ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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並んで歩むために

茶柱先生から告げられた新たな特別試験『クラス内投票』は、朝のホームルームが終わった後も生徒たちに衝撃を与えていた。

 

『週末にはこの中の誰かがいなくなる』

『その選択を自分たちの手で行わなくてはならない』

 

実感に乏しい中でそんな思考が潜在的な恐怖を呼び起こしているようだった。

 

「きっとなんとかする方法があるはずだよ、諦めちゃだめだ」

 

平田が不安げな生徒一人一人に声をかけ励まし続ける。

 

平田の実力であれば、どうにかする方法などないとわかっているだろうに、よくやるものだ。

 

「本来、生徒のケアは生徒会の仕事なんじゃないかしら?」

 

そんな姿を漠然と眺めていたところ堀北からいつもの嫌味が飛んでくる。

 

「悪いがオレの管轄外だ」

 

「綾小路くんは兄さんの爪の垢でも煎じて飲むべきじゃないかしら。茶道は得意なんでしょ?」

 

「そんな茶の湯、利休先生が聞いたら泣くぞ。ついでに聞くが、堀北が敬愛するお兄さまならこの試験どうやって突破すると思う?」

 

「2000万ポイントがない前提で考えるなら……」

 

学に限らず、どんな優秀な生徒だったとしても過程が異なるだけでたどり着く答えはひとつだろう。

 

「クラスメイトが納得する理由――つまりテストや試験の成績といったクラスへの貢献度を指標にして、一番成績の低い生徒を選ぶんじゃないかしら。もっとも成績関係なくクラスにとって厄介な生徒でもいなければ、の話だけれど」

 

チラッと高円寺の方を見る堀北。

確かにこの試験で成績の優秀な生徒が批判票に選ばれるなら高円寺の様にクラスに何らかの不利益を与える人物になるだろう。

当の高円寺はいつも通り鼻歌混じりで手鏡を見て髪の手入れをしている。

自分が選ばれるとは思っていないのか、何か策があるのか。

 

「そういうことだ。結局この試験は誰かを退学にしなければならない以上、平田のやっていることは気休めどころか、逆効果でしかない」

 

「それでも簡単に割り切れるものじゃないわ。私だって頭ではわかっていても、まだ受け止めきれないもの……」

 

そういうものなのか。

テストの成績は各クラス平均点での勝負となる。

先日の期末試験でも上位成績者はAクラスにも負けない成績だが、それでも勝てないのは下位層の成績が原因。

Aクラスを本気で目指すのであれば、クラスにとってこの試験はボーナス試験と言っても差し支えない。

 

しかも直前にテスト結果が出ているだけに、堀北の言った指標も明確。

だが、学や坂柳のクラスのようにリーダーによって統率されたクラスならともかく、このクラスでそれを示しても上手くいくかは別の話だが。

 

「綾小路くん、ちょっといいかな。相談があって……」

 

「どうした?」

 

神妙な面持ちの平田から声を掛けられる。

まさか平田も生徒のケアは生徒会の仕事だとか言い始めないよな。

 

「その……もしかしたら綾小路くんなら2000万ポイント、あるいはそれに近い数字のポイントを持ってるんじゃないかと思って。図々しいのは承知の上でのお願いなんだけど、もし持っているなら、クラスのために貸してくれないかな」

 

そう言って頭を下げる平田。

 

「期待してもらっているところ悪いが、オレはそんな大量のポイントを持っていない。一時期借金で苦しんでいたぐらいだ」

 

「そうなんだ、うん、そうだよね……」

 

「学や南雲たちが異例なんだ。生徒会だからと言って大量にポイントを保有しているわけじゃない」

 

「じゃあその生徒会の先輩方に頼むことはできないかな」

 

いつもであれば先ほどの話で身を引く平田だが、今回はそうもいかないらしい。

 

「3年は卒業前の大事な時期、戦略価値のあるポイントを手放すことはないだろうし、そもそも残り1ヶ月じゃ返済もできない。南雲は論外だな。交換条件で何を言われるかわかったもんじゃない。役に立てなくてすまないな」

 

「ううん。こちらこそ無理を言ってごめんね……」

 

