日時は少し遡る。八幡達がその出生を知らされる前、十二月二十五日。
第一高校の何時もの面々でのクリスマスパーティー後の事。
皆での集まりを終えて司波兄妹は自宅へと帰宅していた。
「深雪、夕飯の準備は俺と穂波さんでやっておくから休んでいなさい。」
帰宅して早々達也は深雪へ指示を出した。
「そう言うわけには!」
直ぐに反論をする深雪だったが達也の表情を見て自分が料理を出来るほどの状態でないことを理解して小さく頷いた。
「…申し訳ございませんお兄様。一時間ほど休ませていただいてよろしいですか?」
「気にしなくて良いよ。…俺でなくとも母様や穂波さんもお前様子を見たらそう指示するよ。」
達也は笑いながらそう指示すると深雪は頭を下げてその場から移動し自室へ上がっていった。
「……相当参っているな。」
元気の無い妹の後ろ姿を見て何も出来ない兄としての無力さに達也は拳を握りしめた。
◆ ◆ ◆
部屋に戻るとひんやりとした冷気が出迎えるが直ぐ様快適な室温に変わったのは深雪の魔法によるものであり一定の温度まで達した時魔法を解除し部屋に備え付けている暖房に火を入れた。
コートと制服の上着を脱いで下着姿になり手早くロングコート、ブレザー、インナーガウン、ノースリーブワンピースをハンガーに掛けてクローゼットへ着る順番で掛けて行く。
そして今日着るのはルーズフィットの丈の長いワンピースに袖を通し着替え終わりベッドに腰かけようとしたその時に机の上に置いてある一通の便箋が目に止まりおもむろに手を伸ばし取ってからベッドに縁に浅く腰かける。
「………」
深雪はその便箋を手に取りその中に納められている手紙に目を通す。
既にこれが届いた時に何度も、それはもう数えきれないほどに読み込み一言一句覚えている筈なのに誰かに操られているように何度も何度も読み返していた。
「…………ッ」
そこに書かれていたのは四葉本邸で開かれる元旦の集まり【慶春会】への参加を”命じる”ものだった。
深雪は去年、一昨年も家族と共に新年の挨拶訪れているが分家が勢揃いする【慶春会】には顔を出したことがなかった、と言うよりも深夜が子供達の為に”避けていた”と言った方が正しい。
分家の当主達の達也に対する”不遜な言行”に深雪が耐えられない、と言うものだった。
その為深雪が物心つく時には【慶春会】には参加していなかったのだが今回直々に招待、いや出席を命じられた。しかも真夜本人のサイン付きでだ。
家族間のパワーバランスでは当主の姉である深夜の方が上ではあるが権力的には当主である真夜の方が強いため拒否権はない。
分家の面々が達也に失礼な態度を取った場合母親が睨みを効かせるだろうが深雪自身彼らの言動を止めることが出来ず自分を自制できるかどうか不安だった。
「………はぁ…」
しかし、それは母親がどうにかしてくれる問題であるが次に想像した出口の見えない悩みからすれば些細なものだろう。
慶春会という親族分家の当主達が勢揃いするその場の席に呼ばれたことに薄々…というよりも強く確信した。
叔母が遂に次期当主を指名するつもりなのだ、と。
叔母は私を次期当主に指名するつもりなのだ、と。
今の深雪に当主を望む気持ちはない。
二年前、第一高校に入学し八幡と出会ってからその想いはもっと強くなっていた。
それこそ元々は当主に相応しい立派な魔法師になりたい、と息巻いていたが四年前に命を救われてからその想いは霧散していた。
今でこそ親族、家人の周りから「貴女が四葉当主に相応しい」とそう言われ続けその気になっているだけでありそれは今も変わらない。
四葉の当主は最も強い、ではなく最も優れた当代の魔法師が就くことになり篩に掛けられているのは黒羽姉弟と新発田家の長男、津久葉の長女、そして自分である司波深雪が最優の魔法師、と本家の使用人からも言われ続けていた。
その気がなくとも「そう刷り込まれている」からこそ深雪は四葉の魔法師と言える。だが、「当主になりたいか」と問われればそれは深雪が首を横に振るだろう。
いや、「その座に興味はない」と答えるか。
次期当主の座を辞しても良い、という選択肢を示されたのなら深雪は間違いなくそれを選びとる。
当主となれば愛する相手も結婚する相手の自由を奪われる。即ち好きでもない男性に自らの身体を触れられて子供を孕まなければならないと言うことに他ならない。
今現在魔法師の早婚が推奨されており叔母の真夜や五輪澪のような特別な事情がない限り独身を貫くことは魔法師界隈では白い目で見られるに違いない事を。
魔法師としてのコミュニティで生きていくのならば。そして魔法師最強の家系である四葉当主が未婚である、というのはあまりにも外聞が悪い。評価を気にしないわけには行かないのだ。
「………ッ!!」
暖房が効いている筈の室内で深雪は肩を抱いて身を震わせる。
想像したくなかった。
初恋の男性以外に自らの身体を預けて望まぬ妊娠をする姿を。
自分が八幡さん以外の男性と結婚する、その事を。
八幡さんが自分以外の女性と結婚する、その事を。
自分が好意を寄せる男性の隣に自分の姿が無いことに酷い虚脱感を覚える。
その隣には見知った学友、それとも卒業してしまった先輩の横顔が見え更に自身を抱く力が強まっていく。
(嫌よ…嫌嫌嫌!私は八幡さんの恋人になりたい…!私は他の男性に…私の身体を触らせたくない!)
