快盗戦隊VS警察戦隊に極めて近い世界線のルパンレンジャーVSパトレンジャー   作:bassher

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※この作品は『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー』という素材を使って再構築した二次小説です。
※諸処設定等変更ございます。
※オリジナルのスタッフが小説という形で奮起される事を切に願います。



#6 爆弾を撃て

 

 

 

「圭一郎!これは方外だ!」

 

 私は圭一郎で収まるオンナだったか、

 

 明神つかさは自分にやや失望した。

 

「いいか圭一郎、ちゃんと段取りを踏めばおまえでも考えてやらん事はない、しかしな、ここは神聖な職場、宿直室だぞ!」

 

「つかさ」

 

 こいつコンプした途端興味を失くすのか、

 

 引き気味に困り果てたような顔している同僚男性につかさは不信感しか抱けなかった。

 

「研修の頃からそうだが、おまえ、酒癖が本当に悪いな、女子寮で夜な夜な全裸で徘徊するおまえの目撃情報はオレの耳にも届いていたぞ。」

 

「はぁ!?え?あ?」

 

 国際警察の育成は全寮制の警察学校で行われた。現在では性の多様性に応じて5ブロックに分かれているが、圭一郎とつかさの頃は2ブロック制だった。その女子寮での同僚達からつかさはしばしばアルコールを禁止されていた。身に覚えがあるつかさだった。

 

「オレが担いでここに運んだ、おまえは大暴れして全部脱ぎ始めて勝手にここで眠りこけた、当直明けなんだからギャアギャア騒ぐな。」

 

 同僚の興冷めした目つきと反比例に、恥辱を高めていくつかさ、当然いままで据え置きにしていた自らの容姿に頭が巡ってくる。

 

「見るな!見るな!!金取るぞキサマ!」

 

「ああ、おまえは高そうだよな」

 

 整然と答えてドアを開けた同僚男子に袖にされて、つかさは、

 

「おっぱいだぞ、鼻血くらい出せよてめえ」

 

 などと負け惜しみを口にするしかなかった。

 

 

 

『52回もの防衛を致しましたね、チャンピオン!』

 

『私こそがチャンピオン、イノウエ・アンバランス・トシキだ。』

 

『チャンピオン、今回の勝因はなんだと思われますか?』

 

『視て判らん奴は言って解るはずがない!』

 

『何を言っているのかよく解らないけどとにかくすごい自信ですねチャンピオン!以上、ザ・ビッグ・バトルでした!』

 

 ビストロジュレの壁掛けに50インチディスプレイが設けられたのはライモン戦よりわずか前である。という事はかれこれ3ヶ月程経過している事になる。

 

「先輩相変わらず突き抜けてるな。」

 

 ボソと言うのは客のいない店内でディナーの下ごしらえをする宵闇トオマ。ヒマ過ぎて唇と鼻でスプーンを何本挟めるかチャレンジしていたうみかは思わず洗ったばかりのスプーン5本を落とした。

 

「えっえっ??」いつものように妙にひび割れた叫びを上げたうみか。「知り合いなの?あのイノウエ名人と??」

 

「オレの先輩に当たる人だ。見て盗めとしか言わん人だった。口の説明という事を真っ向から否定していたな。」

 

「ネエネエ、あの黒包丁って本当に他の人には抜けないの?」

 

 ちなみに『ザ・ビッグ・バトル』とは自称料理の達人が勝負する料理エンタテイメントの番組タイトルである。ローカル地上波の人気番組であるが最近はネット配信もはじめた。

 

「そんなものはオレを仕込んでくれた時代は振りかざしてなかったよ。どうせ番組プロデューサーか何かのアイデアじゃないか。あの人ああ見えてサービス精神旺盛なんだ。」

 

「じゃあじゃあ、トオマのオシショウサマなの?オシショウサマとどっちが上なの?腕前って」

 

「オレは足下にもおよばんよ。あの人の独創性と構成と味付け、何もかも勝てん。到底およぶものじゃない。」

 

「うそ~、そんなに」

 

「少なくとも一度もオレの料理を褒めてくれた事はない。オレがあの人の店を出る時、」

 

 たのもぉーっ!

 

 玄関ドアの真鍮の音と共に野太い男声が轟いた。腹巻きに両掌を差し込んで法被を肩掛けに羽織った男、いや漢の頭に巻いている捻り鉢巻の結び目は異様に短く、首から下げたお守りは交通安全の金字が光る。

 

「いらっしゃ」

 

 で固まる初美うみかは口蓋垂を思い切り晒した。

 

「先輩、まだディナーの開店はしていないんですが。」

 

 それはまごう事無くいままでディスプレイに映っていた漢だった。

 

「酒のつまみを出せ、ワインはロゼだ。話はそれからだ。」

 

「アペロはウチはやってないんですが。」

 

「誰が説明しろと言った!」

 

 アペロとは、アペリティフの略称、フランスの食前酒を狭義とし、広義においてディナー前に軽く酒とつまみものを食する事を指す。

 

「説明をするなと言っているだろぉ!」

 

 店のセンター4人テーブルに座して動かないうるせえオッサンに、それでも無表情に皿とグラスを用意しロゼを黙って注いだトオマだった。

 

「カナッペか。オーソドックスにも程があるな。」

 

 なんてウゼぇオヤジだ、

 

 うみかは凝固してトオマを見守るしかなかった。

 カナッペ、ジュレが用意していたのは切ったバゲットにきゅうりと生ハムを載せた酒の肴である。イノウエはそれを一口含んでしばらく咀嚼していたが、眉を釣り上げて口にあるもの全てを吐き出す、続いて一口ワインを含んでしばらく舌で転がしていたが、やはりワイングラスに呑んだものをそっくり戻した。

 

「先輩、オレの何が」

 

「店を持つには早過ぎた、ワシに厨房を貸せ!」

 

「先輩、ここはオレの厨房です。」

 

「おまえは根本的に味を知らん、それを思い知らせてやる」

 

 無断でヨソの店の厨房にヅカヅカと入り込んできた不信なクソオヤジは、何を思ったかトオマの使っていた器具を使いだし、しばらく時間を置いて、トオマの眼前に先とそっくりそのまま同じカナッペを皿に並べ、トオマ用のグラスまで用意した。

 

「なにが違うんじゃ」

 

「うみか、すまんが少し黙っててくれるか」

 

 一言二言しか、などと口走るうみかを黙らせ神妙な顔つきのトオマはまずカナッペを口に含み、片眉の角度が変わる、続いてイノウエの淹れたワインを含んで反対側の眉も角度を変えた。

 

「どういう事だ?」

 

「食べ比べてみたらどうだ」

 

 イノウエに言われるままにイノウエが食したカナッペとワインを含むトオマは、文字通り当惑した。

 

「なぜだ、なぜ味がこうも違う!」

 

「ふん、おまえが坊やだからだ、あの時も言ったが店を構えるのが早過ぎた、看板は貰っていく。」

 

「ハァッ?!!」

 

 なんでぇ!?

 うみかは急転直下の言動に声帯が罅割れそうな程叫んだ。

 

「先輩、認めます、これは先輩の方が上です、ですからどうしてなのかそれを。」

 

「視て解らん奴は言って聞くはずがなぁい!」

 

 言うだけ言い放ってクソおやじは足早に玄関の真鍮を鳴らし閉めた。慌てて追いかけるトオマ、扉を開け放った時、既にイノウエの脇にはビストロジュレの屋根に飾ってあった看板が抱えられていた。

 

「待ってください先輩!」

 

「ザ!ビッグ!!バトル!!!」

 

 何者なんだイノウエ・アンバランス・トシキ、

 

「オレは先輩と戦うなんて」

 

「待っているぞ!」

 

 颯爽と道を跨いだコンビニエンスストアに停めていたメルセデスマイバッハに乗り込んで追いかけるトオマを振り切った。

 

「オレにテレビに出ろと言うのか先輩。やめろ!うみか!」

 

「あのオッサン、あのルックスで高級外車なんて、トオマねえトオマ、この角度でイクない?」

 

 うみかはというと、脚立とダンボール板をいつのまにか用意し、マジックでムラだらけのゴシック字で「じゃれ」とひらがなで書いて屋根に飾る角度を気にしていた。

 

「やめろぉぉ!」

 

 女子の悲鳴のような声を上げるトオマだった。

 そのトオマを後部座席で右肘を上げて覗くイノウエ・アンバランス・トシキは、いつのまにか楊枝を咥えて口元の動きだけで歯をしごいていた。

 

「宵町、快盗なんぞにウツツを抜かしているからだ。」

 

 そうして振り返り、顎だけで運転手に指図するイノウエだった。

 運転手は、チャカ!とだけ答えた。

 

 

 

 怒濤の展開に唖然とするトオマ、今はただうみかがいずこからか持ち込んだ畳半畳ほどのダンボール紙をカッターでA4サイズに折ってリサイクルゴミにする以外なかった。

 

「看板、どうしたっチューの?なぁ?なぁ?」

 

 この殺伐とした店内に半分買い出し、半分サボタージュのカイリが帰ってきた。

 

「この責任はオレが自分で取る。カイリ、余計な手出しは無用だ。」

 

 まともなテンションではないトオマを余所に、うみかが事のあらましをカイリに言って聞かせた。

 

「なんかあんまうみかの言う事わかんねえけどサー、食べ比べてもワカンネーって。いつものトオマの味だろこれ。」

 

「んだんだ、だってあのオッサン、ロクに料理なんかしてないもん、ちょっと洗い場立って、トオマのカナッペ皿に載せただけだもん。」

 

「それを先に言え!」

 

 死んだ眼のトオマが、うみかの何に反応したのか息を吹き返し、カイリが口をつけたグラスをかすめ取って縁を指でなぞり始める、黙って両の瞼を閉じて全神経を指の平2本に集中させるトオマ。2本のグラスをそうやって触り比べ、次いで2枚の皿を同じように触り比べたトオマは、椅子に力無く倒れ込んだ。

 

「オーバーじゃねトオマ」

 

「トオマ、やっぱり何か暗示にかけられたんじゃ」

 

「二人共、オレの用意したグラス、縁にうっすら水垢のようなものは無いか?オレの眼ではもう見えんが。」

 

 トオマが差し出したグラスを二人はマジマジと眺め、天井に掲げて光り具合を調整して、ようやくそれらしい曇りが見えた。

 

「だってグラスなんて乾いたらこんな汚れしょっちゅうダッチューノ、こんなの気にしてたら大衆料理屋なんかやってられんぜ。」

 

「こんなの何?アタシわかんない、だってトオマ一日の終わりにちゃんと食器も器具も全部自分で丁寧に磨いているじゃない。アタシ知ってるもん。」

 

「先輩はこのランチが終わって、食器の扱いがどうしても雑になるこの時間帯を狙ってきた。そして食洗機ではどうしても洗い落とせない微妙な汚れが影響しやすいワインと肴を用意させた。」

 

「え?トオマ、言ってることオレにゃよくワカンねえ。そのクソオヤジが用意した料理とトオマの料理がどう違うってんだ。」

 

「カイリ、オレは食洗機ですすいで拭った食器で出した、いつも店で客に出しているようにな。先輩は丁寧に洗浄して拭ったグラスと皿にオレの料理を出したに過ぎん。それでここまで味の差が出るといままで気づかなかった。」

 

「アタシ全然おんなじ味にしか思えないもん。」

 

「チョッチ待ち、それトオマの料理でトオマ負かせたって事じゃん、クソオヤジズッケーだけじゃんよ。」

 

「オレがいつもの味が維持できなかった事に気づかなかった。先輩はただの一口でそこを突いてきた。あの人には勝てん。」

 

「どのお店だって、食洗機使うよ、拭き残りなんて普通どうやっても出るよ、カイリだってアタシだってランチでもディナーでも手一杯だもん。」

 

「大衆料理屋の、しかもちょっと客の入りが良くなった店にありがちな事だ、解っている、解っているが、その理屈につい甘えてしまっていた。」

 

「チョッマッチ、トオマ、つまりさ食器を一回一回きっちり磨けって事?そんなのバイトを4~5人雇い入れないと無理ゲーだって。」

 

「解っている、解っている、オレ達3人でやらなきゃ秘密も守れない、それも解っている!」

 

 トオマは振り返って2階への階段に足を掛けた。

 

「一人にしてくれ。看板は、オレの責任でなんとかする。」

 

 

 

「私が男を拒絶している訳ではない、ただ、ただそうだな、縁が無いのだ。」

 

 ライモン戦以降、ギャングラーの出現が3ヶ月途絶えている。

 国際警察の3人はようやくにして1日単位の休暇を得られる事になり、

 

「貴方、壁があり過ぎるんですよ。そういう卦が出ています。」

 

 つかさがフラッと寄ったのは東京ドーム近くにある占い館『コバヤシ・ゴールデンアフターケア・ヤスコの棲まう家』。館と言っても雑居ビル4階の一角に看板を立てているだけであるが。

 

「そうなのか、そういう訳ではだな」

 

「貴方、今年を逃せば結婚のチャンスが二度と巡ってきません。」

 

 視界が霞む程の香を炊く演出は否応なく主の神秘性を増していく。

 

「マザーヤスコニャン、そ、そんなに私には男運がないのか!」

 

「シスターヤスコニャンです。ありません。貴方は今年多くの男性に囲まれています。身近なところに運命の相手がいますよ。ただし、それもこれも今年だけです。今年を逃せば、貴方は一生添い遂げるパートナーに巡り会えないでしょう。」

 

 明神つかさは、ここ最近のつかの間の平穏を突かれた形であるのか、私生活上の大問題を煽られて不安に駆られ血の気を失った。

 

「ではどうすればいいのだ、いや、いいのでしょうか?」

 

「まずはこの水晶に手を触れて思い描いた男性と結ばれる事を祈りなさい。」

 

 そこに静電気で特殊な映像を見せる珠を差し出す年齢不詳の占い師。つかさは両の指先全てから第一関節、第二関節、そして掌全てを水晶に捺しあてて、身近な男性を頭の中で物色し始めた。

 

「つかさ、すまん、管理官が折れろと言ってきたから辞めてきた。」

 

 圭一郎はダメだ、あいつは将来組織から爪弾きにされるのが目に見えてる、

 

「せんぱ~い、ボク末っ子ですよ、財産分けなんかあるはずないじゃないですかぁ、それよりなんにもしたくないっす、お小遣いください」

 

 咲也は論外だ、絶対こっちに依存してくる、

 

「HaHaHaHa」

 

 管理官はそもそも妻帯しているのか?いやもはや生活感がない、

 

「シュルブブレぇ、じゃあ君はサードパートナーという事で」

 

 エセ過ぎる、絶対欺される、

 

「ワタクシ、デスクワーク全般、全てにおいて優秀です!」

 

 私はいったい何に縋ろうというのか・・・

 

 明神つかさの掌は思わず震え、いつまでも不安を抑えきれなくなっていた。

 

「どうすれば!どうすれば!」

 

「心配要りません。シスターヤスコニャンが念を込めたこのネックレスを着ければ不安を和らげてくれます。」

 

 それを聞くとやや身を引いて両手も引っ込めたつかさだった。

 

「追加料金か、でしょうか?」

 

「いえ、今回の見料に含まれております。」

 

 意外とガメつくないな、やっぱり冠番組を持っていると上流階級や芸能人からボッタくって、庶民の微々たる金に目もくれんのだな、

 そう思う事にしたつかさだった。

 

 

 

「つんつくつん」

 

 洋館、『空洞の針』は以前に比べると静寂と緊張感が異様な重みとなって淀んでいる。

 

「つんつくつん」

 

 やはり華がない。いつものようににボスが座してあらぬ方向を眺め、それになんの干渉せずただ右に起立して沈黙する付き人。

 

「つんつくつん」

 

「ボス、ペッカー・ツエッペリンをお披露目いたします。」

 

 ナリズマ・シボンズと並んでドグラニオに対面するのは横向きのキツツキが3匹貼り付いたような異形。その両者を眼前にしてドグラニオはただワインをくゆらせて黙している。

 

「つんつくつんつん」

 

「ボス、このペッカーの飛躍した頭脳によって製作された爆弾は小型ながら直径にして3キロを完全に破壊し尽くします。」

 

「つんつくつん」

 

「爆弾は人間の感情を吸収し、溜め込んで一気に放出します。言わば人間の勝手なエゴが世界を破壊するのです。」

 

「キサマ、人間を殺してショバ代をせしめる事ができるのか?」

 

 言葉を発したのはデストラであった。

 

「つんつくつん」

 

「ペッカーはそれで脅してせしめるつもりです。」

 

「おい」

 

 そう解説してやる竜の落とし子の異形を眺めながら異形の元締めは声を発した。

 

「いいじゃねえかデストラ。シマ一つ治めればいい。たとえ他のヤツのシマを潰そうが何しようが。」

 

「さすがボス。ペッカーの目論見を見抜いていらっしゃる。」

 

「つんつくつん」

 

「ペッカー!いい加減にしろ!その態度はなんだ!」

 

 およそ誰しも気になっていたろうが、この間ペッカー・ツエッペリンの挙動たるや明晰など片鱗もない幼児退行したかのようなそれである。デストラがボスへの失礼を糾弾したのも当然である。

 

「デストラ様、落ち着いてください。ペッカーのこれはサヴァンというヤツです、人間世界で言うところの。コレクションの力によって急激に頭脳の力が飛躍した為の反動ですよ。」

 

 そう言ったのもペッカー本人でなくナリズマである。

 

「デストラ、やらせてみればいいさ。このペッカーがどう化けてくれるかな。」

 

 ドグラニオは大笑した。

 

 やはりボスは、

 

 ナリズマは誰にも聞こえないほどの小声を発した。

 

 

 

 いつもの店につい寄ってしまう。

 特に休日に遊び倒して無計画に彷徨って夜、小腹が空いた時頭に思い当たる選択肢はいつもの店になってしまう。

 

「しょうがない『ジュレ』が一番近いか。」

 

 明神つかさはせっかくの休日に行き着けの店へ足をむけてしまっていた。

 

「馳走になるぞ」

 

「姐さんイラッしゃーぃ!」

 

「(うわ、きやがった、武士かてめえ。)」

 

 真鍮の鐘に振り返って応対するうみかのつかさに対する好感度はすこぶる上がってきている、なぜか、一つに近しい男性から散々2人の先輩の武勇伝を耳にしている事が挙げられる。対してカイリは現代女子の恐怖そのものであるつかさに経験上の苦手意識が芽生えずにいられなかった。

 それでもカイリはデビルスマイルの能面を被るのである。

 

「チワーっす、今日は申し訳ありませんが、大したメニューは無いんですよ。」

 

 そんな客としてやってきたつかさがカイリをロックオンしたまま凝視している、

 

 まさか、こいつか?

