老デウスの物語   作:TANASOUKO

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蛇足編「逃亡者ノルン」

甲竜歴435年。

 

ゼニス、リーリャ、ルーシーと共にミリシオンに移り住んだノルンは22歳になっていた。

彼女はミリシオンにある冒険者ギルド本部所属の冒険者である。

 

彼女が冒険者になった理由は、家に居づらかったからである。

祖母であるクレア・ラトレイアは、ノルンが15歳になったころから見合いを多く持ち込むようになった。

クレアにしてみれば、女の幸せは結婚にあると思っていたからだろう。

ノルンにとっての当主であるルーデウスはラノアにいて不在、母であるゼニスは廃人となり意思疎通が出来ないと言うことで、自身がノルンの行く末を決めてやらねばと考えるのはある意味無理のないことと言えた。

 

しかしノルンはそれに反発した。

結婚が女の幸せであるという価値観にも同意できなかったし、自身の人生は自分で決めたいと考えたからである。

彼女の年齢を考えればそれもまた無理のないことだったかもしれない。

 

結果、ノルンは冒険者として身を立てる道を選んだ。

ルーシーが手のかからなくなった時期になったこともあり、家を不在がちにしても問題ないと思ったからだった。

 

それから7年。

ノルンはA級冒険者という位置まで上り詰めていた。

飛び抜けた実力はないが、真面目で、依頼に対して真摯に向き合うことから評判はよかった。

 

そんなある日。

彼女が久しぶりにラトレイア家に戻ったところである。

 

――悲鳴が聞こえたのだ。

 

 

 

---

 

 

 

「あああぁぁぁ!! ゼニス! ゼニス!!」

 

声の主は祖母であるクレアのものだった。

ノルンは即座に走り出し、声の元に向かう。

 

ゼニスの居室と定められた部屋に飛び込む。

 

そこには神殿騎士が10人ほどいた。

完全武装である。

全身鎧(プレートメイル)を身につけ、剣を帯び、槍を携えているのは正規の神殿騎士団の姿である。

 

そして、ノルンは見た。

 

――胸から血を流す、母ゼニス。

 

――その前にある血だまり。倒れ伏すリーリャ、ルーシー。

 

――そのゼニスに抱きつき声を上げるクレア。

 

……全身の血が沸騰するかのような感覚がノルンの身体を貫いた。

 

 

「ああああああああっ!!!」

 

 

腰の剣を抜く。

標的は血塗られた槍を手にしたひとりの騎士。

 

剣を振りかぶる。

 

がんっ!!

 

剣を弾かれた。

剣を取り落としはしなかった。

 

「ノルン・グレイラットだ!! そいつも殺せ!」

 

神殿騎士が叫ぶ。

と、叫んだ騎士にクレアがしがみついた。

 

「ノルン!!!」

 

ノルンは、これほど必死に叫ぶ祖母の姿を初めて見た。

 

「――逃げなさい!!!」

 

反射的に身を翻した。

いつのまにか出入り口を神殿騎士が塞いでいる。

 

「うわあああっ!!」

 

正面から体当たりをした。

女性とは言えA級冒険者。

兄ルーデウスとは違い闘気を扱うことの出来る彼女は、肩書きに恥じないだけの筋力を手に入れていた。

 

だんっ!!

 

立ちはだかった騎士を廊下の壁に叩きつけると、ノルンはさらに走りラトレイア家を出た。

 

何が起こったのか。

 

いや、考えなくてもわかった。

露見したのだ。

ラトレイア家には匿われている状態だった。

 

兄ルーデウスはミリシオンの大聖堂から神級の解毒魔術を盗み出した罪で『神敵』として手配を受けている。

 

この世界。

親兄弟の罪は本人の罪とされてもおかしくはない。

 

ゼニスは『神敵』を産んだ罪。

ルーシーは『神敵』の子として産まれた罪。

ノルンは『神敵』と血を分けた罪というわけだ。

 