心の叫びが外側に出そうになるのを必死にこらえる深雪。
室内に置かれている姿鏡を見るとそこには”自分自身”が映っていた。
そう言い聞かせた。
(でも…これは仕方の無いことなの…私は…”四葉”なのだから。)
次期当主に決まれば恐らく、いやきっと自分が”四葉”の人間だと言うことが判明してしまう。
それは”七草”の人間からしてみれば面白くないことだろう。
それは自分を見る目が変わってしまうのではないか、という恐怖心があった。
「…っああっ……!!」
想像した拒絶する八幡に手を伸ばす深雪だったが実際には鏡に向けて手を伸ばし映った深雪が問いかける。
《叔母様は絶対に、ましてや”七草の息子”との結婚を認めない。だってそうでしょう?”守ってくれなかった存在”の男の義理とは言え息子と四葉の魔法師では釣り合わない。》
もう一人の鏡に映った深雪が真実を語り出す。止められない。
《…それに叔母様が八幡さんを親の敵のように憎んでいる。》
鏡に映る”深雪”に真実を突きつけられて反論する気力が削がれていく。
《司波家やお母様やお兄様、地位を捨てて八幡さんと逃避行でも続けるの?》
虚像の自分自身に一番言われたくないことを突きつけられ言葉を失い黙るしかなかった。
《八幡さんの周りには沢山の女性がいる。”私を選んでくれる”という確証があるの?》
八幡の周りには様々な女性が常にある。彼が自分を選んでくれる、という確証はない。
『ッ!?そ、れは…』
鏡に映る”自分自身”にその真実を突きつけられ深雪は言葉を失いベッドへ腰を下ろし俯く。
そして溢れる想いは言葉が無くなり涙に変わり彼女の目から溢れ落ちるのだった。
◆ ◆ ◆
気持ちが沈んだままの十二月二十九日。
深雪は四葉本家へ向かうための身支度を終えて移動のための車に乗り込んでいた。
(気分が重い…)
体調は問題ない。身体は健康そのもので風邪も引いていないのだが身体が気だるい、だが其は本家につけばそうも言っていられない状況になる。
(いっそのこと事故でも起こってくれれば良いのに…)
柄にもなくそんなことを思ってしまうほど深雪の精神状態は宜しくなかった。
言葉は現実に比例するというのは真実であったのかもしれない。
少し走行していると同乗していた達也が声を上げ飛来するグレネード弾を無力化し母親のガーディアンである穂波と共に襲撃を仕掛けてきた実行犯達と戦いを繰り広げ様としたその時だった。
(あれは…?)
突如として挟み込んできていた襲撃犯達が乗る乗用車に割って入り襲いかかる強化サイキック達を蹂躙し始めたその姿と戦闘スタイルをみて深雪の重く暗い感情が一時消し飛んだ。
そこにはフルフェイスで顔を覆った男女が割って入ると状況は一転し直ぐ様鎮圧されてしまいしまいには後方に陣取っていた襲撃者達になにもさせずに終わってしまったのだった。
襲撃犯は二十九名居たが無力化され大半は男女によって無力化され地面へ転がっており軒並み退け無力化した黒づくめの少年と小柄な少女が自分達が搭乗している乗用車へ近づいてきたのを確認した深雪はその感覚を感じ取った。
(八幡さん…ッ!)
