ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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6月2日は裏切りの日、とのことで、ギリギリ間に合ってよかったです。


思い通りに行かないことだらけ

この合宿で、オレに対して『らしくない行動』をした人物が2人いる。

 

その理由と状況を照らし合わせればと南雲のもう一つの狙いが見えてくる。

 

それは――

 

「そこまで」

 

担当教官の号令がかかり、座禅の試験が終了した。ゆっくりと瞼を開き、現実へと意識を戻す。

 

合宿8日目。いよいよスタートした最終日の試験、最初の科目は座禅だった。

 

座禅でどうやって点数を落すか方法を考えていたのだが、幸い目の前に山内が居たため時折薄目で観察し、適度に揺れたり、猫背になったりと動きを真似させてもらった。これで低得点は間違いないだろう。

 

「教官殿!」

 

多くの生徒が無言のまま道場から退出し、次の筆記試験会場へと移動を始める中、外村が座禅指導員のもとへ走り寄る。

座禅の授業では何度か一緒になったが、毎回外村は指導員から呼び出しを受け、居残りをさせられていた。

犬猿の仲だと思っていたのだが……まさか試験が終わったなら遠慮はいらないとお礼参りでも始める気か?

 

「外村か、何の用だ」

 

「この7日間お世話になり申した。拙者とこんなに向き合ってくださった方は、教官殿が初めてでござった。教官の指導を生涯忘れず生きていくでござる」

 

「あー、なんだ……俺の指導にここまで反抗した骨のある学生はお前が初めてだった。ふざけた口調でこちらを馬鹿にしている、というわけではないことは、お前の整った座禅から伝わってきた。指導者ではなく1人の人間としては、その変な言葉遣いとキャラクターでどこまで社会に通用するのか見てみたいぐらいだ」

 

「教官殿……」

 

「これからもお前らしさを貫いて挑戦していけ。お前にはそれだけの覚悟があるんだろ」

 

「任務、了解っ!」

 

敬礼をし、頭を深々と下げた外村が顔を上げると、指導員が手を差し出す。それに外村が応え、力強い握手が交わされた。

 

「だが、試験としては道場を出るまでが採点範囲だ。気概は認めるが減点させてもらう」

 

「ご、ござぁ!?」

 

早速社会の厳しさを痛感することになった外村。

あのグループが最下位になった場合、外村が道連れに選ばれることは疑いようがないな。

 

そこまでして守りたいものがあることを羨ましく思うような、全く理解できないような、だからと言って頭ごなしに馬鹿にすることもできないような不思議な感覚に捕らわれる。

 

何をどうやってもオレには一生わからない感性。

つまり勝つために不要なもの。

最近はそう切り捨てる前に、立ち止まる事が増えてきた。

……道端の石ころが気になるなんてまるで子どもだな。

 

続いて行われたのは筆記試験。

 

この試験は男女別で、学年ごとにローテーションしていく仕組み。オレたち1年男子は、座禅、筆記、駅伝、スピーチの順番。そのため、同じ大グループの他学年が順調に試験をこなしているか、途中経過を確認することはできない。

 

「清隆、大体50点ぐらいで調整しておいたが、それで大丈夫だったか?」

 

「ああ、問題ない。あまり低すぎて学校のボーダーを下回ったらマズいしな」

 

「すまん、俺は50点も取れた自信はねえ」

 

調整する余裕のあった啓誠と違い、石崎は微妙な手ごたえのようで、申し訳なさそうに頭を掻いている。

 

「大丈夫だ。恐らく高円寺が高得点だろうから2人の成績を合わせれば丁度良くなる」

 

「確かに高円寺が足並みを揃えるとは思えない。逆に助かったかもな」

 

「マジか!高円寺のヤローもたまには役に立つじゃねえかよ」

 

あまり理解していなさそうな石崎ではあったが、そもそもオレも高円寺がこちらのお願いを素直に聞くとは思っていない。

座禅で一糸乱れぬ見事な姿勢を披露していたことからも、他の試験もいつも通り手堅い結果を残すつもりだろう。

あえて放置しているのは、この試験結果の大局に影響を与える事がないと判断したからだ。

 

次の駅伝は順位をつける関係で一番点差が生まれる科目。

着順ではなく完走タイムで点数をつける可能性もあるが、他の試験よりも順位が明確に見えるため調整しやすい。

 

