ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

110 / 172
冗談じゃない

試験が発表された翌日の朝。つまり投票日まで残り3日。

 

クラス内は昨日と変わらず異様な緊張感に包まれていた。

他クラスと比べるとお世辞にも結束があったとは言えないが、そんなクラス仲でも約1年苦楽を共にしてきたことでそれなりに絆のようなものが生まれていた。

少なくとも、特別試験などいざという時には、平田や櫛田、堀北を中心にまとまることができるぐらいには。

 

だが、この試験が発表されてからはそうもいかない。

そもそも中心人物である、平田や櫛田が批判票で退学になる可能性は限りなく0に近いため、退学になるかもしれない生徒にとって安全圏にいる人間から何を言われても響かないのだろう。例外があるとすれば、自分の身の安全が保障されるときぐらいか。

 

「きよぽん、おはー」

 

「ああ。おはよう」

 

登校してきた波瑠加が簡単に挨拶を済ませると、こっちに来てと手招きをする。

他の綾小路グループの面々も招集され、波瑠加の机の周りに集まっていく。

 

「昨日チャットで話してた内容についてだけど――」

 

周囲を警戒しつつ、小声で話し始める波瑠加。

 

「きよぽんは本当に大丈夫なの?」

 

「ああ。問題ない」

 

賞賛票をオレ抜きでグループ内で投票することについて、波瑠加なりに気を遣ってくれている様子。

 

「清隆なら大丈夫だとは思うが、それでも万が一はある」

 

啓誠もオレなら問題ないとはわかっていても、申し訳ない気持ちがあるようだ。

ただ、今回はオレに賞賛票を入れてもほとんど意味がないため、話を逸らすことにする。

 

「確かに油断はできないが、警戒しすぎるのも良くない。この試験、普通にしていたらオレだけでなく、ここにいるメンバーが退学になることはないからな」

 

「え、本当!?」

 

思わず大きな声が出てしまった愛里にクラス中の視線が集まるが、それを感じ顔を真っ赤にする愛里を見てすぐに視線を戻す。いや正確には、一部、チラチラと見続ける男子生徒も何人かいるようだが……。

 

「本当だ。批判票はひとり3票。個人的な恨みでもない限り、投票先は絞られる。候補は大体想像つくんじゃないか?」

 

「そうだな。単純に考えたら成績順とかだろうしな……」

 

「あと協調性を欠いている奴も候補だろ」

 

明人と啓誠が思い浮かべている人物――例えば、先ほどから愛里を盗み見している山内を筆頭に、池や本堂、改善してきてはいるものの素行に問題があった須藤、言わずもがなの高円寺、女子で言えば井の頭あたりが候補か。

 

「でも友だちとか、す、好きな人……には入れられないんじゃないかな」

 

「だよねー。ん?それって私たち不利じゃない?」

 

成績の怪しい麻耶や恵でも、友人数を考えると退学の心配はほぼいらない。

極端な話、このクラスの半数以上と仲が良ければ、退学になる確率は著しく下がる。

 

「波瑠加も愛里もこの前のバンドで目立ってたし、クラス問わず賞賛票入れる男子はいるんじゃないか」

 

「おっ、みやっちいいこと言うじゃん」

 

「でもそれを言ったら明人くんは運動できるし、啓誠くんは勉強できるし、き、清隆くんは全部できるから、みんな大丈夫!…と思う」

 

「愛里もだんだん言うようになってきたねー」

 

ある程度の安心感を得られたようで、先ほどまでの重々しい空気は薄れていた。正直なところ、退学する人物は決まっているため、結局こんな議論は無意味でしかないのだが……。

 

「葛城くん、ここまでで結構ですよ。あとは神室さんと一緒に行きますので」

 

そんな時だった。教室の廊下から声が聞こえてくる。

誰の声か、と考える必要がないことは内容が聞こえた人間の共通認識だろう。

直接乗り込んでくるとは……勝負方法に何か不満でも出てきたのだろうか。

少し身構えて待っていたのだが――。

 

「朝から恐れ入ります。その……山内君はいらっしゃいますか?」

 

「え?俺?」

 

