老デウスの物語   作:TANASOUKO

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獄炎

「ピレモン殿!」

 

言って、騎士のひとりがエリスの前に立ちはだかった。

 

ひゅんっ!!

 

エリスは標的が変わったことを意にも介さず、騎士に肉薄すると剣を振り切った。

 

「……」

 

時が止まったかのようだった。

切られた騎士は糸が切れたかのように動きが止まった、かに思えた。

 

すっ。

鎧が、音もなく落ちた。

そして、鎧を追うかのように、騎士の肩と首から上が落ちる。

 

どしゃっ。

そして、主を喪った胴体が、ばたりと倒れる。

 

恐るべき『鳳雅龍剣』の切れ味。

騎士の鎧と肉体を、豆腐でも切るかのように斬り抜いたのだった。

 

「んなっ! 馬鹿なっ!」

 

目の前の光景が信じられないかのように、ピレモンが言う。

腕に覚えはあるだろうとは思っていたが、元は貴族の子女だったエリス。

それが、二回りは大きい騎士を一刀両断にしてのけたのだ。

 

「ピレモン様、お下がりください!」

 

また別の騎士が、前に出る。

同時に複数の騎士がエリスとギレーヌに近づいていく。

 

だが、ふたりは止まってなどいなかった。

 

――『狂犬王』と『狂剣王』。

 

この世界。

一般的な認識として、数の力は絶対だ。

だが、それをごく一部の力が覆すことがある。

 

例えば強大な魔術師。

強力な魔術は天災にも似た威力を持って、一撃で数百人を殺すことがあるという。

 

例えば強大な剣士。

七大列強とも言われる剣士ならば、地形を変えるほどの一撃を放ち、たとえ千人が相手でも殺すことができるともいう。

 

だが、そういった隔絶した個になど、滅多に会うものではない。

だから、一般的な認識としての数の力というものは正しいのである。

 

だが、ここにいるのはその「隔絶した個」であった。

 

騎士たちにとっての悪夢が始まった。

 

 

 

***

 

 

 

「ぐあっ!」

「ぎゃあっ!!」

 

ギレーヌに殺到した騎士たちから悲鳴が上がる。

 

四足獣と見まがうほどに身をかがめたギレーヌが、騎士たちの足下を走り抜けたのだった。

鎧に守られていない内ももを深く切り裂きながら。

 

一閃。

 

一転、ギレーヌは大きく跳ねるとひとりの騎士の首をかききる。

血しぶきが舞う。

 

 

 

エリスは走っていた。

ピレモンに向かって。

 

その行く手を何人もの騎士が阻む。

 

しゅっ!!

 

騎士の目には剣を一閃したように見えた。

が、実際には6度、剣を振るっていた。

 

「……」

 

どさどさっ。

声もなく、6人の騎士が倒れ伏す。

 

「ひいっ!!」

 

ピレモンが悲鳴を上げる。

 

返り血が、噴水の如くに噴き上がる。

それを避けようともせず、エリスはピレモンに肉薄した。

 

そして、エリスはもう一撃を振るった。

 

それは、明らかにピレモンに届いてはいなかった。

剣の届く射程ではなかった。

だというのに、ピレモンの動きが止まった。

 

「が……」

 

ピレモンの口から血がほとばしる。

 

――『光の太刀』。

剣神流が奥義の一。

剣に合わせて飛ばした闘気が、ピレモンを後ろから両断したのだった。

 

「ピレモン様!」

「おのれ!」

 

主を斬られ、騎士たちは激高する。

奥の方にいた騎士が、増援を呼びに行った。

 

エリスとギレーヌは、同時に剣を振るうと、剣についた血糊を飛ばした。

ふたりの瞳がぎらりと輝く。

 

 

 

---

 

 

 

どん! どん! ばたん!

 

……なんだか上の階の方で人が暴れているような音がする。

 

見張りの騎士も、同僚らしき騎士が呼びに来てどこかへ行ってしまった。

さて、それじゃあ脱出しますか。

 

無詠唱魔術であっさりと後ろ手に縛られた縄を切断すると、猿ぐつわを外す。

 

どかん! ぐしゃっ!

