地上の星は焔の中で夢を織る   作:ソニカ

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ノヴァがロンの元に弟子入りして半年。リンガイアにいた頃には想像もつかなかった修行の日々。
ある日、小屋の棚に見慣れない瓶を見つけたノヴァは————

今回はノヴァくんの誕生秘話から始まります。
若干、別作品「ロン・ベルク外伝」のオリジナル世界観設定(宗教、キャラなど)が入っておりますので、そちらも併せてお読みいただけるとより楽しめると思います。



地上の星は焔の中で夢を織る(前編)

 

 

 ギルドメイン大陸の北東部。

山脈に囲まれた高台に城塞をもち、地理的な条件が生んだ気流の交差により、強風が常時発生することから「風の国」の通称で知られるリンガイア王国————

 もともとギルドメイン大陸でも難攻不落の軍事国家として知られるこの国は、他国と比較すると意外にもその人口は少ない。

 

 国家の防衛を一手に担う軍隊も少数精鋭で、戦力人員的にはカール王国騎士団の半分にも満たないであろう。しかしながら、この国には魔法を扱える術者が戦士の中に多く、「闘気剣」という独自の剣技の流派を長年にわたり独自に発展させてきた歴史もある。一説には、その剣の秘術を守るために外部からの移民をいっさい受け入れなかったと分析する国際政治学者もいるほどだ。

 

 そのリンガイアも、魔界の超竜軍団との戦闘により壊滅的な被害を受けた。それにより、国家の最盛期を知る者の目から見れば、もはや廃墟と呼ぶしかないほどに荒れ果ててしまっていた。

リンガイアの国教である勇気を司る神・マヌスを祀った神殿も、魔王軍の襲撃によって聖堂が半壊し、さながら空中庭園のように祭壇の正面に青い空を映し出している。

 

 …この日の朝、マヌス神殿の祭壇の前に跪く一人の壮年の男の姿があった。

国家としての機能を失ったリンガイアの新しい指導者として、多くの領民から期待を寄せられている将軍で、名をバウスンと言う。

彼の名を言えば、先の大魔王率いる魔王軍との決戦にのぞんだ勇者の一人として聞き覚えのある人間も少なくないであろう。

 

 17年前の今日————彼の息子は、魂の世界からこの人間界の地上へと、肉体をともなって生を受けた。

 

 この世界では、誰生日というものを特別視することがない。大人の労働ができるかどうか———つまり社会的活動のできる「成人」であるかどうかだけが人々にとっては重要で、その人物が正確に何歳であるかということに関心が薄いためである。

 しかしバウスンは、毎年かならず息子の誕生日の日に、このマヌスの神殿で息子とともに神に感謝の祈りを捧げることを決めていた。

 なぜなら、息子は絶望的な国家情勢の中、救世主のように生まれてきた特別な子だったからだ。

 

 

 

 

 

 今から20年近く前————バウスンが結婚したばかりの頃は、この世界を100年に一度の厳冬期が襲っていた。そのため、もともと痩せた土壌が領地の大部分を占めていたリンガイアの農地は、連年の凶作によって食料飢饉に陥った。

 それにより数万人の餓死者が出たことで、元から多くない人口はさらに削られていくこととなった。人々は国の衰退を皮膚で感じ、悲観的な者は国家滅亡をも覚悟した。

領民の悲壮で絶望的な想念は国中を伝播し、国王や宮廷、軍部の人間すらも、生き抜くことへの希望を見失いつつあった。

 そしてバウスンの妻も、とてもではないが子供を身籠れるような栄養状態になかった。

 

しかし、バウスンは思った。もしこのような絶望的な状況の中において新しき命が誕生すれば、それは国全体に勇気と光をもたらす希望の存在になるであろう————

 冷静に考えればあまり現実的とはいえない考えだが、なぜか彼はそのことに対し何の根拠もない確信をもっていた。

 

 (誕生を司るといわれる女神・ギネの御加護を得ることができれば、もしかしたら————)

 

 氷河期のような大寒波が全世界を襲う中、バウスンはギネ神を国教とするテラン王国近隣にまでわざわざ赴き、神殿で子宝祈願の神事に参列した。

その際に、彼は一人の女性司祭から「生誕の秘法」が施された護符を手渡されると同時に、妊娠を促す効果のある薬草の群生地を教わることができた。バウスンは護符と薬草を携えて、妻の待つ母国へと戻った。

 

 それから1年ほどして————誕生の女神はリンガイアに慈愛の手を差し伸べた。国内における飢饉の状況はさして変わらないながらも、バウスンの妻は奇跡的に男児を出産したのだ。

 彼の予想と期待通りに、生まれた息子は国中に希望をもたらした。息子は国王の腕にも抱かれ、祝福された。城内でも街の中でも、息子の姿を一目見たいと人々が集まってくるほどであった。

 

 その息子の名前をどうするかについて、夜半にバウスンが城の渡り通路を歩きながら考えていたとき、随行していた部下が夜空を指差して彼に言った。

 

「将軍、ご覧ください。いまだかつてない強い光を放つ、見たこともない蒼白き星が、南西の空に姿を現しております。これは紛れもなく吉兆でございましょう。まるでご子息の瞳のような輝きをもつ星ですな」

 

 バウスンはその部下の言葉を聞き、新しい星を意味する「ノヴァ」という名前を息子に与えることにした。

 

