とある日、八幡達が学校に通っている時間帯、と言うには幅があるが解放に制限が掛けられて魔法大学の食堂は大半が学生と少しではあるが一般市民が利用して賑わっていた。
その中には防衛大の特殊戦技研究所からの聴講生も混ざっており向かい合う女子大生も魔法大学の学生ではあるが笑って雑談をしている姿一般的な大学の生徒にしか見えなかった。
「もうっ摩利!そんなに笑わなくても良いじゃないっ」
「すまんすまん。いやーそれにしても真由美が八幡くんとなぁ…まぁそれは兎も角として婚約おめでとう」
「あ、ありがとう…」
単純に親友が想い人とそういう関係になれたのは喜ばしいことだとその聴講生、元魔法大学附属第一高校卒業生の渡辺摩利は思いながらも謝罪して肩を震わせており彼女の向かいに座るのは同じく元魔法大学付属第一高校の卒業生七草真由美が顔を真っ赤にして摩利を睨み付けていたがその表情は子供のそれ、真っ赤な顔をしてと言っても怒りではなく羞恥の為に涙が目に滲んだ目で睨まれるのは少しも怖くない為、怖くなく寧ろやはり可笑しくて笑っていた。
「もうっ!」
「いや、本当にすまん」
結局摩利の笑いが引いたのは真由美がそっぽ向いてしまったからだ。
こういうところは未だ子供っぽいとそう思って再び吹き出してしまうのだが真由美が”相談したい”と言うことで話を聞いているのだがその内容が何とも可愛らしい。
「しかし、相談したいと聞いたから何事かと思ったのに八幡くんが”名前を呼んでくれない”とは…小学生かお前は?」
「笑い事じゃないわよっ、由々しき事態なのっ!」
テーブルに手をつけそうになったがそこは自重したらしく少し声をボリューム大きくしただけで周りの利用者が「何事だ」と視線を向けたわけでもなかったので同じ卓にいる摩利もそこは安堵した。
「いやいや…お前が望んでいた通りになったんだろう?”八幡くんと男女の仲になる”って言ってたじゃないか。まぁ…まさか一夫多妻で行くとは思わなかったがな?」
「うぐっ…そ、それは…はい…」
そう摩利が告げると先ほどまでの威勢は何処へやら、と言う感じでさらに恥ずかしそうに顔を真っ赤にして小さくなってしまう真由美だったが今にも泣きそうな表情で摩利を見るのでその対面の人物は「重症だな…」と感じていた。
「んで?他の婚約者が『名前で呼ばれているのに未だに”姉さん”呼び』で寂しい、と…」
「は、はい…」
「で、八幡くんの”幼馴染み”とやらがやたらと距離が近く名前呼びされてジェラシーを感じる、と」
「……ううっ…余り苛めないでよぉ摩利ぃ…」
あの天下無敵の生徒会長様だった友人が年下の義弟になすがままにされて乙女モード全開になっているのは凄く新鮮だったが本人的には死活問題らしいので此処は男女の仲では少し先輩である摩利がアドバイスをする。
「…そうだな。あの八幡くんだ。正面から行ってものらりくらり、と上手く回避されるのが関の山だろうが真由美、お前自分の立場を考えろ。お前は八幡くんとどんな関係だ?」
「え、関係?………婚約者…?」
相当混乱しているようで今まで私たちの前で見せ付けてきたのはなんだったのか。
「それじゃない…もっと根本的なものだ。初心に返れ真由美」
「初心………………?……………………あ、弟…?」
「そうだ。お前よく生徒会室で八幡くんに一目を憚らずイチャイチャしていたじゃないか。”姉と言う立場を利用して弟である八幡くんに名前を呼ばせるように”強要、もとい”お願い”をすれば良い話じゃないか?」
その時真由美に電流走る。
「はっ………!?」
「気がつくのが遅すぎだろう…」
「だ、だってその…八くんと婚約者になる…って聞いたら嬉しくなっちゃって…」
顔を赤くしてモジモシしだす真由美を見て摩利は「こんな表情をさせるのが義弟ってのをこいつのファンクラブの連中は血涙を流す勢いだろうなぁ…」とひとりごちた。
「それにお前が率先して”八くん”呼びじゃなくて”八幡”と呼んでやれよ?そうすれば向こうも感づくかもしれんし」
「そ、そうね…頑張るわ!」
