ついでに言うとプロットもなし
長いお話を書く練習として書き始めておりますので温かい目でご覧ください
誤字報告いつもありがとうございます!
「『綴命の錬金術師』ショウ・タッカーだな。貴様の命、もらい受ける」
国家錬金術師は敵だ。イシュヴァラの教義における「神の作りしものを人が作り変えてはいけない」という戒律を歪めているからだ。
あの日のことを忘れたことなど一日たりとも無い。ともに切磋琢磨した仲間たち、貧しいながらも豊かな心を育んできた老人、力は弱くても支えあい生きてきた未来ある子供たち、そして己れの兄さえも……そのすべてを奪った奴らを許すわけにはいかないのだ。
だからここで殺す。確実に息の根を止める。それが己れにできる、亡き同胞たちへの唯一の贖罪なのだから。
忌み嫌う国家錬金術師はイシュヴァール内戦に参加した奴らこそ筆頭だが、この男も殺さねばならない。人間にこそ手を出していないものの、神が作りし生命を作り変え禁忌を犯す者、今日をもってイシュヴァラ神の許へその魂を送り届けよう!
「護衛の合成獣もなしか?もっとも合成獣が何匹いたところで結果は変わらんが」
今までの国家錬金術師と異なり、合成獣を専門とした男だ。護衛として合成獣が近くに潜んでいる可能性も考えたが、どうやら何もいないようだ。今までも錬金術師たちの中には護衛を付けている者や、護身用に武器を携帯している者が多かった。合成獣との戦闘になると予想していたが少し拍子抜けだな。
「あいにくだが戦闘用の合成獣を作るのは控えていてね。うちで作ってるのは人を襲わない大人しい子ばかりだよ」
そういうと目の前の男は鳥籠の中にいる鷹に視線を向ける。鳥は籠の中に入っている鉄の飾りをくちばしで懸命に突いている。
「君の狙いは私だけかね?今はいないがこの家で妻と娘と一緒に暮らしてるんだ」
「……己れの狙いは国家錬金術師だけだ。邪魔をしない限り、他の人間を殺すことはしない」
そう、己れはアメストリスの国家錬金術師とは違うのだ。個人的な復讐に無関係の人々を巻き込む気はない。
「そうか、それを聞いて安心したよ。自分の命は何よりも大事だが、家族の命はそれに勝るからね」
今まで出会ってきた国家錬金術師たちは己れに命乞いをするか殺気を向けて来るだけだったが、こいつからはそんな感情は全く感じない。まるで己れが来るのがわかっていたかのように。いや、そんなはずはない。巷での評判通り、生体錬成の第一人者として己の命とも向き合っているとでもいうのか。
「本当は私が亡くなると悲しむ人たちがいるから抵抗したいところなんだが、あいにく、合成獣を作る以外の錬成は大したことがなくてね。それこそ、私以上の錬金術師たちが勝てなかった君に私が勝てる道理はないね」
「それならば尚更戦闘用の合成獣に頼ろうとは思わなかったのか?」
イシュヴァールの内戦では数は少ないながらも、戦闘用に作られたであろう合成獣が、戦線に出てきたことがあった。どれも己れたちの敵ではなかったが、死を恐れぬよう獣としての本能だけを残され、襲い掛かってくる姿に生体錬成のおぞましさを感じたものだ。少なくとも権威と呼ばれるだけの技量があれば、あれらを自分で用意することも出来る筈だ。
「ははっ。その辺はね、私が戦争の道具を生み出したくて錬金術師になったわけじゃないというのが大きいのかもしれないね。国家錬金術師になったのだって、家族を養うためというのがメインだし、軍属とはいえ進んで人を殺すような合成獣を作りたいとは思わないんだよ」
「どんな理由があれ、軍属として研究結果を提出している以上、貴様の錬金術は人々を不幸にしていく。我は神の代行者として、貴様に裁きをくだす!」
