【短編集】ぼっち・ざ・しょーと!   作:滝 

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書き出したらやたらと長くなったので、上中下に分けます。




入れ替わっちゃった喜多ぼっち。上(ぼ喜多)

 

 

「お疲れさま、ひとりちゃん」

「あっ、お疲れさまです⋯⋯」

 

 お昼休みの、物置きスペース。私たちの個人レッスン場。

 その場所に颯爽と現れたのは、もちろん喜多さんだ。今日もたくさんクラスメイトとおしゃべりしてきたのか、いつもより声が高揚しているように思える。

 

「さあ、今日もお願いね」

「あ、はい」

 

 喜多さんはそう言うと、ケースからギターを取り出した。

 今日もいつも通り、二人だけの練習の時間。最初は喜多さんと二人きりなんて状況に胃が痛かったけど、最近では随分慣れてきた。

 喜多さんはふんふんとオリジナル曲の鼻歌を歌いながら、ギターを近くの机に立て掛けた。そしてケースのサイドポケットからピックを取り出そうとした、その瞬間。

 

「あっ⋯⋯」

 

 ギターがずるっと滑って、傾いた。

 危ない、って声を出すより先に、身体が動く。ギターを受け止めようとした私の前に、それに気づいた喜多さんが飛びつくような勢いで身体を投げ出して──。

 

 パチン、と目の前に白い火花が散った。

 

 ぶつかった痛みと、柔らかい部分が触れ合った残滓(ざんし)のような感覚。ギターは⋯⋯無事だ。ちゃんと私の腕の中にある。

 

「⋯⋯っ。いたた」

 

 その声が耳元に響いて、私は物凄い違和感を覚えた。

 え、どうして。

 

 どうして()の声が、喜多さんの方から聞こえてくるの?

 

 がばっと起き上がる。そうすること自体もおかしい。確か喜多さんの下敷きになったはずで、だから私は──。

 

「えっ──」

 

 ()が、そこに居た。仰向けになって、驚いた顔をして、私が私を(・・・・)見上げている。

 

「き、喜多さん⋯⋯?」

「ひとり、ちゃん⋯⋯?」

 

 喜多さん、と呼んだ声は喜多さんのもので、「ひとりちゃん」と呼んだ声は私のものだった。

 

「ひょっとして」

 

 ああ、これは知ってる。

 

「私たち⋯⋯」

 

 凄く有名な話だから、私だって分かる。

 これは、つまり──。

 

 

「「入れ替わってる~~!?」」

 

 

   *   *   *

 

 

「いったん状況を整理しましょう」

「はい⋯⋯」

 

 とてもギターの練習をしている状況ではなくなって、私たちは向かい合って顔を俯かせていた。

 とりあえず、お互いちょっとおでこが赤くなっているぐらいで怪我はしていない。目もちゃんと見えるし、手だってちゃんと動く。夢を見ている可能性も考えて頬をつねってみたけど、やっぱり夢じゃない。

 

「これって、あれよね⋯⋯。私とひとりちゃんが、心だけ入れ替わったってことよね」

「はい⋯⋯。恐らく⋯⋯」

 

 こうやって話せば話すほど、凄い違和感が湧く。だって私が目の前で喋っているし、私が喋ると喜多さんの声だし。

 

「ど、どうしましょう⋯⋯。とりあえず先生に事情を話して、病院に⋯⋯」

「⋯⋯そんなこと話したら、頭がおかしくなったって思われて精神病院に連れて行かれちゃうわよ。こんな病気なんて聞いたことがないし、きっと治せないわ」

「それは、そうかもですけど⋯⋯」

 

 じゃあ、どうしようと言うんだろう。

 しばらくの間、沈黙が流れる。このまま戻れなかったら⋯⋯と想像を膨らませていると、すっくと喜多さんは立ち上がる。

 

「決めたわ」

「えっ⋯⋯」

「しばらくこのまま過ごしましょう」

「ええぇぇっ!?」

 

 思わず大きな声が出た。いったい何考えてるの、喜多さん⋯⋯。

 

「私、前からひとりちゃんになりたいって思っていたのよね」

 

 説明を求めるように見上げていると、喜多さんが何かヤバいことを言い始めた。

 

「わ、私になりたい⋯⋯?」

「ええ。私、自分の歌に何か足りないと思ってて⋯⋯。きっと歌詞の理解が足りないんだって、気づいたのよ」

「は、はぁ⋯⋯」

「それで私、ひとりちゃんになったらひとりちゃんの気持ちが分かるのにって思っていたの。これはむしろチャンスだわ!」

 

 嘘でしょ、と思いながら私は喜多さんを見詰めていた。だけどその目は本気の本気で、意志の固さが伝わってくる。

 

「で、でも、それだと私が喜多さんのままで⋯⋯」

 

 私だって喜多さんみたいになりたいと思ったことはある。

 生まれたところからやり直して、いろんなトラウマもリセットして──陽キャになってジュシィーポーリーイエイな生活をしてみたい! ⋯⋯いや、やっぱりそれはどうなんだろう。喜多さん、たまに凄く生き辛そうにしている時もあるし。

 

