「あなた、最近楽しそうですね、何かいいことでもあったんですか?」
仕事続きの日々を送っていたが、今日は久しぶりに妻とテラスでティータイムを楽しむ余裕が出来た。淹れてくれた紅茶を飲んでいただけなんだが、何がそんなに楽しそうに見えたのだろう。
「わかりますよ、最近のあなたったら、仕事の資料を見つめながら時折、楽しそうな顔してましたよ。そんなにお仕事が楽しいんですか?」
微笑みながら私の顔を見る妻。確かにここ最近は、仕事に自然と熱も入ってるが、そのせいであまり家族サービスも出来ていない。少し申し訳ない気持ちになる。だが、今の仕事にはやりがいを感じているのだ。
「前も少し話したがね、軍の中でも派閥争いが熱を帯びてね、上手くバランスを取るのに頭を悩ませてるよ。それに優秀な若者たちが大総統の椅子を狙ってる。この歳になってもうかうかしてられないと思わされるよ」
「あら、若者が自分の未来を思い、国のために上を目指す、いいことじゃありませんか。あなたもそろそろ引退を視野に入れて後継者でも育てたらどうですか?」
「なんのなんの、私に正面からぶつかって勝たない限り、そうそう大総統の座は譲る気はない、それにもうしばらくは君に、大総統夫人として私のことを近くで見ていて欲しいからな」
「もう、あなたったら、私とセリムは大総統じゃなくたって、おそばにずっといますよ」
妻の言う通り、最近の私は楽しんでるのだろう。ショウ・タッカーという大して成果を求めてなかった国家錬金術師が、マスタング大佐の後ろ盾を得て、ここ数年で結果を出してきた。おかげでマスタングの発言力が伸び、対大総統派閥として頭角を現してきた。そのため何も知らない派閥の者たちのなかには、次期大総統として彼を推そうとしたり、反対に蹴落とそうと躍起になっている。そのせいで互いのバランスを取るために私がうまく二者間を行き来しなければならない状況だ。しかしそれも悪くないと思えるほど、今の自分は充実している。
『約束の日』も近い、リオールの暴動も成功し、国土錬成陣に必要な血の紋を刻むのも、北のブリッグズを残すのみ。軍が違法に行っている研究も順調で、ある程度の賢者の石も確保済み。エドワード・エルリックも人柱として優秀だが、この前見た感じだと弟のアルフォンスも一つ扉を開けたら人柱候補になりうるやもしれん。
すべてが順調だ。『お父様』がこの国を建国した時からの計画は、後数カ月で実を結ぼうとしている。その時には私の存在意義も、そしてこの偽りの家族もすべてが無に帰るのだろう。だが、レールの終着点が決まってるからと言って、その過程を楽しめないわけではない。
「あぁ、優秀な若者の相手をするのが思いのほか楽しくてな、それに最近ではセリムも私のために協力すると言ってくれてね。家族に支えられながらまだまだ現役で頑張れるんだ。大総統の地位も思いのほか楽しいものだ」
今まで私が大総統になるまでにはホムンクルスの、兄弟たちの力添えがあり続けた。戦略的観点から現場を指揮してきたラスト、不穏分子の抹消をし続けたグラトニー、変身し諜報から暗殺まで出来るエンヴィー。そして、最古のホムンクルスにして我らが兄、プライド。
「お父さんは今度は南部に視察に行かれるんですよね。いいなぁ、僕も早くお父さんのお役に立ちたいです!」
「ははっ、いつかセリムにも協力してもらうさ、その日までは私が頑張らねばならんな」
「はい、一日でも早くお父さんを支えれるようになります、それまで頑張ってくださいね。応援してます」
かつてはどこにいても兄弟たちの影が付いて回った。しかし、今は違う。反大総統派のマスタングが勢力を伸ばしてきたとき、貴重な人柱候補である彼を消すことはお父様が望まなかった。コントロールする必要があった。そんな時に合法的に彼らと対面できるのは私しかいなかったのだ。
