不死人は“死神”と出会うようです。   作:クラ―グ様のお胸様、エリちの太もも

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Disaster

 

 チトセに“死神”稼業を禁止されてから、数日が経った。

 

 “令呪狩り”についての情報は、あれから一切手に入れる事が出来ず、“秋葉原”は一先ず平穏そのものだったと言っていい。

 

 けれど、チトセや先生の働きかけによるものだろう。“秋葉原”の都市結界が置かれた重要拠点や、神田明神や湯島聖堂などの霊脈の集中する場所の近辺には立ち入り禁止令が敷かれていた。

 

 完全に暇を持て余した私は、上級騎士を連れて自分の良く行く場所を案内する位しかやる事がなくなってしまった。

 本屋に喫茶店、大道芸人のパフォーマンスや絵描きのライブペインティングなど、私にとっては当たり前(・・・・)の“秋葉原”の光景でも、彼にとってはそれこそが得難いものであるかのように、なんにでも興味を示してくれた。

 

 元々、“秋葉原”は観光名所としても有名なモザイク市だけあって見るものは尽きない。

 

 気付けば私も彼に引きずられるように、滅多にない休日を楽しみだしていた。

 

 けれど、犬などの動物類は未だに苦手のようで、見ると即座に警戒態勢を取っていた。どう見ても無害な生物にまでその対応はいかがなものだろうか。

 

 私が何度も注意しても治らない様子で、もはや上級騎士にとっては癖になってしまっているかのようだった。

 

 「群が、る犬、虫、ネズミ、ナメクジ……。頭、のイカ、れた、(ドラゴン)。好意、を持て、るのは、かの、気高き、大狼、だけだ」

 

 と、上級騎士は兜を被っていても滲み出るほど、憎々し気に語っていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 そして更に数日後、とうとう“聖杯トーナメント”の日となった。

 

 『さあさあ、ピグレットの皆がお待ちかねだ!英雄達による熱き闘争を始めようじゃあないか!』

 

 コロセウムを埋め尽くす観客達による大歓声の中、試合の実況を担ったというギリシャ神話に名高い大魔女、キルケーがメインモニターの中で開戦を告げていた。ギリシャ風のチュニックを身に纏い、観客席へ向けて手を振っている。

 隣には解説役の黒い髭を生やした大男、先程自己紹介をしただけで観客から一斉にブーイングを受けた大海賊、“黒髭”ことエドワード・ティーチが、ドクロがプリントされたTシャツにジーンズというラフな格好で、酒と銃を手に盛り上がっているようだった。

 その二人の盛り上がり様に頭を抱えているのは、いかにも堅物そうなローマの軍人、マルクス・ウィプサニウス・アグリッパだ。

 

 「うぉー、いけー!」

 

 と隣でカリンがメガホンを振り回しながら応援している。紅葉さんはペンライトを両手に持って、上級騎士に至ってはフルフェイスの兜の上に可愛らしい帽子を置いて、首にはメガホンをぶら下げていた。

 あまりに珍妙な姿に、どうして笑わずにいられるだろうか。

 

 『まーまー、こういうのは楽しんだもの勝ちっしょ!あ、キッシー。アタシコーラとフライドポテト、あとホットドッグとポップコーンで!ハンバーガーとかもあればヨロシク!』

 

 と、カリンは上級騎士に頼み事をしていた。というか使い走りか。だから今は私とカリンと紅葉さんの三人だけだった。

 

 お使いを頼まれた上級騎士にとってはこういう場所も新鮮なのか、キョロキョロと落ち着きなく、けれど興奮を隠せない様子で売店へと歩いていった。

 

 彼を一人にしておくのはかなり心配だが、売店とこの会場まではそう遠くないし、大丈夫だろう。

 

 「あーあー、あのオッサンもくりゃ良かったのに……。勿体ねえよなー、モミ?」

 

 どうやらカリンは朽目さんも呼んでいたらしいのだが、ここにいない事を考えると来なかったようだ。

 

 (でも、それが正解なのかも……)

 

 招待してくれたコハルやハンニバルには申し訳ないけど、やはり私にはこの“聖杯トーナメント”(馬鹿騒ぎ)には馴染めそうにはなかった。

 

