USNAカルフォニア州バークレーにある【
言うまでもなく彼も魔法師の卵でありその実力は同年代と比べればトップクラスであったが同USNA軍魔法部隊【スターズ】に入隊できるほどの実力はない。
彼の価値はもっと別の場所にあった。
USNAの情報機関より【七賢人】と呼ばれる組織の一人であるがレイモンドは直接の面識はない。
”組織”と呼ばれるだけで集団ではなく七名の個人であった。
彼らはUSNA軍が運用する全地球通信傍受システム【エシュロンⅢ】の内部に潜むハッキングシステム【
そもそもに置いて七賢人の名を使っているのは何を隠そうレイモンド本人でありその発端はそのアクセス権を手に入れUSNA軍に反政府組織の情報をリークしたことから始まっていた。
◆ ◆ ◆
レイモンドは知的好奇心が強い少年であった。
この”道具”はレイモンドにとっては最高の玩具であり彼の”知る”という嗜好に非常に合っていた。
覚えるのも好きだが未知のモノを覚えたい、という知的好奇心に溢れていたのだ。
いつものようにHMDを装着し【フリズスキャルブ】に大まかな知りたい情報を入力し情報の海を捌いていく。
投影されたVRの窓が開いて続々と検索された情報がピンナップのように表示された。
脳波アシストによって表示された”窓”をレイモンドは苦もなく処理していくのは暗記と速読が彼の得意技であり高速で処理されていくのは他に見ているものがいれば感嘆の声を上げていただろう。
「ん…」
今回レイモンドが調べていたのは「USNAの不祥事」という大雑把なものであったが掘れば出てくる湯水の如く、と言った感じで汚職や不倫、政治献金と言った週刊紙が食いつきそうなものばかりであったが速読を進める彼の目に止まったものがあり窓送りが止まった。
『兵器保管所から旧世代の携帯ミサイルが紛失した』というものだ。
本来であれば軍で保管している装備が紛失、となれば大問題となるが”廃棄予定の装備の数が変わるのは良くあること”だったのだ。
”魔法”という存在が現れてから副次作用で技術のブレイクスルーが発生して科学的に爆薬の威力が増大したため既存の威力を越える兵器が出来たため旧来の装備は廃棄、解体を待つ状態となっていたのだ。
それをみたレイモンドは舌舐めずりする。事件の匂いを感じ取った。
現実で起こる事件はレイモンドにとっては最高のショーであり事件が大きければ大きいほどその見ごたえもあって面白い…と考えていた。
彼は自分がスーパーマンでないことを自覚していた。一流の魔法師になることは出来るが”超一流の魔法師”ななることは出来ず世界を動かす魔法師にはなれないのを理解していた。
で、あるのならばヒーロー達が活躍するために少しだけ力を貸して一緒に冒険した気分を味わおう…日本の文化アーカイブで見たことのある仮面を被ったヒーローを思い出し自分はその協力者、そしてその活躍を見ている”視聴者になる”と決意していたのだ。フリズスキャルブがそれを可能にした。
(……まずは保管庫の保管状況を調べるか)
この情報をUSNA軍に渡すために動き出す。
【フリズスキャルブ】は大まかな情報を提示してくれるものの”答え”にたどり着くまでには自分で調べるしかない。
レイモンドは慣れた手付きで調査を始めるのだった。
◆ ◆ ◆
USNA軍の魔法師部隊総隊長であるアンジェリーナ・クドウ・シールズは久々の休日をショッピングに費やしていた。
今日も今日とてリーナはシルヴィアによって着せ替え人形にされていたが当人であるリーナは嫌がっておらず楽しんでいる。
魔法のセンスは非常に高いリーナであったがファッションセンスが壊滅的になっていた。
元より素材が良かっただけにそれは磨かれなかったのか、軍にいるために必要性を迫られなかったのか…が、最近はその意識改善がされていたようで”良く見て貰いたい”相手がいるからだろう。
その相手が”婚約者が出来た”と言うことを聞いて一瞬気を落としはしたが。
