投票日まで残り3日となった夜。
学生寮のとある生徒の部屋。
「ねえリカ。綾小路くんに助けてもらおうよ。彼から一言ファンクラブの人たちにお願いしてもらえば、賞賛票で退学は防げるって」
「馬鹿言わないでよ、志保ちゃん。こんなことで王子の手を煩わせるわけにはいかないでしょ」
「バカはあんたよ、意地張ってる場合じゃないって」
「私は間違ってないでしょ。そこは譲れないの」
「ホントさ、あんた昔っから変なとこ頑固だから、いっつも損ばっかりじゃん。いい加減にして欲しいんだけど」
「志保ちゃんだって、昔っから偉そうなの全然変わんない。余計なお世話だって言わなきゃわかんないの」
「はぁ?リカのために言ってんじゃん」
「それが余計だって言ってるんだからほっといてよ」
「もう知らない、リカなんか退学にでもなんにでもなっちゃえばいいんだ」
そう言って志保ちゃんはズカズカと部屋から出ていく。
これは私が引き起こした問題なのだから、綾小路王子はもちろん、志保ちゃんにだって頼るわけにはいかない。
この学校で尊いものに触れてきたことで、誰に遠慮するわけでもなく、本当の気持ちを秘めずに自分らしく生きたい、そう思うことができた。だからこそ、何が何でも貫き通さなくてはいけない。でなければ、今日までの想いを自分自身で否定してしまう。そんな気がしてならなかった。
でも、私だって本当は――。
「……志保ちゃん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同日。学生寮の別の生徒の部屋。
「てなわけで、南雲パイセンから200万もらってきたぜ。これで賞賛票を買えば俺も助かるってわけよ」
「マジかよ、春樹!」
「やっぱりよ、さすが生徒会長って感じでさ。優秀な俺が退学になるのはおかしいと思ったんだろうな。クラスの連中とは見る目が違うぜ」
「なぁ、喜ぶのはまだ早いんじゃねーか?」
「え?なんでだよ、健」
「賞賛票誰から買うかとか、いくら払うかとか、色々考えなきゃいけねえかってことだよ」
「さすが健、勉強できるようになったのは嘘じゃなかったんだな」
「おいおい健も寛治もそんなこと心配する必要ねえって。Aクラスに行けば、俺を愛する坂柳ちゃんが売ってくれるっしょ」
「お前、さすがにそりゃねーよ。……やっぱり信用できるって意味でBクラスに行くのが一番だろ」
「いやいや、考えてみろよ、健。あの優等生クラスがポイントで裏取引してくれっかな。ポイント不足で困ってそうなDクラスに行った方が安くてたくさん買えるんじゃね?」
「ま、200万もあんだぜ!絶対余るからよ、春休みに豪遊しようぜ」
「お前、そーいうとこだぜ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さらに別の生徒の部屋。
「ステーキ美味しいね、綾小路くん」
「そうだな」
「お肉パワーで退学だね、綾小路くん」
「そうだな」
櫛田が片づけをしている間に、メールを作成する。
『このまま山内が退学になるとクラスが崩壊するかもしれない』
送信。
『今度の特別試験で悩んでいるようだ。少し話を聞いてやったらどうだ?』
送信。
下準備は上々だろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
木曜日、朝のホームルーム前。
「あのー、坂柳ちゃんに会いたいんだけど……」
「失せろ、腐れ外道」
「ひっ……な、なんだよ。ただ話にきただけで、お、脅かすなよ。だ、だいたい坂柳ちゃんだって俺に会いたいはずだぜ」
Aクラス入口でやたら強面のヤツ――坂柳ちゃんのお付きその3みいたいな、鬼……なんとかって生徒に道を塞がれる。
リアルケイドロじゃ俺の策に嵌ったくせに偉そうにしているのは面白くない……けど、とにかく人相恐すぎだろ。