 バカバカしい程に広いフィールドに、誇り高き英霊達をダシにしたような低俗なショー。どこまでが真実で、どこまでが演出なのかも分からないものに騒ぎ立てる観客達。この悪趣味な催しにまだ試合が始まっていもないのに頭痛を覚えた。

 

 コハルの“英霊憑依(ポゼッション)”や英霊同士の戦いについて興味があったから来たけれど、こうも試合が始まる前から帰りたい気持ちにさせられるとは思ってもいなかった。

 

 

 

 

 ―――すると。

 

 「……?」

 

 どこからか、敵意の混じった視線を感じた。

 

 ボルジア兄妹にも警戒するよう言われていた、私の“仕事”絡みで恨みを持つ者からだろうか。

 けれど、急いで周囲を見渡しても、それらしい人影は一切見受けられなかった。

 

 (おかしいな、確かに私を見ていた気がするんだけど……)

 

 そこへ、前列の観客から聞き逃せない会話が飛び込んでくる。

 

 「火事だぁ?“新宿”でか?」

 

 「ああ、花園町の方らしい」

 

 花園町。私の実家がある地区だ。

 

 思わず身を乗り出して、断りを入れてからその観客のスマホを覗き込む。画面には、“新宿”の木造家屋から火が上がって、今まさに隣の家にまで燃え移らんとしている動画が投稿されていた。

 驚くべき事に、恐らく被災したであろう全身を炎に包まれた人間が、それを全く意に介さず漂うように歩いていて、更に不気味さを強調していた。

 

 やがて客席からも不穏なざわつきが広がり始めた。観客の中には“新宿”から訪れた市民もいるのだから当然だ。

 

 振り返れば、カリンもスマホを凝視していた。

 

 「“渋谷”で人身事故ぉ?原因不明の暴走した路線バスが交差点で……?マジかよ……」

 

 モザイク市の各所で痛ましい事故が次々と起きている。

 

 「う、ぐ……、うぅ……」

 

 私の右腕に住まう悪霊達が、濃厚な死の匂いを感じ取って蠢き始めた。

 

 (今までなんとか、抑え込んでたのにっ……!)

 

 もうこれ以上、この場所に私はいるべきじゃない。この場に留まり続ければ、今度は私が彼らにとって有害な存在になってしまう。

 

 同時に発生した事件の事も気がかりだ。この場所には私なんか遠く及ばない程の戦士が沢山いるのだから、何かあっても彼らが対処出来るだろう。

 

 (私の居場所は、ここじゃない……)

 

 「ねえ、カリン……」

 

 私が声をかけると、

 

 「まーた一人で行っちまうのか、エリち。そんなにアタシらは頼りないってか?」

 

 まるで私が何を言わんとしているのか分かっていたかのように、ジトーッとした目でこちらを見てくる。

 

 「本当にごめん。今日は私から誘ったのに……。でも、大切な頼みがある」

 

 「ハイハイ、なんだエリち?言ってみ?」

 

 私の決意が揺らがない事を悟ったのだろう、彼女は呆れたようにこちらの話の続きを促した。

 

 「紅葉さん、上級騎士の事をお願いします。まだ帰ってきてないみたいだけど、どうも彼、この試合の事楽しみにしていたようなので……。それに、これ以上こっちの事情にあんまり巻き込みたくないし……」

 

 私の頼みに、紅葉さんはマスターであるカリンを同意を得るかのように見た。それに応じるように完全に回復した状態の“令呪”をこちらに得意気に見せつけながら、

 

 「りょーかいりょーかい、任せとけ。でもキッシーなら、こっちが巻き込みたくなくても勝手に向こうから巻き込まれに来そうだけどな」

 

 中々鋭い言葉をこちらに投げかけて、カリンは了承してくれた。

 

 

 

 

 

 *

 

 (随分と時間がかかってしまった。急がなければ、試合が始まってしまう……)

 

 自分は両手にカリンから頼まれた食料を抱えながら、途中の便所に存在していた篝火を灯し、先程の観客席に戻ろうとしているところだった。

 

 しかし、倉庫の片隅ならばともかく、エリセ(ホスト)の部屋の片隅であったり、便所の掃除用具が入っている一室の中であったり、この“秋葉原”エリアの篝火の場所は、どうにも不死人である自分には優しくないようだ。

 

 (もし自分がこの場所の近くで死ねば、便所の用具入れから復活する事になるとは……。いや、逆に不死人らしいのかもしれないが)

 

 そんな事を考えながら足を進めていると、いつの間にか目の前には“メッセージ”が刻まれていた。

 恐らく、別世界の不死人(同類)達がお互いへの助けとなるように残していったものだろう。

 

 (どれどれ……?)

