不死人は“死神”と出会うようです。 作:クラ―グ様のお胸様、エリちの太もも
(ああ……。
自分の眼が映す先には、今にも消えかけた火が存在している。“始まりの火”と呼ばれるこの世界の万物の根源だ。それに対して手をかざし、自らが薪となってその火を燃やし続けること。
それこそが不死人と言われ、蔑まれ、嘲笑わられ、恐れられた自分に課せられた使命だった。
だからこそ、今回もそうするのだろう。前回も、その前もやったことだった。
だがもう何度、この行程を繰り返したのだろうか。十か百か千か……。少なくとも、記憶が摩耗し擦り切れ始めて、もう数える事すら億劫になるほどには繰り返したと思う。
ここで“始まりの火”を継げば、再びあの“北の不死院”で目が覚めるのだろう。そして新たに旅が始まり、立ちふさがる敵を鏖殺し、逆に惨たらしく殺された後に生き返り、この“最初の火の炉”に辿り着き“始まりの火”に自らの身をくべる。そうしてまた初めから……。
何者かに仕組まれたように、全く同じことの繰り返しだった。あの
いい加減に解放されたい。使命など放って逃げ出してやりたい。あわよくば、誰かにこの状況を変えて欲しいとさえ思う。容易く人も獣も神すらも壊していくこの世界を。
そう思うほどに、この世界は自分にとって残酷だった。いつまで続くのだろうか、この乾ききった、救いのない地獄は。
もちろん答えなど分かり切っている。自分の心が折れ、亡者になるその時まで、だ。
(ならば……)
ならば
過酷な旅の中で様々な体験をしてきた。出会いと別れ、共闘と敵対、呪いと使命……。それら全てが自分を正気に縛り付けている。
救いになどなりはしない。逆に枷にもなりかねないはずのそれらが、こうして自分を正気でいさせてくれるとは、なんとも皮肉なものだ。
だが、結局はそれでいいのだ。
千で足りないというならば万を目指すだけのこと。それでも足りないのならば、更に回数を重ねるだけだ。例えその行為に、なんの意味も無い事を知っていても。
そう思い直し、火に対して手をかざそうとしたその時だった。
はたして、自分の願いが届いたのだろうか。いつもと変わらぬ“最初の火”の近くに、ポッと何かが浮き上がったのが見えたのだ。
“召喚サイン”である。
不死人にとってそのサインは、強敵や未知のエリアに挑む際に別世界の不死人を召喚し、その力を借りる事が可能となるというものだが、そのサインに書かれていたものは、自分が今まで見た事のない色と模様で刻まれていた。
白色でも金色でもない。血のような赤だ。そしていつもは文字の羅列だったそれは、今回は複雑な何某かの模様のように見える。
だが、そんな事はどうでも良かった。
長い時を生きた自分の直感が、これは
それ故に、自分はすぐにそのサインに手をかざした。
そして……。
*
「それは嘘ですわ」
モザイク市・臨海都市“秋葉原”。
時間帯は深夜。場所は神田川の波止場。立ち並ぶ倉庫街を抜けて車道へと出るその斜路の最上段で、彼女はそう言ってかぶりを振った。
「身勝手で無作法な拍手の喝采など、私の舞台で決して許しません。“死神”である貴女が、私の絶望の何を知るというのです?」
(クソッ、しくじった!)