決して油断するわけではないが、この男の佇まいからは戦う意志を感じられない。せめてもの情けとして一撃で神の許へ送ろうと一歩踏み出すと、背にした扉から人の気配が。
「あなた~今日はエド君たちがニーナとお散歩から帰ってきてからのおやつに、アップルパイを焼こうと思って、こんなに買い込んできちゃった。あら?お客様?」
不味いな、誰もいない時間を見計らったつもりがこいつの妻が帰って来たのか……
ドアを開け俺を見る女は一瞬イシュヴァール人であることに驚いたようだったが、すぐにキッチンに向かうと、日ごろから来客が多いのだろう、慣れた様子でお茶のセットをテーブルに置いた。そして、己れを見て笑顔を浮かべる。その表情には敵意も怯えもなく、ただ穏やかだった。
そして、己れの目をまっすぐ見つめる瞳の奥にあるのは慈愛だ。
己れたちイシュヴァール人への偏見はいまだに根強い。特に都市部のイシュヴァール内戦を知らない者たちにとってはなおさらだ。国家錬金術師の妻ならば、イシュヴァール人とわかっただけで恐怖心を抱く者も少なくないはずだ。なのに目の前の女からはその類の感情が全くと言っていいほど伝わってこないのだ。
「イシュヴァールの方ですね、お茶の用意をしたら直ぐに席を外しますから。そんなに緊張しないでください。どんな御相談かは存じませんが夫はどんな方のお話もじっくりお聞きしますから」
己れの殺気だった雰囲気を緊張からくるものだと勘違いしたのか、微笑みながら話しかけてくる。
「あぁ、すまないね、少し時間がかかりそうだからニーナを見かけたら、夕方ごろまで一緒に席を外しておいてもらえるかな。もしエド君たちに出会ったら今日は遅くに来るように伝えといてくれ」
タッカーは己れを客として扱うことにしたようだ。見る分には助けを求めたり、何かおかしな動きをするような様子もない。そうするうちに己れはリビングのテーブルに案内され、目の前で紅茶が用意されていく。
「この紅茶はイシュヴァールでも飲まれてる銘柄なんですよ、夫の数少ない錬金術以外の趣味で、いろんな銘柄を試しているんですが最近は一番のお気に入りなの」
そういって目の前に置かれたカップからは、遠い日に兄が飲んでいた紅茶の香りがした。研究に行き詰った時に気分転換に飲むもので、己れとの議論が白熱した時も、この紅茶を飲むことで冷静さを取り戻したものだった。
女が外に出ていくとショウ・タッカーは紅茶を一口飲んだ。同じポットから入れられたものだからよければどうぞと。己れに紅茶を勧める。己れが懐かしさに思わず口を付けるとその温かさに、自分の身体が冷え切っていたことに気づいた。外の雨で冷えたのか、それとも自分の心の冷たさを自覚したのか。
「妻と娘は錬金術の事は何も知らないんだ」
「……イシュヴァラの神と亡き同胞たちに誓い、貴様の家族に手を出さないことを約束しよう」
殺す者と殺される者が一つのテーブルを囲んで紅茶を飲んでいる。なんとも不思議な光景。復讐に身を捧げたここ数年では感じることの無かった穏やかな時間が流れる。
紅茶を飲み終えてカップをテーブルに置くと、二人同時に立ち上がり、己れは破壊の腕を構える。
「最期に言い残すことはあるか?」
「君がどんな思いに身を焦がし、復讐を続けるのか私にはきっと想像もできないだろう。願わくば君たちにもイシュヴァラの神の導きがありますように」
あぁ、きっとこの男は国家錬金術師なれど、確かな良識と良心を持った錬金術師なのだろう。しかし、復讐を止めることはできぬ。せめて苦しまぬように、イシュヴァラの神の許で魂の救済があるように。
己れは一歩踏み出し、ショウ・タッカーへと近づいた。