 

 凝視して覗き込むと、

 

 『引き返せ!』

 

 『この先、絶望があるぞ』

 

 『象!』

 

 『この先、弓が有効だ』

 

 『走れ!』

 

 『褐色肌万歳!』

 

 など、一部を除いてこちらを怖気づかせるようなものばかりだった。

 

 だが、エリセがハンニバルという男に伝えた事が功を奏しているのだろう、警備の眼も強いように感じる(特に自分に)。しかも観客の中には、市民と契約しているサーヴァント達もいるのだ。

 

 一体、何を心配する事があろうか。

 

 「おい、あれ……」

 

 「あんなの、試合の演出にあったっけ?」

 

 観客席に入れずモニターで観戦していた観客達がざわつき始めた。

 

 自分もモニターへ視線を向けると、

 

 (なん、だとっ……!?)

 

 数日前に出会ったあのハンニバルが、自軍の仲間に刃を突き立てるという、衝撃の映像が映し出されていた。

 

 他の観客と共に呆気にとられる自分。

 

 

 

 

 

 ―――そこへ。

 

 「邪魔だよ、オマエタチ」

 

 幼く、愛嬌のある声が後ろで聞こえてきた。

 

 だが、その声の主は明らかにこちらに害意がある。

 

 間違いなく、自分にとっての敵だ。しかも、自分にとって忌々しい存在である神に近い気配までするではないか。

 

 (コイツはっ!)

 

 急ぎショートソードとターゲットシールドを呼び出すも、

 

 「失せろ」

 

 まるで、果物を鋭利なナイフでカットするかのように、斬られた。

 

 自分の胴体から、首が離れていく感覚。

 

 視界が狭まり、暗くなる。

 

 目の前では、何者かによる観客達への殺戮が繰り広げられていた。

 

 (逃げろ、エリセッ……!)

 

 消えゆく意識の中で、思えた事はそれだけだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 「フーン、存外そんなものか……。ツマラナイね、オマエタチ」

 

 ハンニバルから奪い取った戦象に跨って、アフリカンな色彩のケープをすっぽりと上から被り、下半身には金属製の装飾品、手には血をたっぷり啜った異形の剣。身体中に“令呪”を宿した手首や足首をぶら下げて、それ以外は身に纏っていない褐色肌の女、ンザンビ。

 ゾンビ伝承の原点となったコンゴのヴィリ族の至高神にして、“全ての生き物の母”。

 

 そして、彼女こそが“令呪狩り”の犯人だ。

 

 どうやらンザンビは、「一度死を経験した者」を支配下におけるという凶悪無比な“権能”を有しているらしい。大抵一度は死んでいるサーヴァントにとっては天敵に近い存在だ。

 彼らがまともな敵対行動を取れず、ゾンビのように彼女の配下となってしまっているのも、彼女の“権能”によるものだろう。

 

 (まさか、相手があの神霊(・・)だなんて冗談じゃないっ!)

 

 神霊。

 

 簡単に言ってしまえば、神格化された歴史・伝説上の存在たる英霊よりも上に位置する存在だ。

 

 だが、彼らとは比較にならない程の力を持ち、時間と空間を超える認識能力に加えて、事象の変動は勿論、時間流の操作に国造りといった、世界を創造しうるレベルの力を持つ個体も存在している、らしい。

 

 (そんな存在が、一体どうしてっ……!?)

 

 「エリセさんっ!」

 

 思わず思考に足を止めそうになったところを“英霊憑依(ポゼッション)”状態のコハルに叱咤された。

 気を引き締め直し、先程のンザンビとの戦闘で傷を負ってしまった彼女に時々肩を貸しながら、先生が私に指示してくれたように闘技場のフィールドへと急ぐ。

 

 カリンからも通信が来たけれど、どうやら向こうも逃げ回りながらバリケードを作ってなんとか対抗しているらしい。

 

 (だけど、それも時間の問題だっ……!)

 

 敵は市民やサーヴァントを数で殺しながら、同時に味方も増やしている。このままではこちらが消耗していくだけだ。

 

 そして何より……。

 

 (上級騎士……!)

