「綾小路くーん!焼肉行きますよー!!」
林間学校から帰ってきた翌日の放課後。
勢いよくドアが開いたかと思えば、生徒会室になじみのある声が響く。
「今日は金曜日ですので、制服にニオイがついても……って、どういう状況ですかこれ?」
「あ、橘先輩。お疲れ様です」
橘の来訪に喜び駆け寄る一之瀬。
「それで一之瀬さん、これは……」
「あー……今日集まってからずっとこの調子なんですよね」
橘の言っている『これ』とは、生徒会長席で机に伏してブツブツ呟きながら負のオーラを放っている南雲のことか。
「これじゃ倒せない、あぁこっちでもダメ、俺はダメ人間、所詮ちょっと本気出せば学年1の学力で運動能力も随一、対人スキルも人望も権力もあって顔が良いだけの人間……それだけじゃ堀北先輩を倒せない……」
そんな南雲の様子に殿河、溝脇たち他の生徒会役員も声を掛けかねている状態。
昨日の結果発表後は『これからが楽しみだ』みたいなことを言っていたが、帰宅してあれこれ考えているうちにいつもとは違う方向におかしくなったようだ。
大きな壁を乗り越えるのに近くから見上げているだけではその大きさを正確に把握することはできない。離れてみて初めて本当の大きさに気づくことができる。
「桐山君の方は一体何を?」
ああ、桐山の方も気になっていたのか。確かに自分を陥れようとした南雲よりも先にそっちの心配をするのが普通だよな。
「俺は堀北先輩の足を引っ張ってしまった。本来なら自主退学すべきだろうが、それでは身を挺してまで守ってもらった先輩への不義理となってしまう。それならせめて反省文をひたすら綴って提出するのみ」
橘の来訪にも気づかない集中力で、こちらも独り言を言いながら、ペンを走らせている。
原稿用紙はすでに山のようになっているが……あれを提出される身にもなった方が良いんじゃないか。学なら律儀に全部読みそうだしな。
「……でも一番気になるのは綾小路くんですっ!なんで猫のぬいぐるみ撫でながら虚空を見つめているんですか!?」
「……」
なんでと言われてもな……。
合宿で橘先輩を助けたら、巡り巡ってポチに会えなくなったので、代わりに南雲のぬいぐるみをパクって愛でています、とは本人には言えない。
あぁ、今頃茶柱先生はポチと楽しく過ごしているのか……。
いっそのこと茶柱先生の家を特定して、散歩のコースと時間を割り出し、偶然を装い会いに行くか。
……完全にストーカーだな。退学どころか、社会的に抹殺されてしまう。
しかし、退学後はホワイトルームから出ることがないなら、社会にどう思われようが関係ないかもしれない。引きこもるには最適なホワイトルーム、か。
「な、なんだか、綾小路くんが良からぬことを考えてそうな顔をしてますっ」
「綾小路くーん、戻ってきてー」
2人の声に意識をこちらへと戻す。
合宿中に写真や動画を観たことで期待値が上がっていたからな。
手に入る予定のものを目の前で取りこぼすのは少なからずがっかりするもの。
「南雲君も南雲君です。それがこの学校を代表とする生徒会長の姿ですか!堀北君はいついかなる時もシャンとしてましたよ」
「なんというか、イップスってヤツっすよ。ビジョンが見えてこないんっす。今の俺は何にもできないただの生徒Nっす」
「南雲先輩。イップスはできることができなくなった人が使う言葉ですよ?南雲先輩は最初から何にもできてない人間なんですから、イップスになるわけないじゃないですか」
素敵な笑顔でトドメを刺しに行く一之瀬。
試験裏の全貌は知らないはずだから、本当に容赦がない。
「そうか!俺はイップスじゃないのか。なら大丈夫だ。俺はやれる、やれるぜ!!こうしちゃいられねえ、次の策の準備だ!!帆波、励ましてくれてありがとな」
「えー……」
刺したはずが、なぜか元気よく飛び出していく。
さっきまでの落ち込みようが嘘のように立ち直った南雲。溝脇たちも嬉しそうにあとを追って生徒会室を出ていった。
「刺して飛び出るなんて黒ひげ危機一髪を彷彿とさせますね」
