ずぼら酒カス女、ダンマスになる ~あたしは面倒が嫌いなんだ~ 作:鬼管いすき
「しかしこのようなところで英雄様の姿を見られるとは思いもしせませんでしたな」
「
「ははは、我らは勇者殿の邪魔にならぬようにせねばな」
「ああ。任せておけ」
血のにおいに惹かれて下水道までやってきたフラナングは、そこで出会った王国軍の指揮官から簡単な説明を受けた。
千を越す骸を作り出した恐ろしいダンジョンマスターが潜んでいると聞くと「あとは全て俺に任せておけ」と率先して自ら志願した。
指揮官たちは安堵の表情で「英雄様の頼みとあらば」とフラナングに一任した。
元々辺境にあるこの街に飛ばされて来た人間たちだ、責任感も志も低い。
フラナングが魔法使いたちが集まる通路に行くのを確認すると、すぐさま
懸命に水を抜いている魔法使いたちに「ご苦労」とフラナングが声をかける。
突然の勇者の登場に、魔法使いの中には顔を赤らめるものも出ていた。
「この先か?」
「私が探査したところ、この先に強い反応がございました」
「そうか。では行く。貴殿らはもう帰るといい」
「はっ。しかし勇者様、未だ通路は水没したままですが、どうなさるのでしょうか」
「なに、俺は2日は息をせずとも生きていられる。心配はするな」
「は、はい」
もはや人間の域を超えているフラナングだが、これにはカラクリがある。
息をしないで生きていけるのは体内にある魔素を消費し、肺の内部の空気を常に新鮮なものにしているからなのだ。
高度な魔法操作能力が必要で、並みの魔法使いが行えば肺が破裂して死ぬことだろう。
そういった意味では、人間の域を易々と超えているといってもいい。
「ではな」
「ご武運を」
魔法使いに見送られたフラナングが、なんの気負いもなく水の中へと歩いていく。
入水自殺もかくやといった光景であるためか、魔法使いたちが手を組み神へと祈りを捧げていた。
数メートルも行かないうちに水中のフラナングへと多数の魔物が襲い掛かる。
おぞましい蟲、無数の触手、凶悪な顎を持つ鮫、その全てが一瞬にして細切れになり、粒子となり消えていく。
フラナングの持つ光の剣は、水中だろうがなんだろうがものともせずに全てを切り裂くのだ。
光の屈折云々など関係ない。
光の剣は全てを切り裂くというひとつの概念なのだ。
なお、一般人が使った場合はそこまでの性能は引き出せない模様。
フラナングが特別なだけであった。
水中を進むフラナングはあらゆる障壁を、文字通り粉砕して進む。
強固な壁に塞がれていようが、凶悪な魔物が現れようが、フラナングの歩みを止めるには至らなかった。
やがて地面が登り坂に差し掛かる。
見上げれば水面から光が差し込んでいるので、長い水中通路はようやく終わりを迎えたらしい。
水から上がったフラナングは、注意深く辺りを見回す。
岩肌がむき出しの通路の天井には灯りを発する何かが埋め込まれている。
バル村のダンジョンは灯りなどなかったので、冒険者はたいまつやランタンを装備している者が多かった。
目を魔素で強化して夜でも昼のように見えるフラナングには関係のないことだが。
しばらく進むと通路がふたまたに分かれていた。
一方からは水のにおい、また一方からは強者のにおいがする。
フラナングは迷うことなく強者のにおいのする右の通路を選んだ。
しばらく歩くと地面に苔や草が生えたものに変わっていく。
きのこや苔、雑草が生茂る地面は、小さな虫や生き物で賑わう密林のようになっている部屋へと繋がっている。
そちらへ足を向けたフラナングは、部屋の中央に流れる滝を見て、ほう、と息をこぼした。
「きれいだな……」
池の中には大きな魚が悠々と泳いでおり、草木は花を咲かせ実をならしている。
命に溢れたこの密林をフラナングはとても気に入ったようだ。
「向こうは、砂漠のようだ」
ある地点を境に、全くの別環境に変わっている。
いくらダンジョンでもこのような急激な環境変化を維持するには相応のマナを使うことだろう。
