「綾小路。お前が望むなら書記の席を譲っても構わん」
生徒会長、堀北学からの突然の勧誘。馬鹿げた提案だ。
平穏な学生生活を送りたいこちらからすれば、面倒ごとは避けるに限る。
まして生徒会なんて目立って仕方ないだろう。
だが、その後の堀北学の熱弁を聞いたオレは、生徒会入りを承諾することにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、綾小路。議事録はまだか。堀北先輩が買ってる男なんだからそれぐらい余裕だろ?」
「綾小路。もっとやる気を出せ。お前の失敗は推薦した堀北先輩の顔に泥を塗ると自覚することだ」
「綾小路くん、タメ口はやめてもらえませんか。あなたは生徒会の一員になったんです。先輩として、しっかり指導させてもらいますからね」
生徒会役員の金髪チャラ男、THE堅物、お団子娘から三者三様に物申される。
「ミスったー」
聞こえないよう、ぼそっとつぶやく。生徒会入りを悔いるが後の祭りだ。
一度入って即やめたとなると変な噂が立つことは避けられない。
そういったことも含め、堀北兄の策略だったのかもしれないな。
果たして、これからオレの学生生活に平穏は訪れるのだろうか……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
東京都高度育成高等学校。
日本政府が作った未来を支える若者を育てることを目的とした学校だ。
普通の高校とは違い、クラスポイントと呼ばれる点数でA~Dの4クラスを競わせ
トップのAクラスで卒業できれば望む進路を約束してくれる。
新入生として入学したオレ、綾小路清隆は、問題児を集めたDクラスに配属され
クラスメイトの堀北鈴音らと共にAクラスを目指している。まぁオレは形だけだけどな。
こっちは普通の高校生活が送れればそれでいい。
もちろん、降り注ぐ火の粉は払うが、基本的にはノータッチでいたい。
クラスポイントの他にプライベートポイントと呼ばれるポイントが
毎月、クラスポイント×100の金額で各生徒に振り込まれる。
これは現金代わりで日々の生活での使用はもちろんのこと
担任の茶柱先生曰く「原則ポイントで買えないものはない」らしい。
つまりクラスポイントを稼げば稼ぐだけプライベートポイントの支給が増えるため
Aクラスに興味がない生徒でもある程度やる気を持てる仕組みというわけだ。
そんな特殊な学校に入学してまだ3か月ぐらいだが
生活態度が悪くクラスポイントが0になったり
過去問をポイントで買ったり
赤点で退学になりかけたクラスメイトがいたりと色々なことが起きた。
なんとか乗り越えて、ようやくクラスが前向きに変わり始めた7月頭のことだった。
Cクラスの生徒がDクラスの須藤から暴行を受けたと学校に訴える事件が起こる。
生徒会長の堀北学、書記の橘茜の立会いのもと、どちらの主張が正しいか審議が行われ
目撃者佐倉愛里の証言やBクラスの一之瀬帆波たちの協力もあり
訴えを取り下げさせる形で解決へ導いたのだが……
その裏で、佐倉がストーカーに襲われそうになっていたのを危機一髪で救い出した。
それがほんの数十分前の話になる。
平穏さには程遠い一日だったのだが、オレにとっての『運命の分岐点』は、この後にやってきた。
佐倉を寮に送り届けて学校に戻ったオレは、生徒会室の前で
今まさにCクラスが訴えを取り下げているであろう話し合いの終わりを待っていた。
昨日は入口の前に生徒会役員と思われる生徒が立っていたのだが、今日はいない。
人手不足なのか、今日の内容は盗み聞きされても構わないということなのか。
しばらくすると、Cクラスの生徒たちとその担任、その後に須藤、そして生徒会長堀北学と橘書記が出てきた。
どうやら無事に訴えは取り下げられたらしい。
事の顛末を確認するように堀北学から話しかけられたが、妹の堀北鈴音の戦果だと流しておいた。
下手に手柄を主張して目をつけられるのは面倒だからな。
ところがそれで納得しなかったのか、堀北学は想定外の提案をしてきた。
「綾小路。お前が望むなら書記の席を譲っても構わん」
「断る」
「えええええっ!?断っちゃうんですか。こんなこと普通あり得ないんですよ。すごい名誉なことなんですよ」
即答したオレに信じられないと驚き慌てる橘書記。あわあわしている橘書記を目で制し堀北兄は続ける。
「待て、綾小路。せっかくの機会だ。少しぐらい話を聞いてから判断してもいいだろう。生徒会に入ることがお前のためになると思っての提案だが、どちらを選ぶにしろ、これからの話を聞くだけでも相当の価値があると保証する」
強気に言い切る堀北兄。
「それを話しても大丈夫ですか」と不安げな表情の橘書記。
ただならぬ様子に、そこまで言うならと話ぐらい聞くことにした。
誰かに聞かれることを危惧してか移動する二人の後に続いて、隣の生徒会相談室に入る。
これから話すことは他言無用だと約束させられて、いよいよ本題に。
「生徒会に入るメリットは大きく3つある。まずはこの学校の仕組みに関わることだ。薄々勘付いているとは思うが、クラスポイントの増減は生活態度、部活動、筆記テストの良し悪しだけではない。1年生はこれから、特別試験と呼ばれる様々な課題に挑んでもらうことになる」
