老デウスの物語   作:TANASOUKO

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発病

甲龍歴400年代を代表する魔術師を問われると、10人いれば9人は『ルーデウス・グレイラット』と答えるだろう。

わずか5歳にして水聖級魔術師の称号を得て、その後『泥沼のルーデウス』として冒険者として活躍。

晩年には自ら開発したオリジナル魔術である電撃魔術と、伝説の存在と言われていた重力魔術を駆使し、数多の英雄豪傑を屠った。

後年人の口に上る二つ名は、『雷神』。

その生涯があまりにもドラマチックであること、多数の剣士を打ち倒した理由が一切不明なこと、そしてその最期について今でも謎が残っていることから、吟遊詩人の詩から戯曲に至るまで様々な題材で語られることとなっている。

彼は長い間ラノア王国シャリーアを拠点としていたが、意外にも、シャリーアに滞在し始めた頃の彼はその魔術の腕前から人目を引く存在ではあったが、好んで周囲とトラブルを起こす人柄ではなかったようだ。

晩年の殺戮者としての側面からは考えにくいが、当時の彼はごく善良な市民であったと伝えられている。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

魔大陸からソーカス茶を手に入れて戻った俺たちは、ナナホシに飲ませてその病気を抑えることに成功した。

それからシャリーアに戻った俺は、ふと思いついて日記をつけることにした。

この世界には日記帳なんてないので手作りだ。

 

そうして日記を初めてつけた晩、俺は夢を見た。

 

あいつが現れた。

ヒトガミだ。

頼み事があるという。

地下室の様子を見てきて欲しいとのことだ。

 

といっても俺の家の地下室だ。

異常なんてあるわけないだろう。

 

何もなかったらなかったでいいとか言っていた。

 

目を覚ました俺はそっと椅子から立ち上がると、壁にかけてあるローブを取った。

少し肌寒い。

まだ春だと言っても雪が残っている。

部屋を出ようとして、扉を開けた。

 

「――ん?」

 

ふと、気配を感じて振り返った。

もちろん、誰もいるわけがない。

俺が座っていた椅子と机があるだけだ。

 

「まぁ、いいか。さっさと地下室を見てこよう」

 

と。

俺は扉をくぐろうとして。

 

「そこだっ!」

 

もう一度振り返った。

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階下に降りる。

みんな寝ているかのようで、家は静まりかえっている。

窓から差し込む月明かり。

 

そっと扉に近づく俺。

 

やだなぁ。

何もなければとか言って、扉の向こうに龍神とかいたらどうしよう。

まぁ、そんなわけはないだろう。

 

俺はそっと扉に手をかけて、開けた。

 

「え――」

 

()()() ()

右目――予見眼が痛いほどに発動している。

意識せず発動するのは初めてのことだ。

 

血だ。

血だまりが見える。

 

部屋の中はそこかしこが血だらけだった。

部屋の中は死の匂いに満ちていた。

 

正面の突き当たりに誰かの亡骸が見える。

半身が青黒く変色している。

まるで結晶と化しているかのように見える。

誰だろう。

青い髪が見えるような。

 

床に誰かの亡骸が見える。

切り伏せられたのか、片腕が身体から離れている。

全身血にまみれていて誰か分からない。

だが、体つきから女性のように見える。

血だらけで分からないが、髪の色は白いような。

 

奥にも亡骸が3つ、転がっている。

切り刻まれている。

小柄な人影と、騎士のような鎧を着けた人影。

もうひとり、少しだけ手前に見える人影。

赤茶色の髪に、見覚えがあるようにも。

 

どさっ。

誰かが倒れる音がした。

新たな亡骸が加わったようだった。

袈裟懸けに切られたような亡骸だった。

赤黒い血だまりの中でひときわ映えるような真っ赤な髪。

どこかで、どこかで見たことがあるはずだ。

 

右目が熱い。

熱くてなにも考えられない。

 

ただ入ってくる怒濤のような情報の渦。

何か、これは、重要な、ものじゃないのか。

 

だめだ。

右目が熱い。

痛みすら覚える。

涙が出てきそうだ。

 

でも俺は、この光景を覚えておかないと、何か取り返しの付かないことに――

 

 

 

 

 

「――あれ?」

 

部屋の中には何もなかった。

いや、普通に魔力付与品(マジックアイテム)や家庭菜園の肥料なんかはあるんだが。

今何か見えたような気がしたけど、気のせいだろうか。

 

ふと、右目――予見眼のあるほうだ――の下に違和感を覚えて、頬に手をやる。

あれ、俺泣いてる?