ここを作り出したダンジョンマスターは、よほどこの場所が大事なのだと判断したフラナングは、荒らさないように気をつけながら部屋を去った。
それからすぐに、前方に扉を見つけた。
その向こうに多数の強力な反応を感じとり、光剣と盾を展開する。
ドアのハンドルを引きゆっくりと開けて中をうかがい見ようとした瞬間「てぇー!!」という声と轟音が響き、そして衝撃を受けてフラナングが吹き飛ばされた。
地面を滑りながら壊れた扉の向こうを見たフラナングの目には、奇妙な格好をした5人の人物が映った。
ブリキのバケツのようなものをかぶった
鳥を模した仮面をつけ、羽根のようなマントを着ている者。
金の三角ヘルムをかぶった聖職者のような格好の者。
王国の近衛騎士もかくやといった銀の鎧に顔全部を覆う銀の仮面をかぶった者。
そして獣の角と頭のついた毛皮を着た悪魔のような者。
一瞬でそれらを確認したフラナングは、飛び起きて盾を構え攻撃へ移ろうと駆け出す。
「ガトリング! 放て! 大砲、弾込め急げ!」
しかし連続した炸裂音が響くと小さくない衝撃を盾に受け、その場に踏みとどまってしまった。
「油壷撒くぞ! 火炎放射、燃やせ!」
頭上から降り注ぐ壷を避ける。
地面に落ちたそれの中身がにおいで油だとわかった瞬間、フラナングの眼前に炎が迫る。
「ガトリング、撃ち続けろよ! 大砲、いけるか!!」
「いけます!」
「てぇー!!」
中央で指示をするバケツヘルムが厄介だ。
シールドを展開し、炎と爆発するつぶてを受けて再度吹き飛んだフラナングがどうにかして司令塔を排除しようと考えを巡らせる。
「クソ! あのビームシールドのせいで弾が通らねえじゃねえか! 誰だあれ作ったの!!」
「ご主人様ですよ~! だから渡していいか聞いたのに~!」
「そうだったっけ!? 流石あたし、性能良いね!!」
なにやら言い争いをしてできた一瞬の隙を突き、フラナングが空中へ4本の光の魔法剣を浮かべる。
それをつぶてを飛ばす筒や炎を吐くジョウロのようなものへと射出する。
司令塔ごと吹き飛ばせばいいのだ。
「あ、やば──」
魔法剣の命中した筒が爆発すると、5人のいる部屋が煙で満たされた。
駆け出し部屋へと飛び込むフラナングに、煙を裂いて剣閃が走る。
フラナングが光剣で受け止めると、そのまま鍔迫り合いになり身動きが止まった。
銀仮面の人物が「我が剣を受けるか!!」と嬉しさをはらんだような声をあげる。
「無駄な抵抗はやめろ」
「抜かせっ!!」
銀仮面が飛びのくと、再び剣戟が交わされていく。
1合、2合と斬り結び、やがてフラナングの光剣が銀仮面の腹を刺し貫いた。
「くっ……無念……」
銀仮面が倒れきらないうちに、フラナングを次なる攻撃が襲う。
金の三角ヘルムが、銀仮面ごとフラナングを叩き潰そうと巨大な石のハンマーを振り下ろす。
銀仮面を蹴飛ばして光剣を引き抜き、バックステップでそれをかわしたフラナングだが、死角から双剣を突き出す鳥マスクに頬を切り裂かれた。
盾を展開し防御の構えを見せたフラナングに、獣の毛皮を羽織った悪魔が、棘が凶悪な見た目のメイスを力任せに振るう。
それを潜るようにしてかわし、光剣の刃を伸ばして悪魔の胸を
「それ卑怯だって……」
「レオナール!」
倒れる悪魔を鳥マスクが支えようとしたところを、容赦なく背中から斬りつける。
「うっ……!」
ふたりが倒れる様を尻目に、振り向きながら盾を展開すると、強い衝撃がフラナングの腕に走る。
金ヘルムがハンマーを再び叩きつけようと振り下ろし、フラナングが盾を持つ手に力を込める。
しかし想像した衝撃は腕に来ず、なぜか腹に鈍い痛みを感じた。
「甘いですね、英雄!!」
「やるな」
石のハンマーは持ち手が剣になっていたらしく、それが深々と腹へと突き刺さっている。
フラナングは金ヘルムの手を掴むと、それを引いて更に腹の奥深くへと剣を突き刺させた。
「な、なにを!?」
突然の奇行に慌てた声を出す金ヘルムの腹へ、お返しとばかりに光剣を突き刺す。
「かはっ……」
倒れ行く金ヘルムが、空間に開いた穴へと吸い込まれるようにして消える。