肩を落とす平田。普段の爽やかオーラはどこかにいってしまっている。

クラスの事を何よりも大事に想う平田にとっては酷な試験となりそうだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後になると再び坂柳から呼び出される。

話の内容は、昨日約束した勝負についてだろう。

 

「連日お呼び立てして申し訳ありません。用件はお分かりかと思いますが、綾小路くんさえよろしければ、勝負の話を次回に見送らせて頂けませんか?」

 

「『次の試験』はお互い8日の試験を想定していたからな」

 

「はい。試験内容もクラス内でのふるい落とし。直接戦えるものではありません」

 

「そうでもないと思うんだが……まさか怖気づいたのか?」

 

「ふふふ、面白いことをおっしゃいますね。……気が変わりました、では今回の試験で勝負いたしましょう。それでルールはいかがいたしますか?そこまでおっしゃったんです、さぞ胸躍る勝負方法をご提案いただけることでしょう」

 

挑発のお返しとばかりに煽りを入れてくる。

こちらとしては、坂柳の件も櫛田の件もさっさと済ませてしまいたい。

そうすることでオレは気兼ねなくBクラスへ移動して気ままに平穏な学生生活を送ることができる。

 

「こんなルールはどうだ。自分のクラスで退学させるターゲットを決め、その名前を記入した紙を箱に入れ施錠し保管。箱は茶柱先生、鍵は真嶋先生にでも預けておけば不正はできないだろう。そうしてお互い誰を狙っているかわからない状態を作り、試験当日の投票前に、相手が誰を退学させようとしているか予想し再び保管する。結果発表後に箱を開けて、相手のターゲットを当てていた方の勝利だ」

 

「これはこれは……。クラスメイトを勝負の道具にしてしまわれるなんて、生徒会の副会長がおっしゃるセリフとは思えません」

 

「どっかの生徒会長よりはマシなつもりだ」

 

「ふふ、違いございませんね」

 

「誰を退学にさせるか狙いを定め、その上で相手に悟られないように票をコントロールする。それなりに楽しめる勝負になると思うが」

 

露骨に票の操作に動けば、お互いに勘付く。だが、直前まで何もしなければ別の生徒が退学になるかもしれない。

 

「ちなみに狙ったターゲットを退学させられなかった場合は?」

 

「そんなヘマをするようなら勝負にすらならないと思うが……その場合は、相手のターゲットを当てていても負けということでいいんじゃないか」

 

「なるほどなるほど。ですが、そんな言い回しをなさらなくても大丈夫ですよ、私たちの仲ではございませんか」

 

「それがわかるなら少しは勝負になるかもしれないな」

 

この勝負、相手のターゲットを予想するというのは表向きの話。

手っ取り早く勝つには、相手が狙った人間を推理するより、残り39人のうち誰かを退学に陥れればいい。

 

そのことに触れずに話を進めたが、坂柳はすぐその可能性に至ったようだ。

決して相手の実力を低く見積もっていたわけではないが、少し修正する必要があるな。

 

「ふふふ、強気な綾小路くんも悪くありませんね。それでしたら一つだけ条件を加えさせていただいても」

 

「どんな条件だ?」

 

「簡単な話です。Bクラスのもつ賞賛票を綾小路くんの意志でコントロールしないこと。もちろん、私も干渉は致しませんよ」

 

「その条件で構わない」

 

もう一つの勝ち筋、相手の狙った生徒を賞賛票によって救う方法。

成功すれば、相手を確実に負けにできる。予想する紙に別の生徒名を記載しておけば、実質2人選択できることにもなる。

逆に自分のクラスで批判票が集まりやすそうな人物に集めておくことで、自身のターゲットの退学確率を上げたり、賞賛票集めをブラフにしてその相手が真のターゲットだったりと戦術の幅が広がる。

だが、それはBクラスの賞賛票をコントロールできればの話。

残念ながら自分のクラスの生徒たちに呼びかけて、他クラスへの賞賛票を指定できるのは多く見積もっても10人いるかどうか。

その程度の票では坂柳が批判票を集めた生徒の退学を阻止することはできないし、ブラフとしても弱い。

 

「楽して勝利できると思われてもつまらない結果になってしまいますからね」

 

「箱の準備もある。ターゲットの記入は明日でもいいか?」

 

「問題ございません」

 