指が湿って、驚いた。

 

両目をこすってみる。

新たに涙が出てきてないようだ。

なんだろう、いったい。

 

なんだろうといえば、このヒトガミの依頼もよくわからない。

ただ地下室をみてきてほしい、だなんて。

 

何もあるはずはないのに。

変なやつだな。

まぁあいつはいつだって変なんだが。

 

俺は部屋に背を向けて、扉を出る。

ぱたん、と扉を閉める。

 

うう、寒い。

 

シルフィか、ロキシーのベッドに潜り込もうかなぁ。

エッチなことを抜きにして、なんか人肌が恋しい。

 

ぶるり。

もう一度、身震いをすると、俺は階段を上っていった。

 

 

---

 

 

翌朝。

前の晩に夜更かしをしたせいか、少し寝坊をした。

 

朝の鍛錬はお休みだな、こりゃ。

 

とんとんと階段を降りていく。

 

「あ、おはよう、お兄ちゃん」

「おはようアイシャ」

 

いつものように元気よくぱたぱたと歩いてきたのはアイシャだ。

 

「ちょっと聞いてよーお兄ちゃん」

 

言って、アイシャは顔をしかめた。

 

「朝から変なネズミの死体を見ちゃった」

「ネズミ?」

「うん。なんか、青黒い歯をしてて、気持ち悪かった」

「で、そいつはどうした?」

「ん、なんか病気を持ってたら嫌だし、袋に入れて川の近くまで行って埋めてきたよ」

「直接触ったりはしてないか?」

「もちろん触ってないよ」

「そうか、ならいいんだが」

 

一日の始まりからなんかケチが付いた気分、といってアイシャは肩を落とした。

 

まぁネズミくらい珍しくないだろ、と言って話を終わらせた。

食卓に行くと、もうロキシーとゼニスがいた。

シルフィとリーリャが朝食の準備を終えようとしているところだ。

 

「おはようロキシー、母さん、リーリャ」

 

おはようございます、と返すロキシー。

ゼニスは返事はしないが、俺の顔を見て、また食卓に視線を戻す。

 

いつもの朝の風景だ。

 

「ロキシー、今日は早いですね」

「ええ、なんか小腹が空いて、早く目が覚めてしまいました」

「まぁたまにはそういうこともありますよね」

「ちょっと思い当たる節もありますし」

「?」

「はっきりわかったら話しますよ」

 

そういうとロキシーは食卓に視線を戻した。

テーブルの上には湯気を立てるスープが置いてある。

 

「お待たせー」

 

シルフィがエプロンを外しながら俺のとなりに座ってくる。

リーリャはゼニスの隣に座る。

アイシャが最後にロキシーの隣に座った。

 

「「いただきます」」

 

家族みんなで食べる食事。

いつものルーデウス邸の光景だった。

 

 

---

 

 

「魔石病?」

 

数日後。

帰宅したノルンが夕食で話したのは、聞いたこともないような――いや、なんか聞き覚えがあるな。

 

「たしか、体内の魔力が魔石になっていく奇病、だな」

「あ、兄さんはご存じでしたか。その、魔石病になった猫が近所で発見されたそうですよ」

「怖いな」

 

全身が結晶化した猫の死骸がみつかったそうだ。

死骸は魔法大学の研究室が持って行ったらしい。

 

「しばらくみんな手洗いとうがいをちゃんとしたほうがいいな」

「魔石病って、それで防げるんですか?」

「いや、わからないけど。やらないにこしたことはないだろう」

「わかりました。私も寮では手洗いうがいをすることにします」

 

「そういえば、おばあちゃんに会ったよ」

「エリナリーゼに?」

「それがねー」

 

んふふ、とシルフィが嬉しそうに笑った。

 

「おめでたかもしれない、って!」

「ええっ!」

 

クリフ先輩との子供か。

 

「喜んでいただろう」

「それはもう!」

 

エリナリーゼがうきうきしてる様子が目に浮かぶ。

妊娠している間は例の病気も出ないだろうしな。

 