ノルンはそのままミリシオンを離れる。

 

幸い、冒険帰りだったのが功を奏した。

普段使っている冒険道具類を全て持っていたからだ。

 

だが、自分の存在がミリス教団に見つかった以上、おそらく近隣の町や村には手配がかけられたに違いない。

どこにも寄ることはできない。

 

ノルンは、一晩考えて結論を出した。

 

――向かうは北西。

――ラノア王国。

 

兄ルーデウスに伝えなくてはならない。

ゼニスとリーリャ、ルーシーの死を。

 

 

 

---

 

 

 

それから一月後。

ノルンは王竜王国の街道沿いを歩いていた。

 

疲弊しきっている。

 

この一月という間、(ろく)に休むことも出来なかったからだ。

 

彼女は徒歩で旅をしている。

ミリシオンに来る際、大陸全土に張り巡らされた転移魔方陣を使って移動した。

だがその使い方は妹アイシャだけが知らされており、ノルンは知らなかった。

転移魔方陣のある場所もはっきりとは分からない。

 

街道沿いの町や村には立ち寄ることはあっても、宿泊はしなかった。

 

どこまでミリス教団の手が回っているかわからなかったからである。

最悪、ラノアまでの全ての町に回っていることも考えられる。

ミリス教団は大陸全土に広がる巨大組織であり、教会のない町などない。

 

夜になると、街道から少し離れた林の中などで野宿をした。

 

食事は小動物を殺して食べた。

路銀を少しでも節約するためである。

 

冒険者として過ごした経験が、彼女を救っていた。

 

だが、その生活も限界が近い。

野宿と狩りだけの生活を一月。

冒険者だけあって、並みの女性とは基礎体力が違うノルンとはいえ、精神的にも肉体的にも十分な休息をとれない生活は彼女の体力を奪い続けていた。

 

 

 

---

 

 

 

それからさらにふた月。

ノルンはシーローン王国にたどり着いた。

 

正直、身も心もぼろぼろである。

 

ここまでたどり着けたことも奇跡と言っていいかもしれない。

 

ほぼ着の身着のままで旅を続けていた。

もはや彼女は乞食に近い外見である。

 

……一泊だけ、宿を取ろう。

 

自身の限界は感じ続けていた彼女はついに決断する。

このままではラノアにたどり着く前に衰弱死を向かえる。

そう考えた彼女はなるべく裏路地にあるような宿に入る。

宿帳には偽名を書いた。

 

そうして、彼女は三ヶ月ぶりにまともな栄養のある食事を取り、風呂に入ると、ぐっすりと眠った。

 

――宿の主人の手元にミリス教団からの手配書があることにも気付かず。

 

 

 

---

 

 

 

ノルンを取り逃がしてからのミリス教団の動きは速かった。

即座に全土の協会に向けノルンの手配書を作成。

協会は手配書を街の中にある宿屋と飲食店に配布した。

 

手配書には彼女の名前と似顔絵、服装、持っている装備品などが記載されていた。

その末尾には賞金額が書かれ、最後にこう書かれている。

 

――生死問わず(デッドオアアライブ)

 

 

 

---

 

 

 

一日ゆっくり休んだノルンは少しだけ元気を取り戻すと、街道に出た。

 

あれからミリシオンはどうなったろう。

祖母クレアや、祖父カーライルはどうなったか。

カーライルは神殿騎士団の団長という立場にある重鎮だ。

 

だが、その団長が『神敵』の身内を匿うという犯罪を犯したことで、かえって重い罪を着せられたかもしれない。

いずれにせよ今のノルンにはどうすることもできない。

 

ノルンは次に兄ルーデウスに思いを馳せた。

あるいは凶報はラノアまで届いただろうか。

兄であれば母ゼニスや我が子ルーシーが殺されたとなれば怒り狂いミリシオンまで出向き、関係者を皆殺しにするかもしれない。

そう考えると逆にミリシオン付近に隠れ住んでいた方がよかったかもしれない。

 

