ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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99%カカオなバレンタイン 後編

前略、堀北が兄貴へチョコを渡す付き添いをする羽目になった。

 

「そうと決まれば善は急げよ。兄さんが帰宅する前に捕まえなきゃ」

 

「そうだな、オレとしてもさっさと済ませたい」

 

席を立つ堀北に続く。

 

「ちょっと待ってくれよ、鈴音!」

 

そんなオレたちの前に一人の男が立ち塞がった。

こいつは今日一日堀北のことをいつも以上に気にしていた様子だったため、当然先程のやり取りにも注目していたのだろう。

 

「須藤くん、何かしら?今は一刻を争うのだけど」

 

「話は聞かせてもらったぜ。俺にも協力させてくれよ」

 

「却下。邪魔なだけよ」

 

「そ、そんなことねーよ。ほらよ、あー……もし鈴音の兄貴が逃走しても、俺と綾小路がいりゃあ追いかけて挟み撃ちとかよ、できるしよ」

 

「……そうね、いざとなれば囮や肉壁ぐらいにはなるだろうし、ここで問答している方が時間の無駄だわ」

 

オレたちチョコを渡しに行くだけだよな?

 

「任せとけ。それでよ、成功報酬っての、上手くいったらよ、俺にも……チョコくれねえか?」

 

「構わないわ、早く行きましょう」

 

「しゃあああぁぁ」

 

「うるさいわよ」

 

「わ、わりぃ」

 

須藤もこんなブラコンからチョコをもらいたいとは余程の物好きだと言わざるを得ない。

いや、バレンタインのチョコにはそれだけする価値がある、ということなのだろうか。

 

「それでこれからどこに行くんだ?」

 

「兄さんのいるところよ」

 

「具体的には?」

 

「教室、まれに図書館や職員室あたりにもいるようなのだけど確実性はないわね。下駄箱で張り込みが無難かしら」

 

「……つまり無計画ってことか」

 

「仕方がないでしょ。あなた任せにする予定だったんだから」

 

この3人でいつ来るかもわからない学を下駄箱で待ち続けるなんてとんだ罰ゲームだな。

 

「それなら居場所を聞いてみるか」

 

「兄さんに直接聞くのはダメよ。怪しまれたら最後、雲隠れされるわ」

 

「わかってる。学の場所を完璧に把握してるやつに聞くつもりだ」

 

そうしてスマホを取り出し橘にチャットを送る。

 

『学を探している』

 

程なくして返事がくる。

 

『何か用事ですか?』

 

『チョコを渡したいんだ』

 

『えっ!?それは友チョコ的なやつです?』

 

わざわざ聞いてくるということは友チョコかどうかが重要なのだろうか。

 

「なぁ、それ友チョコなのか、堀北?」

 

「違うわよ。私と兄さんの関係を何だと思ってるの?」

 

兄妹だろ。それ以上でもそれ以下でもない……よな?

 

『友チョコじゃないですね。ちょっと言いづらいんですが、ガチのやつです』

 

そう送った途端、電話がかかってくる。

 

「確かに堀北くんは魅力的ですが、それはダメです綾小路くんっ!2人が傷つく前に私が止めさせてもらいます」

 

「道徳的にどうかと思いますが、今に始まったことじゃないでしょ」

 

「ええっ!?つまり前々から……その、綾小路くんは、堀北くんのことが……。バレンタインの力を借りて堀北くんの卒業前に想いを伝えるべく勇気を出したと……。あぁ、私はどうしたらいいのでしょう……。応援すべき?いえ、でも万が一のことがあったら……あわわわわ」

 

「なんか、盛大に勘違いしてませんか?」

 

「へ?」

 

橘に事の経緯を話す。

 

「てっきり綾小路くんが禁断の愛に走ったのかと」

 

どうしてそんな発想になったんだ……。

 

「堀北くんなら、教室で学年末の特別試験に向けて、クラスメイト数名と対策を練ってますよ。そろそろ終わる頃じゃないでしょうか」

 

3年はちゃんとこの学校の学生をやってるな。

 

「ありがとうございます。これからそちらに向かいますので、動きがあったら連絡お願いします」

 

「わかりました。ただ……」

 

「ただ?」

 

「堀北くん、毎年チョコは受け取らない宣言しているので……。誰からも受け取る宣言をしていた綾小路くんとは逆ですね」

 

「おい」

 

「ふふっ冗談ですよ。綾小路くんにも可愛いところがあるなぁと安心したぐらいなんですから」

 

「それもそれでどうなんだ……」

 

