「ずいぶん粘ったみたいだけど、そろそろおしまいかしらね」
「うるせぇ、まだまだ切り足りねぇよ!」
再生能力により傷が塞がるラスト、一方であちこちから出血をしているバリーの表情には焦りが見えていた。致命傷は受けていないがそれでも少なくない血を流している。鎧の頃と違い今の体はいわば生きた鎧。血を流し続ければ動きが鈍くなるし、生きているせいで動けば動くほど体に疲労が蓄積する。最初の頃のような動きはもうできない。
一方ラストも少なくはない賢者の石を使わされた。それでも限界は長く遠く、最初は主導権を握られていたが今では完全に立場を逆転させている。このまま戦いを続けていけばやがてその差は開く一方だろう。
何よりもこの戦いで真っ先に悲鳴を上げたのはバリーが持つ武器だった。ラストの鋭利な爪に何度も斬りつけられたことで刃こぼれを起こしており、今や辛うじて刃物の形を残しているに過ぎない。致命的な攻撃をすべて見切り、最も攻撃の薄い部分を受け止めているが、最強の矛だけではなく、その使い手として一つ上のステージに上りつつあるラストの攻撃を防ぎ続けるのにも限界があるのだ。
既に満身創痍なバリーは肩を大きく上下させながら荒い呼吸を繰り返している。鎧の時ではありえなかった現象。生きた鎧がここまで消耗することが異常事態なのだ。
「ほら、せっかくそんな可愛らしい顔になったんだから、悲鳴の一つでもあげて見たら?騎士様が助けに来てくれるかもしれないわよ」
ついにラストの爪の一本が体を貫通しそのまま距離を詰められてしまう。体に食い込んだ矛は逃げ道を塞ぐように体と後ろの建物の壁に深く突き刺さされ固定されている。下手に引き抜こうとすればより深くえぐり取られてしまうことだろう。
「はぁはぁ、ったくこんだけ切ってもまだ賢者の石ってのは無くならねぇのかよ、もっとそれがあれば俺の体も強化出来たってのによ」
「あら、こっち側に帰ってくる?でもだめよ、使い道のない欠陥品に用なんてないから」
二人の距離は幾ばくも無い、後少し近づいたら体を抱きしめられるだろう。
「冗談きついぜ、誰がおめぇらなんかに協力するかよ。でもさっきの冗談は面白そうだな、こんな美女がピンチになったら騎士様が出てくるってのは物語の常套句だよな、良いぜ、気に入った」
「あら?あなたたちに王子様なんて役柄の人間いたかしら?」
「いるんだなぁこれが、鎧の騎士様って奴がよぉ。今だアルフォンス!」
バリーの背後の建物から無数の拳が錬成され、ラストへ向かって一斉に放たれる。バリーを拘束していた爪を一瞬で引き抜き迎撃に当たるラスト。それを見たアルフォンスは驚きを隠せない。それは彼が見たホムンクルスたちの戦い方とは違う。能力頼りの力任せではなく、一撃一撃が鋭く、そして速い。今までの対峙した敵の中で一番と言っていいほどの精度を持った連撃であった。
「おおっと!」
「俺たちも忘れてもらっちゃ困るぜ」
ジェルソとザンパノが唾液と棘を斜め後方から飛ばす。それを察知したラストは回避行動に移るが、僅かに反応が遅れ、棘で頬を切り裂かれる。だがそれも致命傷には程遠い。反撃を行おうとするが、目の前にいたはずのバリーがいないことに気が付く。
「ひゃひゃひゃ、これが正真正銘最後の一撃だ!」
上空から落下してくる巨大な包丁を両手で握りしめ、バリーはそれを渾身の力を込めて振り下ろす。咄嵯に身をかわそうとするラストだったが、その速度を上回る速度で迫った剣先が彼女の左肩を深々と貫いていた。鮮血が舞い散り、痛みに顔をしかめるラスト。しかし彼女は余裕を崩さない。
「あらあら、こんなに集まってきちゃって、そろそろ潮時ね」
自らの胸元へ向かって先ほど同じように居合の構えを指先でする。すると大きな血しぶきが溢れ出ると、ラストの体は崩れ去ってしまう。
「おい、自決しやがったのか!?」
「ちげぇよ、核になってる賢者の石を飛ばして逃げやがったんだ。あの野郎、嫌なこと思い出させるぜ」
ジェルソにバリーが答える。あの日影が賢者の石をはじいて飛ばし、体を再構築し逃げる時間を稼いだ。まさか自分一人で同じことをやってのけるとは。
「酷い出血だ、いったんみんなのところに戻ろう」
アルフォンスがバリーを抱きかかえると村に戻って仲間たちと合流する。ラストは逃がしたが、グラトニーは倒し、エンヴィーは無力化したうえで生け捕りにできた。今日初めてホムンクルスに人間が痛手を与えることが出来たのだ。この日の夜、皆が久しぶりに暖かい気分になれたのは、晩に食べたスープの影響だけではないのだろう。
「そこでこのヨキ様が、颯爽とホムンクルスに一撃を食らわせてやったのよ、ヒック」
「おいおい、飲み過ぎだぞ、おめぇが一番損傷してねぇんだから少しは遠慮しろ」
「さぁさぁ、傷の旦那も今日くらいは飲みましょう、目出度い時くらい飲まなきゃいけませんよ!」
酔っぱらうヨキをたしなめるジェルソ、それでも陽気なヨキはスカーに酒を進める。スカーも口数は多くないがコップに酒を注がれ口に運んでいる。怪我人は多かったものの死者はゼロ、一番の重傷者のバリーもタッカーとマルコーの二人の専門家のおかげで、夜には動き回れるくらいに回復している。