 その名の通り、【新星】として国中から賞賛と期待を一身に受けて育った息子は、少しばかり自信過剰な性格になってしまったこと以外は、疫病にかかることもなく立派に成長した。

リンガイア伝統の闘気剣を受け継ぎ、独自の技「ノーザングランブレード」をも生み出したことで、弱冠15歳にしてリンガイア戦士団団長の地位を得た。それは決して親の七光りではなく、彼自身の実力によって勝ち取られたものだった。

 

 そして昨年、魔王軍の急襲により、近隣の友好国であったオーザムは滅亡し、リンガイアも壊滅的な打撃を受けた。

大魔王バーンによる地上殲滅計画に世界が震撼し、人々が失意と絶望に揺れる狭間で、一部の勇敢な者たちは「最後の抵抗」とも言える戦いに身を投じ、バーンの計画阻止に挑み続けた。

その最終決戦のなかで、息子は一人の魔族の男————武器職人でありながら剣士でもあるロン・ベルクという魔族の男を師と仰ぎ、大戦後は、戦士でも将軍でもなく「職人」として新たな第三の道を歩むことを、息子自らの意思で決めた。

 

 それまでバウスンは、息子が自分の後継者としてリンガイアの将軍に就任し、共に国を導いていく存在になると期待していた。

が、バウスンはその予想通りにならない未来も、不思議と素直に受け入れることができた。それはロン・ベルクという魔族の剣士が、息子が師と仰ぐにふさわしいほどの敬意に値する人物だということを、ロロイの谷での戦いの中で知ることになったからだ。

 

 重傷を負った彼の両腕となるべく、息子が鍛冶職人としての修行を積むために、その魔族の住まいがあるベンガーナに移住してから、もう半年が経つ————

 

 バウスンがそんなことを懐古しながら祭壇のもとで祈りを捧げていると、彼は後方から自分を呼ぶ声を聞いた。

 

「父さん、久し振りです」

 

その声の主がこのリンガイアの地に戻ってくるのを、バウスンは何週間も前からずっと心待ちにしていた。

バウスンは静かに立ち上がって振り返り、息子の姿を見た。

 

 …まだ大戦がはじまる前、ともにこの国で戦士として肩を並べていた頃は、息子は城の侍女たちが陰でこっそり騒ぎ立てるほどの見た目麗しい少年だった。

それが今、バウスンの眼の前に現れた息子は、彼の脳裏にあった端正な姿とかなりかけ離れた姿になっている。

 

 陶器のような白い肌は陽に焼けて赤みがさし、白銀色の艶やかな髪は無造作に首の後ろで束ねられ、かつての瀟洒な印象はどこか遠くの彼方へ消え失せていた。

腕には火傷の跡が何箇所かあり、身にまとっている作業衣も炭の粉によって薄汚れ、ところどころ生地に穴が開いている。しかしながら、顔の表情は以前よりも若干精悍さを増し、彼が少年から青年へ成長していく過渡期にあることをうかがわせた。

 

「こんな格好ですみません。ついさっきまでランカークスの小屋で作業していて、着替える時間がありませんでした」

 

 この数日間、炭切り作業に明け暮れていたノヴァは、今日が自分の誕生日であることをすっかり忘れていた。

 

 火を用いて金属を自在に操る職人である鍛冶屋にとって、木炭は火起こしの際に欠かすことのできない重要な資材の一つである。

大木を釜で蒸し焼きにした炭の塊を、火起こし用に小さく鉈で切っていく作業が、鍛冶職人を志す者がまず最初にやらされる日課となる。だが、これが想像以上に膨大な量を必要とするため、ノヴァは来る日も来る日も小屋の外で炭を切り続けていたのだ。

 

 結果、彼の体は鼻の穴から耳の中に至るまで、炭の粉で真っ黒になってしまった。父と久しぶりに再会するにあたり、一応顔は布で拭いてきたつもりだったのだが————「鍛冶屋の黒鼻」という言葉があるが、今のノヴァはまさにそれを絵に描いたような様相である。

 

 自分の誕生日を忘れ、身だしなみが後回しになるほどに、息子の生活は多忙を極めている————バウスンは、こうして息子がすっかり自分の手を離れ、己の人生を歩みだしたことに最初は少しばかり寂寥感があった。しかし、リンガイアの新しい指導者としての立場が、父親としての感慨に浸る暇を与えてはくれなかった。

息をつく間も無く、彼は国家再建に向けて全精力を注がねばならなかったのだ。

 

「元気そうだな」

 

「ええ、父さんも」

 

 ありきたりな言葉しか選べなくとも、親子というものは顔の表情だけで全てを理解しあうことができる。それまで離れていた時間的な隔たりや心の壁も、瞬時に溶けて消えさってしまうものだ。

 

 父と子は少しばかりお互いの近況について報告しあったあと、祭壇に向き合った。

 そしてリンガイアの国教ともされている勇気の神・マヌスの像の前にあらためて跪いた二人は、聖典の一節をともに唱えた。

 

 

  マヌスの大いなる意志として

  我ら北の戦士は衰えを知らず

  この剣は制裁の光となり

  悪しき種を駆逐せん

  聴け 民たちの祈りが

  我らを讃える歌へ変わるのを

  今こそ真の勝利を大地にもたらさん————

 

