アーーーーッ!!
「⋯⋯というわけなんです」
「なるほど⋯⋯」
私はひとりちゃんの話を聞き終えると、そう呟いた。
昼休み。ギターの練習で使っているスペースで、ひとりちゃんはまるで愛の告白でも終えたみたいに深刻な表情をしている。
「自分を変えたい、と」
「はい⋯⋯」
理由はこう。文化祭ライブで本当なら三曲演奏する予定だったのに、自分のダイブで二曲で終わる結果になってしまった。奇行を改めなければまたバンドに迷惑をかけてしまうから、自分を変えたい。だけど何が普通か分からない、というのが私への相談内容だった。
「うーん、そうねぇ⋯⋯」
正直に言うと、ひとりちゃんはだんだん変わってきていた。だけどそれをそのまま伝えるのは、ちょっと違う気がする。
「やっぱり自分で自分を認めるところからかしら?」
せっかく相談してくれたひとりちゃんの気持ちをむげにしないためにと思って、私はそう答えた。
「⋯⋯と、言うと?」
「例えば夜寝る前とかに今日一日あったことを思い出して、今日も頑張ったねって自分で自分を褒めるの。それぐらいならできそうじゃない?」
「むむっ、無理ですっ。その日あったことを思い出すだけで胸が潰れそうになるというか一層惨めになるというかっ」
ああ、そう言えばひとりちゃんってこういう子だったわね⋯⋯と私は一人納得する。
それが出来たら、苦労はしてないか。まあ苦労しながら生きてるひとりちゃんも素敵なんだけど。
「それに、その⋯⋯。実は、結構褒めてくれる人たちはいて、そういうのでは治っていかないので⋯⋯」
「⋯⋯そうなの?」
そんな人たちがいるなんて、初耳だった。
私以上にひとりちゃんを認めている人たちがいるかも知れないってこと? 機を改めて問い詰めなきゃ。
「だったら⋯⋯」
どうしよう。──と考えたところで、頭の中でピカンと電球が光った。
そうだわ、これしかない。これなら、ひとりちゃんに協力しつつ、私の⋯⋯。
「明日から、特訓しましょう」
「特訓⋯⋯?」
そう言って首を傾けるひとりちゃん。
ああ、なんて可愛いのかしら。
待っててね、ひとりちゃん。
あなたを変えるのは──。
* * *
翌日、私は喜多さんに言われて昼ごはんをいつもの物置スペースに持参していた。
いったい何なんだろう⋯⋯。ご飯を一緒に食べる、ぐらいまでは分かるけど、喜多さんが何をしたいのか分からない。
「さあ、食べましょうか」
「あっ、はい」
そうして、お弁当箱を広げてお昼ごはんを食べ始める。
──つもりだったけど。
「はい、ひとりちゃん」
何故か喜多さんは私の弁当箱を手に取ると、自分の箸でつまんだおかずを差し出してきた。
「うぇ、えっ、あ、あの⋯⋯。自分で、食べられますけど⋯⋯」
「いいえ、できるできないの話じゃないのよ」
喜多さんは私の口元に箸を持ってきたまま、ぶんぶんと頭を振った。さっきから何をしているのか、全然分からない。
「今日は私が、食べさせてあげる」
「ど、どうしてですか⋯⋯」
「ふふっ。よくぞ聞いてくれたわ」
喜多さんはスッと箸を下ろすと、達観した目で私を見る。何だろう、凄くよくない予感がする⋯⋯。
「ひとりちゃん。昨日私に、自分を変えたいって言ったわよね?」
「は、はい⋯⋯」
「すばり言うわね。ひとりちゃんに必要なのは『愛』なの」
「あ、愛⋯⋯?」
想像していなかった答えだった。喜多さんは自信満々に言うけれど、私にはその理由が全然思いつかない。
「あの、私、家族からはちゃんと愛されて育ってきた自覚だけはあるというか⋯⋯」
「違うの。違うのよ、ひとりちゃん」
ちっちっち、と喜多さんはおかずを掴んだままの箸を振った。いいから早く食べたい。お母さんの卵焼き⋯⋯。
「今の一人ちゃんに必要なのは、愛のある甘やかしよ」
「あ、甘やかし⋯⋯」
「いい? ひとりちゃん」
喜多さんはそっと目を伏せると、卵焼きを掴んだまま語り出す。
「ひとりちゃんが気にしている奇行は、自己肯定感の欠如から生み出されるものよ。でもあなたは、他者からの称賛を素直に受け取る割には自己肯定感が低いまま。つまり、自分に厳しくしすぎているのよ」
「は、はぁ⋯⋯」
喜多さんが急に頭の良さそうなことを言い出した。私に勉強を教えてくれるぐらいだから、少なくとも私より賢いことは知っていたけど。
「だから、私がひとりちゃんを甘やかすの! これがひとりちゃんの相談の解決法よ!」
「な、なるほ、ど⋯⋯?」
え⋯⋯それでいいの⋯⋯? と思ってしまう。
でも確かに、自己批判ばかりしているのは自分に厳しいと言っていいのかも知れない。それにそこまで私のことを考えてくれているのが、純粋に嬉しかった。
「意外にちゃんと考えていてくれていたんですね⋯⋯」
「意外にって⋯⋯ひとりちゃん、私のこと何だと思ってたの?」
「え⋯⋯。ただのイソスタ狂いかと」
「私への心象が辛辣過ぎる!」
喜多さんはうわーん! と目を覆ったけど、私なにか間違ったこと言ったかな⋯⋯?
