アサルトリリィ Hawk   作:ほくシン

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八元八投稿です。


第8話『幻い、影る』-前編

 

『まずは肩の力を抜こうか』

 

 

『脇を締めて。……そう、左手は添えるだけでいい』

 

 

『後はサイトと的、そして風や空気に合わせて―――撃つ』

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 ―――真乃さんの異変を悟ったのは、その日の一限目。一年生全体での射撃訓練でした。

 

 

「嘘、あの鷹菜詩さんが!?」

「えっ、さっきまでボーッとしてたよね?」

「明日はヒュージでも降ってくるのかしら……」

 

 

 周囲から、どよめきと驚きの声が上がっています。

 それもそのはず。だって、ほんの数秒前―――()()()()()()()()()()()()()んですから。

 それも、的の中央ド真ん中に。

 過去の合同訓練で真乃さんが天才的に射撃が下手だという事は、別のクラスである私達もとてもよく理解していました。模擬ヒュージはおろか、止まっている的にすらカスリもしないほどの腕前。真乃さん自身も、「しゃ、射撃ができなくても剣があるから……」と涙目で開き直るほどでした。

 そんな真乃さんが、正確無比な射撃を放った。

 これが平時の際であれば奇跡か、はたまた遂に矯正されたのだと泣いて喜び、私は喜びのあまり特ダネとしてリリィ新聞で特集を組んでいたことでしょう。

 ですが、今の真乃さんは美鈴様のマギによってラプラスが暴走、視覚聴覚が蝕まれている状態。

 しかも当のご本人も、構えている時はなにやら心ここにあらずといった感じで、しかも現在は……

 

 

「あ、わ、私……?」

 

 

 誰もいない虚空と、銃口を交互に見つめていました。

 

 

「……驚いた。鷹菜詩がここまで成長していたとは」

「ち、違うんです教官、私……」

「まぐれでも確かに当てたんだ。その感覚を忘れぬよう、一層励みなさい」

 

 教導官に褒められても素直に喜べない様子で、真乃さんは別の方へ場所を譲り下がっていきました。

 

「あれ……?」

「梨璃さん、どうかしまして?」

「真乃さんのCHARM……一瞬、マギが入ってなかったような」

 

 梨璃さんのその言葉を聞いて、私は視線を件の水晶へ合わせます。

 けれどそのコアには、梨璃さんの証言に反して光が灯ったままでした。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「はっ、はーっ、はーっ……!」

 

 学年全体の訓練が終わってすぐ、お手洗いに駆け込んだ私。

 乱れる息は走った他に、焦りと恐怖からなのは自覚していました。

 ……美鈴様の助言に思わずぼんやり耳を傾けてしまい、人生初命中弾を達成してすぐの事でした。グングニルのマギクリスタルコアは不定期に輝きを点滅させ、こちらの操作を受け付けたり、そうしたかと思ったら無視したりと動作が不安定になったのです。

 考えられる原因は―――恐らく、ラプラスの暴走が進行した事。

 知らず識らずの内に私の手から離れているラプラスがCHARMに作用し、百由様が仰っていたラプラスの力の一端『CHARMの術式・契約の書き換え』を勝手にしてしまっているのだと思います。

 ……症状が進んだ事、いつまで隠せるだろう。

 一柳さん達が一瞬こちらを見た時は、気づかれてしまったんじゃないかと心臓が破裂すると思うほど緊迫していました。気づかれてしまったらマギ交感じゃ抑えられなかったって事になって、私のせいなのに、二水ちゃんは……

 

『優しいね真乃は。こんな状況でもなお二水の事を悲しませまいとしている。その自罰的な優しさ、不思議と親近感を抱くよ』

 

 気がつけば鏡の向こうで、私の背後に立つ美鈴様は私の背中へしだれかかってきました。

 背中に、布越しのひんやりとした体温が―――

 

「―――っ!」

 

 蛇口を捻ってすかさず冷水を浴びる。

 違う。さっきのは幻覚、気のせいだ。

 ……今は、落ち着いて呼吸と気持ちを整えないと。そして、いつも通りでいないと。

 大丈夫、マギ交感は絶対無駄なんかじゃない。きっと治る。二水ちゃんが治してくれる。ちゃんと治して、私は外征であの方を―――

 

『しかし僕には冷たいんだね。そんな成果の見えない遠回りをせずとも、僕はここにいるというのに』

 

 鏡越しの幻影は、私が覗き込んでいるように鏡越しで視線を合わせています。その目はまるで、ようやくありつけた"食料"を前にした肉食獣のような……

 

『昨晩だって、いや……そもそも百合ヶ丘には僕を求めて来たんだろう?

