ポケモンLEGENDS スカーレット・バイオレット 作:クロウド、
―――ハッコウシティ、ハッコウジム医務室。
ジムスタッフやジムトレーナー、ポケモン達が万が一体調不良などが起きた際に使う様ポケモンリーグから、設置を義務付けられている部屋。
普段はめったに使うことはないが、現在、その部屋には二人の人物がいた。
一人は丸椅子に座ったこのジムの主である、ジムリーダーナンジャモ。そして、もう一人は備え付きのベッドで横になっているロースト砂漠で彼女を助けた謎の青年。
「はぁ〜、どうしたものかなぁ……。」
あの事件の後、無事にハッコウシティに戻ることができたナンジャモは気を失った青年を街の病院に連れて行ったのだが、特にこれといった異常はないと診断され、【鉄の轍】に戦闘不能にされた自分のポケモン達も全快させて帰路についた。
その後は、ジムの人間の手を借りて彼を医務室に運び男性職員に着替えさせて、こうして医務室に寝かせること一日。
ナンジャモはやることをやりつつ、一度仮眠を挟みながら、この医務室で目覚める様子のない恩人の様子を見ていた。
(リーグにもアカデミーにも連絡したけど、アカデミーの学生ではないことは間違いないし、オモダカ氏がその手の伝手を使って行方不明者の報告がないか調べてくれたけど該当者ゼロってことだったし)
「ボクったら思ったより厄介な案件抱え込んじゃったのかも」
チラリと机の上に広がった様々な道具を見やる。それは、青年のポーチの中身でこの持ち物から彼のことがなにかわかると考えたが、結果は空振りだった。
机の上にあるのは、謎の鳥ポケモンが入っていたのと同じ初期型のモンスターボールが六個、そして、ポケモン図鑑と書かれた紐でくくられた小冊子、文字が掘られた色とりどりの19枚もの石板、土で汚れた20枚の紙の束、不思議な形状の紫の笛、そして、ホワイトカラーで画面裏に金色のリングのような装飾の付いた妙な形のスマホ。
残念ながら、スマホは暗証番号ロックされていて開かず、他の書類や石板には刻まれている文字はよくわからない内容ばかり、図鑑に関しては載っているポケモンから別の地方の図鑑ということしか分からず説明文も古めかしい言い回しで、ナンジャモには意味がわからない。
「それにしてもまだ手書きのポケモン図鑑ってあるんだぁ」
今の時代、アプリでポケモン図鑑が開ける時代だ。それ以前でも、専用の機械があった、紙の図鑑などそれこそ十年単位は昔の代物だ。
(こういうのって誰が詳しいんだろ? やっぱアカデミーの生物とか歴史の先生かな? でも一年位前に先生が総入れ替えになったらしいし、また電話かけるのめんどいなぁ〜)
「ボールのことと言い、案外、過去からタイムスリップしてきたりした人だったりして! まっ、そんなわけないよね〜……。あっ!」
的外れでもない予想を口にしながら、モンスターボールを確認していたナンジャモが手を滑らせ、誤ってボールを落としてしまう。その衝撃で開いたボールから飛び出した光が姿を形成し、それはやがて小型のポケモンの姿を形どって現れた。
「アゥゥ……。」
「ゾロア?」
ボールの光の中から現れたのはわるぎつねポケモンのゾロア、というポケモンによく似たポケモンだった。よく似た、というのはそのポケモンの見た目はナンジャモの知ってるゾロアとは大きく違う点がいくつかあるからだ。
「白い、ゾロア?」
眼の前のゾロアは頭の先や尻尾の毛の先が青く全身は雪のような白とグレーの毛並みだった。オマケに首元の毛が少し濃く口元が隠れまるでマフラーのようになっており、頭と首元、尻尾の毛の先がユラユラと炎のように揺らめいている。
ゾロアらしきポケモンは見慣れない医務室を不安そうにキョロキョロと見回す。そして、その様子を見ていたナンジャモの姿をその黄色い瞳で見つける。
「お、おはコンハロチャオ〜……。」
「アウゥッ!」
なんとなく、自分が勝手に作ったナンジャモ語の挨拶をすると、そのポケモンは涙目になって医務室の端っこに逃げていって丸まってしまう。
「か、かわいいじゃん……!」
ゾロアというポケモンは黒い体毛が特徴的で、基本的にふてぶてしい態度で、敵を騙していたずらを成功した子供のようにニシシと笑う姿がよく見られる。だが、眼の前の白いゾロアにふてぶてしい態度は欠片もなく、寧ろ弱々しくナンジャモに怯えてブルブルと震えている。
(これがギャップ萌えってやつなのかな〜)
「ほ、ほ〜ら、怖くないよ〜。こっちおいで〜」
「ウゥゥゥゥ……。」
そんな姿が可愛らしく、なんとか仲良くなろうとナンジャモが手を広げてこっちに来るように声をかけるが、白いゾロアは相変わらず怯えた様子でさらに離れていってしまう。
「ど、どうしよう……。」
「アゥゥ……アゥ?」
「………。」
すると、白いゾロアはベッドの上で眠る自分のトレーナーの姿を見つけると、ピョンと飛び跳ねてベッドに飛び乗るとトコトコと青年の枕元まで近づいて、その顔をペロッと舐める。
「んぅぅ……」
「!」
「ゾロ、ア?」
青年の目元が動き、ゆっくりとその瞼を開けてゾロアの姿を見つけて、名前を呼ぶ。