オレは今日何度このネタでいじられることになるんだろうか。早く帰りたい……。

 

「ではお待ちしてますね」

 

橘との通話を終える。

 

「と言うことで学は3-Aの教室にいる。行くぞ」

 

「さすが綾小路君ね、1チョコポイントあげるわ」

 

なんだそのポイント。面倒なのでツッコミはしないが。

 

「綾小路、てめえ抜けがけとかずりいぞ」

 

「……」

 

須藤に両肩を掴まれ揺さぶられる。

1人で堀北&須藤コンビの相手をするのは骨が折れそうだな。

 

振りほどいて廊下に出る。

 

「やっほー綾小路くん。今から生徒会?一緒に行かない?」

 

どこかロボットを彷彿させるカクついた動きで一之瀬が近づいてくる。

 

「いや、すまないが、チョコを渡したい堀北に連れられて出かけるところだ」

 

先程の失敗から今度はちゃんと堀北の名前を入れて伝える。

 

「え、堀北さんがチョコを渡すために綾小路くんを連れ出すの?」

 

「そういうことになるな」

 

「そうなんだ……ブラコンはフェイクだったんだね。私、まんまと騙されちゃったよ堀北さん」

 

ギッと堀北へ視線を送る一之瀬。

 

「何のことかしら。私の兄さんへの愛は嘘偽りのないものなのだけれど。そんなことより早く兄さんのもとへ向かうわよ」

 

「え?あ、そういう……。綾小路くん、わざと紛らわしい言い方をしたよね?」

 

「何のことだ?そういうわけだから、これから3年の教室に行ってくる。生徒会へ向かうのはそれからに……いや、今日はその後すぐ帰ろうと考えている」

 

「……えっと、それなら、私もついて行っていいかな?」

 

対人スキルに長けた一之瀬がいれば、堀北&須藤の相手も任せられて楽になりそうだな。

 

「むしろオレからお願いしたいくらいだ。今のオレには一之瀬が必要だ」

 

「う、うん。喜んで……」

 

こうして新たな仲間を連れて3年Aクラスの教室を目指す。

 

「なんだありゃ」

 

須藤が驚くのも無理はない。

3年の教室が並ぶ廊下に到着するとAクラスの教室を覗くように人だかりができていることがわかる。

 

「何かあったのかな?」

 

「ここで見ていても始まらないわ。前進あるのみよ」

 

上級生にも物怖じすることなく人混みをかき分けて進んでいく堀北。

仕方なく後に続いていくと教室の中が見えてくる。

 

「ですから、堀北先輩、今日チョコを何個もらえたかで勝負しましょうよ」

 

「南雲、お前も懲りないな。こんな騒ぎにしてどういうつもりだ」

 

「ギャラリーには証人になってもらわないといけませんからね、どっちがこの学校で一番なのか」

 

相変わらず南雲が学へ勝負を挑みに来たらしい。

学は毎年チョコを受け取らない宣言をしている、ということを去年から在籍している南雲なら知っているはず。

その上でそんな勝負を吹っ掛けて来るのだから、アイツも相当だな。あるいは断られることを前提とした挑発行為か。

 

「この騒ぎじゃ渡しに行けねえな、どうすんだ鈴音」

 

「あの不敬者に後ろから回し蹴りをお見舞いしてくるわ」

 

「名案だぜ!俺も手伝わせてくれ」

 

「待て待て。仮にもあれで生徒会長だぞ、アイツ。そんなことしたら退学コースまっしぐらだ」

 

「厄介な相手ね」

 

あれだけ須藤に暴力禁止を言いつけていた本人が戦闘狂のような発言。

ブラコンモードの堀北は本当に何をしでかすかわからない。

 

「そういうことなら私に任せて」

 

「どうにかできるのか、一之瀬」

 

「もちろん。このままここで時間を潰されて困るのは私もだし」

 

そう言って携帯を取り出し、何やらチャットを送っている様子。

 

「よし、準備はOKだよ!あとは……これから南雲先輩が教室から飛び出すことになると思うから、綾小路くんが私に覆いかぶさる感じで、向こうから見えないようにして欲しいな」

 

「わかった」

 

そもそもこの人混みの中であれば気づかれない気もしないではないのだが、万が一を想定する姿勢は悪くない。

一之瀬と向き合い教室側から見えないように立ち位置を調整してカバーする。

 

「うーん、ちょっと理想とは違うけど……贅沢は言えない状況だしね」

 

一之瀬が携帯を操作する。

 

「よし、これで南雲先輩は出て行ってしばらく戻ってこないよ」

 