教室の入口から顔を出した坂柳から指名されたのは意外な人物だった。

山内本人はもちろん、教室中の生徒が少なからず驚きを見せている。

 

「はい……。その、よろしければ今から少しだけお時間いただけませんか?お話がしたくて」

 

「別にいいけど」

 

誘われるままついて行く山内。このタイミングでの接触は、あまりにも怪しい。

 

勝負のことを考えた何かしらの策とみるのが――。

 

「ね、こっそり後をつけてみようよ」

 

「波瑠加ちゃん、それはさすがにマズいんじゃ」

 

「でもさ、さっきの雰囲気さ、気になるじゃない」

 

「何が気になるんだ?」

 

「ゆきむーはホント無頓着なんだから。きよぽんといい勝負だよねー」

 

勝手に比較対象にされてしまったが、啓誠同様オレも何を気にしているのかわからないため反論もできない。

 

「急がないと見失っちゃう」

 

波瑠加に急かされて5人で後をつけることに。

葛城から降りた坂柳の歩行速度はスローペースであったため、階段下で話している2人と少し離れたところに待機している神室に程なくして追いつくことができた。

 

「――それで、よろしければ今度お食事でも一緒にいかがですか。山内君とお話しするのは楽しくて」

 

「えっと、気持ちは嬉しいし、確かに坂柳ちゃんは可愛いけどさ、今度南雲先輩から巨乳のお姉さん系な先輩を紹介してもらえる約束になってんだよ。だから、ごめんな」

 

「はい?」

 

「いやぁ、モテ期ってやつかなぁ。ここにきて俺の魅力が世間にバレ始めちゃったつーか。でも俺不誠実なことはしたくない漢なんで。なんつーか、可愛さの方向性が坂柳ちゃんと先輩じゃ違うっつーか、ぶっちゃけ恋愛対象外ってやつ。ま、そういうことだから、悪ぃね」

 

そう言い残し山内が階段を登り教室に――つまりこちらに向かってきたので慌ててオレたちも教室に戻る。

 

「あいつサイテー」

 

「ちょっと許せない、よね」

 

教室に戻るや否や女性陣から軽蔑される山内。

 

「流石の俺もまずいことはわかった」

 

「同じ男としてアレはないな」

 

啓誠や明人も女性陣の只ならぬ様子に、早めに予防線を張る。

 

「何の用だったんだよ、春樹。お前まさか坂柳ちゃんと……」

 

総バッシングを喰らっている最中とは知らない山内が何食わぬ顔で戻ってくると、池が興味津々に問い始める。

 

「ま、俺ほどの男になれば、可愛い子も寄って来るってわけよ。でも俺はロリコンじゃないんでね。丁重にお断りしてきたぜ」

 

高笑いし自慢げに先ほどの出来事を話し出す山内だが、後ろで廊下を通り過ぎていく坂柳たちには全く気づかない。

表情は見えずとも坂柳がどんな想いか想像するまでもない、と周りは考えただろう。

もしかして山内は挑発の天才なのかもしれないな。

やろうと思ってもあそこまでの感情を坂柳から引き出すのはオレにはできそうにない。

 

おおよその状況を理解したクラス内の空気は、登校してきた時とはまた違った緊張感を纏う。

 

特別試験のことをすっかり忘れるぐらい調子に乗っている山内の姿に、女性陣を中心に嫌悪の目が向けられている。

 

大半の生徒が感じただろう。

 

『あ、こいつが退学だ』と。

 

あの平田でさえ、カバーに入れず言葉を失っているほどだ。

 

「な、なぁ春樹。悪いことは言わねえから、言葉を選ぶっつーか、いますぐ坂柳ちゃんに謝罪して来いよ、なっ」

 

「はぁなんだよ、妬みかぁ。見苦しいぜ寛治」

 

「そうじゃねーよ。今の自分の状況考えてみろって。可愛い子に告られて調子に乗ってしまっただけなんです、反省してますって宣言しねえとマズいって」

 

「何のことだよ。……へっ?」

 

周囲からの視線にやっと気付いた山内。

だが後の祭り。

 

元々誰かを退学させなくてはいけない試験。

批判票を集める大義名分を持った生徒ができあがってしまったわけだ。

 