それはともかくとしてリーナは自分磨きの大量の戦利品を抱えて宿舎の自分の部屋に戻った。
此処のところシリウスとしての出勤はないが明日も厳しい訓練が待っているため良いリフレッシュになったとリーナは満足していた。
自室のワークステーションのイスに腰かけて指紋認証で鍵を掛けていたキャビネットを解除して扉を開いてアルバムを開くとそこには写真が収められていた。
「………」
そこには深雪や達也達第一高校の面々が写っている集合写真であり皆それぞれが思い思いの表情を浮かべていたがリーナの視線が一点に注がれたのは自分の隣に写っている半目になっている少年を見て写真を撫でた。
その表情はなんとも言いがたい表情であったが次に自室に届いたメールを開いた途端、その表情は焦りへと変化した。
届いたメールは通常のものではなく【特暗号メール】…秘匿性の高い暗号通信によるものでスターズの隊長であるリーナが受け取ることは珍しくはないのだがメールが私室に送られてくる事は今までなかったのだ。
緊急事態か…?と焦るリーナは暗号通信をツールを使って解除し文面化していくとその差出人の名前を見て呟いた。
「七賢人…?悪戯かなにかかしら…?」
リーナは七賢人から送られたメールをスクロールし内容を確認して行くと最初こそ関係の無い内容であったがその顛末を確認したことで驚きの声を上げてしまった。
「パラサイト事件の黒幕ですって!?」
リーナが本来日本に向かったのは二0九五年十月三十一日に半島南端を消し飛ばした戦略級魔法「グレート・ボム」と「ダークマター」の使用者を特定する為のモノであったがその直近でUSNAで発生した脱走兵が日本に潜伏している事が判明し処断しなくてはならなくなったのだ。
しかし、パラサイト発生は『事故』と聞かされ偶発的に発生したものであり当事者が死亡したことによって幕を閉じた…がそれが”何者かによって演出された”と言うことならばリーナに同胞殺しをさせたのはその者になる。
断じて許すことはできずリーナは思わず拳を握りしめていた。
最後に書いてあったのは『盗んだ携帯用ミサイルを使って日本でテロを起こそうとしている』と言うことに再び叫んでしまった。
正体も定かではない相手からのメールだ。
七賢人は愉快犯的な気質があるのを聞かされていた。
しかし、リーナは昨年の【パラサイト事変】の終盤に情報提供を受けて事件を解決した。
信じるべき理由はなかったがリーナは信じたのだ。
今回もそれと同じで信じるべき理由はなかったが信じたのは”自分がそうしなければ”と思っていたからだ。
笑い者にされても、振り回されても、徒労だったとしてもリーナは最悪の事態を避けたかった。
USNAの装備でテロが発生してしまった場合友好国である日本と戦争状態に突入してしまう可能性がある。
国力を比べればそう簡単に戦争に突入することはあり得ない…がそれは”通常兵器”と言う点であり向こうは未知の戦略級魔法師二名が前線に出てくる可能性があるのだ。
太平洋を越えて此方にその銃口が向けられる…リーナもシリウスとしてその矢面に立たねばならない…と最悪の事態を想定すると同時に脳裏に初恋の少年の顔を浮かべる。
自分の手であの国を焼くのは嫌だった…だからこそ動かねばならぬと。
「…………」
リーナは再びメールの内容を確認すると黒幕とされるジード・ヘイグとされる人物は既にUSNAを脱出し日本へ向かっていると言うこと。国外に既に出ているヘイグと違ってリーナは簡単に国外に出ることは出来ない。
リーナは自分が国外で活動できる口添えをしてくれる少ない”味方”へ相談することにした。
急いで着替え始めるのだった。
◆ ◆ ◆
リーナが口添えしてくれる”味方”と通話をしている時東洋人にしては浅黒く実年齢が齢九十を越えているにも関わらずシミ・シワが無い男…これまで八幡達が関わってきた様々な事件の黒幕であるジードヘイグこと顧傑は海の上にいた。
彼は先日までUSNAの西海岸に住んでいたが国籍は持っていない。無国籍の難民扱いだった。