ニコッと不敵な笑みを見せる一之瀬。

 

「おいおいマジかよ!?堀北先輩すみません、ちょっとだけ外します。すぐ戻って来ますんでそのまま待っててくださいよ、絶対っすよ」

 

そんな声が教室から聞こえたかと思ったら、ドアが開き、南雲がダッシュで出ていく。

 

「一体何をしたんだ?」

 

「簡単だよ、チョコをプレゼントしたいから生徒会室で待ってますって送ったの」

 

「なるほど……。だが、あの速度だとウソがばれてあっという間に戻ってこないか?」

 

「大丈夫、大丈夫。手は打っておいたから」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

~生徒会室~

 

「帆波、待たせたな!って、ん?確か帆波のクラスの網倉だったか?」

 

「あ、南雲生徒会長、すみません。伝言を帆波ちゃんから預かってます。どうしても外せない急用ができちゃったらしくってケヤキモールのカフェで待ってるそうです」

 

「そうか、ありがとな。待ってろよ、帆波~」

 

~ケヤキモールカフェ~

 

「帆波、どこだ?……帆波のクラスの小橋だよな、帆波を知らないか?」

 

「すみません、南雲生徒会長。さっきまで帆波ちゃんいたんですけど、急に星之宮先生から呼び出しをされちゃったらしくって、いま学校の保健室にいると思います」

 

「わかった。帆波、今行くぜ」

 

~学校保健室~

 

「星之宮先生、帆波はどこっすか?」

 

「えーと、一之瀬さんはねぇ、用事が済んだから南雲くんが待ってるっていうカフェに戻ったわよ~」

 

「入れ違っちまったか。電話も繋がんねーし、急がねえと」

 

~再びケヤキモールカフェ~

 

「帆波ー!だめだ、見あたらねえ」

 

「あ、南雲生徒会。帆波ちゃんなら学校にチョコを忘れちゃったらしくって教室に戻りましたよ」

 

「マジかよ、ドジっ子なところも悪くねえな。教室まで迎えに行くぜ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「って感じになってると思うよ。みんなにお願いしておいたから」

 

「なかなかえげつないことするわね」

 

「回し蹴りには敵わないよー。ささっ、早く渡してきちゃいなよ、堀北さん」

 

堀北を後ろから押し進める一之瀬。

 

「ちょっと待ってくれないかしら。このまま無策で持って行っても受け取ってもらえないと思うの」

 

「まぁそうだろうな」

 

「そこで策を考えたわ。3人にも協力してもらうわよ」

 

そうして堀北から作戦内容が共有され、あとはドアを開けて突入するだけとなる。

 

ドアに手を掛ける堀北だったが、その手は震えていた。

 

「兄さん、どうか兄さんにチョコを渡す勇気を私にください」

 

「いや、渡す相手に祈るってどうなんだ?」

 

「別にいいじゃない。兄さんに対抗するためには兄さんの力でも借りないと無理よ」

 

緊張のあまり思考がおかしくなっている……いや、ただのブラコンか。

 

「安心しろ。また殴られそうになったらいくらでも止めてやる」

 

今の学がそんなことをする可能性はないとは思うが……いや、ただチョコを渡すだけだよな、何だこの会話。

 

「そうね、そのための肉壁AとBだものね」

 

気休めにはなったのか、堀北は覚悟を決めたようで勢いよくドアを開ける。

今度は何だと3年Aクラスの先輩方はこちらに注目する。

 

「兄さん、少しお時間よろしいでしょうか」

 

「やっと南雲が帰ったと思ったら次は鈴音か……」

 

やれやれといった様子で、視線だけ堀北妹に向ける学。

南雲から解放された直後に堀北妹の相手だもんな、気持ちは非常に理解できる。

 

「お時間は取らせません。その……これを受け取って欲しくてここまで来ました」

 

チョコを取り出し学へと差し出す。

学はそれを一瞥し冷たく言い放つ。

 

「俺はそういったものは受け取らない。綾小路にでも渡してやれ」

 

「……おい、巻き込むな」

 

「兄さん、それは、私から……だからですか?」

 

「わかりきったことを言うまでもない」

 

学からの言葉に堀北妹は押し黙る。

 

「堀北先輩、家族からのプレゼントなら受け取ってもいいんじゃないですか?」

 

「そうですよ、堀北君。妹さんからのチョコなら受け取ってもみんな納得してくれると思います」

 

一之瀬と教室の隅からひょっこり現れた橘が堀北妹の援護に回る。

 

「俺は俺の信念を曲げるつもりはない」

 

