アサルトリリィ Hawk   作:ほくシン

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第7話『リバイバル』-後編

「百由、正直に答えて頂戴。貴女はさっき、ラプラスの現存する覚醒者が真乃さんしかいないと言った。……それはつまり、過去にラプラスの覚醒者がいたということよね」

「そうよ」

「……貴女がラプラスの事象で挙げた、CHARMの術式・契約の即時書き換え。アレを聞いて、そしてあの夜の話をして気づいたの。今まで考えたこともなかったわ。略式契約でも、まっさらなグングニルと結ぶ場合ですら多少の時間はかかる。……となれば美鈴様のレアスキルも、ラプラスなのね」

「そう判断せざるを得ない、ってトコかしらね。今となっては調べようがないわ。私もダインスレイフの解析と今回の件でそういう考えに至ってさ、まさかと思って色々当たってみたわよ。……どの記録もレアスキルの項目だけ空白。ヒトならと思って聞き込みしてみても、誰もあの方のレアスキルをハッキリと覚えてなかった。ならそう思うのが妥当、って感じじゃない?」

「お姉様が、ラプラスを……」

「それに今回の幻覚も、真乃さんだけに発現して梅や楓さんは問題なし……もしかすると、ラプラス同士が反応し合った結果なのかも」

「……本当に、それだけで収まるのかしら」

「と言うと?」

「……ごめんなさい、忘れて。後輩の危機に何を言っているのかしらね、私……」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ─── それから、私と二水ちゃんのマギ交感生活が始まりました。

 

「ごきげんよう、二水ちゃん」

「真乃さんおはようございます! とりあえず一回、しておきますか!?」

「うん、お願い」

 

 まずは朝の挨拶と共にマギ交感を少々。授業もあるので少しの間手を繋いで、それから教室に。

 ……うっかり手の温もりに浸りすぎて、我に返ったらもう始業二分前だったのは内緒です。

 

 ───────────────────

 

 講義の終業を告げるチャイムが鳴り、五分ほどの小休止でも……

 

「ま、真乃さぁ~ん……そのぉ、大丈夫ですかぁ?」

「う、うん。まだ平気だと思う。……二水ちゃんの方こそ、平気?」

「へへ、平気ですよぉ~。さっきまで実習だったから急いで来ましたけどもぉ……」

「……私の事はいいから、次の講義に行ってきて? ね?」

 

 実習の後でヘトヘトでも、なお私の所まで急いで来てくれた二水ちゃん。

 ちなみに、この後はちゃんと楓さんと一柳さんと一緒に次の講義に行きました。

 

 ───────────────────

 

 午前の講義が終わり、お昼時になって。

 

「……ふぅ、ご馳走様でした」

「では食後のマギ交感といきましょう! どうぞ!」

「あ、ありがとう。ちょうど頼もうと思ってたんだ」

 

 昼食を採った後、食休みも兼ねて二水ちゃんの手を取りマギ交感。

 ……心配して同席してくれた一柳さんは笑顔で見守ってくれたけども、楓さんには「美鈴様をダシにイチャついてるのではなくて?」と白い目を向けられてしまいました。

 

『………………………あぁ、どうか僕に構わず続けててくれ』

 

 まぁ、その美鈴様(の幻影)、楓さんのそばに座ってたんですけどもね……。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 午後の講義の合間も心配してくれた二水ちゃんにマギ交感を持ちかけられつつ、放課後になりました。

 とりあえず顔はちゃんと出した方がいいかなと思って、一柳隊の控室へ足へ運びます。

 

「……はぁ」

 

 左手に感じる人肌とマギの温もりに、思わず吐息が溢れます。

 二水ちゃんが『少しでも良くなるように』と、二人がけのソファに座って本日何度目のマギ交感。

 

「……あ、今更だけど二水ちゃん、私の手冷たかったりしないかな? 大丈夫?」

「え、いやぁ全然そんな事……む、むしろ真乃さんの方こそ大丈夫ですか!?

