ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

104 / 172
2人と1匹の物語

3学期は大規模な特別試験からスタートしたこともあり、何もない日々はあっという間に過ぎていく。

 

ジャネーの法則よろしく、1学期、2学期と学校生活を『経験』してきたことで、体感が短くなったのかもしれない。

要は新しい出来事、発見から得られる刺激が不足してきている。

 

だが、今日に限ってそれは当てはまらない。

今日は1月21日、待ちに待ったポチデー(ひよりの誕生日)だ。

 

放課後になれば、茶柱先生が日中ポチを預けている施設を訪れ、ついにポチと対面が叶う。

 

「ここまで長かったな……」

 

「何が長かったんだ?」

 

思わず出た独り言だったのだが、オレの座っている席の主、渡辺が拾って聞き返す。

 

「悲願の達成まで、って感じだ」

 

「おっ、綾小路の中二モード発動か」

 

「なんだそれ?」

 

「綾小路が時々入るイケてる語録が出る状態のことだぜ」

 

褒められてる……わけではないな。なんだかんだ1週間以上Bクラスに通い詰めた結果、渡辺なりにオレのことを分析していたようだ。

Bクラスを覗くときBクラスもまたオレを覗いているってことか。

……これが『ちゅうにモード』と言われている思考か?

 

だが、ポチを前にすればそんなことは些事。

放課後が待ち遠しい。

 

「にしても自分のクラスはいいのかよ」

 

「……オレがいてもいなくても何も変わらない」

 

「そんなもんか?ま、俺たちは転校生が来たみたいで楽しいからいいんだけどよ」

 

渡辺も特に何かを考えて聞いてきたわけではないのだろう。

追及することなく、すぐに別の話題に移る。

 

ここにいる一番の理由はBクラスの観察だが、Cクラスに戻りたくないという気持ちもあったりする。

 

というのも、例の焼肉以来、堀北妹の情緒が不安定で、油断するとこちらを面倒事に巻き込んでくる気配が漂っているため、授業時間以外はなるべく教室から離れている。

そんなわけで、石崎と言う例外はあったが、基本的に他クラスに入ってくる人間はいないため、ここはセーフルームというわけだ。

 

堀北がどんな結論を出すにしても、他者が介入するべきではない――というより、答えを与えるのは簡単だが、アイツがどんな答えを出すのか気になっている。

 

「綾小路くん、今日生徒会休むんだって?」

 

友人たちとの昼食を済ませた一之瀬がこちらにやってくる。

 

「ああ。茶柱先生からの頼まれ事があってな。今日はそっちを優先させてもらうことにした」

 

「そうなんだ。じゃあ私も今日はジムの日にしちゃおうかな。急ぎの案件もないしね」

 

一時期の忙しさはどこに行ったのか、生徒会には業務の閑散期が訪れていた。

細々した仕事はあっても今年度に残っている大きな仕事は卒業式や来年度の入学式などの準備ぐらいなもので、まだ焦って取り組む時期でもない。

 

「茶柱先生からの頼まれ事が悲願の達成になるのか?」

 

さっきの話と照らし合わせた渡辺が不思議そうに尋ねてくる。

 

「あー、まあそうなる」

 

「なんかさ、茶柱先生との悲願ってイケナイことっぽく聞こえるよな」

 

「……綾小路クン?」

 

男同士の馬鹿な会話ぐらいのノリで話す渡辺だったが、一之瀬も同じように捉えるとは限らない。その証拠にとても笑顔が怖い。まるで南雲に向けているような顔だ。

 

「いや、茶柱先生と放課後過ごすわけじゃない。今日は遅くまで会議だと言っていた」

 

「そういえば星之宮先生もそんなこと言ってたね」

 

「ま、教師とそんな関係になるわけないよな」

 

「早とちりしちゃってごめんね。綾小路くんが生徒会休んで女性と2人っきりでデートだなんて不真面目なことするわけないよね」

 

「……」

 

「綾小路クン?」

 

「そうだな、2人っきりでデートする予定はないな」

 

「だよねっ」

 

一緒に過ごすのは、2人と1匹だからな。嘘は言ってない。

 

これ以上、この場にとどまるのは墓穴を掘る気がする。

予鈴までまだ少し時間はあるが、退散することにしよう。

 

一之瀬たちにクラスに戻る旨を伝え、廊下へと出る。

クラスが変わっても、教室の場所は入学時から固定で変わらない為、奥から坂柳クラス、一之瀬クラス、ひよりクラス、堀北クラスとなっている。

 