深雪がそれに気がついて車から出ようとするが深夜が目視で制止されてしまい手に掛けた乗用車の扉から手を離すと同時に深夜がウィンドウを開く。
近づく二人はバイザーを上げずに話しかけてきた。
聞きなれた声が深雪の耳に届いて喜色の帯びた声を挙げた。
「よぉ。危ないところだったな」
「八幡さん!」
小町に行き先を問われて深雪の表情が曇ったが直ぐに回答すると納得してくれたようだったが心が痛かった。
その機微に八幡は気がつかない。
「…っと雑談はここまでにしてここを離れよう。そろそろ警察が来る。それに街頭カメラに車両とナンバーも控えられてるかもしれないから…何処かへ向かうなら一旦出直せ。」
「あっ…」
八幡が離れようとすると深雪は自分でも気がつかぬうちに残念そうな声を出していた。
深夜は指示を出し運転手は頷き行動を始めるのを見て八幡達は車から離れ停車していたバイクへ搭乗する。
搭乗し終えた二人は車に向かって手を振ってアクセルを吹かして発進させ気がつくと豆粒程の大きさの距離へ到達していた。
八幡に言われた通りその後駅へ引き返すと事故現場へ向かう警察車両で騒がしくなったため巻き込まれように回り道をして一度帰宅を決意した。
そして徐々に離れていく八幡の後ろ姿を後ろ髪を引かれる想いでルームミラーに映る光景を帰宅までずっと見ていたのだ。
◆ ◆ ◆
翌日十二月三十日。
昨日の襲撃があり司波家に戻っていた深雪は自室にてももう起きる時間ではあったが着替えてベッドに横たわっていた。
「………」
物憂げに机の上に置いてあるフォトスタンドに視線を向けるとそこには第一高校の面々が映り八幡の隣に自分が大胆に腕を絡ませている写真が納められていた其をみて気だるげに立ち上がりフォトスタンドを持ち上げ抱き締めるように呟く。
「八幡さん…私は…どうしたら良いのでしょうか…?」
その独白に答えてくれるものは居なかった
「電話…?この時間に…いったい何方から?」
筈だったがそのタイミングを見計らうように深雪の端末に通話の着信が入り同じく机の上に置いていた端末が震えるのを深雪はフォトスタンドを丁寧に置いてその通話を取るとその発信主は今一番逢いたい少年の名前が表示されているのをみて全身の気だるさが吹き飛んでいた。
思わず音声通話ではなくヴィジフォンでの映像通信で対応した。
「ッ…!八幡さん…は、はいっ深雪ですっ!」
『うおっ?!…朝なのに元気だな深雪。お早う…って言うのは少し早かったな。今大丈夫か?』
「大丈夫です」
若干会話が成り立っていないのだったが電話口で八幡が苦笑しているのを感じ取った深雪は先ほどまで冷えきっていた身体が熱を帯びた感覚を覚えて恥ずかしくなった。
(ああ…私は八幡さんと他愛ない挨拶をするだけがこんなにも楽しい、と覚えてしまうほど好意を抱いているのだわ…)
そんなことを考えていると八幡の声色が少しだけ真剣な空気を纏い出した。
『…深雪。体調が悪いのか?少しだけど声に元気がないように聞こえるな』
「…そんなことはありません。起きてから直ぐの通話なのでそう聞こえるだけですよ。」
苦しい言い訳だ、自分でも思っている。
既に時刻は九時を過ぎているし今まで兄の鍛練の為に朝の七時前には起きているのが当たり前で早起きは得意だがこれから向かう先の事を考えればそう嘘を吐きたくなる。
心配を掛けたくない、という理由で心に蓋をして八幡と会話をする深雪は数分程度ではあるが心が和らいだ気がした、いや実際に少しの心の靄が消えたのは事実だろう。この会話ももう少しで終わりか…と名残惜しさを覚えていると虚を突かれたような言葉を投げ掛けられた。
『今年はこれで最後になるだろうけど……良いお年を。”また来年”逢おうぜ。』
「え?」
困惑する深雪だったがさらに重ねて”意味深なことを告げた”のだ。
『そうだな…きっと深雪が不安に思っている事は直ぐ解決出来ると思う。大丈夫だ。……じゃ、それじゃ』
「そ、それってどういう…っ……あ……八幡さん…」
そう言って八幡側から映像通信が切られ黒くなった画面には深雪だけが映っていてそこには呆気に取られた深雪が居たがその表情に喜色が浮かんでいた。
確証の無い”大丈夫”という言葉に先程まで揺らぎそうになっていた心が落ち着きを取り戻した。
(自分の言葉を叔母様に伝えなきゃ…其で本家の人達に白い目でみられても……私は八幡さんを…愛しているのだから…!)