彼女に向けた説得の言葉の裏側に滲んでいた動揺を、瞬時に見抜かれてしまった。私は急いで距離を取り、そのサーヴァントと相対する。
サーヴァント、
愛をさ迷い求め、愛に狂う異教徒の女。かつてはかの救世主を嘲笑った魔女であり、ヘロデ二世王の妃でもあり、オーディンの娘の
彼女は美しい黒髪に褐色の肌、ぞくりとする色気を漂わせる濃暗色の瞳に、贖罪者が身に着けるという馬の毛を織った修道服を纏っていた。
いまやその修道服は私との戦闘の際にボロボロになり、大胆にも彼女の艶めかしい肌が露わになってしまっているが、そんな事を一切気にすることもなく、クンドリーは自身の残り少ない魔力をかき集めていく。
恐らく、クンドリーの想い人を奪った(と彼女は考えている。事実無根だが)私に復讐する為の一撃を放つ為だ。
(可哀想だけど……)
私は彼女をどうにかしないといけない。モザイク市にとって害になるサーヴァントを殺す。
それが、私の“仕事”なのだから。
(“枝”を使って霊基を狙う。一撃で仕留めるしかない)
諸刃の剣だけど、もう彼女を止めるにはそれくらいしか手がない。魔術礼装にはもう頼れないし、魔力を備蓄していた呪物も使い果たしてしまった。
判断を一瞬で下し、彼女に駆けようとしたその時だった。
「……ッ!?」
クンドリーと私は、同時にそちらを見やった。
誰がやったのかは分からないが、何らかの存在を呼び出す魔法陣が敷かれていたからだ。使い魔か、あるいは大規模な魔術か。
一瞬クンドリーが召喚した小鬼の“グレムリン”かとも思ったが、彼女は今魔力を練り上げるのに集中しているので、そんな事は出来やしないだろう。
なら、一体誰が?
いや、今はそれどころじゃない。この存在がもし彼女を助けに来た敵性存在だった場合、かなり面倒な事になる。
(くそっ、どうする?)
私の動揺をよそに、魔法陣は一つの存在を生み出した。
―――突然現れたその存在は、騎士だった。
兜のバイザーが下ろされていて顔は見えないが、胴部分は金糸の刺繍が施された青のサーコートが印象的なプレートアーマーと、上質さを感じさせる装いをしていた。右手には、特に目立った所はないがよく手入れされているロングソードに、左手には数々の戦闘をこなしてきたのか、ビスを打ったようにボコボコと穴が開いているシールドを装備していた。
一言で言えば、
その存在、便宜上解りやすく上級騎士と呼ぶことにするが、上級騎士は召喚された直後はキョロキョロと辺りを見回していた。
だが、私の存在を見付けると、何故だか右半身をこちらに傾けるように一礼をしてきた。
それがあまりにもこの緊迫した状況に似合わず、思わず吹き出しそうになった。
(良かった。取り敢えずは敵じゃないっぽい?)
少し肩の力を抜き、改めてクンドリーの方を向くと、
「ねえ貴方?どこのどなたか存じませんが、あの男達のような下卑た視線を向けないでくださらない?」
と、彼女はこちらへ怒気を隠さずに言った。
(下卑た視線?)
一体なんの事だと思いながら上級騎士の方を再度向けば、
(んなっ!?)
何故か上級騎士は、双眼鏡でクンドリーを観察していた。
棒立ちでじっくりと、彼女を舐めまわすように。
(何を、何をしているんだ、この上級騎士はっ!?)
空気が読めてるとか読めてないとかじゃない。
しかも相手は女性であるとはいえ、世界の歴史に名を刻んだ英雄の霊体、強大無比な存在であるサーヴァントなのだ。
そんな存在の怒りに触れる可能性のある行為を平然と行うとは、狂っているとしか思えない。
「いいでしょう。貴方もそこの“死神”さんも、纏めて消し飛ばして差し上げましょう」
蠱惑的な唇から紡がれる絶望的な言葉。彼女が掲げた手に魔力が集まり、一つの直線状の何かを形成していく。
それは、一振りの槍だった。古代ローマ帝国の意匠を備えた槍。そして最悪な事に、私はその槍に見覚えがあった。
「聖槍、ロン、ギヌスッ……!」
騎乗していた馬でも、覚醒の魔力を秘めた唇でもない。
かの救世主を貫いたとされる
(まずいっ!)