先程までのオドオドは何処へ行ったのかと聞きたくなるほどに活力に満ち溢れる親友に苦笑いを浮かべた…と同時に摩利は燃料を投下した。
「まぁそれが最初の手段だとして…最終手段はベッドに押し込んで既成事実を作らせれば八幡くんでも流石に断りはしないだろ?」
「ま、摩利っ!?そ、それは…その……」
顔が真っ赤になっているので不安になったが相手が頼りにしている”後輩”だったのでそこは任せられた。
「まぁ…お前達のところは沢山いるしな…誰が一番最初に”授かるか”となったら、なぁ…」
「うううっ…!」
「まぁ時間はあるからよく考えろ。お前達は恋人としての時間より義姉弟としての時間が長かったんだから仕方がないが…その意識のままだとその延長でずるずると関係を続けていくことになると思うぞ?」
摩利がそう告げると真由美はテーブルの下で置いていた手を握り顔を上げた。
「分かったわ摩利…私やってみる」
覚悟を決めたのか先ほどのおどおどした様子は見られない。こういうところは七草家の長女である。
その表情を見て摩利はフッと笑って腕時計を見る。
時刻はそろそろ講堂へ向かわなければならない。
摩利が立ち上がると同時に真由美も立ち上がって目的地へと向かうのだった。
◆ ◆ ◆
いつも通りに学校に出席し風紀委員長として仕事を終えた八幡は自宅に戻り家族全員での夕食を取った後俺は自室にて自機のCADと新作魔法の調整並びに文法チェックを行っていた。
あまり武装一体型のCADの製作は行っていなかったが手慰み、暇潰しであった。
「作るなら剣型だよなぁ……まぁ誰に使わせるわけでもないんだが」
机の上には刃渡り八十センチ程の両刃直剣の武装型CADが置いてある。
こういうのを作るのは…まぁ趣味みたいなものだから仕方がない、と自分に言い聞かせて今現在作成している魔法を確認していると扉がノックされた。
「どうぞー……………ん?…どうぞー…なんだよ…」
入ってくるように促したが入室する気配が無かったために「誰だよ…」と八幡は作業を中止してワークステーションから立ち上がり自室の扉を開けると一人の”女性”が立っていた。
「八くん……んんっ!…”八幡”入っても…いい?」
「(なんで言い直した…?)ああ…」
そこにいたのは八幡の義理の姉であり婚約者でもある真由美が部屋着で立っており視線を泳がせ少し落ち着きの無い雰囲気だったのが気になったが指摘すること無く接する。
「って姉さん普段なら”どうぞ”って言えば入ってくるのに今日は……ってなんでそんなに不機嫌な顔を…?」
「むー…」
真由美は面白くない、という態度を見せており首を傾げると更にその不機嫌さが高まっているのが見て取れたのでこれ以上は危険だ、と判断して一先ず部屋に入れる。
「と、取り敢えず部屋に入ってくれよ」
「…ええ」
「…………」
「…………(え、いったい姉さん何しに来たんだ…?)」
部屋へ招き入れていつもの定位置である八幡のベッドに腰かける真由美を見てワークステーションのイスに座る。
が、用事があるのに会話を切り出そうとしない訪問者に八幡は困惑した。
一方で会話もなく黙ってしまった空気に真由美は自分の態度が良くないことに頭を抱えていた。
(ううっ…また”姉さん”って呼ばれて不機嫌な顔になっちゃった…そして私から押し掛けたのに会話がなくて…悪循環じゃないの…!でも此処に来た理由が八くんに”名前で呼んで欲しい”なんて言ったら笑われちゃいそうだし……)
「???姉さん?」
またしても”姉さん”と呼ばれ表面上は不機嫌です!と表している真由美だったが内心はどう切り出したものか、と思考の海を漂うこと数分。親友に言われたことを思い出した。
”いいか真由美。初心を思い出せ。お前達の関係を利用するんだ”
「(そうよ真由美。私と八くんの関係は?それを上手く活用して名前呼びを促すのよ!)は、八幡…その…ね?」
「うん?」
「他の皆は名前呼びなのに…どうして私は”姉さん”呼びなのかな…名前で呼んでほしいな、って…」
「?姉さんは姉さんだろ?なんで今さら名前呼びなんて…」
