【短編集】ぼっち・ざ・しょーと!   作:滝 

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入れ替わっちゃった喜多ぼっち。下(ぼ喜多)

 

 

 ついにこの時がやってきた。

 私がひとりちゃんの家に泊まることが決まってから、待ち望んでいた時間。

 ひとりちゃんと一緒にお風呂! inひとりちゃんのカラダ! カタカナで書くととてもえっちな感じね!

 

 ⋯⋯ふぅ、いったん落ち着くのよ。これじゃただの変質者じゃない。

 

「あ、あの⋯⋯」

 

 私の思考を現実に引き戻したのは、ひとりちゃんのか細い声だった。

 脱衣所に入ってからというもの、まだお互いに服は脱いでいない。何となく、勝手に脱いでいいか分からなかったから。

 

「えっと、脱いでもいいですか?」

「もちろん。私が恥ずかしがる必要もないし」

 

 ひとりちゃんが脱いだとしても、見えるのは見慣れた自分の身体。むしろ問題なのは、私が脱いだ後の方だ。

 

「⋯⋯私も、脱ぐわね」

「は、はい⋯⋯」

 

 一応確認してから、私はひとりちゃんのジャージのファスナーを下ろした。下を見ると、大きな『丘』に隠れて私の足元が見えない。これが、ひとりちゃんが普段見ている景色なのね⋯⋯。

 軽く絶望と深い羨望をいだきながら、私は心を無にして服を脱いでいく。さすがに変に思われるから、まじまじとひとりちゃんの身体を見たりはしない。

 

 先にひとりちゃんがバスルームへの扉を開けると、私も続けて入る。当たり前だけど、洗い場は一つしかなかった。

 

「あ⋯⋯、先にどうぞ」

 

 そう言うとひとりちゃんは自分の身体にかけ湯をして、湯船に浸かった。先に洗い場を譲ってくれるらしい。洗い合いっこに憧れがあったけど、よくよく考えてみれば自分の身体を洗うだけになるから何の面白みもない。

 

「何か気をつけないといけないことはある?」

 

 私はヘアバンドで髪をまとめながら、ひとりちゃんに向かって聞いた。

 

「あ⋯⋯っ。えっと、胸の下は汗疹(あせも)になってたりすることがあるので、優しく洗ってもらえたら⋯⋯」

 

 胸の下に、汗疹⋯⋯?

 知らない概念ね⋯⋯。いったい何を言っているのかしら⋯⋯。

 

「あと、胸の間も同じです」

「そ、そう⋯⋯」

 

 胸の間⋯⋯。それも知らない概念ね。ちょっとひとりちゃんが何を言っているのか分からないわ⋯⋯。

 私は白目を剥きそうになりながら、言われた通りにひとりちゃんの身体を洗っていく。

 それにしても何て言うか⋯⋯重量が凄い。こんなに重たくて肩こりになったりしないのか、ちょっと心配になってしまった。

 私は色んな意味で衝撃を受けながら身体を洗い終わると、お風呂に入っているひとりちゃんと場所を入れ替える。

 

「あの、何か気をつけることは⋯⋯?」

「⋯⋯何もないわ⋯⋯」

 

 ええ、本当に何もないの。神様、ちょっと不平等が過ぎると思います⋯⋯。

 私は虚無感を覚えながら、()の身体を洗っているひとりちゃんを見る。ウキウキでお風呂に入ったけれど、これは元の状態に戻ってからじゃないと純粋に楽しめないわね⋯⋯。あ、でも私の身体をひとりちゃんが洗ってると考えたらこれって精神的洗い合いっこじゃないかしら?

 

「あの⋯⋯」

 

 がっつり凝視していた私の視線に気づいたひとりちゃんは、怪訝そうに私を見ていた。私ったら、ちょっと想像力が豊か過ぎたかも。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

 そして私は、ひとりちゃんのその言葉で思いついてしまった。こんなことを聞けるのは、きっと今日この時だけだって。

 

「その⋯⋯ね。ひとりちゃん、私の身体って⋯⋯どう、かしら⋯⋯?」

 

 なんて答えてくれるのか考えると、凄くドキドキしてきた。

 もしもひとりちゃんに褒めて貰えたら、きっと私は──。

 

「あ、はい。とても洗いやすいです」

「くうぅぅぅ⋯⋯っ!」

 