 

 カリン曰く、上級騎士は彼女達の所へ戻ってこなかったらしい。恐らくだが、ンザンビか配下達にやられてしまったのだろう。

 

 (私のミスだ……。彼を一人で行かせるべきじゃなかったっ……!)

 

 己の判断ミスを呪いながら、フィールドへと急いだ。

 

 「フーム……?一目散に外側ではなく内側へと逃げているね。誘導か、罠か。どちらにしても面白くないね。あちらはオレの子供達に任せるとしようかね」

 

 戦象の上で退屈そうに頬杖をついた彼女が、遺跡を模した芸術的な内装を、二頭の戦象を操って破壊しながらこちらに迫って来る。

 

 コロセウムの構造に詳しいというコハルの後に続き、とある通路まで来たところでコハルがンザンビを挑発した。

 

 「さあ、来るがいいです、ハンニバルの盟友達! その女は、貴方達の主人などではありません!操られ、さぞかし無念でしょう。せめて私が引導を渡します!」

 

 彼女は憎々しげに唸り、

 

 「あの愚かな男によって、森から引きはがされた多くの仲間の死を看取ったのはこの子達だ。そんな事も分からないのか。愚かだね……。ああ、実に愚かだっ……!」

 

 背の上でコハルに向かって剣を向けた。

 

 それが合図だったのだろう。

 

 二頭の戦象は猛々しい嘶きを上げて、コハルめがけて突撃してきた。

 

 

 

 

 

 *

 

 目を覆わんばかりの苛烈な衝突の後、私が見たのは舞い上がる粉塵に差し込む日差しだった。

 

 戦象の激突の衝撃で内壁が崩れて、コロセウム内部への口が開いた。広大な闘技場のフィールが目前に広がる。

 

 衝突直前に跳躍したンザンビは、それを意に介さず私の前に降りたった。既に象達の嘶きは遠ざかって、私達に追いすがっていたゾンビ達は吹き飛ばされていた。

 

 「やれやれ……。あの子達には向こうへ回ってもらう事にしたよ。オレと同質の力を持つオマエには興味があるが、とっとと片付けて、()に行かなければならないからね」

 

 彼女は殺意を剥き出しにしながら、手に持った剣をこちらに突き付けてきた。

 

 

 

 

 

 ―――そこへ。

 

 「ハァッ!」

 

 と、コハルが閃光のように飛び込んできた。

 

 目にも止まらぬ速さで剣をンザンビに叩き付けるも、それを予期していたかのように彼女は身体をひょいと軽く捩じるだけで躱し、コハルの後頭部を掴んで叩き付け、鳩尾に蹴りを入れて吹き飛ばす。

 

 「ガッ……!?」

 

 「オマエはまっすぐ過ぎる。だから狙いが単純なんだね」

 

 コハルの負傷の蓄積が限界に達したのだろう、“英霊憑依(ポゼッション)”状態が解除されて、少女に戻ったコハルとギャラハッドの姿に分かれた。

 

 そして、二人とも動ける状態ではなくなってしまったようだ。このままギャラハッドまでンザンビの権能に支配下に置かれれば面倒な事になる。

 

 「コハルッ!」

 

 彼女を助ける為に私もすぐに動き出す。

 

 身に巣くう悪霊達を励起させ、素早く正確に操れる“枝剣”を形成してンザンビに斬りかかる。

 

 「彼女達に、触るなっ!」

 

 「どいて欲しいね、オマエにはもう用はない」

 

 ンザンビの剣と私の“枝剣”が打ち合わされる。

 

 「私が、守らなきゃいけないんだっ……!」

 

 ルキウスから教わった剣術を駆使して攻め立てるも、彼女は余裕綽綽といった態度を崩さない。

 

 「守る?ただの魔術使いのオマエが、何故だ?私の知る限り、魔術師も魔術使いも、奴らは利己心のみで動く残酷な者達だ。他者の死などどうでも良く、オマエもこの子に利用価値があると考えているから必死になっている。それだけだろう?」

 

 「違うっ……!」

 

 近接戦ではどうしても“枝斧”程の威力は持たせられない。何度か打ち合う内に、“枝剣”が徐々にほつれていってしまう。

 

 それを再度編み上げようとするも、

 

 「ぅ、ぐ……」

 