 そう邪険にしてくれなくてもいいじゃないか』

 

 頬に手を伸ばして てが つめたくて。ああ また ぼんや―――

 

 

「―――ゃ、めてっ!」

 

 

 どうにか己を引き戻し、幻影を薙ぎ払う。

 手応えはない。

 身体は、さっきまで感じていた冷気が嘘のように熱を帯びていて、頬を伝う"水滴"の温さが一層不安と焦燥を誘う。

 ……呑まれかけていた。あの時と同じ。

 気を、引き締めないと。

 なんとか息を整え少し平静を取り戻し、お手洗いから出ようとした所、ちょうど入ろうとしていた一人の方と鉢合わせしてしまいました。

 

「あれ、一柳隊の……鷹菜詩さん、だったよね?」

 

 そう声をかけてくれた方は、木漏れ日のような金髪を後ろで小さく結んで、頭頂部で一房だけぴょこっと跳ねていました。

 天野天葉様。夢結様と同じ中等部の三年生で、アールヴヘイムの副主将。その性格から、上下どころか学外にも友達が多くて―――

 いや、違う。

 夢結様と同じだから()()()()()()()で、()()()アールヴヘイムの()()のはず。どうして、私はそんな間違いを……? それに、確かに天葉様はいい人だけど、ご友人の事なんて―――

 

「……大丈夫? 顔色悪いけど」

「―――ぁ、っ」

 

 こちらを覗き込んでくる天葉様に、心臓が小さく跳ね上がります。まだ、顔に出てたんだ……。

 どうにかこちらが平静を取り繕う前に、天葉()()()は心配そうな表情で間合いを詰めてきます。

 

「まだ抜けきらない感じ? 違うレギオンだけど、なにかあったら力になるからね」

「ぃ、え、そんな、お構いなく」

 

 ごきげんよう、と軽く会釈して天葉様の脇を失礼させてもらい、小走りでその場を後にしました。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 それは、私こと郭神琳が次の講義に向かおうとしていた時の事でした。

 

「あら、あれは……」

 

 階段を登り終え、その階の廊下に出た眼前で、ちょうど真乃さんを見かけたのです。しかし足取りはおぼつかない様子で、視点もどこか定まらないように見えました。

 ……しかし、何より妙に思えたのは―――私が真乃さんとの少ない交流で得た話と記憶が確かであれば―――周辺の教室で、真乃さんが採っている講義が行われていない事でした。

 講義間の余暇は決して多くはなく、無意味に徘徊している余裕はないはずですが……

 ふと、今朝の真乃さんの仕草を―――美鈴様のものと思われる幻影と会話していた姿、そして一瞬機能が止まったであろうマギクリスタルコアを思い出します。

 

「真乃さん、やはり暴走が進んで……」

 

 導き出された結論が、誰に聞かせるでもなく言霊となって吐き出されます。

 私は一抹の不安を覚えながらもそれを胸に秘め、指摘をするべく真乃さんの傍へ駆け寄りました。

 

「真乃さん、ごきげんよう」

「ぁ……しぇ、神琳さん。ごきげんよう」

 

 声をかけられた真乃さんはハッと正気を取り戻したように姿勢を正し、私の名前を詰まらせながらも挨拶を返しました。

 それに更なる疑念を感じながらも、真乃さんに教室を間違えていないかと柔らかく指摘させていただくと、

 

「そう……だっ、け。でも、確か採ってた、ような……」

 

 記憶を辿るように目を泳がせながら、こめかみに手を当て唸り出しました。

 ……記憶喪失、にしては妙ですね。曖昧な返事な所を鑑みるに、記憶が混濁している……? 誰の記憶と?

