薄暗い部屋、見慣れない天井。
夜ももう〇時に近いというのに、まったく寝付けない。
「すぅー、すぅー⋯⋯」
「ん⋯⋯。すぅ⋯⋯」
ベッドに横たわった私の両隣からは、気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
右隣から私を抱き枕にしているのが店長さんで、左隣から私の肩を枕にしているのが虹夏ちゃんだ。店長さんは私の腕にヨダレ垂らし、虹夏ちゃんはどういうわけか私と手を繋いでいるというおまけつき。
そんな調子だから、ちっとも眠れるわけがない。本当は疲れているのに、全然眠気はやってこなかった。
一体どうして、こんな状況になってしまったのか。
話は数時間前に遡る。
* * *
「だーかーらー、私がぼっちちゃんとお風呂入るんだって!」
「勝手に決めるな。私がぼっちちゃんと入る」
状況を説明すると。
虹夏ちゃんと店長さんが、私を巡って姉妹喧嘩している。自分で言うのもアレだけどそれ以外に説明のしようがない。
「あああのっ、二人とも落ち着いて下さい」
この姉妹喧嘩は、終電をなくしたわたしが虹夏ちゃんの家に泊まることになったのがきっかけだった。
今日のブッキングライブは人気バンドばかりで、STARRYは定員いっぱいまで入る大盛況。結束バンドのメンバーを始めスタッフ総出でも仕事を回しきれず、挙句に度重なるアンコールで私は終電を逃してしまったのだ。
「私は冷静だっ。純粋にぼっちちゃんとお風呂に入りたいんだよ!」
まったく冷静に見えない店長さんの顔は、ほのかに赤い。たぶん店の片付けが終わった後に「かー、つっかれたぁ!」と言いながらビールを飲んでいたからだ。
「そんなの、あたしだって一緒だもん!」
そう言った虹夏ちゃんは当然お酒なんて飲んでないけど、だいぶ疲れている。さっきまでヘロヘロだったのに、どこにこんな元気が残ってたんだろう。
「あの⋯⋯。私できれば、一人で入りたいなーって思うんですけど」
「「ダメだ(よ)」」
あ、そこは揃うんだ⋯⋯と思いながらちょっと引いた。
それにしてもこれ、どうしたらいいんだろう。このままの流れだと二人のうちどちらかと入らなきゃいけない流れなんだけど⋯⋯。
「⋯⋯けどまあ、これじゃ埒があかん。流石に今日はさっさと寝たいからな」
ふう、と一息ついてから、店長さんが言う。ああ、こういう時はやっぱりお姉ちゃんなんだなと思っていると。
「よし、風呂は虹夏にゆずる。その代わり寝る時は私とぼっちちゃんが一緒だ」
「え、ダメだよ。ぼっちちゃんはあたしと寝るんだもん」
「アホか。ゲストをもてなすのは家主の役目だ。私の癒やしを邪魔するな」
「本音漏れてるじゃん。っていうかぼっちちゃんはあたしの友だちだし、あたしの部屋に泊まるのが普通でしょ」
「ちっ。こっちが譲歩してやってるのに、お前なぁ⋯⋯」
火花バチバチで睨み合っている、虹夏ちゃんと店長さん。私、寝る時も一人がいいのに⋯⋯。
「お前がそういうつもりなら、こっちにも考えがあるぞ」
「ふーん。お姉ちゃんがそこまで意地張るなら、あたしだってあるんだけど?」
まさに一触即発といった雰囲気で、虹夏ちゃんと店長さんは目を細めている。
そもそもなんで私とそんなにお風呂に入りたいんだろう⋯⋯と考えていると、不意に二人の視線がこちらに向いた。
「「ぼっちちゃん」」
そうして声を揃えたまま、二人は続けた。
「「一緒に入るぞ(よ)」」
「ええぇぇ⋯⋯」
なんでそうなるの??