そのため、自分のクラスに帰るためには、ひよりのクラスの前を通過することになる。

 

つまり、予鈴が鳴る直前のこのタイミングだと――

 

「あ、清隆くん。こんにちは。今日は、その…楽しみにしてますね」

 

「ああ」

 

いつも通りまったりした雰囲気だが、少し目が泳いでいるひより。

図書館帰りなのだろう、数冊の本を抱えている。

一之瀬たちとの会話の直後にばったり会ってしまったため、後ろめたいことはないはずなのだが、このあと密会でもするような、そんな気まずさを感じる。

 

いや、オレはあくまでひよりの誕生日を祝いつつ、ポチと触れ合うだけ。

やましい気持ちは微塵もない、はず。

 

「それでは後ほど」

 

「ああ」

 

いつもは自然と話せる間柄であっても、意識を変えるだけでここまでぎこちなくなるのは面白いな。

 

そんなことを考えながら、自分の教室に戻る。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「すみません、茶柱ポチを迎えに来たんですが……」

 

「少々お待ちください」

 

放課後、ポチが預けてある施設の受付で用件を伝え、待合席でひよりとポチを待つ。

 

「こんな場所があったんだな」

 

「何でも屋、みたいな感じですね」

 

生徒がメイン顧客の敷地内でペットシッターだけで生計が成り立つわけはないと思っていたが、手広く生活のサポートを代行する会社のようだ。

何かに特化するよりも色々対応してもらえる方が痒いところに手が届く、というわけか。

 

「そう言えば、誕生日会でアルベルトくん、清隆くんからのプレゼントとても喜んでました」

 

「それはよかった。正直何を贈ればいいのか、さっぱりわからなかったからどうだったかは気になっていた」

 

合同誕生日会を欠席する代わりにアルベルトへのプレゼントを石崎に渡しておいた。

 

悩んだ結果、家電量販店で目についたヨーグルトメーカーを贈ることにした。

なんでも自分でヨーグルトを作れる代物ということで面白そうだ。

なんとなくアルベルトにヨーグルトは似合うしな。と、半ばその場のノリみたいなもので選んでしまったが喜んでくれたなら良かった。

機会があったらアルベルトにヨーグルトメーカーの使い心地を聞いてみたい。

 

「ひよりは、その集まりは楽しめたか?」

 

少し気になっていたので話の流れで聞いてみる。

 

「ええ。楽しい時間を過ごせましたよ」

 

聞けば、まるでキャバクラのような内装のカラオケルームで、炭酸水でシャンパンタワーの真似事をしたり、石崎が一発芸で空前絶後な芸人のモノマネを披露したり、巨大なケーキが出てきたりと盛りだくさんの時間だったようだ。

 

比べるものではないが、こちらはポチとの時間がメイン。

みー先生、これで本当に大丈夫なんだよな……。

今更ながら誕生日を祝うイベントとしてこれでよかったのか?と心配になってくる。

 

「お待たせいたしました」

 

こちらの心配を余所に、女性従業員がペット用のケージを持ってやってきた。

 

「ポチちゃん、今日も元気いっぱいでしたよ」

 

「それはよかったです。ありがとうございました」

 

名前に反応したのか、揺れるケージを受け取る。

想像よりも軽い。この中にポチがいるのか。

 

いざ対面となると少し緊張するな。

今のところ哺乳類との接触は人間を除けば、この前のイノシシぐらい。

オレにしてみれば未知との遭遇そのもの。

 

「とりあえず公園に移動するか」

 

「はい、そうしましょう」

 

ひよりと一緒に噴水のある公園へと移動する。

そこでポチと触れ合って過ごし、堪能したところで休憩タイム。

ポチを一時ひよりに任せ、ケーキを受け取りに行き、プレゼントと共に渡す計画。

そこからは茶柱先生の会議終了時間次第だが、遅くなるようならひよりを寮まで送っていき、会議終了までオレはポチと過ごすことになる。

逆に早く終わるようなら、茶柱先生にポチを受け渡しひよりの喜びそうな場所(本屋)にでも行こうと考えている。

 

「さて、この辺でケージから出してこのリードをつけようと思う。サポートを頼む」

 

「それは中々の大役ですね。私に務まるでしょうか」

 

「ポチは子犬だし、そんなに力も強くない……はず」

 

