ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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誓いの言葉

満足いくまで焼肉を堪能させてもらい、解散する頃には21時を回ろうとしていた。

 

張り合ってくる橘に対抗したため、少し食べ過ぎた気もするが、これもきっと良い思い出となるだろう。

 

「また後で連絡するね、おやすみ、綾小路くん」

 

「ああ。おやすみ」

 

寮まで一之瀬、堀北と一緒に戻ってきて、エレベーターがオレの階に到着したところで別れた。学の言葉が余程ショックだったのか、堀北妹は帰りの道中も静かなままだった。

このまま、Aクラス昇進を諦めてくれれば、オレも楽なのだが……。

 

重くなった腹部を摩りながら自宅に入るため鍵を開けようとしたが――すぐに鍵がかかっていないことに気がつく。

と、同時に胃がギュッと締まり、背中あたりから嫌な汗が出てくる。

 

今朝、うっかり鍵をかけ忘れて通学したんだな、きっとそうだよな。と自分に言い聞かせようとするが、記憶力が良いのも考えもので、バッチリ鍵をかけて学校に向かった記憶がある。

 

ドアノブを回そうとするが意に反して一向に手は動かない。

 

そうだ、今晩は平田の部屋にでも泊めてもらおう。

そんな考えが頭をよぎった時だった。

 

ドアノブがひとりでに回り始め、キィィィと音を立てながらドアがゆっくりと開いていく。

 

「綾小路くん、遅かったね!生徒会の仕事?ご飯作ってあるよ。一緒に食べよー」

 

何も知らない櫛田が笑顔で出迎えてくれる。

まさか合宿明け早々にやってくるとは……。

いや、堀北妹のことでストレスを溜めていたからな、いち早く発散したかったのかもしれない。

 

面倒なことになるのは目に見えているため、正直に『焼肉に行ってきた』とは口が裂けても言えないな。

 

合宿の疲れが出て食欲がないとそれっぽいことを言ってお引き取り願おう。

 

「いつまでも廊下に立ってないで入りなよ。……ん?なんか綾小路くん、香ばしいというか、煙臭いというか、この臭いって……」

 

一瞬で核心に迫る櫛田。

クソ、なんで焼肉はこんなに臭うんだ。

 

「……生徒会で落ち葉を野焼きしていたんだ。その時、相当煙っていたからな」

 

「あ、そうなの?生徒会ってそんなことまでするんだね」

 

かなり適当なことを言ってしまったが、意外とどうにかなるか?

 

「ああ。大変な目に合った。気になるようならシャワーを浴びるから、今日のところは――」

 

「ううん、大丈夫。あとで制服も洗濯してあげようか?」

 

「それには及ばない。だが、ちょっと煙を吸いすぎたからか、体調が優れなくてな。もう休もうかと思うんだが……」

 

「それは大変だね。介抱してあげるよ。さ、上着を脱いで、ベットに横になって」

 

何とかご帰宅頂けないか誘導してみるが、やけに食い下がってくる櫛田。

 

部屋の中に入るとテーブルには料理が置かれていた。

献立は何の因果かまさかの焼肉定食。

合宿中恋しく感じた櫛田の味噌汁まで置いてある。

 

だが、櫛田には申し訳ないが、今日は焼肉を堪能しすぎて、これ以上何かを口にするのはリスクが高い。

 

ひとまず上着を脱いでハンガーにかけ、ベットに座ったところで櫛田が横に腰掛けてくる。パーソナルスペースを無視した至近距離。こんな状況でなければドキッとしていたかもしれない。

 

「で、本当は何してたわけ?」

 

「……本当って何のことだ?」

 

「これでも人の考えてることは結構わかるんだよね。普段考えが読みにくい綾小路くんでも、今嘘ついてることぐらいはわかるんだけど?」

 

逃げられない距離と圧で迫ってくる櫛田。これ以上の嘘は藪蛇か……。

 

「……すまない。実は生徒会で焼肉に行ってきたんだ」

 