いや、そういうわけにもいかないだろう。

 

ラノアに話が伝わるかと言うことがそもそもはっきりしない。

通常、ミリシオンとラノアと言えば、手紙を出しても一年かかるかという距離だ。

ミリス教団であれば独自の情報網を構築しているかもしれないとは思うが、全ては可能性だ。

 

可能性を当てにして隠れ住むというのは無理がある。

 

それよりも、この旅だ。

一歩でも進めばラノア王国が近づく。

これより確実な方法はないはずだ。

 

 

 

――しかし、彼女の思考はそこで止まった。

 

 

 

街道の先。

明らかに神殿騎士と思われる一団が道を塞いでいたからだった。

 

 

 

---

 

 

 

神殿騎士の身に纏う全身鎧(プレートメイル)には特徴がある。

ゼニスをルーシーを、リーリャを殺したその姿を、忘れるはずがない。

 

まだ一団とは距離がある。

こちらが視認できたということは向こうもこちらを視認した可能性が高い。

 

左右を見回す。

街道の横は20メートルほど草原になっているが、その先は森である。

 

ノルンは迷わず小走りになると、森に向かった。

 

あるいは()くこともできるかもしれない。

また、もし戦闘になったとして、多数対一であるならば、少しでも狭い場所である方が戦いやすい。

そう考えたからだった。

 

 

 

そして、一団から三人ほどがこちらに向かってくるのが見えた。

 

「そこの女! 止まれ!」

 

三人のうちのひとりが声を上げた。

 

無視して、森の奥に入る。

 

「追うぞ!」

 

追いかけっこが始まった。

 

 

 

---

 

 

 

一見すると、全身鎧(プレートメイル)を身に纏った神殿騎士は明らかに森の中に分け入るのは不利である。

だが、神殿騎士もまた闘気による筋力の底上げがなされている。

むしろ長旅で疲れ切っているノルンの方が不利であった。

 

 

……10分ほど森の中を逃げたところで、ついにノルンは神殿騎士に追い詰められた。

大木を背にしたノルンに、槍を突きつける騎士たち。

 

「……女、なぜ逃げた。フードをとれ」

 

身につけたマントについたフードを目深にかぶったノルンに、神殿騎士が言う。

 

ノルンは観念すると、フードを外す。

現われる金髪。

 

「……ノルン・グレイラットだ!! いたぞ!!」

 

騎士のひとりが笛を取り出すと、大きな音で吹き鳴らした。

 

ピイィィィィィィーーーーーー!!

 

 

 

その瞬間。

ノルンは剣を構えると、その騎士に斬りかかった。

 

「やああああーーーーーっ!!」

 

「!」

 

反射的にその騎士は槍を繰り出すが、片手で笛を持っているため、もう片方の手で繰り出されたそれは、明らかに殺気がこもっていなかった。

 

ガキン!!

 

ノルンの剣が、騎士の槍を弾く。

――と、続けてノルンの剣は全身鎧(プレートメイル)の覆われていない箇所――脇の下を貫いていた。

 

「ぐわあああああっ!!」

 

そのまま身体の中心に向けて剣を突き出す。

感覚で背骨辺りまで貫いたことを確信すると、剣を引き抜く。

 

ノルンのいる場所にもうふたりの騎士から槍が突き出される。

 

ノルンは前方に転がるようにして槍を避けた。

そのままの勢いで立ち上がる。

 

土槍(アースランサー)!!』

 

狙いはふたりの騎士の足下。

全身鎧(プレートメイル)の弱点は、足下と股間には保護するパーツがないことだ。

そこを固めてしまうと歩けなくなる。

 

だが、ふたりの騎士は飛び退くようにして魔術を(かわ)す。

当然、全身鎧(プレートメイル)に対して、足下からの攻撃を狙ってくることは想定されているのだ。

 

大火球(エクサフレイム)!!』

 