 ―――まさか。

 

 

「まっ、真乃ちゃーん! こんな所にいたーっ!!」

 

 

 一つの推測に至ったと同時に、かすれ気味の大声が廊下に響きます。

 声の主は私が振り返るより早く真乃さんへと近づき、その手を握りました。

 

「はぁ、はぁ……もう、次の講義始まっちゃうよ? ほら、早く行こ?」

「え、あ……で、でも教室この辺じゃ」

「全然違うよ!? ちょうど対角線で反対ぐらいの方だって!」

 

 真乃さんのハッキリとしない勘違いに、同じクラスであろうその方は息も絶え絶えになりながらも無理矢理に引っ張り、階段を降りて行きました。

 その場に残された私は、自分の立てた推論を反芻し、

 

「……あの様子では、廃人になるというよりも―――」

 

 まさか夢結様が近くを通りがかるような事はないはずと思いつつも、これ以上は災いになりかねないと考え口をつぐむこととしました。

 もし―――もしも、美鈴様の記憶が混ざり始めているとしたら。

 行き着く先で、果たして『鷹菜詩 真乃』という個は存在していられるのでしょうか……。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 時計が、短針と長針がそれぞれ上下を指し示している頃。

 私達はカフェテリアの二つ並んだ二人がけのテーブルに、合い向かいで座って昼食を摂っていました。

 

「ねぇ、真乃ちゃんホントに大丈夫? 今朝からヘンだよ?」

 

 巡架ちゃんがガレットをナイフで切り分けながら、顔を覗き込んできました。

 

「そ、そうかな……」

「そうだよ! 記憶力はバッチリだったのに、いきなり教室も科目も忘れちゃうんだから!」

「ご、ごめん……ちょっと、ボケっとしちゃって」

 

 図星を突かれてしまった私は、ずずいと来る目線から目を背けます。口から出る言葉も、誤魔化しの言葉を、弱々しく吐く事しかできませんでした。

 それを見た巡架ちゃんは首を引っ込めたと思うと、今度は憂慮を帯びた目で私をじっと見つめ、口を開きます。

 

「……やっぱり、おかしいよ。負のマギが酷いなら、お休みした方がいいよ」

「……………うん」

 

 返事を一言交わすと、巡架ちゃんは一口大に切ったガレットを口に運んで、暗にこれ以上は何も言わないと告げているようでした。

 

『彼女の言う通りだ。今の君はリリィとして以前に、人として真っ当に生活できる状態じゃない』

 

 私にしか聞こえない声と共に、美鈴様がその姿を表します。腕を組んで隣の席に座り、いつもの如く底の読めないような笑みを浮かべて。

 

『君も気づいているんだろう? 自分がとうにおかしくなっているんだって』

 

 その指摘に、私は眉をひそめて返しました。

 ……あれからというものの、私の調子はおかしくなる一方です。

 入学時に自分が選んだ講義やその教室を間違え、時たまに意識が自分の手から離れていたり、講義で習っていない範囲が何故か理解できたり、ふと気づけば美鈴様の幻影に意識が集中していたり……暴走の進行は、私が思っている以上に早く、そして深刻な状態になっているのかもしれません。

 胸の奥で、静的な恐怖が影を落とします。このまま行けば、私という存在が居なくなっていく……そう遠くないであろう終焉に、影は濃くなる一方でした。

 

「あ、真乃さん! ようやく会えましたぁ~」

 

 親しみを覚える声に振り向くと、二水ちゃんが昼食を載せたトレイを持って安堵の表情を浮かべていました。隣には一柳さんと楓さんもいます。

 口角が上がるのを自覚しながら私は隣の席を引いてあげると、二水ちゃんは「ありがとうございますぅ~」とお礼を言ってそこへ座りました。

 その傍ら、楓さんが何やら小言を言いながら隣の二人用テーブルをくっつけて、一柳さんと共に私達の方へ同席しました。

 

「あれから、お変わりありませんか? 今朝は、その……色んな意味でびっくりしちゃいましたけど」

「う、ん……」

 