これからおよそ18キロをバトンを繋いで競っていくことになるが、いくつかルールがある。

とは言っても、戦略に関わる要素は1人あたり最低1.2キロ走らなくてはならないことぐらい。よって15人グループであれば負担が少ない反面、足の速い生徒も短い距離しか走れない。

逆にこちらの10人グループであれば、残った6キロ分は自由に割り振ることができる。

ただしバトンを渡すポイントは1.2キロ毎に定められているため、10人で1.8キロずつ走るといったようなことはできない。

 

「難しいことは考えず、俺たちは1.2キロ走って、清隆が残りの7.2キロを走るのが1番速いだろうな」

 

「啓誠?」

 

「半分冗談だ。今回はトップを狙うわけじゃないからな。体力のある、橋本、石崎…あとは俺が2.4キロ、走るのが苦手な連中は1.2キロ、高円寺はやらかしそうだからアンカーで1.2キロを走ってもらうって方針でどうだ?」

 

高円寺がどんなにフルパワーで走ってもそれまでに他のグループとの間にどうしようもない差をつけておけば問題ないからな。

途中に配置して大きなリードを作られると他で露骨に調整することになり、やる気がないと教師から指摘されグループ全体にペナルティを受ける恐れもある。

考えすぎかもしれないが、念を入れておくに越したことはないだろう。

 

「ところでオレは?」

 

「清隆は状況を見て順位を操作するために高円寺の前で3.6キロ走ってくれ」

 

「理屈はわかるが――」

 

味噌汁の味見といい、この合宿中、啓誠に何か恨まれることでもしただろうか。

ただ、元々無茶をお願いしている手前、断るという選択肢はない。

面倒なことを除けば、理に適った策でもある。

 

「いや、そもそも言い出したのはオレだしな。それで異論はない」

 

「ああ。その代わり前半の坂道は任せてくれ」

 

啓誠が難所の坂道、オレが長距離を担当することを了承したことで他のメンバーからも反対意見はでなかった。

オレへの恨みではなく、意見を通すための策だったのか。

 

第一走者の弥彦を置いて、用意されたバンに乗り込み、各々の交代ポイントを目指し出発する。

弥彦の後はBクラスの3人、橋本、啓誠、アルベルト、石崎、オレ、高円寺の順番。

 

それにしてもBクラスの3人はうまく溶け込みすぎじゃないか。

この合宿中、殆どいるのかいないのかわからないぐらいの存在だった。

もちろん、毎日一緒に活動をしてきたし、昨晩の猥談もちゃっかり混ざっていたのだが……。

何というか、空気を読みその場に溶け込むことで空気になっている3人といった具合。

 

これは、もしかせずともオレの理想としていた平穏な生活の体現者たちなのではないか。

誰にも特に注目されず、かと言って孤立しているわけでもなく、面倒ごとに巻き込まれず、それなりに学校生活を楽しんでいる。

どこで差がついてしまったのか……。これまでトレースする対象を間違えてきたな。

 

9キロで折り返しであるため、最初のスタートから4.8キロ地点がオレの交代ポイントでもあるのだが、律儀に出走順で降ろされていく。

 

そのため、第4走者の橋本が降ろされた地点へ戻ってくることとなった。

 

「なんだか意外だったぜ」

 

バンから降りるなり話しかけてくる。

 

「何がだ?」

 

「綾小路クラスはてっきりお前が全て仕切ってんだと思ってたからさ。幸村の話とか聞くんだな」

 

「適材適所ってやつだ」

 

「うーん、そうか?俺には手の内を隠しているように思えるんだが」

 

「考えすぎだろ。そうやって悩ませる策かもしれないし、疑い始めるとキリがないぞ」

 

「ま、そうだよな。ワンマンクラスってわけじゃないことがわかっただけ成果とするか」

 

橋本の言ったように全クラスが揃っている状況で手の内を晒す行為を避けている面もあるが、今回オレが指揮する必要はない。

啓誠の成長という意味でも、この試験の攻略という意味でも。

 

他のグループを運ぶバンから続々と生徒が出てきたこともあり、話は打ち切られる。

 

15人グループにとってはこの地点は戦略的にパッとしない位置となるからか、運動が得意な生徒は配置されていないようだ。どのグループも基本的には坂道あたりかゴール付近に戦力を固めているのだろう。