 

 怖気を覚えたカイリはさっさとカウンターの奥に隠れた。

 

「いや見るからにチャラ男属性、ヒモとして以外女というものを見ていないタイプだアレは。」

 

 小声で独り言のつかさはメニューを眺めるフリをして不安を駆り立てていた。

 

 しかしあの遺伝子は産めば希有な可愛さを持った子に違いない、しかし、しかしだ、絶対にヒモが2本ぶら下がって生活どころではないぞ、いっそ遺伝子だけ貰ってシングルマザー、いやいやいや、本末転倒だ、

 

「あのーお酒はちょっと切らしてます」

 

 手ひどい目にあった経験から嘘をついてでもつかさにアルコールを与えないうみかだった。

 

「え、ああ、今日は呑む気にならない、カモは無いのか。」

 

「ええ、ちょっとシェフの調子が悪いものですから。」

 

「なるほど、それは大変だな、ではこのマスのバターソテーとポトフを頼めるか。」

 

 それなら、とそそくさと下がる女店員だった。

 

「むむ、ああして見るとやはりカワイイ」

 

 今更この店のスタッフのクオリティの高さを再確認するつかさだった。

 

「おまち、バターソテーです、パンのお代わりは無料です。店員にお申しつけください。」

 

 できうる限り平素を装っておびえを抑え込むカイリ、

 

 この生まれながらにしてヒモ男め、

 

 などと勝手な妄想で勝手に警戒するつかさだった。

 

『という事で下田晋也です。53回目の防衛も成功。という訳でチャンピオン、もうここまで来ると殿堂入りでいいんじゃないでしょう、か。』

 

『イノウエ・アンバランス・トシキの名にかけて次の挑戦者を指名する!』

 

『おっとはじまりましたよチャンピオンの訳の分からないぶっこみが。』

 

『このビストロジュラーの看板を賭けて、』

 

『たぶんジュレですね』

 

『その店のシェフと勝負する!』

 

『プロデューサー、聞いてないですよね』

 

『この日輪の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!』

 

『唐突な角度から来ましたね、私は聞いてなかった事にしましょうか。』

 

 ジュレに備え付けられたディスプレイを眺めていた客達が、青いシャツの両袖をまくって前腕を強調したそのやや悪党面の男に向かって一斉に視線を送った、

 

「先輩、どうしてもやるというのですか。」

 

 トオマは、聞かないフリをしていたが嘆息して画面を直視する。

 

『テーマは!学校給食だ!!』

 

 トオマの眉間がいつに無く苛烈に角度を変えた。客達が色めき立った。中にはスマートフォンを向けて店のあちこちを撮影して回る者までいた。

 

「困ります困ります!」

 

 浮き足立つ客に困惑するうみかは訳も分からずとにかく抑えようと必死だ。

 

「女警察さん、お願いできますか。」

 

 だがカイリは違った、人垂らしの彼はさっそく権力を利用してこの店内を鎮圧にかかろうとする。オウ、と漢気を見せるつかさは立ち上がった。

 

「顧客諸君、我々は客としてだな、紳士に振る舞うのがマナーなのだ、他の客の迷惑になるから静かにだな」

 

 警察だ、あいつ警察だ、桃色警察だ、3号さんだ、

 と客全員のスマート端末が一斉につかさに向けられ、さらに店内の混乱が増した。

 

「待て、私ではない、私は国際警察の、」

 

 やっぱり!3号さんだわ!桃色3号さん、ピンク3号さんだ!

 

「これは、珍しくアテが外れたな。」

 

 カイリ、このお祭り騒ぎになった店内に早々匙を投げた。それを知ってか知らずかうみかは自身の端末を呆然と眺めている。

 

「カイリ、トオマ、ウチの店が注目ワード1位に、」

 

「待てよ、ジョーダンかよってヨ、『ビストロジュラー』じゃねーか、バカみてえじゃんこれ『ビストロジュレ』が検索ワード10位だぜ。2位から9位どーなってんだツーノっ!」

 

 仮面を被っている時はそれこそ日本中から注目を浴びても整然としている両者であるにも関わらず、たかだか10人に満たない店内の視線にアタフタとしてしまう、なぜだろうか。

 

「申し訳ございません。本日御代は結構ですので、これに閉店とさせていただきます。これから準備がございますので、申し訳ございません。」

 

 徐に厨房から進み出て気難しい顔がますます険悪になったトオマが声を上げた。

 客はそのまま沈黙した、沈黙はしたがしかし、後日ネット上を『受けて立つジュラー店主、バトル準備は万端!』などという書き込みが飛び交う事になる。

 

 

 

「どうしよう、玄関の鍵閉めたかしら」

 

「どうしよう、コンロの火消したかしら」

 

「どうしよう、このまま電車が間に合わなかったら」

 

「どうしよう、明日の食費がない」

 

「どうしよう、もう生きてる甲斐がない」

 

「どうしよう、このまま飛び降りてちゃんと死ななかったら、」

 

 数ヶ月ぶりの奇怪な現象は、東京都八王子市で起こる。

 

「どうしよう、彼が他の女の、エ」

 

 それはJR八王子駅前ペデストリアンデッキ直下の交差点、日常に起こりうる歩行者と大型トラックとの接触事故だった。2トントラック運転手の過剰労働による居眠り運転で、横断歩道半ば20代女性が轢かれようというまさにその時、日常では起こりえない現象が起きた。突如としてその20代女性の全身を蔦植物らしき物体が覆い、2トントラックを撥ね除け上下逆さにバウンドさせ横転させたのである。幸いにも、トラック含む違法駐車車両の損壊、トラック運転手並びロータリー上でシケモフを吸っていたタクシー運転手が軽傷ながらも死亡者が出る事は無かった。

 問題なのは蔦に絡まれた20代女性である。なんと蔦は彼女の肉体から生えて巻き付いており、切除しようとした救助グループは彼女の救済を断念する、もぎ取るどころかサンプルで一欠片でも採取しようものなら、彼女はたちまち奇声を上げて激痛を訴え、

 

 殺さないで!私を殺さないで!

 

 と意味不明な戯言を繰り返した。

 

「どういう事なんだ?ジム、」

 

 ただちに全ての情報は国際警察戦力部隊に上げられる。

 

「警視庁科捜研のサカキ女史によれば、蔦が人体内に根を張って神経系を刺激しているそうです。しかもアスファルトを貫通して蔦の根が大地にも浸透している為、その場を動かせず、治療もままならないそうです。」

 

「大変じゃないですか、痛くてしょうがないじゃないですか!」

 

 水道橋の占い師から貰ったお揃いのペンダントをイジリながら陽川咲也は前歯を突き出した。この男の幸いなところは、怒っている顔と笑っている顔の口角の開きがほぼ同じ事である。

 

「めいかくニぎゃんぐらーガしゅつげんシタわけデハナイノデ、つかさクンハまだじゅんたいきダ。キミタチダケデ、そうさヲシテクレ」

 

 管理官は圭一郎が開きかけた口を率先して塞いだ。圭一郎は思い悩んだ挙げ句口と目を閉じた。

 

「みなさん、新しい情報です、港区芝公園東京タワー展望台で、またも蔦に絡まれ身動きがとれなくなった男性が出たとの通報です、」

 

「「なに?!」」

 

 最近、なんの影響からかリアクションかぶりの多い圭一郎以下国際警察の2人だった。

 

「それだけではありません!千葉県幕張のアパートの一室、板橋区高島平のスーパーマーケット店内、どういう訳か続々と蔦に絡まれた人間が見つかっています!」

 

「千葉?どういう事だ、ギャングラーではないのか!」

 

 あまりにも過去の行動律から外れた事件の発生に戸惑うのは圭一郎も同じだ。

 

「どうしよう、このまま蔦だらけになって、ボクや管理官に蔦の髭が生えたら、」

 

 最近なんの影響なのか言動が素っ頓狂になってきていてる咲也だった。

 

「トニカクひとツひとツちょうさヲシテクレタマエ」

 

 

 

 どうにか店じまいしたものの、宵町トオマの苦悩は続いていた。

 

「食べてみてくれ。」

 

 用意したのはポトフ、

 コンビニで急遽購入したバターロール、

 同じく購入した紙パック牛乳、

 マーガリンは小鉢に入れ、

 焼いたニジマスのタルタルソース、

 添えたサラダにホワイトソースをかけている、

 

「もう腹パンパンだっつうの」

 

「そだよそだよ、もしこのパンパンのお腹めがけてどこからともなくキツツキ」

 

「そんなバカな話があるか!」

 

 この3人は誰か一人がイラつくと関係性がたちまち険悪化する。

 

「味なんかもう感じねえよ。トオマ。」

 

「もう口の中がバターになっちゃってるよトオマ」

 

 やはりそうなるか、

 宵町トオマは学校給食と自身の培ったフランス料理の技術の全てが相性が悪い事を痛感していた。何より乳成分があまりにも過剰すぎる。本質フランス料理の基本は芋と牛乳、そして小麦である。トオマの基本はその扱いに集約されていると言っていい。

 

「なぜ牛乳なんだ給食というのは。」

 

 トオマにとって不利すぎる課題だった。

 

「先輩もそれは同じはず」

 

「オォ、ヴォワラ!ボクはひさしぶりにびっくりしたよ。トオマくんも有名になったもんだね。」

 

 ややこしいところにややこしい奴がやってきた、

 3人の視線を一身に受けた高尾ノエルことエックスはもちろん承知の上で上機嫌な微笑みを絶やさない。厚顔無恥は彼のファッションだ。

 

「揶揄いにでも来たのか」

 

「忠告だよ君達へね。」

 

「目立つなってかエックス」

 

 カイリがしたり顔で先んじた。

 

「その通り。君達の快盗の務めを危うくする行動だからね。メディアに顔を晒すというのは。表の顔が目立つのは感心しない。」

 

「もう既に名指しで店がネット中を駆け巡っている。オレが挑戦を受けまいと受けようとそんな事関係なくもう有名になってしまった。せめて看板を取り返さなければ。」

 

「看板ならアタシが」

 

「もうダンボールはいい!」

 

「エックス、悪ぃわ、オレら、快盗だけが人生じゃないってね、トオマへの挑戦、この店への挑戦だからっちゅうことで。」

 

 オララ~、

 

 それだけ言うしかない高尾ノエル。

 

「牛乳、全てを最後は牛乳が持っていく、全てが」

 

 そんなノイローゼに近いトオマを眺めて、高尾ノエルは肩を竦めるしかない。そんな高尾ノエルは、ふと首元に目を留めた。いやトオマのそれではない、うみかの首元にぶら下がっている首飾りに対してである。

 

「ところでうみかちゃん、君のファッションセンスは割とマシな方だと思っていたが、それだけは今日のコーディネートの中でも異質だ。」

 

「え?これ?これ、これは縁起モノでへへ」

 

 エックス、高尾ノエルが思わず手をうみかの首筋に伸ばす、

 

「パワパワセクハラだぞ、きっとアタシを骨抜きにしてスナックに売り飛ばして貢がせるに違いないわ、どうしよう、せっかく最近リアルが充実にしてるのに、それが」

 

 大事そうにその首飾りを手で覆って放そうとしないうみか。

 

「おっと、不安を駆り立ててすまない。どこで買ったんだい?高かったろう。」

 

 やはり真相にいち早くたどり着く者はこの男である。

 

 

 

「どいつもこいつもダメだ!私の周りには誰も私のパートナーになる者がいない!遅れる、遅れる、婚期が失せる!」

 

 明神つかさは女として最大の不安に駆られ、そして深夜の公園で遠吠えした。

 

「あれは、高尾ノエルと夜野カイリ、最悪の二人じゃないか、ワタシはこんな幻覚まで見て結婚にすがろうというのか!」

 

 アワアワと顔面に爪を立てて引きつる明神つかさは、

 金くれよぉ、

 サードパートナーだからねぇ、

 そんな事を口走りながらよろよろと近寄ってくる2人の金髪野郎に背を向けて夜の公園を疾走、

 待て、金くれよぉ、

 待て、サードパートナーぁ、

 

「やだぁ!あんな奴らの人生に巻き込まれてたまるかぁぁ!」

 

 撃つのかよ、

 大丈夫だ、ベロニクは人体に影響しない、

 

 そんな幻聴が聞こえた刹那、つかさの後頭部に衝撃が走った、白目を剥いて前のめりに倒れ込むつかさ、哀れ公園の砂場にくっきり人型を作り私服と顔面を砂まみれに。

 

「このネックレスマジやべーな、エックスの言う通り本当に蔓が生えてきてる、」

 

「つかさクンの不安を増長している、国際警察はまだ発生原因まで特定していないがボクと小暮さんで掴んだ情報だと、各地で蔓に絡まれた人間が発生している原因はコレだ。人間の不安、あるいはそのさらに基底にある恐怖を人間から絞り出している。ある者は車に轢かれそうになった恐怖、ある者は飛び降り自殺しようとした恐怖、ある者は孤独の恐怖、ある者は失う恐怖、ある者は失った恐怖。」

 

 失神したつかさを尻目に、イメージではない、事実存在である夜野カイリと高尾ノエル、エックスは、エックスの銃で外したペンダントを交互に手に取った。

 

「この警察ネーチャン何そんなにオレらおびえてたんだろうな、走り幅跳びで砂の山飛び越えたぞ。」

 

「まあ、いいじゃないか、人間なんて普通解らないモノさ。それよりボクはこの蔓が人間の不安と恐怖をエネルギー波にしてどこに飛ばしているか気になるね。」

 

 気づいたのは同じペンダントをしていた事をたまたま覚えていたうみかである。うみかは覚えるのも忘れるのもたまたまな人生である。そのたまたま同じモノをしていた事をエックスに告げると目の色を失ったエックス、カイリを伴ってつかさの行方を追った。

 

「やっぱVSチェンジャーに仕込んでんだなGPS、」

 

「ま、そんな事よりこうなってしまったつかさクンを運んでくれたまえ。それがボクが君を連れてきた理由だ。」

 

「この女こうすると決めてた訳ね」

 

「彼女は大切なコレクションを準待機で携行していたからね。万が一がある。」

 

「チューかオレ、この女に触られたくないチューか、生理的に無理なんですけどー」

 

「あの今のトオマクンには頼めなかったし、うみかクンは当然無理だろ、という事でキミが運ぶしかないだろ。」

 

 最近妙にカイリをイジってくるエックス=高尾ノエルだった。

 仕方なしにがに股で失神したつかさを肩で担いだカイリは唖然とせざるえなかった。

 

 

 

「ツンツクツン」

 

「マザーヤスコニャンではありません。シスターヤスコニャンです。ニョホホホ」

 

「今日はご両人、どうか私に免じて折り合っていただけないでしょうか。」

 

 異形3体。

 一体は横を向いた啄木鳥、一体はジュゴンなのかマナティなのか不明なカイギュウ科、そしてタツノオトシゴのステイタスダブル。

 それが全面コンクリートのちょっとしたホール、数本の石柱が上下を支えたその屋内中央に立ち、柱の一本に埋まる形の光輝く巨大な珠のような物体を眺めていた。

 

「ジュゴーンさんのネックレスで人間の不安と恐怖を集め、ペッカーさんの作ったこの『恐怖劇場』が広島級の爆破を巻き起こす。やはりペッカーさんは頭が良い。人間の感情でもっとも底深いのは喜怒哀楽でなく恐怖、本能の危機感が肉体的、精神的、知識的に高まって感情になる、このもっともおもしろいところは、この『恐怖劇場』の存在を認知する程に恐怖を覚え、それが『恐怖劇場』をさらに膨張させていく。実に狡猾だ。褒めているんですよペッカーさん、狡猾です。」

 

「ツンツクツン」

 

 そのペッカーの変わらぬ態度に大笑するタツノオトシゴの異形、ナリズマ・シボンズであった。

 

「しかし隣接するこのシマはワタクシめがドグラニオ様からお預かりしたもの、うかうかペッカーを一人勝ちさせる為に犠牲にするなど、バカ者のやる事です。」

 

「ツンツクツン」

 

「ジュゴーンさん、このシマが見せしめに恰好なんですよ。トーキョーという土地においてね。たまたま人の密度が低い場所で起こった大爆破、それが東京の密度の高い場所で起こりうる可能性をトーキョーの大勢の人間共に見せつけてやるんです。その代わりペッカーさんは貴方に御自身のシマを譲って、おびえた人間達は貴方に易々と従うでしょう。そうすればシマは占拠したも同じ、ドグラニオ様の後継者の地位がジュゴーンさんに転がり込んでくる、かもしれません。」

 

「そこが解りません。ペッカーはなぜそんな不利な取引をする?」

 

「ツンツクツン」

 

「ペッカーさんは興味が無いんですよ。自分の作品が評価を得る以外にね。シマの支配も、ドグラニオ様の後継の地位も。ジュゴーンさんがギャングラーのてっぺんに立った時は、ペッカーさんを別格に好きにさせてくだされば良い、私も便乗でね。私がみなさんに協力を惜しまないのはそう望むからですよ。」

 

「ふむふむ、ではドグラニオ様にそのように話を通してください。私はこう見えても頭を使うんですよ。」

 

 ジュゴーン・マナッティは尻尾のような左右非対称の両腕をバタつかせ、まるで幽霊船の帆先のような触角でペッカーの後頭部を突いてみせた。

 

「ツンツクツン」

 

「これはオカシイ、ペッカーさんのようにペッカーさんの頭をつんつくつんと。」

 

「いいですか。ワタクシは欺されないですよ。ワタクシのペンダントを貴方に提供したからこそです、ドグラニオ様にそうお伝え致します。」

 

 そう言ってカイギュウ科の異形はその身を人間の姿に戻し、踵を返してその得体の知れない空間から波紋を立てて虚空に消えた。

 

「ペッカーさん、ジュゴーンさんの気配は消えましたよ。」

 

 そのナリズマ・シボンズの言葉に無反応なペッカーは、徐に自身の作品である白光の爆弾に手を差し伸べる。

 

「ツンツクツン」

 

 数カ所を触れたペッカーの掌には、鱗のようなものが5つ程掴まれていた。

 

「ジュゴーンさんもお人が悪い、盗聴とは」

 

 そうしてペッカーは、盗聴器をことごとく握り潰した。

 

「奴の不安を煽る能力は、奴自身の顕れだ。方々下調べしなければ生き残れない事を識っている。敵も、そして同族も。」

 

 それがペッカーの肉声だった。

 

「なるほど。」

 

「しかしそれは巧緻ではあっても、決して明晰にはほど遠い。実態の周囲を巡ってそれを捉え損ない、常にズレ続ける、あるがままを知る事がない。アレはそういうモノだ。」

 

「いいんですか?同じギャングラーの仲間じゃないですか。」

 

「ギャングラーに仲間意識はない。イヤ、ファミリー間の近親憎悪ならあるか。オヤジを慕いながらも叛心を隠さない。オヤジはオヤジで本心を悟らせない。あのオヤジの後釜になんぞなったところで、新たに下に就いたもんから四六時中首を狙われるだけだ。そんなものジュゴーンにでもくれてやる。」

 

「さすがペッカーさん、明晰な頭脳はコレクションのおかげだけではない。」

 

「人間にも興味を無くした。せいぜい目の保養にでもなってもらおう。ギャングラーとはこうして好き放題やるのが流儀なのだろ?」

 

 ペッカー・ツエッペリンはただただ己が作品である白光の珠を撫でつけていた。

 

 

 

 そこは駄菓子屋だった。

 なぜ宵町トオマがその場に至ったのか、基本的に思いつき以外の何者でもない。

 

 給食?あ、アンタもしかしてテレビで指名された人?

