オビトが発動した神威に巻き込まれたミナトとトビラは異空間にいた。
「ここは一体……?」
「恐らくうちはオビトの万華鏡写輪眼が作り出した場所のようだが……こんな能力は見たことが無い」
うちは一族の対策に余念がなかった千手扉間ですら知らない神威にトビラも戸惑っていた。
何もないがらんとした空間、その中央にいるオビトは半狂乱だった。
「うぁあああああ!」
彼の叫びに呼応し、身体から木がメキメキと生える。
制御できていないのは明らかだ。
ミナトは懸命に呼びかけた。
「オビト! 落ち着くんだ! まだ間に合う!」
「間に合う? 先生、もう手遅れなんだよ……俺は仲間を殺したクズになった!」
放たれる挿し木の術。
ミナトたちはその全てを避けた。
――マダラの方は自来也先生たちがいる……けど、完全に止めるためにはオビトが必要だ。どうにかして彼を引き戻さないと……!
ミナトはトビラをチラリと見たが、いつもは察しの良いトビラがずっとオビトばかりを見て視線に気づかない。
――トビラは動揺している。俺がどうにかするしかない。
ミナトが決意した時、オビトの嘆きが漏れ聞こえた。
「あのまま俺はカカシも殺すところだった……俺はもう何も守れない。守れてなんかいなかった……」
「オビト! まだそうなっちゃいない! 自暴自棄になっちゃいけないよ! トビラのことも……確かに俺は君が里に戻って来たころ、トビラの中に二代目様がいることを知った。けど、狙って君の弟を殺したわけじゃない。信じてあげてくれ」
ミナトの呼びかけにオビトは顔を上げたものの、その声は冷たかった。
「その偽物が俺の弟を殺すつもりだったかどうかなんて今さらどうだっていい。トビラはもう戻って来ねーんだ」
「君はもう彼をトビラと思えないかもしれない。だけど、君とトビラが過ごした日々は偽物なんかじゃないはずだ」
「二代目火影にとっちゃ俺は手駒の一つ……ソイツが俺の弟の皮を被っていたのは里を守る、その利己的な意思に過ぎない」
オビトの写輪眼は爛々と光ったまま。
「愛を守るために憎しみが生まれる……二代目。アンタは里を守るために俺の弟を殺した。そして俺の憎しみは生まれた。このままサクモさんが死ねば今度はカカシが俺を憎む。もうこの連鎖は止められない。そもそも、マダラと手を組んだ俺をアンタは生かすつもりもねーだろ。アンタはうちはもマダラも憎んでいるからな」
「オビト……トビラはうちは一族を憎しみのままに滅ぼしたりはしない。そんなこと、君だって本当は分かっているはずだ」
ミナトの言葉にオビトは笑った。
「ミナト先生は分かっちゃいねーんだよ。マダラの名前を聞いたときにそいつが見せた憎しみを。言葉通り、目の色を変えて殺しに行ったんだからな。ロクに動けもしないジジイの話も聞かずにな」
「マダラに情が移ったか」
ずっとミナト達の掛け合いを聞いていたトビラが口を開いた。
「うちはマダラがその半身をくっつけたのは慈愛からではない。俺がお前を手駒にしたと考えているようだが、マダラこそお前を手駒にするために助けただけだ」
「そうだろうな。でも、マダラの示した道の先には俺の弟がいる」
「利用されると理解してマダラにつくのか? 里に敵対することになるとしても」
「俺は作り直すだけだ。弟が……トビラがいる世界をもう一度」
オビトがそう宣言した時、ようやくトビラの視線がミナトに向き、彼にしか聞こえないぐらいの大きさで言った。
「術者を殺すと穢土転生も解けなくなる。ミナト、俺が幻術をかける隙を作ってくれ」
「分かった。でもトビラ、今はこうするしかないがまだ諦めるべきじゃない」
ミナトはトビラの肩に手を置きながら言った。
トビラは返事をしないものの、同じようにミナトの背に手を置いた。
そして、三つ巴の写輪眼をオビトの方へ向ける。
ミナトもそんな彼をサポートするべく、クナイを持ったままオビトへ駆けて行く。
「次は俺も殺すんだな」
冷静さを取り戻したのか、オビトの身体から木遁が暴れ出ることはなくなっていた。
代わりに、腕の一部から生やした枝を抜き取り、剣のように構えた。
交差する木の枝とクナイ。
「ミナト先生もアイツのやり方を繋げていくんだな……里のため、忍の世のため……それが火影だって言うなら……俺は諦められそうだよ。おかげで火影をな」
クナイで応戦しながらオビトの隙を探すミナトは驚愕した。
――オビトの動きがこれまでと全く違う……! 柱間細胞の影響か、それとも万華鏡写輪眼の開眼がここまでこの子の心に影響するのか?!