決意し立ち上がった深雪。
そのまま一階のリビングへ向かうと昨日とは違ったやる気に反旗を翻す決意を定めた深雪の姿をみた司波家の人達は驚いたが深夜は娘の恋の成就と兄である達也は覚悟を決めたのだった。
◆ ◆ ◆
同日。十二月三十日の四葉朔夜家にて
「ほぇ…お婆ちゃんが本当のお母さんで…私達が四葉の親族だったって、本当にお兄ちゃん…?」
リビングにて俺と小町は朝食を取ってソファーに腰掛け昨夜伝えられたことを聞かせられると持っていた箸を落として驚愕した表情で朔夜を見つめる小町は驚きを隠せていないようだ。
そう問われた俺は頷いた。
「ああ。…荒唐無稽な話だが真実らしい。実際に俺の”眼”が真実だって伝えてる。…小町も”それ”で見て疑い無いのが分かっただろう?」
「其は…そうだけど…急に言われて直ぐになんて信じられないってば…」
小町はメガネを外し”瞳”が紺碧色に輝いているのは《
その能力のお陰で祖母…母親の言っていることが本当であることを認識してしまっていた小町は動揺を示すのは無理もないことだった。
話を聞いた小町だった突如として自分達が本当は数字落ちした八幡家の子供ではなく四葉、しかも現当主の叔母の実の子供であり本当の実年齢は達也達よりも上でありその当主と従姉弟同士だったという…ドッキリにしては多すぎる情報量にパンクしポケーとした表情を浮かべるが俺達との仕打ちを聞いて小町は母親に殺気を向けたが俺が割って入り一応の和解をして今は普通の親子をしている…こうしてみると雰囲気とか似てるんだな。
数十年の蟠りというのは直ぐにそうして母は小町を膝に乗せていると此方に向き直った。
「それでなんだけど…八幡、小町の貴方達はどうしたい?」
「どうしたい…って、ああ。そう言うことか…」
そう問いかけると母はばつの悪そうな表情を浮かべている。
その質問の意図を俺たちは図りかねたがその表情を見て小町も察したのだろうがその言葉を告げられずに居たので俺が代わりに答えた。
「俺たちは”七草”の子供だ。”四葉”の人間じゃない。母さんには悪いがそっちに戻るつもりは無いよ」
伊達メガネを外し其だけ言って俺は母親を見つめる。
そのときの俺の表情は自分でも分からなかったがその際に憎しみの籠ったものや怒りが籠ったものではなっただろう事だけは自分でも理解していた。
そう告げると母親は一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべていたが其が自分で巻いた種であるということを理解していたからその感情を押さえ直ぐ様微笑んだ。
「ええ。そうでいいの。だけど…こうしてお母さんのようなことをさせて貰ってもいい?」
「…ああ。」
「…うん」
俺と小町は顔を見合わせて頷いた。
数十年という溝は直ぐには修復できない深いものだが俺達兄妹は母親との確執を取り除いていこう、そう決意した。
◆ ◆ ◆
「…因みに弘一くんには既に私と貴方達の関係は伝えてるから」
「……マジかよ」
寝耳に水、とは正にこの事かもしれない。
だから義父は俺達を此処へ送り出したしあの部屋で感じ取った想子残留は母のモノであり義父が動揺していたのかと納得し顔が引くついた。
当然ながら小町にも俺の能力が知られることになったが「そっかー」という反応で終わった。いやあっさりしすぎでしょう?