「この外道は闇へ葬る」
その強面のヤツはなぜか手につけている手袋を外そうとする。
どっかの国では白い手袋を投げつけて決闘を申し込むみたいな文化があるとかないとか、それをやろうってのか、物騒すぎんだろ。
てか、何でそんなことを……そっか、こいつ坂柳ちゃんに惚れてて俺に嫉妬してんだな。
「やめとけよ、鬼頭。そんなやつ相手にする価値もねえだろ。どうせ来週にはいなくなる」
「だが……。いや、確かに橋本の言う通り、来るサバトの贄にはこの外道が相応しい」
「だろ。それがわかんねーCクラスじゃないだろうしな」
「勝手に話を進めんなよ。坂柳ちゃん、俺が来――ぐえっ」
チャラい橋本も加わってわけのわかんねえことを言い始めたので、シカトしようとしたところでいきなり後ろから首根っこを引っ張られ持ち上げられる。
「お引き取り願おう。そしてどんな結果であれ、二度とこちらに足を踏み込むな」
そのまま廊下に放り出され、教室のドアを閉められた。
「ひゅー、やるな、葛城」
「さすが
Aクラスからは賞賛の声が聞こえてくる。それが酷く心を逆撫でする。
「あのハゲ覚えてろよ」
せっかく大金を持ってきてやってるのに、Aクラスのヤツ等はクソばかりだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昼休み。朝のことは忘れて、Bクラスを訪ねる。
このクラスとは無人島試験で一緒に協力した仲だし、快く取引してくれるだろう。なんなら、困ってることを主張すればタダで助けてくれるかもな。
「それで山内君、何の用かな?」
「聞いてくれよ一之瀬ちゃん。実は今度の特別試験で退学になりそうで困っててさ、ポイントで賞賛票を売ってくれよー」
どっかのクソクラスとは違って、ちゃんと招き入れてくれるBクラス。初めからこっちにしときゃ良かったな。
「なるほどー。それで、そのことは綾小路く……クラスの代表の人は知ってるの?」
「いや?あいつら全然わからずやでさ、優秀な俺が誤解で退学しそうなのに助けてくんねーから自分で動いてるってわけ。ま、俺ほどになればこのぐらい1人で解決できるんだけどよ」
男らしさをアピールしておく。今、俺にはポイントもあるし、かっこよさが伝われば一之瀬ちゃんだって――。
「そうなんだね。じゃあ綾小路くんから許可もらったらもう一度来てくれる?」
「は?」
「それがCクラスの方針なら喜んで助けるけど、そうでないなら勝手に他クラスの事情には介入できないかな」
「なんでだよ」
「山内君を助けるってことは他の誰かが代わりに退学になるんだよね。それを私たちのクラスが決めるのはおかしいと思わない?」
真面目すぎんだろ。
ポイントもやるって言ってんだから、他の誰が退学になろうが、Bクラスには関係ねえじゃねえか。
「いやさ、ごめん、ごめん。さっきのはちょっとした冗談でよ。実は綾小路からもオーケーもらってんだ」
「そうなんだ。じゃあ本人に確認させてもらうけどいいよね?」
「う、疑うのかよ。気分わりーな」
「ごめんね。でもこういうのってきちんとしないとだめだと思うから」
「もういい。別にBクラス以外にも当てはあっから、人を疑うやつらと取引したくないし」
慌てて教室を飛び出す。綾小路の耳に入っても味方してもらえる気がしない。
ちょっとイチモツがデカいからって調子に乗りやがって、入学当初仲良くしてやった恩を忘れてんのは許せない。
気を取り直して、そのまま隣のDクラスに足を運ぶ。
ガラの悪い貧乏人の集まりだ。ちょっとポイントをちらつかせれば余裕余裕。
最初から選り好みせずにここに来ときゃよかったな。
「ってなわけで、椎名ちゃん、票を売ってくれよ。ポイントならたんまりあるんだぜ」
証拠として携帯端末でポイントの残高を表示する。へへ、こんな額見たことねーんじゃないか?