かつては自身を落ちこぼれと言っていたオビトが、今はミナト相手に食い下がっている。
ミナトの印象では、オビトは感情が分かりやすい子だった。
よく笑い、よく泣き、弟の自慢話ばかりで、リンのことが気になっていて、だからこそカカシに対抗してばかりの等身大の男の子。
なのに目の前のオビトの表情には冷酷さすらも見えた。
「この忍世界は犠牲で成り立っている……そしてアンタも二代目もその狂った世界を守るために必死になっている」
「オビト、俺が守りたいのは仲間だ! 里を守ることが仲間を守ることにつながる!」
「俺の弟はその仲間に入っていないのかよ。いや、うちはそのものが入っていないんだ」
結局なにを言ってもそこに帰結してしまうようだ。
ミナトはオビトの攻撃をしのぎながら眉をひそめた。
――オビトの弟への強い愛情……それが今や裏返ってしまっている。絶望と憎しみが彼の目をふさいでいる。けど、本来の君はそうじゃない!
ミナトは大振りにクナイをオビトに下ろした。
当然、そちらに反応したオビトが木の枝でいなす。
だが、本命はクナイを持っていない方の手だった。
ちょうどそちらの手がある方は、オビトにとっての死角。
カカシにあげたせいで目が入っていない方だからだ。
「ぐっ!」
そちらからのパンチをもろに食らったオビト。
――飛雷神 互瞬回しの術!
互いにマーキングを済ませていたミナトとトビラの位置が入れ替わり、オビトの目の前に現れたトビラが写輪眼で覗き込んだ。
双子の目が合う。
「うっ……」
しかし、揺らいだのはトビラの方だった。
動きが止まった彼を見下ろすオビトの目には依然として万華鏡写輪眼が輝いている。
「万華鏡写輪眼を開眼した今、俺の瞳術の方が上だ。写輪眼に詳しいはずのアンタがこんなミスをするなんてな」
「トビラ!」
無防備に崩れ落ちるトビラにオビトの蹴りがさく裂した。
瞬身の術で移動したミナトは蹴とばされたトビラを受け止めた。
「解!」
すぐにミナトが幻術を解き、トビラも目を覚ました。
「くっ……いかん。今ので俺の分身が消えた」
ちょうど同じころ、トビラの分身が消えたことでゼツが放たれてしまった。
しかし、神威空間にいるトビラたちにその状況は見えていない。
「なら、なおさら俺らは俺らのできることに集中しよう。幻術が効かない以上、オビトを説得するしかない」
「それはできん。あやつは俺を憎んでいる。弟の身体を奪い取ったこの俺をな」
「いや、まだ望みはある」
ミナトは確信があるようにキッパリと言った。
一方、マダラの封印を試みていた大蛇丸はあろうことか三代目の胸をチャクラ刀で貫いていた。
「いいタイミングだったヨ……オビトがうまいことやってくれたのかなァ」
「クっ……!」
大蛇丸の手は真っ黒に染まり、そこからゼツの声がした。
そう、黒と白の半身を持っていたゼツがそれぞれ分裂し、黒い方が大蛇丸の身体を一部乗っ取ったのだ。
すぐさま大蛇丸は三代目から離れ、自身にチャクラを込めた。
「よくも私の身体をっ!」
「おおっと…………まあそう簡単には乗っ取れないカ……心臓を貫くつもりだったケド……」
にゅるりと大蛇丸から剥がれた真っ黒なゼツは地面に隠れてしまった。
三代目が口から血を吐き、膝をつく。
「カハッ!」
――大蛇丸が咄嗟にずらしてくれたようじゃが、肺をやられたか!
