俺が七草の養子なのは間違っている   作:萩月輝夜

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人の想像はそれぞれ違う

西暦二0九十六年十月十一日、京都某所深夜。

その雲空は既に藍色に沈み星星の輝きすら感じさせないほどに多く雲が掛かり月の光すら届かぬ黒が広がる。

昼間は人々が集う公園も時間が変われば人っ子一人いない静寂…不気味な静けさが広がっているが今夜に限っては人影は”二つ”…だが公園に設置された該当に照らされ伸びている影の内一つは物言わぬ置物と化していた。

 

動きが見える影の主が独り言を呟く。

 

「やれやれ…こちらはもうダメですね。いくら夜中とは言え、こんな姿では目立って仕方がありません。」

 

そう言ってその人物の着ているスリーピースは無惨にも脇腹に大穴が空いており所々に血液が付着していた。

ポケットに入っていた”黒いハンカチ”を地面へ広げるとその大きさは先ほどのものより大きく人物をすっぽりと覆えてしまうほど巨大になりハンカチが変じた黒い布は影へ同化し、そこには自分を売ろうとした伝統派の魔法師の死体が転がっていた。

 

「………」

 

そこにはハンカチを使った男と死体になった男しかいない筈の公園だったがそこにはその二人が気がつかない”第三者”の姿があったことをその場から離脱した男は考えもしなかったのだ。

その光景を獣を思わせる瞳が見ていたこと。

 

「……伝えなきゃ。」

 

少女の呟く声を公園付近の雑木林のざわめきが飲み込む。

周囲を確認し雑木林から出て死体付近を確認するとそこには死体は身に付けている衣服とは別の材質の布切れが血液を付着させ落ちている事に気が付いた。

 

「…持っていく。」

 

少女は手袋をしてジッパー付きの袋にいれてその布にこびりついた”血”が酸化しないように魔法を掛けて保管した。

 

「…行こう。」

 

もう用事はない、と言わんばかりにその場から駆け出した。

 

◆ ◆ ◆

 

奈良から帰ってきた八幡達はそれは別の意味での忙殺に襲われていた。

彼は第一高校の風紀委員長であり警備のやり取りを部活連の服部と協議を重ねたりしておりその協議の内容を実際に事実上の部下である同級生、そしてその内容を生徒会室に伝えに来ていた。

 

「お邪魔すんぞ」

 

八幡は風紀委員会本部から生徒会室に繋がる階段を実家のように気軽に行き来していた。(なお雫も八幡と同じように普段から大胆に利用している)しかし一方で一般委員である幹比古は馴れない様子だ。

 

「八幡時間通りだな。」

 

「当たり前よ。深雪がお呼びなんだからな?」

 

そう八幡が深雪を良いながら告げると少し面白くない、と言わんばかりに少し頬を膨らませていたがまたしても余計なことをして深雪に脇腹を摘ままれておりその光景を泉美は面白くなさそうな表情で見ており達也も諦念してそれを見ていた。

同じく全員が「またか…」となっていたのは想像に固くない。

 

「…では八幡。早速打ち合わせを始めよう。」

 

「ああ。だな。それじゃ早速だかこれを見てくれ。」

 

そう言って八幡は手にしていた大判の電子ペーパーを生徒会室の長机に広げるとそこに映し出されていたのは京都市内の地図データだった。

 

「今日の打ち合わせをお願いしたいのは現地警備の下調べに関してだ。」

 

達也を見ながら本日の議題を告げた。

 

「当日の警備については服部先輩が準備を進めているし他校との連携も先輩が自らやってくれているからこのまま任せても良い。」

 

「この場に服部先輩をお呼びしなくてもよろしかったんですか?」

 

ほのかが八幡に問いかけると頷いた。

 

「大丈夫だ。先輩には打ち合わせ内容を伝えれば良いと了解を取っているからな。さて、雑談はそこまでにしてここを見てくれ。」

 

八幡が電子ペーパーに指差し全員の視線が指先に注がれたことで話し合いが始まった。

 

小一時間程で話し合いが終わり下調べのメンバーは八幡を筆頭に達也、深雪、水波…というこの間の奈良に行ったときのようなメンバーで決まった。

同時に一緒について行けないことを聞いた雫と香澄は少し残念そうにしていたが「俺が居ない間頼むぞ?」と告げると表情の変わらない雫は確かな笑みと香澄は嬉しそうな笑みを浮かべていて泉美も不満げにしていたが「副生徒会長として学校を頼むぞ」と告げると嬉しそうにしていた。