 

 給食?私食べるのが遅いと知っててそんなイヤな事聞くんですか?

 

 給食?牛乳こぼしてものすごい臭いが午後とれなくて、

 

 給食?放送部だから放送室に持ち込むんですよ、

 

 給食?牛乳はそんなに好きじゃないけど、蓋を小学1年から集めてもう1000枚くらい、

 

 給食?あげパン!あげパン!あげパン!

 

「いやオレは、ただ給食メニューのおいしかったものと不味かったものをだな。」

 

 煮詰まったトオマは近隣の中学でリサーチを採る事にした。ところが、というか当たり前のように中学生からまともな答えを得られなかった。

 途方に暮れた挙げ句、雑木林に埋もれるように建つ駄菓子屋にたどり着いたのである。駄菓子屋はおそらく戦後まもなくそのまま存続していたらしく、カレーや蚊取り線香の女性タレントの看板がサビを繁殖しながらもそのまま維持され架かっている。

 

「いったいどうしてオレが番組の対戦相手だと知れているんだ、」

 

 ただその店の前に置いていた腐りかけているのではないかという4人がけ長椅子に腰掛けたかっただけだ。

 買わないのかい?などと神経に障る駄菓子屋の女店主を黙らせる為に、ラムネを一本買ってやった。

 

「こんな重い瓶に意味があるのか、小煩い、」

 

 トオマの世代ではラムネというともはやプラスチックが主流であり、ヘタをするとラムネとは名ばかりのペットボトルやアルミ缶と化していて、この店のような完全ガラス瓶、いったいどのようにしてビー玉をグラスに詰めて、リサイクルしビー玉の栓をするのか頭を抱える通過儀礼を経験しないまま社会に送り出されている。

 

「なぜ疲れているのに炭酸を買ってしまった」

 

 と喉が渇いても炭酸で潤すような世代をとっくに越えている上に甘党でもないトオマはベトベトになった手をウェットティッシュで拭った。

 

 ズルズル、モグ、モグ、ガリ、モグ、ガリ、モグ、

 

「なんだこの音は?」

 

 静けさ澄み渡る店内、トオマの耳に聞こえてくるドモった音、それは咀嚼音。

 トオマが音のする方向に視線を向けると、おそらく中学生だろう子供がカップスープかカップ味噌汁のような容器で麺をズルズルと啜っている姿が見える。不思議なのは、カップ麺容器の印刷のマンガ絵のキャラと同じ印刷がされた小袋の菓子を抱え、時に袋の中身を投下しつつ、箸に持ち替えてカップ麺を啜っている事。咀嚼音が時に硬質なものを噛み砕く音が混じっているのは果たしてそのせいだろう事をトオマは理解した。

 

「なんとウマソゲな」

 

 思わず身を乗り出しそうになるトオマ、それは同一メーカーより出ているカップ麺、そしてカップ麺と同じ味の乾燥した麺菓子のコラボ、それをこの閑静な駄菓子屋で堪能するこの男子は何者?

 目が合う両者、トオマに気づいた中学生はまるで誇るように食いかけのカップ麺のうわばみをトオマに向けてきた。

 

「すいません、貴方学校で噂になっている例の番組の対戦者の方でしょうか?」

 

 やや怪訝な顔でトオマは肯定する。しかし考えてみれば恐ろしい話である。中学校で給食について聞き回る変なおじさん、いやイケメンお兄さんの情報がその数分後には校内にSNS経由で知れ渡り、その素性もトオマが名乗らない内に数分で調べられ「例の店のシェフ」ぐらいの事はもはや知られている。シェフの顔である、厨房深くで作業し客と接する事の少ないシェフの顔を、しかも地域的にしか知られていない程度の知名度の店のシェフの顔が、ごくごく普通の中学校の生徒が持つ情報端末程度でたちどころに掘り起こされてしまっているのだ。トオマは事情に精通しているイマドキ学校の中学生達に舌を巻いた。

 

「ボク、おいしい給食が食べたいです。」

 

 それだけトオマに言い放ってまっすぐな目線を向ける中学生は、再びカップ麺にその神経を集中させていった。

 

「すまないが一つだけ聞かせてほしい」

 

 なぜトオマはその時そんな事を口走ったのかしばらく経って振り返っても解らなかった。

 

「給食とはなんだ?」

 

 給食の良かったメニューは?などと先程まで聞いて回ったのにも関わらず、そう問うた。

 

「でたらめだって言ってました。」

 

 中学生は麺を啜りながらそう答えた。

 

「でたらめ?言っていた?誰かがそう言っていたというのか?」

 

「僕の尊敬する先生です。でたらめだ、だけとそれが良いって。」

 

「でたらめだが、それが良い?」

 

 トオマはいったい何の話なのかまるで掴めなかった。

 

「ごめんなさい。ボクはもうこれで帰ります。母が帰る時間までに家の事済ませないと。」

 

 待ってくれ、と喉から突いて出そうなトオマだったが、ついに手を伸ばすだけで無言のまま見送るしか無かった。

 

「あら、カミノくんじゃない」

 

 トオマはカミノから目線を逆サイドに向ける、声のした方向に熟年とも見えなく無い華奢で小柄な女性が立っていた。リスやうさぎのようなネズミ目の顔立ちで3~50年前はさぞや異性の注目の的だったろう魅力の衰えない女性は丁寧にトオマにお辞儀をした。

 

「知っていらっしゃるのですか」

 

「カミノくんですよ、いっつもね、給食室に毎日献立の事確認しに来るんですよ、あの子の給食好きにも困ったものだ。」

 

 もしかして若い頃は不良少女だったかもしれない仕草をトオマはこの女性に感じた。

 

「献立の確認?そんな事をしていったい何になると言うんですか?」

 

「おかしいでしょ!でもね、そんなに給食を楽しみにしてくれると、こっちもうれしくなっちゃってねえ、カミノくんも担任の先生も」

 

 トオマは小一時間このおばさん、おっといけない、淑女の話を聞く事になる。

 

「ホワイトマン・・・・」

 

 

 

「いやあ一般市民にこのような事を頼んでしまって申し訳ない。」

 

 てめえで押しつけといてどの面で言うのか高尾ノエル、

 

「つかさ先輩をこんな目に合わせるなんていったいどんな奴が」

 

 咲也の眼前に高尾ノエルは立っていた。

 カイリが肩で担いで国際警察まで運んできたのは、失神した明神つかさ。引き受けた朝加圭一郎は半ば同僚の失態に呆れながら黙してアルゼンチバックブリーカーの態勢で担いで宿直室へ運んでいった。残った咲也は無い頭を回転させていったい何が起こったのか考えあぐねていた。むしろごくごく常識人には到底思い及ばない事であるのだから無理もない。

 

「じゃあオレっちはこれでア」

 

 アデューと言いかけてしまうカイリは変に勘ぐられない内に退くのが最善とばかりそそくさと足を外に向ける、

 

「そうそう、店員さん、」

 

 高尾ノエル、何を思ったか急かしく出て行こうとする夜野カイリを呼び止め、怪訝な顔の青年にイヤらしい笑みを向けた。

 

「公園でサボタージュしていた君が、被害者を店で見た事があるとボクに言っていたじゃないか。それを聴取していたところでつかさクンを見つけたんだ。」

 

 こいつ、何をムチャぶりを!

 

「カイリくん!聞き伝てならんな!出前がてらうみかクンから聞いているぞ、君がよく店をサボると、常連としてだな、一度説教をだな、」

 

 戻った圭一郎がマウントを取りはじめ、カイリは腹を煮えくり返らせて怒りの目を高尾ノエルに注いだ。もちろん高尾ノエルは涼しい顔で意に介していない。

 

「ほら、君が気になると言っていたんだろ?特殊な形のペンダントをあの蔓に絡まれた被害者がしていた、そしてちょうどつかさクンがそれを首にかけて半狂乱になったところにボクらは遭遇したという訳さ。」

 

 エックス、こいつ貸しだからな、

 

「そうっす、なんかイヤな感じの色したペンダントだったんスよ。それをこの常連さんにたまたま遭ったんで話してたんス。」

 

「という事でジム、このペンダントを調べてくれたまえ。」

 

 ビニール袋に密封したペンダントを人差し指と親指で挟んでブラブラさせる高尾ノエルは、そのままジムのデスクに置いた。

 

「私のセンサーでもいきなり妙な電波、イヤ放射線を拾ってますねえ。解りました。至急調査レポートを纏めますですハイ。あの蔓に絡まれる原因がカメラで捉え切れてなくって、手詰まりだったんですよ。」

 

 圭一郎は思案しつつも熱気が出てきた。

 

「ちょっと待て、じゃあこのペンダントの出所を突き止めれば、つかさか、つかさに」

 

「ま、どこで配られていたか売られていたか、知っているんじゃないのかな彼女は。」

 

 パドックから飛び出した競馬馬のように国際警察の両男子は宿直室に飛び出していった。

 

「ま、糸口も与えたし、これで事件は解決に向かうでしょう、という訳で一般市民の君はここまでという事で。」

 

 高尾ノエルはカイリに向かって平手を向けた。

 

「何抜かしてんだよ、こっからだろうって!」

 

「ロボッドのボクでも解りますよ。一般市民はこれ以上首を突っ込むのはダメですよ。危険ですから。」

 

 対話というものは、不思議なもので、少しでも立場が違えばまるで別の意味に捉えられてしまう。もちろん、高尾ノエルはこの時計算ずくだ。

 

「コンポーンドゥ、つまり君はここまで、それよりもトオマクンの手伝いをした方が良いんじゃないのかい?サボタージュを決め込んでる暇はないよ。」

 

 行き場の無い憤りで口から何かが出るのをそれでも必死に抑えてどうしようもない顔をしたカイリは、

 

 コレクション全部かき集められなくても、いざとなったらザミーゴを、

 

 の一念で爆発を思いとどまらせた。

 

「シャーねえな、トオマの手伝いしなきゃいけねえし、」

 

 渋々室内から出て行くだけの一般市民の青年だった。

 

「困ったモノです。最近は動画なんかで擬似的に当事者気分を味わえるから、できてしまえる、やってもいいんだ、なんて気楽に錯覚する若者が増えてしまう。」

 

「まあそうだね、AIの君がそこまでの考察ができるようになってボクも誇らしいよ。」

 

 やはり、あっさり引き下がったな、

 

 そう思った高尾ノエルだった。

 

「あれえ?同じモノだぁ~」

 

 高尾ノエル、同僚のあまりに呑気な声に振り返ってしまう。その眼前には制服の襟元から抜き出してきた袋の中と全く同じペンダントを持つ咲也が立っていた。

 

「オララ、咲也クン、君最近不安に落ちる事無いかい?」

 

 そうなるな、自明の理だ、ボクとしたことが、この男、不安というものが無いのか?

 

「不安?そういうのって、思ったら負けじゃないっすか?」

 

 高尾ノエルは同僚の強メンタルに舌を巻いた。

 

 

 

「牛乳、全ては牛乳が台無しにする、たとえフランス風でなくても」

 

 グラスを人差し指と中指で挟んでコーンの弧をなぞるように回す、そうして手の甲の側を向けたまま挟んだグラスを口に運ぶ、酒量が増えた時のトオマの呑み方はそんな気取ったものだった。

 

「ねえねえトオマ、今日のシチュー、なんか甘ったるいし、パンはウチのフランスパンじゃないしどうしてどうして?」

 

「とにかく食って感想を聞かせてくれ。」

 

 はじめてジュレ3人組の食風景を紹介しよう。

 基本当番制のまかないであり、そこで2人が客用のテーブルで朝、夕、晩と食べる。2人とはトオマとうみかである。カイリは態々自分の分を取って自室に籠もって一人で食う方が安心するのだそうだ。

 今日は当番の順を飛ばして、トオマが用意した。牛乳、フランスパンの残りならぬコッペパン、牛肉にんじんたまねぎとグリーンピースのビーフシチュー、特製フレンチソースを絡めたサラダ、そしてフルーツポンチ。全てトオマが腕によりを掛けたフランス仕込みのテクニックがふんだんに盛り込まれており、デミソースフレンチソースなどは店で仕込んだものを出し惜しみ無く使っている。

 

「うむうむ、なんだかね、給食って感じがしない、ウチの料理みたい。」

 

「それは食器がウチのモノだからじゃないか?もっとマシな感想を聞かせてくれないか、こっちは真剣なんだ。」

 

「うむむ、早くお酒が呑める年になりたい・・・」

 

 そんなギスギスした店内に、残る一人の住人であるカイリが不満げな顔を隠さずに帰ってきた。

 

「全くよ、エックスの奴、オレらハブにしゃがって。」

 

 閥の悪い顔を隠さないカイリに、左右両側から剣山で圧迫されたような表情をするうみかだった。

 

「ムリ、天然担当ワタシにはムリ」

 

 牛乳だけを手に取って慌てて駆け上がるうみかだった。

 取り残された男子2人は一瞬唖然としたが、いつもの事だと思ったらしく、改めて差し向かいで席に就いた。

 

「エックスよぉ、オレ等ハブにしてコクレション自分でゲットしようとしてるぜ。今更ジャねしかし、」

 

 トオマは瞳孔を開いた、師との勝負にかまけて、肝心の目的をいつの間にか軽視していた事を自覚した。

 

「そうだった、オレには取り替えさねばならんもっと大事な事があった、それに比べれば、こんな勝負なんて」

 

 カイリはと言うとビーフシチューに指を突っ込んで一切れ摘まんで頬張った上で指を舐めつつ皿を取り、次いでサラダの小鉢を肘に載せ、フルーツポンチを反対の肘に、牛乳を掴んで立ち上がる。手慣れたモノで、実はカイリ、店での配膳でもこんな小器用で古風な真似をしている。

 

「ふざけんなトオマ」

 

「こんな勝負、しなくてもいい、そうだろ?」

 

 階段に足をかけ振り返るカイリは、ややニヤついていた、トオマから見ればあるいは嘲笑のようにも見えなく無い。

 

「見損なったぜ」

 

「なにか言ったか」

 

「それってさ逃げじゃね」

 

「俺たちにコレクションを集める事以上に大切な事があるか?キサマが一番それを解ってるはずじゃないのか?」

 

「それ口実にして逃げんなトオマ」

 

「逃げてるだと!俺は当たり前の事を」

 

「よく考えろよ!コレクションじゃねえ、ザミーゴ倒しゃいいんだ!」

 

「それは解っている、が、それでも保証の限りではない、コレクション集めはエックスや小暮さんに対しても目的のニの線としても必要だ!」

 

「解ってねえって、逃げ癖着いたらよ、どんな事も結局逃がしちまうぜ。」

 

 トオマは絶句した。

 

「しょうがないだろ、全てをやり遂げるなんて」

 

「大体給食つうの、昔から嫌なんだよオレ。大人数で差し向かいでさ、人の目が気になって味なんか記憶に無くてさ、腹に詰めてる以外無かったぜ。」

 

 そう言って階段を駆け上がったカイリだった。独り取り残されたトオマは首を横に振り払うしかない。

 

「言いたいことを言う、ガキだ、人生には諦める事も必要、・・・・諦めないために快盗に手を染めたんだったな。」

 

 トオマにとって大平彩は今や人生の中心である、それを取り戻す手配を絶やさない事が肝要である。だが意欲を絶やさない事も確かに重要である。重要な事も頭で解っている、何よりトオマという人間は挫折が多い人生であった。モデラーを諦め、料理人を諦め、このままではコレクション収集を諦めてしまうんではないかという怖れがあった。しかし同居人の若造は、それを口実にしているだけだとマウントした態度で怒鳴りつけた。

 

「オレは、おまえ達のように何かを持ってる人間じゃないんだ。」

 

 

 

「国際警察の権限において、ギャングラー!実力を行使する!」

 

 水道橋にランエボ改で乗り付けた朝加圭一郎と陽川咲也は、警視庁からの応援を待たずにポケットビル4階に突入、

 

「ワタクシは用意周到なのですニョホホホ」

 

 女体から男声に変貌しつつカーテンを開け外堀通り水道橋交差点へ落下。その身が異形となってアスファルトを割る、

 

「こうして彼らの足をまず」

 

 停車するランエボを蹴り上げるギャングラー、メンコ返しになり乗車席はもはや背もたれがへしゃげて搭乗すらできないだろう。

 

「潰す、奴等にはビークルがあるが、こんな街中であの巨大ビークルを走らせる度胸はあるまい」

 

「ボクは君のそんな逃走ルートも半ば承知しているから、彼らに考えなしの突入を許したんだけどね。」

 

 背後である、黄金色の閃光がギャングラーの両足を貫通する、

 

「ワタクシの、このジュゴーン・マナッティ様の足をぁ、キサマ背後から卑怯という!」

 