間髪入れずに次の魔術を発動。

今のノルンができる最大の攻撃。火系統の中級魔術だ。

 

「ぐわあっ!!」

 

連続で来られたことで処理できなかったのか、大火球(エクサフレイム)を受けた片方の騎士が吹き飛ばされる。

 

「ぬぅっ! 貴様!!」

 

同僚をやられた騎士が槍を手にノルンに迫る。

 

だがそれは悪手だ。

槍は本来、剣の届かない距離から一方的に攻撃を加える武器である。

仲間をやられたことで逆上した騎士は自分からノルンの持つ剣の届く距離に入って来てしまった。

 

がんっ!!

 

ノルンの振るう剣が騎士の持つ槍を大きく弾く。

ノルンは続けて騎士に近づくと、顔の前、兜の開口部に手を向ける。

 

衝撃波(エアバースト)!!』

 

兜の開口部から入り込んだ風魔術が騎士の脳を揺さぶる。

 

どさっ!!

 

騎士が倒れる。

 

――今しかない!

 

ノルンは三人の騎士が戦闘不能になったと判断すると、さらに森の奥に逃げようとする。

 

……だが、それは早計だった。

衝撃波(エアバースト)を食らった騎士が四つん這いに身を起こすと、槍を投擲したのだ。

 

ざしゅっ!!

 

ノルンの太ももを槍が貫く。

 

「きゃああぁぁっ!!」

 

ノルンは転がって悲鳴を上げる。

 

「――よくも、仲間を」

 

騎士が身を起こすと剣を抜く。

 

その背後。

先ほど街道を塞いでいた騎士たちが追いついてきたのか、姿を見せる。

 

その数、20人。

 

何があったかは見れば分かる。

 

脇の下から大量の血を流し倒れた騎士。

火魔術をくらい見える皮膚を焼け焦がせた騎士。

 

動かなくなった仲間の骸を見る目は、皆復讐に濁っていた。

 

「殺せ!」

 

先ほど槍を投擲した騎士が叫ぶ。

一団は手に手に槍を手に持つと、ノルンに迫る。

 

 

 

---

 

 

 

――運命力。

 

ある存在(・・・・)が口にした言葉である。

 

人は生きていると、『こういう出来事があって、やがてこうなる』というのがあらかじめ定められている、と。

そして運命には強い、弱いがある。

弱い運命は強い運命を持つものと接した際、影響を受けて変わることがある。

逆に強い運命は弱い運命がいくつあろうと影響を受けることはない。

 

ならば、この日彼ら(・・)に起きた運命は、あらかじめ定められていたものであり、個人の努力など関係ないものなのか?

 

 

 

――(いな)

 

 

 

断じて否である(・・・・・・・)

 

全ては、あきらめなかったから。

 

ノルンが一日も立ち止まらずミリシオンから逃げ続けたこと。

 

そして、()もまた、ノルンのことを聞いてから昼夜問わず、駆けつけたこと。

 

それが、この運命(きせき)を呼んだのだ。

 

 

 

---

 

 

 

いくつもの槍が繰り出される。

 

ノルンは、太ももの傷を押さえ、目を閉じた。

 

 

 

ガキキキキンッ!!!

 

 

 

金属のぶつかり合う音がした。

ノルンには一本の槍も届かなかった。

 

ノルンが目を開ける。

 

そこには、彼女を守るように騎士の前に立ちはだかる一人の男の姿があった。

手には三叉の槍。

白い槍だ。

 

その槍を見たノルンは驚愕に目を見開く。

 

まさか。そんな。

 

――だが、ノルンがその槍を見間違えるはずがない。

 

視界がぼやける。

両目から涙がこぼれる。

 

「ああっ……あああ……」

 

涙はあとからあとからこぼれてきた。

 

立ちはだかった男。

緑の髪をしていた。

民族衣装のようなポンチョを身に纏っている。

 

 

 

「……ルイジェルドさん!!」

 