ほのかも行きたがっていたが耳打ちで「うちの妹達を任せられるのはほのかしかいない、頼む」とお願いすると「分かりました」と困ったような笑みを浮かべている。

そして事前調査は十月の二十と二十一の一泊二日、コンペで使用するホテルに泊まることになった。

 

◆ ◆ ◆

 

少し時間は遡る。

長野県の山奥の県境に程近い人里からそれは少し離れた表札の無いポツリとある質素な平屋の住宅でありテラスに置かれた木製チェアにもたれ掛かりながらゆらりゆらりと揺られて一人秋雲を空を見上げてポツリと呟いた。

若い二十代前半の女性だ。

 

「ん……あの子は無事に出会ったみたいね。」

 

その女性は腰まであるウェーブが掛かった艶やかな黒髪を無造作に束ねており木々は赤く色づいてきているのに囲まれた中に女性は腕を上げると一匹の赤い鳥が腕に留まりその声に耳を傾けるその姿は一枚の絵画のようだ。

セーター上からでも分かるその豊満なそれはほのかよりも大きく腰の細さは深雪と同じ、整った均整のとれた身体と四肢、そして顔立ちは美しい、よりも可愛いという印象が強いだろう。

足元には大きな猫?が寝息を立てて寝ており空には青い細長い生き物が外的を監視するように悠々と舞い眼下には甲羅に蛇が巻き付いた亀が森を見下ろす。

 

「しかし、今回の件国防軍の情報部が介入してきたかぁ…うーん…暇なのかしらねぇ…?」

 

赤い鳥は伝え終わりました、と言わんばかりに飛び立った。

 

「まぁ国防軍もメンツがあるだろうしそこは良いとして…」

 

介入してきている国防軍の一部署の事から切り替わり一人の少年に意識が向けられた。

 

「それに……”あの子”の魔法技能、ずいぶんと成長してきてるみたいね。私が教えた”四獣拳”…いや”幻獣拳”と言った方が良いかしら?【次元解放】ももう遠くへ行けるレベルに進化したみたいで流石だわ。私の得意魔法も私の効果能力を既に越えている。それに…一時はどうなることかと思ったけどあの子があの程度の”悪意”で潰れるほど弱くは無かったってことね…でもまぁ、”あの子には荷が重かった”わね。それにあのままでもあの子は生きていけたけど弘一くんが拾ってくれたのは怪我の功名かしら?」

 

聞いたこともない単語を呟きながらその手に力が入る。

少年があの境遇に陥ったのは自分の力が足りなかった事と一時期”力”を失っていたからだ。そんなことを思い少し物憂げな表情を浮かべながら女性は少しブカブカな赤いセーターのポケットから端末を取り出して画像を表示し見つめる先には少年と少女の画像がある。

 

「しかし…今回の敵は中々に強大、というかズル賢い敵だからねぇ…”お婆ちゃん”として手伝ってあげないと…ねぇ?」

 

目蓋が薄く開眼する。

そこには強い”黄金色”を秘めた瞳が輝きその笑みは”魔女”を思わせる。

その笑みを湛えたまま美女は快晴の秋空を降り注ぐ日差しを眩しそうに見上げていた。

 

◆ ◆ ◆

 

論文コンペまでの準備で時間は進み今は十月十九日。

発表までの準備はいよいよ大詰め。

去年と違って…ではなく去年が異様すぎたために警戒をされていたがそんなことは起こらず計画通りの進行を見せていた。

一方生徒会室では兄と一緒にいられない七草姉妹は不満げな顔を見せていたがうまく宥めているところを見て雫が一言。

 

「八幡は天性の女誑しだね」

 

「人聞きの悪いこと言うの止めてくんない…?一体俺のどこが女誑しだというのか。というか妹達と話してただけだが…?」

 

その反応にほのかが強く同意、そして深雪も頷いており逃げ場がないことを悟った八幡はげんなりし同じくその場にいた小町は楽しそうな笑みを浮かべて見つめていた。

 