 私の手触りづらかったりしませんか!? 手汗とか凄かったりしますかね!?」

「い、いや別に……」

 

 二水ちゃんはつい不安になったのか、ぶわっとまくし立てて聞いてきます。

 すべすべしてるし、あったかいし……むしろこのままずっと触ってたいと思うぐらいだけども、二水ちゃんからしたらちょっと困るよね……。

 

「あらあら、お熱いですねお二人とも」

「い、いやいやいやそんな事!!!」

「アッハハハハ! 真乃も結構面白いヤツだよナ!」

「そ、そうですか……?」

 

 梅様と(意外にも)神琳さんが私達のやり取りを茶化してきて、先日あんな話がありながらも控室には穏やかな空気が流れていました。

 けど、自分でもよく分かりませんが、私ってそんなに面白いんでしょうか………? 地元の友達にもよく『見ててあきまへんわぁ』とか『ザ・天然記念物だわホント』ってよく言われてましたけど……

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 マギ交感生活が始まって、五日ほど経った朝。

 

 

『おはよう、真乃。ごらん、外の木の葉が朝露をつけているよ』

「…………………………………………」

『太陽に照らされて、綺麗だと思わないかい? あぁ、それとも君は───』

 

 未だ美鈴様の幻覚は治る予兆すら見せず、心なしか声がクリアに……輪郭も、ハッキリとしていっているような気がしました。

 少しの憂鬱を覚える私とは裏腹に、窓から見える朝日は清々しいほどの黄色い輝きを部屋に差し込みます。

 

「……巡架ちゃんは、いないか」

 

 ルームメイトの子は相変わらず朝早いなぁ、と思いながら幻影を振り切るように布団を剥ぎ、私も朝の支度を始めることにしたのでした。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「それで真乃さん、身体の方はどうかしら」

 

 いつも通り放課後にレギオンの控室に向かうと、夢結様が開口一番に聞いてきました。

 

「えぇ、身体の方は絶好調なんですけれど……幻覚の方は、まだ」

「す、すみません真乃さん。私が至らないばっかりに……」

「そんな事ないよ二水ちゃん。二水ちゃんがいなかったら、私……」

 

 萎縮する二水ちゃんの手を、祈るように抱き寄せます。

 ───『二水ちゃんがいなかったとして、誰が手を挙げていたのか』。

 そう想像すると、誰かに私を押し付けるような事になってそうで。だから私の中の二水ちゃんの存在は、二水ちゃんが思っている程に大きいんだって事を、少しでも伝わればいいなと思いながら。

 

「しかし、あまり状況はよろしくないですね。

 五日ほどマギ交感を多いペースでしてもなお、負のマギが抜けきらないとは……」

 

 神琳さんが顎に手を当てて溜め息交じりに呟きます。

 

「百由様の方で、何か分かってないんですか?」

「それが……結構、難航しているみたいで。

 分かってる事と言ったら、どうやっても負のマギがほんの少しだけ残っちゃう事ぐらい」

「結局、できるのは先延ばしにする事だけなんだ……」

 

 まるで、幻覚の事を切り出した時のよう───いえ、それ以上に部屋の空気が重く感じます。

 

 

「……真乃さん。私達にも出来ることって、ありませんか?」

 

 

 重圧と静寂の中、梨璃さんのか細い声が私に問いかけます。

 すると、それに賛同するかのように言霊が上がり始めました。

 

「梨璃の言う通りじゃな、百由様ばかりに任せっきりでは悪いからの」

「そうですね……。とりあえずは二水さんの休息も兼ねて、ここで一度マギ交感の相手を変えてみてはどうかと───」

 

 神琳さんの提案が投げかけられた瞬間、ガタッと誰かが立ち上がりました。

 視界の端にいた、その子───二水、ちゃん?

 

「……わわわ、私なら大丈夫ですからっ! 全然! 交代とかしなくても大丈夫ですっ!!」

 

 つい勢いで立ち上がったんでしょうか、口は最初上手く開かなかったものの、普段とは別の焦りも感じられる早口でまくし立てていきます。

 

「それに皆さんにヘボリリィの私なんかの役目を代わってもらうなんて恐れ多くてそれはそれは……って感じですし! ───あぁ、ででも真乃さん担当の事が煩わしいだとか疎ましいとかそういう思いは一切なくって! 百合ヶ丘を守る戦力の事を妥当と言いますか、むしろ光栄と言いますか! だからその、自分で言い出した以上最後まで私やりますから!!」

 

 肺の空気を1mlも残さないような勢いに、必死さというか、切実な気持ちが、空気を震わせて伝搬して……私は、二水ちゃんの姿に胸が締め付けられ言葉が出ません。

 『恩返しがしたい』と言ってマギ交感の相手役に乗り出して、少しでも時間があれば私の事を気にかけてくれて……しかもマギ交感を始めてからは、リリィ新聞も刊行を中止してしっかり体調管理をしているのを私は知っています。

 それでも、どうもしてあげられない。良くしてあげられない。

 ───この気持ちは哀れみ、同情、なのかもしれません。それでも、そんな気持ちが分かるような気がして、私の心を一層縛り付けます。

 神琳さんの提案も尤もな事は私にだって理解っています。マギ交感は錬成したマギを相手のリリィに渡す行為。となればいくら体調管理に努めても消耗は少なからず出てくるはず。二水ちゃんの事を思えば神琳さんの言う通り、一度誰かと交代させてあげるべきなのでしょう。

