トビラたちのアカデミー生活は和やかに進んでいた。
表向きは。
――今日の監視は3人……増えたな。
手裏剣術の授業中、全射的中させながらトビラはため息を吐いた。
――見ているのは俺とカカシ、そして兄さんか。暗部が監視対象に悟られてどうする。
暗部の質が少し心配になったトビラではあったが、カカシとオビトは監視されているなんて気づいていない。
扉間時代より劣っているものの、十分に感知スキルはずば抜けているのだから酷な心配だった。
ちなみにオビトはリンの応援に気を取られ、逸らした手裏剣を先生のスレスレに飛ばしてしまい叱られていた。
アカデミーの授業は座学、実技がバランスよく用意されている。
座学は里の歴史や隊列の組み方、五大性質について、実技は性質に限らず使える忍術について。
「次、うちはオビト!」
緊張した面持ちで前に出て印を組んだオビトではあったが、すぐに教室には笑いが溢れた。
良くない笑いだ。
「クソーっ! 今日はちょっと調子が悪かっただけだし……」
「術の発動自体はできているが、練ったチャクラを無駄に放出しすぎだ。チャクラを練る際にもっと集中すれば安定した術を使える。思い描いたようにチャクラを練り、放出するのはすべての基本だ。これができれば豪火球の炎の大きさもさらに大きくできる」
「はぁ……また集中かよ……」
「でもオビト! それができたらもっと大きい炎が出せるなんてすごいよ! 頑張って!」
「リン! お、おうよ! そしたらトビラの豪火球よりももっともっとデカいの出してやるぜ!」
クラス中に馬鹿にされ、弟には理詰めでなっていないところを説明されて落ち込んでいたオビトだったが、リンの励ましで一気に回復した。
もっとも、トビラもリンが近くの席にいることを見越して言ったのだが。
――チャクラコントロールというのはそう簡単に出来るものではない。むしろ、この年でできる人間は稀だろう。
トビラは分身の術を成功させたカカシを見た。
――カカシは間違いなく天才の部類に入っている。天才が一人いるだけで周りは触発される。この世代は伸びるぞ。
カカシを熱心に見るオビト、ガイを確認してトビラは満足げに頷いた。
アカデミーに入学してから早いもので1カ月が過ぎた。
そのころから、ある名物が追加された。
「カカシ! 熱き青春の勝負をしようじゃないかぁああ!」
ナイスガイポーズと共にカカシに勝負を挑むガイ。
「またかよ。はぁ……さっさと終わらせるよ。今日は何」
「今日は手裏剣勝負だ! 俺がお前に負けたら逆立ちで校庭を500周する!」
「はいはい」
――カカシも面倒くさがりながらも相手してあげる辺り、心根の良さが出ているな。そういうところはサクモに似ているようだ。
そんなライバル二人を睨むのが兄、オビト。
「ガイの奴……いまだに俺のこと覚えねーし、トビラって呼ぶし……ほんと失礼な奴だぜ」
「他のことで頭がいっぱいなのだろう。俺も初めは顔も名前も覚えられていなかった。気にするな」
「ったく。アイツくらいだぜ。俺らの見分けがついてねーの」
――兄さんの存在を認識していないから、この顔が一人だと思っているんじゃないか。
トビラは心の中で思ったが、口にするとオビトが本気でへこみそうなのでやめておいた。
「アカデミーの奴らだってみんな俺のこと、トビラじゃない方って言い方するし」
「兄さんはゴーグルをつけているから覚えやすいと思うがな」
「そういう意味じゃねーよ。分かってんだろ。トビラに比べりゃ俺はうちはの落ちこぼれだ。お前は忍術も一発で会得したし、体術だってクラス一だ。まあ、体術に関しちゃクラスの奴は気づいてねーみたいだけど」
――忍術については当たり前だろう。俺が考案したカリキュラムで、中には俺が考案した術もあるのだから。体術もアカデミーで教える基礎を考えたのは俺だ。俺が考えた俺の授業で落ちこぼれる方が難しいわ。
トビラの実態を知っていればふてくされる必要なんて無いのだが、オビトにはそんなことは分からない。
「自分を卑下するな。忍術は一度で会得しなかったとしてもできるまで修行すればいい。重要なのは戦闘の場で使えるか、使えないかであって一度で覚えたかなんていう過程はどうだっていい」
それに、とトビラは続けた。
「俺とて苦労せずに出来たわけではない。見えないところで修行をしているのは兄さんだけではないのだから」
「えっ! お前、俺が秘密の修行しているの気づいていたのかよ。ま、まさか見ていたのか?!」
「見なくても分かる。兄さんならきっとそうするはずだとな」