なるほど、大胆な策に出たな坂柳。

自らのプライドを犠牲にすることによって山内へヘイトを集める。

ここから他の生徒に批判票を集めるのは骨が折れるだろう。

 

だからと言って、オレが山内を退学のターゲットに選べば勝てるとは限らない。

こちらがそうすることを予測してAクラスの賞賛票を山内に集中させれば、別の人物が退学となり、勝負はオレの負けとなる。

山内を救おうにもBクラスの賞賛票はコントロールしない約束。

山内に自然と何十票も賞賛票が集まるはずがないだけに、オレが約束を反故にした場合も簡単に指摘できる。

 

こちらに主導権を与えない攻撃的な戦略。坂柳らしいな。

ここまでしてくるとは思っていなかったため、お見それしたとしか言いようがない。

 

この状況、普段なら少しは面白くなりそうだと思うところだが、生憎オレも興が乗らない状態。時が来るまでは静観させてもらう。

 

「ち、ち、ちげーよ。俺は悪くないんだって。みんなだってそうだろ?クラスメイトの上に乗っかる女子と付き合いたいと思うのかよ。下手したら葛城に乗ってドライブデートとか言い出すかもしれないんだぜ」

 

「真剣な想いをそうやってちゃかすとかマジあり得ない」

 

「葛城くん云々より前に、カラダの話してたよね、このクズ」

 

火に油を注ぐ山内を女子が業火で燃やし尽くすが如く非難を浴びせる。

山内と波瑠加の席は近いこともあり、すっと解散する綾小路グループ。

 

「呆れてものが言えないとはこのことね」

 

普段この手の話に無関心な堀北ですらこのご様子だ。

 

「手間が省けたことは坂柳さんに感謝すべきなのかもしれないわ」

 

最後にそんなことを呟き、今度こそ関心がなくなったのか、視線を手元の本へ戻す。

山内の言い訳は朝のホームルームが始まるまで続いたが、覆水盆に返らずといった具合だった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そうして迎えた放課後、山内の尊い犠牲のおかげでクラスの大半は安心したのか、特に対策や方向性を議論することもなく各々教室から出ていく。

 

「どうすんだよ、春樹。このままじゃ、お前……」

 

「どいつもこいつも薄情だぜ。自分さえ助かれば、あとは無関心かよ」

 

山内との付き合いが長い、池と須藤が山内を励ます。

三人寄れば文殊の知恵などという言葉もあるが、果たしてあの3人が揃って出した知恵で挽回できるかどうか。

 

少し気になるところではあったが、残っていて巻き込まれても面倒だ。

坂柳との待ち合わせまで、生徒会で仕事でもして時間を潰すことにする。

 

と思ったのだが、生徒会室に入るや否や南雲から声がかかる。

 

「聞いたぜ、綾小路。お前たちの学年、面白い試験が追加されたらしいな」

 

「面白いかどうかは疑問ですがね」

 

「おいおい馬鹿言うなよ。実力のない雑魚は退学して残ったヤツらで緊張感を持って競い合い高みを目指していくのが本来の姿だろ。この時期まで退学者がでなかったお前たちの学年は良くも悪くもあまちゃんだったのさ。この試験が終わったら、お前たちもやっとこの学校の生徒らしくなるに違いねえぜ」

 

南雲にしては珍しく真っ当なことを主張する。

 

「この学校で2番目ぐらいに退学を愛してる南雲先輩が言うと説得力が違いますね」

 

「ハッ、冗談にしては笑えないぜ。自分で言うのもなんだが、俺以上に退学の理解者もいねーと思ってるんだがな」

 

「何事も想定外のことはあるものですよ」

 

南雲は相手を陥れる時に退学以外の選択肢も考えられる人間。

退学絶対至上主義の誰かさんとは一途さで劣るだろう。

 

「やけにしんみりしてんな。ま、どうせお前にとっては取るに足らない試験だろうしな。これが3年の試験だったら堀北先輩と楽しく勝負できたんだが……巡り合わせばっかりは流石の俺でもどうしようもない」

 