 

上階での物音は止まらない。

むしろ激しさを増しているようだ。

 

何だか分からないが、触らぬ神に祟りなしってね。

俺は鉄格子を魔術で切断すると、物音の元から遠ざかるように脱出をした。

 

 

 

ピレモン邸から走って逃げながら、俺は考える。

 

「あの屋敷にはアリエルたちはいなかったな……」

 

ピレモンの様子からはアリエルをかくまっている様子はなかった。

もしアリエルやシルフィがいたのなら、俺を捕まえたというなら出てきてもおかしくはない。

 

どこか別邸にいるのだろうか?

さすがにそうなるとお手上げに近いが。

 

「よかった、ルーデウス! 無事だったのね!」

 

向こうから馬に乗った人影が現れたかと思うと、俺に話しかけてきた。

 

「トリス!?」

「大変よ! 王都でアリエル王女がクーデターですって!」

「何だって!」

 

アリエルがミルボッツ領に潜んでいるというのはデマだったのか。

 

「状況は!?」

「まだ詳しいことは分からないわ! この馬あげるから、急いで向かって!」

「ありがとう、助かる!」

 

トリスから馬を預かると、飛び乗る。

 

シルフィ! どうか、無事で……!

 

 

 

馬を飛ばして、王都に向かう。

途中の街では、クーデターの話でもちきりだった。

 

王都に潜伏していたアリエルは、第一王子と第二王子の命を同時に狙ったらしい。

だが、きな臭い空気を事前に察知していた宰相ダリウスは、あからじめ水神や北帝を招いていたという。

対するアリエルの陣営は、ルークとシルフィ、あとはアリエルの身の回りの世話をしていた女性が二人程度。

 

話にならない戦力差だ。

 

 

 

そうして、王都まであと1日というところで。

クーデターが鎮圧されたという情報を聞いた。

 

 

 

街では皆が口々にクーデターの話をしていた。

 

「アリエル王女は捕らえられたらしい」

 

どこかのおばさん。

 

「アリエル王女に率いられた手勢は全滅したらしい」

 

興奮した様子の男。

 

「アリエル王女は後日処刑されるとか」

 

行商人らしき男。

 

 

全……滅……?

 

シルフィ、は……?

 

 

 

王都の片隅。

処刑場には、死体が多数、転がっていた。

雑多に積み重ねられていた。

 

「あ……あ……」

 

俺は、よろよろと処刑場に近づく。

王国騎士らしき鎧の男に制止された。

 

「これ以上近づくな!」

 

どん、と押された俺はその場に尻餅をつく。

 

「あ……ああ……」

 

まず目に入ったのは、ルークの死体だった。

あの美形の顔が見る影もなく。

両目から血を流して、悔しそうな死に顔を晒していた。

 

そのすぐ下。

そこに。

 

 

シルフィの死体があった。

 

 

片腕は根元から切り飛ばされていた。

顔にも大きな傷があった。

流れた血はすでに乾き、どす黒い色を見せている。

 

何も見ていない瞳が、空をにらんでいる。

 

と、石が飛んできた。

 

がんっ。

 

石は、ルークの頭に命中した。

 

「……!」

 

思わず、石を投げた方を見る。

 

「平和を乱す反逆者め」

「いい気味だよ」

「アリエル王女も早く処刑されればいいのに」

 

人々が、口々にアリエルたちへの罵詈雑言を吐いていた。

また石が投げられる。

俺がそれを目で追うと、その石は、シルフィの頭に命中した。

 

シルフィの何も見ていない瞳の向きが変わった。

……こっちを見た。

 

黄土色の混じった、白濁した瞳が、俺を捕らえた。

 

「ああっ……あ……あ……」

 

この光景は何だ?

何で、俺の目の前に、シルフィの死体が、ある?