オビトとトビラは常に一緒というわけではない。
アカデミーに入る前から、オビトは里の子供らと遊びに行き、トビラはその間に術の開発をしているなど別行動は多かった。
アカデミーに入ってからもそれは同じだが、トビラは兄が「遊びに行く」と称して修行をする機会が増えたことに気づいていた。
帰って来た時の汗だくな姿、土汚れが多い手足、遊んできたにしては消費しすぎているチャクラで分かる。
それに、オビトはアカデミーでカカシやトビラほど忍術が上達していないことに焦りを感じている。
負けず嫌いな兄のことだ。
修業していきなりできるようにして弟たちを驚かせよう、ぐらいのことは考えるはずだ。
「ちぇっ! こっそり修行してトビラとカカシを驚かせようと思っていたのに。というかトビラ、お前はどこで修行してるんだよ!」
「言ってしまったら秘密の修業と言えないだろう。俺も兄さんがどこで修行しているのかは知らない」
「なあトビラ~。兄ちゃんに教えてくれよ~」
「言わん。誰かとする修行も重要だが、一人で行う修行もまた必要だ」
「じゃあ今日は俺と修行しようぜ! な!」
ということで双子は演習場にて忍組手をし、いつものようにトビラは兄をボコボコにした。
過度な怪我はさせないように気を付けたつもりだったトビラは、兄が「はぁ~」と倒れて動かなくなったのを見て少し焦った。
「どうした、兄さん」
「俺、こんな弱くてお前のこと守れるのかなぁ……兄ちゃんなのに」
怪我ではないと分かって息を吐いた。
「兄さんが守るのは俺だけではなく、里の者たちもだ。火影になるのだろう」
「できるかな……忍術も体術もお前に勝てないのに」
「いつになく弱気だな」
「なんで俺ら、双子なのにこんなに違うんだろう」
――俺の中身が通常と違うからだ。それは言えないとしても、だいぶ気にしているようだな。無理もない。大人の俺を子供と思い込んで競っているのだから。そもそもの土俵が違う。
「双子だからと言ってまったく同じなわけはない。考え方も使える術も違うものだ。焦るな、兄さん。子供の身体じゃできることは限られている。成長して変わることもある。まだこれからじゃないか」
トビラは寝っ転がるオビトの傍らにしゃがんだ。
――この年で完璧にできなくていい。今は弾除けとして戦場に出される時代ではないのだから。
トビラの脳裏に幼くして死んでいった板間、瓦間の顔が浮かんだ。
ふいに、オビトがこちらを向いた。
「なあ、なんでトビラは俺のことバカにしねーんだよ」
「バカにしたところで何になる。俺らは里を守る忍だ。同じ里の者がいがみあっていては里を危機に陥れる。そもそも、俺は兄さんを落ちこぼれだとは思っていない」
「ほ、ほんとかっ?!」
「バカだとは思っているがな」
「おい! バカにしてんじゃねーか! あれ? これ前もやったやり取りだな」
「ついでに聞くが、あの時に言っていた夢は今も変わっていないか?」
トビラが尋ねると、勢いよくオビトが起き上がった。
「当たり前だ! 俺は火影になって世界を救う! 戦争を無くすんだ!」
トビラは口角を上げ、立ち上がった。
「であれば、くよくよしている時間などない。立て」
「ええっ?! さっき焦るなって言ったじゃねーか!」
「時間を無駄にしていいとは言っていない」
ぶーぶー言いつつもオビトは起き上がり、修行は再開された。
老人との触れ合いはオビトの十八番だが、とある休みの日、オビトはトビラの手を引いて里の老人の家へ連れて行った。
「おい、兄さん。ここはどこだ」
「爺ちゃんの家」
「だから名前を言え、名前を!」
「爺ちゃん! 頭のいい奴連れて来たぜ!」
手を引っ張られ連れてこられた先にいたのは腰の曲がった老人。
縁側に腰掛ける彼の前には将棋台があった。
「おや、オビトの坊主。んん? ワシもボケたかの。それともメガネが曇っておるのかの」
「言っておくがあなたのメガネは正常だろう。俺らは双子だ」
「そうだぜ、言っただろ爺ちゃん! こっちは弟のトビラ!」
老人はメガネをかけ直し、トビラとオビトを見比べ、ポン、と手を打った。
「おお! そう言われるとそっちの方は利発そうな顔をしておるの」
「はあ?! それって俺がバカっぽい顔してるって意味かよ!」
「ほっほっほ。どれトビラの坊主、向かいに座りなさい。将棋は初めてかの」
「ああ」
何を求められているのか察したトビラは抵抗することなく縁側に乗り上げた。