 

 それは、リンガイアの戦士団が大きな戦に出陣する前に、剣先を天にかざしながら唱える一節であり、団長が士気を鼓舞する際にも用いられる一つの儀式のようなものである。

 

 バウスンとノヴァは、幾度となくこの一節を詠唱し部下たちとともに戦陣へ出たことで、勇気の神の加護を受け、これまでの歴戦を勝ちぬいてきたのだ————

 

「鍛冶修行に明け暮れていても、まだこの一節は一字一句覚えていたな」

 

 バウスンは息子の方を見て微笑んだ。

 

「リンガイアの戦士だった過去は、ボクにとっては誇りですから」

 

ノヴァは立ち上がると、聖堂の破壊された壁に歩み寄り、手を触れた。

この大戦の生々しい爪痕が人々の記憶から薄れるまでに、一体どれほどの時間がかかるのだろう————本来であれば、自分がこの国の復興に一番力を注がなくてはならない存在であるはずだ…………

その息子の想いを察知したかのように、バウスンはノヴァに言った。

 

「ノヴァ、案ずるな。この国の再建は私に任せておけ」

 

ノヴァは振り返り、面目なさそうに眼を伏せた。

 

「ボクの心は、常にこの国とともにあります。修行を終えたら、そのときは————」

 

そう言いながら、ノヴァは未来において自分がどうなるのか、まだそこまでの人生の見通しがついていなかったために言葉を失った。

そもそも、自分がいつになったら鍛冶職人として独り立ちし、師の代わりとして剣を仕立てることができるようになるのか、まったく分からない状態なのだ————

 

 ノヴァは、祭壇の壁の割れ目から広がるリンガイアの領土を見下ろした。丘陵地帯の多い国内でもとりわけ標高の高い立地にあるこのマヌス神殿からは、城下町全体を広く一望できた。

 

せっかく帰ってきた久しぶりの故郷。戦士団の面々や、城の家臣など逢いたい人達もいるが、彼らはおそらく崩壊した建造物の瓦礫撤去に追われており、再会を喜ぶどころではないだろう。

 そしてノヴァ自身も、のんびりしていられなかった。鍛治修行と師の介護のみならず、ランカークスの村仕事もこなさなければならないため、異国の地に移住して間もない人間にとっては目が回るような多忙の日々であったのだ。

名残惜しそうにしているノヴァの肩を抱いたバウスンは、息子を勇気付けるように言った。

 

「いつか父さんにも、お前の作った剣を見せてくれ。…その日を楽しみにしているぞ」

 

 その言葉とともに、不意に柔らかな風が彼らを撫でて去っていった。それは、別離のときが訪れたことを二人に示唆するかのようであった。

 

「…はい。父さんも元気で」

 

二人が神殿を後にしたところで、ノヴァは、瞬間移動呪文【ルーラ】の詠唱を始めた。光の粒子が少年の全身を包みはじめる。

 

 バウスンは、遠くの方で風鳴りが起こるのを聴いた。

この国では珍しくない竜巻現象の1つで、リンガイアの民から「龍の笛」と呼ばれるそれは、息子を送り出す合図のように彼の耳に届いた。

 

 そして次の瞬間、ノヴァの体は空高く飛翔した。

 

バウスンは上空を仰ぎ、息子が南西の方角へ旅立っていくのを見送った。

 

 子の成長は早い。半年ぶりに見た息子の顔は、まるで別人のように逞しく成長していた。次に会うときは、一体どんな表情になっているだろうか————

 

リンガイアの大地の砂塵を拐うように駆け抜けていく煽り風を浴びて、バウスンのマントが空の青さの中で穏やかにはためいた。

 

 

 

 

 

 

 

リンガイアから遠く南西に位置する、商業大国ベンガーナ————

 

 

 ベンガーナ城下町の市場は、ところどころ戦災の影響で建物の瓦礫がうずたかく積まれてはいるが、世界の中では比較的被害の少ない地域だったこともあり、この日も高らかに顧客呼び込みの声があちこちで上がっていた。

 いかなる時代においても、戦後にまず率先して地域を活気づけるのは商売人たちで、彼ら自身もそれを己の役割として理解していたのである。

 

 故郷リンガイアから帰還したノヴァが城下町の大通りを歩いていると、彼の身なりを見た衣類商人が巧みに絹製の衣を勧めてきた。美少年がそんなみすぼらしい格好をしてたら台無しだ、この絹の衣服を召してごらんなさい、きっと王族と見紛うほどによくお似合いになるはずだ————

戸惑いながらも商人の薦めを言葉巧みに断り、その場から足早に逃げ去ったノヴァは、彼らの商魂の逞しさは心底敬意に値する、と思うのだった。

 

 

ノヴァは、町の大通り中心にある百貨店のすぐ隣にある古びた佇まいの薬草店に入った。

そこは、この国に移住して彼がまず一番初めに場所を覚えた店で、いまや店主ともすっかり顔なじみになっていた。

少し軋んだ音を立てて開いた扉の向こうには、細身の初老の男が生薬の原料となる植物の根や葉の数々を一つ一つ天秤にかけて計量している。

店主はノヴァの顔を見るや、彼の望む商品を見通したかのように、カウンター後ろの大きな棚からいくつか瓶を取り出し、作業台の上に並べた。

 