急いで距離を取ろうとするも、逃げ切れるかは微妙なところだった。
「……えっ!?何してるの、貴方も早くっ……!」
クンドリーの様子を見た上級騎士は、何を思ったか私の前に立ちはだかった。その様はまるで、騎士道物語に登場する騎士であるかのようだった。
そして、上級騎士はクンドリーと同じように右手を掲げた。自画されたと思われる太陽のホーリーシンボルが描かれたタリスマンが、いつの間にかその手に握られていた。
そのタリスマンを中心に、長大な雷の槍が形成されていく。槍には槍で対抗しようというのだろうか。
いくらなんでも無茶だ。
その雷の槍がどれほどのものかは分からないが、相手にするのは聖槍であるロンギヌス。勝てる訳が無い。
だが、どうやらクンドリーには悪い意味で効果があったようだ。
「ああ、なんという事でしょう……!オーディンの子にして轟く者、あらゆる神の首領たるトールよ!そのような下賤な者に、御身の雷を奪われるなどっ……!おおおっ……!」
(雷神トールの雷だって?そんなものを奪える存在がいるはずがないのに……っ!)
私の困惑をよそに、クンドリーはワルキューレのような恐ろしさと美しさをそのままに、美貌を歪ませて
―――そして、次の瞬間。
二人の手からそれぞれに向けて槍が放たれ、真正面から衝突した。
「ちょっ、ぐっ……!?」
巨大な魔力の奔流が波止場の倉庫街のコンテナを吹き飛ばし、私ごと吹き飛ばしかけるも、両脚に力を込めてなんとか堪える。
だが、それまでだった。
クンドリーのロンギヌスは拮抗していた上級騎士の雷の槍を殺しきり、私と上級騎士に迫っていた。
すると、またしてもいつの間に持ち替えたのか、上級騎士は岩塊を彫って作られたような大盾を左手に持ち、自身と私を守るように突き出した。
私もその槍の軌道を逸らすべくシングルアクションの詠唱魔術、“魔弾”をロンギヌスへ向けて発射する。
(良しっ!軌道を、ずらし、た……?)
だが、ロンギヌスは呆気なくその大盾を削り切って、上級騎士の左腕ごとちぎり取り、私の脇腹へと深く突き刺さっていった。
「ぐっ……!?」
槍から受けた衝撃をそのままに、私は神田川の水面をバウンドして沈んでいくことになった。
(
*
もう、自己回復は間に合わない。自己分析するだけの時間も、水中呼吸に使える時間ももってあと数分位だろう。
鋭くて冷たい痛みが、ロンギヌスを通して私に伝わってくる。
(このロンギヌスは、投影されたもの……。偽物だ……)
考えてみれば当たり前だけど、持ち主が正当な所持者ではないからだ。けれど、その骨子は本物に迫るものがあった。
(出し惜しみせず、“魔弾”は全部撃つべきだったな……。そうしたら、もう少し何とか出来たかもしれないのに。今更言ってもしょうがないんだけど……)
ネオンの色が水面に色づき、こんな状況なのにその美しさに見惚れてしまう自分がいた。
そして同時に、あの上級騎士のことが頭に浮かんだ。
(このまま漂って、死んでいくのかな……。それも、仕方ないかもしれない。助けようとしてくれたあの人には、お礼も言えないままだけど……)
どうか無事でいて欲しい。あの人が結局何者なのかも分からなかったし、あわよくば私のサーヴァントであってくれたらなんてとも思ったけど……。
(だって、お伽噺の騎士みたいでカッコいいじゃん……。そうだ、先生も言ってた。『カッコいいとは良い事です。ロックスターの様であればなお良しです』って……)
お世話になっている先生の言葉を思い出していた矢先、水中に勢いよく飛び込んできた物好きがいた。
その正体を確かめようと目を凝らすと、
(えっ!?な、なんで上級騎士が!?)
ちぎれた左腕から流れた血で海中を赤に染めながら、何故か上級騎士が海中に入ってきた。
まさか、私を助けに来てくれたのだろうかと思ったその瞬間、
「アァァァァァァー……!」
と、呻く様ななんとも情けない声を挙げながら、上級騎士が消滅していくのが見えた。
―――次の瞬間。
強靭なかぎ爪に水上の世界へと再び引き戻されるのを感じながら、
(いや、なんでさ……)
私はそう思わずにはいられなかった。
読者の皆様だけにネタバレ。
何者か=ゲームシステム。
クンドリーさん好きです。早く公式イラスト下さい。