「それなら、アンタ自身がした約束も破るわけにはいかないよな?」

 

「何の話だ、綾小路?」

 

「船上でのハンカチ探しゲームの報酬、あの時、アンタの妹は今度トランプを一緒にしたいと望み、アンタはそれを承知した」

 

「そんなこともあったか」

 

「兄さん!ババ抜きで私と勝負してください。私が勝ったらこのチョコを受け取る。負けた場合は……自主退学します」

 

コイツ、チョコにどれだけの覚悟を……。

もし、これで堀北が退学することになったら、オレが策にはめたということで櫛田には報告しておこう。

特別試験で画策せずに済むのは楽かもな。

 

「自主退学する必要はない。むしろ、このタイミングでの退学はお前にとって褒美になる可能性がある」

 

「くっ、さすが兄さん。私のことは何でもお見通しね」

 

学からの指摘を受け、嬉しそうに悔しがる妹に、疑問顔の須藤ほかギャラリーの面々。

 

「どういうことなんだ、綾小路」

 

「あー……あんまり考えたくはないんだが、来月兄貴が卒業してこの学校から去っても、このタイミングで退学になっておけば一ヶ月半の我慢ですぐに会いに行けるってことじゃないか。このまま在籍し続けたら、また2年間会えなくなるわけだしな」

 

「嘘だろ、鈴音。俺たちより兄貴を選ぶってのかよ」

 

「それは比べるまでもないことよ」

 

どんどん話がカオスになってきたな。

 

「それで堀北先輩は勝負を受けていただけるんですよね?」

 

一之瀬が話を戻しにかかる。今日の一之瀬はやたら頼りになるな。

 

「……いいだろう。ただし、鈴音が負けた場合は卒業までの俺への接触を禁ずる」

 

「それで構いません。橘先輩。トランプを貸していただけますか?」

 

「もちろんです。頑張ってくださいね」

 

予想通り橘はトランプを所持していた。

 

「2人でババ抜きも味気がないわ。綾小路くんと須藤くんも一緒にどうかしら。構いませんよね、兄さん」

 

「好きにするといい」

 

「ただあくまでも勝敗は兄さんと私、どちらが先に上がったか、ということで」

 

「問題ない」

 

こうして教室の机を使い4人でのババ抜きが始まる。

順番は、堀北妹、オレ、学、須藤になるように自然と移動。

一之瀬はオレと学の中間あたりの後方で見守っている。

 

堀北妹が慣れた手つきでカードをシャッフル。

全員に配り、手札で数字が揃ったカードを各々捨てて準備が整う。

 

「じゃあ早速はじめましょう。綾小路くん、早く引いて頂戴」

 

「ああ」

 

堀北妹の誘導により引く順番も決まる。

ここまでは作戦通り。

 

一之瀬がオレと学の手札を見て、アイコンタクトで堀北妹に必要なカードを伝える。

それを確認した堀北妹が学が上がるのに必要なカードをオレに渡さないようにすれば、理論上は負けることはない。

 

逆に須藤は堀北妹が上がるのに必要なカードを渡す役割となっている。

 

堀北妹から引かされたのはジョーカーのカード。

本当に遠慮のないヤツだ。

これを何としてでも学に押し付けろ、ということだろう。

 

「アンタが引く番だ」

 

「では、これを。揃ったな」

 

オレが持っているカードで学がペアを揃えることができるのは2枚だったが、学はそれを的確に引き当てる。

 

やはりか。

問題はこれが橘のトランプであるということ。

 

あえて堀北妹には伝えていないことだが、生徒会で幾度なく使用してきたカードであるため、些細な傷や汚れなどから大体のカードは数字もスートも把握している。

学がどの程度把握しているかは不明だが、これまでの戦績からジョーカーといった重要な位置づけのカードは確実に覚えているだろう。

 

つまり正攻法でこのジョーカーを引かせる手はひとつしかない。

 

そうしてゲームは進んでいき、順調にそれぞれ手札を減らしていったのだが――

 

「よっしゃ、アガリだぜ!って、あれ、上がっちまってよかったのか?」

 

須藤がペアを揃え一番最初に上がる。

正確に言えば、学から上がらされた、だな。

 

須藤が残り1枚の手札になった時点で、学はあえて揃っていたが捨てていなかったカードの内、1枚を引かせる。

当然それは堀北妹の欲するカードではない為、必然元々須藤が持っていたカードの方を引く。

そして次のターンでもう1枚のカードを引かせれば、須藤はペアが揃ってしまう、という話。

 