いつものヤツかい、と言いながら店主はノヴァの返答が返ってくるよりも先に、スコップで瓶の中の野草をすくって巨大な木鉢の中に入れると、ごりごりと擦り合わせ始めた。

 

ノヴァがこの店でいつも買い求めるものは、打撲と骨折に効能があるとされている塗り薬だった。3つの野草を乾燥させたのちに、炒って粉にしたものを同配分で混ぜ合わせ、そこに馬油を足して練ったもので、植物療法を長年研究している店主の独自の調合だという。

少しツンとした香りがするが、通常の打撲症状にはよく効くようで、この店ではそこそこ評判の良い売れ筋商品とのことである。

 

「ああ。あの瓶一杯に頼むよ」

 

ノヴァは自分の頭と同じくらいの大きさの硝子瓶を指差して、店主に示した。

店主は、思わず眉をひそめて言った。

 

「ノヴァ、お前さんが介護しているのはそんな重症人なのかい?ついこの間、あれと同じ量を買っていったばかりじゃないか。この特別配合の塗り薬をそんなに消費しても治らないんだったら、教会の司祭にお布施を払って、回復魔法でもかけてもらう方が治りは早いかもしれないぞ」

 

「回復魔法は自分でも扱えるから試してみたけど…それが思うように効かなくて」

 

 ノヴァは回復魔法の中でも上位階級にあたる【ベホイミ】を習得している。何度かロンの両腕に施してみたのだが、どういうわけか全くといっていいほど効果を示さなかった。自分の魔法力が未熟だとは思いたくないのだが…

 

 完全回復呪文【ベホマ】であれば、治るかもしれない————そう思ったノヴァは、かつての戦友である大魔導士ポップに相談したことがあった。

 ところが、ポップの答えはいつも調子の良い性格の彼にしては珍しく、非常に慎重なものだった。

 

「ベホマってのは、あくまで戦闘時とか、非常事態に使うものなんだ。俺自身の体ならまだしも、お前の大事な師匠さんにかけることで、もし失敗でもしたら…」

 

 彼がそう語るのももっともなことで、実際、完全回復呪文【ベホマ】は扱いが非常に難しい魔法とされている。その契約魔法書においても、まず最初の一文に「神の加護を受けた聖職者以外はむやみに扱うべからず」との記述がある。

 

 この最上位魔法には、細胞の活性度を極限まで上げる強力さが秘められているのだが、その活性による還元力が行き過ぎて頂点に達すると、今度は反転して酸化力に強く振り切れ、細胞壊死へと導かれてしまう。その調整加減が至難の技とされ、術者の能力次第では、期待したものとまったく逆効果になってしまうことが少なくない。

 「魔導士」や「賢者」と肩書きがつく人種に【ベホマ】の術者は一定数いるが、やはり熟練した僧侶や司祭にはとても敵わない、と彼らは口を揃えて言うほどである。

施術対象が重症者であればあるほど、積極的にこの魔法を発動させようという者は一般の界隈には存在しない。

 

 よって、この店主のいう通り、教会へお布施をし、神の祝福を受けた司祭に【ベホマ】を施してもらうことがもっとも堅実な方法なのだが————しかし、このとき聖職者は、地上で最も多忙な職種であった。

先の魔王軍との大戦の影響で発生した数千万を超える負傷者は、野戦病院を含む医療施設を大いに混乱させた。急遽、大陸全土の各宗派の教会が重傷者を受け入れ、神官たちが治癒にあたることとなったが、それでも治療家は不足していた。ノヴァはランカークス村の教会と、ベンガーナの城下町にある何軒かの教会を巡ってみたものの、全て門前払いを受けてしまったほどだ。

 

 そうなると、【ホイミ】か【ベホイミ】のような初中級の魔法を日常的にかけていくしか方法はなくなるのだが、回復呪文を常用することは、肉体の自然治癒力そのものを退化させてしまう恐れがある。

 結局、ノヴァが師の両腕の治療のために日々できることといえば、植物療法くらいしかなかった。無駄なあがきであろうが、何もしないよりはましだ————そんな思いで定期的に軟膏を買いにこの店を訪れているのだった。

 

 ノヴァがそのことを店主に打ち明けると、店主は練り上がって完成した塗り薬を木のヘラで瓶に詰めながら、ノヴァに答えた。

 

「うーむ、そうか…それなら、北のテランに凄腕の治療家がいるのを知っとるぞ…確か、統合魔法医エルムという名で治療界に広くその名が知れ渡っている。まだ年若いながら、回復魔法が効きにくい病や外傷、猛毒や呪いの類いも治せるともっぱらの評判さ」

 

 統合魔法医とは、医師や薬草士とは異なり、魔法や薬草、鉱物など、この地上に存在するありとあらゆる素材を自由に組み合わせて複合的に治療を施す治療家である。ノヴァは初めて聞く言葉だったが、どうやらここ数年の間に新しく生まれた職業らしい。

 

「それは本当ですか!?」

 

「ただ、そいつは非常に変わり者で、特定の居住地をもたずに世界の各地を転々と放浪しながら治療の旅をしているらしいと聞いたな。出会えたら幸運くらいに思った方がいい」

 