 それはパトレンエックスの急襲、

 ジュゴーン・マナッティがほぼ避難と交通規制の完了した交差点で倒れ込んでもだえ苦しんだ、

 

「君の逃走ルートは水上だろう、だが神田川は主要道路と併走する、よって君はまずボクらの足を奪おうとするだろう、そう思って張っていたら案の定だね。コレクションは未だに不明だが、使われる前に」

 

「その手がありましたぁ!ナリズマさんと交換しておいて良かったですぅ」

 

 仰向けで倒れた状態のジュゴーン・マナッティ、その金庫にサメが二頭並んだヨットの帆のようなカッターのコクレクションを取り出し詰めた。

 

「『飛び込む』だって!そうはいかな」

 

 その性能を熟知し怪人との相性を半瞬で想定したパトレンエックス、慌ててエックスチェンジャーを向けた、

 

「ニョホホホホ、マザーでなくシスターですから」

 

 アスファルトの中に入水するように沈んでいくジュゴーン・マナッティ、パトレンエックスの銃撃は虚しくアスファルトを反射する、『飛び込む』はまるで水中を泳ぐように地面の中や壁の中を移動する事ができるコレクション、それを見て取ったパトレンエックス、銃口を掲げ、金色に輝く、

 

「エネルギーチャージ」

 

 光はパトレンエックスのマスク、とりわけ左右両側面とゴーグルに集まる、

 

「この音じゃない、これは二人の足音、この鈍い音か、腕だけで泳いでいる、やはり両足を先制しておいて正解だった」

 

「ノエルさーん!」

 

「管理官、敵は!?」

 

 既にチェンジしたパトレン1、2号が階段から屋外に飛び出てきてパトレンエックスに合流した時には敵の姿は跡形も無かった。2号などは自らハンドルを握っていたランエボ改が拉げている姿に仰天して思わず二度見した。

 

「煩いな」と聞こえるか聞こえないという小声で囁く高尾ノエルは、「圭一郎クン、咲也クン、ボクと射線を合わせて、そろそろだ」

 

 エックスチェンジャーを前方に構えるパトレンエックス、挙動に不満は消えていないが黙して揃え構えるパトレンジャー両名、

 

「今だ」

 

 発射する黄金の光弾、

 直撃、それは右のマナティの尾の方、

 コレクションの能力で地面の中を泳ぎ渡ったギャングラーは堤防の壁に身を浮かべ、水中へ踊り出た、まさにその瞬間聴力だけを研ぎ澄ませパトレンエックスは敵の出現位置を想定し、そして思った通り両の尾を掻いていたジュゴーン・マナッティの推力を半分奪った。

 続いて二連射、これはパトレンジャー両名、一発は正確にギャングラーの左肩へ、そしてもう一発はジュゴーンが出現したやや後方を掠める、

 

「ヨーシっ!」

 

「咲也、射撃だけは一人前だったな。」

 

 外したのは1号の方だった。

 

「ハイ先輩!私生活も仕事も充実してます!」

 

『快盗 エックス チェンジ』

 

「君達、奴をエックス空間に閉じ込めてトドメを差す。付いてきたまえ。」

 

「「おおぉ!」」

 

 警察から快盗へとチェンジし、ルパンエックスはシールドを前面に展開、エックスが繋げたその先にはジュゴーン・マナッティがいる、そのまま潜っていくルパンエックス、パトレンジャー両雄もそれに続いた、がしかし、

 

「ミズっ!」

 

 頭から押しつぶされんばかりのもはや高波、

 圧倒的な水量がパトレンジャー両名を圧し戻す、当然である、神田川の水を引き込んだに等しい、爆流とまでいかないのはどうやらルパンエックスが瞬間的にしか空間を繋げなかったらしい。

 

「壁が無くなりましたよっセンパイ!」

 

「わ、解っている!」

 

 踏んだり蹴ったりの警察両名であった。

 

 

 

「おいしい給食とはなんだ」

 

 カイリはこの店を開いた時から、他人と食事する事に非常な拒否感があった。おそらくアレが取り戻そうとしている兄ともまともに一家団欒という事をした事がないのではないか。アレが給食というものを嫌う理由は、クラス一丸になって同じ行動をしているという行為だからだろうし、カイリという男の本質を共同生活して肌で感じる宵町トオマは、ある種の異端としてしか集団の中にあって安全を確保できない人種なのだという事を察していた。そのカイリをして、

 

 腹に詰めてる以外無かったぜ、

 

 という。

 

「マイナスをマイナスに考えるとあの少年に通じる・・・・・・か?」

 

 ワイングラスをテーブルでグルグルと回しているのか、それとも酒にグルグルと神経を回されているのかもはや解らなくなってきた夕刻、ディナーの開店時間を越えている事を忘れていたトオマは、心折れて臨時休業の張り紙をしようと真鍮の鈴を鳴らして店の扉を開けた。

 

 本日臨時休業デース シェフの次回作にご期待くださーい

 

「オレは連載終了のマンガ家じゃないぞ」

 

 既にであった、

 

「すまん、俺の為に、俺だけのせいで」

 

 トオマに先回りして臨時休業の張り紙が既になされていた。おそらく同居人二人の仕業だろう、なぜこんな事でトオマはここまでこみ上げてくるものが沸いてくるのか、

 

「俺なんかの為にここまで察してくれている、俺には、いっしょに食べる者達がいる」

 

 宵町トオマ24歳。看板の寂しい店の玄関前で膝を折って泣き崩れた。

 

 

 

「ボヤボヤしないでくれたまえ、敵を取り逃がすだろ?」

 

 戸惑う警察2名の眼前に再び透明な壁が出現、顔だけエックスゴーグルのマスクが飛び出してきて、怒声を上げそうになった両者を平気で誘った。

 

「・・・・・ク・・・・了解管理官!」

 

「せんぱーいっ」

 

 敵を追ったルパンエックスが、敵を追い損ねた警察二人に助力を要請、複雑な心境をなお抱えつつ命令に従い今度は壁に突入するパトレンジャー。

 

「高尾ノエル!どうして既に巨大化しているんだ!?あれでは」

 

 パトレン1号がついにエックスに吠える、暗闇に彩られているが、先程の街にそっくりな風景の中、神田川に半身を沈めた形で立ち尽くす20メートル級の巨体、それはおよそルパンエックスとの交戦が既にあったのだろう、ジュゴーンマナッティの巨体だった。

 

 オケランパぁ!

 

「耳が割れそうな程吠えてる、」

 

 素っ頓狂な2号を余所に、1号はVSチェンジャーにスプラッシュを装填しようとする、確かに巨体であろうがなんだろうが、昨今の国際警察の装備であれば問題無く処理できるだろう。しかし、

 

「待ちたまえ圭一郎クン、グッディ!」

 

「ズバッと参上!」

 

 2号の足下にいつのまにか黒を基調としたビークルが走り回っていた。

 

「『医者医者』で多少回復しているようだけど、ベロニク、やってもらえるかい」

 

「ノエル、いったい何をブツブツ言っている!」

 

 収まらない1号に2つのビークルを差し出して黙らせるルパンエックス、

 

「圭一郎クン、グッディとこの子達を使って戦ってくれたまえ。」

 

「いったい何を」

 

「次のステップに進む為に必要な事だ。命令だと受け取ってくれてかまわない。」

 

 不承不承のパトレン1号、それでも縦社会の人間として常識的な行動をとった。

 

『位置に就いて ヨーイ』

 

『走れ!走れ!走れ!』

 

『出動!』

 

『轟音爆走!』

 

『ファ、ファ、ファ、ファイヤー!』

 

『疾風迅雷!』

 

『一撃必勝!』

 

 4台の巨大ビークルが仮想水道橋駅周辺を疾走、グッドストライカーの左右後方に配される形で並走、グッドストライカーから立体ビーコンが光り、3台のビークルがそれに折り重なっていく、

 

『警察!ガッタイム!!正義を掴み取ろうぜ!』

 

 1号ビークルを頭部に、左腕をエックストレインファイヤー、右腕をエックストレインサンダーとして起き上がるその姿こそは、

 

「完成!パトカイザートレインズ!」

 

 搭乗している1号と2号は同時に叫ぶ。

 眼前には左右非対称のヒレを腕にした巨大ギャングラー、巨大化からやや放心していたものの、自我を取り戻しつつある。

 

「二度と遅れは取りませんよ!」

 

『パトカイザースパークアップストライク』

 

 警察側が初手から大技を繰り出しX字の電撃を放出、

 

「ニョホホ」

 

 意外にもそれを素早く躱すギャングラー、跳ねた拍子にそのまま跳躍して両足を揃えてパトカイザーの下っ腹に蹴りを入れる、足が蹌踉めく程度のダメージだが、コクピット内の二人は脳震盪を起こすのではないかという程に頭を揺すられる。

 

「反撃だぁ!」

 

 1号の怒号と共に突き出した左の腕、拳に当たる高速鉄道の機首そのままジュゴーンに繰り出される、

 

「効かない効かない」

 

 だが光を帯びたファイヤーの機首を突き入れてもギャングラーは微動だにしない、

 

「センパイ!機首が変形してないですよ、ノエルさんが前に言ってました、ダイレクトにエネルギーを繋ぐとかなんとか」

 

「そうなのか!?高尾ノエル、それならそうと取説に書いとけ!」

 

 左腕の鋭角的な機首から四門の砲座が飛び出してくる、するとパトカイザーの左拳に炎が灯る、

 

「水生生物に火なんてそんな!」

 

 習性なのかなんなのか恐れおののいて飛び退くジュゴーン・マナッティ、

 

「あぁあぁ、そんな事したらベロニクが」

 

 ダーク空間で銀光りするルパンエックスも何かそわそわしている。

 

「今だ!」

 

 炎の左拳を突き出すと四門の砲座から火線が四筋放たれる、

 体皮から水蒸気が吹き上げジュゴーンの木材質のような胸部に炎が上がる、

 

「これは最悪のケースです!」

 

 ジュゴーン・マナッティ、ただちに疑似神田川に飛び込んで自ら上がった火の手を消しにかかる、

 

「もういい、圭一郎クン、今度はスプラッシュとバイカーの組み合わせを試してみてくれたまえ。これは管理官命令だ!」

 

 あの飄々としたエセおフランスが異様な語気を通信機越しに上げ、圭一郎も咲也もただその命令に追随してしまう。

 

『位置に就いてヨーイ』

 

『走れ!走れ!走れ!』

 

『出動!』

 

『縦横無尽!』

 

『激流滅火!』

 

 トレインズから交代し、左に接続したのはバイカー、そして右には紅いスプラッシュが接続、スプラッシュのパーツの一部がマシン1号を押しのけて頭部に居座る。

 

「戻ってきたね、ベロニク、レイモンド、グッディとの合体をクリアしたらいよいよ」

 

 そうしてルパンエックスの手元には2機のVSビークルが還ってきた。見上げるエックスのゴーグルには上半身に赤みが増したパトカイザーが起立していた。

 

「ええい!ことごとくデータに無いバージョンを!いくらワタクシでも怒りますですよ!」

 

 やや火傷気味のジュゴーン・マナッティ、2本の尾の先端から三日月型の光弾を放ってくる、

 

「スゲーですよセンパイ、まるでビクともしないっス!」

 

 だがしかし紅いパトカイザーは微動だにしない、確実に全弾食らっているにも関わらずである。

 

「オヤジさんはちょっとやそっとの事じゃビビりゃしないぜ」

 

 コクピットから流暢な声が轟いた。

 

「やはり、耐火性能が効いている。一気に行くぞ咲也!」

 

「ハイセンパイ!」

 

『パトカイザー!ヨーっヨーっ!』

 

 左腕のタイヤをスピンさせ投擲、

 

「その攻撃はちゃんとインプットしていますよ!」

 

 右の半月で弾くギャングラー怪人、

 

「ヒモで操って2度打ちしようと言うんでしょうがそうはいきません!」

 

 先の成田空港戦のデータでヨーヨーの錘とワイヤーの関係性を承知しているジュゴーン・マナッティ、咄嗟に回避し、錘が引き返す動きにも目で追って回避してみせる、

 

「ヨーヨーを戻すところで大きく隙ができるはず!」

 

 間髪入れずに懐に飛び込んで両腕を振り上げるギャングラー怪人、

 

「スプラッシュっ」

 

 1号がレバーを引くと右腕のホースが伸び、

 

 ギョォン!

 

 強かにギャングラーの米神をを突く、カウンターの形になってたじろいだジュゴーンに、さらにパトカイザー右腕から水流が噴出、

 

「ジェット噴流だぁ!」

 

 2号の燥ぐ姿を横目に1号はトドメにいった、

 

「パトカイザー!すぷラ」

 

「パトカイザー!ジェットストリームストライク!」

 

 2号が被せてきた、

 左腕前輪を投擲、引っ張られるワイヤーがギャングラー怪人に巻き付いて拘束、右腕より超高圧の水流が噴出すると同時にワイヤーを引くとジュゴーンの身が軸回転、混乱の極みとなったギャングラーに鋭角的な高圧水流が打ち付けられる、それはもはや鋭利な刃、回転する敵に横一閃返して二閃、その身が輪切りになって三つに離間する、

 

「超全集にも載ってないフォームでズッケー!」

 

 爆破、

 

 寸断された金庫からそのポテンシャルの限りの熱エネルギーが暴発する、

 

「おいら、熱いのイヤだぁ!」

 

 爆圧に推される形でいきなり分離するパトカイザー、哀れ中の人2人はトリガーマシンごと放り投げられる形で強かにコクピット内を跳ね返った、

 

「毎回だぞ、あいつ!」

 

「快盗は飛べますからねえセンパイ」

 

 七転八倒な目に遭い悲鳴を上げた警察2人、さて、この場にいる残りの一人はというと燥ぐ同僚と真逆のテンションで爆発の中心部に転移していた。

 

「やはり、現行最強の火力を以てしても破壊する事が適わない。」

 

 足下に真っ二つ、上下に寸断した金庫がルパンエックスの眼前で転がっていた。金庫の周囲には粒子の渦のようなものが纏っており、寸断したはずの金庫がいびつながらいつの間にか接合してしまった。

 

「粒子レベルに破壊してもなお修復する、コレクションの力をキャンセルしても破壊に至らず、過剰な復元力でも適わなかった。アルセーヌ、コレクションを守る為とは言え、それがボク等にこれ以上無い試練を与えているよ。しかし、」

 

 ルパンエックス、両手にコレクションを二つ抱えている。一つは高速鉄道を模した赤がポイントのファイヤー、もう一つは青い背びれのようなカッター

 

「ベロニクのおかげでボクが取り損ねた『飛び込む』を回収する事ができた。古傷が痛んだかい?」

 

 

 

 ザ・ビックバトゥル!

 

 と舞台の大上段から叫ぶのは番組主催者という設定の俳優。一応設定として18世紀の王侯貴族のルックスであり、舞台もまたその彩りで纏められているものの、スタジオ中央に並ぶ食材はコッペバンと牛乳、みかんなど明らかに当時のフランスに無いものばかりである。

 

「なまじ料理番組でフランス寄りの舞台設定組んじゃったものだから他の食材が浮きまくる、20世紀後半の日本剥きだし給食素材をこうまで飾ってどういうセンス?いやコンセプトが誰もセンス行き詰まるの当たり前なのにそれどうして力技で押し通そうとすんだろうねこの番組。」

 

「カイリカイリ、あれモーツァルトとか着てた奴だよね、なんかアタシひさしぶりに意欲沸いてきたわ」

 

「カイリうみか!いよいよテレビに俺たちの顔が晒されるんだぞ、気を引き締めろ!」

 

 もちろんスポットライトに当たっていない小声のマイクオフである事をトオマは事前に確認した。

 

「さあ、はじまりました、実況はワタクシ、フクオカと」

 

「解説下田デーす。」

 

「さて今回テーマは学校給食、という事で、今回の特別審査員に埼玉県某市某中学校の数学教員アマリハタクニオ先生にお越しいただきました。」

 

「聞いたところによると全国でこの人の右に出る者ナシという給食好きで噂とか?」

 

「私が?給食になぞ興味はありません。(私は給食が好きだ。給食のために学校に勤めていると言っても過言では無い。)」

 

 おいおい解るので気にしなくていい。

 

「さて、もうお一方、小沢澄子大学教授です。」

 

 見れば30に達していない淑女が黙してアマリハタの隣に座していた。美貌よりも可愛げよりも何よりも眼光に力があり過ぎて、異性からもあるいは同性からも近づきがたい雰囲気を醸しだしている。若くして教授というインテリジェンスの肩書きを持つという事はこういう事かという見本のような女史であった。

 

「このお二人に解説の下田さんを加えた3名で審査させていただきます。」

 

 とにかく、番組のいつもの流れの通り主催者を放置プレイして視聴者寄りの目線で実況と解説が番組の流れを解説しつつ2組の料理人の包丁捌き箸捌きを実況していく。ちなみに視聴率は下降線をたどっており、キャストの人選が如実に打ち切り寸前を物語っている。

 

「おっっと、チャンピオン動き出したぁ」

 

 審査員であり解説の一人が嗄れた叫びを上げた、イノウエがフライヤー2機に並々と油を注ぎ、竜田揚げを交互に作り込んでいる、驚いた事に一度大量に竜田揚げをザルで掬った後、その油を水桶の中に落としたステンレス缶の中に、網越しに浪波と注ぎ込み、再び新しい油をフライヤーに満たして高温に熱する、それを交互に行って竜田揚げを増産し続ける、

 

「これは、汚れた油を捨てて揚げ物の味を落とさないように工夫しているんですな、しかしあの廃油の缶をいったい今日いくつ作るつもりなんだ、膨大な数だ。」

 

 解説が饒舌に一気にまくし立てた。

 

「今回参加されている観客のみなさん全てに行き渡る事が条件ですから、できたての竜田揚げをご用意しているのでしょうが、なんともダイナミックな。」

 

 小沢の眉がプライドの高さを強調するように跳ね上がった。

 

「おっとこちらもだ!」

 

 対戦相手のトオマ達3人もまた竜田揚げをフライヤーで揚げている。こちらはフライヤー一機だ。

 

「挑戦者の方が揚げる時間が長い。」

 

 小沢は目を細めた。

 

「吉と出るか凶と出るか、これははっきり白黒をつける対決となりそうだ!」

 

『3分前』

 

 イノウエ、大鍋の蓋を開ける、表面は炎のように紅く、湯気と気泡はまるでマグマを彷彿させる、

 

「この匂いは、トマトだ、トマトの酸味だ」

 

 大鍋をこれまた巨大なレードルで攪拌しつつ掬い上げ、白地に炎のような碧の文様を描いた白磁の器に流し込む、それを55用意し、桜の花びらが描かれた漆のトレーに載せた、磯の香りが立ちそうな深緑の陶器皿に揚げたての竜田揚げ、ほんのり乳白色のコールスローが竜田揚げを側近くで引き立てる、深緑の湯飲みにはこれまたほんのり湯気が立つ白い牛乳、アルミでくるまれた包み、そして油紙を敷いた上にコッペパンがやや焦げ目をつけて盆の角を横たわる。

 

「完成っ」

 

「おおっっと、チャンピオンが出来上がったようです!今回、テーマは給食という事で審査員3名だけでなく、今回ご招待した某中学校1年A組のみなさん25名、そして小沢教授の御弟子さんから選抜した25名、そして主催者とワタクシの55名分同じメニューを調理していただきます、チャンピオン、完成しました、手応えはありますか?」

 

「今夜は最高!」

 

「タモリじゃねーし」

 

「さあいつもの下田さんとのやり取り貰いました!さて一方挑戦者、どう受けて立つか!」

 

『1分前』

 

 トオマ、竜田揚げをアルマイトの盆に揃えたこれまたアルマイトの椀に盛り、短冊切りしやや黄色みがかったキャベツ主体のサラダを添えた、同じ大きさのアルマイト椀がもう一つ、それには大鍋に保温しておいた中華スープを注ぐ、スープの中にはうっすらと細く白い麺が見え隠れする、牛乳は今時珍しい瓶、上蓋は紙製である、しかしもっとも目を引くのはアルマイトの皿、あるべきモノが無い、そう、盆全体を締めくくるはずの主食、パンも白いご飯もその皿には無い、何も無いのである。

 

「完成っ」

 

「おおっと挑戦者が完成の宣言を上げたぞ!しかし、しかしどうした事か!空の皿があるだけでコッペパンの姿がない!どうした挑戦者、トラブルか!?」

 

 そんな実況のもっともな懸念に、いくつものアルマイト箱を抱えしたり顔のカイリが叫んだ。

 

「さあさあ取りに来てくれ、うちの今回の主食はバイキング!コッペパン、白米、ソフトめん、そして揚げパンから選んで持って行ってくれ!」

 

 騒然となる会場、かつてない余興に観客として招待された学生含む50人の人間がカイリ達の前に殺到した、当然

 

 揚げパン!揚げパン!揚げパン!

