里を出る自来也、それを追うオビト。
更なる追手が来る気配はない。
根の者として暗部の面をしたオビトはそのまま数刻ほど自来也を追い続けた。
――これならこのままどうにか行けそうだな
オビトがそう思ったその時。
「ぐはぁ!」
自来也が胸を抑えて血を吐き、その場にうずくまった。
彼が吐き出した血が地面を染める。
「おい大丈夫か?!」
思わず飛び出て駆け寄るオビトの方にぐるりと自来也の顔が向く。
「コラー! トビラかと思ったらオメー、オビトじゃねーか! なんでお前がここにいるんだ!」
「えっ?! い、いや、俺はトビラだ。まごうこと無きトビラだ」
「嘘こけぇ! トビラならこんな見え見えの嘘に引っかからんわ!」
そう言って自来也が胸から出したのはトマトジュースの紙パック。
心配していたオビトは面をしたまま怒った。
「おっさんのくせにせこい手を使ってんじゃねーよ!」
「バカを釣るのにゃこんぐらいがちょうどいい! ……ったく、似合いもしねーダッセー面も付けおって。トビラはどうした?」
「アイツは急に熱を出しちまったから代わりに俺が来たんだよ」
「よく綱手の目をかいくぐって来れたな」
「かいくぐるも何も綱手のおばさんと大蛇丸さんのおかげで来られたんだよ」
バレてしまった以上、いつまでも面をつけているのもバカらしくなり、オビトは素顔を晒しながら話した。
すると、自来也が目を見開いた。
「綱手と大蛇丸がお前さんに協力したってのか?! 二人そろって一体何をやっとるんだか」
「心配なんだろ。大蛇丸さんが言ってたぜ。水臭いって」
「あの大蛇丸が? そりゃー明日は雹でも降りそうだな」
「雨が降る場所へ行くんだろ。ほら、さっさと行こうぜ」
堂々と促すオビトに自来也はため息を吐いたものの、再出発した。
少々気が抜けた彼にオビトが尋ねる。
「でもなんで俺だって気づいたんだよ。もしかしたらトビラも引っかかったかもしれねーだろ。ダンゾウって爺さんでも気づかなかったんだぜ」
「お前、その状態でダンゾウとも会ったのか?」
「ああ。自来也のおっさんにバレねーように雨隠れに入って輪廻眼を回収して来いってさ」
「あのダンゾウが言いそうなことだな」
自来也が嫌悪感を隠さず顔をしかめるが、すぐにニヤっとした。
「が、そういうことなら帰れとは言えんな。お前さんはダンゾウの命令でここに来てるんだからのう。ワシにバレた時点でお前の任務は失敗だがな」
「俺は里のために動くって約束したんだ。要は自来也のおっさんが雨隠れのリーダーの半蔵と暁のリーダーの長門って人たちの仲を取り持てばいいんだろ」
「まあ、そういうことだな。けど少し間違ってるぞ。暁のリーダーは恐らく弥彦だ。ワシが知っているあの3人ならきっと弥彦を中心に長門と小南が支えているはずだの」
「そういや俺、長門って奴が輪廻眼を持っているぐらいでその3人のことは良く知らねーんだよ」
そんなオビトをチラッと見ながら自来也は言った。
「そうだの……弥彦はお前さんに似ているところがある」
「俺に?」
「ああ。明るく前向きで面倒見の良い優しい子だ。長門と小南を守る兄貴分ってところだな」
「…………すげー立派な奴じゃねーか。俺には似てねーよ」
闇に落ちかけた自覚のあるオビトが卑屈に言うと、自来也は肯定も否定もせずに話し出した。
「雨の国は大国に囲まれた小国だ。そのせいで戦争の被害を受けてばかり、弥彦たちはそんな国を変えるために平和を求めている」
そして自来也は弥彦たちとの出会い、彼らと過ごした3年の修業期間について話した。
大国で生まれ、名門一族の中で育ったオビトとは全く違う彼らの人生。
作家業をする自来也の語り口がうまいこともあり、オビトは会ったこともない弥彦たちに詳しくなり、友のようにすら思えた。
二人はあっという間に木ノ葉から離れ雨の国へと近づいて行く。
「大戦の被害がここまでひどいなんて……」
「気を付けろ。これだけ荒れているといつ誰が襲い掛かってくるか分からない」
火の国の中心から離れ、雨の国に近づけば近づくほど大戦の傷跡はそこかしこで見られた。
その中を二人は用心深く進んでいく。
「まずは暁のアジトに行くぞ。半蔵は木ノ葉の暗部が来るのを待っているからそれまで時間がある。その間に弥彦たちと話を通しておきたい」
「アジトの場所なんて分かるのか?」
「ワシを誰だと思っておる。妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称・蝦蟇せ」
「いや、それ前に聞いたから」
「…………蝦蟇を潜入して探らせてある。ほれ」