「あっ⋯⋯」

 

 そんな時、無情にも予鈴のチャイムが鳴った。

 どうしよう⋯⋯。私が喜多さんになりきれるわけがない。いっそ授業をサボって⋯⋯ダメだ。喜多さんがサボったことになってしまう。

 

「さ、行きましょう。ひとりちゃんは二組だったわよね?」

「あ、はい⋯⋯」

 

 駄目だこいつ⋯⋯早く何とかしないと⋯⋯。と考えていても、無情に時は過ぎていく。

 とりあえずはここから出て、喜多さんの教室に行かなくちゃいけない。喜多さんとクラスや席を教え合うと、私たちは分かれてそれぞれの教室に向かった。

 

 喜多さんがいつもいる教室。その中にいるのだろう、喜多さんのお友だち御一行。

 

「か、帰りたい⋯⋯」

 

 私は喜多さんの声でそんな泣き言を呟くと、覚悟を決めて教室に足を踏み入れた。

 

 

   *   *   *

 

 

 ひとりちゃんのクラスに入ると、そこで私に向かってくる視線は一つもなかった。

 当然だと思う。だって私はひとりちゃんの中に入っただけで、見た目は何も変わっていないんだから。

 

 教えてもらっていたひとりちゃんの席に座ると、ちょうど五限目の開始を知らせるチャイムが鳴った。ほとんど同時に教室に入ってくる数学の先生。とりあえずは、普通に授業を受けなくちゃ。

 

 ひとりちゃんの使っているシャーペン、それに消しゴム。一つひとつを新鮮に思いながら授業を受けていたら、あっという間にその時間は過ぎていった。聞き慣れたチャイムが鳴れば、お待ちかねの休憩時間。

 

 けど──。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 誰も、私に話しかけてこない。クラスに友だちがいないとは聞いていたけど、あれは冗談じゃなくて本当のことだったのね。

 でも、これはこれで新鮮だった。誰も私に話しかけてこないなんて、私が私だった時には考えられないことだから。

 なるほど、最近お一人様っていうのも流行っているみたいだし、ちょっと暇だけど話しかけられないのも気楽でいいものね。

 

「あ、あの⋯⋯」

 

 と思っていたら、隣の女の子が話しかけてきた。クラスも別だし、さすがに名前までは分からない。だからとりあえずA子ちゃんということにしておこう。

 

「どうしたの?」

「後藤さん、何かあった? なんか今日、背筋伸びてるし、すっごく目がキラキラしてるし」

「そ、そう? いつも通りだと思うけど」

 

 まさか、こんなにすぐに変化に気づかれるなんて。

 迂闊だったと思いながら、私はひとりちゃんが浮かべそうな、気まずい笑いで誤魔化す。

 

「全然、いつも通りじゃないよ。だってちゃんと喋ってるもん」

「ちゃんと喋ってるって⋯⋯。普段どうしているのよ⋯⋯」

「え⋯⋯?」

「な、なんでもないの!」

 

 いけない、つい本音が⋯⋯。

 もっとひとりちゃんらしくしないと、と考えたところで、私はふと閃いた。

 ここで私が頑張れば、ひとりちゃんの名誉が挽回できるんじゃない?

 ひとりちゃんが私以外の人と仲良くなりすぎるのは嫌だけど、寂しい思いばかりもして欲しくない。

 よし、心は決まった。喜多ちゃん、行きます!

 

「ごめんね。その日はちょっと体調が悪かったのかも」

 

 許してテヘペロッ♪ ってウインクと小さくお願いポーズ。あ、これ私が誰かに見せるんじゃなくて、私が見たいやつだ。

 

「うっ⋯⋯っ!」

 

 そんなことを考えていたら、A子ちゃんは急に胸を押さえだした。

 

「な、何今の可愛い顔⋯⋯。ね、ねぇ⋯⋯お願い。もう一回やって!」

「えっと、こう?」

 

 キュッと胸の前で手を握って上目遣い。ぱちんとウインクで子首をきゅっ。

 私がやったらわざとっぽくなるだろうけど、ひとりちゃんがやったら堪らないと思う。後で鏡の前でやってみよう。

 

「か、可愛い⋯⋯。今のすっごく可愛い! 後藤さん、今日みたいな感じの方が絶対いいよ!」

「え、何なに?」

「どしたのー」

 

 A子ちゃんが騒ぎ出すと、何事かと他の子たちが集まってくる。

 ふふっ、さすが私。ひとりちゃんのスーパーキュートな容姿を活かすことができれば、何だってできるような気がしてきた。

 

 うん、今の私は最高よ。完璧な仕上がりだわ。

 

 見ててね、ひとりちゃん。

 きっとあなたを、スターダムに駆け上らせて見せるわ!

 

 

   *   *   *

 

 

 キンコンカーン、と、五限目終了のチャイムが鳴る。

 喜多さんの教室で受けていた授業が、ようやく終わった。ほっと一息つきたかったところだけど、ここからが勝負だ。

 誰にも入れ替わったことは悟られずに済んでいるけど、一言も喋ってないから当然だった。もし私が喋ったら、絶対喜多さんがおかしくなったって思われてしまう。だからさっさと教室を出て──。

 

「あ、何。喜多ちゃんトイレ?」

「あたしも行くー」

 

 って思っていたそばから! なんで一緒に行くの! 音とか聞こえたら気まずいのに! 団体行動無理なのにぃぃぃ!