 

スタート時間からしばらく経ち、このポイントではすでに4グループがバトンを渡し終えていた。

そして5グループ目、オレたちのグループの森山の姿が見えてくる。

 

「ボチボチ行きますかね」

 

橋本がバトンを受け取る準備に入ろうとしたところで呼び止める。

 

「悪い、方針変更だ。ここから上位を狙いたい。全力で走って、残りメンバーにも伝えていって欲しい」

 

「おいおいどういうことだよ」

 

「説明している時間はなさそうだ。よろしく頼む」

 

「はぁ~、俺っていつもこんな役どころばっかりで嫌になるぜ」

 

そう言って森山からバトンを受け取り走り出す橋本。こちらの要望通りかなりのスピードで走っていった。

 

「どういうことだ、綾小路?」

 

その様子をきょとんと眺めていた森山。

 

「状況が変わったんだ。オレたちは残り科目でなるべく点数を取りに行く。戻ったらすでに走り終えたメンバーにも伝えておいてくれ」

 

「よくわからんが、わかった」

 

さすが空気を読む男たちの1人。変に追求して来たり、反発しないのは楽でいいな。

 

既に先頭集団がこの地点を通過してから5分以上経過していたが、残りメンバーの走力を考えれば巻き返しも可能だろう。

 

「やっぱ手を抜くより全力出した方が気持ちいいなっ!後は頼むぜ、綾小路」

 

「ああ」

 

普段から全力を出すことを控えている身からすると同意しかねる発言をしながら、石崎がバトンを渡してくる。

橋本、啓誠、アルベルト、石崎の奮闘の結果、順位は5位から3位になっていた。

 

1位が通過してから3分経過している。

残りの走者のスピードにもよるが、3.6キロあれば2位にはなれそうだ。

 

それで座禅と筆記試験で出来た差は少し埋まる。後はスピーチをしっかりするだけ。

 

「おや、随分とお早いご到着だねえ」

 

「色々あってな。後は頼む」

 

2位の生徒を抜き去ったのち辿り着いた交代ポイントで、高円寺にバトンを渡す。

 

「なるほどねえ。どんな思惑にせよ、私は私の思うがままに走らせてもらうよ」

 

全速力ではなさそうだが、十分早い。

あのペースなら少なくとも2位はキープできるだろう。

 

「ダァー、せっかく高円寺と勝負できると思ったのによ」

 

須藤が去り行く高円寺の背中を悔しそうに見つめる。

アンカーの集まるこの地点には足の速い生徒が多く配置されているのでいるとは思ったが……。

 

「須藤は、平田と一緒のグループだったか」

 

「おう。お前たちのグループとも良い勝負できると思ったんだがな……ま、仕方ねえ」

 

石崎が全力で走った方が気持ちがいいと言っていたように、須藤も同じ気持ちではあったのだろう。

面白い変化を見れたが、一体どうやったのかの方が気になる。

 

結局、高円寺は2位でゴールした。概算では安全圏に入ったが、最終結果を確実なものにするためにはもう一声欲しいところ。

 

最後のスピーチも高得点を狙う方向でいくことにする。

幸いホワイトルームでは帝王学に始まり、心理学、コミュニケーション学など、スピーチに必要な知識は全て学習済みだ。やろうと思えば、人の心を動かすトークのひとつやふたつぐらい披露できる。

 

「綾小路清隆です。私がこの学校にきて学んだことは――。それらをセグメントし――。エビデンスは――。そう考えた場合のボトルネックは――。――であるからして、輪郭を定める前にロジックを覆して明暗を分かつマジョリティの中でシグナルを読み解いていくことが必要だと考えます」

 

よし、これでしっかりと結果を残すことができただろう。

他の生徒も順番にスピーチを済ませていく。

 

「清隆、流石だな。スピーチで点数を抑えるために、校長の話の様に長々と訳の分からない話を続ける発想は俺にはなかった」

 

「てか、高得点を狙っていく作戦に変更したんじゃなかったのかよ?普通にスピーチしちまったんだが……」

 

「……」

 

スピーチ終了後、啓誠と橋本からそんな評価を得る。

あれ、またオレなんかやっちゃいました?というやつか。

……あくまでスピーチの結果はダメ押し。気にする必要はないだろう。

 