 二水ちゃんの気遣いに、真っ直ぐ顔を見ることができず曖昧な返事をしてしまいます。

 

「……ホントの所、どうなのです? ルームメイトさん」

「もう大変だったよー……あっちにフラフラ、こっちにフラフラするし、講義中にボーッとしてたと思ったら指されてもビシッと答えちゃうし。あ、それに何よりも!」

「今朝の合同訓練、ですわね?」

 

 ……やはり、私が射撃を当てた事は余程の異常事態なのでしょう。楓さんも巡架ちゃんも、神妙な面持ちで目線を交わし合っていました。

 

「……あ! そ、そういえば、今日のマギ交感まだでしたよね! さ、さぁ真乃さん、お手をどうぞっ」

 

 二水ちゃんが気遣ってくれたのか、話題を無理矢理変えて、右手をこちらに差し出しました。

 手を握ると、マギと共に伝わる温もりが心まで温めてくれるようで、少しだけ口角が上がります。

 ―――そんな人肌の温かさを堪能している中、少しの違和感を覚えました。いつもよりも、温もりが弱いような気がしたのです。

 

「……二水ちゃん、身体冷やしてない、よね?」

「ふぇ? そ、そんな事ないはずですけれども……」

 

 まるで見当のつかない様子の二水ちゃんに、私はふと嫌な予想が脳裏をよぎり―――冷や汗が背中を伝うような感じがしました。

 ……まさか、触覚もおかしくなってる?

 美鈴様の幻覚は、ラプラスによって網膜と鼓膜が狂わされていて起こっている現象。ラプラスの暴走が進行している今、幻覚とは別で五感にも影響が起きていてもおかしく、ない……。

 

「そ、そっか。ごめんねいきなりこんな事聞いて。私の気のせいみたい」

 

 どうにか平静を取り繕い、心配させないよう言葉を紡いで会話を区切ります。……それでもなお、皆からの疑心を帯びた視線は向けられたままでした。

 しばらくの沈黙の中、言葉を切り出したのは一柳さんでした。

 

「あ、あの、真乃さんっ!」

「……何? 一柳さん」

 

 精一杯普段通りを演じながら、身を乗り出した一柳さんの視線に答えます。

 すると一柳さんは、私の眼前に手を差し出しました。

 

「私とも、マギ交感しませんか? 前に、二水ちゃんともうしばらくって言ってましたけど……でも、やっぱり少しでも沢山マギ交感して、良くした方がいいと思うんですっ」

「でも……」

「私としては正直羨ましさと嫉妬でどうにかなりそうですが、梨璃さんの意見には賛成ですわ。やはり明確な解決法がない以上、とにかく様々な方法を模索するべきでしょう」

 

 一柳さんの提案に、楓さんが本音をぶっちゃけつつも賛同します。巡架ちゃんや二水ちゃんも、心配そうな目でこっちを見て暗に賛成しているようでした。

 四つの視線に思わず目を逸らしそうになるも、一柳さんは再び私の方に乗り出して優しい声で言いました。

 

「言ったじゃないですか。私もお手伝いしますって、遠慮しないでって。

 私達、同じレギオンの……ううん、同じリリィじゃないですか。

 私にできるのは、これぐらいかもしれないですけど……でも、真乃さんが少しでも楽になる為なら、できる限りの事をしたいんです!」

 

 その心いっぱいな言葉に、触れてもないのに目頭と胸に熱が広がりました。

 二水ちゃんだけじゃない、一柳さんだってこんなにも私の事を心配してくれている。リリィは助け合いだって、一柳さんもそう言ってるんだ。

 思えば、そうじゃない。一柳さんは何度だって夢結様に寄り添ってきた。でもそれは、夢結様だからなのもあるかもだけど、何よりほっとけなかったんだ。この子は、こういう子なんだ。純粋で、真っすぐで……

 ……取っても、いいのかな。

 きっと、いいんだよね。今は一柳さんのこの温かさに、全てを預けても―――

 

 

 

『そうだ、それでいい』

 

 

 

 美鈴様の声が、聞こえる。

 気づけばいつの間にか、肩の後ろから美鈴様が覗き込むように立っていました。

 

『……どうしたんだい真乃? 人の厚意は、素直に受け取るべきだよ』

 

 ふと、脳裏に嫌な可能性が走ります。

 ……一柳さんが『カリスマ』持ちかどうかはまだ決まったわけじゃないけども。

 もし、そうだとしたら?