彼の祖国は大漢でありそしてあの四葉に『アンタッチャブル』の異名を受け付けた因縁深い場所である崑崙方院所属の魔法師であった。
彼は古式魔法師であったが崑崙方院内部でも古式魔法師と現代魔法師の権力闘争…資金巡り、方針、人事のイニシアチブが激化してやがて破局を向かえた。
権力闘争は現代魔法師が勝利して古式魔法師であった顧傑は周公勤含む弟子達と共に北米に逃れた彼らであったが本来崑崙方院を滅亡まで追いやった四葉に対する憎悪は無い筈だったのだ。
逆に感謝ほどすればあの自分達を追いやった崑崙方院の現代魔法師達を一掃してくれた「敵の敵」と言うべき存在なのだが顧傑は日本魔法界を崩壊させるための復讐のターゲットとして定めたのは四葉が”自分達が倒すべきだった崑崙方院の現代魔法師を滅ぼした”という復讐の機会を奪われたことに起因しているのかもしれないが定かではない。
彼は逃げ延びた先で亡命者達と共に犯罪ネットワークを作り上げて復讐のための力を蓄えてきたが去年の十月にその腹心である周公勤が倒されたことで今まで黒幕として徹していたがついに前線に出なくてはならなくなったは追い詰められたからだ。
彼が支援してきた反魔法国際政治団体『ブランシュ』は各政府の締め付けにより弱体化が著しく日本支部に至っては壊滅状態になっており彼が首領の後ろ盾として君臨していた国際シンジゲート【無頭竜】は日本及びUSNAの情報工作機関の共同作戦によって壊滅した。
そして最後に残り日本での彼の代理人として活動していた周公勤も日本で死亡により動かせる駒が無くなり自ら動くより手が無くなってしまったのだ。
そして顧傑が新たに復讐のリストに加えたのは同じく十師族の”七草”であった。
彼からしてみれば”七草”は少し優秀なだけで”四葉”に比べれば危険度はかなり低い一族であったが認識が変化したのは横浜事変の際であり一人の少年が悉く彼の手駒を破壊していく。
七草八幡という存在を。
彼の手駒が壊滅するのに全て関わっているのは八幡であり怒りを向けるには十分すぎる程の被害を被っていた。
顧傑は八幡が『黒衣の執行者』であることを知らないが代理人である周公勤を殺害したことを知らされると八幡…”七草”と”四葉”を葬らねばならない、と怨念に突き動かされるように動き始めたが手駒を失っている状態では一から自ら動かなければならなかったが周公勤が死亡したのは十月であったが彼がロサンゼルスを発ったのは一月半ばだったのはすぐに動けなかったと、すぐさま報復をと思った顧傑だったが”より効果的な舞台を狙った結果”だったからだ。
彼も今回失敗すればもう後がない、と言うことを自覚していてだからこそ”障害となる七草八幡という少年を排除しなくてはならない”と考えていた。
その事を考えていると手駒にしたタンカーの船長が彼に話しかけていた。
日本まで渡航した”報酬”として作り出した『不老長寿』の秘術を受けることに感謝を示していたがそれをいた顧傑は内心で嘲笑っていた。
「そんなものなどありはしないのに」と。
彼が作り出した【不老長寿】の魔法は”見掛けだけの不老”を付与するだけであり”寿命を長らえさせる”能力はないのだから。
彼が若い見た目なのはその魔法のお陰であり長寿であるのは元よりの体質があったからだ。
今話しかけてきている船長は魔法師ではない普通の人間…そのものがその秘術を受けたら?答えは既に、彼が崑崙方院から追放されたときに答えは出ていた。”若さを保ったまま半年以内には死亡する”ということを。
「明日から忙しくなる」
「陸の上でもお役に立ちますよ。何なりとお申し付け下さい大人。」
顧傑の呟きになにも知らない船長は恭しく頭を下げるのだった。
◆ ◆ ◆
リーナから「廃棄予定の我が軍のミサイルを用いて日本でテロが敢行されようとしている」との報告を受けると同時に「私を日本へ向かわせてください」という”協力”を受け直属の上司であるバランス大佐は「一晩時間をくれ」と答えたがその後の行動は早かった。