ホムンクルスのラースとしてではなく、大総統キング・ブラッドレイとして、国の改革を願う人間に、国を率いるトップとして戦うことが出来る。レールの上の人生だが、私が選び、選択し、彼らと戦うことが出来る。
ひとまずヒューズ中佐は放置するしかなかろう。私の耳に情報が入って来た時にはすでに国外に逃亡した後だったし、今更追うことに人手は割けん。マスタング大佐はすでに国土錬成陣に気付いているようだが、今のままではなにも出来まい。ひとまずセントラルに配属して懐で監視するか。恐らく信頼できる部下たちを連れてくることをグラマンに頼むであろうが、その中から最もつながりが深いものを見つけねばならん。人体錬成に繋がるような者をな。
タッカーも恐らくセントラルに落ち着くに違いない、守るものが多いとマスタングも動きにくくなるだろう。まったく兄の雑な仕事の処理も末っ子の仕事か。
「あなたが連れてきてくれた合成獣のおかげで、私も安心して家事が出来るのよ。ほら、近くに車が来ないかどうかちゃんと見てくれるし、あの時は本当に助かったわ」
戦う相手が作り出した成果を確認しようと、無理を言って入手したペット用合成獣。車に轢かれそうになった時にいち早く警告し、そのおかげで妻と息子が事故に遭わずに済んだ。
「もちろんそれには感謝してる、だが、仕事で手心は加えんよ。最近では日々の鍛錬にも熱が籠ってしまってね、そうやすやすと世代交代はさせないさ」
せいぜい抗って見せろ、人間どもよ。
「そうそう、先日『鋼の錬金術師』の見舞に行ってな、そこで合成獣を作り出した『綴命の錬金術師』にも会ったぞ」
「あなたったら、どうせまた部下の人たちに内緒で行ったんでしょ?だめですよ、お仕事中なのに困らせたら」
「むむっ、これはまいったな、なんでも御見通しか」
「何十年あなたを見てきたと思ってるんですか、それくらいわかりますよ」
レールの上から眺めていた景色に彼女はいた。そして、いつの間にか私と同じ景色を見る側に回ってくれた。私が選んだ女だ。
「何を話したかまではわかるまい、私の伴侶が助かったと伝えたついでに少々のろけ話をね。堅物の独裁者というイメージの私がそんなこと言うと驚いていてな、ついつい君にビンタされた話までしてしまったよ」
「もう、何十年前の話をしてるんですか!本当に、いつまでたってもデリカシーを覚えないんだから」
結婚して以来だな、こんな気分を再び味わえるのは。この目をもってしても見通せないものがあるというのも中々楽しいものだ。
さぁ、マスタング。真実を知ったくらいでは私は倒せないぞ。どれ、ラストとグラトニーには注意するように伝えておくかな。マスタングは手ごわい男だ。足をすくわれないように。
『キング・ブラッドレイ』
軍の派閥でマスタング派が大きくなり、その影響で派閥争いが激化。バランスを取るために全権を取って行動するホムンクルス。
今までは他のホムンクルスの協力体制の下、整えられたレールを走るだけだったが、人柱候補であるマスタングを直接的に排除することが出来ないので、軍人としての肩書を持つブラッドレイが直接考え、彼を抑え込む役目になった。
方向性と期限を決められてはいるが、結婚相手を選んだ時以来の、人生第二の選択権が巡って来た。
そのため、どうやってお父様の計画を邪魔にならないように軍を管理するかに頭を悩ませる。
本人は悩みながらも楽しい仕事が出来ている。そのせいで日々が充実し、原作よりも手ごわくなっている。お父様が直接どうしろと言わないだけなので、実は他のホムンクルスたちに情報を提供したり、協力を要請などが原作よりも密にされている。
原作での、最強の目を持つホムンクルス『憤怒のラース』としてではなく、軍の独裁者、そして、多くの兄弟を持つ末っ子、妻のよき伴侶、子供の父親として成長する経験を得た。
強くなるとは、単純な技術や戦力の増強ではなく、限界を超えて成長し続ける人の歩みである。それは誰しも平等に与えられる可能性なのだ。