 統合魔法医エルム。その名を頭にしっかりと記憶させたノヴァは、店をあとにし、ランカークスの森小屋へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 ノヴァがランカークスの森小屋へ戻ると、そこには彼の師であるロン・ベルク————かつて魔界の名工と称されていた男————今は両腕に怪我を負い療養中である魔族が、小屋の窓辺に立っていた。

 

 彼は、先の魔王軍との決戦————ロロイの谷における戦いで多大な貢献と戦果を上げた剣士だが、その代償として、自らの両腕が懐死状態になってしまった。

 

 大戦が終わったばかりの頃、ノヴァは彼を連れてベンガーナでもっとも腕が立つと言われる名医に診てもらったことがあった。

 しかし、医師の目には、ロンの両腕の怪我が筋骨の壊死なのか、神経の問題なのか、はたまた造血機能の異常であるのかが、全く判別できなかった。

 

 そもそも魔族の肉体そのものが人間とは似て非なるもので、心臓が2つないし3つあるような特殊構造をもっている種族とあっては、各器官系の仕組みが、人間のそれと比較することもできないほどに複雑怪奇であったのだ。

 全身解剖でもしなければ原因はつかめない、と医師から告げられたノヴァは、諦めて植物療法にかけるしかなかった。

 

 今は薬草士が処方した軟膏を塗布した後に包帯で患部を保護しているが、それが果たして魔族の体にとって適切な処置であるかどうかすらも怪しい。

 過去に一度、星皇剣を振るって同じような怪我をしたときはどのように対処したのか、とノヴァがロンに尋ねたことがあった。

すると「早く治そうという発想自体が湧かず、自然治癒に任せた」という、長命ゆえに【時間を効率的に使う】という感覚が麻痺している種族らしい返答が返ってきたのだった。

 

 そして回復魔法や薬草が効きにくい原因として一つ考えられることとしては————

幼き頃に魔界で破壊神の呪いを受け、その波動が今も若干残存している可能性があること。そのために肉体の修復が遅くなっているのかもしれない、とのことであった。

 

 師は、手首から指にかけて力を入れることが全くできないようで、指先に力を入れなくとも可能な、扉の開け閉めや衣類の着替えといった動作はまだ一人で何とかできるようだが、食事や排泄については介助が必要となった。

 ただ魔族のその高い身体能力ゆえ、ある程度の日常動作は体幹と下肢を器用に使って立ち振る舞うことはできてはいるのが、ノヴァにとって救いだった————

 

「遅かったな。炭切りがまだ途中のようだが————」

 

やや皮肉を含んだ師の言葉を受けて、ノヴァは事情を説明した。師が不機嫌そうに見えるのはいつものことだが、彼の佇んでいる窓辺から西陽の光が差し込んでいる。昼頃にはこの小屋に戻ってくる予定だったのが、リンガイアへの帰郷、そしてベンガーナ城下町での買い物に、予想以上に時間を費やしていたことにノヴァは気付かされた。

 

「遅くなってすみません…ベンガーナで塗り薬を処方してもらってきたんです。これを戸棚にしまったらすぐに作業を始めます」

 

 ノヴァは塗り薬の詰められた瓶を収納するため、壁際にある物置棚へと歩み寄った。

 

 小屋の物置棚には、鍛冶や彫金作業に使う細かい部品や素材などが入った瓶や壺がところ狭しと並べられており、半年前にノヴァが初めてこのロンの小屋に訪れたばかりの頃には、ロンから1つ1つ中に入っている物について説明を受けた。

鍛冶をしたことのない人間には単なるゴミやガラクタに見えるものも多いため、間違って捨てられないようにする対策だろう。

 

 ノヴァが塗り薬の瓶を中央の段に置こうとしたとき、そこに並べられていた数々の壺や瓶の中に、まだ彼が見たこともない、やけに仰々しい飾り蓋の付いた小さな瓶があるのに気づいた。ロンの剣帯に描かれている紋章のようなものが、小さく側面に刻まれている。ノヴァがこの小屋に来て半年経つが、彼は今までこの瓶の存在には全く気付かなかった。

 

 いったい何が入っているのだろうか、とノヴァは何気なくその瓶に手を伸ばした。すると、それに気づいたロンが驚いてノヴァの方へ足早に向かってきた。

 

「おい!何してる!そいつに触るな!」

 

 鬼気迫った表情のロンは、戸棚の瓶に触れようとしたノヴァの手を右足で蹴り飛ばした。ノヴァの手首から腕に大きな衝撃が走り、少年は体ごと後方に突き飛ばされた。

 

 何が起こったか理解できないまま倒れこんだノヴァが呆然としていると、師はそれまで見たこともないような憤怒の表情で弟子を見下ろしていた。

 

「…こいつには、ベルク流の秘伝が籠められている…お前が知るには10年早い」

 

 ロンはそう言うと、身を翻して小屋の扉の前まで歩き、左足の踵で乱暴に扉を蹴りつけて強引に開くと、そのまま外に出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

小屋の中に一人残された鍛治見習いの少年は呆然とした。

 

 いったい何があの人をそこまで怒らせることになったのだろうか…………

 

 ノヴァはまったく理解できずにいた。本気ではないにせよ、相当の力で蹴られてしまったその腕に激痛が走っている。骨にヒビが入ったかもしれないと思ったノヴァは、倒れた体勢からゆっくり起き上がり、先ほど薬草士に処方してもらった塗り薬を、試しに少し、自分の腕に塗ってみた。