「とにかくよ、これで試験も終わったんだし、退学にならないんなら細かいことはどうでもいいだろ」

 

石崎やアルベルト、Bクラスの面々も集まって、この8日間を労っていく。

短い期間ではあったが共に過ごした仲間として、各々少なからず絆の様なものを感じているのかもしれない。

 

「とはいっても結果発表までは何が起こるかわからないんだ。気を緩めすぎるなよ、石崎」

 

「幸村の小言もこれで最後と思うと少し淋しいぜ」

 

笑いながら啓誠と肩を組む石崎。

凸凹コンビではあったが、普段関わらないタイプ同士、いい経験になったのではないだろうか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

夕方5時。

結果発表の時間がやってきた。

体育館で大グループごとに分かれて待機する。

 

「南雲、結果楽しみにしてるぜ」

 

「ええ、最高のショータイムにしますよ、石倉先輩」

 

堀北先輩は黙ってステージを見ていた。

綾小路のやつは……いつものしけたツラだ。

 

結局、この2人が俺の想像を越えた策を見せることはなかった。

 

堀北先輩は馬鹿正直にグループの勝利のためにチームワークを高めようとしていたようだが、あのグループも殆どが俺の息のかかった人間の集まり、無駄も良いところ。

より劇的な演出にするためにも、あの大グループには1位になるように全力を出させ、他のグループは意図的に得点を抑えるようにしてある。

 

自分の駒である綾小路に対しても手出しは不要と言い切っていた通り、あの2人の密会は一度きり。その後、接触したという報告は上がってこなかった。

 

数少ない打開策の1つを自ら捨ててまで正々堂々と戦う姿はあの人らしいが、それで勝てると思っているのであればなめられたものだ。

 

その綾小路も独自に動いて俺が橘先輩を狙っていると嗅ぎつけたことはある程度評価をするが、結局どうにもできないなら同じこと。

石倉先輩を脅してくれるなら、それを逆手に取るだけ。アイツが橘先輩を救うことに躍起になれば、他のことに目がいかなくなる。

 

正直なところ、退学になるのは橘先輩であることにこだわりはない。

堀北学の大事にしているものをいともたやすく壊せるのだと示すことが、今後の勝負の盛り上がりに繋がってくる。

 

奇想天外、いや規格外の戦略――俺の手を読める人間なんて一人もいない。

 

少し騒がしかった体育館も、初老の男性職員――この合宿の責任者が、ステージに登壇したことで一気に静かになった。

 

その様子を確認し、紙を取り出し挨拶を始める。

 

「えー、まずは7泊8日お疲れ様でした。事故や体調を崩すことなく、全生徒がこの特別試験を乗り越えることができたことを嬉しく思います。ただ、残念なことに……」

 

そこで責任者が手に持った紙に目を落とす。

その紙には今回の試験結果が記載されているのか、少し表情が険しくなる。退学者が出たんだろ?勿体ぶらず、さっさと発表して欲しい。

 

でないと、笑いを堪えることができなくなる。結果を知った時、堀北先輩は、綾小路は、どんな顔をする?

 

「残念なことに、今年の合宿では――」

 

駄目だ、まだ笑うな……。しかし、退学者がいることが発表されたら、まずはソイツに宣言しよう。

 

『さよならだ、桐山』と。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

合宿の責任者が挨拶をはじめた。まもなくこの合宿の結果が全員へ伝えられる。

 

南雲の策、その真の狙いは『桐山の退学』と見ていいだろう。

 

今更、桐山を?という気もするが、意外と理に適っている。

 

2年BクラスはなんとかAクラスに対抗している状態。桐山がどれほど役に立っているかはともかく、退学になれば最低でもクラスポイントは100減り、救済すれば400も減ることになる。生徒会役員でBクラスのリーダーの退学は、反抗勢力への見せしめにも丁度良く、2年のクラス争いは実質決着がつくだろう。

 

そして、堀北学を慕う桐山の退学は、少なからず学へのダメージになり一石二鳥というわけだ。

橘と桐山、両方退学にできれば良し、橘を防がれても桐山が退学になる。逆に桐山を救えば、橘を退学にできる。どうしてなかなか面白い手を考えたものだ。

 