視線誘導や表情の変化を利用し、自然と須藤に任意のカードを引かせることができていたのも大きい。

それまで須藤にとって都合のいいカードを引けていたことから、疑うこともせず、自分の実力だと誤認させられていた。

さらに言えば、この枚数まで堀北妹が上がっていないのも、ペアになる最後のカードを学が手札でキープしているからに他ならない。

 

つまり、一之瀬含めオレたち4人でやっていることを学は1人でやっている状態。

 

「あ、ちょっと綾小路くん」

 

「これでペアが揃った。最後の一枚を引いてもらうぞ」

 

堀北妹の指示を無視し、自分のペアを揃えて、最後の1枚――ジョーカーを学に引かせて上がりとなる。

 

手札は、学が2枚、堀北妹が1枚。

ここで堀北妹がジョーカーを選ばなければ勝つことができる。

逆に選択を誤れば、詰む場面。

 

正真正銘、最初で最後の勝利へのチャンスとなる。

 

だが、学のカードは一之瀬によって堀北妹に――

 

「一之瀬」

 

「は、はいっ」

 

突然、学から名前を呼ばれ過剰に反応してしまう一之瀬。

 

「もし、このターン、何もしないのであれば、このゲーム後の人払いを約束しよう。言っている意味はわかるな?」

 

「えっ……」

 

「こいつのことだ。きっとこの後も厄介ごとに巻き込まれ、気づけば一日が終わる可能性は大いにある」

 

「否定できないですね……ゴメン堀北さん、私はここまでだよ」

 

何故か学に懐柔される一之瀬。

 

「やはり茶番だったな。初めから2人でやっていても同じだった」

 

「いえ、それはどうでしょうか」

 

「何?」

 

「今の私にはそんな茶番に協力してくれる仲間ができました」

 

真剣な表情で兄を見つめる妹。

きっとババ抜きでもしなければ、お互い正面から向かい合って話をすることはなかっただろう。

堀北妹がババ抜きを選択したのはそういった意図があったのかもしれない。

 

「あの焼肉の日からずっと考えていました。兄さんがどうしたら私のことを認めてくれるのか、私に足りないものは何なのか」

 

黙って妹の話を聞く学。

 

「思い返せば、小さい頃はたとえトランプですら兄さんに勝ったことはありませんでしたね。幼い私は兄さんが完璧超人だからだと疑うこともしませんでした……でも、今なら少しだけ気持ちがわかります」

 

学が妹に負けなかった理由?

オレには見当がつかなかった。

 

「兄さんは、もしも私が兄さんに追いついたとしたら、どうします?」

 

「そんなことはあり得ない」

 

「私もそう思います。……なぜなら私が追いつきそうになったら、兄さんはさらに努力をして、先へ進んでしまうから」

 

学の眉が一瞬ぴくっと動く。

 

「兄さんはいつだってそうでした。きっとそれが兄である兄さんの矜持。私は兄さんのそんなところに憧れを抱いていたのかもしれません」

 

聞く価値もない、と妹の言葉を遮断していたこれまでとは違う、学の反応。

兄妹の真剣な話にギャラリーも固唾を飲むばかりで、あの須藤ですら空気を読んで黙っている。

 

「兄さんを想う力は無限のパワーを私に与えてくれます。兄さんに追いつくためなら、どんな困難なことでも苦ではありません。この学校に来るまでにしてきた努力もそうです。たまに方向を間違ってしまうこともありますが、今はそれを正してくれる仲間もできました」

 

「それは結局、俺を超えることができないと開き直っているだけに聞こえる」

 

「超えることに意味はあるのでしょうか。兄さんを追いかける私、そんな私に追いつかれまいと先を行く兄さん。互いに永遠に成長し続けられる関係だと思いませんか?」

 

目を閉じ何かをじっと考える学。

そして目を開けると初めて学から妹への問いが発せられる。

 

「ひとつ聞かせてもらおう。もし俺が歩みを止め、鈴音、お前が先を行くようなことがあったとしたら、どうする?」

 

「そんな兄さんは私の兄さんではありません。ですが、仮にそうなったとしたら私が進み続けることで兄さんに発破をかけます。兄さんはそんな簡単に挫け折れてしまうような男ではありませんから、きっと私を追いかけてあっという間に抜き去ってくれる、そう信じています」

 

「そうか。……お前の選択を見せてくれ」

 

そう言ってトランプを2枚、改めて堀北妹へ向ける。

 

「はいっ」

 

迷わず堀北妹はカードを引く。

 