オフィスから日帰り出張の手配を終えてからデスクワークを終わらせて帰宅し自宅の”私的なPC”を起動させてメールを送る。
このPCは七草八幡から渡されたもので秘匿回線が搭載されておりUSNA情報部でも解析できないモノであり複製も出来ないブラックボックスであった。
宛先は八幡であり送る内容はリーナの報告とあったものと同じで盗まれた携行ミサイルで日本国内でテロを画策していること、その首謀者が崑崙方院の生き残りであるジード・ヘイグであり日本に向かっている事をメールで簡潔につたえ食事を取っている最中にメールが送られてきて文面的には情報提供に感謝すると言った内容であった。
バランスにとっては同盟相手にとっての義理を果たしたという意味ではアリバイ作りが必要だった。
”シリウス少佐が入手した別の密告について知らせるわけにはいかない”と。
八幡に対してバランス”内情を全て記載した訳ではない”のである意味では不義理だろうが全てをさらけ出して国益を損なうのは望むところではなかった。
「あれはUSNA内部のスキャンダルに関わる事だ。」
◆ ◆ ◆
「ん……これは…っ」
八幡がメールを受け取ったのは教室で授業の準備を進めている際だった。
時間も時間のため登校する生徒も疎らであったため後ろを気にしながらメールの内容を流し読みだがそのような文面が記載されていた。
この内容を他生徒に見られるわけには行かないので立ち上がって登校したばかりではあったが誰に告げること無く風紀委員本部に移動し
「崑崙方院の生き残り…【無頭竜】の裏首領ジード・ヘイグまたの名を顧傑…そいつがUSNAの兵器保管庫から旧世代のミサイル装備を奪って日本でテロを画策…か」
そのメールはUSNAのバランス大佐より送られたものであり詳細が記載されていたがその文面を見て八幡は疑問を覚えていた。
(ジード・ヘイグが動いたというのは確かに関係各所は騒ぎ立てるだろうが…たかだか旧暦の廃棄が確定していたミサイル装備群程度でテロを引き起こせるものか…?)
メールの文面を見てそう思案した八幡だったが考えていると別方面でそれが可能であることを思い付いた。
(横浜事変のように大規模な艦隊…軍隊を動員して運用か?それなら可能だと思うが…)
が、そこまで思い付いたが当時の状況とジード・ヘイグが動き出した理由を符合して”あり得ない”と一蹴した。
(黒幕が自ら出てくる…ってことは”もう後がない”ってのと”使える駒がない”ってことだからな…佐織達に調べさせたが周公勤はヘイグの日本で活動するための”代理人”…俺が”消してしまった”からな…それにミサイルを運用…効果的に
使うのなら偽装艦のバックアップが必要だな…)
が、何故彼らが廃棄ミサイル…高性能爆薬を充填した装備をくすねたのかを考えるとその理由を自分の中で組み立てていく。
(廃棄されたミサイル群装備…弾頭にはブレイクスルーしたとは言え群発戦争時に使われていた高性能炸薬が充填されている…それも数十発以上…奴らは発射装置を使わずに”爆弾として”利用するつもりか?であれば合点が行く…奴らはゲリラ的なテロじゃなくて…自爆テロを引き起こそうとしてる…?)
そこまで想像して結論付けた。
「…魔法師も人間だ。普通にすれ違ったタイミングで爆発されたら障壁は意味は無いし死ぬ。爆発物を探し当てる探知系の魔法を使える魔法師も少ないしな…俺とか達也みたいな”眼”があれば対抗は出来るだろうけど…無理だな。」
全員が自分と同じような対抗手段を取れるわけ無いか、と掛けている背もたれにもたれ掛かり上を見上げる。
が、今回の動きを自分なりに想像してみたが八幡は頭を悩ませる。
”何故、このタイミングで顧傑が動きだしたのだ?”ということを。
(…動き出したのにも理由があるはずだ…先ほど仮定した”手駒がない””後先構っていられない”…があるのなら四葉…ひいては日本魔法界に対して”嫌がらせ”…つまりは最大限のダメージを与えるために動いている筈…一体何を狙って今、日本に来ている…?)