「決まりだな。明日同じ時間にここで投票だ」

 

「ええ。楽しみにしています」

 

話し合いが終わったため、踊り場で待機している葛城に坂柳を迎えに来るよう伝えるべく教室を出たところで、坂柳から声を掛けられる。

 

「そういえば、私事で恐縮ですが父が停職処分となりました」

 

「……それ今言うことか?」

 

「まさか勝負する流れになるとは思わず、機を逸してしまいまして」

 

いや絶対わざとだろう。

 

「この試験、確かにあの理事長が監督しているにしては妙だとは思っていたが……」

 

「そうですね、父なら確実に誰かを退学にしなければならないような試験は許可しないでしょう」

 

「つまりこの試験は仕組まれたものか」

 

「要らぬ心配かと思いますが、どうかお気をつけてください」

 

「ああ」

 

いよいよホワイトルーム――あの男がオレを連れ戻すために本腰を入れてきたということ。手始めに邪魔な理事長を停職に追いやったのだろう。

 

そうなると、次の手も予想はつくが、そのあとどう動いてくるか。

警戒は必要だが、まずはこの試験をやり過ごさなければ何も始まらない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「退学が退学で退学を退退学学の退学だね、綾小路くん」

 

「そうだな、退学だな」

 

興奮のあまり頭が退学で一杯になってしまった櫛田。

よほど嬉しかったのだろう、夕飯は普段より豪勢なものとなっている。

退学チャンスが来ただけでこんな食事を取れるなら定期的に退学になるような試験が来るのも悪くないな。

 

「それで具体的にはどうやって堀北を退学にするの?」

 

「オレが大々的に動いたら勘付かれる可能性が高い。オレは裏で動き準備を整え堀北の逃げ道を塞ぎ、トドメは櫛田が刺す、そんな策を考えてある。その方が櫛田としても嬉しいだろ」

 

「さすが綾小路くんだね、よくわかってる」

 

「まずは平田の話に乗って欲しい。そうすれば自然と堀北と対立構造になるだろう。勝負所は必ず来る、それまで櫛田はクラスメイトのために行動しているという姿勢を忘れずにな」

 

「誰に言ってるのかな?そんなのいつも演じてることじゃない」

 

「なら安心だ」

 

「あぁこの一年本当に長かったなぁ。この苦しみが土曜日には跡形もなく消え去ると思うと、私、嬉しくて嬉しくて――」

 

苦しみが消え去る、か。

 

「無事堀北を退学にできた時は綾小路くんにもたっぷりお礼をするから!そして今度こそ一緒にAクラス目指して頑張れるねっ!!」

 

「そうだな」

 

この試験、どんな結果になったとしてもその未来だけは来ないことが少しだけ残念だな、とデザートのメロンを味わいながら思った。

その後、櫛田の退学談義に付き合い、22時を過ぎたところで櫛田は帰宅する。

 

遅い時間となってしまったが、一之瀬にも今日中に話をつけておきたい。

チャットを送ろうと携帯を手に取ると、綾小路グループのグループチャットのメッセージ数が大変な量になっていることがわかる。

 

試験への不安や土曜日までの過ごし方について、各々の意見を述べていたようだ。

 

最終的にグループ内で賞賛票を回すことで、少しでも退学のリスクを避けようという話でまとまっていた。

 

『賞賛票、オレの分は不要だ。4人で上手く回してくれ』

 

遅ればせながらメッセージを送信しておく。

オレを除けば、自分以外の3人に投票することができる。

オレ自身はこの試験で退学になる可能性が限りなく0に近い。

それこそ坂柳が暗躍して、いくらネガティブ・キャンペーンを行ったとしても覆せるものではない。

テストオール満点、高い運動能力、副会長権力、加えて他クラスとの交流もある。

日頃の行いの成果だなと思ったが、どれも生徒会に入ったことが要因で残してしまった実績だけに、学から勧誘されたときの無茶苦茶な謳い文句も馬鹿にできないと、少し面白かった。

 

一之瀬にチャットを送ると遅い時間にも関わらず、すぐに既読となった。

 

……が、なかなか返事が来ない。

 

寝落ちでもしてしまったのだろうかと可能性を考えはじめたところで、返事が来て23時頃にここに来てもらう約束をする。

 