 そして『カリスマ』と『ラプラス』に明確な上下関係があるとして、私達がマギ交感するという事は───

 

『何をしているんだ。迷う必要はないはずだろう? 皆の為に治すんじゃなかったのか?』

 

 感染(うつ)ってしまう、かもしれない。

 それ以上の何かが、起きてしまうかもしれない。

 それだけは駄目。一柳さんはレギオンのリーダーで、夢結様のシルトなんだ。なのに、私のせいで一柳さんまでおかしくなったら……一柳さんの今までの全部を、私が壊してしまう。

 また、私が。

 

「……真乃さん? どうかしたんですか?」

 

 一柳さんの目が私をじっと見つめている。

 二水ちゃんも、楓さんも、巡架ちゃんも。

 背筋が凍える思いだった。

 

『いいから梨璃の手を握るんだ真乃。大丈夫だ、君は何も壊さない』

 

 ここで手を取ったら、一柳さんに感染させてしまうかもしれない。

 でも手を取らないままだと、また人の思いを踏みにじる。

 

『本当に全部終わるんだ。だから手を取れったら!』

 

 できるわけが、ない。

 言い出すべきなんだろうか。

 静寂が永遠に感じる。

 皆して、時が止まっているように身じろぎしない。

 ……いや、一人、動き出した。

 

『……梨璃、君の方から手を伸ばしてくれたか。良かったじゃないか真乃、これで君も楽になれ───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 美鈴様の幻影が消えたと思えば、目の前に広がっているのは最悪の光景だった。

 まっすぐに伸ばしてくれていたはずの手は、脇へと逸れていて。

 彼女の顔は、裏切りに哀しく歪んでいた。

 憤りのまま強く机を叩き私に怒鳴る楓さん、信じられないような目で私を見る巡架ちゃん、それに―――

 

 

「……っぁ、違、わたしは―――」

 

 

 思い直して口を閉じる。

 言い訳なんてできるわけない、これは私がやったことなんだ。

 他にも遠ざけ方はあったのに、手が出た私の浅はかさが招いた結果だ。

 目を逸らすな。私のせいだ。私の過ちだ。

 

 ―――ダメなんだ、もう。

 

 私には、救うほどの価値なんてない。

 救われる権利なんて、ない。いや、最初からなかった。

 

「ま、待って下さい真乃さん! 真乃さん!!」

 

 誰の声かも意識せず、黙ってその場を立ち去る。

 あの悲しい双眸が、深くしっかりと胸に刺さったまま。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 高く響く鐘の音が三度、私のいる図書室にも響き渡る。

 腹部に感じるささやかな空腹感と合わせて、私はそれが昼休みを告げるものだと気づいた。

 

「……もう、そんなに経っていたのね」

 

 読んでいたマギについて触れている文献をひとまず閉じ、一息吐く。

 ……昨日ミリアムさんの言っていたように、百由に頼りきりではいけないと思った私は、今朝から真乃さんのスキルの暴走を止められないかこうして図書室で文献を漁っていた。

 こういう時、昨年度の間に必要な単位の殆どを取得していたよかったとつくづく思う。講義に時間を割くことなく、解決策を模索する為に尽力できる。上級生として、同じレギオンのリリィとして、そして……とにかく、どうにかしたかったから。

 しかし、午前の時間を使って得た成果は芳しくない……というよりも、皆無としか言う他なかった。どの文献を見ても、現状でできる最善の行動はマギ交感だけ。それが現段階で出せる答えだった。

 シエルリント女学薗が所有している、あらゆるマギ関連の書物が収められているという世界最大級の図書館『ビブリオテカ』に行くことができれば、あるいは……いいえ、まだ全ての文献を見たわけではないわ。それに一見無関係でも、どこかに治す手がかりはあるはず。

 己を奮い立たせて、食堂へ向かおうとしたその時、冷たい感覚が私の頬を襲った。

 