退学させる方法も簡単。

元々オレたちは橘を救済を目的として、石倉を追い込みつつ堀北学の大グループを勝たせるため、あえて試験で低い点数をとるように動いた。それは、南雲が忍ばせていたスパイからも南雲本人に伝わっているだろう。

 

それを利用して、3年含め全員で点数を抑える。さらに2年だけは退学のボーダーを下回るように、さらに低い点数をとる。

 

残りの手順は橘を退学にする方法と同じ。むしろ桐山は意図的に点を低くしたため、言い逃れもできない。

 

石倉はそのことを説明され、他の3年と共に安心して低い点数をとったはずだ。オレの行った脅しは無効となる。

 

南雲がどこからどこまでを想定していたかはわからないが、あの2人が同じ小グループになっていたことから事前に準備していた手のひとつだろう。

 

ということはわかっていたので、こちらもそれを利用させてもらい、橘を救うことに注力する姿を見せ、南雲の思考が桐山退学へ向かうようにした。

泳がせていたスパイはこちらの動きを南雲にしっかり伝えてくれ、何も知らない桐山もこれまで通りの動きをしていたはず。

それを確認した南雲は、その後オレの想定外の行動は取っていない。

 

オレの目的はあくまで橘を救うこと。わざわざリスクを冒してまでオレは桐山を救うつもりはない。

 

盤石な準備をしている南雲の気が少しでも橘から逸れるなら、桐山も本望だろう。

 

「残念なことに、今年の合宿では――」

 

責任者が重い口を開けて、話を再開する。

 

「例年と比べ、非常に平均点の低い結果となりました。そのことは皆さん反省し、今後の改善を期待する次第です」

 

今回は南雲を中心に点数を抑える動きがばかりだったからな。

そりゃそうだろう、としか言いようがない。今年が極端だったとしても、足の引っ張り合いが前提のこの試験で平均点を上げるために真っ向から勝負する人間などいるのだろうか。

……いや、いるかもしれない、1人だけ。

 

「では、まず男子の結果を発表していきますが、時間の関係で代表で大グループの3年の責任者を呼びます。1位は――」

 

1位の大グループの名前が呼ばれると体育館がざわめきに包まれる。

 

無理もない。1位のグループは、堀北学のグループでも南雲雅のグループでもなかったからだ。

 

南雲の表情が一瞬濁る。

続いて2位のグループが発表されるが、どちらのグループでもない。

3位にも、4位にも名前があがらない。

体育館に異様な空気が漂い始めた。どの生徒も自分たちの順位など気にしていないかのように、固唾を飲んで、未だ呼ばれない2つのグループを見守っている。

 

「えー、5位のグループは――」

 

二宮の名前なら堀北学の大グループ、石倉の名前なら南雲雅の大グループとなる。

 

「3年Bクラス、石倉くんのグループ。6位は3年Cクラス、二宮くんのグループです」

 

最下位争いは何とか南雲が5位を勝ちとり、堀北学との勝負に勝った、ということになるが当の本人たちを含め、何が起きたのかわからないといった雰囲気が漂う。

 

順位が順位だけに、この結果を南雲の勝利だと褒め称える者はいない。

 

もちろん、裏で様々な思惑が動いていたことを知る人間ばかりではない。単純に、あの堀北学が最下位という衝撃が大きいのだろう。

 

ドンっと沈黙を破る音がしたため、女子グループの方を見る。

なんだ、堀北妹がショックで倒れただけか。

 

ただそれで他の生徒も緊張の糸が切れたのか、各々の考えを近くの者同士で話し始める。体育館が騒がしくなる。

 

「最下位のグループですが、学校基準のボーダーラインを下回った小グループはないため、退学者はいません」

 

普通なら堀北学のグループメンバーから安堵の声の1つでも聞こえそうなものだが、平田も須藤も他のメンバーも気にしていない様子。むしろ、最下位とは思えないほど、晴々とした表情を浮かべている。

 

「では、女子グループの結果発表を行う」

 

まだ男子の結果の余韻が醒めぬまま、発表される女子グループの順位。

何かを悟った様子の南雲は、先程まで醸し出していたネタバラシを待ち遠しくしているような雰囲気は一切なくなり、ただ目を閉じて天を仰いでいる。

橘のグループは――5位。退学を無事回避できた。

 

