「どうだホーエンハイム。一通り研究に使えそうな物は揃えたつもりだが、他に必要な物はないか?」
「いや、俺たちの世界にはないような道具も多いからな。まずは使い方を確認してくところからだな。それと出来る限りこの世界の論文を読みたいところだが……」
「それに関しても手を伸ばしてる。トゥーレ協会なる組織が接触を図って来たのだが、中々利用価値のありそうな集団だ」
数年越しに息子たちと再会し、短い時間ながら距離を詰めることが出来たと思った矢先、まさか違う世界に飛ばされるとは思わなかった。
何とか元の世界に帰る方法はないかと考えたが、どうもこの世界では錬金術が上手く使えない。
恐らく何かしら俺たちがいた世界とは法則が異なっているのだろう。
「どうやらこの国は戦争の影響で、きな臭い雰囲気が漂っているがその集団は信用できるのか?」
「いや、信用する価値などないな。しかし、それなりの情報網や資金力、何よりも異世界に対して野心があるようだ」
もちろん俺一人でも元の世界に帰るための研究するつもりだったが、まさかこいつが協力を申し出てくるとは思わなかった。
本人は「異世界の研究するのに、協力者は多い方が良い。今のワタシたちには使える人材も少ないからな」と言ってきたが、本心はどう思っているやら。
「ワタシはしばらくトゥーレ協会の掌握と新しいパトロンを集めることに尽力しよう。その間は研究の楽しみをオマエに独り占めされるのは非常に不本意だが……」
「しょうがないだろ。このおっさん数十年一人ボッチで過ごしてたやつなんだから、人を集めて何かするノウハウって奴がないんだよ」
「そう言ってやるなエンヴィー、一応クセルクセスでは国に仕えた錬金術師としてそれなりの地位にいたのだ。まぁ、それもワタシの助言があればこそだったが」
ニヤニヤと笑いながら、俺のことを小バカにしてくる年頃の少年を見ると、何故かエドの面影がダブって見える。
もちろん見た目での年頃が近いだけで、俺の面影は全くないのだが、どうしても口の悪さや悪態の吐き方にほんの少し暖かさを感じる。
「はいはい、どうせ国を一から作ったお前たちには敵わんよ」
俺はフラスコの小人が集めた科学知識の本や、実験に使う道具を一つ一つ確認しながら、ゆっくりと説明書きのページをめくる。
「俺たちの世界とはかなり違いがあるが、近い考え方や法則も多いな。まずはこの世界の理屈に慣れていくのが一番だろうな」
どの道俺に組織をどうのこうのする気もなければ、こいつらのいう通り才もない。
ならば適材適所として、任せてしまうのが一番いいのだろう。
変身能力は使えなくなったが、人間の感情を機敏に感じ取ることが出来て、誰かに成りすます経験を積んできたエンヴィーは組織に潜り込むには適してるだろう。
それに錬金術が使えなくなったとはいえ、圧倒的な知識を有し、トップに立ち続けたこいつに敵う指導者など早々いないだろう。
無論面と向かっては褒めない。
あのころと違いフラスコが無くても自由に動ける分、俺にちょっかいを出してきたりウザ絡みしてくる遊びを覚えたからだ。
俺と生きて来た年月はそう変わらない……。いや生まれた時期を考えれば俺の方が数年先輩なんだけどな。
何もかもが新鮮な世界で少々タガが外れてるというか、切り離した感情とやらが刺激され肥大化しているのか。
「あんたも精々早いとこ結果を出してくれよ、お父さん!」
笑いを止める気がない声色で話しかけてくるエンヴィー。
この世界で後ろ盾どころかバックボーンがない俺たちは、家族と偽って生活をしてる。
俺が父親で、エンヴィーは息子だそうだ。
実際そのおかげで色々と融通が利くことも多いし、俺も研究に専念させてもらってる。
生活費もどこからかこいつらが稼いでくるが、少なくとも悪逆非道な行為で稼いできてるわけではない。
未知の世界で敵対者を増やすリスクを背負うことはないからな。
まぁ、そのあたりはおいおい聞くとして……。
「エンヴィーが息子なのは百歩譲っていいだろう。だが、お前が俺の妻役というのは納得してないからな」
「あら、心外ね。私だってこんな大きな子供もいらないし、年老いた男の妻役なんて楽しくな『そう言うなラスト、お前も娘というには少し見た目の歳を取りすぎてる。それにワタシが権力をコントロールするには凄腕科学者の娘より、それを従える妻というロールの方が都合が良いのだ』もう! あの時私じゃなくてエンヴィーがお父様を体内に匿えばよかったのに」