「しかしマーゴットさんむちゃくちゃ強いんですね、ビックリしましたよ、どうせなら俺も改造されるならタッカーさんにしてもらいたかったぜ」
「こらこら、私は人間を改造なんて基本したくないんだから、今度君を弄る時は元に戻せるときだといいね」
「ははっ、元に戻す時は私も微力ながら協力させてもらうよ、マーゴット君、傷の具合はどうだね」
ザンパノもほろ酔い気分で、楽し気にタッカーに話しかける。マルコーはやはり医師として治療したマーゴットが気になるようで。
「えぇ、もう大丈夫ですよ、体に刺さった爪の位置があと少しずれてたらと思うとぞっとしますね」
「そうそう、心臓の近くに刻印があるんだから、あんまり無茶しちゃだめだよ、それにあんなに血が出てたら動けなくなるんだし、今回みたいに助けられるかなんて今後はわからないんだからね」
「その時もアルフォンス君がいれば大丈夫でしょ、今日だって見事な騎士っぷりでしたよ」
アルフォンスとマーゴットが軽口を叩きあう。二人は飲食が出来ないため、同じ席に座り何気ない会話を楽しんでいるのだ。自然と二人の席は隣同士だし、会話の数も多い。それをじっと見つめるメイにウィンリィが声を掛ける。
「あれ、どうしたのメイちゃん?」
「なんカ、アルフォンス様とマーゴットさん怪しいデス。あんなに近づいテ、それにアルフォンス様が全然緊張しないで自然に楽しそうにおしゃべりしてマス」
元々同じように鎧に魂を錬成した同士で合ったし、元の体に戻る可能性を自ら捨て、同じ敵と戦うバリーにアルフォンスなりに思うところがあるからこその親近感なのだが、メイからすると、自分の憧れの人が違う女と楽しそうに話してる姿。
「それにマーゴットさんを運んで来た時モ、バリーってあだ名で呼んでましタ、もしかしてアルフォンス様もマーゴットさんが好きなんじゃ……」
無論、そんなことは全然ない、全部メイの一人相撲なのだが、恋する乙女の妄想は止まらない。
「マーゴットさんハ、アルフォンス様とどういったご関係なのですカ?」
意を決して恋敵に直接問いただす戦う乙女メイ。バリーはその雰囲気からメイの気持ちを察してにやりと笑みを浮かべ、いたずら心に火を付ける。
「そうですね、初めて出会ったのは月夜の晩でしょうか。アルフォンス君たら強引に私の腕を引き寄せて……」
「ええッ!アルフォンス様がそんなことヲ!」
「違うよ!いや腕を掴んだのは本当だけど、その時は襲われたわけで……」
「マーゴットさんからアルフォンスを襲ったのですカ!やっぱりマーゴットさんもアルフォンスさんを……強力なライバルの出現デス」
一人盛り上がるメイに、バリーは笑いをこらえきれず吹き出しそうになる。その横ではアルフォンスが必死に誤解を解こうとするが、それをバリーがまだまだ煽る。
「戦いのときも颯爽と駆けつけてくれて、私を守ってくれたのよ。それにずっと私のことを心配してくれて、立てなくなった私を抱きしめて、ずっと、大丈夫か?僕がすぐに何とかするからねって言い続けてくれたのよ」
「まぁ確かに一番最初にマーゴットさんを助けに行ったし、その後もずっとホムンクルスから守ってたよな」
「運ぶ時もずっと心配して体のこと聞いてたし、案外お前も意識してんじゃないか、まぁこれだけの美人だから気持ちはわかるけどよ」
悪乗りするバリーに、酒を飲んで久しぶりに楽しい時間を味わうジェルソとザンパノも乗っかってくる。もっともこの二人はマーゴットの元の姿も性別も知らず、一緒に戦った真面目な少年をからかってやろうと面白がっているだけなのだが。
「ちょっとバリー!ちがうんだよメイ、この人はね」
「今だってアル君だけは私のことをバリーって愛称で呼んでくれるのよ、すっかり相思相愛なのね私たち」
「うわわぁあああンン!アル様の浮気者ぉオオ!」
「違うよメイ、僕とバリーはそんな関係じゃなくて」
「また愛称で呼んでますゥゥウ!」
「だから違うって!なんで僕二股かけてる男みたいになってるのおぉ!」
久しぶりに息抜きをする一同。誰もが地位も立場も違う中、戦いを得て一つ屋根の下で共に勝利を噛み締める、お互いの距離はぐっと縮まったようだ。
ちなみにメイは最終的にはマーゴットからアルフォンスを奪い取る略奪宣言をし、マーゴットをライバルとして戦うことを決意。そんな気はさらさらないのだが面白そうなので受けるバリー。間に挟まれどうしようもなくなったアルフォンスは、基地内でエドが味わったマーゴット絡みの面倒くささをその身で味わうことになったのだ。
『バリーの正体を知ってる度合い』
全部知ってる
タッカー アルフォンス
元は男性で魂を再錬成して今の体になったと知っている
ウィンリィ マルコー
元が男性だと知らない
メイ ジェルソ ザンパノ スカー ヨキ
『ラストの緊急脱出』
居合をみねうちの要領で賢者の石に当て、遠くへ吹き飛ばし戦線を離脱する力技。勿論いくばくか賢者の石を消耗するし、再生速度を考えたらすぐに戦線に復帰できないが、逃げるだけなら中々使える技。今のラストなら狙ったところに賢者の石を吹き飛ばせるので、戦線離脱から高所への移動などに使える。