「まさか別次元のエネルギーが流れ込んでくるとは……」
「おい、お前が引き起こした事態だろ。扉を閉めるにはどうすればいい?」
ホーエンハイムが後ろから話しかけてくる。
まさか真理の扉を開けるのとは別にこのようなことになろうとは。
奴はイレギュラーだと言っていたが、恐らく仕組まれたな。
「流れ出るエネルギーの方向性を逆転させてやればいい。向こうから流れ出る力を、こちらから向こうに流れるように。反転するときに扉を押し込めば、うまく力の流れに沿って扉を閉めることも出来るだろう」
「こんな高出力なエネルギーに対抗できるのはお前だけだ。早いとこ向こう側に押し返すぞ」
簡単に言ってくれる。
今のワタシは確かにこの世に並ぶ者のいない強大な力を持っている、神と呼ばれるにしかるべき力だ。
しかし、あくまでも神個人にすぎぬ。世界という、とてつもなく強大な概念を相手取るには心許ない。
現に今、ワタシが真理の扉から溢れ出るエネルギーを押し止めることが出来ているのは、扉がエネルギーの流量を搾っているからにすぎん。
これだけのエネルギーが押し寄せてるというに扉には傷一つ付かない。
恐らく真理が扉を開けるのではなく、違う存在が扉を開けようとするとこうなるようになっていたのだろう。
「溢れ出るエネルギーは扉を開けるだけの技量を持つ者ならギリギリ耐えれるレベルに調整されている。今のワタシではここで押し留めるのが精一杯だ」
認めたくはないが、ここ数年あまりにも充実した研究をしていたせいか、少々警戒心が薄れていたようだ。
扉が開く時に溢れ出る衝撃を腕一本犠牲にし、そのまま押し返す態勢に入ったまでは良かったが、これでは身動きが取れない。
ワタシの中にある反物質の力でまだ均衡は保てるであろうが、ワタシの肉体を維持する賢者の石がこれでは持たん。
ふと後ろを振りむくとホーエンハイムの隣にラストとエンヴィーが並び立つ。
二人はワタシに近かったからな。衝撃は可能な限り相殺したつもりが、二人にも多少のダメージが行ってしまったか。
それをお節介にもホーエンハイムの奴がダメージを逃がして二人を守りおった。
子供たちを救ってくれたことには礼を言いたいが、余計なお世話というものだ。
人間なら体ごと吹き飛んでしまうだろうが、賢者の石を核とするホムンクルスの子供たちはそのくらいならば耐えきれる。
むしろ飛び出したのがお前の子供たちでなくて正解だ。
今はワタシが押さえつけてるとはいえ、普通の人間が扉の真正面に立てば、たちどころに肉体を維持できなくなり、塵も残さずこの世から消滅するだろう。
「さて、どうしたものか……」
何やらこの場に紛れ込んだ人間たちが扉を外側から閉めようと動き出したようだ。
大した力にはならないかもしれないが、この際利用できる者は利用しよう。
あそこにいればこの身を吹き飛ばすようなエネルギーの影響も少ないだろう。
「ラスト、エンヴィー。すまないがワタシの背中を押して扉の近くまで運んでくれ。ラースとプライドは外側から扉を押し込め」
「わかりましたわ、お父様」
「ったく、こんなことになるなら再生されなきゃよかった」
ラストは従順に、エンヴィーは小言を言いながらもワタシの背中を押してくれる。
扉から溢れ出るエネルギーはワタシの力で押し留められるが、それ以外の推進力が必要だ。
幸いこの二人に残してある賢者の石の残量からも、漏れ出る余波に消されることはないだろう。
「重たっ!? なんだよこれ、俺たちの力でもこれっぽっちしか進まないのかよ」
「向こうから流れ出るのは世界そのものの力なのよ。むしろそれに抗えてるお父様とワタシたちホムンクルスがどれだけ優秀なことか……」
二人は全力で押してくれてるのだろうが、本当にほんの少ししか進まない。
他の子たちにもっと賢者の石を渡しておけばよかったと多少の後悔が頭を過るが、いまさらそんなことを考えても仕方がないか。
ラースは元々一つの石しか体内に取り込めていないし、プライドは事前に自分を最低限維持できる分を残し、過剰な賢者の石をワタシに返却してきた。
グリードも復活させるときに最低限の分しか渡しておかなかったからな。
現状、真理の扉の前に立てる者は、世界を渡るため事前に賢者の石を多めに渡してあるラストとエンヴィーだけだろう。
それがわからんほど頭が回らんわけではないだろう、ホーエンハイム。
「なぜお前もワタシの背中を押すのだ?」
「そりゃ、この中でお前の次に賢者の石を持ってるのは俺だからな。子供たちを守ってもらった借りもある。まさか自分の片腕を犠牲にしてまでも他人を守ろうだなんて、しばらく見ないうちに人間臭くなったもんだ」
「何を言っている? ワタシの子供たちを守るついでにしたことにすぎんのだぞ。それを借りと呼ぶとは……しばらく見ないうちに耄碌したな」
「そりゃ今はお前の方が見た目は若くなっちまったけどな。覚えてるか、クセルクセスで出会った時の俺にそっくりだぞ」
自分の見た目を確認するすべは持たぬが、おおよそ自分が構築した体のことは理解している。
たしかにホーエンハイムの血を元に作り出したこの体は、貴様の若い頃によく似てるだろう。
「そんなことがなんだ?」
「懐かしいな。動けないお前を俺がフラスコごと抱えて、どこにでも行ったもんだ」
「そんな日々もあったかもしれんな」
たしかにワタシがフラスコの中で自我に目覚めた時、文字通りフラスコの小さい世界でしか生きれぬ小人だった。
ガラスの向こう側にいくらでも世界は広がっているのに、そのすべてに手が届かない。
不用意にフラスコから飛び出せばすぐさま体が崩れ落ちてしまう、知識こそあれど不完全な存在だった。
「確かに、今のワタシは外の世界に手を伸ばしても届かず、体が朽ちるのを待つフラスコの小人かもしれん」
「いや、それは俺も同じだった。奴隷として生まれ教育もされず、歩ける足こそあったがどこに行けばいいかもわからない。クセルクセスの奴隷たちが働く作業場だけが世界のすべてで、どこまでも広がる世界を自分で縮めていた小人と変わらんよ」
ラストやエンヴィーよりも保有する賢者の石が多い影響か、先ほどよりも扉の向こうへと近づいていく。
「昔話などもういい、そろそろお前も離脱しろ。このままだと扉を閉めた時に向こう側に引きずり込まれるぞ」
もう少し扉の入口に近づけば、ワタシの力で流れを逆転することが出来るだろう。
その勢いで扉も閉めてしまうが、このままだとホーエンハイムも巻き込んでしまう。
「俺が今手を離したらすぐに吹き飛ばされちまうぞ」
「ラストもっと踏ん張れよ、エドの親父に負けっぱなしなんて情けねぇぞ!」
「あんただって男ならもっと頑張りなさい。女に頼りっぱなしなんて情けないわよ」
いかんな、かなりのエネルギーをワタシの体で支えてるが、二人とも賢者の石を消耗し始めている。
「もうじき扉を強制的に閉める。他の者たちは扉の影に隠れよ、巻き込まれても知らんぞ」
次回更新日は一週間後、9/25水曜日19時を予定しています。
一歩一歩終わりまで歩み始めました。
何とか完結まで歩みを進めれそうです。