ヒトガミについて。
アイツの情報を少しでも集めたい。
神を名乗るアイツが何者なのか。
アイツのいる空間にどうやったらいけるのか。
今の俺にはまるでわからない。
俺以外にもアイツが夢に出てきて情報を与えられた者はいるのだろうか?
これはいそうな気がする。
なんというか、アイツの口ぶりを見る限り、そうやって情報を与えることに慣れているように思えたからだ。
だとすれば、俺の知らないヒトガミの情報を知っている人間がいるかもしれない。
俺が今まで生きてきた中でヒトガミのことを知っていた者はひとりしかいない。
――『龍神』オルステッドだ。
だが彼の所在はわからない。
以前会った時は赤竜の下顎と呼ばれる街道での偶然のすれ違いだった。
ヒトガミが『出会うなんて思ってなかった。この広い世界を歩き回って出会う確率なんて……』と言っていたレベルだ。
あるいは、ともに旅をしていたナナホシならオルステッドと連絡を取る手段を持っていたかもしれない。
だが、彼女はもう……。
とにかく、オルステッドを探すのは難しいと思う。
向こうが俺を探しているなら話は別だろうが……。
一応、ペルギウスには会うことがあったら教えてくれと言っておこう。
そう思ってケイオスブレイカーに来たのだったが。
「ヒトガミ、という存在についてご存じでしょうか」
そう話した途端、ペルギウスの目がきらりと光った、ような気がした。
「オルステッドが追っている存在だな」
「そうです。ヤツは俺の敵にもなりました。妻ふたりの仇です」
ふむ、とペルギウスは顎に手をあてる。
「ヒトガミ――。我もオルステッドから聞いたことしか知らぬ」
「それで構いません。教えていただけないでしょうか」
「ふむ。……ヒトガミという存在だが、おそらくはこの世界の存在ではない」
「……」
「ヤツが行うのはお告げと称して人の夢に現れ指示を与えること。それで何かを動かしているようだが、目的はわからん」
「……お告げは俺も受けたことがあります」
「そうだったのか」
ペルギウスが少し驚いたかのように目を見開く。
「オルステッドはお告げを聞いた者を使徒と呼んでおる。そしてヒトガミの目的を妨害するために使徒を皆殺しにしている」
「……」
「オルステッドならば、ヒトガミの目的や居場所を知っておるかもしれん」
「……ペルギウス様は今オルステッドがどこにいるかご存じないですか?」
「あやつは人里を離れ旅をすることを好む。今の居場所など見当も付かぬ」
「そうですか……。もし、オルステッドを見つけることがあったら俺に教えていただけないですか?」
「よかろう……。だが、一度はヒトガミの使徒だったお主だ。オルステッドがお主を殺そうとした場合、我とて止められぬぞ」
「覚悟の上です」
ぎゅっと、手を握る。
命の危険など恐れはしない。
本当に俺が恐ろしいのは、シルフィとロキシーの仇を討てないことだ。
「わかった。……最後にひとつ言っておく。オルステッドはこうも言っていた。ヒトガミ――その名はヤツを会話した者しか知らぬ。だがヤツにはもうひとつ名があると」
「もう一つ……?」
「『
ジンシン。
その名はこの世界で知らない者はいない。
この世界の創世神話。
10万年前に、7つに別れていた世界のひとつ、『人の世界』を支配していた神。
龍神により人の世界以外は滅ぼされ、他の種族が人の世界に逃げ込み、今の世界となった。
つまり、ジンシンは今俺たちがいるこの世界を支配していた神だ。
「……本当なのですか。ヤツがかつてこの世界を支配していた神だと」
「わからぬ。オルステッドの言うことだ。我には真偽は図れぬ」
「……」
「だがお主にはひとつ希望があろう」
「……?」
「オルステッドが打ち倒そうとしている、ということは打ち倒すことのできる存在だと言うことだ。剣が届くか、魔術が効くか……それはわからぬが全く何も手が出せぬ存在というわけではなかろう」
「ペルギウス様……」
「行くがよいルーデウス・グレイラットよ。お主の悲願が達成されんことを」
「ありがとうございます!」
とりあえずヒトガミ――ジンシンについては情報集めだな。
世界中を回って伝承とかを集めながら、長生きの人から情報を集める。
幸い転移魔法陣があるので、世界のあちこちに行くのは当てもなくさまようよりはましだろう。
定期的にこの街に戻ってきながら旅をしていくことにしようと思う。
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魔術について。
最近は『
理由は簡単だ。
『
俺のよく使う『
つまり、岩の塊や燃える火の塊が飛んでいく。
実体があるということは、盾で防ぐこともできるし、剣で両断されることもあるということだ。
この世界。
剣士の上澄みは並の人間とは隔絶した身体能力を持つ。
俺が『
ここでいう上澄みというのは、ルイジェルドやギレーヌだな。
敵としてあった中なら『不死魔王』アトーフェラトーフェや『龍神』オルステッドがそうだ。