 ───幻影の美鈴様を視界に映し、言い訳するように心で呟きます。

 『間違いじゃありませんよね、こうするの』。

 

「あのですねちびっこ、これは一応あなたの身も案じての事なのですから───」

「ごめんなさい。私も二水ちゃんに賛成かな」

 

 棘がありながらも二水ちゃんの身を案じていたであろう楓さんの言葉を遮るように、私は勢いよく立ち上がり、二水ちゃんの身をそっとこちらへ寄せます。

 

「なんていうか、長い事続けてた分相性がよくなってるかもしれないし……恐らくですけど、私達が思っている以上に浄化に時間がかかるんじゃないかって思うんです。それに、私もちゃんと頑張りますから。二水ちゃんや百由様だけに頼らず、気を確かにして色々調べてみたりとか、ラプラスの暴走を治せないかやってみようかと。だから、もうしばらくは二水ちゃんとのままで、お願いできませんか」

「真乃、さん……」

 

 ……その声を上げたのは二水ちゃんか、一柳さんだったか。

 他の皆さんの厳しそうな(あるいは心配そうな)視線と沈黙を、黙認ないし肯定として捉えることにして、時計の方を見ます。

 十六時四十五分。……そろそろ百由様の所へ行かないと、遅くなって迷惑になるかも。

 それではこれで、と軽く会釈し、無意識に二水ちゃんの肩に手を回し抱き寄せながら控室を後にしました。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 控室のある校舎を抜け、工廠科の寮棟に入りました。

 この間、一言も交わせず、お互い俯いたまま。

 それでもどこか険悪ではない雰囲気なのは、二水ちゃんが手を繋いでくれていたからだと思います。

 

「……ごめんなさい、真乃さん」

 

 その二水ちゃんが、俯いたまま口を開きました。

 

「私のスキル、ブレイブだったら良かったんですけどね! そうしたら、もう少し変わってたのかも、なんて……」

 

 二水ちゃんは無理やり笑顔を作ったものの、笑顔が引きつっているのを自覚してか曇りだし、再び俯いてしまいます。

 『ブレイブ』。触れたリリィの精神を安定させ、その人のポテンシャルを一時的に開放させるレアスキル。ルナティックトランサーの対として扱われるこのスキルは、負のマギの浄化を助ける唯一のスキルと言われています。

 確かに、このスキルならば今の状況を打破できるかもしれません。噂では六角さんのレギオン【水夕会】に所属している人に保持者がいると聞きますが……果たしてラプラス周りの事情を隠して、協力してくれるでしょうか。体質の関係で初陣を経てから身体に負のマギが長く残っている、とは周りには説明していますが、果たしてそれを信じてくれるでしょうか。

 それに何より、それは二水ちゃんの覚悟と責任に背く事になります。例え最短の近道だとしても、こんな事を言うほど思い詰めている、考えてくれている子に、また辛さを重ねてしまう。……それが、まるで自分の事のように思えてしまうから。

 

「───二水ちゃんは、悪くないよ」

 

 苦心にたまらず一歩歩幅を後ろに合わせて、背中から抱擁して私は諭します。二水ちゃんは驚いて、不安そうに私の方を振り返りました。

 ……嗚呼。この目。無力感と罪悪感と、少し自嘲的な所も含んだ哀しい目だ。

 心の鎖はどんどん私を縛り、中がどろどろして、そして

 

「悪いのは二水ちゃんじゃない、私なんだ」

「真乃、さん……?」

「私がちゃんと美鈴様を振り切れさえすれば、こんな事にならずに済んだのに」

「そう、二水ちゃんは悪くない。悪くないんだよ」

「悪いのは私なんだ、あの時だって───」

 

 そこまで口を滑らせて、ようやくハッと自覚しました。

 何を言っているんだ私は。何を吐き出してるの。どうして強く抱きしめすぎてるの。

 二水ちゃんの口から苦しそうな声が漏れ出ていたのを、鼓膜は確かに捉えていたはずなのに。

 気づけば二水ちゃんは、困惑しつつも心配そうな表情で私を見ていました。

 

「ま、真乃、さん……?」

 

 不安を覚える声を聞いて、私は未だに腕を離していなかった事に冷や汗が流れる思いでした。

 

「ご、ごめん。変だったよね私。苦しかったよね」

「い、いえいいんです。いきなり抱き着かれたのと、真乃さんの意外な一面でちょっとビックリでしたけど……」

 