「俺にこだわっているうちは、お前に成長はないと、そう思っていた。現に俺に執着するようになってからは、小さい頃に見せていたお前のポテンシャルは鳴りを潜めてしまっていた。俺に囚われない昔のお前に戻すため、突き放す手段を選んだんだが――お前には過去の自分ではなくもっと成長できる道もあった、ということか」

 

学の手元に残ったのはジョーカー。

 

この勝負、堀北妹が勝利した。

 

「私、やっと兄さんに勝つことが――」

 

言葉の続きは溢れでる涙が止まることがなかったため発せられることはなかった。

兄の背中を追ってやってきたこの学校で、やっと兄に認めてもらえた瞬間、それはきっとオレには一生わからないような感情なのだろう。

そのことが、すこしだけ羨ましく思えた。

 

堀北妹は涙を拭い、持ってきたチョコを学に渡す。

これまで見たことのない柔らかい表情でそれを受け取る学。

沈黙を守っていた教室は大きな拍手で包まれた。

 

すごくいい感じになっているが、あのチョコ、マムシやらすっぽんやらの粉末入りだからな……。

 

それは置いておくとして、互いに成長し合える関係か。

兄妹の在り方としてひとつの良い例を学ばせてもらったような気がする。

 

「ところで堀北、最後の1枚、どうしてわかったんだ?」

 

「簡単よ、ババ抜き中、最初からあなたがずっと持っていたジョーカーと兄さんがずっと持っていたカード、本能でどちらを手に取りたいかなんてわかるじゃない」

 

前言撤回、ブラコンって怖いな……。

 

「鈴音、1日早いが受け取れ」

 

「兄さん、これは?」

 

妹からのチョコを大事そうにカバンにしまった後、代わりに取り出した包装された箱。

 

「渡すかどうか迷っていたが、もうそんな心配はいらないことがわかった。まさかこんな気持ちでお前の誕生日を祝えるとはな」

 

そういえば、堀北妹の誕生日は明日か。

須藤、ヤベッ、忘れてたみたいな顔をする必要はないぞ。オレもそうだからな。

まあこの様子じゃわざわざ祝う必要もないだろう。

誰がどんなサプライズを仕掛けても、今以上に堀北を喜ばせるのは不可能だ。

 

「嬉しいです。開けてみてもいいですか」

 

「ああ」

 

中から出てきたのはキレイな髪留めだった。

髪を切りに行かなくて良かったな。

 

「お前に似合うと思って選んだ」

 

「後生大事にしますね、兄さん」

 

髪留めをぎゅっと抱きしめる堀北妹。

 

「はい、これ、堀北さん」

 

一之瀬が手鏡を渡すと、早速髪留めをつける堀北妹。

その姿を学とそして橘も温かく見守っていた。

 

と、そんな時だった。

 

「ハァハァ……こ、こんなところにいたのか帆波。最初から自分の情報網を使って探すべきだったぜ」

 

空気を読まないなぐもんが現れた。いや、正確にはヘトヘトになって戻ってきた。

 

「それで俺にくれるものがあるんだよな?」

 

「あー……すみません、南雲先輩。あまりに見つけてくれなかったんで要らないのかと思って食べちゃいました」

 

「嘘だろ……。なら来年の楽しみに取っておくことにする、期待してるぜ」

 

「えー……」

 

南雲も南雲でどんなに突き放されても本当にブレない男ではある。

学にご執心なところといい堀北妹と似ているな……。

 

「堀北先輩もお待たせしました。本当に待っててくれて嬉しいっすよ。それで、堀北先輩がゲットしたチョコはその1個っすか?」

 

ニヤリと笑う南雲。

待つも何も、なんなら存在を忘れていたのだが、誰もそのことを口にしないあたり、3年生は大人だな。

これがうちのクラスなら、池や山内あたりが事実を口にしてしまっていただろう。

 

「確認させてもらうが、個数の勝負でいいんだな?」

 

「そうっすね。愛の重さで勝負したらその1個でも俺と良い勝負できるかもしれませんが、目に見えないものの数値化はできませんからね」

 

「わかった、個数勝負で構わない。それで鈴音、今回、本当は何個用意してあるんだ?」

 

「この学校で再会してからの毎日の想いをひとつひとつに込めたので、実は、その……日数分なので、約300個ほどあります」

 

「あとで全部持ってこい。全て受け取ろう」

 

「はいっ!」

 

嬉しそうに返事をする堀北妹だったが、もはやどこにツッコめばいいのかわからなくなってきた。

 

「それで南雲。お前は何個もらったんだ?」

 