「八幡さんはもっと自分の魅力に気が付いてください!…あ、でもこれ以上女の子に好かれるのは困るので控えてください!」

 

「無茶言うな。というか魅力って…」

 

その発言に疑問符を浮かべると女性陣は溜め息を吐いて下校することになった。

 

駅で八幡達と分かれた雫とほのかは共に個型電車を乗り込み目的地をカードリーダーをパスで通して確定すると帰る家である雫の自宅へと二人は移動しそして雫宅に帰宅した二人は食事を済ませお風呂には言っている最中に雫が口を開いた。

 

「そう言えば…ほのかは大丈夫?」

 

「え?何が?あ、ちょっと待って?今リンスしちゃうから」

 

「うう、ゆっくりで良いよ…わたしがあらってあげようか?」

 

「雫がすると丁寧なんだけど…時間が掛かっちゃうだもん」

 

話しかけてきた雫が自分の髪を洗い流してくれるのは非常に有り難かったのだが如何せん凝り性なのか普段より時間が掛かってしまう。

 

「良いじゃない。やらせて?」

 

そう言って雫は浴槽からでて体から水滴が滴りながらリンスのボトルを手に取り洗い流した直前のほのかのしっとりした明るい髪色の癖の無い髪を撫で付けリンスを浸透させていく。

確りと浸透させ終わった髪をシャワーで洗い流し二人は浴槽へ浸かるが雫宅の浴室は大人数で入ってもまだまだ余裕があるが距離が近いのはご愛敬だろう。

 

雫が息を漏らす。

 

「ほのか」

 

「なぁに?」

 

「ほのかは…大丈夫なの?」

 

「え、何が?」

 

なんのことなのかと理解できていない、若しくは惚けているほのかにその質問は思わず表情を変えてしまった。

 

「ほのかも東京でのお留守番でなくて京都に行きたかったんじゃないの?」

 

その言葉に思わずほのかは言葉を失って俯いてしまうがそれはその問いかけをした者にも刺さる質問だった。

 

「…それを言ったら雫もでしょう?本当は京都、行きたかったんでしょ?」

 

その返答に雫も思わず視線をそらしてしまった。

浴室内には無音が広がっていたがそれはほのかの苦笑によって破られた。

 

「お互い意地の悪い質問はやめようよ。…そうだね。わたしも八幡さんと一緒に京都に行きたかった。二人…は絶対に無理だし雫も一緒でも…八幡さんが隣にいてくれるなら行きたかったよ。」

 

「じゃあ…何で?」

 

「雫だって分かってるでしょ?……雫はいざ知らず、私は…足手まといになっちゃうから、ね…?」

 

雫も思わず自分で思っていたことを友人に言い当てられてしまい湯の中の掌を思わず握り拳を作ってしまう程でありほのかを見つめるその瞳は思わず揺らいだ。

 

「そ、それは…」

 

「雫だって気が付いているんでしょう?八幡さんが雫のお家でお世話になるように指示を出したのは論文コンペの所為じゃないって。」

 

雫の発した言葉は震えていた。

 

「八幡さんは私たちを本当に心配してくれている。それはそれで嬉しいんだよ?だって”他人を気にしなかった人”が”他人を気に掛ける”…というか他人から知人、友達にまで変わったってことなんだから。」

 

「……っ」

 

その言葉に雫の揺らいでいた瞳は光を取り戻した。

 

「八幡さんが本気で心配してくれている。論文コンペの資料を狙うようなただのこそ泥じゃない。去年みたいに手強い相手がいるんだと思うんだ。」

 

「ほのかは…八幡さんが”ご実家の仕事”で動いていると思っているんだね?」

 

雫は昨年の事を思いだし肩を抱いてぶるり、と震えた。

隣にお湯を掻き分けてほのかが陣取り受注生産した大きな浴槽も二人で並んでいると若干の手狭になるのは仕方がないことでありピタリ、と密着したほのかは雫の肩を抱いた。

そして肩を抱いていた雫は自分の両手を湯の中へ沈めた。

 

「うん。八幡さんはご実家のお仕事…”十師族”に関係する任務に就いていらっしゃるんだと思う。それこそ去年の横浜事変みたいな大規模な組織と相手取って。だからじゃないかな、八幡さんは私たちがアキレス腱になりかねない、って。」

 

「だから八幡はほのかにボディーガードをつけたってこと?」

 