 私の淡い期待は、現実の名の下に消え去った。

 ああもう本当に、世の中ってままならないことばかり。

 

 私は湯船に沈み込むと、ブクブクと不満を泡に変えた。

 

 

   *   *   *

 

 

 私と喜多さんはお風呂から上がると、また自分の部屋に戻って来ていた。

 何だかんだで、もう二二時をまわっている。それぞれに寝る支度も終わっているから、あとはもう寝るだけ。お母さんが用意してくれたお客さん用の布団が、私の布団と隣り合わせで並んでいる。

 

「えっと、じゃあ寝ましょうか」

「そうね。今日は本当に疲れたわ⋯⋯」

 

 喜多さんはそう言うと、ふあと小さくあくびをした。

 私も今日はかなり疲れている。疲れを癒してくれるはずのお風呂も、緊張してしまって気も身体も休まらなかった。

 喜多さんが布団に入ったのを確かめてから、私は照明を消す。私も布団に入ると、ぼんやり茶色になった部屋の天井を見上げた。

 

「ひとりちゃん」

 

 その声に振り向くと、喜多さんがこっちを見てうっすらと笑っていた。

 

「ひとりちゃんは今日私になってみて、どうだった?」

 

 喜多さんの一言で、今日の出来事が走馬灯のように蘇る。

 クラスで大勢の人に囲まれたこと。スタジオでギターボーカルに挑戦したこと。それから、お客さんとして家族と過ごしたこと。

 

「⋯⋯凄いなって、思いました。私にはできそうにないことを、当然のようにできるんだなって」

「私も、同じことを思ったわ。やっぱりひとりちゃんって、凄いんだってよく分かった」

 

 喜多さんも同じこと考えているなんて、意外だった。

 だけど、そういうものなのかも知れない。普通にできるようになっちゃってるから、それがどれだけ凄いことか、自分では分からなくなる。

 きっと、みんなそれぞれにそんな『凄さ』を持っていて。だから私は、正直な気持ちでこう言える。

 

「大変でしたけど、こういう経験ができてよかったなって思います。喜多さんのこと、たくさん知ることができました」

「私も、同じ。⋯⋯全部、ぴったり同じよ」

 

 喜多さんはそう言うと、布団の中で私の手を握ってくる。

 

「ひとりちゃん」

 

 きゅっとその手に力をこめると、喜多さんは目を(つむ)った。

 

「明日、元に戻りましょう。私は私のまま、ひとりちゃんと一緒に居たい」

「はい⋯⋯」

 

 まるで元に戻る方法を確信しているかのような声で、喜多さんは言う。

 それに安心感を覚えると、急に眠くなってきた。

 

「おやすみなさい、ひとりちゃん」

「⋯⋯おやすみなさい。喜多さん」

 

 そして私も、目を瞑る。

 こんな風に誰かと一緒に寝るのなんて、凄く珍しいことだから眠れるわけないって思っていたのに。

 

 繋いだ手に導かれるように、私は深い眠りへと落ちていった──。

 

 

   *   *   *

 

 

 翌朝、私たちは始発で学校へと向かった。

 朝早くに喜多さんに起こされると、そう提案されたからだ。ちょうど起きてきたお母さんに朝ご飯は要らないことを伝えると、コンビニで買ったパンを駅のホームで食べた。家族には変に思われたかも知れないけど、朝からヒヤヒヤしながらご飯を食べるよりずっといい。

 

 いつもより早い時間に見る学校は、まるで初めて来た場所みたいに感じるほど違って見えた。

 朝練の掛け声を聞きながら校舎に入ると、階段を上っていつもの場所を目指す。私と喜多さんがギターの練習に使う、ひみつ基地みたいなあの場所へ。

 

「一つだけ、まだ試していないことがあるの」

 

 廊下側から差し込む朝日を背負いながら、喜多さんはおもむろにそう言った。逆光になっているせいで、その表情はよく見えない。

 

「えっと⋯⋯。まだ何かありましたっけ⋯⋯?」

「昨日ここであったことを、よく思い出してみて」

 

 喜多さんの言葉を受け取ると、私は昼休みのことを一つひとつ思い出していく。

 机に立てかけられたギター。倒れかけたそれを止めようとして、私と喜多さんは頭をぶつけた。

 でもたぶん、それだけじゃない。あの時、唇に残った柔らかな感覚は、きっと──。

 