 

 の人気メニュー争奪になるのは必須だ、

 

「さあ早いモノ勝ち、ちゃんと順番に並ばねえと失格だかんなぁ!」

 

「そだよ!順番にちゃんと配るから!こら坊主、どさくさ紛れに私の手握るな!有料だぞ!」

 

 カイリの大演説に踊らされるように揚げパン、白米、ソフトめんの順に消え失せ、ついには底が見えアルマイト缶にこびりついた僅かな白米とコッペパンが4つだけ残る。

 

「これは驚いた、挑戦者、給食の主食をバイキング形式にしてきた!こうなりますと、あれ?我々は未だに運ばれてきてないようですが、」

 

「決まってンじゃン、並べってヨ、審査員もさあ、人数分揃えてるから早く来な!」

 

「待て待て、そういう事は最初から言えよ!」

 

 下田が五角形の顎を突き出して怒鳴り散らすも、カイリもうみかもにやにやするばかり。

 

「要らないんだったらアタシが貰っちゃうよぉ~」

 

 いきり立った審査員の一人、アマリハタがうみかたちの前に踊り出でた。

 

「(これは!?米だ、あの米をこそげ落としていただくしかない!)」

 

 審査員残り2人+実況1人もまた残った白米とコッペパンの二者択一に迫られ思わず席を立った。

 

 CM入りましたぁ!

 

 ここでフロアDのカットがかかり、CM明けの立ち位置をアシスタントの女子達に導かれ、チャンピオンとトオマは並んで上手寄りのアングルに入り、下手側に立つ主催者がメイクの手直しを受けている。なんとトオマ達3人にもメイクの手直しが入り、女子アシスタントがしきりに3人のテレビ映えを褒め千切った。

 

「宵町トオマ、破れたり」

 

 トオマにしか聞こえない、イノウエの小声などスタジオの混雑にかき消されてしまう。トオマは視線を向けず、ただ寡黙に瞼を閉じている。

 

「おまえは致命的なミスをした。給食とは授業の一環だ、栄養価を摂取させる事を最優先とする給食において、バイキングなどナンセンスだ、そして審査員全てにハズレの食材を回した。審査員がこのような理不尽を許すはずもない。もっとも致命的なのは、揚げ物だ。揚げ物は繊細だ。目と耳と箸から伝わる触感全てを駆使しなければならん。おまえの作った竜田揚げ、あれは硬く岩のようにゴリゴリとしているはずだ、揚げている音の変調もおまえは気づかなかったのか。」

 

 イノウエの辛辣とも取れる言動になお反論しないトオマ。

 

「勝負を投げているのか、宵町トオマ。」

 

 うっすらと細くだけ目を開き、唇もまたうっすら開いたトオマだった。

 

「ずいぶん多弁になったものだ」

 

 CM明けまーっす!

 

 アシスタントがカウントを始めたので、なし崩しにトオマは口を閉じる事になる。

 

 3、2、・・・・・

 

「ちょっと待ちたまえ」

 

 キューを入れようとするアシスタントに向かって、トオマの対面に位置する俳優がどういう訳か声を上げた。

 

「私は、揚げパン、じゃないのか?」

 

 はい!カットカット!

 

 芸能社会独特の緊張感が走り再び番組は中断となった。

 

 

 

「いやだぁ、あんな金髪にワタシの稼ぎを吸い取られてたまるかぁぁ!」

 

 国際警察から搬送された警察病院では、目の下に隈が出来上がった明神つかさが哀れな姿で横たわっていた。

 

「そんなバカな。」

 

 あの高尾ノエルがそう言った。

 

「敵を倒したんだぞ、街中の樹木になった民間人も未だ元に戻らずエネルギーを放出し続けているとの報告だ。どういう事だ管理官!」

 

 珍しく高尾ノエルの両眼が左右に絶えず動いた。今明神つかさは警察病院の集中治療室で絶対安静の状態であり、ガラス越しに3人の同僚が見守っている。

 

「別に、ジュゴーン・マナッティを配布役にしていたギャングラーが、いや、しかしギャングラーの行動は一区一体のはず。それを許すはずが、許したのか?そんな非常手段に出てきたという事か。」

 

「つかさ先輩一生あのまま寝たっきりなんて事無いですよね?ノエルさん?イヤですよボクまたつかさ先輩に叱られたいですよ。」

 

 かつてない高尾ノエルの困惑ぶりに朝加圭一郎も不安を隠せなかった。

 

「高尾ノエル管理官!命令を!これから俺たちはどうすればいい!」

 

 胸倉を両腕で握り、高尾ノエルに八つ当たりする圭一郎だった。

 

「離してくれたまえクドい。今は待つだけだ。」

 

 圭一郎でなくても業を煮やす高尾ノエルの態度にしかし、その国際警察の二人はうなだれて言葉を失う。もはや打つ手ナシの態度に絶望を感じずにはいられなかった。

 高尾ノエルは解っていた。樹木となった人間達はあのペンダントから精気を吸い取られ、とある場所にそのエネルギーを送信し続けている、だがそれを配布していたジュゴーン・マナッティは配布役でしかなく、言わば黒幕となる別のギャングラーが痕跡をことごとく消して自身の計画を着実に進行し、あるいは、送信先を解析した時にはもはや手遅れになるかもしれない、ごくごくシンプルだが効果的な欺瞞に高尾ノエルは引っかかってしまった事を痛感した。

 

「何を待つというんだ!」

 

「もうこんなつかさ先輩見たくないですよっ」

 

 高尾ノエルがそれに口を開く事は無かった。

 

 

 

「あ~あ~トコブシ」

 

 生放送で事故なのかという15分間のCMが明けたその風景は、会場内の半数の人間による校歌斉唱であった。

 

「私は、揚げパン、じゃないのか?」

 

 という大御所舞台出身タレントの一言で急遽CMの延長がチーフディレクター判断でくだされ、大御所俳優へ、審査員総出のジャンケン大会の末に残されたコッペパン一つをディレクタープロデューサーが左右に並んで頼み込んだが、無言のまま瞼を閉じる大御所、それを揚げパンを獲得した男子中学生の自己犠牲によって解決した時には既に14分を経過、

 

 では番組、

 

「待てぇ!まず給食の前には校歌だろ!」

 

 と頑なに主張してきた審査員の一人が引き連れた25名の生徒と共に斉唱を強行、もはや脳髄が破綻したディレクターはCM明けを断行、ついにはローカル局放送地帯全域に某中学の校名が本人達によって大々的に放映される事となった。どういう訳か審査員の教員がもっとも熱心に歌っていた姿も茶の間に流れる事になる。

 

「「手を合わせてください。」」

 

 そうしてまず一斉にイノウエの用意した漆の盆の上一品一品を55名の老若男女が注視していく。多くのものはまず喉を潤す為に、湯飲みの牛乳を一口含んだ。

 

「牛乳のくせに後味がクドくない、」

 

 小沢澄子が下田の疑問に答える形となった。

 

「これはスキムミルク、脱脂粉乳ね。」

 

「あの給食に、我慢して栄養摂取しなければならないもの、というイメージを決定づけたあの臭い!?まさかそんな!どうやって脱脂粉乳がこんなまろやかでスッキリした味に!チャンピオンこれは!?」

 

 腕組みしたイノウエは両目を閉じたまま、顎でアシスタントを招く。そして台本を取り出して渡し、指で差して読むように指示した。全てが無言である。

 

「ハイ、アシスタントのリーナです。安心してください、履いてますよ!変わって代読いたします。脱脂粉乳がマズいのは、当時の品質もさることながら、レシピの指定に対して混ぜ込みが足りず、薄くなるかダマを沈殿させる為だ、適量を丁寧に濾してやればむしろ牛乳よりもあっさりとシ?脂?の臭みのない呑みやすい飲料となる、だそうです。」

 

 下田は盆に置かれたフォークで竜田揚げを一刺し、そうすると肉汁が湯気と共にあふれ出る。

 

「いやあさすがチャンピオン、まさかの脱脂粉乳、竜田揚げは、これは鯨ですね?付け足しの生野菜もそのままほんのり塩味だけで食べられます。これほど芳醇な味になるなんて。」

 

「ええ、チャンピオンからNGを出されたリーナに代わって、ワタクシゆりあが代読いたします。安心してください、丸顔ですよ。竜田揚げは適切な処理をすれば柔らかく、そのまま牛肉と差し支えない味となる、生野菜もしっかりと水を含ませてゲショリ、下処理する事で余計なドレックシングを使わず塩水を霧吹きしただけで十分な味になる、との事、あ!チャンピオンから下田さんへ言伝です、食レポの巧さをひけらかすな、との事です。」

 

 スプーンでトマトスープを口に運ぶ小沢澄子は、アルミに入ったチーズを手にした。

 

「私はこのブロックチーズが苦手なんですが、温めて柔らかくしていますね。豆もよく蒸した上でトマトソースと絡めている。トマト自体新鮮なもので吟味しているようです。酸味のキツさがあるものの、こうやって、このブロックチーズを入れてしまうと、とてもまろやかな、イタリア風味の豆スープになる。そしてこれをコッペパンを割って流し込めば、ちょっとしたピザパン、美味い、美味すぎる。」

 

 小沢澄子の即席ピザを数十人の審査員が真似し出す。たちまち大人も子供も口の周りをトマトソースで染め上げた。

 

「ええ、チャンピオンのセクハラで急遽ワタクシ、タカハシが代わります、自慢は脚線美です、チャンピオンによるとトマトも新鮮なモノを吟味し、チーズも絞って三日以内の生乳をチーズにし、牛乳からチーズを作る工程ででてきたホエーでそのトマトスープを作った、コッペパンも自ら強力粉から吟味し、牛乳もバターも十分に加えたレシピを亀有のコッペパン専門店にオーダーした、だそうです。以上です、そちらに返します!」

 

「(これは、かつて無いおいしいものだ、こんなものを食っては、食っては、舌がおいしさの波に麻痺してしまいそうだ)」

 

 ただひたすら黙食していたもう一人の審査員の中学教師は目を血走らせながら、残った高級食器を凝視し手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした。」

 

「さあ、みなさんチャンピオンの給食メニューを一通り吟味していただきました。今回、あらかじめ食事の量は全国の給食レシピの分量の半分を目安にお膳立てしております。続いて挑戦者の実食に移ってもらう訳ですが、ここで少し胃を休めるとしましょう。」

 

 下田が口火を切った。

 

「チャンピオン!今回の料理も見事でしたが、どのようなコンセプトがあったんでしょうか。」

 

「脱脂粉乳、生野菜、豆煮、プロセスチーズ、クジラの竜田揚げ、これらは全て給食に粗悪なイメージを植え付けた根源と言っても良い。それをここまでおいしいものに仕上げる手間暇、さすがにチャンピオンと言いたい。もはやこれは」

 

 小沢が口を挟んだ。

 

「トラウマの克服、それがテーマだ。給食とは多くの人間にとって義務と苦痛を植え付けた。それを払拭し、本来ならば美味であるという記憶を塗り替えて美しい思い出に変換する、それがコンセプトだ。以上、二度蘇れば三度もアリでしょ、通りすがりのクサカマサトでした。ニっ。」

 

 キャスターをコロコロ変えなおイノウエは二の腕を茶の間にアップで映しながら黙している。

 

「いやぁ私はこういうイノウエさんがあるから毎回楽しみなんですよ!」

 

 下田がなお満足そうにコッペパンを千切って口の中に放り込んでいる。

 

「もはやこれは一品料理、給食の域を超えている」

 

 他の審査員数十名がこぞって絶賛の声を上げる。イノウエはその声が上がる度にむしろ険しい表情になっていく。

 

「さあて、続いて挑戦者の方へと目を移しましょう。これは昔懐かしい、いや私の年齢ではという事ですが、懐かしいこの鉄の盆に、鉄の皿と椀、そして鉄の先割れスプーンも揃ってます、一見してこれぞ給食という見た目ですがみなさん」

 

「「手を合わせてください!いただきます!!」」

 

「「「いただきます!!」」」

 

 再度一斉に手を打つ55人、

 

「(この手を合わせていただくという行為は実は歴史が浅い、大正から昭和にかけて一般家庭に広がったというのだから、実は給食によって広まったと言っても過言ではない。いただきますは『頂く』であり頭上に掲げる行為、皇族などに跪いて両手で刀剣などを賜るあのイメージだ。すなわち、食を天より頂くという事に繋がり、敬語とする事で食をくれた天、そして携わる調理人、配膳者、食を集めた農家や酪農、漁師などへの感謝と、食材そのものへの感謝を込めた言葉だ。)」

 

 アマリハタのウンチクは気にしないでいい。勝手にやらせておけばいい。

 

「(今度のメニューは竜田揚げ、この丸みは鶏か?そして竜田揚げの添え物にキャベツの炒め物、この黄色み、そしてふんわりと香る風味は間違いなくカレー、給食に付きもののカレー風味をこのキャベツに投入してきたか。顧みると汁物は春雨スープ、この澄んだ液体に浮かぶ見えなさそうで見える麺は竜田揚げとの相性抜群だ。この三銃士に加えてバイキング形式で獲得したこそげにこそげた米飯、そして無造作に選んだフレンチソース、そして違和感を全て呑み込んでいく牛乳。まさしく一つの食材は皆の食材の為に、ワン・フォー・オール、そして全ては頂く者の為に、オール・フォー・ワン!)」

 

 挑戦者であるトオマ達ジュレの3人組は主食とソースをバイキング形式に選ばせるという余興を仕込んでいた。主食は揚げパン、ソフト麺、米飯、そしてコッペパンの中より、ソースは中濃、フレンチ、タルタル、中華オイルの中から選択させ55人の人間はその余興にちょっとした競争を繰り広げる事になった。

 

「(まずは牛乳、私が子供の頃は瓶牛乳というと蓋は厚紙キャップであった。今はストローを突っ込むパックが主流になったが、昔の瓶の厚みの内側に縁の全てが埋まっている紙キャップをいかに開けるかは私の世代全ての人間の悩みの種だった。簡単には開けられる、指一本力強く瓶の内側に押し込めばいい、しかしそれはほとんどの場合中身が周りに飛散し、汚すは飲む量が減るわみっともないわで散々な状態になる。ある種分数の割り算と牛乳の蓋取りをスムーズにできる人間はその後の人生保証されるのではないかという程の人間としての根底的な技術力が要求される。まずはその蓋との戦いを終えて一口、そしてカレー風味のキャベツサラダを含んで血糖値の急激な上昇を抑える、頼むぜ今日も相棒先割れスプーン、次にそのままスプーンで白米を装って口からカレーの味をリセット、温かくもなく冷めてもおらず、人肌にアルマイト缶の中で蒸らされた給食独特の食感、これだ、これなのだ。さて、次におわしますは竜田揚げ、この衣の色艶、この風味、お主、只者ではないな、この形を刺して崩すような無粋な真似はしない、掬い取って一口、ゴリゴリ、ゴリゴリ、この硬いせんべいのような感触、口の中がデリケートなものなら間違いなく皮が剥ける硬すぎる竜田揚げ、人によって好悪が分かれるだろうが、この感触の先にある肉汁という到達点に私は深い感銘を覚えざる得ない。敢えて俗な表現をしよう、美味いと!今回は鶏、鶏モモか?なるほどやや冷めても味にクドさがない鶏を選んだ給食センター、いや今回のシェフは実にセンスがある。この鶏の竜田揚げの脂分に受けて立つのが相性バッチリ、春雨スープ。僅かに残った口の中の脂分がスープによって洗い流されていく、米、カレー、竜田揚げ、そしてそれらを全て洗い流すスープ、そして牛乳が全てを包括していく。いざ!)」

 

 長い。そんなアマリハタを尻目にカイリが叫ぶ、

 

「スタッフさん、ストーブ!」

 

 カイリの合図で審査員席を取り囲む形で4つ、15畳以上を暖められる業務用石油ストーブが並べられる。その発熱は家庭用のように一方向でなく四方に鉄柵を設けた全方位型。本来なら冬はとことんまで寒冷化するコンクリート壁の学校教室内をくまなく暖房する為の器具である。だが給食の時間ともなればそれに加えて別の役割を担う事になる。

 

「何!?」

 

 平静だったあのイノウエがこの時ばかりはトオマを振り返った。

 

「コッペパンに当たった者は、好きに使ってくれ。」

 

 な、なな、なんだって!