「クリフ先輩も喜んでいるだろうな」

 

シルフィがルーシーを妊娠したと初めて聞いた時のことを思い出す。

自分の子供ができたと言うこと。

目の前にいる愛しい存在が自分の子を孕んでくれたという事実。

あの瞬間の気持ちは、なんとも言えない感動に満ちていた。

 

「それなんだけどねー、クリフ先輩、すごく心配しちゃっているみたいだよ」

「心配?」

「うん。おばあちゃんは妊娠も子育ても大ベテランなんだから、大丈夫だって言ってるらしいんだけど」

 

まぁ気持ちは分かる。

シルフィもそうだったが、エリナリーゼもいわゆる安産型ではないしな。

 

「じゃあ今度、クリフ先輩とエリナリーゼを呼んで、お祝いをしないといけないな」

「そうだね。おばあちゃんにはボクが言うよ」

「ルディ」

 

ロキシーが俺に声をかける。

 

「ルディも子供ができたら喜びますか?」

「そりゃあ、もちろんですよ!」

 

力強く断言する。

 

「ロキシー。ルディはボクがルーシーを身ごもった時も、すごーい感動してたんだよ」

 

シルフィが嬉しそうにロキシーに声をかける。

 

「そうですか」

 

ロキシーは頷いた。

何だか嬉しそうだった。

 

「じゃあ、クリフとエリナリーゼさんをちゃんとお祝いしてあげないといけないですね」

「そうだな」

 

それから、クリフとエリナリーゼを呼んで、どんなお祝いをするかを話し合った。

 

……だが、そのお祝い会は、開かれることはなかった。

 

 

---

 

 

数日後。

 

がたっ。

 

「ロキシー!」

 

起きてきたロキシーが、椅子に座ろうとして、崩れ落ちた。

俺が駆け寄って、抱き起こす。

 

「あれ……ルディ? 私……?」

 

ちょっと意識が朦朧としているようだ。

 

「今起きてきたところで、椅子に座ろうとして倒れたんです」

 

言って、額に手をやる。

……熱がある。

 

「ロキシー、熱があります。学校は休みましょう」

「いえ、でも」

「生徒に移したりしたら、大変ですよ」

「……そうですね」

 

責任感の強いロキシーは、こうでも言わないと休まないだろう。

 

「シルフィ、学校に連絡してロキシーはしばらく休むと伝えてもらえるか」

「うん。……大丈夫だよね?」

「もちろんだ」

 

ここがブエナ村だったら、そんな断言はできない。

だがここは魔法大学のあるシャリーアだ。

治癒魔術も解毒魔術も専門としている教室がいくつもある。

 

俺やクリフ先輩の伝手を辿れば、その道の権威たる教授に診てもらうことも不可能じゃないだろう。

 

きっと。

きっとすぐ良くなるはずだ。

 

その時の俺は、そう信じていた。

 

 

---

 

 

俺はロキシーの部屋で、ベッドに横たえたロキシーを見ながら、椅子に座っていた。

 

病気。

この世界。

魔術が発達しているこの世界は、意外にも病気に弱い。

 

いや、むしろ、怪我に強いと言う方が正しいだろう。

治癒魔術を使えば怪我の種類を問わず、治すことができる。

 

聖級の治癒魔術を使えば、過去に失った部位欠損すら治すことができるという。

俺は過去にヒュドラとの戦いで失った左腕を右手で押さえた。

 

そう。この失った左手すら、聖級の治癒魔術を使えば元通りになるのだ。

 

だが病気は違う。

治癒魔術も一定の効果はあるとされる。

それは治癒魔術は体力を回復するからだ。

 

前世の知識がある俺は、病気のメカニズムをある程度、知っている。

もちろん専門家ではないので詳しくはないが。

 

病気はまず体力を失うところが原因となる。

そして普段から身の回りに存在する菌やウィルスが本来身体の持つ抵抗力を超えた時、発病する。

無論、元気な時でも罹患したら一気に身体を悪くする毒物なども存在するが。

 

つまり簡単な病気ならば治癒魔術で体力を取り戻せば自然に治るのだ。

問題は、簡単でない病気の場合だ。

 

毒物や強力なウィルスや菌の場合、一般的な治癒魔術では治らない。

そういうものの場合は解毒魔術の領域だ。

 