 “邪霊”達が怒り出すと同時に、傷付いた私自身の霊障から黒い血が溢れ出した。眼球の裏側からも血が溢れて、コロセウムを汚していく。

 

 「おやおや……。その忌まわしい枝は霊体を喰わせないと、お前自身を喰ってしまうようだね」

 

 そんな事は自分が一番良く分かっている。

 

 “枝剣”も“魔弾”も、使うには代償が必要だ。“邪霊”達は、ただ黙って私に使われてくれている訳じゃない。彼らは悪霊そのものなのだから、抜け目なく私自身を喰らい尽くす隙を狙っている。

 

 「それでも、それでもっ……!」

 

 「見苦しいね」

 

 “枝剣”を軽くいなされ、脇腹にンザンビの脚がめり込む。

 

 「ぐっ……!?」

 

 地面をころころと転がり、放り出される。

 

 (骨までやられた、息が上手く出来ないっ……!)

 

 横たわり触れている地面から激震が伝わる。

 

 闘技場の反対側では爆音と怒号、そして悲鳴が聞こえてくる。カリンの叫び声も聞こえたかもしれない。

 

 血を流す眼を乱暴にこすり、コハルとギャラハッドに近づくンザンビに対して、這いずりながらそちらへと向かう。

 

 だが、彼女は一瞥もくれずにコハルの胸元へと剣を突き付ける。

 

 (間に、合わないっ……!)

 

 そして、コハルに向かって振りおろし―――

 

 

 

 

 

 ―――きらなかった。

 

 ンザンビはハッと何かに気付いたように、振り向きざま剣を勢いよく振り払った。

 

 どこからか飛んできた小さい固形の何かは斬られた際に飛び散り、彼女の身体をべっとりと汚していく。ンザンビがそれをまともに受け止めた為、コハルとギャラハッドには被害が無かった。

 

 彼女は自身の身体に付着するそれを忌々し気に見て、ブツブツとなんらかの術を唱えて綺麗にした後、それを投げつけてきた存在に向けて怒気を隠さず言い放つ。

 

 「“全ての生き物の母”にして死そのもの(・・・・・)たるオレに向かって、糞を投げてきたのはオマエが初めてだ。名乗れ、不敬者。嬲り殺しにしてやろう」

 

 ンザンビから放たれる圧力は、この場を支配するかのような強大さだ。

 

 まさしく神霊。これでもまだ本来の力よりも抑えられているというのだから恐ろしい。

 

 (く、苦しいっ……!)

 

 その圧力に屈しそうになりながらも、ンザンビが視線を向けた方向をぼやけた視界で見やる。

 声も掠れているけれど、早く逃げるよう言わなければならない。

 

 

 

 

 

 ―――そこには、彼がいた。

 

 フルフェイスの兜を被り、上質な鎧を身に着けて、ンザンビ()に対しての敵意は隠さずそこにいた。

 

 「貴様、に名乗、る名など、持って、いない」

 

 「じょっ、上級、騎士……!?」

 

 死んだと思っていたはずの上級騎士が、理由こそ分からないが立っていた。

 

 「すま、ない。遅く、なった、我が、ホスト、エリセ、よ……。死に、ながら、象を、相手にし、ていたら、時間が、かか、って、しまった。これ、からは、象にも、警戒、せねば……」

 

 と、申し訳なさそうに上級騎士は語る。

 

 そのいつも通りの気楽さに思わず怒鳴りつけたくなるが、今はそれどころじゃない。

 

 「ば、か……。早く、逃げ、てっ……!」

 

 かすれ声で彼に早く逃げるよう伝えるも、

 

 「逃げ、る?何故?貴女、を置い、て、それは、あり、得ない」

 

 上級騎士は小首をかしげ、全く言う事を聞いてくれそうもなかった。

 

 (ああ、もうっ……!)