「猿飛先生!」
「大蛇丸……封印を……!」
思わず駆け寄ろうとする大蛇丸に三代目は言ったものの、一度黒ゼツに邪魔されてしまったせいで封印はかかりきっていなかった。
――火遁・豪火滅却
金剛牢の中でマダラが火遁をさく裂させた。
猿魔の金剛牢で閉じ込められ、外に出られなかったマダラはまとわりついた白蛇ごと自身も炎に包んだ。
牢の中で圧縮されたチャクラの炎がまたしてもマダラを塵にし、牢の隙間から逃れるのを許してしまった。
「クソッ! マダラの火遁はさすがにアチーな!」
変化を解いた猿魔のところどころに火傷が。
ゼイゼイと嫌なリズムで息を吐く三代目を猿魔は背負い、リンたちの方を見た。
「医療忍者はあそこか!」
猿魔がリンたちの方へ行く中、大蛇丸の隣に降り立った自来也が言った。
「大蛇丸。ワシが蛙組手で時間を稼ぐ。お前はもう一度封印の準備をしろ!」
「分かってるわよ」
仙人モードで感知能力が上がっている自来也は大蛇丸の動揺を感じ取っていた。
「ジジイはまだ死んじゃいねーよ」
「戦場じゃ誰が死のうと気にするもんじゃないわ」
「フン、そうだのう。にしても厄介な術だ。あの塵、すぐに集まりよる」
早くもマダラの塵が集まり始めている。
「自来也ちゃん! 逃げる隙を与えちゃいかん!」
「遠距離が使えんなら蛙組手じゃ!」
自来也の肩に口寄せされている蝦蟇の夫婦、フカサクとシマが口々に助言した。
それで済めばよかったのだが。
「まったくこの夕飯時の忙しい時に……」
「母ちゃん、うちはマダラが復活したのじゃ。夕飯なんて言ってる場合ではなかろう」
「なんだって?! 父ちゃんはどれほど献立作りが大変か分かっとらんのじゃ!」
「そんなことは言っとらんだろうが!」
助言を超えた夫婦喧嘩を耳元で聞かされる自来也はげんなりしながらもマダラに向かった。
「それが仙人モード? 醜いな。蝦蟇になりかかっているではないか」
マダラも迎え撃つように自来也の拳を腕で受けた。
塵はすでに集まっている。
「そんな醜く中途半端なものをよくも仙術だと言えるな」
「なにおう! ワシだってこの姿が女の子にモテないのは分かっておるわい!」
「柱間は畜生と融合せずとも完璧な仙術を使いこなしていた」
自来也は肩に乗せた蝦蟇の夫婦に仙術チャクラを集めてもらうことで仙人モードを保っている。
だが、扱いきれないそのチャクラの影響で顔が蝦蟇になりかかっている。
数秒で仙術チャクラを集め、仙人モードになっていた柱間を見慣れているマダラにとってそれは「見苦しい」の一言に尽きた。
「劣ったこの身体の俺にも及ばない火遁、蝦蟇に頼り切ったうるさい幻術、柱間の足元に遠く及ばない仙術、全てにおいて貴様は中途半端で見るに堪えん」
「ワシぁ木の葉の伝説の三忍が一人、自来也! 伝説はまだまだ始まったばかり!」
「フン、伝説を自称する割に大したことのない奴だ。まさかと思うが、その三忍の残り二人、そこにいる者どもではないだろうな?」
マダラの目が向いたのは封印術の準備を再開している大蛇丸、そして血を流すサクモも運び込まれた三代目も治療できずに震えるだけの綱手。
どうやらリンとシズネがサクモの治療を継続し、ノノウが三代目の治療を担うようだ。
「特にあそこの女……あれは柱間の子孫だな。木遁も使えないどころか、あろうことか戦場で震えるだけの役立たず。あれは何しに来ているんだ?」