「だってお兄ちゃんだもん。其くらいは出来るでしょ。」
「お、おう…」
素直な反応にどうしたらいいのか一瞬戸惑ったが恥ずかしさが勝ったので俺は今小町を直視できない。
まぁシスコンであるのは否定しないが。
俺が現当主のキズを治す算段を立てていたのだがその場所へ向かうための手段が必要だったので母親に質問した。
「んで…どうやって四葉本家へ向かうんだよ。」
「其に関しては手があるの。そもそも四葉の本邸がある場所は知っているかしら?」
「知るわけねぇだろ。あそこの秘密主義は徹底してるからな。居場所を知っていたら殺されるか記憶を消されるかのどっちかだろう」
四葉本家は十師族の面々も知らない場所にある、というのは義父から聞いていた。
徹底した秘密主義である四葉は過去の事件と扱っている魔法の種類の秘匿をするために何処かの場所にその本拠地を置いているということだがその事をこの母親は知っているらしい。
「ここよ」
「は?」
「え?」
その場所は何処なのか、ということを考えていると地面を指差した。
「私達が今いる場所が四葉の本拠地…の外れに位置する場所なのよ。」
「…じゃあなんで母さんは四葉の当主に知られずにこんな近くに住めてるんだ?」
もっともな疑問をぶつけるとこれまた母らしいパワーワードが飛んできた。
「この場所を認識阻害の魔法をつかって消しているのよ。向こうからしてみたらここは何もない只の開けた開墾地。もちろん人避けの結界を張っているのよ。…其に真夜ちゃんが気がつかないのは私があの子の魔法の師なのだから当然でしょう?」
愛らしくウインクまで決めやがって…とてつもないことをさらっと暴露してくれやがったことに頭を抱えたくなったがよくよく思えば俺たちの母親であることを思いだし溜め息を吐いた。
「其じゃ直ぐにでも四葉本家にカチコミ仕掛けるのか?」
「そんな物騒な…ううん。明日の十二月三十一日に向かうことにするよ。その際に丁度深夜が四葉のある村に来るからその際に合流しようと思ってね」
その説明に俺は引っ掛かりを覚えていた。
どうして知っているのなら合流を待たずに向かえばいいのでは?と思った俺は問いかけると母親はばつの悪そうな…視線をそらして頬を掻いた。
「…実はその村へ入るためのパスをずいぶん前に無くしちゃってね…入れないの」
その言葉を聞いて俺と小町は呆れたような表情を向けると「うわーん!」と年甲斐もなく泣き真似をし始める始末。
お前が撒いた種だろう…と思ったが四葉の村には認識阻害と人避けの結界が施されているらしく俺の魔法で壊すことが可能だそうだが其をすると”四葉”の居場所が知られてしまい問題なるとのことで俺が無理矢理壊すのは諦めろとのことだった。
(明日その仕事を終わらせて元旦まで帰ってこないといけないのキツいなぁ…)
一先ず明日行動を起こすとのことなので今日は割り振られた部屋で大人しくしているしかない俺は布団に寝転がっていた。
「あ、そういや…深雪。昨日みたこと無い顔をしてたけど…四葉関係であんなに落ち込んでたのか…」
ふと、此処に来るまでに深雪と遭遇したことを思い出した俺は深雪が悲しそうな、もうこの世の終わりみたいな顔をしていたのを思い出して合点が行き一人で納得し手を叩く。
その事で少し考えていた俺は起き上がり端末を取り出して番号を探し迷うこと無くコールする。
今の俺なら考えられない”相手を心配する”という行動に自分自身驚いたがある意味で深雪は親族…姪、いや年齢でみれば妹に近いその存在に気を回すのは親愛の情というやつなのかも知れなかった。
『もしもし?』
◆ ◆ ◆
同日。司波家にて。
深雪達も四葉本家へ向かうため前日の襲撃を踏まえて達也は本家へ深夜を介さずに直接電話を掛け行き先の変更を告げたのだ。
その事に電話口に出た執事が見下すような視線を向けるが達也は気にせずに猫を被るような真似はせず淡々と説明すると対面の執事は眉をひそめるが無視して会話を続けた。
「達也殿。このようなことは申し上げたくないが些か失礼ではありませんか?本日の予定は深夜様よりいただいているものです。」
「この変更は母からの意向です。それとも電話口に母を出さねばご納得頂けないと?」