 

 「はははー、随分といい覚悟だ。オレの裁きを甘んじて受ける気になったんだね。だが、確かにオマエの首は斬り飛ばしてやったはずなのにね。何故生きているのかは分からないが……。まあいい、もう一度殺してやろうね」

 

 失笑か嘲笑か、それとも両方かは分からないが、上級騎士に対して笑みを浮かべながら、ンザンビは彼に剣を向けるも、

 

 「今の、糞、団子は、先程、不意打ち、で殺され、たお返し、だ」

 

 上級騎士はそれを意に介さず、右手に斧と槍、両方の機能をあわせもった武器であるハルバード、左手には表面にびっしりと鋭いトゲが生えている盾を装備し、臨戦態勢を取った。

 

 「さあ、かかって、くるがいい……。無様に、汚れし、神よ。死ぬ、のは、貴様だ」

 

 「……殺す」

 

 そして、お互いが敵に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 *

 

 「チッ、しつこいねっ……!」

 

 戦況は神霊たるンザンビが有利に運ぶかと思われていたが、意外にも上級騎士は奮闘していた。

 どうやらあのトゲが生えた盾は敵に多大な出血を強いる武器としても使えるらしく、彼女も攻めあぐねているようだ。

 

 「それ、が、取り、柄だっ……!」

 

 だが、上級騎士の方が疲労が明らかに大きい。

 

 あの斧槍のリーチと威力は確かに魅力的だが、外した時の隙も大きいのだろう。先程から何度も懐に飛び込まれかけているのを、トゲの盾で追い払っている事からもそれはうかがい知れる。

 一瞬の隙を突かれて、浅くだが身体を刻まれた瞬間が何度もあった。

 

 つまり、このままでは上級騎士が負ける可能性の方が高い。

 

 私は彼を援護しようと、溢れ出る黒い血を気にすることなく、ンザンビに気付かれないように“枝”を形成していく。

 

 (一瞬でも、ンザンビの動きを止める事が出来ればっ……!)

 

 そこで何度目かの打ち合いが終わり、彼女は何かを確認するように自身のケープに付着した上級騎士の血をペロリと舐めると、

 

 「はは、ははは。アイツ(・・・)め、こんな存在がいるだなんて言っていなかった、まだ何か隠しているのか。後で問いただしてやろうね」

 

 突然笑い出し、彼に向き合った。

 

 何故か表情は先程よりも穏やかだ。

 

 「そうか。オマエ、不死だったのか。どうりで魔術師の使い魔らしくなく、サーヴァントらしくもないと思った訳だ」

 

 と、得心が言ったように言った。

 

 (不死?上級騎士が、不死……!?)

 

 つまりあの謎の存在は、サーヴァントでも使い魔でもなく、“新人類”だったという事なのだろうか。

 

 「だが、不完全な不死だね。死なないのではなく、死んでも蘇る(・・・・・・)……。苦痛は変わらず、死んでも死にきれず、いっそ生き返りたくなくても否応なしに蘇生する。オマエはそんな存在なんだね」

 

 更にンザンビが衝撃的な言葉を口にした。

 

 不完全な不死。死んでも死にきれないし、生き返りたくなくても生き返る。

 

 (ああ、それはなんて……)

 

 「可哀想に、可哀想にね。そして、オマエのような不死は一人だけじゃない。火は陰り、呪われた印が現れ、繰り返される世界……。ああ、とても可哀想だ。永い時代、延々と繰り返されてきた地獄。誰も彼も、神ですら必死に足掻いては絶望し、狂いながら血反吐の海でのたうち回って、失い続けてきたんだね」

 

 彼女は次々と彼の事を暴き立てていく。

 

 上級騎士からは何も反応がない。黙ってそれを受け止めていた。

 

 「オマエの苦痛も、嘆きも、絶望も、全てこのンザンビが終わらせてやろう。そして、この世界を終わらせたのなら、次はオマエの世界を終わらせてやろう」

 

 先程まで彼に向けていた剣呑な様子とは一転し、ンザンビは女神らしく慈悲深い笑みを浮かべた。

 もしかすると、生命や死を司る彼女は、彼に思うところがあるのかもしれない。

 

 だけどもし、上級騎士が彼女の言う通りの存在なのならば、なるほど確かに、彼は慈悲を向けられる対象だろう。

 それとも、これも彼女の側面、“権能”の力によるものなのだろうか。私でさえ、思わず彼女に縋りついてしまいたくなる程だ。

 

 「だから、オレの慈悲に頭を垂れて―――」

 

 ゆっくりと両手を広げながら、上級騎士に近づくンザンビ。

 

 

 

 

 

 ―――だが。

 

 「黙れ」

 

 彼はそれを恐ろしいまでの殺気でもって阻止した。

 