正直、龍園がクラスリーダーじゃなくてよかったと今日ほど思ったことはない。
大人しくってぼーっとしてるこの子なら楽勝だぜ。
「すみませんが、そういった交渉はクラス単位ではお受けできません」
「おいおい、なんでだよ」
「クラスメイトに強要することはしない方針ですので。ですが、個人間で取引なさるのは自由です。売ってくれる人を探してみてはいかがでしょうか?」
3学期からリーダーやってるって話だし、こんな荒れた連中への影響力はあんまねーのかもな。誰もやりたがらない仕事を押し付けられたとか。
「なら、しゃーねーか。ちなみに椎名ちゃんは?」
「すみませんが、投票する方はすでに決めてしまいました」
「ちぇっ、じゃあ好きに交渉させてもらうからよ。後になって交渉したいって言っても遅いかんな」
「ご冗談はお上手なんですね」
とは言っても、このクラスに知り合いって呼べるやつなんていねーしな。
気弱そうなやつに声かけていくか。うーん、席に座って机をじっと見つめているお団子メガネ女子なんかちょうどいいか。
「なぁ、そこのあんた。ポイントで賞賛票売ってくれねーか?」
「すみません、話しかけないでもらえますか」
気さくに声をかけたら想像以上に拒絶された。
「なんだよ……」
こちらを見向きもしない女子生徒と交渉できるはずもなく、次のターゲットを探す。
が、どいつもこいつも話しかけにくい面構えのやつらばかり。
「ちょっとあんた」
「お、おう?」
気の強そうな女子から話しかけられる。
「ちらっと聞こえたんだけど、賞賛票が欲しいんでしょ?」
「そうなんだよ。ポイントで売って欲しくってさ」
「だったらさ、ポイントはいらないから、さっきの女子……諸藤リカに賞賛票入れてもらえる?それだったらその数だけ私たちも賞賛票アンタに入れてあげてもいいんだけど」
「マジ?入れる入れる」
「何票ぐらいいけそう」
「少なくとも3票はいけるぜ」
「わかった、じゃあこっちも3票は入れてあげる。名前は?」
「山内春樹だ、よろしく!」
「投票できる人数増えたら教えてよ、できるだけこっちも協力してあげるからさ」
「おうよ」
ツイてることに早速3票ゲットできた。しかも実質タダじゃん。
待てよ、だったらクラスの連中に頼んで諸藤さんに投票してもらえれば、俺の賞賛票も増えるってことなんじゃね。
そうと決まればこんなクラスさっさと立ち去っちまおう。
「よお、面白い話してんな。俺たちとも話そうぜ」
そんな時だった。以前、健に殴られて訴えてた奴ら、石崎、小宮、近藤に絡まれる。
「あ、いや、別にもう解決したっつーか……」
「そう言うなって、な?」
小宮が馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「たしか、須藤の友だちの山内だろ。俺らさ、前に迷惑かけちまったことのお詫びしたいと思ってたんだよ」
「そうそう。須藤のダチを助けたら、罪滅ぼしになるんじゃねーかって。あの時のことずっと後悔しててさ」
「そ、そうなのか」
近藤や石崎も申し訳なさそうに話してくる。
「俺らもポイントなくてマジヤバくってよ。全然遊びにいけねーんだわ。んで、山内はポイントあって賞賛票が欲しいんだろ。だったら俺らがクラスの男子の票まとめてやるからさ、それを買ってくれよ」
「マジ?マジかよ!!もちろんいいぜ!」
思わぬ提案に先ほどまで少し疑っていたことが馬鹿馬鹿しくなる。
男子の票、20票とさっきの3票。クラスのヤツ等も少しは入れてくれるだろうから、これで助かるんじゃないか。
「山内ってすごい奴だったんだな。票を買えるぐらいポイント持ってんだろ。俺らみたいな馬鹿には到底真似できねーぜ」
「へへ、そうでもねーよ」
「んで、20票山内に入れてるからよ、いくらで買ってくれる?」
「んー、1票2万で40万とか?」
太っ腹な提案だと思ったが、3人にはそう思えなかったらしく微妙な表情になる。
「な、俺たちマジでピンチでさ、もう少しなんとかなんねーか?」
「じゃあ、50万」
「いやいやいや、これから俺たち龍園さんやアルベルトにお願いしにいかなきゃなんだぜ、そこんとこ考慮してくれよ」