そして、解毒魔術は初級がほとんどのものに対応している。

初級で対応していないものの場合、ピンポイントで中級以上の解毒魔術が必要となる。

そして中級以上の解毒魔術は数が膨大になっているのだ。

 

ロキシーの病気がどんなものかはわからない。

 

俺はとりあえず初級の解毒魔術を唱える。

 

「神なる息吹は滋養の源。病患いしかの者に。再び目覚めの力を与えん。アンチドーテ」

 

ぱぁっと、ロキシーの身体が光る。

しかしロキシーの荒い息づかいは治らない。

 

まだ分からない。

 

今の魔術が効いたとしても、怪我と違ってすぐ治るものではないのだ。

熱や咳は、身体の持つ防衛機能だ。

今の瞬間、ロキシーの身体を蝕んでいた毒素が消えたとしても、熱や咳がすぐに消えることはない。

 

しばらくは様子を見る必要がある。

 

と、扉がノックされた。

 

「……ルディ、どう?」

 

扉を開けると、心配そうなシルフィの姿があった。

洗面器とタオルを持ってきている。

 

「わからない。今初級の解毒魔術を使ったけど……」

 

俺は無詠唱魔術で水を作り出すと、洗面器でそれを受ける。

タオルを浸して絞り、ロキシーの額に乗せた。

 

「最近ね、ロキシー、ちょっと調子が悪いって言ってたんだ」

「そうか……」

「ロキシーって、すぐ無理しちゃうところがあるから、心配だね」

「うん」

 

そっと、シルフィが俺の手を掴む。

 

「……ボクがロキシーを見ているから、ちょっと散歩でもしてきたら?」

「……」

「あんまり思い詰めてると、ルディまで身体を壊しちゃうよ?」

「そうだな」

 

言って、俺は椅子から立ち上がる。

 

「じゃあ、ちょっと頼む、シルフィ」

「うん!」

 

――だが。

ロキシーはその日も、その次の日も、熱が下がることはなかった。

 

俺とシルフィは知っている限りの中級解毒魔術を試したが、ロキシーは治らないままだったのだ。

 

 

---

 

 

しばらく経ったある日。

 

「ルディ!」

 

シルフィに呼ばれて、俺はロキシーの部屋に入った。

 

「ルディ、ここ、見て……!」

 

シルフィの指さす先。

ロキシーの足先。

右足の親指と、人差し指。

その先端が、青黒くなっていた。

 

内出血のような、皮膚の内側が変色しているのではない。

まるで。

ああ、まるで。

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「……クリフ先輩を呼んでくる」

 

俺はシルフィに告げる。

クリフ先輩なら。

つい先日、クリフ先輩は魔界大帝キシリカ・キシリスから魔眼をもらっていた。

 

識別眼。

 

その目で視たものは、キシリカの知識にある限り、何なのか分かるという代物だ。

あらゆるものに名前と説明文が浮かぶらしい。

その識別眼なら、ロキシーのこの症状がなんなのか分かるに違いない。

 

いや、どうにか分かって欲しい。

 

これで分からなかったら、お手上げかもしれないのだ。

 

 

 

---

 

 

 

クリフ先輩を連れてきた。

たまたま一緒にいた、エリナリーゼとザノバも一緒である。

 

クリフ先輩はその目を封じていた眼帯を外すと、反対の目を閉じて、じっとロキシーの足先を見ている。

 

「……」

 

すごい集中力を感じる。

 

「……クリフ?」

 

おそるおそる、エリナリーゼが声をかける。

 

「……」

 

クリフ先輩は何も言わないまま、そっと識別眼をロキシーの足先から外す。

眼帯を戻しながら、彼は重い口調で言った。

 

「ルーデウス。……場所を変えよう」

 

言って、クリフ先輩は立ち上がる。

俺は嫌な予感を覚えながら、彼を居間に案内した。

シルフィやリーリャ、アイシャたちも居間に集まってきた。

 

クリフ先輩は座ると、深いため息をついた。

 

「クリフ、……どうだったんですの?」

 

エリナリーゼが恐る恐る、という感じで尋ねる。

クリフ先輩は、重い秘密を打ち明けるように口を開いた。

 

「ルーデウス。……ロキシーさんは、魔石病だ」

 

 

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