 「黙って、聞いて、いれば、随分、と勝手な、事を、ほざく、神だ……。神、からの、慈悲?そんな、もの、生まれ、てこのかた、与えられ、た事など、ない。誰が、父親かも、分から、ない娼婦、の子として、生まれ、ただ、騎士になる、事を夢見て、生きて、きた。寝る間も、惜しん、で努力して、夢を、叶えた」

 

 上級騎士が、言葉を紡いでゆく。

 

 声には、どす黒い怒りが混じっていた。

 

 「不死、になって、全てが、変わった。称賛は、嘲笑と、侮蔑と、恐怖に、変わった。与え、られたの、は名誉、ではなく、屈辱と、汚物と、拷問だった。一瞬にして、世界は、地獄と、なった」

 

 「巡礼の、旅に、出ても、それは、続いた。貴様の、言った、通り、何度、世界を、救って、も終わり、はなかった。だが、それでも……」

 

 上級騎士は舌足らずもつれながらも、必死に口を動かしていた。

 

 「あの、世界では、誰も、彼も皆、必死に、生きていた。足掻いていた。未来など、分からぬ、まま生きていた。それを、さも、知ったよう、に言われ、るのは、我慢、ならない。忘れるな。決して、忘れるな。愚かなる、神よ」

 

 そこで一呼吸、大きく息を吸って、

 

 「今なお、絶望に、抗い、戦い、続ける、不死人(我々)を、憐れむ事、だけは、断じて、許さないっ……!」

 

 彼の奥底にあるダークソウル(暗き魂)を吐き出すように、叫んだのだった。

 

 

 

 

 *

 

 そこまで言うと、上級騎士はハルバードとトゲの盾を消して身軽になり、その独特の形状からツヴァイヘンダーと区別される両手剣を装備し、ンザンビに向かって駆けだした。

 

 「ッ……!?」

 

 彼の言葉を近くで聞いていた彼女は一瞬反応が遅れたが、すぐさま距離を取ろうとする。

 

 

 

 

 

 ―――だが。

 

 「オマ、エッ……!?」

 

 彼女は動けなかった。

 

 私は上級騎士が喋っている間に、“枝縄”を形成し、ンザンビが逃げようとするタイミングで彼女を捕らえたのだ。

 決してばれないように地面を這わせるようにしていたから、彼女の脚しか捕らえられなかったけど、彼にはそれでも十分だろう。

 

 「今だっ!」

 

 「オ、オオオォォォッ……!!!!!!」

 

 まるで狂戦士(バーサーカー)のように吠えながら、ようやくできたンザンビの隙に叩き込もうとする。

 

 ツヴァイヘンダーをふりかぶり、少し前に出てから正面へと打ち下ろした。

 

 (決まった……!)

 

 倒すまではいかなくとも、ダメージは与えられる。

 

 上手くいけば、そのままコハル達を連れて逃げる事が出来るかもしれない。

 

 

 

 

 

 ―――けれど。

 

 「残念だったね」

 

 「そ、んな……」

 

 ツヴァイヘンダーは空を切り、その剣身を抑え込むように足を置いて、ンザンビは上級騎士の喉元へと剣を突き込んだ。

 

 「さようなら、だ。絶望に抗った者よ」

 

 「上級騎士!」

 

 それは狙いを過たず、喉元に吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

 ―――その瞬間だった。

 

 「馬鹿、が……」

 

 ポツリと上級騎士が何かを呟くと、両手に何かを呼び出した。右手にはオーソドックスなダガー、そして左手には柄の部分がU字の形になっているダガーだ。

 

 左手のダガーを、ンザンビの剣に引っ掛けるようにして回して払う。その行動に全く対応出来なかった結果、彼女の態勢が大きく崩れた。

 

 「な、にっ……!?」

 

 そのまま上級騎士は右手のダガーを渾身の力を込めて、ンザンビの腹部目掛けて勢い良く突き込んだ。

 

 「ぎっ、あ……、がっ……!?」

 

 すると、彼女の身体が閃光に包まれるように掻き消えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 そして、彼は立っていた。

 

 右手のダガーを高々と掲げ、怒号と悲鳴が聞こえるコロセウムで。

 

 名誉も称賛も無く、それでも力強く。

 

 ただ勝利を告げる剣闘士(グラディエーター)のように、立っていた。

 

 

 

 

 

 





 次話で終わりです。
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