言われてみれば子犬の力はどのくらいなのだろうか、小さいからと言っても相手は獣。

ゲージから出たら知らない人間に囲まれているわけで、興奮して暴れ出す可能性もある。

 

油断は禁物か。イノシシも少し手強かったしな。

 

もし誕生日に怪我をしようものなら、ひよりの中で悪い意味で記憶に残ってしまう日になり、犬嫌いになってしまう恐れもある。

 

であれば、最大限の対策をして臨むべきだろう。

 

ミッションとしては

 

1.ケージを開ける

2.捕縛する

3.リードをつける

 

の3工程だが、何が起こるかは未知数。

あらゆる想定をしておく必要があるだろうが、ポチがオレの想像を超えてくる可能性は大いにある。

 

困ったときはおやつを上手く使うことで従順になると茶柱先生が言っていたが、それは裏を返せばおやつを与えなければ暴れ回るということなのではないだろうか。

そうなるとおやつを囮に罠を仕掛け、捕縛するのが安全か。

 

勝手に癒しの存在だと決めつけていたが、これからオレたちはとんでもない怪物と戦うことになるのかもしれないな。

 

「すまない。確かに軽率な判断だった。最大限の準備をして安全を確保してから――」

 

「えいっ」

 

「ひより?」

 

躊躇なくケージを開けるひより。

まずい、まだトラップを作っていない。

勇気と無謀は似て非なるものだぞ、ひより。

 

獰猛な犬の牙や爪がひよりを襲――

 

「よいしょ」

 

ケージからポチを取り出し、抱きかかえるひより。

ポチはひよりの腕の中で「くぅ~ん」と鳴いてじっとしている。

 

「……随分大人しいんだな」

 

警戒していただけに肩透かしを喰らってしまった感が否めない。

ただ冷静になってみれば、野生のイノシシとペットの子犬の危険性を同一視するのもおかしな話だった。

どうも調子がおかしい。

 

「そうですね。とても愛らしいです」

 

ポチを優しく胸に抱えて微笑むひより。こんな柔らかい表情もするんだな……。

お気に入りの本を読んでいるときや茶道部での活動中など楽しそうに笑うひよりの表情を見る機会は多々あったが、そのどれともまた違う印象。

……どういった心境から来るものなのだろうか。

 

「清隆くん、どうぞ」

 

リードをつけられるようポチをこちらに差し出すひより。

ポチは舌を出し、尻尾を振って、うるうるした瞳で見つめてくる。

そっとリードを首輪につけて、そのままひよりからポチを受け取り抱きかかえる。

 

ぬくもりとモフっとした感触が伝わってくる。

なるほど、先ほどのひよりの表情もこんな気持ちから来たものかもしれない。

 

「清隆くん、撫でるのお上手ですね。ポチも気持ちよさそうです」

 

「事前に練習しておいた甲斐があったな」

 

自然とポチの頭を撫でていた。

焼肉の臭いがしばらく取れなくなってしまった猫のぬいぐるみを思い出す。

ぬいぐるみと比較するのもおかしな話だが、こうも撫で心地が違うんだな。

 

「そろそろ散歩させてみるか」

 

「ええ」

 

毛並みを堪能したところで次のステップへ移る。

これも楽しみの一つ。

まさか犬の散歩なんてものをできる日が来るとは思ってもみなかった。

 

地面に降ろすとキャンキャンと駆け回り始めるポチ。

手にするリードが軽く引っ張られる。

 

ポチの気の向くまま、かと言って道を外れすぎないように誘導しながら歩いていく。

 

「ポチ元気ですね」

 

「元気だな」

 

走り回ったかと思えば、街路樹の根元を嗅ぎ始めたり、地面を掘ってみたりと忙しない。

なんというか見ていて飽きないな。

 

「交代してみるか?」

 

「はいっ」

 

リードをひよりに渡す。

 

「実はワンちゃんの散歩、一度してみたかったんです」

 

「それは良かった」

 

一般家庭でもペットを飼えるかどうかは家庭の事情や環境、教育方針等によって変わってくる。

ペットとして馴染み深い動物と言っても、誰もが触れ合っているわけではないんだな。

 

「清隆くん、置いて行っちゃいますよ?」

 

珍しく小走りで先に進んでいくひより。……いや、正確にはポチに引っ張られているだけか。

主導権が逆転している状態だが、それでもひよりもポチも楽しそうにしているので、立派な散歩と言えるだろう。

 

しばらく散歩を続け、広めの原っぱに到着したところでひよりが屈んでポチと向き合う。

 

