【短編集】ぼっち・ざ・しょーと!   作:滝 

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喜多ちゃんは呼ばれたい。(ぼ喜多)

 

 

「ひとりちゃんって」

 

 それはSTARRYでのバイト終わり。ちょうど下北沢駅に着いた時のことだった。

 

「伊地知先輩のことは、虹夏ちゃんって呼ぶのよね」

「あ、はい⋯⋯」

 

 急にどうしたんだろう、と思って喜多さんの方を見ると、その顔は至って真面目だった。

 駅の構内から漏れる光。それに照らされたアスファルトを見たまま、顎に手をやり考え込んでいる。

 

「そして私は、ひとりちゃんって呼んでるんだけど⋯⋯」

 

 そこまで言うと喜多さんは私の方を見た。あ、これ何が言いたいか分かった気がする。

 

「ひとりちゃんは、私のことをなんて呼んでいるのかしら?」

「⋯⋯喜多さん、です」

 

 そう正直に答えると、喜多さんはふむふむと頷いた。浮かべられた笑顔は、もう言わなくても分かるよね? と言っているみたいだった。

 

「でも私たちは同級生なわけだし、気軽にちゃん付けで呼ぶのが普通だと思わない?」

「それは⋯⋯。ええ、はい⋯⋯」

 

 それはうん、そうなんだろうけど。そうかも知れないけど⋯⋯!

 今までふたりや虹夏ちゃん以外を呼び捨てにしたことなんてないし、そもそもこんな風に一緒に帰る友だちがいなかったから、物凄く抵抗がある。

 人気者の喜多さんに馴れなれしく「喜多ちゃん」なんて呼んだから「は? 何だこの隠キャ調子乗んなよ」って言われそうだし、実際言われたら「ごめんなさいつい出来心でもうしません」って平謝りするしかない。それに私が「喜多ちゃん」なんて呼んだら、喜多ちゃんが「北ちゃん」になってミサイルを打ってくるかもうわわわわわ⋯⋯!

 

「ひとりちゃん?」

「ああぁぁはいっ。祖国の為ならこの命惜しくはありませんっ!」

「何の話!?」

 

 あ、また喜多さん混乱させちゃった。

 喜多さんはうーんと唸った後に気にしないことにしたのか、真っ直ぐに私を見て続ける。

 

「とにかく、私たちもちゃん付け同士でいいと思うのよ」

「そ、それは⋯⋯。凄くハードルが高いです、時間が欲しいというか⋯⋯」

「どうして?」

「その⋯⋯虹夏ちゃんは、あんまり年上っぽくないからついそう呼んじゃっただけで、虹夏ちゃん以外にちゃん付けで呼んだことないですし⋯⋯」

 

 私がしどろもどろに説明すると、喜多ちゃんは段々と拗ねた表情になってくる。ああ、喜多さんってそんな表情してても可愛いんだな⋯⋯。

 

「⋯⋯だから、呼んで欲しいんじゃない」

 

 ぽそりと言われて、その声は小さかった分余計に私に刺さった。そんな風に言われると、ちょっと困る。

 

「時間が欲しい、って、さっき言ったわよね?」

「あ、はい⋯⋯」

 

 私がそう答えると、喜多さんはその顔に満面の笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、明日」

「え」

「明日には、私のこと『喜多ちゃん』って呼んでね!」

 

 えぇぇ⋯⋯納期短すぎるんだけど。喜多さん、どれだけせっかちさんなの⋯⋯。

 

「さ、さすがにそれは⋯⋯」

「約束ね! さ、行きましょう!」

 

 そう言って押し切ると、喜多さんは「そういえば」と言って別の話題に変えてしまう。

 

 喜多さんを、喜多ちゃんって呼ぶ。

 さんをちゃんに変えるだけで、それはたったの二文字の変化で。

 

 それがとても、私には難しい。

 

 

   *   *   *

 

 

 待ちにまった翌日がやってきた。

 お昼休み、いつもの物置きスペース。今日も変わらず私とひとりちゃんは個人レッスンのためにこの場所を訪れている。

 

「さあ、ひとりちゃん」

 

 私たちは集合するなり、そう言って向かい合わせになった。ギターを持ってきてはいるけど、とりあえず横に置いておく。

 

「あっ、はい⋯⋯」

 

 ひとりちゃんも私にそう言われるのは分かっていたのか、妙に覚悟の決まった顔をしていた。

 ただ友だちを名前呼びするだけなのに、ひとりちゃんはかなり緊張している。そんなシャイなところが、堪らなく可愛いからいいんだけど。

 

「い、いきますよ⋯⋯」

「ええ」

 

 さあ、私を喜多ちゃんって呼んで!