ほのかは首を横に振る。

 

「私だけじゃないよ。私に護衛がつくってことは一緒にいる雫も八幡さんの部下…佐織さんの護衛対象になるし美月に吉田くんがくっついてるのも理由だと思う。吉田くんの実力はもうプロ顔負けだから。」

 

「美月は役得だね。」

 

端からみても幹比古と美月はお似合いで告白をしてはいないものの事実上のカップル、互いに意識をしていることはバレバレで初々しい、その関係は非常に羨ましいものだった。

 

「本当だね。」

 

そう顔を見合わせ裸で体を密着させて笑いあうがほのかの笑い声がフェードアウトし雫も笑うのをやめた。

 

「今度の京都行きも下見もあるだろうけど…本当の目的はきっと別にある。成り行き次第では荒っぽい事になるだろうね」

 

「戦闘、って言うのなら私たちも…」

 

そう雫がいい掛けるとほのかが首を振った。

 

「ううん。私たちは駄目。遠くから支援できるだろうけど実戦馴れした魔法師…拳銃やナイフを突きつけられそうになったり間合いに入られたりしたらきっと足を引っ張ってしまうと思うんだ」

 

二人の実力は一般の魔法師のレベルから見ても決して劣ってはいないだろう。

それも高校生というのに当てはめれば一流というのも過言ではない。

しかし、その大人としてのプロ、と比較しても超がつくほどの一流な深雪、戦闘力で見れば軍の魔法師としても頭が抜き出ている達也、そして両方を圧倒的な実力を持つ想い人である八幡と比べると自分達が数歩劣ってしまうのは否めない”事実”であった。

 

そして二人が知る筈もないがある意味で雫とほのかは八幡にとっての”日常”という側面が強いのだ。

巻き込みたくないという、その理由から二人を遠ざけたのだが…。

 

「だから…いいの。」

 

ほのかは気まずそうに黙り込んだ親友の頭を抱え込んだ。

ほのかの豊満な胸がお湯から顔を半分出していた雫の顔が埋まる。

無意識に抱え込んだのだろうそれは雫の酸素供給源を断つことになった。

 

ほのか(ふぉのか)くるしい(ひゅふひぃ)

 

「ひゃあ!?」

 

その反応にくすぐったい悲鳴を上げるのと同時に胸の辺りがくすぐったくなる原因を理解し親友から急ぎ離れた。

直ぐ様解放された雫は大きく息を吸って自分を覆っていたほのか…ではなくほのかの胸を怨めしそうに凝視する。

 

「ご、ごめん!」

 

謝りながらも胸を凝視されたのと押し付けていたのを自覚して恥ずかしいのかバスタブの壁に背面を張り付く。

その光景に二人は「ぷっ」と吹き出した。いつのまにか暗い雰囲気は消し飛んでいた。

 

「雫、ごめんね。」

 

「私の方こそ、ごめん。」

 

「ううん。雫は私を思って言ってくれたんだもん。さっきも言うとおり雫が気にする必要は無いよ?」

 

雫が口を開いた。

 

「私も思っていたこと…ほのかに全部言わせちゃった…ごめんね。」

 

親友のその発言を聞いて屈託無くほのかは笑った。

 

「私も京都についていきたい。でも足手まといになりたくないのも本音なんだ。だから今回は東京でおとなしくお留守番。八幡さんが気付いて欲しくないと思っているなら気が付かない振りをするよ。八幡さんがそれを望んでいるなら騙されたままにする。それに八幡さんに妹ちゃん達を任せられてるから頑張らなきゃ。…好かれてるかは別としてね?」

 

「たはは…」と頬を掻いて笑うほのかの言葉に雫が笑みを浮かべた。

 

「ほのかはいい女だね」

 

先程まで余裕のある女性を演じていたほのかだったが直ぐ様崩され今までの”光井ほのか”に戻った。

 

「うぇぇ!?な、何を言っているの雫!?」

 

「わたしが男の子だったら放って置かないのに…」

 

雫の瞳に色が灯り狂気が宿りそうになっているのを見てほのかが体を庇うように距離を取り始めるほのか。

 

「あのぅ…雫さん?目が…目が怖いんですけど…?」

 

「スタイルだって良いし…ルックスだって親しみやすい感じで可愛いし…」

 