「そういうこと。つまんない嘘つかないでよ、それぐらいで私が怒るとでも思った?」

 

「いや、その、料理を作って待っててくれたわけだしな」

 

「別にいいわよ。私が勝手にやってるんだし、料理も明日温めなおせばいいんだし、付き合いが大事ってのは私もわかるし」

 

怒り狂った櫛田が料理ごとテーブルをひっくり返し暴れ回る姿を想像していたのだが、そんなことはないらしい。

いまいち、そのあたりの心の機微がわからない。

 

「それで焼肉はどうだったの?」

 

「ああ。肉も旨かったが、堀北がアニキからの言葉にダメージを受けていたぞ。しばらくは落ち込んだままかもしれないな」

 

せめてものお詫びに櫛田の好物の堀北ざまあエピソードをプレゼントしておく。

これで少しでもご機嫌になってくれれば――

 

「ハぁ?堀北も一緒だったわけ?」

 

「ああ。堀北兄妹と橘と一之瀬がメンバーだな」

 

「そっか、そっか、私なんかよりもアイツと一緒に居たかったんだ。へえー」

 

立ち上がり、握った拳がわなわなと震える櫛田。

 

「あの、櫛田、さん?」

 

「もう知らない。この裏切り者っ!」

 

テーブルをひっくり返すことはなかったが、傍にあったノートをオレに投げつけてくる。

勢いよく飛んでくるノートを避けたり、キャッチすることは容易だが、顔面で受け止める。

流石にそのぐらいの空気は読めるようになった。角の当たった額が少し痛い。

 

その間に櫛田は部屋を出て行った。

 

堀北退学の邪魔をしたわけでも、在学のために協力したわけでもないのだが、何が櫛田の怒りを買ってしまったのだろうか……。

 

こんな形にはなってしまったが、櫛田に帰ってもらうことには成功した。

もしこれでこの関係が解消されるならそれはそれで手間が省ける。

万が一、櫛田が暴走しこちらの邪魔になるようならそれ相応の対応をすればいいだけ。

 

ふぅと息を吐き、床に落ちたノートを拾い上げる。

 

「これは……」

 

昨年末、櫛田が抱負を綴っていたノートだった。

堀北退学計画の大胆な犯行が記された動かぬ証拠の一冊。

 

その後も堀北退学のアイディアノートにしていたようで、幾つもの策が書き記されている。

 

待っている間の時間潰しにしていたのか、今日はこれを使って作戦会議をする予定だったのか。

 

興味本位でパラパラとめくってみる。

策自体は実現性の低い突拍子もないものから、意外と面白くなりそうなものまであり、読み物としてなら楽しめる。

 

この『堀北の前の座席のみーちゃんを買収して、テストを回収する際に堀北の答案用紙の名前を消してもらう。報酬は平田くん』なんかは、みーちゃんに相応のスキルがあればシンプルでいいな。

最悪バレたとしても、知らぬ存ぜぬを貫き通せば、罰を受けるのはみーちゃんだけだろう。

 

逆に『たくさん食べさせて動けなくなったところを縛り上げて退学を強要する』は証拠が残りすぎるし、満腹状態ぐらいのハンデでは櫛田が堀北を倒せるとは思えない。

 

そうやってページを遡っていくと、あることに気がつく。

 

「これ、あの抱負の続きか?」

 

あの時は、堀北を海に投げ込むというキリの良さから、そこがラストかと思ったのだが、どうやら8ページ目と9ページ目まであったようだ。

 

その抱負に目を通したオレは、考えを改め、櫛田の後を追うことにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

部屋を出たものの、すでに数分経過していたため、当然櫛田の姿はない。

行き先の候補は、自室か、フェンスか、友人宅ぐらいか。

 

友人宅に逃げ込まれるとお手上げだが、ストレスマックス状態であるため誰かと接触する可能性は低い。

 

まずは距離の近い櫛田の部屋から訪れて、そこにいなければいつものフェンス周辺を探してみるか。

 