今度はどこで買ってきたのか、開運の御守りを手に取り見つめる南雲。

 

「どうですかね。他学年の、しかもクラス内での駆け引きがメインのこの試験で外野が出来ることは限られると思いますが」

 

「やりようはいくらでもあるさ。綾小路もいくつか思いついてるんだろ?」

 

「まさか。オレは退学信者でも勝負教徒でもありませんから」

 

「よく言うぜ。ま、お前と遊ぶのは来年度だ。たっぷり時間はあるから楽しみにしとけよな。おっと、おかげで程よく時間が潰せたぜ。世間話はここまでだ。これから来客予定がある。俺とサシでの面会希望だ。全員今日の仕事はここまでにして解散してくれ」

 

「お疲れ様です!って解散なんですか?」

 

「あぁ、悪いな帆波」

 

タイミングが良いのか、悪いのか。解散を命じたところで一之瀬がやってきた。

 

支度をして出ていく溝脇たち生徒会役員。

 

「私たちも帰ろっか、綾小路くん」

 

スッと近寄ってくる一之瀬。

 

「すまないが、このあと坂柳と予定がある。先に帰ってくれ」

 

「えっ……坂柳さん、と?冗談、じゃなさそう、だね。そっか、うん、用事があるなら仕方ないね。……またね、綾小路くん」

 

「ああ」

 

一之瀬を置いて特別棟を目指すが、坂柳との待ち合わせまではまだ時間がある。

それならと途中にある図書館へ立ち寄ることにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

大学受験シーズンのピークは3年生で賑わっていた図書館も、3月になればその姿もなくなり閑散としていた。

 

そのため目当ての人物もすぐに見つかる。

 

「こんな時でもひよりは変わらないな」

 

「どなたかと思えば清隆くんではないですか。こんにちは。何か本を探しにいらしたのですか?」

 

特別試験期間中ではあっても図書館に行けば居るかもしれないと思ったが、本当に居たひより。

 

「どちらかと言えばひよりを探していた」

 

「ご、ご冗談を……」

 

持っていた本をギュッと両手で抱きしめ俯くひより。

だが、直ぐにこちらへと向き直る。

 

「もしかして試験関係のことでしょうか」

 

「話が早くて助かる。良ければ少し話をしたいんだが……」

 

「幸い図書館もこの有様ですので、奥の方の席でしたら誰かに聞かれる心配もないかと思います」

 

ひよりに勧められ、奥の席へと腰を下ろす。

 

「それでいかがなさいましたか?」

 

「難しい話じゃない。今回の試験内容を受けて、ひよりのクラスの様子がどうか、少し気になっていた」

 

「そうですね。坂柳さんの一存で決まるAクラス、恐らく2000万ポイントを用意してくるBクラスと比べると、私たちのクラスの動向は予想しづらいかもしれません」

 

「Aクラスの方針はともかく、Bクラスがポイントを用意するとどうして思ったんだ?いくら上位クラスでも簡単に集まる額じゃない」

 

「確証はございませんが、Bクラスの方々の様子を見ていると、誰かが退学するような雰囲気ではございませんでしたので、そうなのかなと。退学者が出るにしては、あの仲良しグループが平静なのはおかしいですから」

 

「もっともだな」

 

ひよりの洞察力、推理力もあるだろうが、他クラスに気づかれるのは油断に他ならない。南雲の主張を踏まえると、Bクラスにとって退学者が出ないことは、果たしてプラスになるのか、どうか。

 

「それで、私たちのクラスについて、でしたね。……清隆くんにとっても他人事とは言い切れないかもしれません」

 

「どういうことだ?」

 

ひよりのクラスで気になっていることのひとつは龍園の動向でもある。

派閥がわかれている以上、龍園を退学にする動きが出ていてもおかしくはないし、逆に龍園が対抗勢力のトップを退学にしようとしている可能性もある。

 

「実は……退学の筆頭候補は、諸藤さんなんです」

 

「諸藤が?記憶している限りじゃ、成績もそこまで悪くなかったはずだが……」

 

運動能力はともかく、そこそこの学力はあったはず。総合的に見ても他に退学候補はいそうなもの。

 