ゲロゲロ、と近くの水たまりから蝦蟇が現れた。
自来也はそれを手に取り、うんうん頷く。
「よし、ちょうどワシらが進む先にあるようだな。しかも近いぞ」
「すげーな、口寄せ契約の蝦蟇ってそんなこともできんの?!」
「むっふっふっふ! どうだ、すごいだろう」
「なあなあおっさん! 蝦蟇との契約って俺もできんのかな?!」
「んん?! ワシが最初に口寄せを見せた時は大してはしゃがなかったくせにお前、現金な奴だな」
「いやだって病室で見せてもらった時はそれどころじゃなかったというか別に気がかりが多すぎたというか……」
言いつつオビトは自来也の手に乗る蝦蟇を覗き込んだ。
すると。
「おい! めちゃくちゃ震えておるぞ! なんか変なことしたか?!」
「してねーよ!」
手のひらサイズの小さな蛙がぶるぶると震え出し、なんなら涙ぐんでいる。
さらにはポンっと煙を出して消えてしまった。
何もしてないのにそこまで怖がられたオビトとしてはショックだ。
「オビト、蝦蟇との契約は諦めろ。なんでか知らんがお前は相性が悪いみたいだ」
「そんなぁ?!」
がっくりとうなだれるオビトに自来也は発破をかけた。
「ほれ。今はそんなことよりも長門たちに会いに行くぞ」
「チクショー! 別にいいし! 俺、写輪眼あるし!」
うちは一族にしかできない負け惜しみだ。
そうするうちに二人は暁のアジトに到着した。
「何者だ!」
武器を構え、殺気立つ面々。
恐らく暁のメンバーなのだろうが長門たちではない。
自来也は進み出て名乗りを上げた。
「ワシは木ノ葉の三忍が一人、自来也。お前さんらは“暁”で合っているか?」
「木ノ葉の?! 大国の忍が我らに何の用だ!」
「ワシらはなにも戦争をしに来たわけじゃない。暁のリーダーと話がしたい」
「リーダーと? ……リーダーは今、ここにはいない」
暁の者たちは自来也と弥彦たちとの繋がりを知らないようで警戒を解かない。
そんな彼らに自来也は続けた。
「リーダーの弥彦か、それか長門か小南でもいい。その3人の誰かと話がしたい。ワシはあの子らに忍術を教えた師匠だ。自来也の名前を出せばすぐに分かる」
「リーダーたちに忍術を?! そんなこと初めて聞いたぞ!」
「いや、でも確かにリーダーたちは強い。大国の忍から教わったのなら理由がつく」
「しかし大国の連中がどうしてそんなことを?」
ヒソヒソと相談し始める門番たちに自来也は言った。
「ワシらが怪しいのは分かるが急いでくれ。あの子らの命に係わることだ。ワシは長門たちを助けるためにここへ来た」
ここまで言い切ったことで揺らいだ門番の一人が尋ねた。
「もしや雨の国と交渉する使者として来てくれたのか? てっきり火の国、土の国に対する交渉はこれから段取りするのかと思ったけど……」
知らない話が出てきたが、自来也は訳知り顔で頷いた。
「おお、そうそう。知っておったか。先に教え子たちの顔を見たいと思って来たんだがのぉ。やや、もしやもう約束の時間だったか?」
「リーダーたちは半蔵に呼ばれて出て行ったところだ」
「半蔵に? どこへ?!」
途端に切羽詰まった表情になる自来也。
暁の門番からその場所を聞き出し、すぐさまオビトと共に向かった。
「ダンゾウめ。初めからワシに交渉なんてさせる気が無かったんだな!」
「どういうことだよおっさん!」
「半蔵が暁を潰すのは木ノ葉の暗部が到着するのを待ってからだと思ったが、もうすでに始まっている! 長門たちが危ない!」
まさにそのころ、暁の一員の小南は半蔵に捕まり、長門と弥彦は愕然としていた。
同じ国の者からの裏切りに弥彦が吠えた。
「どうしてだ?! 雨と火・土、この3か国での平和交渉が叶えば戦争も止められるはずだ! 俺たち暁はその手助けをするためにここに来た!」
「そんなもの、お前らをおびき寄せる罠に決まっておる」
「半蔵、アンタは「和」を以て忍界を一つにし、平穏に導く志があったはずだ。その強さで大国から雨の国を守るアンタに俺たちも助けられてきた。俺らが望むのはアンタと同じ平和だ!」
「所詮、そんなものは夢に過ぎない! この世界はそう簡単には変わらない! 「和」の信念なんて無駄だ!」
崖の上で小南を捕らえていた半蔵がクナイを投げた。
崖の下にいた弥彦と長門の間に刺さる。
「弥彦、暁のリーダーのお前はここで死んでもらう。赤い髪のお前が殺せ」
命じられた長門は震えながらクナイを見つめる。
「やめて長門! 私はいいから二人で逃げて!」
「早くしないとこの女の命はない」
「長門、俺をやれ。早く!」
それぞれの言葉が長門を追い詰める。