あとは一之瀬と交渉して2000万ポイントを受け取り、試験後にBクラスへと移籍する。

Bクラスにしばらく滞在してわかったが、オレ自身が無理に普通の学生になるよりも、普通の学生に囲まれて過ごせば、自然と普通の学生生活を送れる。

 

Bクラスにはクラスメイトを退学にするように迫るヤツも、AクラスAクラスうるさい担任やブラコンも、何かとトラブルを持ってくるクラスメイト一同もいない。

思いやり協調性に溢れた平凡で平和な世界。

気がかりがあるとすれば、綾小路グループの面々や麻耶にみーちゃんなどとのその後の交流だが、クラス移動したことで疎遠になるようならその程度の仲だっただけ。

代わりが必要だと思えばBクラスでも作れる。

 

そうしてBクラスで学生らしい学生生活を送り、24億ポイントもほどほどに取り組んで、最終的に集まらなくとも挑戦したことに意味があるなんていういかにもそれっぽい達成感を得て、仲間たちと一緒に笑いながら卒業する。

他にも色々プランはあったが、それでいいんじゃないかと思えるようになった。

 

チャイムが鳴る。

 

どうやら一之瀬が到着したようだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

特別試験の解決策を色々考えてみて、誰も退学にならない方法は2000万ポイントによる救済しかないという結論に至り、ベットの上で悶々としていた時だった。

 

『これから会えないか?』

 

綾小路くんからドキッとするようなチャットが送られてくる。

でもここで手放しで喜んだり期待したりしてはいけない。

綾小路くんのことだから色っぽい話じゃなくて、試験に関して話したいっていう、これまで幾度となく繰り返したいつものオチに決まってるからだ。

そうでなければ、私はジムに通っていない。

 

とは言っても、一体なんて返事すればいいんだろう。

 

『試験の話かな?』

ダメダメ、わずかでも残されている可能性を捨てたくはない。

 

『喜んで』

いや、これじゃ期待満々すぎる。

 

『ちょうど暇してたんだー』

こんな夜更けに?

 

『私も会いたい』

これは攻めすぎだよ。

 

思いついた案を打ち込んでみては消しての繰り返し。

どっちにしてもすぐ会いに行くのは難しい。

まずは寝間着から着替える必要があるわけで……あれ、髪とか変になってないかな、風呂上りだから匂いは大丈夫なはず。でも一応香水はつけて……。服は何を着て行こう。あ、そうだった、返事しなきゃなんて送ろう……。

 

なんとか捻り出した『大丈夫だよ。23時頃でもいいかな?』を送るまでに随分と時間がかかってしまった。

 

こうして23時に綾小路くんの部屋に行く事になった。

 

少しだけ時間と心に余裕ができたことで、頭を特別試験のことに切り替える。

退学救済に必要な2000万ポイントの不足分――200万ポイントは誰かから借りるしかないけど、この時期にそんな高額のポイントを貸してくれそうな人は限られてる。

 

例えば、一応候補の1人、南雲先輩にお願いした場合、2つ返事で貸してくれそうだけど、その代わりに何か要求してくることはこれまでの経験から予想できる。

最悪の場合、あの人なら交際を迫ってくるぐらいしそうだ。

ホント馬鹿みたいな話だけど、仲の良いはずの朝比奈先輩が適度に距離を取っているように異性としての南雲先輩は碌でもない人だと思う。

 

3年生はより難しいだろうから、候補は綾小路くんに絞られる。

クラス争いに興味がない彼なら他クラス生でも救ってくれるはず……ううん、正確には救うというより、メリット、デメリットを考えてロジカルに行動する人だから、何かしらのメリットを私が示すことができれば大丈夫なはず。

いざとなれば、変に義理堅いところを利用させてもらって『私は昔無償でポイント貸してたよね』でごり押しすれば折れてくれる可能性もある。

ただ、これをすると嫌われちゃうかもしれないので出来れば避けたい。

 

とにかく、クラスメイトを救うためには私が頑張るしかないんだ。

そしてそのチャンスはこの後すぐ来てしまう。

 