「先日のバレンタインで少々やり過ぎてしまったようで……。ファンクラブでチョコをまとめてお渡しする方針、その……直接渡す勇気がでなかった方にとっては大変ありがたかったのですが、この学校はどちらかと言うとそうでない方ばかりですから。私たちのクラスでもあれ以降少々荒れておりまして、清隆くんにチョコを直接渡せなかった他クラスの友だちの不満を代弁する方まで出たり……」

 

思わぬ理由で退学者が選ばれようとしていた。

確かにあの日、諸藤はルールに従わない生徒へは強引なやり方を取っていたが、オレにしてみればそれだけで、という感が否めない。

 

「チョコの渡し方ひとつで退学にされたら堪ったもんじゃないな」

 

「それだけ本気の方が多い、ということかもしれませんよ?」

 

「そういうものなのか」

 

「そうでなければいいのですが……」

 

噛み合っているのか噛み合っていないのかよくわからないやりとりとなる。

 

「なんというか、知らないうちに迷惑をかけていたんだな」

 

「お気になさらず。女子社会の面倒なところですから。ただ、諸藤さんも謝罪することなく、ご自身の主張を貫いているのが拍車をかけてしまい、初めは少数の動きだったものが、女子に気に入られたい男子や自分が退学になりたくない方々が便乗して諸藤さんに投票しようと動いているようです」

 

ちょっとした口実から、やり玉に上げられてしまったのか。

普段は大人しい諸藤も、特定の分野じゃ過激派になるからな。それだけ敵を作ってしまいやすい。

 

「諸藤さんが退学になった場合、恐らく清隆くんのファンクラブも解散になることと思います」

 

「それはそうだろうな」

 

ファンクラブの運営は、真鍋や山下、藪などが手伝うこともあると聞いたが、会報やイベント企画など基本的に諸藤のワンオペ。後任が現れなければ消滅するだろうが、それなりの熱意がなければ引き継げない労働量でもある。

 

「いかがいたしましょう?」

 

「不思議な問いだな」

 

「私個人としては諸藤さんとは可もなく不可もないお付き合いですし、クラスリーダーとしても必ず救わねばならない生徒、というわけでもありませんから。ただ……」

 

「ただ?」

 

「清隆くんがファンクラブにどのぐらい重きをおいているかは測りかねるところでして、それ次第では行動も変わるかと」

 

ファンクラブに対して好意的に思っているのか、そうでないのか。

会費で入ってくるポイントはもちろん、混合合宿の時のように戦略面でも利用価値はある。だが、どうしても必要かと言われるとそこまででもないのが正直なところ。

諸藤を救うための労力やリスクに見合うかどうかの話。

 

「助けられる面もあるが、他クラスの方針に介入してまで守り抜きたいもの、とは言えないな」

 

「そうですか。それでしたらこちらからはあえて動くことはいたしません。クラスの意思に任せたいと思います」

 

「それで問題ないんじゃないか。下手に庇い立てしたり、誰か別の生徒を指名したりすれば、ひよりにも被害が及ぶかもしれない」

 

「ふふ、お気遣いありがとうございます」

 

そんな話をしていると待ち合わせ時間が近づいてきた。

 

「話せて良かった。用事があるからそろそろ失礼する」

 

別れの挨拶を済ませたところで席を立つが、不思議そうな顔でこちらを見つめるひより。

 

「どうしたんだ?表紙と本の中身が違った時のような顔をしているぞ」

 

「その……賞賛票の交渉などなさらなくてよろしいのでしょうか。そちらが本題だとばかり」

 

「オレもそこまでする必要性が今のところない。もしも風向きが変わったらその時は相談させてくれ」

 

「もちろんです」

 

坂柳とのルールでは、Bクラス以外の票のコントロールは認められている。

だが、ひよりのDクラスの賞賛票を当てにするのは不確定要素が大きい。

 

匿名投票だけに一部生徒が気まぐれを起こせば、目論見が外れる。

また、あえて言及してこなかったことから裏で坂柳が買収していてもおかしくはない。

 

今度こそ図書館を出発し、特別棟の待ち合わせ場所に向かう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「綾小路、わかっているとは思うが、坂柳は今朝から非常にデリケートな状態だ。下手なことはしないように頼む」