「ポチ、お手です」

 

「ワゥン?」

 

「ここにこうして手を乗せるんです。わかりましたか?」

 

「くぅぅん」

 

「ひゃっ!?」

 

お手を覚えさせようとするひよりだが、よくわかっていない様子のポチはぺろぺろとひよりの手を舐める。

 

「何かを覚えさせたいならご褒美のおやつが必要になるみたいだ」

 

「んぅ、そうなんです、ねっ」

 

くすぐったさを我慢しながら返事をするひより。

……ちょっとだけ羨ましい。

オレもこの日のために調べてきたが、犬が行動と結果を結びつけるのは、0.2~2秒の間らしい。

もしお手を覚えさせるのであれば、「お手」と発音し、差し出した手にポチが自分の手を乗せた瞬間にすばやくおやつを与えるようにすればいいはず。

 

……なら、今おやつを与えたらどうなるのだろう。

そんな考えが頭を過ぎってしまったが最後、試してみたいという欲求に逆らえなくなる。

 

「ポチ、お手」

 

と言いながら、ひよりの手を舐めているポチに、茶柱先生から預かっていた子犬用のおやつ(原料はささみらしい)を一粒与える。

ポチは尻尾を振りながら飛びつき、パクっと食べ上げる。

 

「あの、清隆くん?」

 

ポチはもっとくれ、と期待混じりの瞳でこちらをじっと見つめてくる、ように見える。

 

「ポチ、お手」

 

「きゃっ」

 

ポチは差し出したままだったひよりの手を再び舐める。

 

「いい子だ、ほら」

 

しっかりと任務を果たしたポチにご褒美のおやつを与え、頭を撫でる。

 

「清隆くん、これはいい子のすることではないと思うのですが……」

 

「ひよりに懐いているポチの愛情表現を否定する気にはならないな」

 

「本当にそう思ってます?」

 

「もちろん。ポチ、お手」

 

「はうっ」

 

ポチは期待を裏切らないな。下手な人間よりも従順で扱いやすい。

 

「とにかくしばらく、お手は、はうぅ、禁止とします」

 

「そうだな、オレもポチも十分楽しめた」

 

ひよりのお手の言葉にも的確に反応したポチにこれまでの倍のおやつを与える。

 

「やはり悪戯して遊んでいらしたんですね」

 

「どっちも反応が可愛かったからな。少し夢中になってしまった。すまない」

 

「清隆くん、それは……ズルいと思います。……確かにポチは可愛かったですし、嫌ではありませんでしたが」

 

「なら――」

 

「他にもポチに挑戦してもらいたいことがあります。次はそれを試しましょう」

 

こちらの話に被せるように次の話題を持ってくるひより。

お手の解禁は叶わなかった。心なしかポチもしょんぼりしている。

 

「それで何を試すんだ?」

 

「これを使います」

 

そういってひよりはポケットからハンカチを取り出す。

 

「清隆くん、すみませんが私のカバンをこの公園内のどこかに隠してきてください」

 

「なるほど、わかった」

 

ひよりが何をしたいのか察しがついたため、カバンを受け取り、公園内をうろついた後、少し離れた場所にあるベンチの上に置き、戻ってくる。

 

「いいですか、ポチ。このハンカチの匂いをよく嗅いでください」

 

「くぅん?」

 

ハンカチをポチの鼻先に当てて語りかけるひより。

 

「このぐらいでいいでしょうか……。では、この匂いのする方へ向かって私のカバンを見つけ出してください。ゴーです、ポチ」

 

「わんっ」

 

ハンカチを離し、ポチへ進むように指示するひより。

ポチは匂いのする方、すなわち、ひより本人に勢いよく飛びつく。

倒れるひより。遊んでくれていると思っているのか、ひよりの上でじゃれついている。

 

「ち、違いますよポチ。私じゃなくて私のカバンを探すんです」

 

「さすがに難しいんじゃないか」

 

「そうなんですね……創作物で登場するワンちゃんは当然のようにできていましたので、てっきりどの子でもできるものとばかり」

 

なんともひよりらしい見解。

出来るから創作物になっているのか、創作物だからこそ出来ているのか……。

現実には警察犬など訓練を積んだ犬はもちろん、ノーズワークと言った犬の嗅覚を使ったドッグスポーツもある。ポチも訓練次第で可能性はあるだろう。

 