少し遠くで泣きじゃくる橘の姿が見える。あれは、自分が助かったことの涙か、学の結果に対する涙か。

 

恐らく後者だろうが、そんなに悲観することはない。あれは堀北学自ら選んだ結果だ。

 

女子からも退学者が出なかった旨が伝えられ、結果発表は終了。

生徒たちは帰りの時間までの少しの間、自由時間となった。

 

呆然と立ち尽くす南雲を背にオレは体育館を後にする。

 

「綾小路、世話をかけたな。礼を言わせてくれ」

 

体育館を出たところで、追ってきた学に呼び止められた。

 

「オレはオレで勝手に動いただけだ」

 

「……恥を承知で言うが、俺は南雲の狙いが桐山だけだと考えていた。橘まで狙っていたとはな」

 

桐山は南雲に泳がされていると知らずに、学へと情報を渡し続けていた。

そこから南雲の狙いのひとつが桐山であることに気が付いたのだろう。

他のグループを巻き込まない取り決めも、同じグループの桐山ならセーフだと言い訳もできる。

 

「巻き込まないように極力女子グループとの接触を控えていたのを、逆に南雲に狙われた……アイツの悪意の方が一枚上手だっただけだ。それにアンタは桐山が狙われていることに気づいていたから忠告してくれたんだろ」

 

「それに関しては俺の意図を汲んでくれたようで何よりだ」

 

「回りくどい言い方だったが、あの場では誰が盗み聞きしているかわからないからな」

 

学がオレを呼び出した夜、学はらしくないことを言っていた。抑止力のためにオレを生徒会に入れ、これまで色々なことをあの手この手で無理矢理やらせてきた学が、素直に南雲との勝負に関わるなと言うはずがない。

あの場で誰かが聞いていたとしても南雲の策に気が付いていることを悟らせないための工夫をしつつ、学を勝たせようとすると南雲の策にハマることを伝えようとしていた。

 

どうやって桐山を救うのか様子を見ていたが、今日の駅伝で平田たちのグループが明らかに遅かったため、学が自ら最下位になることで桐山を救う策を取ろうとしていることがわかった。

奇しくも最下位を狙って両グループが争う形になっていたため、オレも策を変更し、駅伝とスピーチで順位を上げるように動いた結果がこの5位と6位の差になった。

どうやったかまではわからないが、自分の大グループを南雲の支配から切り離し、コントロールしたのだろう。

 

堀北兄は桐山を救うために動き、オレは橘を救うために動いて、それぞれが目的を達したのがこの試験の全て。

 

「せっかくの計画が台無しです。こうも思い通りにならないのは人生で初めてですよ、全く……」

 

南雲がゆっくりと力なくこちらへ歩いてくる。

 

「南雲、橘を狙ったことの謝罪でもしに来たのか?」

 

「まさか。起こったままのことが全てですよ。いえ、実際には何も起きなかったですけどね」

 

「南雲先輩。念願の勝利なんですからもっと喜んだらどうですか?二度とないかもしれませんよ」

 

「ふざけやがって……。だがな、綾小路。ネタは割れてるんだ。お前に協力したDクラスのヤツ等は契約違反で遠慮なく退学にさせてもらう」

 

「契約違反ですか?おかしいですね、そんなことをした覚えはないのですが」

 

オレたちの後を南雲が追って出て行ったのを確認したのだろう。南雲の後ろからひよりが現れる。

 

「白を切るつもりか?橘先輩の大グループの結果はお前たちDクラスの裏切りがなくちゃ説明できない」

 

「確かに私たちの小グループは高得点を取れるように試験に取り組みました。ですが、それは学生として正しいことです」

 

「だが、俺との契約違反には違いない」

 

「その前提が間違っているんです。私たちDクラスとあなたの契約は借金返済まで。すでに完済していますので従う通りはございません。疑うならご自身の携帯で振込履歴をご確認ください」

 

「携帯の使えない状況で何を……まさか、初日か?」

 

「ご推察の通りです」

 

この林間学校への到着は3年、2年、1年の順番でAクラスからだった。

つまり、2年が到着し携帯が回収されたあと、少しの間1年は携帯を触ることができた。

南雲が下車前にひよりたちへ命令を送った後、ひよりからオレに融資の相談が飛んできた。そこで、退学の危機と茶柱先生を説得し、貯めていた200万ポイントをひよりに譲渡し、南雲の知らないところで借金は完済された。