 そう言ってあはは、と乾いた笑みを浮かべる二水ちゃん。

 

「……その、那岐山迎撃戦の時に何かあったんですか?」

「え?」

「あ、あぁいやその、"あの時"というのがいつだかは分かりませんけれど、岡山の比較的最近かつ大きなヒュージ戦と言ったらそこかなと思いまして……」

 

 那岐山迎撃戦。

 三年前、私が山に入って、ヒュージに囲まれたあの日───

 

「ごめん、何でもないんだ。忘れて」

「で、でも……」

「……お願い、"忘れて"」

 

 しまった。

 自分でも声色が冷たすぎた、さっきから私おかしいなと思った時には、もう遅かった。

 なおも心配そうに食い下がった二水ちゃんの顔は、気づけばぼんやりと……それこそ、頭に疑問符でも浮かんでいるような、少しだらしのないような顔つきになっていました。

 それはまるで、『私の言葉通りさっきまでの記憶を忘れてしまった』ような───

 

「……あれ、私さっき何話してましたっけ?」

 

 ぶわり、と冷や汗が全身から吹き出るような感覚に陥る。

 ───百由様の言っていたラプラスの能力の内の一つ、『他人の認識・記憶の操作』。もしそれを私が、無意識に発動してしまったのだとしたら……。

 冷や汗がまだ止まらない。

 やってしまった。違う。そんなつもりじゃなかった。言い訳だ。謝る? 忘れたのに? でも、これはお互い良───

 くない。故意じゃないにしてもラプラスを使った、記憶を消した。それは許されない事だ。

 嗚呼、私はまた間違えた───

 

「真乃さん?」

 

 鈴の音のような声に、奔る思考がようやく収まった。

 二水ちゃんの方を見ると、やはり先程までのやり取りをすっぽり忘れているようで……

 いや、もしかしたら私のせいで二水ちゃんが記憶喪失になったりとかするのかも。確認、しなきゃ……。

 

「……二水ちゃん、今どこになんで向かってるのか分かる?」

「え? い、いつもの経過観察で百由様の所に向かってる所ですけど……ま、まさか真乃さん、もしかして記憶が───」

 

 大丈夫、と手で制して、ひとまず部分的な記憶喪失だという確認が取れてほっとします。

 

『……ふぅーん? 君も───』

「───ッ」

 

 耳元で美鈴様の幻影が囁く。思わず顔を険しくしてしまい、二水ちゃんに悟られないかまた冷や汗が少し滲みます。

 

「真乃さん? やっぱり、どこか───」

「大丈夫二水ちゃん、何ともないから。行こう」

 

 そう言って、私は黙って二水ちゃんの手を取り、再び歩みを始めます。

 ……一歩ずつ踏みしめるごとに、二水ちゃんの温もりを胸に刻みながら。

                自分の罪を新しく、そして再び刻みながら。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 百由様のラボにつき、小慣れた動きで検査衣に着替えると、人間ドックのような機械に入れられ今日の経過観察が始まりました。

 二水ちゃんは、百由様のお傍で私を見守るのも兼ねてお手伝いをしてくれています。

 

 

「……ど、どうですか百由様? 何か分かったりとかは……」

「これと言っては、ってトコね。相変わらず幻覚と、負のマギがちょびっと残ってる以外は概ね正常。長い付き合いになりそうだわ」

「そう、ですか……」

「……ところで、真乃さんに何か変わった所とかは?」

「変わった所、ですか……そういえば真乃さんじゃなくて私の事なんですが、ここに来る前に真乃さんと何かを話してたはずがすっかりド忘れしちゃって……」

「話してる途中にいきなり?」

「は、はい。おかしいですよね、最近はちゃんと早寝早起きは心がけてるつもりなんですけど……」

「……記憶の改竄、か」

 

 ──────────────────────

 

 経過観察が終わりました。検査衣から着替え、退室前に百由様に一言。

 二水ちゃんは先に帰るということで、既に姿はありません。

 

「今日も、ありがとうございました」

「いーのよ、こう見えてCHARMの整備を他の子とかぐろっぴに押し付けてるし」

 

 そんな事していたんだ……。あ、でもそれぐらい私の件につきっきりって事だから、つまりは私のせいで……。

 

「そう迷惑かけてるなーって顔しないでよ、実際迷惑かけてるの私だし。

 さ、今日のデータ整理があるから帰った帰った」

 

 私の肩を掴んで自動扉の前まで押し込んでいく百由様、目の下にはうっすらながら隈が見えるようでした。

 

「……こ、今度は差し入れ持ってきます」

「あらホント? それはありがたいわ~。そんじゃね~」

 

 

 

 