 

待ち合わせの教室の前で待機する葛城からそんな忠告を受ける。

 

「それは心配しすぎなんじゃないか。策を実行する上で本人もある程度覚悟はしていたはずだ」

 

「策?綾小路、お前何か――」

 

「綾小路くん、いらしたのでしたら早く入室ください」

 

葛城が何かを言いかけたが、オレの到着に気づいた坂柳の声に遮られる。

 

「早く行ったほうが良い」

 

「ああ」

 

教室に入ると坂柳が椅子に座っていた。坂柳にとって待望の瞬間だからか、心なしかピリピリした空気を纏っている。

 

「さあ早速投票をはじめましょう」

 

「そうだな」

 

カバンから箱と錠前を取り出す。

 

「この時が楽しみで楽しみで、気づいたらこの時間になっていました。ええ、他の事など記憶の片隅にも残っていないんですよ」

 

「そうなのか。今朝の策は面白いと感心したんだがな」

 

「ふふふ、ホワイトルームでは冗談の教育にも大層力を入れられているんですね」

 

相手をそれこそ賞賛した一言のつもりだったのだが、そうは受け取ってもらえなかった様子。

 

「冗談?山内を嵌めることで2択をオレに迫ったんだ、素直に良い一手だと思っている」

 

「……」

 

「坂柳?」

 

「そうおっしゃっていただけるなら私も身体を張ったかいがあったというもの。ええ、ええ、綾小路くんの意表を突くことができたようで何よりです」

 

「そうだな。一瞬、本当にこっぴどく振られたのかと思うほどの演技力だった。坂柳のことだから、南雲が山内と繋がっている情報も入手していたんだろ」

 

「この勝負、負けられませんからね」

 

「やはりか。お前の本気度は伝わってきた」

 

褒めて油断をする相手だとは思っていなかったが、少なくともピリピリした空気は和らいだか。

 

「これでいいな」

 

「ええ。問題ございません」

 

お互いにターゲットのクラスメイトを用紙に記入し、見えないように箱に入れ、施錠する。

 

「あとは各々の担任に預けるだけだ」

 

「それでは参りましょうか」

 

不正防止の意味も込めて、3人で職員室に持って行き、箱と鍵を預ける。

茶柱先生からは「こんな時期に何の冗談だ」と睨まれたが、坂柳と葛城を見てオレがAクラスのトップを直接叩こうとしていると考えたのだろう、すぐににこやかな表情になった。

あんな柔らかい表情をするのは、抹茶を飲んでいるときか、ポチの前だけぐらいだ。ん?……結構してるな。

 

「それでは土曜日を楽しみにしてますよ、綾小路くん」

 

「ああ」

 

そうして坂柳たちと別れ、帰路につく。

本日一番の面倒ごとはこれから起きることが確定しているだけに、非常に足取りの重いものとなった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「しかしマズいことになりましたね」

 

「何かあったのか?」

 

葛城君はこの状況をまだ理解できていないようです。

 

「優先事項を考えねばならなくなったということです」

 

元々は混合合宿で私に不敬を働いた山内君を利用する形で、不遜筋肉をターゲットに仕向け、どちらが退学になっても私としては喜ばしい展開に持ち込む予定が、今朝の一件から何が何でも山内君を消すと決めていました。

 

ですが状況が変わってしまいました。

綾小路くんは2択、つまり山内君が退学か生存かを私が強要してくる良い策とおっしゃっていましたが、それは今の状況から山内君以外を退学にできないレベルの生徒なら、という前提付き。

語るまでもなく綾小路くんなら、ここからでも任意の生徒を退学にできるでしょう。そうなると、私自身で山内君以外が退学になるお膳立てをしてしまったことになります。

 

加えてこちらの裏をかくように山内君をターゲットにしている可能性もあります。

あえて今朝の話題を出したこともそこに起因するのかもしれません。

最悪の展開は、それを防ぐために嫌々賞賛票で山内君を救ったにも関わらず、ターゲットが別の生徒だった場合。

 