「ち、ちくしょーぉぉー」

 

見事なまでにやられ役のセリフを叫びながら走り去る南雲。

なんか、ノルマ達成って感じだな、なぐもん。

 

「では兄さん、私はこれからチョコを持ってきます。須藤くん、悪いけど一人じゃ持ちきれないから付き合ってもらうわよ。一個ぐらい失敗作もあるから、あなたにあげるわ」

 

「おうよっ」

 

そうして2人は教室を出ていく。

 

「綾小路、一之瀬。南雲があの調子じゃ、今日の生徒会は休みだろう。2人でゆっくり帰ったらどうだ」

 

「それもそうだな」

 

「堀北先輩、ありがとうございます」

 

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。これからも鈴音をよろしく頼む」

 

「はい」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

文字通り山のような大量のチョコレートを抱えて、寮へと帰る道中。

残りの学生生活、最後の難関はこのチョコの消費かもしれない。

鈴音のことだ、味は問題ないだろうが、媚薬の1つや2つ入っている可能性も捨てきれない。

 

「妹さんと仲直りできて良かったですね」

 

「ああ。当時は俺も幼かった。妹の急成長を目の当たりにして、兄として負けるわけにはいかないと躍起になっていたものだ。それがまさかこじれにこじれてこんなことになるとは思わなかったがな」

 

自分でも不思議なぐらい晴れ晴れした気持ちで自然と笑みがこぼれた。

 

「その……堀北くんっ。堀北君がチョコを受け取らないということは、重々承知しているのですが……気持ちだけでも」

 

隣を歩く橘が小さな包みを差し出してくる。

 

「いまさら受け取った数が一個や二個増えても大差ない」

 

「え、じゃ、じゃあ……」

 

「大事に頂く」

 

「はいっ!」

 

この学校に来て、この大量の家族からのチョコを除けば初めて受け取ったチョコとなった。

こういうのも悪くはなかったのかもしれない。

まったくもって、今日は自分の考えを何度も改めさせられる、そんな日だ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「悪かったな一之瀬。面倒ごとに巻き込んでしまった」

 

「全然大丈夫、大丈夫だよ」

 

「なら良かったんだが」

 

3年の教室を離れ、帰宅することになったオレたち。

帰宅したら諸藤が集めたプレゼントが届いているのだろうか。

どのくらい集まったのか、大量にあったらあったでどうしたものかと困るだろうが、数個だった場合は場合であんな連絡が回った手前、辛さが増す。

 

結局このバレンタインにおいてハッピーな展開はあり得ないのだろう。

 

「綾小路くん、少しだけ散歩していかない?」

 

「それは構わないが……」

 

寮に着いたタイミングで一之瀬がオレの袖をそっと掴み小さな声で提案してくる。

いつも基本的にはハキハキしている一之瀬の珍しい一面。

 

「あの、さっ」

 

「なんだ?」

 

しばらく歩いたところで声を掛けてきたが、カバンに手を入れた状態でフリーズしている。

 

「あれぇ……お、おかしいな。もっとスムーズに出す予定だったんだけど……」

 

迷っている様子だったが意を決したように何かを取り出した。

 

「これ、バレンタインのプレゼント……も、貰ってくれるかな。一応ルール的には登下校中と学内で渡すのは禁止だったから、一度寮に着いた後ならセーフかなって」

 

「その件についてはオレの意思は関係なかったからな。個人的にはこうして渡してもらえて嬉しく思う」

 

「それなら良かったよ。なんていうか、私、こういうの今まで渡したことはないんだけど……。綾小路くんにはいつもお世話になってるし、その――」

 

「その?」

 

「えっと、その……その中身っ、マカロンなんだ。この前食べたことないって言ってたから丁度いいと思って作ってみたよ」

 

「それは食べるのが楽しみだな。ありがたく頂戴する」

 

「うんっ」

 

一之瀬はパタパタと手で扇ぎ赤く染まった自分の頬へ風を送る。

 

「あ、そうだ。今日もジムに行こうと思ってたんだ!ここで失礼するね。またね、綾小路くん」

 

「ああ。またな」

 

そう言い残し走ってケヤキモールの方向へ走っていく一之瀬。

オレはそんな一之瀬を見送りながら、貰ったマカロンを丁寧にカバンにしまい、寮へと引き返す。

 

部屋の前にはメッセージカードともに大きな段ボールが置かれていた。

 

『王子、ハッピーバレンタイン!みんなから預かった贈り物です。王子の想い人は1人かもしれませんが、みんなが王子の良さをわかってくれて私も鼻が高いです 諸藤リカ』

 