八幡の脳裏に二つの答えが浮かんだが一つ目の理由に”其れはない”と否定し排除する。
一つは八幡が次期七草家当主となって深雪も次期四葉当主として据えられた上での”婚約発表”…二人は婚約者でありこれ嘗ての崑崙方院の惨劇の焼き直し、即ち”復讐”を再現しようとしている…と考えたが八幡と深雪、そして達也を相手取ろうとするのに廃棄ミサイル程度でどうも出来る筈もなくそれこそ【空想虚無】や【マテリアルバースト】によって消滅させられる可能性が高く博打過ぎるのだ。旨味もない…それこそ破れかぶれの”無駄死”になるだろう。
そしてもう一つ八幡の脳裏に浮かんだのは来月、二月の上旬に行われる師族会議が控えており特に二日目には四年に一度の十師族選出会議があるのだ。
衆議院選挙や市議会選挙のように大々的に行われるものではないが二十八家は選定会議を潤滑に進めるために根回し、裏工作、他家の粗探しをしている。
七草、四葉は長い間十師族として君臨してきたが地位に甘んじて胡座をかく、といったことは出来ず十師族の特権と言うものは決して無視できないモノであり両家は裏工作に非常にマンパワーを多く割いていた。
裏工作、という意味では人の数が多い七草家が得意とすることだが…それは一先ずおいておくとしてそれも八幡は理由として除外した。
理由としては簡単。師族会議の場所、時間、開催日時というものは十師族、師補十八家の当主にのみ秘匿回線で伝えられるからだ。
その秘匿回線も日本の情報部でさえ嗅ぎ付けることは難しい…というのを弘一から聞かされていた為だ。
(……)
思い付いた線が外れたことでどの理由なのか、と想像したが答えは出てこない。
八幡は思考を一旦停止してこの情報を”どう提供するべきか”にシフトさせた。
(俺がスターズのバランス大佐と裏で繋がっている…とバレたら少々厄介だからな…十師族のコミュニティにそれとなく流して…達也達にはそれとなく伝えておかないと不味いか?だけどなぁ…)
八幡は達也が国防軍と繋がっている事を知っていたし其れを上官に報告する光景が見えなかったが”七草家の次期当主が『友好国』であるスターズのバランス大佐と知り合い”というのは外聞が悪かった。
(…こういうところで”立場”が足を引っ張るのか…めんどくせぇ…)
自分の立場が今まで以上にがんじがらめになっていることに気がついて八幡は自嘲する。
一先ずの”噂”の流布をどうするかの考えをし始めた。
結局二限目までサボってしまったので昼食時に顔を出すと深雪に叱られ真夜に呆れられしまい苦笑いを浮かべるしかなかった。
…その時自分が想像していた【顧傑が動き出した理由】が当たらずも遠からず、と”的中”していたことに後悔するしかなかった。
◆ ◆ ◆
顧傑を乗せた貨物船は追撃を受けること無く横須賀の湾口に入港した。
上陸した顧傑は早速”人を集めた”…といっても港に入港する前に完了していた。
彼は無頭竜の黒幕としてのノウハウとルートを使い質を問わなければ数を集めることは出来る。
どの時代、豊かな国にも食い詰め者は存在している。
襲撃するターゲット達の居場所は既に割れていた。
(スーパーハッキングツール【フリズスキャルブ】は便利だ…関係者以外には秘密にされているターゲットの居場所も簡単に調べられる。)
フリズスキャルブの情報収集能力は全世界にも及びネットワークに記載された情報は調べられないことはない。
複雑に暗号化された文章もフリズスキャルブは解読して見せる。
原理的に解読不可能な量子暗号通信ですらも「傍受することはできない」と大前提を覆してしまうのだ。
これを手にした顧傑は誰がどのような目的で作ったのかを調べるために毒にも薬にもならない調べモノでこのシステムの本質を暴き出そうとするとそれは直ぐ様判明した。
フリズスキャルブを使って調べた情報は履歴としてシステムに残り同じくフリズスキャルブを使う者達に”調べられてしまう”ということだ。
自分が何を調べたのか、システムの提供者に知られてしまうがフリズスキャルブのオペレーター七名はその身元が分からないことになっていたが其れを信じるほど顧傑はお気楽な性格ではなかった。
が、其れを加味してもフリズスキャルブという”スーパー”ハッキングツールの能力は非常に魅力的であり使うことに躊躇いを覚えなくなっていた。
今回顧傑が懸念する問題は十師族が会議で使用するホテルの場所を調べたことでその履歴から師族会議襲撃を気取られないかという不安点があった。