雫がほのかの顎をツンッと撫でようとするとサッと回避した。

 

「そ、それを言ったら雫だってスレンダーで大人っぽい雰囲気のクールビューティーな感じで可愛いじゃない」

 

そう言ってほのかは雫の顎先を柔らかな指先でトンっ、と触る。

 

「なんだがほのか…スバルっぽいよ?」

 

「それをいうなら雫だってエイミィっぽいじゃないの」

 

これ以上は無益な争いになる、と理解した二人は同じことを思っており顔を見合わせた二人は笑みを浮かべ有意義なバスタイムを過ごしたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

十月二十日。土曜日。

本来であれば机に向かって授業を受けている筈だが今回は論文コンペの下見として公休扱いで学校を休んでいる。

八幡としては堂々と授業をサボれるのは嬉しいことなのだが向かう場所が場所なので素直に喜べていない。

 

リニア特急ではなくトレーラーと呼ばれる二階建ての連結電車に揺られていた八幡はトレーラーの個室にこもって持ち込んだパーソナルPCを開いて気を紛らわす為に新魔法の起動式の構築を行っていたのだが深雪に連れ出され二階のアメニティスペースに連れ出された。

深雪としては何時までも狭いプライベートスペースに閉じ籠っているののはせっかく足を伸ばせるスペースがあるのだから勿体無い、というのと八幡と一緒に居たいという乙女心から来た行動だったのだがそれを八幡が気が付くわけがなくなすがまま、と言わんばかりに手を引かれた。

 

幸いリラックスチェアの置いてあるスペースは利用客が少なくゆったりと座れるためこの男、離れた場所に座ろうとしたのだが深雪によって阻止され今現在の座席順は四名が掛けられる座先に八幡と深雪、対面に達也と水波が陣取った。

 

「八幡さん何かお飲みになられますか?」

 

「…ああ。ごめんボーッとしてた。……そうだなこれを頼んでもいいか?」

 

深雪が持つ端末を操作しソウルドリンクを注文すると深雪も注文を終えて隣に座ると妙に距離が近い。

暫くすると一般家庭に普及しているオートメイションのHARが天井を自走し目の前に頼んだ飲み物が届き樹脂製のカップと黄色と黒のストライプのスチール缶のプルタップを開いて喉を潤す。

魔法式構築で凝り固まった脳が糖分によって回復していく感じがした。

 

深雪が雑談を始めようとしたその時に八幡の背後から聞き馴染みのある声が届いた。

 

「あれっ、八幡?」

 

「よぉエリカ。お前もこの車両だったんだな」

 

そうと問いかけるエリカの顔を見ると隣に座っている深雪を見てなにか少し残念そうな表情を一瞬だけ浮かべ直ぐ様普段のエリカに戻り隣のグループ席に座った。

 

「ホント、スッゴい偶然ねぇ」

 

そう言って自然に会話に介入し同じく端末で飲み物を注文しリラックスチェアの上で大きく背伸びした。

 

「うーん!手足を伸ばせるのって良いわねぇ…」

 

「エリカは個型電車が窮屈に感じるタイプなの?」

 

「うん?そんなこと無いよ?これでも狭い部屋に正座で何時間も座って鍛練とかもしているしね。」

 

「剣術にもそんな鍛練があるのね。」

 

意外だ、という表情を深雪が表すと、エリカは苦々しい表情を浮かべた。

 

「まぁ…剣術の修行だってあのクソ親父は言うんだけどね…」

 

達也と深雪、水波はエリカの女の子らしからぬ、というかエリカは生まれが特別な事情があるとは言え良家のお嬢様であり腹違いの兄を「バカ兄貴」と憎み口を叩くのは知っていたが父親の事を「クソ親父」という汚い言葉を本人も好まない筈だと。

 

生まれや境遇を知っている八幡としてはその程度の憎み口を叩いても仕方がない、と思っていた。

が、その鍛練内容を聞いて「そんな虐待まがいのことをされているのか?」と思わず八幡は眉を渋く狭めた。

その事に気が付いたエリカは苦笑しながら訂正する。

 

「修行の内容はお茶よ、茶道。」

 

その事を聞いて渋く狭めた眉を元に戻し表情を元に戻し深雪は驚いていた。

 