急ぎエレベーターに乗り込み移動し、櫛田の部屋のチャイムを鳴らす。

 

反応はない。

 

そっと聞き耳を立ててみるが、人がいる気配もないため、どうやら帰宅したわけではなさそうだ。

 

となると、罵詈雑言を喚きながらフェンスを蹴り飛ばしているのか。

時間が時間だけにこの場に長居して誰かに見つかるのは好ましくない。

フェンスのある海岸沿いの公園へ急ぐことにする。

 

 

 

8ページ目

『それでも退学にならないなら、堀北のことなんて記憶から消し去る努力を頑張る』

 

 

 

「櫛田……どこだ」

 

事あるごとに蹴飛ばされて、塗装が剥げているフェンスを目指し走る。

 

 

 

9ページ目

『そうして綾小路くんと一緒に楽しく毎日を過ごす』

 

 

 

いつものフェンス近くに辿り着き、周囲を見渡す。

 

ところが、いくら探してみてもこの周辺に櫛田の姿はなかった。

読みが外れたか……。

こうなってくると櫛田を見つけ出すことは困難となる。

だが、今後のことを考えれば、今日会って話さなくてはいけないだろう。

 

他の行き先か……。ふとノートに記載されたアイディア集を思い出す。

まさか溢れる怒りが収まらず堀北のところに退学を仕掛けに向かったのか。

普段の堀北なら戦闘で負けることはないだろうが、今は弱ってるからな。万が一のことも考えられる。

そして今の堀北なら退学を迫られれば、頷くかもしれない。

それではオレの計画に支障が出る。アイツが退学になるとしてもそれは今ではない。

 

そう仮定すると、一刻の猶予もないだろう。

残念だが手段を選んでいる余裕はなさそうだ。

 

フェンスに寄りかかり、不本意ではあるが、携帯を取り出しチャットに依頼を打ち込む。

 

送る相手は――南雲だ。

 

『位置情報が知りたい学生がいる、許可を貰いたい』

 

生徒会に入った頃に橘に使われた位置情報サービス。

生徒会役員にのみ許された権限だが、使用には生徒会長か副会長の許可がいる。

ただし副会長はオレなので、オレが利用する場合許可を取る相手は南雲しかいないという悲劇。

 

『プライバシーの問題がある、簡単には許可できないな』

 

すぐに返信が来たが案の定二つ返事とはいかない。

 

『人命が掛かっているんだ。もちろんタダとは言わない。許可してくれたら堀北学を倒せる、実績アリの策を教える』

 

『それなら話は別だ、許可する。まぁ策とやらは興味ないが一応聞いておいてやるよ。俺の策と比べてレベルの低さを笑うのも一興だしな』

 

『人命救助が完了したら送っておく』

 

そうしてチャットを閉じ、アプリを起動して櫛田の位置情報を調べる。

これで学生寮あたりにマークが出たら、全速力で引き返す必要が出てくるわけだが……。

 

地図上に櫛田の現在地を示すマークが表示された。

 

「……ん?」

 

見間違いでなければ、オレのすぐ後ろの茂みにいることになる。

 

「櫛田、そこにいるのか?」

 

サッと振り向き、暗い茂みの木陰に向けて声を掛ける。

予想外の声掛けに驚いたのだろう、ザッと地面を踏む音が聞こえた。

 

「……なんでわかったの?」

 

「企業秘密だ」

 

それで観念したのか、素直に木の裏から櫛田が出てきた。

 

いつかとは立ち位置が逆だなと櫛田の裏の顔を見てしまった時を思い出す。

 

「……なんで追いかけてきたの?」

 

「ちょっと早いがプレゼントを渡そうと思ってな」

 

「プレゼント?」

 

「ああ。もうすぐ誕生日だろ。櫛田が1番喜ぶものを贈るつもりだ」

 

そうして持ってきたノートを手渡す。

 

「これが何?」

 

「最後のページを開いてくれないか?」

 