(……ラプラスの認識改変能力。二水さんの言葉が本当なら、使ったみたいね。なんで使ったのかは分からないけれど、少なくとも自分の意志はある……のかなぁ。明日聞いてみよ。あ、あと万が一を考えてデータのバックアップは取って保管しとかないと。とりあえず整理終わったらあの論文仕上げて───)

「───ん、このデータのこの辺り。一瞬だけ、マギの波長が乱れてる……?」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 木漏れ日が差し込む部屋。

 気づけば誰かに膝枕をしてもらっている、誰の膝を借りてしまっているのだろうと顔を上げると、

 

「どうしたんだい、真乃?」

 

 川添美鈴様が、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見下ろしていました。

 一瞬身体が強張るも、その強張りもなんだか実感を得ずふわふわとしているような感じがします。

 ……ああ。これ、夢なんだ。

 思えばそうです。私が見ている美鈴様は幻影で、本当の美鈴様がシルトの夢結様を差し置いて私に膝枕なんてしてくれるはずが、するはずがありません。そう気づけば、心が楽になってきました。だってこれは夢なのですから。

 なら、私は───

 

「……私、"また"ラプラスを使っちゃったんです」

 

 美鈴様は私を見つめながら、何も言わず聞いてくれていました。

 

「友達に、二水ちゃんに、那岐山迎撃戦の時の事を聞かれて……。ただ心配だったから聞こうとしただけなのは、分かってるつもりだったんです。でも私、つい怖くなって……忘れてって強く思っちゃったら、気がついた時にはもう……」

「……自分が、許せないかい?」

「許せるわけ、ないじゃないですか。どうであれ、私はラプラスで人の記憶を消したんです。それは、いけないことだと思いますから……」

 

 それを聞いて美鈴様は、ただ静かに目を閉じるだけでした。私の言葉を待っているかのように。

 

「……美鈴様、私はどうしたらよかったんでしょうか。

 どうすればいいんでしょうか。どうか、私に教えて下さい。美鈴様……」

 

 私は長年の切望を口にし、縋るように美鈴様の頬へ手を───

 

 

 

 

 

 

「…………………………あ」

「…………………そ、その、教えてって何をかな?」

 

 朝日はほとんどカーテンに遮られ、仄暗い部屋。

 気がつけば私の手は上へ……ルームメイトの八雲(やくも)巡架(じゅんか)ちゃんの頬に伸ばされており、寝起きの私を見下ろす顔は紅葉を見せていました。多分、私を起こそうとしてくれたのでしょう。

 それを見て目が覚めると共に、紅葉が私の頬にも色づいているのを感じます。

 

「あ……しゃ、射撃のコツ?」

 

 どうにか捻り出した言い訳は、幸か不幸か私のささやかな悩みだと受け取ってもらえたようで、巡架ちゃんは「今度お互い暇な時にねっ」とウインクして見せました。

 

「それにしても、ホントに大丈夫? 椿組の二川さんとのマギ交感、もうそろそろ一週間ぐらいになるよね? もしよければ私も手伝おっか?」

「だ、大丈夫。気にしないで」

「気にするよ! 私達ルームメイトなんだから! ほら、『リリィは助け合い』、でしょ?」

 

 そう言って憚らない巡架ちゃんをどうにか言いくるめて、先に行ってもらう事に。

 先程まで見ていた夢で抱いたなんとも言えない感情と、巡架ちゃんとのアクシデントでいっぱいの頭をどうにか落ち着かせながら、朝の身支度を済ませます。

 

 

 

『おはよう真乃、今朝はいい夢を見られたかい?』

 

 

 

 ソックスを履き終わった時を見計らったかのようなタイミングで、私の椅子に腰掛ける影から声が。

 夢の光景がまだ尾を引いていたのか、思わず声のした方へ目を向けてしまい───

 そして、自分の顔から血の気が引いていくのを実感しました。

 

『どうしたんだい? 怖い顔をして。

 まるで、見てはいけないものでも見たような───』

 

 

 美鈴様の顔が、"ハッキリと見えている"。

 

 

 あの時、夢結様に見せてもらったペンダントの写真と寸分違わない、中性的かつ静的な凛々しい顔立ち。

 今までは顔だけが磨りガラス越しのように不明瞭だったはずが、いたずらっぽい笑みが確かにそこにありました。

 つまり、それが意味するものは一つ。

 

 ───私の症状は、確実に一つ悪化してしまった。

 二水ちゃんの頑張りを、踏みにじるように。




第 8 話
幻 い 、 影 る
CONFUSION DIM
Hate myself -×- [私なんて]

────────────────────────────────────

「真乃さん……?」
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