「ひゃっ!?」

「ヨ、夢結!」

 

 声のした背に振り返ると、梅がラムネ瓶を片手にいつもの笑みを浮かべて立っていた。そこまで気づかなかいほどまでに集中していた自分に少し驚きを覚える。

 

「……これ、全部マギ関連の文献か? 真乃の為にサボりとは、いい先輩だナ!」

「サボりではないわ。必要な単位は一年生の時にほとんど取得しているもの」

「…………………………あー、そう」

 

 溜め息をつきながらつまらなさそうに私を見る梅。

 もう少し注視してみると、もう片方の手には購買部で買った物が入ってるであろうビニール袋が、その身を膨らませて自己主張しているのに気付いた。

 

「……それは?」

「いやー、どうせ夢結の事だから根詰めてんじゃないかって思ってナ! 色々買ってきてやったゾ! ほれ、遠慮せず一本!」

「図書室での飲食は禁止されているわ。……場所を移しましょう」

 

 相変わらず固いナー、という梅のぼやきを聞き流し、私達は適当な場所……外のテラスへと足を運ぶ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 頭が痛い。

 胸が苦しい。

 脳裏に焼き付いたさっきの光景を思い出す度に、痛みが強くなっていく。

 でも、決してやめはしない。

 これは私の罪だから。決して覆せない、確かな―――

 

 

 

 

 

『そう。真乃、貴女がやったの。貴女の操ったヒュージが』

 

『目を背けるなッ! 全部貴女のせいなんじゃない!』

 

『お兄さんが死んだのも、他の搭乗員の人も、全部!!』

 

『なんで、貴女なんかがいるの……!』

 

『貴女なんて、真乃なんて、最初からいなければよかったのに……!!』

 

 

 

 

 

 

「ぁ゛、っ゛ぅ……」

 

 強い頭の軋みが私を襲い、思わずその場に崩れかける。

 思い出すのはかつての記憶。友達だったあの子に言われた言葉。

 今まで目を逸らしていた罪、事実。

 

 ―――あの子の言う通り。私は、兄さんを殺した。

 自分が生きたいが為に、ラプラスでヒュージを操って。

 

 そうだ。元から私はリリィになる資格なんてなかった。

 なのに勝手に、美鈴様に希望と救いを求めて、百合ヶ丘に来て。

 その結果がこれだ。レギオンまで入れさせてもらったのに、美鈴様の幻覚とラプラスの暴走を患って、差し伸べてくれた一柳さんの手を、私は―――

 

「手ならいくらでも取ってあげるわよ? 真乃?」

 

 見上げると、誰か―――あぁ、遠藤亜羅椰さん、がなんだか動物的な笑みで私の手を取ろうとしている。

 

「やっぱり、噂通り不調そうじゃない。釣れないわね、マギ交感なら私も手伝ってあげるのに……

 入学式の事は水に流して、仲良くシましょう? ね?」

 

 そう言うと、亜羅椰さんは目線を合わせるように私の顎を持ち上げて、じっと私の答えを待つ。

 ……私は、感傷のままに一言だけを発した。

 

「私に触らないで」

 

 たったそれだけ言って、私は亜羅椰さんを脇へ押しのけて歩みを続けた。

 

「ちょっと、真……ッ!?」

 

 引き下がらない亜羅椰さん。でも本人の意思に反して、伸ばされた手は私の背から数センチの所でピタリと止まり、それに目を見開くほど驚いている。

 私は、振り返らずにそのまま廊下を歩く。何回か追いかけて、何かを言ってるようだけど、私なんかに構ってないで……えっと、誰だったっけ。もっと別の人に絡めばいいのに。

 またラプラスを使った私なんかよりも。

 

 そうだ、全部私が悪いんだ。

 私のせいで、誰かが迷惑を被る。皆が悲しむ。私がいるから、皆が辛い思いを抱えるんだ。

 心配をかけて、迷惑をかけて、私なんかの為に。

 

 なら、どうすれば皆が悲しまずに済むんだろう。私にある、この力で。

 

「―――そうだ。これならきっと、大丈夫。

 もう誰も、悲しまないで済む」

 

 

 

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