 じゃあ、お、オーブンし放題って事だぁ!

 

 スタジオの半数が4つのストーブに分かれてそれぞれ取り囲み、次から次へと片手に持つコッペパンを鉄柵へ捺し付けた、そう、それは即ちコッペパンを学校のストーブを用いてトーストにするという給食の裏技。

 

 待てぁ!

 

 春雨スープを一気呑みして、白米を皿とカップで閉じ込め上下にシェーカーし続ける中年の客が思わず叫ぶ、

 

 コッペパンがアリなら!焼きおむすびも!

 

「言うと思ったぜ、準備してるさあ」

 

 カイリ、その片手にキラキラと銀の光沢を反射させる薄い紙、アルミ箔を握っている、

 

 やっほっぅぅぅ!

 

 何人もの観客が男女問わず席を離れてストーブに群がり出した。その中にはパンを握った小沢澄子や実況アナの姿も。

 

「こ、こ、これは挑戦者、奇策に出ましたね、チャンピオンと同じく相当なテーマがあると思われますが。」

 

「給食とは、量産規格としての見た目だ。」トオマのアップはカメラ目線でなくインタビュアーに向けられている。「最初にオレは、メニューを店の陶器の食器に載せて感想を聞いてみた。仲間は言った、給食って感じがしない、と。オレはそれが事の核心だと気づくのにずいぶん時間がかかった。」

 

 この時のトオマのアップはローカル局発信であったもののネット動画に投稿されコアな女子層から爆発的な支持を受ける、目線の動きから「流し眼の王子」という通り名までできあがってしまう。

 

「こだわったのは、調理した後できたてで出せるような管理が人数の関係でできない事、それを考えて保存できるレシピ、唐揚げは硬く、野菜は油で軽く焼いた上で風味をつけ、スープに春雨を選んだのも、片栗粉で保存してのびる事を低減させられるのがそれだったからだ、おいしい学校給食はその上でおいしくしなければならない。」

 

「挑戦者、数々のイベントを用意していましたが、この真意は、」

 

「それはこのオレから説明するぜ、」カイリがデビルスマイルで進み出た。「給食で最大のイベントはなんだった?思い出してみ?欠席出た時の残り物争奪、そしてちょっとした工夫だろ?カレースープが出たらライスにかける、チーズやマーガリンは温めて柔らかくする、コッペパンはトーストする、違う?」

 

 疑問句を連呼するものは、答えを出して欲しいのではない、同意して欲しいのだ。

 

「おいしい給食とは、給食の味そのものにあらず、味を追求すれば、おいしい食事になるがおいしい給食ではない事に気づいた。おいしい食事をしたければビストロ・ジュレにでも来ればいい。学校でクラスメイトと向かい合わせで、同じものを食べる、そこに味を越えたものがあり、そして皆で食べる食事はB級、あるいはチープであるほどに思い出は刻まれる。つまりその思い出こそがおいしい給食だ。」

 

 このトオマのコメントで、ビストロジュレは「イケメンと美少女が彩るユートピア」と一躍名を全国区に広げる事になる。

 

「さあそれではこれから審査員全て挑戦者の試食を済ませて審査に入ります、勝つのはチャンピオンかはたまた挑戦者か!結果は、CMの後!」

 

 ちなみにこの間アマリハタは、審査員に紛れている生徒の一人が先割れスプーンでトーストしたコッペパン中央を割り、それにカレーサラダと竜田揚げを載せてパクついた姿に悶絶し、阿鼻叫喚していたのだが、それはまた、ここでは語らなくていい別の話。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛結婚けっこんケッコン」

 

 明神つかさが目の下を暗くして隔離病棟で集中治療を受けている。それをガラス越しに眺める朝加圭一郎は、居たたまれなくなって廊下へ出た同僚後輩の背中を目で追うしかできなかった。

 

 つかさがこんな弱々しい姿を見せるのは二度しかない、

 

 最初は国際警察訓練課程を卒業した時の打ち上げで二人してあまり呑んだ事の無いアルコールを同輩のススメで大量に摂取した時、つかさが笑い上戸だと知ったあの時、公園の砂場をゲロ場にしたのは忘れられない。何より器物損壊罪を身近な人間である事で大目に見た自分を後悔した圭一郎だった。

 

「元々強がりなヤツだからな。」

 

 そんな圭一郎の背後に音も無く忍び寄る影、圭一郎の危機察知能力は即座にウィーバースタンスまで反射だけで身体を持っていく。

 

「誰だ」

 

「気配を読む力はまだまだ快盗達に遠く及ばないかな。それが負傷の多い君達国際警察の課題かな。圭一郎クン。」

 

「高尾ノエル?いつ現れた?いや、いつ消えた?!」

 

 影の正体、それは圭一郎の上官であった。小一時間程前に忽然と消えたかと思えば今またふと圭一郎の眼前に出現した。

 

「ま、暇なんでね。」

 

 その軽口が圭一郎の左肩から前腕を微振動させるに十分だった。

 

「キサマ!口ではそう言っても何か手を打っているから消えたんじゃないのか!答えろ!」

 

「ここは病院、権威ある職業に就くと人間というのはどこまでも傲慢になるものだね、圭一郎クン静かにしたまえ。国際警察の威信に関わる。」

 

「タカオノエルキサマ・・・」

 

「やはりつかさクンの症状は安定に向かってるな。」

 

 な?

 

 圭一郎は、いつのまにか鼾をかいている同僚の変化に気づかない自分を恥じた。

 

「ジムは彼女から出ている人間としてありえない波形の電波を追跡し解析していたんだが」

 

「分かったのか!要件を早く言え!」

 

 圭一郎を揶揄っているのか肩を竦める高尾ノエルだった。

 

「ノンノン、それがさっぱりでね、土台電話の逆探知のようにほぼ世界中にその探知ターミナルがある訳ではない。」

 

「それで終わりなのか!」

 

「だから発想を換えてみた。同じエネルギー波が都内でもっとも大きく発生している場所を探らせてみたら、」

 

「とっとと要件を言え!」

 

「まあまあ病院だからね。君のVSチェンジャーだけはこの間特別に他のモノと違う試みを加えてみた。」

 

「いったいそれがなんだという」

 

 そしてさらに勿体ぶるかのように、噛み付こうとする圭一郎を片掌で制してジム・カーターからの通信に注力する高尾ノエル、

 

「なに?ダメ?そうか、それしか無かったんだけどな、」

 

「高尾ノエル、いったいいつまで遊んでいれば」

 

「ノンノンノン、ボクも焦っている、ジムからの言伝だ、ギャングラーが出現した。出撃したまえ。」

 

「なぜそれを早く!」

 

 半ば顔を青ざめて板張りの廊下をけたたましく響かせる圭一郎だった。

 

「ボクも今聞いたところなんだ。」

 

 言い訳をする高尾ノエルだった。

 

「ジム、今ノエルから聞いた、場所を、」片耳を塞ぎながら一瞬だけ圭一郎は高尾ノエルを振り返る。「帰ってきたら、懲罰でもなんでもしていい!一発殴らせろ!」

 

「ああ分かったよ。」

 

 手を振るだけの高尾ノエル。

 

「しかし、これほどシンプルで巧緻な仕掛けを作ったギャングラー、いったいどうしてここまで間の抜けた事をする、ボクなら、集めたエネルギーを暴発させ、そうだな、今この段階で都市をまるごと爆破する、ボクでもそれを止める事は無理だと思っていた。それをどうしてこの段階で馬脚を顕した?ま、何にしても切り札は、圭一郎クンだろうな。」

 

 

 

 結果ハッぴょーーーー!

 

 実況アナの叫びと共にCM明けしたスタジオに静寂が走る。

 審査方式は審査員3人によるプラカード挙手。

 

「いやあ、やっぱりチャンピオンはひと味違いますよ。私はこれがあるからこの番組やめられないんですよ。」

 

 下田はチャンピオンに票を投じた。なんだかんだリスペクトはあるのである。

 

「おいしい給食でした。」

 

 合掌して拝むアマリハタは無言で挑戦者票に投じた。

 

「アマリハタさん、どうしてこちらを」

 

「(ごちそうさまでした。今日も整った。)」

 

「アマリハタさん、アマリハタさん!(使えねえなコイツ)えーもう何かの境地に入っていらっしゃるようなので、次に行きましょう、お?つまり未だ投票されない小沢澄子女史の一票で全てが決するという事になりました!」

 

 がっぷり腕を組んで瞼を閉じ漢気を漲らせる小沢澄子、

 チャンピオンも腕を組んで無言を押し通す、

 トオマもまた地面に視線を落としたまま微動だにしない

 ピアノを4オクターブ、同じ音階をただただ流すだけのBGMが武道館全体に流れる、

 小沢がプラカードの一本を掴んで掲げた、

 武道館の50どころかスタッフを含めて70人近い人間の、歓声とも緊張が途切れたため息ともとれる唸りが木霊する、

 

「勝者!」

 

 もっとも固唾を呑んだのはこのオーナー役の役者だった。

 

「挑戦者!!」

 

 小沢澄子が掲げたのは挑戦者宵町トオマの札であった。歓声が拍手と重なり、数十名の音のうねりがトオマ達3人に注がれた。

 

「おめでとうございます、53戦完勝していたあの、あのチャンピオンを破りました、宵町トオマさん本当におめでとうございます!」

 

「やぁおめでとう、花束を受け取ってくれたまえ。」

 

 実況とオーナー役が左右からジュレの3人組を挟んで賞賛した。未だに止まない拍手と特に女性達の声援に多少の返しをするゆとりができた3人は、対面する圧倒的数の力からの注目という圧迫に背筋から汗が噴き出ていた。仮面を被っている時はなんとも感じなかったのにである。

 

「宵町トオマではありません、ビストロジュレ3人の勝利です。」

 

 画面やや左流しの目線でそれだけ言ったトオマに、左右の仲間二人は鼻下や髪をいじって恥じらった。

 

「さあて、今回の趨勢を決した小沢さんの評ですが、決め手はなんだったんでしょうか小沢さん!」

 

 小沢は絶えず俯いており、手にとったマイクの先を凝視している。

 

「今回、挑戦者はおいしい給食でした。給食は全国の調理担当者が、同じレシピを読んで用意します。数人で100名は越える生徒と教師の給食を作る事は途方もない労働力となります。それを踏まえて画一的に味を整える、挑戦者はすばらしい仕事をしたと思いました。」

 

「味は、絶対的に上だった、」

 

 その日初めてマイクが拾ったイノウエの声がそれだった。そのか細く小さな音量はしかし、武道館の客席全てに静寂を走らせた。

 

「確かに。今回の勝負、私は味に関して言えば間違いなくチャンピオンに軍配を上げます、というか純粋に勝負としてチャンピオンの方が勝ちだと思いますけどね。」

 

 下田である。実況アナも無言で頷いている。

 

「ええまさしく、料理としての味はチャンピオンの方が上でした。完璧であるとすら言っても良い。ですが、完璧なのが欠点なのです。チャンピオン、どうやら貴方は完璧な味をつくって満足してしまって味のレベルを落とす事すら考えもつかなっかたようですね。このレベルの給食を作る為にはチャンピオンレベルの腕を持っていなければならない。そんな事は不可能です。」

 

「意趣返し、」

 

 チャンピオンは何が痛恨だったか知れないが呆然とした、

 

「牛乳が、甘かった。」

 

 掌を結局併せたままのアマリハタがなぜだろう、多幸感に満ちた笑顔でボソとつぶやいた。

 

「決定打はまさしくソコでした。」小沢澄子がそのバトンを引き継いだ。「挑戦者の牛乳は脂の甘みに満ちていました。今もなおその甘みは私達の舌に絡まっています。給食の最後に胃に流し込む為汁物か牛乳を飲み干す。つまりほとんどの場合牛乳の味が給食の最後を占める。コッペパンにも牛乳、麺にも牛乳、米にも牛乳、全ての給食に牛乳が必ず付く。チャンピオンはスキムミルクを繊細に仕立てて見事な味を実現しましたが、やはりホンモノの牛乳に脂分でどうしても差がつく、給食は牛乳の濃い味が全て支配してしまう、挑戦者はそれが分かっていた、挑戦者、おそらく牛乳の選定は相当な難航したと思われますけど、いったいこれはどういう牛乳なんでしょうか。」

 

 トオマは小沢澄子の厚みのある舌唇へ視線を向けた。

 

「地元の牧場から、近隣の工場で製造し、学校へ直送する、その当たり前の事をした。今回は横浜に工場を持つメーカーからこの武道館まで輸送してもらった。鮮度の点で給食の牛乳はおよそ家庭よりも短期の保存期間で済むのではないかと思い、その保存期間の短い低温殺菌のモノをチョイスした。品質管理という点で他の食材はゆとりを持たせたが、牛乳だけは真逆に鮮度に割り切った。」

 

「アタシがトオマに入手先を教えましたデヘ」

 

 うみかのVサインは置いておいて、

 

「でも牛乳も残す子供、お休みする子供、一律牛乳が一定数消費されて同じ一定数学校に支給される訳ではない。その点はどう考えかしら?」

 

 小沢は多少年少の青年をやや試す傾向がある。なぜだろうか。

 

「ホイホイ、だからさ、休みの子の分は余る、その余った給食は、みんなでじゃんけんってヤツっしょ。たまにそういうイベントがあるのが全員で一斉に同じモノを食べる給食の醍醐味な訳っしょ。今回はきっちり人数分決められてたから、メインディッシュのチョイスにバイキングを用意した。もちろん毎日って訳じゃねえが、給食の楽しみは残り物の取り合いだぜ。」

 

「アナタ、生意気ね」

 

 カイリの嫌味な笑みは小沢澄子の琴線に柔らかく触れているようだ。

 

「結局のところ挑戦者は最後の牛乳に神経を注ぎ、チャンピオンは全ての神経を味の向上に注力しました。あるいは、世代が違っていればチャンピオンに軍配を上げたかもしれません。そしてチャンピオンの方が力量は上でしょう。ですが一点、たった一点、誰のための給食かと問われた時、チャンピオンは脱脂粉乳を飲用していた過去の子供達に向けて作られており、挑戦者は現在から未来の子供達に向けて調理されています。私は、挑戦者こそが給食のなんたるかを心得てると思いました。それが票を投じた理由です。おめでとう挑戦者。」

 

 鳴り止まない拍手は若い3人の男女に注がれ、オーナー役のベテラン役者と実況アナがいつも通りの段取り台詞で番組を流し、エンディングテーマの音響が一般観客にとって耳障りな程のボリュームで収録現場に流れている。また来週、のコメントが飛び出し、番組撮了がADから発せられるまで棒立ちしていた宵町トオマは、撤収の指示を敢えて無視して、自らの頭を垂れた。

 

「ありがとうございました先輩。今回、私は勝ったと思っていません。料理人として今もなお先輩の足下にもおよびません。ですが先輩、看板は、私と仲間の日々の積み重ねであるあの看板を返してください。約束です。」

 

「そんな事はない」それがイノウエの唯一の褒め言葉となった。「武士に二言ナシ。それより、そうか、私はとっくにヒトデナシなのだ。」

 

 腕を組んで動こうとしないイノウエ・アンバランス・トシキ。

 

「いったい何を言っているんですか?」

 

「まだ見て分からんのか。おまえと私の決定的な差は、他人を意識しているか、いやちゃんと人を怖れ、人の中にあって生きているかそうでないかの差だ。おまえは人の中にあって人の為に料理を作った、私は人に向けて自らの技量を見せつけたに過ぎない。私は人ではないのだから!」

 

 唐突に吠えたイノウエ・アンバランス・トシキに撤収スタッフは最初は見向きもしなかった。いつもの事だから、と慣れていたせいである。だが、イノウエの胸元がエメラルドに輝き、いずこからか煙、否重厚な霧がスタジオに充満し出す、

 

「ギャングラー、先輩がギャングラー、」

 

「次のラウンドだ、宵町トオマ。かかってこい。」

 

 その姿が霧に隠れる直前、薄皮が捲れるようにイノウエの姿が喪失し、トオマの目に映るのはキツツキの嘴を耳元に生やした怪物だった。トオマはそれがギャングラーである事を知っていた。

 トオマの呆然とした顔もまた霧に隠れ、敵の姿を見失う、後退ると足下のケーブルに躓いてよろめくトオマ、右の耳元につんざく快音と一瞬だけやけどしそうな熱量を感じる、何かが高速で前から後ろへ素通りした、弾丸?