怪訝そうな顔をした櫛田がページをめくる。

 

「…………これ、ほんと?」

 

「ああ。ホントだ」

 

櫛田は目を丸くして、そこに書いてある言葉を信じきれない様子。

 

 

『次の特別試験で堀北を退学にする策に全力で取り組む』

 

 

櫛田を追いかける前に書いておいた。

 

 

「本当に、本当なの?」

 

「ああ。信じてもらえるように誓いを込めて形に残させてもらった。次の試験が堀北の最期になるかもな」

 

「……嬉しい。思ってたのとちょっと違ったけど、でも最高のプレゼントだよ」

 

ノートを大事そうに胸に抱きしめた櫛田が、オレの胸に顔を埋める。

 

「走り回ったら腹が減ってきた。戻って一緒に食事にしないか」

 

「うんっ!」

 

櫛田は顔を上げてにっこり笑う。

これまでで一番の笑顔がこんな状況で出てくるのもどうかとは思うが……。

 

寮を目指してゆっくりと2人並んで歩き出す。

 

例年通りなら次の特別試験は学年末試験となる。

この試験は一年の締めくくりに相応しい難易度で、退学者が出る可能性も高いとされている。堀北退学を狙うための策を打つことはできるだろう。

 

あくまでも退学を狙う『策』に全力で取り組むのであって、『退学』自体に全力を出すわけではない。もしそんなことをすれば堀北の退学は絶対となってしまう。

 

そのくらいの障害で退学になるのなら、堀北もそこまでの人間ということ。

 

あの抱負から、異常なほど退学にこだわってきた櫛田が、それを捨ててもいいと思えるほどに依存を見せ始めたことが確認できた。

夏あたりから撒いておいた種が想定より早く芽を出し、成長し、花を咲かせようとしている。

つまり有用な駒になるまであと一歩。

仕上げにいくつか演出を加えれば完成する状況なら利用しない手はない。

 

「ところでさ、ノートの中身見た?」

 

「ん?あぁ、すまない。拾い上げた時に、色々退学の案が書いてあるのは目に入ってしまった。結構いい線行きそうなのもあったぞ」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ」

 

「そっか、そっかー」

 

抱負の続きを見たことは伏せる。

今回の櫛田の一連の動き、わざわざノートを投げつけたこと、逃げだしたこと、オレが探しにきそうな場所を監視できる位置に身を潜めていたこと、それに抱負の内容を踏まえると本来の櫛田の目的は推察できる。

 

オレは抱負に気づいていないから堀北退学のプレゼントをする、それでいい。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

翌日。某焼肉店。

 

「桐山がどうしてもと言うから来てみたら、お前も一緒か、南雲」

 

「2人にこの前のお詫びをさせてもらいたかったんで、桐山にお願いしたんっすよ」

 

「すみません、堀北先輩。南雲の同席は迷ったんですが、コイツにも謝罪する機会が必要かと思いまして」

 

「今日は俺が奢りますんで、遠慮なく食べてください」

 

「ならそうさせてもらう。すみません注文お願いします。このA5ランク黒毛和牛食べ尽くしセットを10人前とミスジとザブトンも5人前ずつ。あとは極上厚切り牛タンも3人前」

 

「あ、俺はこのこだわり食材の石焼ビビンバとじっくり煮込んだテールスープも食べたいです」

 

「いいチョイスだ桐山。ではそれも人数分」

 

「……あの、堀北先輩?」

 

「実は焼肉に関しては消化不良気味でな。思いっきり食べる機会が欲しかったところだ。今日は食べることに集中させてもらう。南雲、謝罪したければ勝手に語ってくれて構わない。だが、肉が余ると思ったら大間違いだぞ?」

 

「え、ちょ、えぇ……綾小路、話が違うじゃねえかあぁぁぁ」

 

この日、この焼肉店の1日の売り上げは過去最高額を大きく上回る記録となったらしい。レコード記念として店内の一角に3人が映った写真が飾られることとなった。

 

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