特別試験か。確かに、今のままではクラスポイントを増やすことはできても
他クラスに追いつくことはほぼ不可能だ。
何かしらのイベントはあると思っていたが……
「その特別試験と生徒会が関係あると?」
「そうだ。生徒会は生徒代表として、特別試験の公平性を保つため、多少の意見を組み込むことが可能だ。一部例外はあるが、事前に試験内容を知ることも、参考のため過去の試験を調べる事もできる。この優位性は説明するまでもないな?」
「ああ。だが、残念ながらオレはクラス順位に興味がない」
「確かにそのためだけなら、傍観するスタンスでもいいだろう。だが、特別試験はポイント増減だけでなく、結果次第では退学者が出ることもある」
「退学は望ましくないが、いくら平凡なオレでも、それほどのヘマをするかは疑問が残るな」
「だろうな。だが、実力に関係なく、試験次第で全員に退学するリスクはある。極端な例えだが、クラスから1名抽選で退学者を決めろ、といった具合にな」
確かにそうなってしまっては防ぎようがない。
唯一の対策は、試験内容に異議を申し立てられる生徒会のみというわけか。だが……
「この学校はポイントで買えないものはない。なら退学もどうにかできるんじゃないか」
「それが2つ目の理由に関わってくる。お前の言う通り、もし退学と判定されても回避する方法はある。だが、それにはプライベートポイントが2000万必要になる。この額が普通に過ごすだけでは貯まらないことはわかるだろう。ましてお前たちのクラスの現状では到底不可能だ」
耳の痛い話だな。
現在のDクラスのクラスポイントは87ポイント。
つまり毎月8700円分のポイントしか振り込まれない。
2000万は極端にしても、そもそも普段の暮らしにも困るありさまだ。
「生徒会活動では部活動と同様に活躍次第で各ポイントが付与されることがある。そして限られた数の大会しかない部活動と違い、生徒会の仕事は数多くある。それだけポイントを獲得できるチャンスも多い。働きに見合うだけの報酬はあるということだ」
いざという時のためにも、学生生活を充実させるためにも、ポイントがもらえるのは有難い。
気づけば昼食は無料の山菜定食ばかりの生活をしている。
「最後のメリットを伝える前に問いたい。綾小路、お前は何をしにこの学校に来た?」
「何をと言われても、語って聞かせるほど深い理由はない。普通で平穏な学生生活を楽しめれば、それでいいと思っている」
「お前が何を考え実力を隠してまで、その平穏な生活を送ろうとしているかはわからない。だが、それは本当にお前の望んでいるものなのか。この学校でしか成すことのできない様々なこと、成長する機会を捨ててまで送りたいものなのか」
「それは……どうだろうな」
入学してから3か月。見えてきたものと見えないもの。
ここで判断するのは難しいだろう。
「生徒会に入ればクラス、学年の垣根を越えて多くの生徒と関わることになる。クラスで対抗することの多いこの学校では、貴重な機会だ。普通の学生生活という意味では生徒会で体験できる経験の方がそれに近いとすら思える」
「その経験が学生生活の貴重な時間を割く価値があると?」
「2年間過ごしてきて、少なくともオレはそう実感している」
退学のリスク軽減
ポイント獲得機会増加
充実した学生生活と成長へのきっかけ
それが生徒会に入るメリットか。
堀北兄はオレに響きそうな話を選んだのだろう。
確かに一考の余地はある……が、何より興味深かったのは特別試験に意見を取り入れられるという話。
ポイントで購入できるあらゆるもの、試験への介入権——オレはありえない未来を想像せずにはいられなかった。
「まだまだ生徒会の魅力はたくさんあるぞ、綾小路。この学校の生徒会役員になるということは——」
オレからの返事がなかったためだろう、説得のためさらに話を続ける堀北兄。
生徒会に対する想いが強いのか、次から次へと話が出てきて止まる気配がない。
クールな性格だと思っていたのだが……隣の橘書記もうんうんとニコニコしながら話に聞き入っている。
そんな話を聞き流しながら、ひとつの未来の実現性を計算する。
まだ不明な部分も多い。だが面白くなりそうだ。
「さらに!今ならなんと!入会することで!」
「期間限定!ここだけのお得なプランに!特別セットで生徒会腕章も付けちゃいます!!」
「いや橘、一つじゃ足りないだろう。洗い替え用にさらにもう一つ付ける」
「い、いいんですか、会長!!これはお得すぎますよ」
放置しておくと永遠に話が終わらなさそうだ。
二人が通販番組みたいなことをやりはじめたところで、オレは返事を決める。
「わかった。生徒会に入る」
「そうか!賢い選択だ。歓迎しよう、綾小路」
「やりましたねっ、会長」
にやりと笑う堀北兄とパチパチと拍手する橘書記。
暴力事件の話し合いの時に出ていたあの重々しい雰囲気は、いったいどこへ行ったのだろうか。
あの頃の二人を懐かしく思いながら、オレの生徒会役員としての学校生活がスタートするのだった。