材料が足りない現状での思考は推測にしかなりませんね。

すでにターゲットは投票済みで変更は不可能。綾小路くんが動かなければ山内くんが退学になる状況ですから、残り期間で綾小路くんがどなたを狙っていくのか探りつつ、いつでも山内君にとどめを刺せる準備はしておきましょう。

なかなか面白い勝負になってきました。

 

「……坂柳、うちのクラスからは誰を退学にするつもりなんだ?」

 

「綾小路くんとの勝負のこともあります。当日まで口にするつもりはありませんよ」

 

「そもそも個人的にはこんな勝負、到底容認できるものではないんだがな……」

 

「でしたらひとつだけお約束いたします。退学に指名する方は他の皆さんが納得できる相応の理由のある方です。勝負だからと彼の裏をかくためだけに無辜の生徒を犠牲にはいたしません」

 

「だがそうなると退学候補は――」

 

「まだ個人的な感情論を持ち込まれるおつもりですか、葛城くん?」

 

「……誰だとしても仲間が1人いなくなるんだ。簡単に割り切れるものではない」

 

「そんな調子では生徒会所属なんて夢のまた夢ですよ」

 

綾小路くんはもちろん、南雲生徒会長も退学者が出ることを悲観する人ではないでしょう。

むしろ、あの集団の中では一之瀬さんの存在の方が異質。価値観が真逆の存在がなぜ共存できているのでしょうか。それがわかれば葛城くんも上手く馴染めると思うのですが、あえてそんなアドバイスはいたしません。私には足となる存在がいなくては困りますから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰宅すると昨日の豪勢な食事とは打って変わって、机にはカップ麺が置かれているだけだった。

 

「あの馬鹿なんなわけ。堀北退学にしなきゃいけないのに。みんなアイツに投票するって言ってんだけど。クソクソクソッ!!」

 

ご乱心の櫛田さん。

オレの枕が見るも無惨なことになっている。こんなことなら早く帰宅して暴走を抑えておくべきだったか。

 

「心中察するが枕に罪はない。その辺にしておいてくれないか」

 

「あー、おかえりなさい。今日の晩ご飯はそれだよ、役立たずの綾小路くん」

 

「ご乱心のところ悪いが、山内が何かしたところで、堀北は退学にできるから安心してくれ」

 

「へぇ、綾小路くんも冗談ぐらい言えるんだね、おもしろーい」

 

今日は何を言っても冗談に思われる日か何かか。

 

「確かに今朝の出来事は想定していなかったが、起きたことによる影響は想定内だ。例えば、山内が批判票39票集めても、堀北にも同数集まれば、賞賛票の差で堀北を退学にできる」

 

枕を踏みつけ蹴り飛ばす足が止まる。

 

「1人3票必ず投票する以上、山内を無理に擁護する必要は最初からない。同じだけ堀北の株も落とし、賞賛票の差で勝つ作戦だ。クラス内はともかく、他クラスから賞賛票が堀北に入るはずがないのは櫛田もわかるよな?」

 

「うんうん、確かにそうだね。でもそれは山内くんにも言えることじゃない?」

 

「そのためにオレたちがいるんだろ。お互いクラス内外で影響力はそれなりにある。それよりも今回の試験で一番気にすべきはどれだけ自然に堀北の評価を地に落とすかだけだ」

 

「なるほど、なるほどー。さすが綾小路くんだね!私ったら、早とちりしちゃって恥ずかしいなぁ、もう。あ、いまからステーキ焼くからご飯はもう少し待っててね」

 

感情のジェットコースターとはこのことだろうな。

まぁそんな遊具には乗ったことはないんだが。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

生徒会役員が帰ったのち、すぐのことだった。生徒会室のドアが勢いよく開く。

 

「南雲先輩助けてくれよ。このままじゃ、俺退学になっちまうんだよ」

 

駆け込んできたのは、この学校にも一定数存在するどうしようもない人間。

自分のためなら簡単に仲間を売る、生き汚なさ。罪悪感など抱かず平気で他者の足を引っ張る人種。

そう思ってはいても、そんな人間を無下に扱ったりはしない。

今の自分の地位を築けたのはそういった人間のおかげ、とも言えるからだ。十分利用価値はある。

 