「いやいや…剣術の修行と茶道を結びつけるのは難しいだろ…いや精神の修行の一貫とすればあり、なのか…?」

 

「茶道と剣術の修行を結びつけるのは八幡の言うとおり難しいだろう。」

 

「まぁね。きっとうちの親父もその真似事をさせているんだろうけど…だったら先ず跡取り息子にさせるべきだと思わない?」

 

そう問いかけるエリカだったが八幡は家族構成のなかで腹違いの姉がいたのを知っていたがそれも茶道を習っている手前彼女にも習わせているのだろう、と想像がついたが会話のなかで驚いていた深雪が復帰し「男性があの茶道の会場に入るのは難しいだろう」と言うと達也も頷いていた。

 

「逆にエリカが茶道を習っていてもおかしくはないだろう?」

 

「えー?そうかな?あたしが茶道、って柄じゃなくない?」

 

茶化すようなその反応に八幡が答えた。

 

「…んなことないだろ。うちの妹達も不定期だけど習い事で茶道の習い事の教室に連れていかれたことがあるがあの雰囲気はエリカに似合ってると思うぞ?それにエリカは着物が似合う和服美人だと思うし」

 

「…ふ、ふーん…八幡はそう思ってるんだ…こ、今度お茶立てて上げましょうか?」

 

そっぽを向いているが顔を赤くして恥ずかしくしているのがバレバレなエリカの反応に達也と水波は苦笑し八幡のその発言に深雪は面白くなさそうに脇腹を摘まんでいた。

一方で八幡は慣れた痛みと同時に「エリカが立ててくれたお茶美味しいんだろうな…」と現実逃避していた。

 

そんなやり取りを終えてトレーラーの中で一旦分かれ個型電車に乗り込み別々に京都へ到着した。

 

◆ ◆ ◆

 

「………。」

 

足取りが重い。

京都の町並みが視界に入る度にそう思ってしまうのはある意味で”病気”だろう。

 

「八幡さん?『比企谷くん?』」

 

隣にいた少女の声があの黒髪の辛辣な言葉を投げ掛けてくる大切な少女と声色が重なって不自然な反応を見せてしまうのは自分の心が問題だろう、と結論付けた。

 

「…っ!…ああ、いやなんでもない。ちょっと長旅で疲れただけだ。(大分、参ってるな…)」

 

「?…そうでしたか。あまり無理をなさらないでくださいね?」

 

本当に心配をしてくれているのだろうと八幡は自分に内心で失笑しキャリーケースを引いて京都駅の改札を五名で出るとその先に幹比古とレオが待っていたのに気が付いた。

流石に二人とも同じ個型電車で一緒と言うことはなかった。

七名は合流し論文コンペでも使われるホテルに荷物を置きに行くためにチェックインをしようと八幡は背後から近づいてきた知っている気配に足を止めて振り返ると想像したとおりの人物”達”がいた。

ハスキーな声に呼び止められた。

 

「八幡さん、達也さん、深雪さん、水波さん」

 

この呼び止めにエリカとレオ、幹比古がいないのは当然面識が無いため当たり前なのだが。

 

「ん?光宣。なんでここにいるんだ?」

 

八幡が自分達に気が付いたことに彼も気が付いたのだろう。名前を呼ぶのに躊躇いはなくどちらかと言うと嬉しそうに萎縮せずにその整った顔立ちに「嬉しい!」という感情を乗せた輝きを放っていた。

 

「へぇ…八幡は”こんなに可愛い子”と知り合いだったのね~何時知り合ったの?こないだの休みのとき?」

 

八幡の右隣、何時の間にか陣取っていたエリカから言葉の端々に棘と不機嫌な感情が伝わってきたのを察知した八幡は軽く袖を引っ張り説明した。

 

「あのなぁエリカ。誤解してるかもしれないが…光宣は”男”だ。」

 

そう告げると疑い深く身体の隅々を確認しその作りが”女性”のそれでないことに気が付いて目を丸くして驚いている。

 

「うそ…!男の子で深雪みたいにこんな整った顔立ちの子がいるなんて…あはは…まるで男の娘みたい」

 