「分かってねーのう。綱手は必要だからこそここにいるってことを」
「医療忍術を使う砂利共と一緒にいる辺り、あの女も医療忍者か? どうせ柱間の足元にも及ばない医療忍術を使うのだろうが、それすらも使えないとはな……」
「アンタを倒した初代の意志を継ぐ女だ。綱手は強いぞ。だが、今はワシが相手だ!」
「それはどうカナ」
にゅっと地面から顔を出した黒ゼツが自来也の足に絡みつき、踏みつぶされる前に引っ込んだ。
「ぐぁっ!」
「自来也ちゃん!」
自来也の動きが止まったのは一瞬だ。
けど、一発顔を殴って綱手の方に行く隙を作るには十分だった。
一直線に向かって来るマダラに綱手も気づいていた。
「クソっ!」
マダラが現れてからサクモが倒れ、さらには師である三代目までも。
綱手は恐怖で叫びたいのを必死にこらえ、震える拳を握りしめた。
彼女の後ろにはリンたちがいる。
「弱い千手は醜い。死ね」
綱手に殴りかかるマダラ。
だが、その拳が止まった。
「ハァッ!」
綱手とマダラの間に立ちふさがったカカシは動きが止まったマダラを蹴り飛ばした。
「今、マダラが止まったような……」
咄嗟に動いたものの、カカシはマダラの不可解な動きに困惑した。
が、すぐに気を取り直した。
「俺も俺のできることがまだあるはずだ。そうだよね、父さん……!」
カカシの手には血で濡れたサクモのチャクラ刀があった。
ゼツが拾って利用したせいでさっきまで三代目の胸に刺さっていたが、ノノウが治療のために抜き取っていてカカシの手に渡っていたのだ。
蹴り飛ばされたマダラの方はと言うと、体勢を戻してカカシに目をやった。
「その写輪眼……なるほど。貴様がオビトから写輪眼を継いだカカシか」
「どうして俺の名前を?!」
「ついでに聞いておこう。リンとか言う女はどっちだ? そこの侍くずれの治療をしているどちらかなのだろう」
「リンを狙うのか?! そんなことはさせない!」
今度はカカシの方がマダラに斬りかかった。
サクモと比べて遅く、鈍い太刀筋。
マダラもあっさりと避けられるが、カカシに向かって攻撃はしない。
「オビトの奴め……この穢土転生の呪印札……邪魔だな」
カカシはマダラに当たらない攻撃を続けながら戸惑っていた。
――やっぱりマダラは俺に攻撃をしてこない。もしや、出来ないのか?!
自来也たちも同じ疑問を持っていた。
そして、穢土転生の研究をしていた大蛇丸はその理由を推測できたため、封印術の準備を続けながらも自来也に伝えた。
「オビト君が呪印札に仕掛けをしたんだわ……穢土転生体のマダラは術者のオビト君の命令に逆らえない」
「まさかカカシを攻撃するなとでも命令したって言うのか?」
「さらに言うと、マダラの質問からしてあのリンとかいう子もね」
「そうか……」
自来也はすぐさまカカシのところへ向かいながらも確信した。
――サクモさんを殺しかけた時にはもう遅いかと思ったが……同じ班の仲間への情を捨てきれていないならまだ間に合う。そこが突破口だ! ミナト、諦めるんじゃねーぞ!
奇しくも、自来也の弟子のミナトも神威空間にて確信していた。
――トビラに幻術返しをした時、オビトはトビラを殺すこともできた。なのに蹴っただけで、さらに追撃もしてこない。まだ説得の余地はある!