 

「先輩、先輩に変装したギャングラーだと言うのか、オレはダマされていたのか!」

 

「トオマ、伏せろ!ギャングラーに攻撃されっぞ!」

 

 そのカイリの怒声に慌てて身を伏せるトオマ、そのカイリの姿ももはや霧に埋もれて分からない、

 

「私はペッカー・ツエッペリン、この武道館の地下に、5キロ四方を破壊する爆弾を設置した、逃げるなら今だぞ。フハハハハ」

 

 立て続けに起こる破壊音、それはギャングラーからのミサイル攻撃、破壊するごとに霧が一瞬薄くなり、それがカメラ機材などである事が知れる、

 

「居るのは解っているぞ快盗共、私のコレクションを取れるものなら取ってみるがいい!」

 

「霧でわかんねえってか。」

 

『レッド』

 

「中継されているかもしれんぞ、知らんぞ、」

 

『ブルー』

 

「なるヘソヘソのスケ」

 

『イエロー』

 

『快盗チェンジ』

 

 霧で視界が取れず、逃げ惑う阿鼻叫喚が耳に煩い中、3人が身に纏う。

 

「ルパンレッげふ!」

 

「ルパンブるぉ!」

 

「ルパンイエほげ!」

 

 ことごとくである、視界不良の状態で、スーツを装着した直後に、唐突に腹部へ爆圧を受ける3人、それはペッカー・ツエッペリンからの正確極まる攻撃。

 

「対手はなんで見えてンだ?」

 

 ルパンレッド、身を伏せて、マジックを装填、上空に向ける、

 

「ムダだ」

 

 弾かれるVSチェンジャー、ペッカーの鋭角的な弾丸は、レッドの掌から得物である銃を弾き飛ばし霧の中に転がした。

 

「ウソ過ぎるだろ、どうしてアイツワカンだクソが!」

 

 見失った銃を手探りしたが視界がまるで取れないルパンレッド、

 

「快盗も警察も、本質的にその銃に攻撃力の全てが起因する。ならばその銃を封じるのが最上の策。」

 

 ペッカーの薄ら笑いは残念ながら3人には届かない。

 

「許さん、許さ」

 

 トオマもまたペッカーの弾丸によって構えた銃を弾かれる、

 

「オリョ、サイぽぉーン!」

 

 そしてうみかがサイクロンを装填した途端、やはり視界のとれないいずこからか弾丸が飛んできて、掌から銃がいずこへと飛んで行った、飛んで跳ねた拍子に、VSチェンジャーの銃身が90度回転してしまう、

 

『ゲット セット レディ?』

 

 射角は60度上方、天井に向けられる、銃身が再度90度戻る、

 

『ゴォォォォォ、サ、サ、サ、サイクロン!』

 

 ライムカラーのビークルが一機、武道館の最下層から天井方向に向け一直線に射出、天井に到達した時には、その寸法を掌サイズから戦闘ヘリレベルへ拡充、その身で貫通し、上方に大穴を開ける、自慢のティルトローターが屋内の大気を霧ごと上空に吹き上げていく、不良だった視界が朧気に人影がチラつく程度にまで回復していく、

 

「バカな!計算に狂いは無かったはず、奴等の位置を把握し、奴等の挙動の全てを封じたはず、いったいどうしてこんな反撃が、」

 

 ペッカーの珍しい多弁とうろたえは間隙となる、そしてこの男はそれを見逃さない。

 

「うちの黄色、持ってるっショ」

 

 視界が晴れたコンマ何秒、既にペッカーの懐に飛び込んでいるルパンレッドが胸元の金庫にレッドファイターを宛がう、しかし、

 

『エラー』

 

「な!?」

 

 しかしその音声は読み取り不可のメッセージ、途端ペッカーの肘鉄を食らうレッドはそのまま弾き飛ばされ、宙返りして片掌だけを床に着く、

 

「どういう事?金の金庫でもないのに!」

 

『シザー 快盗ブースト!』

 

「ギャングラー、おまえのお宝、いただく」

 

 投擲するブレード、

 それはルパンブルーの攻撃、視界外から歪曲した軌道、だがそれをあっさり片腕で受け止めるペッカー、振り返る事すらない、

 

「おまえの攻撃は素直過ぎる」

 

「抜かせ!」

 

 盾を構え突進するトオマ、無闇に飛び込んでペッカーが寸でで躱し、空振りするトオマは踵を返して盾を構える、ふと気づく、ペッカーの手にあった両翼を開いたブレードが無い、

 

 ぐっ、

 

 それは後背、ブルーの背に歪曲軌道を描いたブレードの投擲、背にぶつかって倒れ込むブルー、ブレードも弾かれてブルーの背にそのまま折り重なる、吹き出しが浮かび上がり、謝罪の意を込めたフランス語が一言映し出される。

 

「人に懐きおって情けないコレクションだ、本当なら胸を貫通していたものをおまえごときの身を挺して守った、」

 

 頭を踏みつけるペッカー、

 重低音の悲鳴を上げるブルー、見ればマスクが割れ、ゴーグルから片目が露出している、

 

「オラオラ、オレの名前を言ってみろ!」

 

 それに喚く事しかできないトオマ、

 

「執着し過ぎだな、人間ではないというのに」

 

 無の空間から出現する刃、それはルパンエックスの空間を縫った攻撃、

 

「キサマを『賢者』が想定していなかったと思うか」

 

 だが右肩で受け止めるペッカー、受け止めたその肩からクチバシの弾丸が発射、顔面を直撃しもんどり打ってのけぞるルパンエックス、

 

「『七本枝の燭台』、そのシールドエッジによるキサマの防御は、空間を制御する際ほんの一瞬手薄になる、空間を空けた時の大気の流動、気温の変化を承知していれば、お得意の奇襲は奇襲たり得ない。」

 

 首を振ってそれでも立ち上がるルパンレックスは得物を右手に掲げた。

 

「じゃあ今度はこっちで」

 

『警察 エックス チェンジ』

 

 銀のプレートアーマーから金のスーツへと姿を変えるエックス、

 

「『イン・ロボール・フォルチュナ』、エネルギー集約の力は、極端なスペックの上昇を可能にする、」

 

 目視している敵に超高速移動で既に密接しているパトレンエックス、そのまま掌底を腹部へ繰り出す、

 

「キサマ」

 

 いずこからか刀剣を掲げるペッカー、振り上げる刃をエックスの首筋に伐ち込む、

 その前に金の光を帯びていつのまにか背面に回るエックス、片足が既に振り上がり、既に振り下ろされ、ペッカーが振り返った時既にダメージが身を弾き圧す、追い打ちの掌底を連打、あまりの高速運動に打たれるまま防戦するしかないペッカー、

 

「『賢者』よりも速く、君を討つ」

 

「イヤ既に答えは出た」

 

 ラッシュが停まった、打ち込まれた右の掌を受け止めるのは左の肩、拳圧でペッカー左肩の羽根が全て吹き飛ぶ、だがそこで停まる、ペッカーは自らの最強の部位で敵の攻撃を受け止めた、

 

「金庫がもう一つ、ステイタスダブル!」

 

 エックスは即座に理解した、『賢者』を常時発動させつつさらに『水の上の煙』を発動させていた事にも思い至る。

 

「やはりダブル金庫を周知しているか、何千年と別のステージで渡り合ってきただろうからな!」

 

 散ったはずの羽毛である、いつのまにかエックスの身に纏わり付くように大気の流れに乗って揺れている、ペッカー右肩より三角錐の弾丸が誘導されエックスの眼前に至る、爆破、連鎖的に爆破、

 

「だからレッドが」

 

 顔面を伏せる事以外できずにもろにダメージを受けるエックスは転倒、爆圧で地面に後頭部を打ち付ける、

 

「『イン・ロボール・フォルチュナ』は限りあるエネルギーを集約し力とする、反面集約された以外は疎かで脆弱に落ちる、『賢者』にかかっては鴨に過ぎん。」

 

 立ち尽くすペッカー・ツェッペリン、腰を付いて起き上がらないパトレンエックス、マジマジと見下すペッカーはしかし、その時背後からの一撃目に躱すので手一杯となる、

 

「つかさ先輩の仇だ!」

 

 さらに数発の弾丸を安定のウィーバースタンスで放つパトレン2号、しかし主役は今回彼ではない、

 

『警察ブースト』

 

 2号の背後から重粒子の弾丸が放たれる、パトレン2号が持つ2号ビークル装着の銃と同程度の連射、しかしその一発一発は数倍の発光量がある、

 掠る、

 たった一発が左肩金庫を抉るように掠った、

 

「パトレンジャー、フルカウル!」

 

 見紛う事なく1号である、しかしオプションアーマーを両腕、左肩それぞれに装着し、腰には折り畳んだ長竿の得物が差してある、銃にはバイカー、両前腕にはクレーン&ドリル、そして左肩アーマーと長長身ランチャーのスプラッシュを同時装着するそれがパトレンジャーフルカウル、1号のVSチェンジャーに以前付与されたシステムを用いたそれが現時点最強のパトレンジャー、

 

「圭一郎クン、3分がその姿の限度だ、全てを君に賭けた、よろしくやってくれたまえ。」

 

「国際警察だ!実力を行使する!咲也!勝手に殺すな!おい咲也!」

 

 見れば横にいたはずのパトレン2号が快盗の一人に向かって行くではないか、

 

「くそ、ギャングラー殲滅を優先とだな!しょうがない奴め、」

 

 単身突撃を敢行するパトレン1号はしかし、負ける気がまるでしなかった。

 

 

 

「どうしたの!イエローちゃん、倒れたままで大丈夫かい大丈夫かい!」

 

「頭ウッチったよ」

 

 パトレン2号はというと、1号の見立てとまるで違う目的で仰向けに倒れるルパンイエローの身を案じて駆け寄った。

 

「頭?!大変だ!イエローちゃんの頭がオカシクなったりしたら!」

 

「てめえつべこべ言わずに起こせよ早くっ」

 

 仰向けのまま片腕を伸ばすだけのイエロー、慌てて2号は手を取って上体を起き上がらせ、そしてイエローの頭にもう一方の腕を回した。

 

「ごめんよごめんよ、痛いの痛いのとんでけして上げるからね」

 

「てめえ、手を握るまでしか許可してねえだろ、気安く触んな」

 

 2人いっしょだと役立たずだな、

 

 ブレードで床に立てて立ち上がったのはゴーグルが割れて片目が見え隠れするルパンブルー、

 

「見てはダメだ、真面目にやっているこっちがバカバカしくなる」

 

 役立たずはオレか、そんな自嘲すらしてしまうブルーは1号の強化形態と、兄弟子のガワを被った異形に目をやる、額からの流血が片目を塞ぎ、必死に血を拭ったブルーだった。

 

 

 

「データにないフォーム」

 

 1号左腕から繰り出されるドリルの腕を軽く叩くペッカーはしかし既に右腕から繰り出されたロープフックに胸元を絡め取られていた、

 互いの間に一本のロープが張られる、

 

「ギャングラー、殲滅する!」

 

「なぜ、後手に回る」

 

『快盗ブースト』

 

 ペッカー背後、現れるのは2本のマジックハンド、右側から白い飛行船のミニチュアをペッカー胸部に回し込み、左側から赤い戦闘機のミニチュアをペッカー左肩に回し込んだ、

 

『5、5、5』

 

『9、1、3』

 

「なるヘソな、言った通りだ、2つのリンクした金庫を同時に解読しなきゃいけない。」

 

「快盗!」

 

 パトレン1号とペッカーの戦闘に乱入したのは、マジックダイヤルファイター、二本の副腕を装着したルパンレッド、ペッカーの金庫を解析したレッドは4本の腕を駆使してペッカーを押し倒し、ついでにパトレン1号を足で掬って転倒させる、

 

「オカシイ、なぜ『賢者』が働かない」

 

「快盗、業務妨害で逮捕するぞ!」

 

 3つ巴の乱闘、起き上がった1号はルパンレッドにごく短距離でバイカーの填まったVSチェンジャーを発砲、雲散霧消するレッド、彼はマジックダイヤルファイターの効果を受けている、1号背後に出現するレッド、距離を置こうとするペッカーの両足を自らの手に握るVSチェンジャーで撃ち抜く、

 

「このオイラ様が敵目の前にして黙って指咥えてる訳ないショ、ずっと伺ってたんだぜ、」

 

 パトレン1号が腰から折り畳みのロングバレルを伸ばす、撃つ為ではない、ロッドとして振り回す為だ、近接戦で力任せに振り回す程に先端の打速を増す1号に相性の良い武具、受け止めれば腕一本折られる威力を念頭に入れたレッドは大きく後退して躱す、

 

「待て快盗!」

 

「赤鬼さんこちら!」

 

 強がるメンツと強がる見栄が絡み合っていつのまにかペッカーと両者の距離が開く、

 

『『いただきストライク!』』

 

 そのペッカーに向けて投擲されたのは2方向から、巨大なプロペラファンとブーメランの同時攻撃、

 

「なぜだ、なぜここまで後手に」

 

 ペッカー・ツェッペリンの金庫にそれぞれ必殺攻撃が極まる、金庫をそれぞれ透過し、その先端にコレクションが付着して、投擲したブルーとイエローの手元に戻っていく。

 

「なぜだ、『賢者』が働いていない!」

 

 ペッカーは動揺を隠さず絶叫した、その理由を語れるおそらく唯一の者は、既に地下に潜っていた。

 

 

 

「フルカウルの真骨頂は通常攻撃で並のギャングラーなら破壊できる程のダメージを負わせる事ができる事にある、金庫に掠っただけでも瞬間的だったコレクション能力キャンセルを継続的に効果を及ぼす事ができる、『賢者』と『水の上の煙』を数分抑え込めれば後はレッドクンなら、あのギャングラーをどうにか処理できるだろう。問題は、ここだ。」

 

 ルパンエックス、銀のコスチュームにチェンジしてこの場に降り立ち、地下室の絶景を眺めていた。ペッカーの作品である白光の爆弾は、数倍に容積を拡充しており、必然エックスの視線も上向きになる。

 

『エラー』

 

 一旦バックルの解読端末で起爆を解除しようとしたものの、対策は施されているようだ。

 

「さすが『賢者』、金庫並に難解な回路だ。迂闊に解除すると当然、ボンだよね。『賢者』が無効な内が勝負なんだけど、という事で君の出番だ、咲也クン。」

 

「ノエルさ~ん、急に引っ張ってきてなんなんですかぁ、ボクイエローちゃんが心配だから助けてあげないと」

 

「君達、フランスではロマンスは何にも優先されるけど、戦いだけはノンノン、君達二人にすると潰し合ってしまうねえ。職場ではくれぐれもドライでいてくれたまえ。」

 

「ええ説教ですかぁ?じゃあボク行っちゃいますよぉ」

 

 ゆとり野郎め、こいつ上司に何様なんだ、

 

「ノンノンノン、君の力が要る。」

 

 ペッカー特製の爆弾はほぼ光珠、柱の一本を支える形でありなおかつ床面に光珠底面が若干埋まっている、

 

「床下に球面の底が埋まるように設置されている。コレをボクがエックス空間に転送する事を想定しているね、底から穴を空けて空間を連結すれば、武道館全体の底が中心のこの区画に向かって崩れかかってくる。この場で起爆装置を切りつつ修復していくしかない。」

 

「大変じゃないっスか!アワアワ」

 

 この咲也の呑気な態度は、しかしエックスにとって想定済みである。

 

「まあ圭一郎クンやつかさクンなら説教してるところだろうが、ボクは君のその神経の太さを買っているんだよ。いいかい、この珠の中心核、そのさらに中心を破壊するんだ、ボクは目の神経を集約するか指先の神経を集中するかそのどちらかしかできない。君なら目を集中させるだけでアレを撃ち抜く精度を持てるだろう。」

 

「新しいビークルでもクレるんですか?」

 

『パトレンエックス』

 

「いや今回はボクもこの場で変身していないと処置が間に合わない。従って、ドロテの能力だけこの一時君のスーツにコピーする、受け取りたまえ、感覚を集中させ、この球体の中心に、神経を閉じていくんだ、くれぐれも周りを気にしないように、周囲の全ての情報が雪崩れ込んできて君の頭が本当にオカシくなってしまうよ。」

 

 元から、などと言える空気でなくなったところで、金のエックスを眼前に2号は固唾を呑んだ。

 

「ボク、あの中心を、あ・・・・」

 

 いつのまにか背後に回り込んでいるパトレンエックス、自身の両掌をすり合わせるとどういう訳か光りを帯び、それを2号の両耳のやや上に押し当てる、光が伝搬して2号の頭をグルグルと渦巻く。

 

「ああ、なんかクラクラして」

 

「ダメだ、呑まれるよ、もっと眼前にだけ集中して後は閉じていくんだ、」

 

「なんかスゲー見えてきた、あれがコア、あれが、コアの奥に何本も糸みたいなのが、ひいふうみい、」

 

「今何時?」

 

「6時、ななはちくぅ、え?なんの話ですか?」

 

「君は素直で良い人だという事さ。ボクの解析では、中心核のさらに内部、複雑に構成されたコアの一つに青く光る核があるはずだ。それを麻痺させれば樹になった人間の精気を吸うの止めて膨張が止まる。そうすればトリガーマシンの能力キャンセルがこの珠のエネルギーを消失させるのに追いつく。解ったね。ハイ返事。」

 

「ハイ!」

 

 光の反射に顔面を照らしながら両肩に均等に力配分して構えるパトレン2号、

 

「なんだか狙いにくいな」

 

 それが自然片手持ち、半身を向けるだけで肩から指の先、マズルの先までまっすぐ伸ばすフォームに切り替わるのを黙って眺めているパトレンエックス、

 

「まあ、デタラメというのは、他人から見たものであって、本人が何物にも囚われず身体に素直でいる事は大事だろう。時には何物をも凌駕する事もある。」

 

「一撃ストライク!」

 

 という訳ではないただのトリガーマシンの精密射撃の隠しモード、

 一線、

 見えない程の細い射線が走る、光珠中心核のさらに中核へ迸る、

 

「見事」

 

 高尾ノエルの目には光珠の運動の停滞がはっきりと見て取れた。

 

「よぉーし、一撃ストライクだぁ!」

 

 今度は本当に2号ビークルの銃口にエネルギーが充填されていく、

 

『一撃ストライクっ!』

 

 一撃、

 光珠に直撃、

 

「効いてない、ノエルさん、効いてないっス、もっと強力な」

 

 エネルギー集約の力を失った2号の目にはまるで光の陰りすら見えない、

 

「いや、これでいい。実にちょうどいい。後一回同じように撃つんだ、後は通常射撃を間隔を置いて撃ってくれたまえ。」

 

「へ?」

 

 訳の分からないパトレン2号を半ば無視したパトレンエックス、自ら手にするディーゼルカーのミニチュアに話を振った。

 

「いいかいレイモンド、あの光珠を周回して武道館の補強をするんだ。あの珠が容積を失う前に。エネルギーを失うのに比例して容積が減る、小さくなる程に加速度的に容積を失うだろう。頼むよ。」

 

 パトレンエックスの手にあったディーゼルカーのコレクションが一人でに宙に浮いて、螺旋を描きながら光珠に纏わり付いた。エックストレインサンダー、『フランス諸王の富』の引く光の尾は、抉れた柱、壁の罅を徐々に修復していき、珠が縮むほどに、建築物本来の支柱と隔壁を復元していく。

 

「撃てばいいのかな、撃っちゃいますよ、撃っちゃいますからノエルさん!」

 

「レイモンドに当てないでくれたまえ。」

 

 既にVSチェンジャーを力の限り連射するパトレン2号、徐々に珠は光を失いつつ縮み込み、コアである核、あのつかさ等が身につけていたネックレスの珠に似たものが朧気に見えてくる、