「もしかしたらカバンだと難しいのかもな。ひよりが隠れてみたら探し出せるかもしれない」

 

「それは妙案ですね!さっそく隠れてきます。ポチ、待てです」

 

茶柱先生に躾けられていたのか、『待て』と『お座り』は最初からできていた。

これから他の芸も覚えさせる予定だったのだろうが……気にするほどのことでもないか。

 

「もういいよーですよー」

 

なんだかんだひよりもテンションが上がっているのだろう。

普段よりは大きく張った声で準備ができたことを宣言している。

 

オレもやったことはないためよくわからないが、まるでかくれんぼのようだ。

隠れる側をなんと呼ぶかは知らないが、ひよりは鬼のポチから見えないように木の陰に隠れて、顔を少し出してこちらの様子を見ている。

 

「ポチ、ひよりを見つけ出したらおやつだ」

 

「わんっ!」

 

こちらの意図が伝わったかわからないが、やる気はある、ように見える。

地面を嗅ぎながら進んでいくポチ。

 

「よし、その調子だ」

 

リードを手にポチの後に続く。

意外なことにしっかりとひよりが隠れている方向を目指している。先ほどのお手(舐め)の習得はあっという間だったことから、賢い犬なのかもしれない。

 

「わんわん!」

 

「フフッ、見つかってしまいました。ポチがいれば落とし物をしても安心ですね」

 

「この場合探せるのは、迷子になったひよりぐらいなんじゃないか?」

 

「……それもそうですね。ポチ、その時は頼みましたよ」

 

ポチにおやつをあげ、頭を撫でるひより。この限られた敷地内で迷子になることはない……と言い切れない部分がひよりにはあるため、いざという時は茶柱先生にポチを借りるか。

 

その後は、持ってきたゴムボールを投げて遊んだり、モフモフしたり、他にも芸を仕込もうとしてみたり、モフモフしたり、ポチとひよりがかけっこで勝負したり、モフモフしたりして過ごした。

 

「ひより、すまないがちょっとポチを任せてもいいか。少し寄っておきたいところがある」

 

「構いませんよ」

 

頃合いを見て、ポチをひよりに任せ、ケヤキモールへ予約していたケーキを受け取りに向かう。

無事に受け取りを済ませ、ひよりたちの元へと戻ると、ひよりとポチはなぜか地面を掘っている。

 

「わんわんっ」

 

「ここ掘れわんわんなんですね、ポチ。私もお手伝いします。埋蔵金が見つかれば、図書館ごと本を買えるかもしれません」

 

いや、埋立地だぞ、ここ。というのはあまりに野暮なツッコミか。

 

「ひより、もし埋蔵金を見つけてしまったら、ポチが桜に花を咲かすための灰になってしまうぞ」

 

「お帰りなさい、清隆くん。確かにそうなるとかわいそうですね。ポチ、諦めることにしましょう」

 

「わんっ」

 

すっかり息ぴったりになっている。

 

「実はケーキを買ってきたんだが……手が泥だらけだな、向こうの通り沿いに手洗い場があったから、そこで洗ってくることを勧める」

 

「え、あ、本当ですね。では少し失礼して……ポチ、行きましょう」

 

ひよりも夢中になってポチと遊んでいたのだろう。

付属のお手拭きだけでは落ちそうにない。

 

ポチを連れ、洗い場へ向かうひよりを見送る。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「少しはしゃぎ過ぎてしまいましたね、ポチ」

 

ポチと遊んでいたらいつの間にか手が泥だらけになっていました。

本を読むこと以外でこんなに夢中になってしまったのは初めてかもしれません。

 

「それにしても……」

 

ケーキをご準備くださったということは、もしかせずとも誕生日のお祝いをしてくださる、ということですね。

アルベルト君の話題を出した時に、私の誕生日については特に触れてくださらなかったので、今日誘ってくださったのは偶然で、気づかれていないのかとも思ったのですが……。

手洗い場で手を洗いながら、季節にそぐわず少し顔が熱くなるのを感じます。

 

手を拭こうとカバンからハンカチを取り出した時でした。

強い風がヒュッと通り抜け、ハンカチが風に乗って車通りの方へ飛んでいきます。

驚いた拍子にカバンも倒れ、中からお気に入りの本が飛び出してしまいます。

 

先ほどまで手を洗っていたため湿っているこの場所は本にとって良い場所ではありません。よく見ると、閉め方が甘かったのか、蛇口からポタポタと水滴が落ちています。

これはいけません、早く本を回収しないと大変なことになってしまいます。

 