綾小路くんの求めるメリットか……。

まあそれがわかるんだったら色々苦労しないんだけどね。

一緒にいて見えてきたことと全然見えないこと、どっちもたくさんあって、新しい発見をすればするほど惹かれていく、不思議な人。

 

 

そんな風に色々考えて、よし、頑張るぞ!と意気込んで行ったのにあっさり200万ポイントを貸してくれた綾小路くん。

 

でも本当に頑張らなきゃいけなかったのはここからだったんだ。

 

「その2000万ポイントをオレにくれないか?」

 

「へ?」

 

「もしそうしてくれたなら、そのポイントを使ってオレは一之瀬のクラスに編入したいと考えている」

 

綾小路くんから想像すらしていなかったことをお願いされる。

頭が真っ白になるってこんな感じかぁ……。なんて呑気な逃避思考を振り払う。

 

「以前、リアルケイドロが終わってから色々と悩んでいたよな」

 

「……うん」

 

屋上で龍園くんたちにクラスメイトがボロボロにされる中、見てることしかできなかった無力な自分。

 

「オレの編入はその解決策のひとつだ。自分にできないこと、クラスに足りないものがあるなら、出来るやつを味方にすればいい話だ。Bクラスの一員になれたら、一之瀬やクラスメイトが困ったときは力になると約束する」

 

確かに綾小路くんが来てくれたら、向かうところ敵なしの盤石なクラスになる。

遠くない未来、Aクラスにだって上がれるだろう。

 

「一之瀬が迷う気持ちも理解できる。オレを編入させるということは、大事なクラスメイトひとりが退学になってしまうということだからな。オレもBクラスには何かと世話になっているから心苦しいが、その生徒の犠牲を無駄にしないためにも、頑張って貢献するつもりだ」

 

2000万ポイントを救済ではなく、引き抜きに使用する。

誰かを犠牲にする代わりに、綾小路くんが来ることによってその後の特別試験や普段のテストの成績、体育祭……あらゆる面でクラスの勝利は確実になる。

長い目で見ても、2年生が引退後の生徒会は私たちが引っ張っていくことになるためメリットしかない。

本来なら私たちの方がみんなで頭を下げて色んな交渉材料のもと何とかして勧誘するような話。

 

「きっとそれなら、クラスメイト達も、恐らく退学が決まってしまった生徒も納得してくれると思うぞ」

 

これが誰の退学もかかっていない場面であれば、こんなにも悩むことはなかった。

試験だの実力だのを抜きにしても、綾小路くんがクラスメイトになって一緒に過ごせる2年間を想像するだけで鼓動がはやくなる。

 

でも――私はクラスリーダーとして正しい判断をしなきゃいけない。

 

正しい判断……これまで一緒に戦った仲間を切り捨てるのは正しいことのはずがない。

でもクラスを勝利に導く手段を取ることも間違っているわけはない。

なら、リーダーとしての正しい判断は、私自身が犠牲になって代わりに綾小路くんに来てもらうことなんじゃないだろうか。

 

「ただしひとつだけ条件を付けさせてくれ。オレはお前が退学になることを絶対に許さない」

 

そんな私の考えなど見透かされているようで、綾小路くんからストップを掛けられる。

こんな状況でなければ嬉しい言葉を投げかけてくれているのに……。

 

「もし2000万ポイントの譲渡に引っかかりがあるのであれば、借用でも構わない。卒業までに返済させてもらう」

 

「ポイントを……貸す……」

 

「ああ、そうだ。そうしたら、また一之瀬の世話になることになるな」

 

綾小路くんからの甘言。

クラスでも生徒会でも一緒。ポイントも貸せる。24億集まらなくても、私たちはAクラスで卒業できる。一緒に居る時間が増えれば、それだけで幸せだけど――だけど、もしかしたらその先の関係になることだってあり得るし、卒業後も交流を続けていける可能性も高まる。

 

こんなにも幸せな未来を約束してくれる綾小路くん。

 

だったら私は――――。

 

ううん、答えは何となく最初からわかっていた。

 

だって……。

 

こんなの。

 

こんなの綾小路くんらしくない。

 

このタイミングで『B』クラスにくるなんて、2000万ポイントの無駄遣いを、あの綾小路くんがするとは思えない。

 

そこから綾小路くんの思考をトレースすれば、答えはひとつ。

 