「なんですかそれ?」
「え、綾小路くん知らないんですか?今度持ってきますのでみんなで遊びましょう」
「そうですね。久々に橘先輩の悔しがる顔を見るのも悪くありません」
「あー、またそうやってー。吐いた唾は呑みこめませんからね!」
無邪気に笑う橘。ポチについては残念で仕方がないが、モフる機会はいくらでもある。
退学になったら二度と会えないからな。
南雲じゃないがそろそろオレも切り替えるか。
こうして密かに訪れようとしていた生徒会崩壊の危機は無事去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ということがあって、南雲は橘先輩と桐山を狙ってた、ってことだ」
「えっ!?……私、もうジムへ入会届出しちゃったよ?」
「何の話をしているんだ一之瀬?」
あの後、橘と焼肉に行く事になり、せっかくだからと一之瀬も同行することになった。
学も来るらしいが野暮用で少し遅れるらしい。
……となると、オレはひとつ約束を果たすため、ある人物にメールを送っておく。
「こっちの話だから気にしないで。つまり、夕食の時のあれは、ハーレムを楽しんでいたわけじゃないんだね」
「ああ。あくまで情報収集だ」
胸を撫で下ろすようにふぅと息を吐く一之瀬。
「だったら私を頼ってくれても良かったのに」
「恐らく一之瀬も南雲側にマークされていたからな、下手に接触すれば向こうも何かしら手を変えてきたかもしれない」
「なるほどー」
いま語ったことも事実ではあるが、合宿中に接触を避けていたのは別の理由が大きい。
これまでの経験を通して一之瀬は出会った当初と比べ、良くも悪くも変わってきた。
ただし、今の状況はまだ羽化したばかりの蝶のようなもの。直ぐには飛び立てない。
自分自身でゆっくりと羽を広げていく段階。飛び立つのが遅いからと下手に手を出すと羽を傷つけてしまうかもしれない。そうなっては一生飛び立つことはできなくなる。
オレは、一之瀬がどこまで飛んでいけるのか、それを見てみたい。
「それで、綾小路くんに助けてもらうお礼に焼肉を奢るって話になったんです」
「せ、先輩も綾小路くんに貢ぐんですか!?」
「一之瀬さんもウカウカしてられませんよ?」
「にゃわわっ!?」
「冗談です」
肉を焼きながらたわいのない話をしていく。
合宿中は質素な食生活だったこともあってか、今日の肉は一段と美味しく感じた。
「遅れてすまなかった」
「あ、堀北君!」
「お疲れ様です、堀北先輩」
しばらくしたところで学が合流する。
「あんたも相変わらず忙しいんだな」
「いや、今日は特別でな。桐山が山のような反省文を持ってきて、読み終えるのに時間がかかった」
アレ本当に持って行ったのか……。
「そこまでは良かったが、何か罰して欲しいと言って聞かなくてな……。この反省文の山を1枚に要約する課題を与えて抜けてきた」
骨が折れそうな課題だが、桐山の成長を考えるとあの一連の動きの反省点を見つめなおし、さらに簡潔にまとめることは今後の糧になりそうだ。
「ところで綾小路。なぜ猫のぬいぐるみを脇に置いているんだ?」
「マイブームってやつだ」
「そうか……。では、向こうの席で息を潜めている愚妹がいるのもお前のマイブームなのか?」
ぬいぐるみと同列にされる堀北妹。
「悪いがオレの中でブームが来ることはないと断言できる。……ちょっとした約束で、次に焼肉に行くときは声を掛けることになっていた。せっかくなら一緒にどうだ?最近はアイツも変わってきて自ら友だちを作ろうとしたり、その結果オレを窮地に追いやったりするようになってきたぞ」
「フッ、それは面白い話だ。いいだろう。橘も一之瀬もそれで構わないか?」
「ええ」
「もちろんです」
「ということで、堀北、こっちに来たらどうだ?」
オレたちと反対の列の2つ後ろでひっそり一人焼肉をしながらこちらの状況を観察していた堀北妹に声を掛ける。