不思議に思っていると、復活した喜多さんがまた私の口元に箸をくっつけてくる。
「気を取り直して⋯⋯。はい、あーん」
「あ、あー⋯⋯ん」
条件反射のように口を開けると、卵焼きが口の中に差し込まれる。その瞬間、私の心の中に温かなものが広がった。
「こ、これは⋯⋯!」
「これは⋯⋯?」
「お母さんの味です」
「でしょうね!」
鋭いツッコミだった。やっぱり喜多さんは陽キャ最前線だ。反射神経が良すぎるんだもん⋯⋯。
そのまま餌付けされるように昼ごはんを食べ終わると、喜多さんは何故か悔しそうな顔をしていた。
「まさか全く効果がないなんて⋯⋯。いいわ、次にいきましょう」
「ま、まだ何かするつもりなんですか」
フッ、と不敵な笑みを浮かべた喜多さんに、私は一種の恐怖を覚えた。これ、絶対何か企んでるやつ⋯⋯。
「ひとりちゃん、ここに寝て」
喜多さんはそう言うと、女の子座りをした自分の膝をポンポンと叩いた。
「え、えぇ⋯⋯」
「これも自分を変えるためよ。さあ!」
そう言われてしまったら、無闇に断れない。だって私が喜多さんに頼んだことだし⋯⋯。
私は唾を一つ呑み込むと、ごろんと頭を喜多さんの太ももにのせた。こんなことさせてごめんなさい喜多さん。独り占めしちゃってごめんなさい喜多さんのお友だち⋯⋯。
「ふふっ」
そして、喜多さんと目が合うと。
妙に艶めいた唇が、三日月を作っていた。
「いい子ね、ひとりちゃん」
喜多さんはキスでもしてくるんじゃないかと思うぐらい近づいてくると、私の髪を指で梳き始める。
え、急に何し始めているの喜多さん⋯⋯。あ、私トリートメントとか家にあるもの使っているだけだから髪が傷んでるとか? ひょっとしたら喜多さんの指、キラキラ女子すぎて補修効果があるのかも。
「素敵な髪⋯⋯」
「えっ⋯⋯」
何これ。えっ、え?
この甘い声の感じ、ひょっとして⋯⋯。
「あなたは本当に可愛らしい子よ、ひとりちゃん⋯⋯」
こ、これが噂に聞くASMR! 喜多さんの可愛らしくて甘いボイスが私の陰キャ脳を溶かしていくぅぅ⋯⋯!
「あなたの本当の価値を分かって上げられるのは私だけよ。私がひとりちゃんの一番の理解者。私が居ればあなたは大丈夫⋯⋯」
ち、違う⋯⋯。これASMRじゃなくて洗脳だった。喜多さんが怖い⋯⋯。
「私はあなたと一緒になれるたった一人の存在なの。さあひとりちゃん、私のものになって⋯⋯」
「うわわわわわ⋯⋯」
な、なんかヤバいことまで言い出した!
キスされる直前にするりと喜多さんの膝から抜け出すと、私はガタガタと身を震わせる。
「ききっ、喜多さん⋯⋯?」
「あら、そんなに震えて寒いのかしら。温めてあげないと」
部屋から脱出しようとしたけれど、あえなく捕まってしまう。背中から抱き締められて、耳元でまた甘い声が囁いていた。
「さあ、ひとりちゃん。もっと私に甘えていいのよ?」
「ひぇ、わ、私、そんな⋯⋯」
「こんなに身体を固くして⋯⋯。私がほぐしてあげなくちゃ」
こ、これダメになる。ダメにされちゃうやつだ!
逃げなきゃ。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ──。
「さあ、ひとりちゃん⋯⋯」
「き、喜多さん⋯⋯っ!」
アーーーーッ!!
* * *
「なんか最近さぁ」
ライブが終わった後のSTARRYで。
私はフロアの清掃をしながら、近くで空きコップを集めていたリョウに声をかけた。
「ぼっちちゃんと喜多ちゃん、距離感近くない?」
「んー⋯⋯」
そう言うと私とリョウは、二人の方を見る。今は会場を閉めた直後だから、私たちの仕事は清掃を始めとした後片付けだ。
ぼっちちゃんはステージでマイクスタンドを畳んで所定の位置に戻す。マイクケーブルを片付けていた喜多ちゃんがそのたびに近寄っていって、何故かぼっちちゃんの頭を撫でる。ぼっちちゃんの見えない尻尾が、ブンブン振られている。
「なんて言うかあれは⋯⋯近いとか言うより、郁代が変」
「変って⋯⋯」
身も蓋もない言い方だった。
だけどさっきから二人の様子を見ていると、簡単に否定することはできない。
「さあ、この調子で片付けましょうね」
「は、はい⋯⋯」
うへへ、と顔を崩すぼっちちゃん。それを慈しみの篭もった目で見ている喜多ちゃん。
ぼっちちゃんが褒められてデレるのはまあ、いつも通りと言ったらいつも通りか。だとしたら変わったのは、喜多ちゃんの言動の方で。
「働いている姿も素敵よ、ひとりちゃん⋯⋯!」
ぼっちちゃんの奇行が