「とても……とても魅力的な提案だね」

 

「だろ」

 

「でもね、綾小路くん。私はもう大丈夫だよ」

 

「大丈夫?」

 

「うん、こんな提案、なんだか綾小路くんらしくないからさ。私がまたポイントを綾小路くんに貸しちゃわないかどうか、何に代えてもクラスメイトを守る覚悟があるかどうかを試してくれたんだよね。少し前ならともかく、私もこの学校でたくさんの経験をして、もう覚悟は決まっているよ。だから安心して。弱いままの私は卒業。今はまだまだだけど、綾小路くんの隣に並んで恥ずかしくないぐらい成長して見せるから」

 

初めから『救済』か『引き抜き』か、なんて2択は存在していなかった。

 

どういうわけか綾小路くんは私の成長を促してくれることが多い。

それもこの一環だった、それだけの話。

 

「その答えでいいのか?」

 

「うん。これまで綾小路くんには情けない姿ばっかり見せちゃってたし、心配してくれた気持ちはすごく嬉しい。……いつもありがとう」

 

「そうか。一之瀬の覚悟は伝わってきた。その2000万ポイントでクラスメイトを救って、これからも頑張ってくれ」

 

「もちろんだよ。クラスメイトは絶対に守ってみせるから」

 

「ああ。それでこそ一之瀬だ」

 

そう言う綾小路くんの表情はいつも通りのはずなのに、どこか少しだけ寂しそうに見えた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……オレらしくないか」

 

一之瀬が去った後、空になったマグカップを片付けながら考える。

 

まさか一之瀬がオレの思考をここまで読んでくるとは思いもよらなかった。

少し前の自分なら、確かにこんな提案はしなかった。仮にするとしても、一之瀬が言ったように相手を試す時ぐらいだろう。

 

皮肉なもので、一之瀬によって考えを変える選択をしたオレとオレに感化され成長してきた一之瀬が、お互いが進んできた方向へと歩み寄った結果、すれ違うこととなり……何も変わらなかった。

 

ただ、結果はともかく、驚かされたのは事実。

一之瀬の成長に敬意を表して、少しだけ本心で語ろう。

 

クラスメイトを切り捨てない、どこまでも正しさを貫く判断。

多くの人はそれに憧れはしても、実行することは難しい。

 

だからその決断をした一之瀬のことを立派だと思う。

 

だが、そんな一之瀬のやり方では人間社会で勝ち残ることはできない。

これまた皮肉なことにオレの存在がその根拠となってしまっている。

 

日本を導く人工的な天才を作るホワイトルーム――その最高傑作がオレということになっている。一之瀬の様な善人の正論正攻法で世の中をコントロールできるというのなら、オレもそうなっていなくては矛盾する。

世界を統べる人材育成を最終目標とし作成されたカリキュラム、その中でも最高レベルの課題をこなし生まれたのがこんな人間だ。逆説的にその反対の人物では勝ち残れないということ。

 

だからこそ、社会の縮図のようなこの学校で一之瀬がどこまでやれるのか興味があった。

 

元々は学と橘の関係を模して対抗するために生徒会へ入れただけの関係であったが、ここまで面白く変化を続けてくれた。

そうして気づけば、彼女が成長した先に、オレの想像を超える、あるいは想像できない、ひとつの答えがあるような期待感が生まれていた。

 

計画を変更してでも、もう少し近くでその成長を、答えを見守るのも悪くはない、そう感じさせられるだけの変化。

 

しかし、その道は絶たれてしまった。

それなら元の計画を進めていくだけのこと。

寄り道など必要がなかったことがわかっただけ。

これは、それ以上でもそれ以下でもない、そんな話。

 

愛着が湧いたものを手放す――例えば、小さい頃からずっと一緒だったぬいぐるみを捨てる時、その時は辛くとも、やがて時が経つと共に思い出すこともなくなっていく。

人が、いつかやってくる大切なものとの別れを通して大人へと近づいていくのであれば、オレはまさにそんな体験をしているのかもしれない。

 

そうして心であろう存在がゆっくりと冷えていくのを感じる。

それに伴って試験や勝負や約束などへの関心も薄れてゆく。

 

そんな形容し難い感情が、冷えた心のような何かを静かに満たしていった。

 

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