 私は満面の笑みを浮かべてそう言うと──なぜかひとりちゃんは見覚えのある、星型のサングラスをかけだした。

 

「うぇ、ウェーイ! 喜多ちゃんお疲れー!」

「⋯⋯」

 

 違う。

 思ってたのと全然違う。不合格。

 

「そうじゃないでしょ」

「あっはいすみません」

 

 私が(たしな)めると、ひとりちゃんはスッとサングラスを外した。分かればいいのよ、ひとりちゃん。

 

「さあ、やり直しよ」

「は、はい⋯⋯」

 

 ひとりちゃんは覚悟の決まった顔から反転して、また緊張している様子で私を見ていた。引き結ばれた唇が今から私をちゃん付けで呼んでくれることを想像すると、それだけで嬉しくなってくる。

 

「ぎ、ぎたぢゃん⋯⋯。練習しましょう」

「私はギターじゃないわよ。あと敬語も禁止ね」

 

 そう指摘すると、ひとりちゃんの顔がだんだん福笑い状態になっていく。

 ダメよひとりちゃん戻って! と私は意志を込めてその手を握ると、はっとした様子でひとりちゃんは意識を取り戻した。

 

「き、喜多ちゃん⋯⋯」

「うんうん!」

「練習、しよ⋯⋯?」

 

 キターーーーン!

 キタわこれ! これを待ってたのよ!

 恥ずかしがりながら私を「喜多ちゃん」呼びするひとりちゃん。しかも遠慮がちな友達口調。こんなのもう⋯⋯最高よ⋯⋯。

 

「ひ、ひとりちゃん⋯⋯! 今のもう一回!」

「うぇ⋯⋯。喜多さんちょっと怖いです⋯⋯あっ。喜多ちゃん、ちょっと怖いよ⋯⋯」

 

 うーん、怖がるところまで可愛いわね! つい敬語に戻っちゃうところもひとりちゃんらしくてポイント高いわ。初々しいところが素敵よ、ひとりちゃん⋯⋯!

 

「なら『喜多ちゃん、好きだよ』って言ってみて」

「えっ、なんでです⋯⋯いや、なんで?」

「えっ、私のこと嫌いなの?」

「そうじゃないですけど⋯⋯」

「なら好きよね!」

「す、好きか嫌いかで言ったら好き、ですけど」

「なら言えるわね!」

「うぇぇ⋯⋯」

 

 きっとそうに違いないわ! ⋯⋯と思っていたのだけど、ひとりちゃんの頭から魂が抜けていくのが見えた。たぶん気のせい。問題ないわ。

 

 ──そう、思いたかったけど。

 

 いやいやに言ってもらったって、そんなのちっとも嬉しくない。

 

「そんなに言いたくないのなら、いいのだけど⋯⋯」

「いっ、いえっ! 嫌とかではなくて⋯⋯」

 

 一瞬しおれかけたけど、その答えに一気に私の心は活力を取り戻す。

 嫌じゃないなら何も問題ないわね!

 

「なら、言って」

「あぅ⋯⋯。は、はい⋯⋯」

 

 改めて私たちは向き合うと、頬を薄桃色にしたひとりちゃんと目が合った。うつむきがちなせいで上目遣いになっていて、その仕草が堪らなく愛らしい。

 

「喜多ちゃん、好きだよ⋯⋯」

 

 ズキュゥゥゥゥン!! という派手な音を立てて、私のハートは撃ち抜かれた。

 私はもう今日が命日になってもいい。そのぐらい、その言葉が嬉しい。

 

「うん! 私も大好きよ、ひとりちゃん!」

「ちょっ、喜多さ⋯⋯喜多ちゃんっ」

 

 思わず抱きしめると、ひとりちゃんはまた顔のパーツをパズルみたいにばらけさせていく。

 だけどそんなことさえ許さないと腕に力を込めて、ひとりちゃんの昇華を食い止めた。

 

「こういうのは、嫌?」

「い、いやじゃないです⋯⋯」

 

 そう言ってひとりちゃんは、桃色だった頬を赤くしていく。

 ああこの感覚、クセになっちゃいそう。恥ずかしがるひとりちゃん、なんて可愛いのかしら。

 

「やっぱりこういう関係って、素敵ね」

 

 今はまだ友だちになって、一歩を踏み出したところだけど。

 本当はもっともっと近くなりたいけど。

 

「ひとりちゃん」

 

 ──それはこの先、未来の話。

 今はまだ、恥ずかしがりながらだってかまわない。

 

 

「私たち、もっと仲良くなれそうね♪」

 

 

 だからいっぱい恥ずかしがらせてあげるわね、ひとりちゃん。

 

 

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