さあ、我らの奇譚を始めよう 作:人入りロッカー
「しかし兄貴、人の手を転々と渡っている事は分かりますけど、よく粉々になりませんでしたね」
「応仁の乱以降に紛失して以来の話とは言え、曲がりなりにも社宝だぞ。いいかぁあ? 今となってはああやってよさうさっていう使いに本体を持たせて配信しているがな、本来なら国宝級だぞ? 三種の神器の八咫鏡には及ばないとは言え、大事にされる場合が多いんだよ。一向一揆とかには打ち壊されそうだが」
そう言って事務所に設置されているモニターを指さして兄貴は言う。
そこには大きなモニターで垂れ流しになっているVtuber華鏡よさりのアーカイブで、ちょうどリスナーに虹を掛けられて顔を青くしていた。
「怖いですね、一向一揆」
「そこは宗教の違いだな。聞く限りだと、蔵に収められていたり、祠に祀られていたり、別の神社に奉納されていたり、どういう訳か場所は転々としているが、どこかしらに安置されてるようだからな、大事にされてたんだろう」
「でも、普通爆発して吹き飛ばされたら木っ端微塵ですよね?」
「……いやしかし、鏡はああしてある訳だからな」
何があったかなど、誰が分かろうものか、誰が証明しようものか、と思ってしまう。
それこそ、神の加護的な何かがあったんだろうと断ずる方が早いに決まっている。
さあ、我らの奇譚を始めよう。
遡る事400年と十数年、1577年10月、大和国生駒郡平群町、信貴山城の近くにて。
それはあまりに大きな爆発音だった。鉄砲の音など比較にもならぬほどの音が高らかに鳴り響く、信貴山城の天守閣は綺麗に吹き飛んだ。
今しがた、胴体に茶釜を括りつけた老体の武士が見事な散り様を見せた。それは良い、そのような事は些細な事だ。どうでもいいと切り捨てたとて、問題にすらならないだろう。
「棟梁、アレを‼」
「何と罰当たりな‼」
信貴山城を包囲していた織田軍とは別に、少し離れた場所に少数の集団が居た。
鏡衆、当時はとある織田家臣の1人に使えていた忍び集だ、表向きは。
代々とある真澄鏡を捜索し続けてきた鏡衆はその目的を秘したまま世に溶け込み、各地に根を張っていた。当時は戦国乱世の時代、地方の豪族へと、堺の豪商へと成り上がり、ただ、目的の真澄鏡を探し続けていた。
故に、鏡衆は織田家臣にこそ仕えていたが、それは表向きであり、その実、織田家臣となった鏡衆の者に抱えられる形を取っていたに過ぎない。
そこに飛び込んできた一報はまさに鏡衆の長き旅路を終えるには十分すぎる物だった。
それはまさに高速回転し、空を飛翔する円盤だった。いや、そのように見えるだけで、それの正体は求めていた物だった。
「こうしては居れん‼」
棟梁と呼ばれた男は山城の天守閣から放り出されたそれを追って森を駆け出す。
鏡衆で最も謎多きその棟梁はまるで重さなどないかのように木々に登り、尾を引く残像のような物を残しながら木へ、木へと移り、空を飛翔する鏡を追う。
この男、代替わりだの、不老不死だの、魑魅魍魎の類だのと言われているが、鏡衆の役目が始まってからこの棟梁が変わった話を聞かないというのは有名な話で、実際に歳を取った様子をまるで見せない事で知られている。加えて言えば、残像のせいか、あるいは幻覚なのか、普段から黒装束を着ているにも拘らず、こうして高速移動している間は、何故か見慣れぬ姿に見えてしまう。黒い服で身を多い、頭は何故か赤い尾が付いたきつね色の何かだ。
そんな姿を見せるが故に、魑魅魍魎であるという噂が後を絶たないのだが、真相はまるで分らない。そもそもおかしいのだ。木々の間を縫う様に移動するサルとかそう言う次元ではなく、一切合切の法則を無視して跳ねるように木の上を移動している。まだ水切りの方が現実味があるという物だ。
「神よ、おおおお、神よ‼」
ちなみに、この人、基本的に穏やかで知られているが、探索している真澄鏡にとんでもない執着心を見せる。