だが、『
『
これは大きなアドバンテージだと思う。
また、『
つまり、世界でもこの魔術の存在はほぼ知られていない。
ということは、抵抗するための方法も知られていないし、対抗魔術的なものもないと言える。
火魔術は水魔術で消火できる。
霧魔術は風魔術で吹き飛ばせる。
そういったセオリーが、『
研究されれば何か対抗策が発見されたりするかもしれないが、存在することを俺しか知らないのだから、研究されることもない。
そう考えて、『
今のところできたのはふたつだな。
『
ちなみに俺の手から電撃が出るのではなく、俺の背後に魔術で作り出した小さな雷雲から電撃が走る。
『
あの時も敵味方構わず痺れさせ大火傷を負わせたが、この魔術は敵味方の識別ができない。
だから、接敵する前に前方に沼を発生させるなどの使い方になると思う。
もっと出力を上げて大技的なものも作りたいのだが……。
はっきり言って大概の魔物相手ならこのふたつで済むんだよな。
これ以上となると、威力が強すぎて周辺への被害が大きすぎる。
使う度にクレーターができるような魔術では困るしな。
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転移魔術について。
ヒトガミがこの世界にいないかもしれない。
そのことから、ナナホシが研究していた転移魔法陣を使えば、ヒトガミのいる世界にいけるかもしれないと考えた。
ナナホシから話を聞くことはできないが、アイシャがその研究資料を読み解いている。
けっこう時間も経つし、少しは解読が進んでいるかもしれない。
そう思ってアイシャにナナホシの研究について話を聞くことにした。
自宅のソファに腰掛けてアイシャと話をする。
「うん。そろそろお兄ちゃんが聞いてくるんじゃないかなーって思ってたよ」
にこり、とアイシャが笑う。
「まだそれぞれの魔法陣の担っている処理とかは解明できてないんだけど、基本的な原理はわかったよ」
そう言って、アイシャは語り出した。
転移魔法陣について。
転移魔法陣は転移先を指定する必要がある。
この時、『移動先までの距離』と『移動先の時間』を指定する。
『距離』と言っても普通に隣の町まで何m、という訳にはいかない。
世界と世界を飛び越えて異世界に行くための魔法陣だからだ。
単位は次元間単位と呼ぶべきもので設定しないといけないらしい。
ただ注意しないといけないのは、異世界と異世界の位置関係は常に揺れ動きながら近くなったり遠くなったりしているらしい。
世界が動くとは想像も付かないが、そういうものらしい。
だから『距離』で指定するのは現実的ではなく、何らかの『物質』を指針として飛んでいく方法を採る、ということなんだが。
「物質?」
「転移先に何らかの『縁』のあるものを指定するみたい。ナナホシさんの場合はバッグがそうだったみたい」
ナナホシのスクールバッグ。
元の世界からナナホシと一緒に転移してきたものだ。
「そのバッグで指定するのは『距離』と『時間』の両方。『このバッグが生まれた世界へ、このバッグのあった時間軸へ』って感じみたい」
「なるほど」
異世界には詳しくないが、多次元世界? とかいうのだと微妙に何かが違うだけの異世界がたくさんあるらしいし。
だがナナホシのスクールバッグが生まれた世界なら間違いなくナナホシの転移元の世界だしな。
つまり、ヒトガミのいる世界に行くためにはヒトガミのいる世界にあったものが必要ということか。
……そんなものがあるかはわからない。
だが、何もわからないままとは違う。
それを見つけることができれば、ヒトガミをぶちのめしに行ける。
少しでも希望が見えたような気がした。
「あと――これは、もしかしたら、なんだけど……」
アイシャが珍しく奥歯にものが挟まったような、はっきりしていないことを言った。
「……なんじゃ、ないかなぁ」
「……そうかもな」
今の俺にはヒトガミを倒すことが最優先だ。
もしかしたらの可能性には賭けることができない。
でも。
念のため、覚えておこう。
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その魔術を思いついたきっかけは、アイシャの言葉だった。
「ねぇお兄ちゃん。ナナホシさんの研究していたメモに、ちょっと気になることが書いてあったんだけど」
「何だ」
「世界同士の座標の辺りでね、矢印が引っ張ってあって、『この世界、この星は球ではない?』って書いてあったの」
世界が球。
俺にしてみれば当然だ。地球のことだ。
だが地球のことを知らないアイシャにとっては、世界が球というのは想像できないことだったらしい。
「ナナホシのいた世界では、世界が球だったんじゃないか」
「そうなんだ。……それだと球の下にいる人ってどうなるの? 下に落ちるんじゃないの?」
「それは――」
そこまで言って。
俺は気づいた。
――この世界の重力って、何だ?
