ? まさかオビトさんなわけないだろう? 死んだのだから」
「…………いや、オビトだ。どうして……生きていたのか?」
混乱する少年二人は事態を見守ることしかできなかった。
その間もオビトは必死に呼びかけた。
「ばあちゃん! また、トビラと川の魚釣ってくるからさ、一緒に焼き魚のごはん食おうよ! 俺、ずっとばあちゃんのご飯食いたかったんだよ! なあ!」
「トビラ……大丈夫ぞよ……オビトと一緒に見守っているからね…………」
「違う! 俺はオビトだ! ばあちゃん、ダメだよ。なあ……! お願いだから……!」
悲痛な叫びにシスイも困惑したまま動いた。
オビトの向かいに座り、祖母に呼びかけた。
「おばあちゃん! オビトが生きて帰って来たよ! 長い任務から帰って来たんだ!」
「シスイちゃんも……ずっとありがとうね……イタチちゃんも…………」
「本当にオビトが帰って来たんだよ! 信じて!」
シスイの必死な声も祖母はもうぼんやりとした面持ちで聞くだけだった。
その様子にオビトもようやく冷静になり、叫ぶシスイを止めた。
「シスイ、もういい。ありがとうな」
「オビト……ごめん、俺が……俺のせいで!」
「いや、いいんだ」
オビトはそっと祖母の涙を柱間細胞じゃない方の手で拭い、優しい声で彼女に語り掛けた。
「おばあ様、兄さんと一緒に俺を見守っていてくれ」
すると、祖母は悲し気な顔になった。
「トビラ、一人にしてごめんね……」
「いいや。いつだっておばあ様と兄さんがいるから平気だ。おばあ様の孫で良かった。兄さんだってそう思っている。……今までありがとう」
その言葉を聞いた祖母は笑顔になり、そしてそのまま逝った。
彼女の頬が冷たくなるにつれ、オビトの目からボロボロと涙がこぼれた。
シスイもオビトと同じ顔で絞り出すように言った。
「俺が毎日おばあちゃんにオビトは生きているって言ったからだ……ちょっとでもおばあちゃんを元気にしたくて……おばあちゃんも嘘だって気づいていたなんて……まさか本当にオビトが生きていたなんて……!」
「里に着いたのは昨日だったから仕方ねーよ……シスイ。それにイタチ……だったか? ばあちゃんのそばにいてくれてありがとうな」
シスイたちに礼を言ったオビトの目には巴が三つ浮かんでいた。