彼がクナイを拾ったその時。
弥彦がそのクナイめがけて身を寄せた。
が。
「弥彦、アンタならそうすると思ったぜ」
弥彦と長門の間に突如現れたオビト。
その胸にクナイが刺さった。
どこからともなく現れた謎の忍に思わず半蔵が叫ぶ。
「なっ?! 誰だ?!」
「よくぞ聞いた! 妙木山蝦蟇の精霊仙素道人、通称・ガマ仙人とお見知りおけ!! 木ノ葉の伝説の三忍が一人、自来也様たぁワシのことよ!」
弥彦たちを守るように前に立った自来也が大見得を切る。
半蔵は常に装着しているシュノーケリングマスクの中で顔をゆがめた。
「木ノ葉……ダンゾウは暗部を送らなかっただけではなく、裏切ったということか!」
「なんのことか知らんがワシぁ、教え子たちの様子を見に立ち寄っただけさ」
崖の上から向かい合う小南はすぐに気づいた。
「自来也先生?!」
「ちょっと会わねーうちにいい女になったじゃねーの、小南。しっかし、いくらその子が美人だからってこんな形で迫るんじゃ嫌われちまうぜ、半蔵よ」
「バカにするな! 貴様ら火の国は戦争で苦しみをばらまくだけでなく、とうとう雨の国まで手にするつもりか!」
「ワシはむしろこの争いを止めに来たんだ! 半蔵! こんなことはやめろ! 俺が知るアンタにゃ仁義があったはずだ! かつての俺に『木ノ葉の三忍』の名をくれたアンタはどこに行っちまったんだ!」
自来也が半蔵に語り掛ける後ろで長門は真っ青な顔をしていた。
弥彦もオビトに刺さったクナイに顔の色を失っている。
「そんな……!」
「おい、誰だか知らないがお前どうしてこんなことを!」
「大丈夫。俺の身体、けっこう丈夫なんだよ」
そう言ってオビトはクナイをあっさりと抜き取った。
柱間細胞部分に穴が開いているものの、致命傷ではない。
そして彼の目が向いた先は半蔵に囚われていた小南。
「オビト、ワシが半蔵の気を引く。その間にお主は小南を」
「任せとけ」
自来也の小声にオビトも小声で返す。
猜疑心に蝕まれていた半蔵は自来也の登場によって木ノ葉の裏切りを悟り、苛立っていた。
「こうなった以上、女の命はない!」
「そうはさせん!」
――乱獅子髪の術!
自来也の髪が半蔵へと迫る中、オビトは再び神威を発動し、小南の真後ろに現れ、さらには彼女を神威空間へと引きずり込んだ。
「珍妙な術を使いおって!」
その際、半蔵が持っていた鎌の切っ先がオビトの腹をかすった。
だが、神威の発動を止めるには至らず、そのまま二人は姿を消す。
「小南?!」
突然のことに慌てる弥彦と長門を自来也が一喝した。
「安心せい! 小南は生きてる!」
「……長門。今は自来也先生をサポートするぞ」
「うん! 分かったよ、弥彦」
そんな中、オビトは小南と神威空間にいた。
「傷が!」
「ちょっとかすっただけだよ……にしてもあのおっさん、やっぱつえーな……まさかあんな一瞬の隙で攻撃して来るなんて」
ドクドクと血を流すオビトの腹。
そこに小南が無数の紙を操って貼り付けた。
「まずは血を止めた方がいい」
「助かるぜ。そのうちすぐに傷口は消えるだろうけど失った血は戻せねーからな」
小南の応急処置を受けたオビトは立ち上がり、パチパチと瞬きをした。
「よし、んじゃー戻るぞ。まだ慣れてねーからほいほい連発できねーんだよなぁ」
小南は見知らぬ時空間を不気味に思いつつも、オビトの肩に触れた。
そして彼らが元の世界に戻ると、自来也たちと半蔵たちの間には戦った跡があった。
しかし、どちらも死傷者はいない。
小南が弥彦たちの側に戻ったことに気づいた半蔵は口惜しそうに攻撃を中断した。
「木ノ葉は我らを裏切り暁についたか……。写輪眼遣いまで寄越すとは本気で雨を乗っ取るつもりだな。となると、打つ手を考えねばならん」
すでに頭角を現している暁の弥彦たち3人に加え、軽い手合わせだけでその実力の高さが分かる自来也、さらに見たこともない術を扱う写輪眼のオビト。
不利な状況であると悟った半蔵は撤退することにした。
そんな彼にオビトは叫んだ。
「毎日この時間にここへ来る! 俺らは戦いたくない! とにかく話し合いをさせてくれ!」
これにはさすがの自来也も、弥彦たちもギョッとした。
半蔵も足を止め、振り返る。
「それは待ち伏せの宣言か?」
「違う! 俺は半蔵、アンタとこっちの暁の誤解を解きたいんだ。どっちも平和を望むのに潰し合うなんておかしいじゃねーか」
「大国が上から偉そうに言いおって……!」
「腹が立つのは分かる。それでも俺はここで待ってる」
半蔵はじっとオビトを見つめ、そして仲間と共に姿を消した。