控えめに言っても立派な変人なのだが、どういう訳か、その存在が後世に語られる事はなかった。色々な場所に影響と不具合を与えた人物なのは間違いないし、忍術とかそう言う物以前にとち狂った能力を持っていたのだが、名前から何から何まで歴史に葬られている。
そんな棟梁は飛ぶは跳ねるはの電光石火、獅子奮迅、勇往邁進と言った様子で動く。
やっている事など、バズーカーで発射されたフリスビーを人力で追いかけでキャッチしようという、不可能と言っても差し支えない。
そして、キャッチして見せた。
「あ゛あ゛あああああ‼ 実に、実に、実に‼」
空中でキャッチし、そのまま一回転し、膝に悪い事で後世知られるようになるスーパーヒーロー着地を決める。奇声か、悲鳴か、雄叫びかも区別がつかないような声を張り上げ、簡単であろう言葉を漏らすが、夕暮れの山中でそんな声を上げようものなら、魑魅魍魎を疑われてもさもあり何と言った具合なのだが、行動だけ見れば人間離れしたソレで目的の真澄鏡を見事回収して見せたのだから、称賛物だ。
「何と、何と美しい。某の手でお救いいたせた事、これ以上の喜びはありません。なんと有難い事か、ああ、何と素晴らしい事か―――」
華麗に着地して見せた棟梁は近くの木に立て掛け、平伏し、半ば呪詛にすら聞こえてくる祈りの言葉を唱え始める。
その後、棟梁を追って鏡衆がやって来るまでの四半刻ほど、延々と祈っていた。
そう、約30分ほど、黒服にエビフライ頭に近い幻影を纏った意味不明なこの男は祈っていたのだ。狂信者、そう、まさに狂信者である。それはもう盛大に、言葉を尽くした祈りであった。一体誰に魂を売り払ったんだと聞きたくなる程度には信仰に篤かった。厳密には盲信的であり、狂信的である様は鏡衆であっても、目を疑い、身じろぐそれだったが、それはもうクソが付く程度には優しい事で知られる彼は同胞を見るや否や、一緒に祈ろうではないかと勧めてくるあたり、優しいのだろう。マッドだが。
「棟梁、まずは安全な場所にお運びせねばなりません」
ちなみに、鏡衆が到着し、棟梁が木に立て掛けてある真澄鏡の素晴らしさを説いている間に、四半刻、つまり30分経過している。
忍者が何をやっているんだ、という意見には至極真っ当な物があるのだが、如何せんこの組織のトップがとち狂っている為、やや仕方がない部分がある。
「ぉぉおおおお‼ そうであった、いやはや、某としたことがあまりの感激に最も大切な事を失念するとは何と嘆かわしい」
「まずは里へ」
「いや、何処かの神社へ奉納するのです。出来れば、そう、最近になって修復された神社に奉納するのが良いでしょう」
「それは、何故でしょう」
「この乱世、安全な場所など限られている。いいですかぁあ? 我々は100年もの月日を掛けて探ししたのです。地位も、富も築き、それでもなお、この乱世では100年もの時を要した。わかりますかな? 100年間人の手を渡り続けたが故に、今は人の手を渡る運命にあるのだろう。だから、それを打ち消すために、一度どこかへと奉納し、あるべき姿へと戻さなければならない。それに、付喪神は100年の月日を経て神が宿ると言われている。つまり、既にここに神がいらっしゃるのだ。崇め奉り、我らはただ祈りをささげようではないか」
穏やかに、そして諭すような口ぶりで言うが、今だなお頭に訳の分からない幻影を纏わせているこの男は、大真面目なのだろう。
「では、なるべく安全な神社を選び、取り計らいます」
「そうしなさい。そして毎日参拝しようではないか、素晴らしい日々になるだろう」
そこに居た誰もが、この人なら本当に毎日するのだろうな、と思う。というより、神職の人間がドン引きするぐらい長い間神社に居座るのだろうな、と思わせた。
余談だが、その後、真澄鏡は無事に神社に奉納される事となるのだが、程無くして再建されたばかりの神社は何者かの手によって焼き払われた。噂では松明を持った集団が現れ、神社を燃やし、真澄鏡を持ち去ったと言うが、事実は明らかになっていない。