 

 

それが限界だった。

ノルンはそこまでどうにか声にすると、その後声を上げて泣き始めた。

 

男――ルイジェルド・スペルディアは槍を一振りすると、ノルンを見やって、微笑んだ。

 

「――ここまで。よく、逃げてこれたな」

 

それだけ口にすると、騎士たちに向き直る。

 

「貴様ら――どういうつもりであろうと」

 

ぎらり。

 

ルイジェルドの目が剣呑な光を帯びる。

 

「俺の前でノルンを傷つけて、ただですむと思うなよ」

 

言って。

ルイジェルドは槍を構えるのであった。

 

 

 

---

 

 

 

ルイジェルド・スペルディア。

(よわい)500を超える、スペルド族の戦士である。

 

かつて戦士長として、スペルド族の戦士を率いラプラス戦役において名を馳せた勇士であり、魔神ラプラスの封印にも力を貸した英雄である。

だが500年の時を経た今、彼の名はほぼ残っていない。

 

ただ魔大陸において『デッドエンド』の名のみ残る。

子供を助け悪人を殺し続けた500年間で、逆に子供を狙う怪物としてつけられた名である。

 

ただ一部ではデッドエンドの名は冒険者パーティーの名であるとして、怪物デッドエンドの名は駆逐されつつある。

 

いずれにも、ルイジェルドは関わっている。

だが、あくまで冒険者の間での話である。

 

当然、この騎士たちは知らない。

 

 

 

――目の前にいる魔族が、七大列強にも比肩しうる、魔族最強の男であることを。

 

 

 

---

 

 

 

「貴様! 邪魔立てするか!」

 

騎士のひとりが、そう言って槍を構え直した。

いや、構え直そうとした。

 

おそらく、最初に動いたのが悪かったのであろう。

 

ルイジェルドの姿が一瞬で消えると。

騎士が一瞬で倒れ。

ルイジェルドの姿は少し離れた木の上に現われた。

 

「――!?」

 

一瞬のことで、ルイジェルドの姿を見失った騎士たちが右に左に視線を移す。

 

そのときにはすでにルイジェルドは騎士たちに向かって木の枝を蹴り、凄まじい勢いで元の位置に戻ってきていた。

 

ルイジェルドが槍を振るう。

 

 

 

ズガアアアアァァァァァァァァン!!!!

 

 

 

爆発するがごとくに騎士たちが吹き飛ばされた。

 

「ぐわああああああああああっ!!!」

 

吹き飛ばされた騎士たちが悲鳴を上げる。

彼らの身につけた全身鎧(プレートメイル)はルイジェルドの一撃の前には無力であった。

 

簡単に鎧をへしゃげさせられた騎士たちは、あるいは樹に叩きつけられ、あるいは地面に転がり、口から血を吐き出した。

 

「何いっ!!」

 

一瞬で6人の仲間を吹き飛ばされた騎士たちが驚愕の声を上げる。

 

 

――だが、ルイジェルドは止まっていなかった。

 

 

即座に体勢を立て直すと槍を横に振るう。

 

ががんっ!!

 

「ぐわっ!!」

 

ふたりの騎士がその軌道上にいた。

なすすべなく吹き飛ばされる。

 

と、同時にルイジェルドは蹴りを繰り出していた。

 

ぼきぃっ!!

 

ルイジェルドの蹴りを頭部に受けた騎士が兜を一回転させる。

首の骨を折られた騎士は声もなく崩れ落ちる。

 

――残りは12人。

 

「えやあああああっ!!」

 

ルイジェルドに向けていくつもの槍が繰り出される。

 

ルイジェルドは槍を振るう。

槍は冗談のように軽く弾き返される。

 

圧倒的なまでの『闘気』の差。

 

ルイジェルドは槍を構え直すと、凄まじい回転をかけて槍を繰り出した。

 

がぁんっ!!