恐る恐る開封してみると、中にはいくつもの箱がそれぞれ誰から貰ったものかわかるように記載されて綺麗にまとめてある。

 

「変なところは律儀だよな」

 

『平田王子からの贈り物以外は解釈違いです』とか言って、陰で全て処分する可能性も考えていただけに、丁寧にプレゼントが扱われていることに少し驚いた。

 

重い段ボールを抱え部屋に入る。

当然鍵はかかっていなかった。

 

「あ、モテの小路君お帰りなさい。たくさん貰えたみたいで、さぞ気分が良いんじゃない?」

 

「そうでもない」

 

案の定、櫛田が部屋の中で待っていた。

だが、段ボールの存在を見たからか、堀北との一件からか、ご機嫌が少々よろしくないご様子。

他にいつもと違うことと言えば、夕食の香りがしてこないことか。

怒りのあまり食事抜きの刑なのかもしれない。

 

「ふーん、ホントかなぁ。堀北とも仲良くやってたみたいだし?」

 

「あれは退学への布石みたいなものだ。今日だってあと一歩だったんだがな、いや惜しかったな」

 

「ま、退学の約束してくれたし、そこは信じることにするよ。それで、私からなんていらないかもしれないけど、これあげる」

 

バッと雑にカバンから取り出された透明な包み。

クラスで愛想よく配っていたチョコとは別物だし、別人のようだ。

 

「ありがたく頂きます。……飴とマシュマロか?」

 

「そ、二種類も貰えて嬉しいでしょ。じゃ、今日はもう帰るから。夕飯はないけど、食べ物には困らないでしょ?」

 

「ああ」

 

「次の特別試験楽しみにしてるから」

 

そう言って櫛田は帰っていった。

いつもであれば食事をしてゆっくりしていくのだが、予定でもあったのだろうか。

 

ただ、櫛田の言う通り食べ物には当分困ることはないな。

取り急ぎ、手作りのものは市販のモノより日持ちしないだろう。

愛里からもらったマドレーヌと一之瀬のマカロンから頂くとするか。

 

その他に手作りのものはないかと段ボールを確認する。

 

ひよりからはキャラメル、波瑠加はカップケーキ、麻耶はハート形のチョコレートを贈ってくれたことがわかる。

 

他の生徒も含めあとでお礼を伝えておかなくてはならないな。

 

その時、インターホンが鳴る。

櫛田が忘れ物でもしたか、と思ったが、それなら黙って入ってくるはず。

 

「綾小路くん、いるんでしょ。出てきなさい」

 

声の主は意外な人物、堀北だった。

 

「どうした?ここには学はいないぞ」

 

玄関を開けて用件を聞く。

 

「そうでしょうね、兄さんの気配も匂いもしないわ」

 

「サラッと怖いことを言うのはやめてくれ」

 

「今日のお礼、あなたにはしていなかったわね。受け取りなさい」

 

堀北からクッキーの入った包みを渡される。

 

「一応聞くが、変なものは入ってないよな?」

 

「あなたに食べさせる意味はないでしょ」

 

「兄に食べさせる意味の方がないと思うんだがな」

 

いずれにせよ、堀北からの贈り物には警戒がいる。

 

「どうしたの。素直にお礼を受け取れなくなったらおしまいよ?」

 

「……受け取ったらまた何かさせられるんじゃないかって」

 

「おかしいことを言うのね。お礼と言ってるんだから安心して頂戴」

 

「それもそうだな」

 

堀北から差し出されたクッキーを受け取る。

 

「受け取ってくれたようだし、早速だけど学年末テストと特別試験の対策を相談させて。今日、改めてAクラスを目指す決意が固まったわ」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

「お礼は1チョコポイント分、まあトランプでのアシスト含めても2チョコポイントといったところでしょ。そのクッキー、10枚は入っているわ」

 

「良心の呵責はないのか」

 

「私は兄さんに追いつかなくてはいけないのよ?使えるものは何でも使うわ。さ、早く中に入れてもらえるかしら。コーヒーぐらい入れてあげるから、そのあと作戦会議よ」

 

オレを押しのけてズカズカと入室する堀北。

なんだか以前にも増して図々しくなったような気がする。

 

このバレンタインを通して堀北は成長できたのかもしれないが、オレにとってはただただ面倒が増えただけだった。

本当にバレンタインは甘くないな。





バレンタインは贈るお菓子ごとに意味がある、ということをこの話を描くにあたって知りました。
それぞれが渡したものは一応それを参考にしていたり……。
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