 

Dクラスの南雲派以外で結託し起こしたクーデター。

ひよりは「資金源については龍園くんにはご内密に」と言っていたことから龍園たちには南雲へ反抗する提案のみしていたのだろう。

 

オレからの補助があったと知れば、恐らく龍園は乗ってこなかったため妥当な判断だ。

あとは橘経由で渡したメモでいくつかの指示を送った。

 

「とんだ食わせ物だったわけか」

 

「学生として正しい形に戻しただけです」

 

借金のせいで上級生に支配される生活。

ひよりはリーダーになったときに一番最初にこの点を解消したいと考えていたのかもしれない。

 

「……猪狩先輩の説得も椎名がやったってことだよな」

 

「説得と言うほどのことでは、事実をお伝えさせていただきました」

 

猪狩というのは、橘の小グループの責任者。

本来であれば、ボーダーを割って退学になり、橘を道連れにする役割を持った学生。

南雲は石倉へのカバーはできても、自分が作ったルール、女子との交流時間の制限のせいで猪狩へ直接接触する時間は取れていない。

仮に石倉経由で大丈夫だと説明されても、自分と石倉が退学になった場合、救済されるのは実力的に石倉の方。何があっても大丈夫な位置にいる人間からの言葉を信用できるはずがない。

半信半疑の状態で、ひよりから全員で得点を落そうとしている男子の状況を聞けば、リスクを冒してまで低得点を取る勇気はなかっただろう。

 

「完璧な策だと思ったんですがね、勝負を焦り過ぎましたよ」

 

「こんな形になって残念だ。お前にも最低限の矜持はあると思っていた」

眉一つ動かさず、学は南雲に告げる。取り決めたルールの中で最後まで戦っていただけに、いともたやすく放棄した南雲に少なからず落胆したのかもしれない。

 

「俺はね、堀北先輩。あなたに勝つためであれば、信頼も、権力も、矜持も何もかも投げ捨てられる。堀北学を倒すことが俺の唯一の目標なんっスから」

 

「その機会はもう訪れない。俺は無法者との勝負に価値を見出すことはないからな」

 

これ以上話すことはないと体育館のクラスメイトの元へ戻っていく堀北学。ついでに南雲も連れて行って欲しかったが、とてもそんなことを言い出せる雰囲気ではなかった。

 

「正々堂々と戦っていれば、この試験南雲先輩が負けることはなかったんじゃないですか?」

 

「どうだかな。高得点を取るように指示していた大グループが最下位になってんだ。結局、堀北先輩には勝てなかったんじゃないか」

 

「珍しく弱気ですね」

 

「馬鹿なことを言うな。むしろこの程度で倒せるような相手じゃないことを再認識できて嬉しいぐらいだぜ」

 

「でも、もう勝負を受けてもらえないんじゃないですか?」

 

「それは今までと何も変わらないだろ。残り期間で何としても勝負の舞台に上がってもらうだけだ。それも含めて今後の楽しみさ」

 

言うだけ言って南雲もこの場から去っていく。

……9割が嘘で1割の真実だったか。

一体どれが南雲にとっての真実なのか、いつもよりも小さく見えるその背中を見ながらそんなことを考える。

 

「あの方、大丈夫でしょうか?」

 

「さあ、打たれ強さだけは保証できるが……。ともかく、今回はひよりのおかげで助かった」

 

「いえ、こちらこそ。借りたポイントはいずれお返しさせていただきますので」

 

「返済はいつでも大丈夫だ」

 

まさか自分がポイントを貸す側になるとは。

とはいえ、ポイントを貸すことに特別な感情は生まれないな……。

 

こうして8日間の特別試験、混合合宿は生徒会メンバーが軒並み下位になるという結果で幕を閉じることとなった。

 

 

 

 

 

「それにしてもこの結果だと……」

 

「どうされたんですか?」

 

「いや、なんでもない」

 

元々堀北学のグループが一位になる計算でいたため、ひとつだけ問題が発生する。

 

「……ポチ」

 

下位争いをしている間に、Aクラスが上位の成績を収めたため、モフモフタイムのお預けが決定した。

 




もう一人のらしくない行動をした人物が誰なのか……そのうち出てくる予定です。
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