 すっとした爽快感があり、痛みが引いていく感覚がある。確かにあの店主の言う通り、通常の怪我への即効性はあるようだ。

 

 師の態度が激変した原因について、今度ジャンクに会った時に相談してみよう————ノヴァはそう思いながら、小屋の外に出て、再び炭切りの作業を始めた。

 

 最初はなかなか同じ大きさに切ることが難しかった炭切りも、半年ほど経って次第にコツがつかめてきた。ただし、炭の粉塵を身体中に浴びることだけは避けられず、くしゃみをすれば洟水も真っ黒になるくらいに体の内側まで炭だらけだ。

 

 北の大陸で民衆を導く勇者になることを志し、剣と魔法を修行してきた自分が————今まさかこうして鍛冶職人の道を歩むことになるなど、まったく想像できなかったことだ。

 

 それまで自分は誇り高きリンガイアの戦士であり、自分こそが世界を救う存在だと信じて疑わなかった。それゆえに、ダイたちを見下し、侮蔑の言葉を投げつけることに対しても、何の罪悪感も感じていなかったのである。

だが、大魔王との戦いに身を投じ、ダイたちと出会い共闘していく中で、それがいかに傲慢な考えで、己を過信して戦争に望んできたかを思い知らされる惨めな結果となったのだ…………

 

 そしてロロイの谷での決戦において、ロンの生き様に心を打たれ、これから自分は彼の両腕となって、鍛冶職人の道を極めると決めた。

 しかし、両腕の自由がきかない師を介護しながら、鍛冶職人になるための修行を積むことは、それまで母国で戦士として生きてきた自分にとって想像以上の試練であった。

 

 母国にいた頃は、身の回りの雑事は侍女たちに任せていたことで、毎日剣や魔法の修行に集中でき、ノーザングランブレードのような自分だけの技を会得することもできた。しかし、人と密接に関わって助け合いながら暮らすことや、社会についての仕組みはまるで分かっておらず、俗に言う「世間知らず」だったのだ。

 

 周囲から世話を「される」立場から、今度は自分が誰かの世話を「する」立場へ。この変化は、異世界へいきなり放り込まれるようなもので、自分がいかに周りから甘やかされて育ってきたかということを痛感する毎日でもあった。

 

 日々の食事についても、料理の才能というものにまったく恵まれていなかった自分には、苦労の連続だった。最初の日の夜に用意した食事も、師は何も言わなかったが、自分で食べてみるとたいそう味が薄く、とても他人に出せるようなものではなかった。

 

 それはノヴァにとって、想像していた以上に自尊心がすり減らされていく日々でもあり、最初の1ヶ月ほどは「全てをなかったことにして故郷に帰ることができたら」————という思いが、何度か少年の脳裏をよぎるほどであった。

 

 

 

 

 

 

 

 この日の夕食後、食器の片付けを終えたノヴァは、暖炉の前に麻布を敷いて、蝋燭台を手元においた。そして今年収穫されたばかりの鞘付き豆が山盛りに入った蔓籠から、鞘を1つ1つ指で割って豆を取り出していく作業を始めた。

 

 このランカークス村では、作物の収穫期を迎えると、夕食を終えてから就寝するまでのひと時に、村の手仕事を村人全員で分担する慣習があった。ノヴァのところにも一ヶ月ほど前にジャンクが訪れ、この時期収穫できた赤豆の鞘剥きを一籠分、ノヴァに託した。

 

 地上界の植物は、戦後の瓦礫処理に日々追われる人間たちの事情にお構いなく、時期の訪れとともに前年以上の実りをもたらしていた。

豆の時期が終われば、今度は芋や麦の栽培が始まり、その次には麦刈りと脱穀作業が村民総出で行われ、一年を通して常に何かしらの農事に追われている。故郷のリンガイアが一時期深刻な食料不足に見舞われていた中で、そのような豊穣は無論ありがたいことなのだが————

 

 手仕事とは、ひたすら単純な作業の連続だ。そこに遣り甲斐を感じるのか、退屈かは人によって分かれるところであろう。

 ただ、今までリンガイアの戦士団長として誇り高くあろうと努めるあまりに、力なき存在を軽視するきらいのあったノヴァには、このランカークス村での素朴な田舎暮らしは、彼の心の内面に大きな成長をもたらすものだった。

上流階級から市井の感覚へと次第に馴染んでいくことは、自然の恵みや日常の些細な出来事に感謝し、謙虚に生きる姿勢の大切さを学ぶことにもつながっていったのだ————

 

 ノヴァが豆鞘の最後の一つをやっと剥き終えたところで窓の外を見ると、師が小屋の外で夜空を見上げている後ろ姿が見えた。

 

 師とともに同じ小屋で暮らし始めて、ノヴァが気がついたことが1つある。

 無口で無愛想なこの人物は、星の動きや月の満ち欠け、あるいは暦といったものにとても敏感だということだ。

食事をしているときも、珍しく自分から口を開いたかと思ったら、「今日は新月だ」とか「じきにファナンの星が西に昇る」「明日の暦は《白き世界の橋渡し》だ」という言葉が出てくるといった具合だ。

 