本当は扉間時代にやっていたが、子供が知っているのはおかしいので知らないふりをし、老人の説明を静かに聞いた。
――昔は台も駒も高価だったから父上と指すときは緊張したものだ。兄者は下手だったから父上が死んでから指すこともめっきり減って……サルたちにも教えたがついぞ俺に勝てる奴は出なかったな。
オビトは首を傾げながらも弟と一緒に説明を聞いていたが、結局理解できずにコクコクと眠り始めた。
「……と、まあ説明はしてみたが、実際にやった方が覚えるだろう。駒の動き方が分からなかったらその都度聞きなさい。ああ、あとそこの居眠り坊主のためにそこの座布団をとってきてやってくれ」
「分かった。失礼する」
老人が指した部屋の隅に座布団が積みあがっていたので、いくつか縁側に並べ、そこに兄を寝かした。
――いきなり子供が勝つのもおかしいから手加減するか。もしもこの老人が負けたら面倒なタイプだと困るしな。
パチン、パチン、と駒の音が鳴る。
老人もトビラも話はせず、オビトの寝息がよく聞こえた。
――初めて将棋を習う子供相手に棒銀か。この老人、とんだ狸だ。そういやサルは嫌いな戦法だと言っていたな。犠牲になる駒が可哀想に思えてどうにもやりづらい、なんて言って。横で見ていたコハルは「たかが駒にバカなことを言うな」と怒っていたが。
パチン、と音が鳴る。
手を抜いた勝負はトビラにとって退屈だ。
けれど、将棋にまつわる記憶を思い出すのにはちょうど良かった。
――この老人は犠牲駒が最低限だな。ダンゾウのようにはいかんか。あやつは少しつつけば捨て時を見誤った犠牲駒が多かったから、それを拾ってどうとでもできたが。
オビトがむにゃむにゃと何か言いながら寝返りを打った。
――あやつらは今でも将棋を指しているのだろうか。
勝負はそう長くはかからなかった。
「ワシの勝ちだな。初めての割には良い指し方したじゃねーか」
「んぁ? あれ? トビラ、爺ちゃん、終わったのか?」
「とっくにな。ったく、この寝坊助坊主が」
「仕方ねーだろ。俺、将棋のルール全然分からねーし。んで、どっちが勝ったの?」
「ワシじゃよ」
「ええーっ?! トビラ、お前負けちまったのかよ!」
「初めてだから仕方ないだろう」
「お前も負けることあるんだなぁ……」
オビトがしみじみと言う。
「当たり前だろう」
「いや、俺、トビラが負けたところ初めて見たからさ。へへ、爺ちゃんつえーんだな」
「どうだかの。お前らはどちらも老人思いな双子だ」
老人がニヤッとしながら言い、台所に引っ込んだ。
戻り際に渡されたのは団子屋の包み。
「お前らの婆さんと一緒に食え。土産だ。坊主ども、また来い。将棋を指す相手はどんどん死んで行っちまうからな。新しい人が来るなら大歓迎だ」
「団子か! 爺ちゃんありがとな! ばあちゃん、甘いもん好きなんだよ」
「ご馳走になる」
双子は挨拶もそこそこに老人の家を出た。
「これってもしかして甘栗甘の団子じゃねーか? リンが紅とシズネと行って美味かったって言ってたんだよ」
「そうか。おばあ様も甘味が好きだから喜ぶだろう」
――懐かしい。兄者がよくミト殿に土産で買っていた。今もあるのか。
トビラも食べたことがあるため楽しみに思った。
「君たちは」
声をかけられ振り返るとフガクがいた。
「あ、こんにちは! フガクさんと……」
「あら、あなたたちがオビト君とトビラ君かしら? 私はうちはミコト。同じうちは一族同士、よろしくね」
「は、初めまして!」
オビトの声が上ずった。
身近な女性が祖母かリンぐらいしかいないオビトにとって、ミコトのような美人なお姉さんはどう接すればよいか分からずドギマギする。
トビラはトビラで別の意味で緊張していた。
――この顔立ち……女だから瓜二つとは言えないがイズナの系譜かもしれん。
固まる双子に微笑みかけるミコトはオビトが持つ包みに気づいた。
「あら、それって甘栗甘のお団子ね。とっても美味しいから私も好きよ」
「え? あ、これ、さっき将棋好きな爺ちゃんからもらったんです。な、トビラ!」
「ああ。俺らは初めて食べるが、甘栗甘はアカデミーの女子の間でも評判らしい」
「私がアカデミーのころもよく女の子たちで行ったわ」
「将棋好きな老人とはどこの方だ? うちは地区とは逆方向から来たようだが」
和やかなミコトと違い、笑顔を見せないフガクの問いにオビトは答えた。
「あそこのちょっと外れたところに一人で住んでいる爺ちゃんです」
「向こうは……奈良のご隠居か。よく遊びに行くのか?」