そう達也が告げると電話口の執事の顔が赤らんだのは怒声を飲み込んだからだろう。
了承したことを乱暴に伝え互いに同じタイミングで通話を切ったのだった。
時間になり指示された通り本家よりの迎えが到着し昨日と同じメンバーが車に乗り込み計画したルートを順調に進み周囲には民家も工場もない自販機がポツリとあるような田舎道を走行していると異変に気がついた。
使い魔…想子情報体による追跡が行われておりその兆候として車の後方にはローター音…ヘリコプターが迫っていた。
達也は後方からのプレッシャーを掛けて前方よりバリケードを搭載した大型車両で塞いでくる筈だと冷静な思考で展開を予想していると其は大当たりで暫く進むと其は現実となる。
「ブレーキ!」
信号が青になっている進行方向の黒塗りの高級車は達也の声で運転手はブレーキを踏む。
次の瞬間に赤信号の方向からバリケードを搭載したトラックが現れ進行方向を遮ると同時に自動小銃を持つ一団が飛び出してきた。
人数は三十二人。”普通の敵であれば事足りる、いや過剰戦力であるが”達也と深雪を相手取るには物足りなかった。
(まずは無力化する)
そう言って達也は乗用車から飛び降り歩兵達へ突っ込んでいき数分もしないで無力化された兵士達と魔法師を無力化してその場から立ち去ろうとしたが問題が発生していた。
「申し訳ございません…」
「ごめんね達也くん…」
「二人が謝ることではないですよ…しかし、困りましたね。」
立ち往生し水波と穂波が項垂れ困った表情を浮かべているのは予想外の問題が発生したからだ。
「まさかEMP爆弾を使うとはねぇ…向こうはどれだけ深雪の到着がイヤなのかしら?…其にしても本家から出ている車の防御処理が甘いのはどう言うことかしら?」
深夜が呟くと運転手は身を縮ませた。
悪気があって呟いたわけではないのだが運転手は気が気ではないだろう。
実際に市場に流通している車両には対EMP防御用の装備が施されており無論四葉が所有している車両はその市販品よりも高い性能であった筈だが一部がシーリングされていないようでそこを突かれ使い物にならなくなってしまったようでどうしたものか、と考え立ち往生していると深雪の端末が震えた。
「はい」
「お久しぶりね。深雪さん」
「この声…夕歌さん?はい。お久しぶりです。」
その声に深雪は聞き覚えがあった。
四葉の分家のひとつである津久葉の長女である夕歌だった。
「お久しぶりね。去年の挨拶以来…ってゆっくりしている暇はないわね。突然で申し訳ないのだけどその道を塞いでいるトラックを退けていただくことは可能かしら?」
「其は何故でしょうか?」
「今その反対側に私が運転している車があるのです。そちらの乗ってきた車が”故障で動かなくなっている”と思いまして迎えに来たのよ。」
その返答に深雪の目尻が少し上がる。
「何故、故障していると知っているのでしょうか?」
「其は後程お教えいたします。今警察が此方へ向かっているという情報がありますので急いでくれる?余計な時間を取られるのは貴女達も同じでしょう?」
「…分かりました。運転手へ退かすように指示を出します。」
そう言って深雪は夕歌との通話を切って運転手へトラックを移動させるように指示を出す。
達也の《分解》を使用しなかったのは余計な手間を発生させないためでもあったので指示を出した運転手は素早く道路を塞いでいたトラックを移動させ向こう側の景色が見えたその時に運転席にいるショートボブの女性…夕歌がいることに気がつくとその車を故障した車へ横付けした。
「乗ってください。」
車のウィンドウを開き顔を出す夕歌を見て深夜が反応する。
「深雪、水波ちゃん乗せて貰いなさい。達也と穂波は荷物を」
深夜がそう告げると先ほどまで乗せていた車のトランクから夕歌の車へ乗せ変え終わると自分達が乗ってきた車の運転手へ指示を出してその場から離れる。
が、其は本家へ向かう進行方向とは逆である。
その疑問を突きつけられる前に夕歌は答えた。
「逆方向に向かっているのは警察の検問を避けるためです。本家の方向に検問を敷いているのは深雪さん、其は分家の一部が貴女を本家に向かわせたくないからなのよ」
車に揺られ一同はその場から一度離れるのだった。