その回答に真由美は切れたベッドから立ち上がり煩くない程度に叫んだ。
「ちーがーうーの!!!!深雪さんや香澄ちゃん達は名前呼びなのはモヤモヤするのっ……私と八くんはもう”婚約者”なのに…ちょっとその…疎外感、壁を感じちゃって…それで…嫌だって思うから…」
立ち上がっていた真由美だったが次第に発した言葉が尻すぼみに声が小さくなっていきベッドにストン、と腰を掛けたのを見て八幡は頭を掻きながら説明した。
それが補足というなの蛇足であったが落ち込んでいる姉の気分を戻すのには十分な”理由”であった。
前者に関しては自分と深雪の関係を大っぴらに明かせないのもあったが嘘と真実を織り混ぜつつ今現在どういう風に姉に対する感想を述べる。
「深雪に関しては…まぁ、とも、だち?だし…香澄達は”妹ちゃん”って呼べないだろ?変だし…それにこ、婚約者になろうとも変わらないはず…姉さんは…姉さんだし。呼び方が変わったくらいで関係が変わる程浅い付き合いしてきたとは…思わないし。…それに姉さんは姉さんの方がしっくり来るし…名前呼びは…その恥ずかしい…ですよ?」
そっぽを向いて真由美を見ないようにしていたのは少し自分がニヤついている表情を見られたくない、という理由だったが真由美は違う意味で取ったらしく顔を真っ赤にしていた。
「……八幡」
「それにその八幡って呼ぶのやめてくれよ。姉さんからそうやって名前で呼ばれるの…壁を感じるみたいで俺あんまり好きじゃないんだよな?…それに…俺にとっての”姉”は…姉さんしかいないし。オンリーワンでナンバーワンしょ」
あ、俺的にポイント高い。
最後にとってつけたような理由だったが自分…真由美は八幡にとっては唯一の”姉”であると同時に…恥ずかしいが”婚約者”であるのだ。
それを聞いた真由美は心に曇っていた暗雲に切れ間が差したような感じがした。
「そっか……ねぇ八くん?」
真由美は八幡に隣に座るようにベッドをポフポフ、と叩いて促したそれをみて立ち上がりスペースを開けて隣に座るがそうはさせない、と言わんばかりに距離を詰め肩を寄せる。
「ちょ、姉さん…っ」
「なーに?普段から密着してるのに今さら慌てることじゃないでしょ?」
「そういう問題じゃねーんだが…」
あどけない笑みを浮かべる真由美の表情を間近で見せられた八幡は心がざわついた、がそれが何なのか未だ理解が及ばない。
今自分の動悸が早まっているのは突然近づかれて驚いているからだ、と言い聞かせた。
そんな八幡の心の葛藤を無視して真由美は肩に頭をのせると柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
なすがままにされるのは不本意だったが隣にいる”婚約者”がひどく嬉しそうなので意趣返し、と言うわけではないが八幡は真由美の耳元で精一杯のイケてる声で名前を囁いた。
「…真由美」
「はうあっ!?…うぅ~~~~~~ッ!!」
「ちょっ、痛い…痛いって姉さん」
「ばかばかばかばかッ」
一瞬にして顔を真っ赤にした真由美がわなわなと肩を震わせて八幡の胸板を叩く。
力が込められていないのでポカポカ、と効果音が付く感じのものだったが衝撃が伝わり止めようとするがなすがままになっていた。
「痛い、痛いから」
「うぅ~~~~~~ッ!!(なんだか負けた気分だけど………)…あっ」
「………(あ、ヤバイ…姉さん可愛すぎる…)」
「………////(八くん…凄く格好いい…)」
ポカポカ、と叩く握りこぶしをそっと八幡に止められてしまったが”握られて見つめられている”状況に真由美は顔を見上げて八幡をみてしまった。
八幡も真由美をみて互いに見つめ合って黙り込んでしまう。
「…姉さん」
「八くん…」
暫くの時間お互いに呼吸を感じながら部屋で手を取り見つめ合ったままだったが真由美が動き八幡の顔へ近づけようとしたその瞬間、端末の着信が入り”邪魔”されるまで続いていたという。
後日。
真由美の惚気に頭を抱える摩利であったが友人が楽しそうにしているのをみて強くは言えなかったのだった。