「え、ええっと、兄さんと生徒会の皆さん、ご、ご、ごきげんよう。今日もいい天気ですね。兄さんから後光が射しているからでしょうか」
同席の誘いに動揺したのか、訳の分からないことを口走る堀北妹。
なんだ、ごきげんようって。
「堀北さん、遠慮せずおいでよ。兄妹の話とか聞いてみたかったんだ」
「え、ええ。お言葉に甘えてお邪魔させていただこうかしら」
兄妹の仲について深く知らない一之瀬が席をこちらにぎゅっと詰め、当然の如く招き入れる。堀北妹、一之瀬、オレの並びにテーブルを挟んで学、橘が並ぶ形となる。
「……」
「……」
「とりあえず猫のスペースがなくなった、そっちに置いてくれ」
「ああ」
変な沈黙ができたのでぬいぐるみを学に渡す。
アイスブレイクみたいなものだ。
「やめなさい、綾小路くん!兄さんに変なものを……っ!似合ってます、兄さん。可愛さとクールさの奇跡のブレンドとでも表現すればいいのか。あぁ、河川敷で雨に打たれて弱っている捨て猫を優しく抱きかかえる兄さんの姿が見えるわ」
うん、ブレイク出来たな……。
「綾小路、鈴音が成長しているという話は嘘だったのか?」
「……これは成長とはまた別問題だろ。ブラコンの方はもうどうしようもないんじゃないか?」
「逆にこの鈴音のままで成長する道があったことに驚きはある。俺はてっきり……」
「てっきり?」
「いや、せっかくの焼肉だ。網を交換してタンから焼いていかないか?」
「それもそうだな」
本人を前にして深く話すつもりはないのだろう。
オレとしてもこの兄弟の仲に深入りするつもりはない。触らぬブラコンに祟りなしだ。
「それはそうとせっかくの機会だから伝えておきたいことがある」
「なんだ、藪から棒に」
「今回の件で思ったんだが、生徒会長としてのあんたの意志を継ぐのはオレには難しそうだ」
じっとこちらを見つめる学。
「やっと自分だけの目標でも見つけたか?」
「……何というか、あんたの真似はオレにはできない、そう思っただけだ」
人を信じ、人に信じられ、その信頼を元に戦略を組み立てていく。
自分の駒や支配下にある相手を『使う』のではなく『共に戦う』姿勢。建前ではなく、それを自身の命運がかかった場でも行うことができるのだから大したもの。
「そう断ずるのはいささか早すぎる気もするが……。だが、本題はそれじゃないんだろ」
「ああ。オレには無理でも、出来そうなヤツはいる。本人たちに自覚がなさそうだからな、この機会に少しレクチャーしてやったらどうだ?」
そう言ってオレは隣に座る二人へ視線を移す。
「ん?」「何?」
「一之瀬はともかく鈴音まで参加させたのはそういうことか」
「確かに二人には堀北君に通ずるものがありますね」
「「えっ!?」」
同じ疑問の声ではあったが、困惑する一之瀬と頬を赤く染める堀北妹とで反応は異なる。
「綾小路くん、私じゃ身に余るというか、堀北先輩には遠く及ばないというか……とにかく違うと思うよ」
「そんなことはない。例えばだが、この前の特別試験、一之瀬はどう戦った?」
歴代最高峰の生徒会長と比較されて恐縮する一之瀬。
だが、力が及ばないことは関係ない。
重要なのは根底にある性質。
この学校で生き抜くために参考にするべきは、まかり間違っても南雲ではないし、もちろんオレでもない。
「うーん、特別なことは何もしてないよ?みんなと仲良くなるところから始めて、支え合って、試験を乗り切る!みたいな感じで……」
「あの個性的な面々と仲良くなれただけですごいと思うぞ」
オレが女子で、一之瀬の代わりにあのグループメンバーになっていたとしたら、苦戦した可能性が高い。
現実逃避でひよりと一日中読書トークに花を咲かせていたかもな。
「でも5位だったし……」
「2年のメンバーが成績を落しに来ていたことを踏まえると、あの大グループが5位になれたのは1年女子の頑張りに寄るところが大きい」
「一之瀬さん、ありがとうございました」
学が事実を明確にし、橘も頭を下げる。
グループ構成にひよりの策の影響があったとしても、総合戦力で見た時に試験を楽観視できるメンバーではなかった。