 

全身鎧(プレートメイル)はルイジェルドの槍を一瞬たりとも食い止めることは叶わなかった。

腹部に冗談のような大きな穴を開けた騎士が数メートルも吹き飛ばされる。

 

さらにルイジェルドの足がきらめく。

美しいほどの軌道を描いた回し蹴りが3人の騎士を吹き飛ばす。

吹き飛ばされた騎士が樹に叩きつけられる。

 

残りは8人。

 

「う、うわああああっ!!」

 

瞬く間に半数を戦闘不能にさせられた騎士たちは、戦闘意欲を失ったのか全員が背を向けて走り出した。

ルイジェルドはすぐに後を追うと次々に槍を繰り出した。

 

どすっ。

ずがっ。

 

都合八度。

 

――全員が倒れた。

 

ルイジェルドはその後、蹴りで倒れた騎士に近づくと、ひとりひとりにとどめを刺したのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「――ノルン」

 

ノルンが次に気がついた時、彼女はルイジェルドの背に背負われていた。

 

「ル、ルイジェルドさんっ!」

 

慌てたノルンはルイジェルドの背から降りようとする。

だがルイジェルドの手がしっかりとノルンの足に回されており、彼女は降りることは出来なかった。

 

「――無理をするな。足の傷は血止めはしたが深い」

 

「あ、はい……あの、ルイジェルドさん、どうして、ここに……?」

 

「俺はスペルド族を見つけ出した。ビヘイリル王国の森の中に彼らの村がある」

 

「……」

 

「ビヘイリル王国にもお前の手配書が回ってきていた。ミリシオンから逃亡を図ったとのことなので、街道沿いに進めばお前に会えるのではと考えミリシオンに向かっているところだった」

 

「ビヘイリル……!」

 

それはアスラ王国の東にある小国のはずだ。

少なくとも、このシーローン王国に来るまでには数ヶ月はかかる。

 

「そんな、遠くから……」

 

「気にするな。――お前を守るためだ」

 

簡潔な返答が、ノルンの心にしみた。

 

「ルイジェルドさん……」

 

ぎゅっ。

ルイジェルドの肩に回した手に、力がこもる。

 

ルイジェルドはノルンの重みをまるで感じないように軽々とあゆみを止めず歩き続けるのであった。

 

 

 

---

 

 

 

ノルンの足の傷は中級治癒魔術でも完全には治せなかった。

彼女には足に引きずらざるを得ない障害が残った。

 

上級、あるいはそれ以上の治癒魔術を使えば直せるかもしれない。

だがこの世界。

上級以上の治癒魔術はほぼミリス教団が独占している。

 

この傷を治す方法は当面諦めざるを得なかった。

 

「ルーデウスのいるラノアまで送ればいいか?」

 

ルイジェルドが言った。

 

「いえ、この足じゃ兄さんの足手まといになってしまいます……あの、ルイジェルドさんの村に、連れて行ってもらえませんか?」

 

「俺の村に?」

 

「はい。スペルド族の村ならミリス教団の人はいないですよね? ……料理や掃除くらいなら、ルイジェルドさんのお役に立てます」

 

「……そうか」

 

ルイジェルドは多くを語らなかった。

だが拒否することもなく、ノルンを連れてスペルド族の村に帰ったのだった。

 

 

 

---

 

 

 

この一連について、ノルンはルーデウスに手紙などで伝えることはしなかった。

差出人の場所が分かることで、スペルド族の村にミリス教団の手が及ぶことを懸念したからである。

 

そのため、ルーデウスは最期まで母や子の行く末を知ることはなかったのである。

 

 

そして数年後。

ひとりのスペルド族が誕生する。

 

 

名をルイシェリア・スペルディア。

スペルド族の汚名を晴らす運命を背負った、スペルド族最後の少女である。

 

 

 

 




あとがき

Q.このときルイジェルドって疫病(=ドライン病)にかかっているんじゃないの?
A.はい。ビタがもうルイジェルドの中にいます。
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