 ノヴァは、鞘むきの作業で出たごみを片付けたあと、小屋の外に出た。彼の師は、先程と同じ場所に立ったまま、顔を夜空に向けている。

 

「見ろ、ノヴァ。いつもは小さい火星が、今日はやけに大きくその姿を現している」

 

 ノヴァが師の指差す方向へ目線を向けると、赤い星がぼんやりと漆黒の空に浮かんでいるのが見えた。

 

「————いま、火星が逆行している……このようなとき、地上の生き物は精神が揺さぶられやすいという。他人との間で誤解が生じたり、思わぬ失態をすることもあろう。お前も気をつけることだ」

 

 それはまるで、昼間に弟子の腕を蹴り飛ばしたことを自省するかのような弁明にも聞こえた。

 

天体にお詳しいのですね、とノヴァが感嘆すると、師はこのように言葉を返した。

 

「星の動きというのはな————地上に存在するすべての生き物に影響を及ぼすものらしい…運命を決めるとまではいかんが、その流れをうまく利用することで、人生を調整することは可能と聞いた。………ならば活用しない手はない」

 

 ノヴァも、星詠みと呼ばれる職業人が存在することは知っていた。天文士などの学者はリンガイアにも大勢いて、特に天候の予測に用いられている学問だ。

 

「星皇剣という名は…実は十数年前に、ここでこうして夜空を見ながら命名したのだ」

 

 地底階層に閉じられた魔界からは、当然ながら宇宙の姿を仰ぐことはできない。

文献や人々の噂の中で見聞きしただけの「星」というものを、ロンは18年前に人間界にやってきて、この小屋から初めて肉眼で視ることができた。日課のように夜空を眺めていたある日、彼は幾つもの星の群れが南の空に流れていくのを見た。それが数十年に一度と言われる流星群だと後に知ることになったが、そのときの感動を、ロンは忘れることができなかった。

 

「星々の光というのは…あんなにも小さく見える遠い存在でありながら、人智を超えた神のような、とてつもない力がみなぎっているのを感じる。俺の剣も、かくありたいものだ…そう思って名付けた」

 

師の言葉を聞きながら、ノヴァはロロイの谷の戦いを回顧した。

 星皇十字剣。「皇」とは、神を表す意味もあるらしいが、まさしくあれは、未完成の技ながらも、神がかった、凄まじい威力の技だった————

 しかし、大魔王が滅び、平和を取り戻したこの地上で、師はその技をいったい「何」に向けて再び放つのだろうか…………

 

「あの技を再び使わざるをえないような事態が起きるのは、ボクはもう嫌ですけどね」

 

 弟子の言葉に、ロンは鼻で笑った。

 

「そうだな、使わないに越したことはないだろう。大魔王バーンはこの世から消えた。そして地上に平和は戻った……だが、俺の戦いはまだ終わっていない」

 

ノヴァは師の意外な言葉に驚き、思わず目を見張った。

 

「俺には決着をつけねばならない相手がいる………いわゆる因縁の宿敵というやつだ。だから俺は友に誓った。いつか必ず、星皇十字剣を完成させると…」

 

「友って…ジャンクさんですか」

 

「ジャンクも友だが…もっと昔の友だ。今この世界にはいないが…俺をここまで成長させてくれた、かけがえのない…戦友であり、盟友であり…」

 

 語りながら、遠い記憶の思い出が彼の中に溢れてきたかのように、ロンの声が次第に小さくなっていき、最後の方の言葉はノヴァの耳には届かなかった。

 

闇夜に紛れて不意に表情を隠した師の姿に、ノヴァは自分の悩みがとてつもなく小さなものに思えてきた。

 この人の過去に一体何があったのだろうか。

 思えば、師は200年以上もの人生を生きてきたのだ。途方もなく永い年月を。

 まだたった17年しか生きていない自分が、その10倍以上の年月を生きている人に対して、何を理解できようか。生意気な態度をとれるはずもない…………

 

「先生、今日…城下町の薬草士から聞いた話なんですが…」

 

 ノヴァは、師にならって夜空を見つめながら、言葉を続けた。

 

「この地上に、どんな怪我も治せる治療家がいるそうです。出会えるかどうかは分かりませんが、必ずその人を探しだして…先生のその怪我が、一刻も早く治るように…そして先生の技が完成する日が迎えられるように…お力添えします」

 

「ほぅ、鍛冶職人になるのは諦めたか」

 

「諦めちゃいませんよ!ただ、先生に少しでも早く良くなってもらえたら、ボクも鍛冶修行に専念できる時間が増えると思っただけです」

 

 相変わらず口が悪い師匠だ、とノヴァは思った。

 1日何度、こんな風に皮肉を言われているか分からない————しかし、それがこのロンという人物なりの親密さの表現なのだということも次第に分かってきたため、今はそこまで真面目に腹をたてることもなくなった。

 

「明日は、鍛錬作業だ。ジャンクが朝から小屋に来ると言っていたな。それまでに炭の準備を終わらせておけよ」

 

 はい、と返事をして、ノヴァはロンとともに小屋の中へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 就寝前に、ノヴァは昼間に薬草店で買ってきた塗り薬をロンの両腕に満遍なく塗り、包帯を巻いた。

 