 

シルフィ。

 

幼い頃、緑色の髪を持っていた彼女。

それが原因でいじめられていたのを助けたのが出会いだった。

 

はじめは男の子だと思っていた。

将来イケメンに育つだろうと思った。

一緒に風呂に入ろうとして、無理矢理脱がせて、女の子だと判明した。

 

俺が留学しようかと口にした時、抱きついてきて、泣いた。

「どこにもいかないで」と言ってぼろぼろと涙をこぼしていた。

 

――その瞳が、今、色をなくして、俺を捕らえている。

 

冒険者としてシャリーア魔法大学を訪れて、フィッツ先輩として再会した。

大学の先輩後輩として、一緒に転移事件のことを調べた。

 

当時EDを患っていた俺は、治す方法がないかと探していた。

色々あったが、最後に治してくれたのは、シルフィだった。

 

そうして俺たちは結婚した。

 

結婚パーティにはたくさんの人が来てくれた。

アリエルたちも来ていた。

そこで俺はルークと決闘をして、勝った。

 

――そのルークは、今シルフィの上で、血だらけの顔を晒している。

 

シルフィと暮らすために家を用意した。

古い家を買ってリフォームした。

妹たちが増えて。

ベガリットに行って、家族が増えた。

 

ゼニス。リーリャ。そして……ロキシー。

幸せだった。

本当に、幸せだった。

 

――シルフィの頭に、カラスが止まった。

――カラスは、何かを腹に収めようというのか、シルフィの腹にクチバシを伸ばし――

 

 

 

「うわああああーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

 

絶叫。

それが、俺の口からほとばしっているとは、最初分からなかった。

 

周囲の目が俺に集まるのを感じる。

構うものか。

 

 

「ああああーーーーーーーーっっ!!」

 

 

無詠唱魔術を脳内で組み上げて、発動する。

 

ブオオオンッ!!

 

爆発するかの如くにシルフィたちの死体が燃え上がった。

 

――獄炎火弾(エグゾダスフレイム)

 

俺の使える中で、最も火力の高い火魔術。

炎はシルフィをつつこうとしていたカラスをあっさり捕らえ、地面に落とした。

 

「うわあああああああーーーーーーーーーーっ!!」

 

俺の火魔術は止まらない。

更に魔力を込めると、炎は天を焦がすかの如くに宙を舞う。

 

「き、貴様の仕業かっ!?」

 

突然の炎に目を奪われていた騎士が、ようやく原因に気づいたのか、俺に向き直る。

 

俺は、魔力を込めたまま、その騎士を見た。

 

途端、その騎士を獄炎火弾(エグゾダスフレイム)の炎が包む。

 

「ぎゃああああっ!!」

 

並の火球弾(ファイアーボール)程度なら防ぐであろう全身鎧も、獄炎火弾(エグゾダスフレイム)の炎は防ぎようがない。

数百度から数千度に達しようかという炎は、鎧を容赦なく焦がしていく。

内側の衣服や人体など言うまでもない。

 

「な、何だっ!?」

「おい、どうした!」

 

遠くにいた騎士がこちらの様子に気づいたのか、近づいてこようとしている。

 

俺は、そいつらも、見た。

 

さらなる爆発音。

次々に燃え上がる騎士。

 

処刑場の外側にいた人々は逃げ惑い始めている。

処刑された死体が、それを警護していた騎士が、燃え上がりだしたのだ。

何が何だか分からず右往左往する人々。

 

俺はそちらにも何カ所か、目を向けた。

 

ドゴォン!!

ドォンッ!!

 

「ぎゃああああっ!!」

「うわああっ!!」

 

俺の魔力が人々の中に無差別に獄炎火弾(エグゾダスフレイム)を巻き起こす。

燃え上がる人々。

我さきにと逃げ惑う人々。

煌々と炎が太陽以上にまぶしく処刑場を照らす。

この世の地獄のような状況の中で、俺はただ、シルフィたちの死体を見ていた。

 

炎は更に勢いを増し、赤から黄色になり、更に白へとその色を変えようとしていた。

 

 

 

何時間経ったろう。

俺は死体を燃やし続けたまま、呆然としていたようだった。

気づいたら処刑場は無人となっていた。

 

周囲には、俺のほかには燃やされた騎士が松明のように燃えているのみ。

それもほぼ燃え尽きて火がちょろちょろと残っているのみだった。

 

晴天だった空は、いつしか黒い曇天に変わっていた。

俺の起こした炎が上昇気流を生み、雲を呼んだのだろうか。

 

口元を拭う。

血が付いていた。

どうも、叫び続けていたために喉が裂けたようだった。

 

――ぽつり、ぽつり。

 

