ポケモンLEGENDS スカーレット・バイオレット 作:クロウド、
―――パルデア地方、ロースト砂漠。
「あちゃー、これは万事休すってやつかなぁ……。」
一面の砂漠の一角で、とある人物が諦めにも似た投げやりな言葉を呟いた。
彼女の名はナンジャモ。薄い桃色と水色のツートンカラーの長髪と、髪と同じ二色のコイル型の髪留めが特徴的な彼女はハッコウシティのジムリーダーであり、『エレキトリカル★ストリーマー』の二つ名を持つ動画配信者でもある。
そんな彼女が、ハッコウシティからパルデア地方の左右真反対の位置にあるロースト砂漠にいるのは巨大なポケモンの噂を聞きいいネタになると思って噂のポケモンを探しに来ていた。
―――結果からいえば、そのポケモンに会うことはできた。
「まさか、こんなのがいるなんて……!」
「ウィー・ル・ドン!」
眼の前にいる巨大な車輪のような姿のポケモン。シルエットだけ見れば、よろいポケモンのドンファンというポケモンに似ているが眼の前のポケモンは全身が鋼でできており、顔はデジタル絵のようになっている。
これはもはやドンファンをモチーフに作ったロボットいわれても信じるレベルの姿だ。
―――鋼鉄の体で砂漠を踏みしめるこの姿を一言で例えるなら、そう……【鉄の轍】だ。
既にナンジャモの手持ちポケモンは全滅している。でんきタイプ使いの彼女は(見たことのないポケモンのため予測しかできない)じめんタイプを持っている【鉄の轍】に元々不利な上、予想していた以上に【鉄の轍】は強かった。
生配信をしていたら誰かが助けに来てくれたかもしれないが、残念ながら今回は下見に来ただけで配信中ではない。
(なんとか砂漠から出られれば……。)
おそらくはあのポケモンはロースト砂漠をテリトリーにしているのだろう。ポケモンの生態上、自分のテリトリーから出てまで獲物を追っては来ない。
なんとかして【鉄の轍】の不意を付き、ロースト砂漠から脱出できればそのまま逃げ切れるのだが。しかし、【鉄の轍】は真っ直ぐにナンジャモを獲物として見つめてる。
(どうやって、意識をそらすかなぁ……。)
―――そう思った、その時だった。
「―――【3本の矢】」
風に乗って聞こえてきた声と、どこからともなく飛んできた紅葉のような色の鳥ポケモンがナンジャモの頭上から飛び出し、【鉄の轍】に凄まじい踵落としを叩きつけた。
「ジュッ!」
「うわっ!」
砂漠に叩きつけられた【鉄の轍】が復活するよりも前にそのポケモンはナンジャモの体を翼で抱えて距離を取り、素早くナンジャモを下ろすと羽根を矢のように翼に番えて連続で三本の矢を【鉄の轍】に放ち、追撃した。
「ウィィィィ!!!」
凄まじい速度の矢に射抜かれ、さっきくらった踵落としのダメージも相まって【鉄の轍】は巨体をぐらつかせる。
(すっ、すっご! というか、あのデカいのもそうだけどこのポケモンも見たことない!)