「あまり謙遜しすぎるのもあれだぞ、すぐ隣にたった一人とも仲良くなれなかった人間がいるんだ」
「悪かったわね」
「うーん、返事に困る例だよ、綾小路くん」
コロコロ表情の変わる堀北妹だが、いつも以上に棘がないのは兄貴の前だからだろう。
普段の仕返しをするのであればこの状況は好機……なのだが、あとが怖いのでこれ以上は止めておくか。
「話は逸れたが、堀北も似たような考えだったはずだ。そしてその方向性はあんたも同じだったんだろ」
「そうだな」
堀北学の戦略は、正攻法を極めたような戦い方。ルールの中で勝つ方法を模索し、実行する。
それだけなら一之瀬にも、堀北にもできるだろう。
だが、実際問題としてこのままの2人では、お世辞にも坂柳や龍園に通用するとは思えない。
今の2人と学の違いを理解することができれば、もっと成長できるはず。
「なんとなくだが、2人とも正攻法より奇策や邪道な策が必要だと感じているんじゃないか?」
「それは……そう、だね」
一之瀬が南雲に当たりが強くなった理由を分析していたが、一之瀬はこれまでにない自分を作ろうとしていた――つまり他者を傷つけたり、非情になったりすることに慣れるため、暴言を浴びせる大義名分があり、傷つけてしまっても気にならないような相手=南雲をサンドバックにして練習しているのではないか、というのがオレの出した結論。
勝つために変わろうとするのは大事だが、向き不向きはある。
「あなたを見ていればそう感じても仕方がないと思うのだけれど」
堀北妹に関してはその点が問題となる。
アニキに憧れている割に、本質に気づかず中途半端な真似にしかなっていないのは何とも皮肉な話。
「気持ちはわからないでもないが、この学校での戦いに『正攻法でも勝てる』と歴代最高の生徒会長が証明してくれている。ならまずはそっちに目を向けてもいいんじゃないか?」
「もとより私は兄さんしか見てないわよ?」
……近づきすぎると正確に物事を測れなくなるのはコイツにも当てはまるな。
「鈴音、一つだけはっきりさせておく。たとえお前がAクラスになろうと、今のままであれば俺はお前を認めることはない」
「えっ……」
「俺が求めているのは結果ではない、ということだ。その点を理解することができれば、本来お前に何かをレクチャーする、なんてことは必要ない」
ショックで箸を落す堀北妹。
容赦ない物言いだが、それこそ出会った当初の学ならそんなことすら妹に伝えることはなかっただろう。
「そ、そんな……私は、何のために、これまで……」
Aクラスになれば兄に認めてもらえるはずだと、これまでどんなことがあっても折れずに走り続けてきた。
その心の柱を他でもない学に折られてしまう。それが今後どんな影響を与えるのか……少し興味が出てくる。
「本来、特別試験でも日常生活でもルールの裏をかく必要はない。学校は、社会に出た時に平気で人を陥れる連中を育てたいわけではないからな。だが、実際にはルールに裏道を用意している。それはなぜだかわかるか?」
妹のことは放っておいて、学は一之瀬へと質問を投げかける。
先ほどの兄妹のやりとりで固まっていた一之瀬だったが、この問答が自分の成長に繋がると判断したのか、表情が真剣になる。
「……表向きのルールだけだと、優秀な人材の多いAクラスが有利になってしまって平等じゃないから、と考えます」
「それも一つの解答だろう。やり方次第で誰もが勝てる可能性を残し、それを見つけることができる人間を育てている面もある」
入学後の成長を抜きにすれば、単純な総合力での戦いで下位クラスに勝ち目はないだろう。
「だが、それだけではない。社会では様々な人間がいる。自分がルールを守っているからといって、相手がそうとは限らない。自分さえよければいいと身勝手なことをする人間。悪意を持って相手を騙したり、陥れたりする人間。例を挙げればキリがない」
「それは……そうですね」
一瞬、万引きのことが頭を過ぎったのかもしれない、一之瀬が言い淀む。