だが、目の前にいるコイツにはもうそれは望めない。

綾小路はとぼけていやがったが、ちゃっかり足切りしてんじゃねえか。

むしろ、上位クラスを目指すのであれば、こんな存在をこれまで放置していた方がおかしい。

全く面白くない話だが、今にして思えば、あえて泳がすことで俺の様な人間を釣るエサとして利用していたのかもな。

 

「んで、山内。救ってやる代わりにお前は何ができる?」

 

これでも生徒会長だ。頭ごなしに訪ねてきた生徒を追い返すことはしない。

 

「これまで通り、なんでもやりますよ。だから助けてください」

 

「悪いがお前のなんでもは俺にとって全く価値がない」

 

「そ、そんなこと――」

 

「ないとは言わせないさ。リアルケイドロでの失態にはじまり、その後も持ってくる情報は誤報ばかり。二重間者を疑うレベルだぜ?」

 

「こ、これを機に生まれ変わって本気出してみせるんで」

 

「お前には投資する価値がないって言ってんのサ。他に俺の利益になるもんが差し出せないなら諦めて退学するんだな」

 

「ま、待ってくださいよ。い、いま、とびっきりのもんを出しますから」

 

そう言ってカバンの中を漁りはじめる山内。その場しのぎもここまで来るとあまりに見苦しい。

 

「えっと、これでもねえ、あぁこれじゃ無理か。くそ、くそ、くそ……なにか、なにか入ってないのかよ」

 

今にも泣きだしそうな声で必死に探す山内。

カバンにも自分にも何も詰めてこなかったから、こうなっていることを自覚する日は来るのだろうか。

 

「なんだこれ……。ちっ、綾小路んちの合鍵かよ。久しく使ってないから忘れてた。こんなゴミじゃどうしようもねえ。何か、ないのかよ」

 

「おい、今なんて言った?」

 

「へ?こんなゴミじゃ……」

 

「そのゴミが何かって聞いてんだ」

 

「綾小路の部屋の合鍵っス。一学期に作ったんですよ。そうです、アイツとはダチなんです。生徒会の後輩のダチを助けてやってくださいよ」

 

それが本当なら頼るべきは俺ではなく綾小路だろうに。

 

「いいぜ、その鍵を譲ってくれんならな」

 

「マジっすか。こんなんで良いならいくらでも持ってって下さい」

 

躊躇うこともなく合鍵を譲渡する山内。

思わぬ掘り出し物を得た。

新調した御守りの効果かもしれない。

 

「ほらよ、いまお前に200万ポイント振り込んでおいてやった。これで他クラスから賞賛票を買収しろ」

 

「え、お、すげえ。ホントに200万入ってる。……って、南雲先輩が直接助けてくれないんっスか」

 

「悪いが俺も特別試験で忙しい時期なんでね。嫌なら返してもらうが?」

 

「と、とんでもないです。ポイント頂けただけでマジ感謝ッス」

 

「一票いくらで買い取れるかはお前の交渉力次第だが、そんだけあれば安全圏分は買えるはずだろ」

 

「任せてくださいよ、俺ならできますって」

 

「なら話はおしまいだ。さっさと買い付けに行く事を勧めるぜ」

 

「失礼しました」

 

慌てて立ち去る山内。

ま、200万ポイントぐらいでどうにかできるはずはないが、希望を持たせてやるのも生徒会長の仕事だろう。合鍵の相場としては多すぎるぐらいだしな。

 

「やれやれ、人払いをお願いしていたはずなんですがね」

 

「すみませんね。突然の来訪でも生徒会長として困っている生徒は見捨てられないんですよ」

 

「おやおや、下手な希望はより深い地獄を見せるだけではないでしょうか」

 

「この学校は実力主義っすよ。武器を与えてあげたんです、それをうまく生かすも殺すも本人次第ですから」

 

「なるほど、なるほど。南雲生徒会長とは建設的なお話ができそうで嬉しいですよ」

 

「それはあなた次第ですね、理事長代理」

 

そうして面談の約束をしていた理事長の代理として赴任してくることになった男を生徒会室に迎え入れた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。