段々と細くしか開いていなかった瞼を、ゆっくりと開いていき、パッチリと目を見開くと体を起こして辺りを見回す。
「おっ……。」
「あれ? 貴方は……。」
「起きたぁぁぁぁ!!」
「うわあっ!」
「アウッ!?」
「皆の者、起きたぞぉぉぉぉ!!!」
突然、目覚めた青年の姿にナンジャモは驚愕と歓喜の声を上げて、袖をぶん回しながら青年が目覚めたことをジムの人間に伝える為に医務室を飛び出ていった。
「なに、今の……?」
「アウゥ……。」
「というか、ここ何処?」
荒ぶるナンジャモが飛び出し、医務室に残されたのは青年と白いゾロアだけになった。
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「じゃあ、あの砂漠で倒れた僕を貴方が連れてきてくれたんですね、ありがとうございます」
「まっ、そゆことだね〜。こっちも命を助けてもらったしお礼はいいよ〜!」
「そんな大したことはしてませんよ」
上体を起こし、ナンジャモからことの成り行きを聞いた青年は、膝の上に載せたゾロアを撫でながらナンジャモに頭を下げた。
「ところでなんだけど、君はなんでロースト砂漠に? 武者修行とか?」
「それが……信じてもらえるかわからないんですけど……。気づいたら、いた、としか」
「へ?」
まさかの返答に、ナンジャモだけでなく自慢のコイル型髪留めの目まで?マークを記してしまう。
「実は僕……あの砂漠に行くまでの記憶が殆どなくて……。」
「き、記憶喪失ってこと?」
ナンジャモの質問に青年は重く首肯する。
「どういう経緯で、どうして、どうやって、あの砂漠にいたのかも、自分の名前も……覚えてるのは、ポケモンの知識と、自分のポケモンのこと、あとはどこかでポケモンの調査をしてたこと、でしょうか」
「調査……あっ、じゃああの図鑑!」
調査という単語でナンジャモは机の上にある青年の荷物の一つである図鑑を見やる。
「多分、あれを完成させるのが仕事だったんだと思います」
「なるほどねぇ……それで記憶を失って砂漠で彷徨ってたところでボクのピンチに鉢合わせたってことかぁ……。」
ナンジャモはまるで小説のような青年の境遇に驚きながら、落ち着いた様子で彼を観察する。
見たところ、青年に嘘をついている様子はない。となると、当面で困ることが一つある。
「そうなると、呼び方どうしようかぁ」
「呼び方?」
「名前がないと不便でしょ? ポケモンのこと以外でなにか覚えてる言葉はない? 名前を思い出すまで、それを名前の代わりにするとか」
「覚えてる、言葉……。」
青年は瞳を閉じて、頭の中にパッと浮かんだ身に覚えのないワードを口にした。
「ヒスイ……。」
「翡翠って、宝石のこと?」
「よくわからないけど……その単語だけが頭の片隅に引っかかってるんです」
「―――よしわかった、今日からキミはヒスイ氏だ!」
「ヒスイ、ですか?」
「名前を思い出すまでの応急処置ってことでさ、しばらくはそれを名前にして生活してればいいよ。ボクもそう呼ぶからさっと! ボクの方はまだ自己紹介もしてなかったね」
コホンと咳払いをすると、ナンジャモは動画配信のときと同じようにポーズを取ってお馴染みの決め台詞を口にする。
「あなたの目玉をエレキネット! 何者なんじゃ? ナンジャモです! 動画配信者兼このハッコウジムでジムリーダーやってるよ〜!」
「ジムリーダーだったんですか……!」
「そだよ〜、ジムリの知識はあるんだ、じゃあポケモンリーグのこともわかる?」
「えっと、ハイ覚えてます。四天王とかチャンピオンのことですよね?」
どうやら、青年―――ヒスイはジムリーダーや四天王といったポケモンリーグのシステムのことは知識として覚えていたらしい。
「じゃあ、このパルデアのことも覚えてるかな?」
「パルデア?」
「おっと、それについては知らないのか……なら、暫くここにいてパルデア地方のことを学ぶといいよ」
「えっ、いいんですか?」
「もっちろん! 行く宛もないだろうし、キミはボクの命の恩人だしね♪」
(なにより、ここで逃したらせっかくの視聴者シビルドン登りの動画を取れそうなチャンスを不意にしてしまうかもしれない!)
なにせ、見たことのないポケモンを二体も連れているトレーナーだ。ナンジャモのインフルエンサーとしての直感が彼から発せられるバズりの気配を感じ取ったのである。
善意半分、打算半分のナンジャモの提案にヒスイは内心安堵した。なにせ、見知らぬ地で記憶もなく放り出されたら確実に詰むと思ってたところだったからだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……よろしくお願いします、ナンジャモさん」
「こっちこそ! よろしく頼むよ、ヒスイ氏! ついでにぃ〜」
「?」
「ようこそ、パルデア地方へ!」
ナンジャモは今更ながらにパルデア地方への新たな来訪者に歓迎の言葉を送った。
―――この出会いが彼女と彼女の周りの人物にさらなる波紋を広げることになるのだが、その話はまださきの話。