「もし、全て正しいルールの中で正しく生きることだけを学び、正々堂々戦うことを絶対とする学校で3年間過ごしたらどうなるか」
「……悪意に弱い人間になりそうですね」
「おそらくな」
「つまり堀北先輩は、この学校は、あえてルールに隙を作り、それを突いてくる人間も集めることで、社会に出た時に悪意に対抗できる人材を育てようとしていると考えているんですか?」
「そういうことだ。でなければ、色々と矛盾が出てくる。俺が学校の伝統を守りたいと考えたのもその点が大きい。勧善懲悪を良しとするわけではないが、正しいことを正しく取り組む人間が評価される社会の方が性に合う」
矛盾と言うのは、当然のように不良生徒が入学できていたり、ある程度まで犯罪行為を見逃すことがあったりとそのあたりだろう。
別にこの学校は更生施設ではない。そんな目的があるなら、もっと指導方針を変えるべきだ。
「南雲が本当に実力主義の学校に変えてしまったら、それは叶わなくなるだろうな。人を陥れることに長けた人間がAクラスに上がれそうだ」
これまで学が学校の伝統にこだわる理由はわからなかったが、そういうことなら理解はできる。
「学校の方針は理解できました。……そうすると、正攻法で勝つためには、その悪意に対してどれだけ敏感になれるか、ということですか?」
「ああ。悪意を持った人間ならどうやって自分たちを攻撃し、陥れるかを考え、対策をしていくことが第一歩となる」
正直者が馬鹿を見るとはよく言ったもので、結局のところ社会では正しさだけで勝ち残っていくことは不可能に近い。
悪辣外道に対して、自分は正しいことをしているのに、ルール(法)を守らない方が悪いと文句を言うだけでは食い物にされるだけ。
正確に言えばもっと厄介なのはそのルールを盾に上手く立ち回るヤツや、権力を持ってルールを自分で作って私腹を肥やすタイプ(まるで南雲だな)だが……まさにそんな環境の高校生版をこの学校は作り出しているのかもしれない。
その環境で、それでも正しさを貫くためにはどうすればよいのかを学ばせたい意図がある、と学は考えている。
あくまで学の考えであるため、正解かどうかはそれこそ坂柳理事長に問い詰めなくてはわからないが、そう考えて日々過ごす人間と漫然と過ごす人間とでは得られる経験に大きな差が出る。
「さて、では少し具体的にアドバイスをしていくと――」
学の話に一之瀬は目を輝かせながら聞き入る。堀北妹も先程のショックから立ち直れてはいないようだが、敬愛する兄の言葉だ、耳には入っているだろう。橘もうんうんと相槌を打っている。
これでいい。
このために2人をこの場に連れてきて、この話題を学に投げた。堀北妹との約束、学の意思の引き継ぎ、2人の成長などはあくまでもこの策のための過程、副産物に過ぎない。
これでオレの本当の目的を達することができる。
「あー、綾小路くん。それは私が育ててたお肉ですっ!」
「橘先輩、焼肉は勝負の場ですよ。油断した橘先輩が悪いと思います」
「ぐぬぬぬー」
そうして橘の近くあった食べ頃のカルビを取り、タレをつけて一口で頂く。
肉汁とタレの甘辛さが口に広がった。
「一之瀬、せっかくの機会だ。何か質問した方がいいんじゃないか?」
「そうだね、うーんと……」
一之瀬を促し、オレは学の近くで美味しそうに火の通ったハラミに箸を伸ばす。
「待て綾小路、その肉は俺が――」
「堀北先輩はクラスリーダーとしての重責とかその他ストレスをどうやって発散してたんですか?」
「ん、そうだな。俺の場合は――」
質問を受けた学が回答している間にハラミを頂く。
後輩に未来を託している最中では、さすがの学も肉は食べられない。
今のうちにたくさん焼いて、好きに頂いてしまおう。
以前3人で行った初の焼肉では、学たちにいいようにやられたからな。
今回は確実に勝てる策を用意させてもらった。
学校が用意した試験ならまだしも、学生同士の個人的な勝負なんてこんなもので十分なんじゃないか。