一部、文字が違うだろうな。と突っ込みたかった八幡だったがそれ以前にそれを本人の前でいうのか、と若干の呆れを見せたが無視することにした。

光宣がここにいるのは事前に電話で行くことを告げていた為だった。

分かりきったことを話すのも無駄だろうと判断した八幡はこの場にいる初見同士の自己紹介に当てることにした。

 

「エリカ達は初対面だったな。俺がいうのもおかしいから光宣。自己紹介を頼む。」

 

八幡に催促され言い淀むこと無く自己紹介をする。

 

「はじめまして。僕は第二高校一年の九島光宣です。」

 

八幡の意図を汲み取った光宣は九島家のことを言わずに”第二高校一年”と枕詞につけた。

その事を理解できないわけない八幡達の学友達は笑みを浮かべ自己紹介をする。

もっとも家名が高名であったとしてもこの知り合い達には関係ないだろう。

そう言う色眼鏡でみる者達でないからだ。

 

それぞれ自己紹介が終わって光宣が幹比古とエリカの名前を聞いて眉を動かしたのは二人がそれぞれ吉田家の神童術者と千葉家の剣姫であることに気が付いたからだろう。

そこの辺りがまだまだ青いのは年相応だ。

 

話をして宿泊するホテルへ荷物を預けに向かいチェックインは出来なかったが荷物を預けることは出来きそのまま論文コンペの会場となる新京都国際会議場へ向かうことになった。

元々池と森に囲まれた緑豊かな場所であり大型の商業施設やビル群の建造は禁止され少し離れたところに少しまで存在したスタジアムは老朽化も相まって取り壊されて樹木が植えられて一帯は森林公園になっている。

 

「(そういや修学旅行でここ見たけど…あんまり変わってないな。)大っぴらに隠れる場所は無さそうだな。」

 

周辺には先の横浜事変の際にテロリスト達が潜伏していた廃ビルや大きなビル群はなく周辺になるのは二階建ての民家が点在しているだけだ。

八幡がそう呟くと幹比古が反応する。

 

「でも逆に言えば少人数が隠れるには向いている。」

 

幹比古の意見に疑問を呈したのはエリカだった。

 

「そうかなぁ?野宿して隠れられるほど深い山じゃないと思うけど?」

 

「そうでもないんじゃないか?当日だけ、って言うなら山の中で寝泊まりをする必要は無いし隠れるだけなら幾らでも誤魔化しが効きそうだ。」

 

レオの反論にエリカは瞬きをした。隠れる=潜伏する、と言うことを自分で思い込んでいたのだ。

エリカのそれをフォローするわけでは無いが八幡が指摘する。

 

「それに山のなかならキャンプを張る必要もない。相手が相手だし”大型の装備”を持ち込んできているとは考えづらい。それなら身軽だろうしな。人数も少数だろう。」

 

そう言うと幹比古頷いた。

 

「そうだね。伝統派がそんな”大型の装備”を使うとは考えにくい。それに人数も二人三人だろうね。古式の術者なら住人に暗示を掛けたり認識阻害の魔法を掛けたり出来るだろうね。周りに気が付かれない、ってことなら幾らでも手段はある。」

 

「あー土地柄で古式魔法師は多そうだもんね。」

 

黙っていると負けだ、と思ったエリカは思わず口を開き何食わぬ顔で相づちを打つ。

 

「だったら手分けして辺りを歩いてみるか?暗示はともかく結界なら違和感くらい関知できると思うぞ?」

 

ずっと黙っていた達也が”思ってもいない”提案をして見せる。

それは八幡にとっても願ってもいない提案であった。

それにたいして幹比古が反応して見せてた。

 

「僕が式を打ってみる。」

 

闇雲に動き回らず精霊魔法を得意とする幹比古ならではの行動に一部を除いて頷いたのはそれが一番効率的だろうと判断したからであり”都合が良い”と思ったのはただ一人だった。

そう返答すると八幡は考えた素振りを見せてレオ達に身体を向けた。

 

「それなら二人は幹比古の護衛を頼む。魔法の行使中は無防備なるだろうし二人の実力ならそこら辺の魔法師なんて目じゃないだろ?」

 

そう提案すると幹比古は頷いてレオも快諾、エリカは気乗りがしない、といったような口ぶりだったが漏れ出す闘志を隠せていなかった。

 

八幡達は光宣の案内で京都市内を見て回ることになり終わり次第に宿泊するホテルに集合することが決まったのだった。

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