ナンジャモは目の前の光景に圧倒された。
ジムリーダーであるナンジャモは自分が使うでんきタイプの他にも挑戦者が使う様々なポケモンを見たことがある。
だが、そんな自分すらも見たこともないポケモンが同じく見たこともないポケモンと激闘を繰り広げている。
(この動画を上げたらバズり間違いなしじゃ……ってのは、流石に不謹慎だよねぇ)
動画配信者の性と眼の前の光景を分析するが、流石に油断して、痛い目を見た側としては不謹慎な考えだったとすぐにかぶりを振る。
ただ、そんな彼女の隣を一人の青年が通り過ぎていった。
何処か、古めかしいイメージを感じる青年は鳥ポケモンの隣に立つ。鳥ポケモンが警戒していないあたりあのポケモンのトレーナーということなのだろう。
青年の顔には一切の警戒はなく、怯えた色もなく、ハッキリとした口調で【鉄の轍】に語りかける。
「僕達はこれ以上、キミに手を出すつもりはない。できればここで退いてほしい」
「ウィー・ル……。」
「ただ、これ以上キミが手を出すというなら、こちらも容赦ができなくなる」
「ジュパァ!」
青年の言葉に続き、彼の隣にいるポケモンが威嚇するように鳴くと、【鉄の轍】が怯みその巨体で一歩退く。そして、
「ウィー・ル・ドン!」
【鉄の轍】は自身の体をドンファンの鼻のようなパーツを丸めて車輪型に変形すると青年とは逆方向に走り抜け、ロースト砂漠の砂塵の中に消えていった。
「逃げてった……?」
言葉だけで【鉄の轍】を退けた青年に驚いて固まるナンジャモ。そして、当の本人はナンジャモの方を振り返り彼女に向かってあるきはじめる。
「あの、お怪我はあり、ません……か……。」
青年はナンジャモに声をかけるが、安否を確認する言葉をかける前に突然、青年の全身から力が抜けたように、彼は前のめりに倒れ込んだ。
「え? ちょちょちょ!!」
倒れきる前に咄嗟に近づいたナンジャモが体を支えたおかげで柔らかい砂漠とはいえ、地面に倒れ込むことはなかった。
「…………。」
「あっ、良かった……息はある」
まさかと思い青年をゆっくり寝かせ、胸に耳を当てるが正常な心臓の鼓動が聞こえる。特にこれといった外傷もないし、命に別状はないと判断し、安堵する。
「なんか……この服、何処かで見たことがあるような……。」
ナンジャモは改めて、彼の様子を観察する。
彼の格好は胴中着の上から着物を動きやすくしたような見た目の服を羽織り、靴は下駄といったまるで歴史の教科書に乗っているような服装、一昔前の調査服のような服だった。腕にはなにかのマークが刺繍されている。
「取り敢えずハッコウシティに戻るしかないよね」
「ジュウゥ……。」
「キミ、この人のポケモンだよね? 悪いんだけどまたさっきみたいなやつが来ないよう見張っててくれない……ってもうしてるね」
「ジュパァ!」
ナンジャモがいうよりも早く青年のポケモンは二人の前におり、野生のポケモン達が近づいてきたりしないよう、近づいてきても対処できるよう臨戦体制で周囲を警戒していた。
ナンジャモはスマホロトムを取り出すと、空飛ぶタクシーに連絡し、迎えに来てくれるように頼んだ。
「アカデミーの学生って感じじゃないよね……身元がわかるまで、ジムの方で保護させてもらうかなぁ。となると、オモダカ氏に連絡したほうがいいか。あと、念の為にアカデミーにも連絡しとこ」
ポケモンリーグの委員長と、念の為に彼がアカデミーの学生であったときのためにテーブルシティにあるオレンジアカデミーにも連絡しとく方がいいと判断した。
「そういえば、君のモンスターボールってどこ?」
「ジュウゥ」
鳥ポケモンはナンジャモの質問に青年の腰にあるポーチを器用にくちばしで開き、中から一つのモンスターボールを咥えて彼女の前に差し出した。
「えっ、これ? モンスターボール、なの?」
ナンジャモが疑問形になったのは無理はない。一般的なモンスターボールは赤と白に上下に別れた丸いシルエットが特徴的だ。
対して、鳥ポケモンが加えてるボールは赤と白で上下に別れた球体、という点は変わらないが、完璧な球体である一般のボールとは違い、上部に穴があり、赤と白のパーツのつなぎ目は金具で閉じられている。材質も金属ではなく、木のような感触だ。
ただ、ナンジャモはそのモンスターボールに見覚えがあった。
(これって確か、歴史の授業で習った開発されたばかりの頃のモンスターボールだよね?)
彼女がまだアカデミーの学生時代、歴史の授業で資料として教科書で見た最初期のモンスターボールと全く同じ見た目だった。
現在のモンスターボールはその機能を技術の進歩によって機械化し、より洗練したものだ。
問題なのは、この最初期のモンスターボールが使われていたのは、およそ100年近く前のことだということだ。
「なんで、こんな古いボールを……。」
ますます、謎の深まる青年のことにナンジャモが首をひねっていると、彼女の上空に空飛ぶタクシーがやってきた。
(取り敢えず、彼のことはジムに戻ってからかなぁ)
今はハッコウシティに戻って、医者に彼の体に異常がないかを見てもらうのが先決と判断し、彼を肩に担いでタクシーに乗り込んだ。