「そこまでは……前に俺が荷物を運ぶのを手伝ったら休みの日に将棋の相手しろって言われて。でも俺、将棋のルール覚えらんねーから代わりに頭良いトビラを連れて行ったんです」
「俺は今日初めて会った」
「そうか。何か聞かれたか?」
フガクの探るような視線を正面から受けながらトビラは答えた。
「一戦交えたが、俺は習ったばかりの将棋を覚えるのに夢中で話す暇なんて無かった。兄さんも早々に眠っていたから大した話はしていない」
「トビラ! 俺はちょっと居眠りしてただけ!」
「ちょっとどころではなく初めから寝ていただろうが」
「しょうがねーだろ! 駒がどう動くとか難しくて頭こんがらがっちまうんだよ!」
「ふふ……兄弟で仲良しなのね」
ミコトが呆れることなく笑顔を見せるのでオビトは調子づいた。
「まあな! トビラは俺の大事な弟だ! ミコトさんとフガクさんは何してんだ? これから任務か?」
「兄さん……」
――どう見ても逢引きだろうが。
トビラは非難の目を向けるが、兄は気づかない。
フガクはさらに顔をしかめ、ミコトは笑みを深めた。
「今日は二人ともお休みよ。だから甘いものでも食べに出かけようと思って。せっかくだから甘栗甘もいいわね」
「出かける? え、それってつまり、で、で……!」
「そろそろ行くぞ。引き留めて悪かったな」
フガクが背を向け歩き始めたので、ミコトは困ったように笑った。
「それじゃあ、またね」
「は、はい!」
フガクを追いかけるミコトの背を眺めながらオビトはまだ動揺しているようだった。
「トビラ、あれってデートだよな……!」
「鈍い兄さんもようやく気付いたか」
「なっ! お、お前だって言われなきゃ分からなかっただろ!」
「なわけあるか。任務服じゃない妙齢の男女が二人っきりでいるなら察せられることはある」
「二人っきり……デート…………」
オビトがどこかぼんやりと物思いを始めた。
「自分とのはらリンに当てはめて考えているのか」
「なっ?! そ、そういうわけじゃ! つーか、それ、気づいても言うんじゃねーよ! お前、兄ちゃんに恥ずかしい思いさせんのやめろ!」
「嫌なら往来で立ち止まってぼんやりするな。今の兄さんじゃ子供の攻撃も避けられないぞ」
「誰が攻撃するんだよ! 里の中だぞ!」
「甘い! 忍たるもの常に警戒しろ! 火影になるならなおさらな」
う、とひるんだオビトは誤魔化すように勢いよく歩き始めた。
初めは不貞腐れた表情をしていたが、歩いているうちに不安げになった。
「なあ、トビラ。ミコトさんはすっげーニコニコしてたけどさ、フガクさん、なんか怒ってなかった? デートってバレるの嫌だったのかな」
「話しかけたのは向こうが先だ。それで怒るのはお門違いだ」
「でもさ、でもさぁ……」
「というより、怒っているようには見えなかった。あの男が不愛想なのは元々だろう」
「おまっ! よくそういうこと言えるよなぁ……フガクさんが怖くねーのかよ。俺、怒られたし、なんかいっつも睨まれてるし、ちょっと話しづらいんだよな」
唇を尖らせる兄の横顔を見つつ、トビラは思った。
――あの程度、うちはの者にしては話しやすい部類だぞ。カガミほどではないが。
だが、オビトはまだ6歳。
過去に火影としてうちは一族と交渉を重ねて来たトビラとは違い、うちは一族と話すことも大人と話すことにも慣れていない。
それはトビラも分かっているので諭すように言った。
「あやつからの視線に敵意は感じない。大方、子供と触れ合うのに慣れていないのだろう。俺らが大人と触れ合うのに慣れていないように。睨んでいるように見えるのも、俺らの背が低いからそう見えるだけだ」
「同じくらいの背のサクモのおっちゃんは睨まないぜ」
「サクモはフガクより年齢が高い分、俺らを気遣う余裕があるだけだ。カカシを育てているから慣れているのもある」
「確かにあの生意気カカシにも優しいもんな! なるほど! トビラの言う通りかもしんねー!」
オビトはようやく不安が解消されたのか、笑顔に戻った。
トビラも呼応するように微笑んだ。
――今のフガクとサクモならサクモの方が強いというのに。見せる表情で警戒の度合いが変わるあたり、兄さんもまだ子供だな。
子供ならではの立ち直りの良さを見せるオビトの隣でトビラはさらに考えた。
――あの老人、奈良家の者だったのか。奈良一族が管理する森から離れた場所だから気づかなかったな。俺の動きをフガクも警戒しているようだ。仕方あるまい。俺も兄さんもうちはであってうちはで無いから。
その後、双子が持ち帰った団子は祖母には大層喜ばれた。