「あ、あの⋯⋯。ひょっとして⋯⋯」

「⋯⋯もう分かったみたいね」

 

 喜多さんはそう言って、私に一歩近づいてくる。さっきよりもはっきり見えるようになったその顔には、真剣な表情が浮かんでいた。

 

「キス、してみましょう」

「え⋯⋯、ほ、本気ですか⋯⋯」

「ひとりちゃんは、嫌⋯⋯?」

「あ、いえ、その⋯⋯。嫌とかではないんですけど⋯⋯」

 

 女の子同士で、キス。相手が喜多さんなら嫌な気持ちとかは全然ない。

 だけど当然、戸惑いはある。私みたいな子が喜多さんみたいなキラキラした子となんて本当にいいのとか、そもそもキスする相手は自分の姿だしなとか、そこまでして戻れなかった時にどうしようとか⋯⋯躊躇(ためら)う要素はいくらでも見つけられた。

 

「喜多さんこそ、大丈夫なんですか⋯⋯?」

「もちろん。でも無理強いはしたくないわ」

 

 その言葉で、試すかどうかの選択肢は私に託された。

 残された時間は、あまりない。もう少ししたらどんどん他の生徒たちが登校してくるし、授業も始まってしまう。

 するか、しないか。二択しかないのなら⋯⋯、もう答えは決まっている。

 

「⋯⋯やってみましょう。その⋯⋯キ、キス⋯⋯」

「ええ」

 

 私から一歩、喜多さんの方に近づく。覚悟の決まった顔が、私の視界を占めていく。

 喜多さんの手が、私の腕に添えられた。それに答えるように、私も喜多さんの腕を掴む。

 

「⋯⋯いくわよ」

「は、はい⋯⋯」

 

 それからもう半歩ずつ、お互いの距離を詰め合って。

 目を瞑った瞬間、距離はゼロになる──。

 

 その瞬間、パチンと目の前に白い火花が散ったような気がした。

 

 ふっと身体が軽くなって──重力の感覚がまた戻ってくる。

 唇に熱さを感じながら、私たちはゆっくりと離れていく。

 

 そして目を開くと、そこには頬を染めた喜多さん(・・・・)の姿があった。

 

「も、も⋯⋯もももっ⋯⋯」

「戻ったわ!」

 

 喜多さんはそう言うなり、私に抱きついてくる。私もほっとしながら、さっきまで入っていたその身体を抱き締め返した。

 よかった⋯⋯という安心感と、心の隅に残る名残惜しさ。その両方を噛み締めながら、私たちは長い時間抱き合っていた。

 

「ねえ、ひとりちゃん」

 

 ゆっくりと身体を離すと、喜多さんは私の顔を真正面から見つめて言う。

 

「その⋯⋯。どうだった? 私とのキス⋯⋯」

「えっ、と⋯⋯。ど、どうと言われても」

 

 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなくて、私は思いっきり動揺してしまう。

 だけど、正直に答えるならこう言うしかない。

 

「なんか⋯⋯自分とキスしてるみたいだったので、喜多さんとキスしたって感じじゃなくて⋯⋯」

「それもそうよね。⋯⋯なら」

 

 喜多さんの手が、私の頬に触れる。

 朝日に照らされたその瞳はしっとり濡れて、逆光を背負った私の輪郭を映し込んでいた。

 

「もう一回、してみる?」

「え、ええぇぇっ!? でももしまた入れ替わっちゃったら⋯⋯あ」

 

 そこまで言って、私は自分の疑問への答えを思いついてしまう。

 

「その時は追加でもう一回⋯⋯ね?」

 

 そっか、入れ替わったら、またキスすればいいんだ。

 ⋯⋯っていやいやいや、そういう問題じゃない。もしも入れ替わって戻れなくなったりしたら、どうするの。

 

 ああ、でも。

 本当に喜多さんとキスしたらどんな感じなんだろうって、そんな気持ちも確かにあって。

 

「⋯⋯喜多さん」

「ひとりちゃん⋯⋯」

 

 吸い寄せられるように、お互いを求め合うように。

 床に落ちた私たちのシルエットが、また一つに重なった──。

 

 

 

 

 

 ちなみにこれは、余談になるんだろうけど。

 教室に向かった私がクラスメイトから可愛いポースを要求されたり、喜多さんが奇抜なボケを求められたりしたのは、また別のお話。

 

 

 

Fin.

 

 

 

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