もし仮にフリズスキャルブのオペレーターが十師族の中にいるとすると”妨害”されてしまう可能性があったが其れを考慮して十分に奇襲を掛けられる人数を用意したのだ。
(しかしーーー。)
貨物船から降りた顧傑はコンテナに近づいてその鋼鉄製の扉を開く。
中には数十名の”生気を失った人間達”が規則正しく整列していた。その見た目は”ゾンビ”といっても差し支えないだろう
(これだけの数を揃えれば仮に待ち伏せを受けたとしても目的を達することが出来るだろう…)
彼の目的は十師族を暗殺することではない。
十師族を…崑崙方院を滅ぼした四葉を”社会的に抹殺すること”…続けざまにそれに付随する自分に煮え湯を飲ませ続けた七草八幡を殺すことが彼の目的であった。
◆ ◆ ◆
先日の一件から通常の訓練に励んでいたリーナであったが突如として”中止”を言い渡されると同時に基地司令部に出頭するように副官であるカノープスと共に向かうとバランスが待ち構えていた。
突然の対面に驚くリーナであったが促され入室し敬礼をして「楽にして座れ」と指示され対面した。
バランスの口からは先日リーナが報告した『ジード・ヘイグが日本でテロを画策している』という記述を元にリーナ本人が『日本へ向かわせてください』という回答であった。
が、その回答はリーナが想像していた通りのものであり其れを飲み込んだが次の言葉には思わず反論をするべく立ち上がってしまっていた。
『貴官が日本に対して過度なシンパシィを懐いているのではないか、と危惧している。其れを加味して少佐が日本へ亡命するのではないか、というのが統合参謀本部が疑心暗鬼になっている』というものだった。
それに対してリーナは声を荒げるがバランスは其れを宥めて座らせる。
「分かっている。少佐が忠誠心を持っていることを私は疑っていない。だが少佐は日系人であり未だ十七歳の少女、ということで軍内部の人間の中には其れを疑うものもいるのだ…全くもって愚かしい、と言わざるを得ないが…その様な者に付け入る隙を与えない、という意味では少佐を動かすわけには行かない。未だに世界で緊張状態が続いている状態で少佐を外へ出すことは出来ない。少佐が我が軍の切り札なのだ。…分かってくれるな?」
目の前が赤くなるような錯覚を覚えたリーナだったが彼女は訓練された魔法師であるので逆上して目の前が見えなくなるほど愚かではないし幼くもない。自らに言い聞かせるのと同時にバランスが告げた言葉に正当性を感じて心の内に溢れだしそうな感情を押し込めて模範的な軍人を演じることにした。バランスの言葉も自分を案じてくれている、と理解したためだ。
「…さて、シリウス少佐を日本へ派遣するわけには行かない。だが、今回の事案は放置できる事態でないことも確かだ。そこで、だ。今回の事態はカノープス少佐に赴いてもらうことになる。其れで良いなシリウス少佐。」
「……分かりました。別命あるまで小官は待機いたします。」
リーナは心の中の自分が行きたい、という想いが再燃しそうだったのを押し込めて敬礼しバランスより「下がって良い」と言い渡されて基地内部の士官室へ戻ったが訓練が予定から消えてしまったためそのまま私室へ帰宅した。
リーナが戻っているその時。
基地司令室ではバランスとカノープス…ベンジャミン・ロウズ少佐が”今回の作戦の裏側”の聞いていた。
それにはUSNAの国政内情が関わっており一介の軍人に扱うには大きすぎるものであったがバランスが告げたモノが判断として正しいものかもしれない。
今回の事態は魔法師排斥の気配を国外…日本内部で爆発させて気をそらせるためのものだと。
そのために魔法師に狙いを定めて”運悪く通りかかった一般人が巻き込まれてしまい”…と市民を見殺しにした魔法師に対して非難させるためのモノだと。
”自国の保管庫から奪われた装備がテロリストの手に渡ってテロを引き起こされた”のと”紛失した兵器がブローカーを通してテロリストに渡る”のとでは意味合いが異なってくる。
それに関わるテロの前後に関わらずジードヘイグを抹殺しなくてはならない。ヘイグを日本人に渡してはならないというものだった。
その判断にベンジャミンは感謝した。
皮肉ではなく本心でリーナには血生臭い陰鬱な仕事をさせたくなかったのは彼にもリーナに年齢の近い娘がおりそれと重ねていたのだった。