「むっ、転移か」
周りを見れば倒れているはずの者が全ていなくなっていた。
「よくもやってくれたじゃねえか」
バケツヘルムのくぐもった声が聞こえた。
腹に刺さった剣を抜き捨て、そちらへと体を向けるフラナング。
今しがた抜いたばかりの腹の傷はすでに塞がっていた。
「痛みは感じねえってか? 虫みたいな野郎だな。一方的な暴力が楽しいんだろ、ほら笑えよ」
「楽しくはない」
バケツヘルムの横には、全身から火花を散らす大柄な鎧騎士がいた。
手に持つ螺旋状の剣からは渦を巻くようにして炎が吹き上がっている。
「そいつは強そうだ」
「戦闘狂かよ。気色悪い笑顔しやがって。クソ袋野郎が……」
鎧騎士を見たフラナングが獰猛な笑顔で剣を構える。
それに応えるかのように、騎士が丁寧な一礼をフラナングへ送った。
「むっ? これは、ご丁寧に……」
フラナングも胸に手を当て、腰を深く曲げて礼を返した。
その瞬間、肩から袈裟切りにされ、血を撒き散らして床へと転がった。
「ククッ……クーハッハッハッ! 戦闘中に礼などしているからだアホめ! 残り火! こいつを踏み潰してしまえ!」
バケツヘルムの指示に従い、騎士がフラナングへと踏み付けを行う。
足の一撃を盾を展開して受け止めると、騎士が真下へと刺突を繰り出す。
転がって剣をかわし、距離を取って起き上がったフラナングが光剣を伸ばして薙ぎ払う。
その光剣を騎士が後ろにバク転をしてかわす。
図体に似合わず意外と身軽な動きをする騎士に、目を丸くするフラナング。
騎士が螺旋の剣を杖のように持つと、極太の光線を放つ。
フラナングが盾を展開し受け止めるも、じわじわと鎧の下の肉が焼けていく。
光の奔流が収まると、フラナングの全身からは煙が上がっていた。
「やるな。だがそれで俺は倒せんぞ」
騎士の手に火の玉が生成され、それがフラナング目掛けて投擲される。
盾で受けると火の玉は爆発し、フラナングの体のあちらこちらへと火傷を負わす。
「無駄だ。俺の体には常時傷を癒す魔法が刻まれている。殺すのならば首を刎ねるか心臓を潰すかだ」
その言葉を聞き、騎士が炎をまとった螺旋剣を構えなおして英雄へと斬りかかった。
戦いは苛烈を極めた。
炎の剣と光の剣が交差する度に、鎧の破片や肉片が飛ぶ。
騎士が雷の槍でフラナングを貫き、内側から焼き焦がす。
フラナングが無数の光の魔法剣を作り出し、騎士の体を滅多刺しにする。
長い戦いは、フラナングの勝利で幕を閉じた。
両膝を地面につき
激しい戦いだった。
フラナングの鎧は溶け、服は燃え、全裸で剣と盾を持つ勇者が現れてしまった。
不燃性の下着を買おう、と決意したフラナングだった。
最後のひとりはどこだろうか、と騎士から視線を外し辺りをうかがうもどこにもいない。
ふと首のすぐ横に違和感を覚え、手で確認しようとしたときだった。
空間が歪み、甲高い音を立てて回転する刃物が飛び出した。
フラナングの腕はグチャグチャに切り裂かれはしたが、首は無事であった。
「ぐ、むっ。転移か」
「今のを防ぐかよ!」
歪んだ空間からバケツヘルムの声がする。
フラナングは回転する刃物のついた柄を掴むと思い切り引き、バケツヘルムを歪んだ空間から引っ張り出した。
ドサリと床に落ちたバケツヘルムは、衝撃を受けたせいでその象徴たるバケツヘルムが脱げてしまい、カランカランと床を転がる。
中から現れたのは酒場のオーナーであり、宿を作り出した人物、カネダであった。
「やはりお前だったか。ここは……上は酒場か?」
「だったらなんだよ、クソ野郎が」
敵意のこもった視線で睨みつけるカネダ。
フラナングはそれを涼しい顔で受け止める。
「ふむ。あの店主も共犯だったわけか」
「あたしひとりでやったことだ。あいつは関係ねえ」
「それは通じないだろう」
「脅してたんだよ。あたしに快適な環境用意しないと殺すってな」
「それを俺が信じるとでも? 本当のことを言え、カネダ」
「さんをつけろよ、フルチン野郎ッ!!」
カネダの手にいつの間にか握られていた筒が、轟音を上げて火を噴いた。