前の世界。
地球では当然、アイシャが言うように『下の方にいる人』が『下』に落ちることはあり得ない。
重力があるからだ。
俺もうろ覚えだが、重力というのは全ての物体が持っている、ものを引きつける力だ。
そしてそれは質量が大きいほど強く働く。
地球という超巨大な天体の表面にいるからこそ、ものは地球に引っ張られ、下に落ちる。
それが地球の常識だ。
だが、ここは地球ではない。
俺たちの立っている地面は球体、ではない。多分。
だがここでは地球と同じようにものは地面に向かって落ちる。
つまり、重力とは違う、地面にものを引きつける力が働いていると言うことだ。
――それは何だ?
そして。
前の世界にはなくて、この世界にはあるものがある。
魔力だ。
確か、この世界のあらゆるものは魔力を持っている。
ナナホシが病気になった時にそう聞いた。
魔力を持たないナナホシが魔力を含む食品を摂取し続けたことで発症したのが『ドライン病』だった。
俺はテーブルの上に置いてあったコップを手に取る。
「――」
集中して、魔力を感じる。
確かに、このコップも魔力を持っている。
もし。
この魔力が『地面に落ちるよう』作用しているとしたら。
ひょい。
コップを軽く注意に放る。
そして。
『
ふっ……すとん。
「!? お兄ちゃん、今コップ変な動きしなかった?」
今、わずかだが、コップが無重力のように漂ってから、落ちてきた。
できる。
『
これは訓練すれば、重力を操ることができるんじゃないだろうか。
その後、訓練を重ねることで、俺はこの世界で『ものが落ちる力』を感覚として掴むことができた。
この力を遮断することで無重力のように浮くこともできるし、魔力を操ることで逆に『上に向かって落ちる』こともできるようになった。
そして、ここで俺が無詠唱魔術の使い手であることが功を奏した。
詠唱魔術は、ある作用をひとつ起こす魔術だ。
『
そしてこれは継続しない。
つまり、詠唱魔術で重力を操ったとしても、少しの間飛ぶことができるが数秒で効果は切れるのだ。
詠唱魔術は例えるなら水鉄砲のようなものだ。
引き金を引くとそれに応じた量の水が消費され、発射される。
対して無詠唱魔術はその制限がない。
水鉄砲に対して、水道の蛇口に取り付けたホースだと思えばいい。
蛇口を閉めない限り、水は発射され続ける。水=魔力が尽きるまで、続けることができる。
これに気づいたヒントは、シルフィたちの遺体を『
あの時俺は『
対象をひとつしか選べない詠唱魔術でこのようなことはあり得ない。
無詠唱魔術だからこそ、可能となったのだった。
ただ、この重力を操る力、自分以外に作用させるのは難しい。
かなり集中し続けないといけないから、離れたところから剣を手に持たず自由自在に振るう、なんて真似はできなそうだ。
でも、空を飛べるってかなりロマンだよね。
――ますますそれっぽくなったっちゃ。