目の前で妖艶な美女が一人二役で漫才のようなやり取りをしてるが、俺はこの光景に慣れてきた。
真理の扉を閉めた時、俺はフラスコの小人とホムンクルスと共に扉の中に引き摺り込まれた。
その中でも俺たちを守るために力を使い続けたフラスコの小人を構成する肉体は負荷に耐えきることが出来ず、扉を潜り抜ける頃には消滅寸前だった。
この世界で錬金術も使えず、代わりの肉体を作る時間もない。
俺が体内にある賢者の石と同じよう、体内に奴を取り込んでフラスコ代わりになろうとしたが、それより先にラストが体内に取り込んだ。
ホムンクルスであるラストをフラスコにして生き延びたのは良いが、代わりの肉体を用意する当てもなく。
仕方なしにラストの体を借り、フラスコの小人はソラリスと名乗り俺に出来ない活動をしている。
「本当に最悪ですわお父様。私だけ自由時間が少ないし『その件に関しても肉体を作ることを最優先にすると約束してるではないか、それに出来る限りオマエの希望に合わせて体を借りる時間も計算してるし、服装や言葉遣いだって』それでも自分の体で勝手に話されたり、男たちに対して無防備な瞬間を作られることに良い気分はしません『オマエだって女であることを武器にした交渉をしているだろう』その仕方が問題なんです、私の美しさを考えたらもっと高く売るべきところを……」
こうやって真実を知る俺の前では頻繁に喧嘩をしているが、どうも借りている側のフラスコの小人はあまり強いことを言えないようだ。
俺に娘はいなかったが、もしかすると世の父親というのはこういう気分なんだろうか。
とはいえ、かつての師匠・友・宿敵が肩身を狭そうに言い負かされているのは、見ていて不憫にも感じる。
「まぁまぁ、俺もこいつの体を作れるように色々考えているから」
「はぁ……早く自分の好きに体を動かしたいから、なるべく早くお願いしますわ」
美人ではあるがどうも迫力があるというか、偽りとはいえ家族で仮にも妻役と考えれば本当にトリシャは俺にはもったいないくらいの女だったな。
きちんとだらしない俺も立ててくれたし、何より優しかった。
その辺はアルフォンスに強く受け継がれたよな。
「多分このおっさん失礼なこと考えてるよラスト」
「あら、さすがお父様と血を分けた方」
なんとも女の威圧というのは恐ろしい。
「それじゃ俺は研究に戻るかな」
「あら、都合が悪くなるとすぐに『まて、ホーエンハイム。私を一人残して行くな』お父様には一度しっかりとお話ししませんとね。幸い一心同体で時間も作れますから」
おぉ怖い、それにしたって、ずいぶんとあいつらも家族らしくなったな。
この生活もそれほど悪くはないが、いつの日かきちんとあいつらに会いたいし、トリシャの墓でしっかりと報告もしたいもんだ。
そのためには一人単身赴任で頑張るか。
後ろから聞こえる声を無視し、俺は扉を閉め外に出る。
「そう言えばタッカーさんも、奥さんと子供を遠い地へ残してたんだったな。父親ってのは大変なもんだ」
『トゥーレ教会』
劇場版シャンバラを征く者に登場する敵対組織。
時系列的には映画本編の二年前、異世界に流れ着いたホーエンハイム一行に早い段階で接触。
それは良いが組織力と異世界への興味をフラスコの小人に見抜かれ、数年後デートリンデ・エッカルトは失脚。
ソラリスを名乗る美女が実権を握り、優秀な科学者が傍にいたという。
『デートリンデ・エッカルト』
トゥーレ教会の現会長。
劇場版のボスであるが、その末路はまさに皮肉としか言いようがない。
ホーエンハイムの噂を聞きつけ接触を図るが、そのせいでとんでもない存在を組織に入れてしまう不遇な人。
『フラスコの小人』
肉体が崩壊してしまい、娘の体を借りてる人?
いわゆるラストの体に精神同居してる状態。
基本的にお父様の方が肉体の支配率が高いはずが、ラストに頭が上がらない。
ソラリスを名乗り、圧倒的な知識とカリスマ、娘の美貌でトゥーレ教会の実権を握ることになる。
すべてを失い、友や子供たちの縁で生きているが、案外この生活も悪くないと思っている。
意識を互いに共有してるため、下手なことをするとラストに怒られる。
そして肉体が女性であるという自覚が薄いので、時たまやらかす。