 

「ゆっくりだ、ペースを落としてくれたまえ」

 

 その間も尾を引いて円周状に周回していくエックストレインサンダー、床の窪みすらも無くなり、そうしてパトレンエックスの掌にまた戻ってきた時には、完全に修復された地下室と、小粒の珠が一つ転がっているだけであった。

 

「やりましたね!ノエルさん!」

 

「全ては『賢者』が稼働している限り不可能なプランだった。だからどうやって『賢者』を封じようか、それが全てだったが、どういう訳か対手は自ら作戦を放棄したかのうように『賢者』を停滞させる隙をボクに与えた。圭一郎クンとばかり思っていたが、実は彼が、最大の勝因かな。」

 

 高尾ノエルの言動がさっぱり意味が分からないパトレン2号だった。

 

 

 

 ブルーの手には『賢者』、小型端末のようなガジェットが握られ、

 イエローの手には『水の上の煙』、銛の刃先のようなガジェットが握られている。

 

「くそっぉぉぉぉぉ」

 

 ペッカー・ツエッペリンは光り輝き徐々にだがその容積を拡充しつつある、

 

「オッサンオッサン、こっちに構ってる場合じゃないっツウの、奴を止めねえと武道館が屋外会場になっちまうぜ。」

 

「な!」

 

 ルパンレッドと戯れていたパトレン1号、振り返り敵の巨大化を見て取り、即座に一斉射撃の構えを取る、バイカーを装填したVSチェンジャーを両手で構えウィーバースタンス、必然両前腕も同方向に向き揃えられる、カービーンライフルは肩に装着されている、

 

「一撃ストライク!」

 

『一撃ストライクっ!』

 

 四門が一斉射、

 同時に火を吹く過密な爆流、

 

「うぉらば」

 

 既に三メートル大、武道館の天井に達しようかというペッカー・ツエッペリンの胴体を呑み込む、

 

「オーバーキルじゃね?」

 

 勢い余った光芒が武道館の壁を貫通、ペッカーの身体は四散するよりも先に爆流に流されて外延へ、およそ三メートル径の大穴で済んだのがむしろ奇跡と言うべきだろう。

 

「オッサンこそ器物損壊っちゅう、おいオッサン!」

 

 ルパンレッド、回収成ったコレクションから遠ざける為に囮として挑発する腹づもりだった、しかし事態はルパンレッドの想像を越えている、発射ポーズのまま半ばがに股で立ち尽くして動かない。

 

「失神してらぁ」

 

 思い切って顔面に掌を翳してみると、そのまま仰向けでパトレン1号は倒れ込み、その反動なのかなんなのか除装して生身を晒す、腕はなおVSチェンジャーを握りしめ、顔面は白目を剥いて大口をあけたままで凝固している、動きがあるものはその鼻から出てくる体液くらいである。

 

「そんなキツいのかいあのフォーム、一枚撮っちゃってしまお。」

 

 そんなレッドのゴーグルに、銀の光沢が映える。壁に空いた大穴から見える風景は見渡す限りの雑木林、その先には数十台が停められそうな駐車場が見える、さらにその先は、かの有名な掘である。

 

「エックス、また悪さ企んでんな。」

 

 それはてめえだろ、

 などと誰に言われる事もなくレッドは、駐車場にいつのまにか出現していたルパンエックスへと足を向けた。

 

 

 

 2つの金庫が目的だった。

 ルパンエックスは、シールドエッジで空間をバイパスして金庫が吹き飛ばされたであろう地点に踊り出る、

 

「なぜだ、なぜ『賢者』が」

 

 2つの銀に輝く金庫を雑木林の影から見つけたルパンエックスは、無言で金庫の一つを掴み、そして振り返った。

 

「聞かせてくれないかね、ボクもバカでね。どうしても解らないんだ。君がどうしてあの爆弾をあの状況で爆破しなかったのか。戦いになった段階で、いつでも爆破させる事ができたはず。」

 

「見て解らんのなら生涯解る必要がないのだよ、まあバカならしょうがない、飽きたのだよ、全ての目的というものは、極限まで考察すると意味を失う。多少宵町トオマと遊んでやるのも一考だとな。」

 

「賢者の達観という奴だな、なるほど、賢者は賢い、賢いが故に無常を悟る。今解ったよ。やはりペッカー・ツエッペリン、君の敗北は宵町トオマへの敗北だ。」

 

「そんなバカな、私はもう既に人間を」

 

「ステイタスダブルは、遠い過去にも昔のゴーシュがこしらえた事があった。二つの金庫が相乗的に力を発揮する為にやった事だが、相乗的なのはセキュリティだけ、その実二つの金庫の蓄えた力も備わった人格も相殺するという欠点を抱えていた。それは今の君を見ても同じだと解る。金庫の人格が相殺する代わりに乗っ取られたガワの人格がその身体から現出してしまうのさ。」

 

「私は人間を捨てた!」

 

「であるなら、君はトオマクンに拘らなかったはずだ。拘りのあまり『賢者』の計算にありえない隙をボクに与えた。視界を奪った上で『賢者』の力で行動予測だけで弾を対手の位置に置きに行く離れ業をしていた程の君が。」

 

「宵町トオマ、私の人間としての最後の燻り火が、おまえだったのか」

 

 エックスで無くてもマズイと思う瞬間だ、

 

「どういう事だぁ!先輩に何があったというんだ!」

 

 襟首を掴んだトオマ、丸帽が脱げ、マスクも脱げ、手袋も片方脱げかけている、掴んだのはエックスの方、宵町トオマは除装し怒りの眼をエックスに向けた。

 

「やあ、トオマクン。」

 

 エックスの手から思わず金庫が転がり落ちた。

 

「、、、もっと、バカになれ」

 

 単眼の光沢が薄暗くなり、各パーツの先端から光の芥子粒となって徐々に容積が失せていく、

 

「先輩、オレは、先輩になんて事を、エックス!どういう事なんだと聞いている!」

 

「本来ならガワになった人間は意識などあるはずがない。人間が魚を食べたからと言って意識が魚に乗っ取られる事などあるはずがないのと同じだ。だが金庫にはそれがある。意識そのものを取り込んでしまう。それが金庫の相殺によってストックされていた意識が奇跡的に出てしまった。」

 

「どこまで隠してんだよエックスってばよ。この金庫、なんでそんなに集めてんの?再発防止なんて警察仕事マジメにやってちゃってんの?」

 

 さらに背後から除装した夜野カイリが燕尾服に砂埃が纏わり付くのを気にしながらやってきた。片手にもう一つの金庫を抱えている。

 

「早くそれを渡し」

 

 エックスの口調には焦りが見えた、それはカイリのさらに後方の空間の渦を注視しているからだ。

 

「金庫はいつも通りオレがいただくよエックス、」

 

 氷弾二射、

 一つはエックスの足下に一直線、そしてもう一つはカイリの腕を直撃、カイリもトオマも、そのクリオネのギャングラーの出現に緊張を覚えた。そして反応が遅れた。

 

「おい」

 

 金庫ごと氷漬けになった片掌を唖然として眺めてしまうカイリ、

 

「いかんカイリクン」

 

 エックスの足下にある金庫もまた氷漬けに、そして粉々に砕け散って霞と化す、それは即ち、

 

 うぉぉぁぁぁぁぁ!

 

 甲高い絶叫、夜野カイリの左拳が金庫共々喪失する、転げ回って激痛に悶えるカイリ、

 

「おやおや、このまま身ごと固められてそのまま転送すれば良かったのに。じゃあまた。」

 

「てめえふざけんなこいつカエセ!」

 

 カイリは激痛に喘ぎながらも罵声を浴びせかけた。もはやただの雑木林しか見えないその場所に。エックスもトオマも呆然と事態を眺める事しかできないでいた。一瞬の出来事であった。

 

「トオマクン、カイリクンを早く店に運ぶんだ、」

 

「話はカイリの手当をした後だからな!」

 

「今店に空間をバイパスした、行くんだトオマクン、後で『医者医者』を小暮さんに届けさせる。」

 

「あいつ、ぜってえ許せない、ぜってえ借りを返してもらうあいつぜってえ」

 

 呪詛のようなカイリの呻きに、仮面の奥の高尾ノエルの顔は幾ばくのモノであろうか。

 

「やられた、同じ金庫だから金庫の位置はほぼ厳密に解る。どうしても一手遅れる。早くアレをゲットして、金庫を破壊しない限りは、このループが永遠と続く。」

 

 

 

 空洞の針。

 ドグラニオやデストラの姿は見えない小さな個室。

 今日は大気のうねりが無く、いつものように窓が軋む音がなかった。その代わりと言ってはなんだが湿度がやや高い。しかし暑くもなければ寒くもない。

 

「ザミーゴ、様。これでまた強化された金庫を回収されましたな。残りの一つは、やはりアレですか?警察を襲った時のように何かの罠にするつもりですか?」

 

 ザミーゴ・デルマは洋館に戻ってしばらく黙したまま回収した氷漬けの金庫を眺めていた。テーブルに載せた氷の塊には、人間の指先が混じっていた。ザミーゴの両眼はむしろその指先に注がれている。

 

「やはりこの程度では無理か。もうしばらく放置してみるか。」

 

「ザミーゴ様、実質貴方がゴーシュ様に代わってナンバー3、」

 

「ナリズマさん、ゴーシュ姐さんの金庫は、」

 

 この個室にいる異形は2体。クリオネとタツノオトシゴという揃って水生生物の両者だった。

 

「国際警察に無いのは確か、となるとあのエックスがどこかに隠しているという事ですが。ライモンはおびき寄せて返り討ちに遭い、そのままあの金庫はエックスが保存しているはず。ではどうやって。」

 

「大昔ですが、プレゼントしたんですよ。もちろんドグラニオ様がね。『ばら色の人生』をね。」

 

「は?」

 

 背後であった。ナリズマ・シボンズが振り返り、空間の歪みが視界に入った。

 

「見つけましたよ、私の読み通りです。」

 

 踊り出た第三の怪人は、狐のイメージが特に頭に想起され、鹿打ち帽かと思いきや狐の耳にも見えなく無い。金庫は胸部、そしてその掌にも金庫を抱えている。

 

「ご苦労様、姐さんの金庫に匂いをつけておいて正解だった。よく見つけてくれた。」

 

「こいつは確か生まれてすぐドグラニオ様に粛正された」

 

「ところでナリズマさん、一度聞いてみたかったんですが」

 

 そんなナリズマの困惑を、ザミーゴと、もう一体の異形はあざ笑った。

 

「ナリズマさん。貴方、本当にナリズマさんですかい?」

 

 ナリズマ・シボンズ、その胸板には2本の金庫が並び光っていた。

 

 

 

 国際警察日本支部で個室を持ち合わせているのは管理官2名だけである。地上最上階に設置されているのが高尾ノエルに割り当てられた個室。

 

「じゃあ小暮さん、カイリクンの事よろしく。」

 

 その外窓近く、無言で一礼だけして窓から退室する頭髪の侘しい初老の紳士。何かのコレクションで空でも飛ぶのだろうか。

 独りとなった高尾ノエルはその殺風景なデスクの上にVSビークル11機が並んでいる。高尾ノエルのモノが全て、グッドストライカー、快盗のモノも警察のモノも3機ずつがある。

 

「グッディ、ジェセフィーヌ、ドロテ、ベロニク、レイモンド、これから始める事は」

 

「四の五の言ってんなって大親友!アルセーヌ一番のオキニを見つける為だぜ、みんなノエルの為なら一肌脱ぐぜ、オイラだったらいつだってノエルの前で全部脱ぐ準備できてるぜ!」

 

「最後まで言わせてくれたまえ。これは君達に大変な負担をかける。君達の力を相乗的に強化し合いなおかつ合力する事で数十倍の力を発揮させる。だがそれだけ反動も大きい、君達の身体に何倍もの負荷がかかる。ベロニクは昔の古傷でどうなるか知れたモノじゃない。犠牲には絶対にしない、ボクの判断で即時止める、いいね。」

 

「いくぜぇ、オイラ達仲間だってばよぉ!」

 

 適当な台詞を造語するグッドストライカーの両足となる前半分を引き出して広げ起立させる、エックスチェンジャーの非コレクションパーツを変型させて両肩と背面、頭部のパーツにする、そうしておいて両腕にそれぞれエックストレインシルバーとゴールドを装着、下駄にするようにエックストレインファイヤーとサンダーをグッドストライカーの脚部に装着し、さらに下駄となったパーツにトリガーマシン2号と3号を装着、

 

「接合が急場しのぎで脆弱だな、後で考えよう。」

 

 さらに上に伸びた両肩の左右にブルーダイヤルファイターとイエローダイヤルファイターを装着、残り2機、トリガーマシン1号を頭頂に被せる、レッドダイヤルファイターは胸部に涎掛けのように装着。たちまちにして強力な発光現象をする機体。

 

「さすがだ、合体させただけでここまで力を放出する、」

 

 軋む音が低音から金切り音へ徐々に振幅を上げていく、

 

「あのヒトが最後に作った対金庫用のコレクション『ルパンマグナム』をこの手に。」

 

 高尾ノエルは発光する球体と化したその小さなコクレションの集合体に語りかける、光が上方に立ち上る珠と残る珠に断裂する、上方の珠は3方向の軸で同時に回転し、光彩をさらに増す。

 

『よくぞたどり着いた』

 

 高尾ノエルは思わず口元を手で抑えた、

 

「アルセーヌ」

 

『しかし残念ながら資格はない』

 

 爆破!

 珠の中心、11のコレクションが同時に爆破、

 顔を背け目を塞ぐ高尾ノエル、

 頬に一線小さな傷が入る、

 

「危なかったぜ大親友」

 

 光と爆圧が水素発火のように一瞬で収まり、その痕跡が跡形も無くなる、

 高尾ノエルは目を掌で覆ったまま、俯いて動こうとしない。

 

「良かった。分身でなく能力のみをコピーしたダミーで。やはりまだこのVSXフォーメーションはボク等の力に余る。そう思うだろみんな。」

 

 座席は窓に背を向けている。デスクの上は想定していたのか一切の用具を片付けており、天板は溶けたワックスに煤が爛れている。不思議な程爆破の痕跡が見られない。

 

「ジョセフィーヌがエックス空間に押し込めてくれなかったらノエル頭吹っ飛んでたぜ。」

 

「済まない。ボクとした事がうっかり」

 

「数千年ぶりだもんなアルセーヌの声聞くの。」

 

「ああ、ああ!そうだ!アルセーヌ、アルセーヌ、アルセーヌだ!」

 

 高尾ノエルのデスクの正面には、応対用のテーブルがある。デスクと同じ木目のモダン調。その天板にズラリと並んだ11のVSビークル。なんと先ほどノエルが合体させたそれと全く同じ種類のものが一つずつ同じ数だけ揃っていた。先程爆破したものは高尾ノエル曰くコピーした模造品だった。本来ならその数のコレクションの暴発はおそらく国際警察日本支部を壊滅させるに至る破壊力だったろう。別空間に転移させなければ高尾ノエル自身跡形も無かったはずである。

 

「ノエル、オイラほどじゃないけど付き合いの長いベロニクなんかホラ、あんまり嬉しくて震えてるぜ。素直なもんさ!」

 

 見ればVSビークルの何台かは小躍りしているのが見て取れる。

 

「だからさノエル、いいんだぜ」

 

「なにがだいグッディ?」

 

「オイラ達には泣き顔を見せてもさ。」

 

 

 

『こんにちわぁ!みんな今日も全裸かな!ボクはいつも全裸だ!』

 

 覚醒した時、耳が小煩かった。

 

「圭一郎起きたか。咲也がおまえを運んできた。憔悴し切っていたそうだ。安心しろ。蔦になった人間たちは全てこの病院に搬送されている。高尾ノエルが対処法をレクチャーした医師団が24時間体制で診ている。」

 

「同じ病院か」

 

 まだ視界が晴れない朝加圭一郎。

 

『さあ、今日は唐揚げに挑戦だ!』

 

 朝加圭一郎は全てが白色で彩られた部屋とベットと寝具、隣のベットには白の二羽織の寝間着で上体だけ起き上がった同僚の明神つかさが見える。どうやら一般病棟らしい。圭一郎はそこまで認知してようやく自分が同僚と同じ出で立ちで寝かされている事に気づく。

 

『アチっ、良い子は真似しちゃダメだぞっ、アッチっ』

 

「オレはいつのまに」

 

「だからそう言ったぞ。こいつだ圭一郎、この間のライモン、この男だ。捕まった時、奴の人間の姿を僅かだが見た。どこかで見た覚えがあったんだ。おまえはどうだこの男。」

 

 差し出したスマホの画面を手に取ろうとする圭一郎、一旦差し伸ばしたスマホを引っ込めるつかさだった。

 

「待て待て、人のスマホを勝手に触れようとするな。」

 

「何を今更しおらしい事を宣っているんだ?」

 

「我々はそんな仲ではないっ」

 

「じゃあどうすれば」

 

「この位置から触れずに見るのだ」

 

 明神つかさも面倒くさい女だった。

 複雑な表情の圭一郎はそれでも目を凝らして6インチばかりのスマホ画面を眺め、そして表情が硬直化する。

 

「あの男だ、間違いない」

 

 引きつった裏声を発した圭一郎は、酷く後悔した。

 

「オレが見捨てなければ、殺してしまうような事も無かったのに。」

 

 まだ朝加圭一郎は何をしてしまったのか知らない。

 

 

 

 ちなみに半ば中断した料理バトル番組『ザ・ビッグ・バトル』に後日談がある。

 

「いいかぁ!」

 

「ええと、いきなりなんで、しょ、首、首」

 

 某中学教員のアマリハタクニオが、地下に避難し楽屋でまったりしていた解説下田に怒鳴り込んできたのだ。

 

「おまえは、言ってはならん事を言ったぁ!」

 

「何、クル、シ」

 

 額の血流が溜まりまさに赤面する程締め上げられた下田に、唾液と共に怒声を浴びせかけるアマリハタだった。

 

「私は!決して給食などに興味はなぁぁぁぁい!」

 

 そこ!?

 

「え、それ?、なにを言ってるのか」

 

「余計な事を全国放送で流してもらっては困る!」

 

「はい」

 

「いいな!」

 

「はい」

 

 俗に言う『アマリハタと下田が吠えた夜』である。

 

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