「わんっ」

 

「あ、ダメですよ、ポチ」

 

飛んでいったハンカチの方へ走り出すポチ。

先ほど使ったものですし、私が遊んでくれていると思ったのかもしれません。

 

そして大変なことに通りの向こうから滅多に通らない車、しかも大型のトラックがやってきています。

 

「ポチッ」

 

気づけば本の回収を放り出し、ポチの方へ身体が動いていました。

ただ、このままではギリギリ間に合うかどうか。

 

ハンカチを追うことに夢中で、やってくるトラックには気づかない様子のポチ。

あと少しで車道に飛び出してしまいます。

 

 

なんとかしようとポチのリードに手を伸ばします。

 

 

が、あと一歩で届きません。むしろこのままでは私も車道に――――

 

「ポチ、お手だ」

 

「わんッ」

 

後方から清隆くんの声が聞こえたかと思うと、ポチが反転して私に飛びつき、伸ばしていた手を舐め始めます。

その勢いと驚きで私も後ろに尻もちをついてしまいました。

 

そして車道を通り過ぎていくトラック。宙を待っていたハンカチも落ちてきます。

 

「大丈夫か、ひより」

 

先ほど落してしまった本を抱えた清隆くんが手を差し伸べてくれます。

どうやら本の方も救ってくださったようです。

 

その手を握り締め、立ち上がると、身体からスッと力が抜けてしまって清隆くんにもたれ掛かる形に。慌てて離れます。

 

「ありがとうございました。危うく異世界に行ってしまうところでした」

 

「異世界?」

 

「いえ、昔はそれも悪くないと思っていましたが、今はこの世界で生きたいと心から思えるようになりました」

 

「それは……良かった、な?」

 

「はいっ」

 

何のことだかわかっていない様子の清隆くんですが、わかってしまっては私が恥ずかしくなってしまうのでこれでいいのです。

 

「それとすまないが、今ので慌てて動いたらこんな有り様に……」

 

清隆くんが、申し訳なさそうに差し出す箱を覗いてみると、形の崩れたケーキが登場します。

そんなことを気になさる必要はないのですが、こんな時どうお伝えすればよいのか……。

いえ、そう考えを巡らせるものではないのでしょう。

箱についていたフォークを取り、ケーキをひと掬いして口に運びます。

 

「こんなに美味しいケーキを食べたのは初めてです」

 

「それなら良かったんだが」

 

「ええ」

 

「遅くなったが誕生日おめでとう、ひより」

 

「わんっ」

 

キレイに包装されたプレゼントをくださる清隆くん。

ポチは私の足元をくるくる回っています。

 

清隆くんとポチからお祝いしてもらった誕生日。

この筆舌に尽くしがたい気持ちをわざわざ文字にする必要はございません。

今日この日の物語はずっとずっと大事なお話として心に刻まれた、そんな気がするのですから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

後日談。

 

「綾小路ちょっと来い」

 

「どうしました、茶柱先生」

 

「昨日の話だ。ポチにお手を覚えさせようとしたんだがな、どうにも様子がおかしい」

 

「……と言いますと?」

 

「お手と言うと、やたら私の手を舐めてくるんだが……これはどういうことか説明してもらおうか?」

 

「身に覚えがありませんね。子犬のすることですよ、愛情表現なんじゃないですか?」

 

「本当にそうか?私にはまるで、ポチはそうすることが正しいと思っているのように見えたんだが」

 

「過ちを正すのが教師の務め、腕の見せ所じゃないですか」

 

「それもそうか……」

 

「あ、清隆くん、茶柱先生。この前はありがとうございました。ポチは元気にしてますか?」

 

「もちろんだ。椎名もポチの面倒をみてくれて助かった」

 

「ポチは可愛くて賢いワンちゃんでした。あ、でもお手は……」

 

「綾小路?なぜ逃げ出そうとする」

 

「……いえ、決してそんなことは」

 

「それでお手がどうしたんだ椎名」

 

「あっ……えーとですね……何と言いますか」

 

その後、事実が明るみになり、オレは茶柱先生から長時間の説教を受けることに……。

そして、ポチがちゃんとしたお手を覚えるまで休日返上で付き合わされることになったのだが、それはそれでポチに再び会えたので良かったとも言える。

 






この話までに2~3話挟む予定だったのですが、2年生9.5巻を読んで書かねばならない衝動にかられたそんなお話でした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。