 

「あ、あはは⋯⋯。や、やっぱり止めときます⋯⋯」

「止めとき」

「ます?」

 

 私を囲んでいたうちの二人が、首を傾げながら怪訝な面持ちを浮かべた。

 まずい⋯⋯。今の私は喜多さんなのに。こういう時、喜多さんはなんて言うんだろう。

 

「な、何でもないですわ、よ⋯⋯?」

「いやそれ何のキャラ?」

「喜多ちゃん面白ーい」

 

 駄目だ喜多さんのクラスでのキャラが分からない⋯⋯と絶望していたら、何だか勝手に面白がってくれた。

 これが陽キャの力⋯⋯。なんでも笑いに変えられるなんて、喜多さんのキャラは凄い。

 

「喜多ちゃん、今のもっかいやって」

 

 そう言って囲んでいる子のうちの一人が、スマホを私に向けてピコンとビデオ録画を開始した。

 え、ちょっと。何なに何なに!? 陽キャっていきなり撮影されるのが日常茶飯事なの?

 陰キャは台本ないとしゃべれないのに⋯⋯。どうしよ、どうしよどうしよどうしよ⋯⋯!

 

「な、なんでもないですわよー?」

「えー、さっきとちがーう」

 

 ええぇ⋯⋯ちゃんと言ったのに。何ならちょっと喜多さんがふざけている感じを醸し出して言ったのに⋯⋯!

 

「んじゃ、次のシーンいってみよー」

「うぇ、え⋯⋯次のシーンって⋯⋯」

「だから何そのキャラ。なんか新鮮で可愛いー」

「はい、じゃ自己紹介パートから撮り直しね」

 

 撮り直しって⋯⋯それにさっき自己紹介パートなんて撮ってない。陽キャの人は勝手に記憶捏造されるの?

 こうなったら、やけだ。喜多さんが言いそうなこと言って誤魔化そう!

 

「あっ、あなたの恋の宅急便! 郁代だよー!」

 

 言った途端に、空気が固まった。

 だけどまた次の瞬間、大きな笑いが訪れる。え、ウケてる? 何これ、気持ちいい⋯⋯!

 

「特技はー?」

「どしょうすくい!」

「趣味はー?」

「妄想!」

「好きな場所は?」

「押入れ!」

「プロポーズされるなら?」

「マグロ漁船!」

「好きなスタバのメニューは?」

「ダマスカスヒポポタマfgi%dm!」

 

 思いっきり噛んじゃってた。それでもみんな、口を大きく開けて笑っている。

 凄い⋯⋯これが喜多さんの人徳。陽キャパワー。今なら何やっても大ウケする気がする⋯⋯。

 

「つーか」

 

 だけど──みんながみんなそうではないらしく。

 

「マジで何かおかしくない? ずっと猫背だし。郁代って名前、前に嫌だって言ってたのに」

 

 女子の一人が、私の顔を間近でのぞき込んでくる。え⋯⋯近い。

 

「熱でもあんの?」

 

 前髪を上げておデコを触ってきた瞬間、びくんと背中が伸びた。

 わ、私の顔が⋯⋯。違う、喜多さんの顔が⋯⋯。あ、だから見られてもいいのか。でも、この距離感⋯⋯無理⋯⋯。

 

「あぅああああ⋯⋯」

「なんか喜多ちゃんの顔、バグってない?」

「うん。割とやばめー」

「んはっ⋯⋯!」

 

 だ、駄目だ⋯⋯! 現実逃避したら喜多ちゃんの評判がもっと酷いことになる!

 上手く行けばツチノコかなめくじになってこの場を切り抜けられるかと思ったけど、喜多さんの身体にそんな能力はない。陽キャの身体が恨めしいぃぃ⋯⋯。

 

「喜多ちゃん、頭でも打った?」

 

 打ったよ! 私と喜多さんでぶつかったよ! でも私は元からこんななんだよぉぉっ!!

 冷静な心配が、ぐりぐりと私の心を(えぐ)ってくる。もう消えたい。でもそれもできない。だけど、ここにいたらもっと酷いことになる。

 ──だから。

 

「⋯⋯ちょっと体調悪いみたいだから、保険室行ってくる⋯⋯」

 

 結局私は、喜多さんの名誉が傷つかない道を選んだ。

 ごめんね、喜多さん。六限目の授業はサボります⋯⋯。

 

「あ、なら私が付き添って⋯⋯」

「いいい、いいっ。大丈夫、だから⋯⋯」

「あ、そ、そう⋯⋯」

 

 ちょっと大きな声が出て、心配そうな顔をされてしまった。喜多さんの黒歴史、私が作っちゃったかも⋯⋯。

 

「き、気をつけてね⋯⋯」

 

 私はこくんと頷きを返すと、背中に刺さる視線から逃げるように教室を後にした⋯⋯。

 

 

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