 やがて深い眠りへと沈みこんでいった師の様子を確認したのちに、ノヴァは再び小屋の外に出て、明日使う予定の炭の量を確認した。ジャンクがこの小屋でどのくらい作業をするのか分からないが、もしかしたら少し足りないかもしれない、と少年は思った。

 蝋燭を照明台に置き、作業用前掛けと頭巾を身につけたノヴァは、鉈を手に持つと炭の塊を木の繊維に沿って小さく割り始めた。本来夜間に行う作業ではないが、今日は外出に時間を取られていたため、遅れた分を取り戻さなくてはならない。

 乾いた音を立てて炭が小間切れになっていくのを見ながら、ノヴァはふと思った。

 

 師は普段から口数少なく、自分自身のことすらあまり話そうとしない。

 「この人から多くのことを学びたい」、そう思って弟子となることを決めたが、この半年の間、鍛冶について学んだことといえば、この炭切りと、ジャンクの工房で鍛錬作業を何度か見学したくらいのものだ。

 

 そのジャンクの話によれば、師は過去に1人だけ弟子————というか教え子をもったことがあるらしい。

 それも鍛冶職人としてではなく、剣術の教え子として。あの気難しい人が受け入れた弟子とは、一体どんな人物だったのだろうか。

 

 この日の炭切り作業を終えて小屋の中へ戻ったノヴァは、照明蝋燭を吹き消すと、その「昔の教え子」が作ったという客人用のベッドに身を横たえた。

 小屋に元々備え付けてある機能的な師の寝台とは違い、木枠の内側に藁を敷き詰め、そこに布をかけただけの簡易的なものだが、なかなかどうして寝心地が良い。これを作った弟子は、きっと手先がとても器用な人物だったのだろう。

 

 それに引きかえ自分は————

 リンガイアにいた頃は、自分の才能を皆がもてはやしてくれたものだったが、今は己の不器用さを日々憂うばかりである。そして朝から休む間もなく、修行に、師の介護に、村仕事に…と追われているうちに、あっという間に1日が終わる。

 

 明日は、朝からジャンクが小屋にやってくる予定だ。それよりも早く起きて、鍛錬作業の準備をしなければならない。今から寝ても、3時間ほどですぐ起きることになるだろうが、少しでも体を休めなければ………

 

ノヴァは次第に襲ってくる眠気をやや遠慮がちに受け入れながら、その身をしばし安息の世界へとあずけた。

 

 

 

(続)

 

 





いかがでしたでしょうか。
下書きラフの段階で20000字超えしてしまったため、前後編に分けました。

今年の5月に念願叶って日本刀の鍛治工房に見学させていただき、その時に職人さんから聞いたお話や体験エピソード、工房の雰囲気から感じたことなどをいろいろ盛り込んで書いた作品ですが、前編ではそこまでたどり着けませんでした……
「世界・社会・そこに住まう人々」をしっかり描いた上で物語を乗せることを創作のポリシーにしているので、出だしのリンガイア描写にやたら字数をかけてしまったことが原因ですね。。。

今回は、ノヴァくんの少年期らしい悩みと葛藤を中心に描きました。
前ジャンルからそうなんですが、「少年が苦悩しながら前に進んでいくお話」「親子の絆」というのにやたら力が入りがちなウチの創作です。

ボンボンのお育ちなエリート少年が、いきなり田舎移住して介護と修行の生活となれば、それなりの苦労もあろうということで。伸びざかり、遊びたいざかりの16歳にとって、介護ってすごく窮屈に感じると思うんです。以前、夫が車椅子の生活になって日々介護しているという女性の奮闘記を読んだことがありますが、毎日喧嘩が絶えないらしいです(笑)自分の時間というものがほとんど取れなくなるので(育児と同じか、それ以上)かなりストレスがたまるのだとか。
ノヴァくんも、自分で選んで決めた道とはいえ、一度や二度は逃げ出したくなることもあったのではないだろうか…というのが私の解釈です。

名工もああいう気難しい性格なので、ノヴァくんに感謝はしていてもなかなか素直にそれを表現できない人なんだろうと思います。
「江戸っ子爺さん」な気質の職人に近い気がします。弟子にも手取り足取り教えない、「俺の背中を見て技を盗め」みたいな。ベルク流秘伝の入った瓶をうっかり弟子に触れられそうになって蹴っ飛ばす…というあたりなんかも、口よりまず手が先に出るタイプ。そして絶対に面と向かって謝らない(笑)

名工とノヴァくんが夜空を眺めるシーンは、占星術やマヤ暦っぽいエッセンスを少し取り入れています。ドラクエ世界に火星や水星などがあるかどうかはわかりませんが、太陽と月の概念があるなら、多少現実世界の宇宙に似せてもいいのかな、と思いながら。

そして、

*名工が幼い頃に受けたという破壊神の呪い
*名工の「まだ終わっていない戦い」と「因縁の宿敵」
*統合魔法医エルム
*名工が過去に一人だけもったことがある「教え子」

…については、別作品「ロンベルク外伝」をご覧いただければと思います。。(まだ完結しておらず、連載中ですが、、、そしてエルムはまだ未登場のオリキャラです)

ノヴァくんの誕生秘話についても、ロンベルク外伝7話「雪中芽」の冒頭にもあるエピソードを「バウスン視点」で書いたのが今回の話になりますので、合わせて読むと味わいが増すかもしれません。

それでは引き続き、後編をお楽しみください。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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