雨が降ってきた。

俺が燃やし続けていた、死体のあったあたりは火山の火口のように地面が赤く変色していた。

雨のしずくが落ちると、じゅうっと音を立てて、水蒸気が立ち上る。

 

それも、次から次へと降り始める雨に押し負ける。

 

いつしか雨は強さを増していた。

 

俺は、ゆっくりと立ち上がる。

雨が俺の全身を叩く。

 

俺は、のそりのそりと、死体のあった場所に近づいた。

 

シルフィの死体のあったあたりに、ひざまづく。

 

そこには、黒く変色した土以外、何もなかった。

 

「おおお……」

 

ぶるぶると震える手をそっと伸ばすと、土をすくい上げる。

握りしめる。

 

それは、ただの土だった。

 

「うわあああ……」

 

俺の目から、涙がこぼれた。

一度こぼれると、もう止まらなかった。

 

ぼろぼろと、あとからあとから、涙がこぼれ続ける。

 

「シルフィ……」

 

雨が俺の身体を洗う。

手の内にある土は、雨水に流されて、地面に帰った。

 

「しるふぃ……しるふぃ……!」

 

俺は、シルフィを喪ったというのに。

彼女の遺体にしがみついて、泣きわめくこともできないのだった。

 

「うわあああ……しるふぃ……! しるふぃ……!!」

 

俺は、泣き続けた。

泣き続けるほかに、何もできなかった。

 

 

 

 

---

 

 

甲龍歴425年に発生したアスラ第2王女アリエルのクーデターの後。

処刑場に晒されたアリエルの手勢の遺体が燃え上がり、警備に当たっていた騎士と見物人23名が犠牲になった。

これを『アリエルの怨火事件』と呼ぶが、この原因がルーデウス・グレイラットの手によるものだという説がある。

 

説に寄れば、この時死亡したアリエルの手勢の中にはルーデウスの妻が含まれており、彼女の遺体が晒されていることに我慢のならなかったルーデウス・グレイラットが彼女の遺体もろとも魔術で焼き尽くしたのだという。

 

ルーデウス・グレイラットの妻としてはシルフィエット・グレイラットとロキシー・M・グレイラットのふたりが知られているが、このふたりの名はアリエルの手勢の中には確認できない。

しかし、手勢の中でフィッツという名の守護騎士が確認できる。彼女こそがシルフィエット・グレイラットであるというのが説の論拠である。

 

このフィッツと呼ばれる守護騎士については出身も来歴もはっきりせず、ある日突然にアリエルの手勢に加わったと記録にある。

これは家名や血筋を重んずるアスラ王国としては極めて異例なことであり、当時としてもかなり取り沙汰されたようだ。

フィッツの正体を探る書簡はかなり残っていることからそれらがうかがえる。

 

その中に、シャリーア魔法大学にアリエル王女が留学していた際の文献に「フィッツがルーデウス・グレイラットの妻になった」と残されているものがある。

文献の信憑性としてはなんとも言えない。

一学生の日記によるものであり、学術的な論拠とするにはいささか弱いと言わざるを得ないからである。

 

一方で、ほぼ同時に起きたとされる、ピレモン・ノトス・グレイラットの暗殺事件。

これがエリス・ボレアス・グレイラットの手によるものだというのはほぼ間違いないとされている。

彼女がピレモン邸に招かれた書簡も残っており、また当時ピレモン邸に務めていた家宰の証言からも裏付けがとれているからである。

 

なぜにエリス・ボレアス・グレイラットがピレモン・ノトス・グレイラットを殺害したのかについては不明ではあるが、彼女は祖父サウロスが転移事件の責任を取らされ、いわば謀殺されたことを恨んでいた、ゆえに謀殺を行った宰相ダリウス派であったピレモンを殺害したのだ、という説には一定の説得力がある。

後述するがエリスは当時すでに狂剣王と呼ばれる強力な剣士であり、同時にさまざまなトラブルを剣でもって制してきたという実績もある。

ピレモンがどういった理由でエリスを呼び寄せたかは不明だが、エリスからしてみればピレモンに呼ばれたのをこれ幸いと捉え、ピレモンを殺害せしめたのだと考えられる。

 

 

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