そんなわけで私は店長さん、虹夏ちゃんとお風呂に入っていた。
当然逃げようとしたけどあえなく捕まり、ナメクジになって消えようとしたけど疲れすぎて陰キャスキルも発揮できなくなっていた。何、陰キャスキルって。
「ぼっちちゃん、痒いところはないか?」
「あ、はい⋯⋯」
そして私は、何故か店長さんに身体を洗ってもらっていた。虹夏ちゃんは先に湯船に入っていて、恨めしそうにその様子を見ている。猫みたいなその目、怖いんだけど⋯⋯。
「はい、終わり。風呂で温まってきな」
ひょっとしてこれ、お返しに洗った方がいいんだろうかなんて考えていると、店長さんは私の身体を洗い終えるなりそう言った。
助かった⋯⋯と思いながらお風呂に入ると、当たり前みたいに裸の店長さんが視界に飛び込んでくる。いわゆるバイト先の上司に当たる人と一緒にお風呂に入るなんて、本当に変な感じ。
それにしても店長さん、もうすぐ三〇歳なるようには見えないなぁ⋯⋯なんて考えていると、隣からプスプスと視線が刺さっていることに気づいた。
「に。虹夏ちゃん⋯⋯。なに⋯⋯?」
「ずるい⋯⋯。お姉ちゃんも、ぼっちちゃんも」
ジト目で睨まれて、私は更に居心地が悪くなる。もしかして虹夏ちゃんも、店長さんに洗ってもらいたかったとか? でもそれだと、店長さんにまでずるいと感じる理由にならない。
虹夏ちゃんの視線を避けるように顔を背けているいると、身体を洗い終えた店長さんもお風呂に入ってくる。さすがにそこまで大きなお風呂じゃないから、ジャバジャバお湯が溢れたし三人とも体育座り状態。というかこれ、無理がありすぎる⋯⋯。
「あ、あの⋯⋯」
虹夏ちゃんは身体洗わないんですか? と聞こうとしてその目を見ると、視線の先はなぜか私の胸に向かっていた。
「ずるい⋯⋯。すごい⋯⋯」
ぽそりと虹夏ちゃんが呟くと、反対側から「ふふん」と得意そうな声が聞こえる。
「お前は言うなら関東平野だからな」
「んなっ⋯⋯。そういうお姉ちゃんだってぼっちちゃんほどはないじゃん!」
「うるせぇな。ぼっちちゃんみたいな北アルプス級は無理でも、鈴鹿山脈ぐらいあればいいんだよ」
「さっきから例えが微妙すぎるんだけど⋯⋯」
ううぅ⋯⋯さっきから私を間に挟んで喧嘩するのは止めてほしい。生きた心地がしないし、お風呂に入っててもどんどん疲れていく気がする。
「けどまあ」
店長さんはさっきよりずっと優しい声音になると、何故か私の胸元に視線を向ける。そして諦めたかのような表情を浮かべると、今度は自分の胸元に視線を落とした。
「お前が凹む気持ちも、少しは分かる⋯⋯」
「うん⋯⋯」
虹夏ちゃんが頷くと、二人は同時に溜め息をついた。
さっきから本当に、何なのこれ⋯⋯。
そんなこんなで結局三人一緒に寝ることになって、状況は冒頭へと戻る。
二人とも疲れていたのか横になるとすぐに寝息を立て始めて、私は逆に目が冴えてしまっていた。誰かと寝るという状況だけでお腹いっぱいなのに、抱き枕に肩枕なんて状況で眠れるはずがない。
「すぅー、すぅ-⋯⋯」
「すぅ、ん、んがっ」
それにしても虹夏ちゃんも店長さんも、こんなにぐっすり眠れるなんて羨ましい。
はぁ、と溜め息をついて天井を眺めていると、耳をくすぐるような寝言が聞こえてくる。
「すぅー、んんっ⋯⋯。虹夏のアホぉ⋯⋯ぼっちちゃんは私のだぁ⋯⋯」
「すぅ、すー⋯⋯お姉ちゃん⋯⋯いけずぅ⋯⋯」
いやいけずって⋯⋯。
思わず突っ込みそうになって、そしてくすりと少しだけ笑った。二人とも、夢の中でまでケンカしてる。
そうだ、と私は思いつきに任せて、ぐっすり眠っている虹夏ちゃんの手を取った。ヨダレを垂らしている店長さんの手を取ると、私のお腹の上で手を握らせる。
「これで仲直り⋯⋯」
きっと明日も仲良くケンカするんだろうな。
そんな光景を思い浮かべながら、私はゆっくりと目を閉じた。