「気持ちはわかるけどよ……」
「なぁ山内。考えてもみろって、龍園さんやアルベルトからも賞賛票貰ったとか、クラスに帰ったらマジ勇者だって。他の誰もそんな猛者いねーから、クラス内で尊敬されること間違いなしなんだぜ」
「た、確かに……」
「山内はこれから票を買うんじゃねえ。文字通り、賞賛を手に入れるんだ。売買したことは他言しねえからよ、俺たちに漢を魅せて投票してもらったことにすりゃ、試験後からヒーロー間違いなしだ」
散々俺を馬鹿にした連中を見返して、今度は俺がアイツらを見下すことができる。ピンチをチャンスに変えられる俺の才能が怖いぜ。
「オーケー、オーケー。なら100万ポイントどーんと持ってけよ」
「さっすが山内、漢の中の漢」「イケメン過ぎんだろ、山内、いや山内さん」
「こりゃ2年からは山内さんがCクラスリーダーだな」
石崎たちの賛美が気持ち良い。あぁこれだよ、これ。俺がずっと求めてたのは。
「それで山内さん支払いの方ですけどーー」
「ほらよ、石崎に100万振り込んだ」
「いいんッスか、俺たちが裏切って投票しないかもしれないッスよ」
「俺はそんな小せえ人間じゃないからな。それにお前たちはオレを裏切らねーって。俺、人を見る目はあるんだ」
「「「山内さんー!!!」」」
3人が肩を叩いてきたり、拳を合わせてきたりと、とにかく感動している。
「んじゃよろしく頼むぜ」
「ウッス!」
俺もはじめからこっちのクラスだったらもっと活躍できたんだろうな。
全く学校も見る目なかったってことか。
とにかくこれで俺は退学になることはねえ。
早速、寛治たちに俺の武勇伝を伝えねーとな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……山内君、退学が迫っている割に、かなり余裕がありそうね」
「だな」
楽しそうに池たちと話す山内を見て堀北が「理解できない」といった表情をみせる。
登校時から機嫌が良さそうだった山内だが、昼休み教室に戻ってきてからさらに騒がしくなった。
それは放課後になっても変わらない。批判票を入れないでくれとクラスメイトに嘆願するわけでもなく、帰り支度を始めていた。
見る人が見たら開き直って最後の学校生活を楽しもうとしているように見えるかもしれない。
だが、本当の理由は一之瀬やひよりから送られてきたメールで想像はつく。
なぜか200万ポイントを用意できた山内。
資金の出所がオレの予想通りなら、どうやって融資を受けたかだけは気になるな。
「みんな、ちょっと帰るのは待ってくれないかな。今度の試験について話したいことがあるんだ」
思い詰めた様子の平田がクラス全員に聞こえるように呼びかける。
「どうしたんだよ、平田。俺たちこれから遊びに行くんだけど」
「山内君にも関わる話だよ。今度の特別試験について僕の考えを聞いて欲しいんだ」
「……仕方ねーな」
平田の真剣な物言いに山内も渋々引き下がる。
他に反論がないことを確認した平田は教壇に立つとクラスメイトひとりひとりを見渡したのち、話し始めた。
「はじめに、僕はこのクラスが大事だ。今でもこんな試験を認めたくはないっていうのが本音だよ。ただ、この試験は絶対に退学者を出さなきゃいけなくて……一生懸命考えたけど回避する方法は思い付かなかった。そのことについては謝罪させてほしい」
目元にクマを作った平田が深々と頭を下げる。
「そんなの平田くんが謝ることじゃない」「平田くんはみんなの事を思って言ってくれたってことわかってます」
恵やみーちゃんをはじめ、多くの生徒が平田に罪はないと労いや励ましの言葉を贈る。ただ、そんな言葉を受けても平田の表情はなおも硬い。
「ありがとう。……それでここからが本題なんだけど、今度の投票、みんなはある生徒に入れようとしているんじゃないかと思うんだ」
ある生徒と濁しているが、それが山内を指すことは、本人含め理解しているだろう。
「僕はクラスがいがみ合った状態で投票して欲しくない。相手が気に入らないからって理由で票を入れるのはおかしいと思うんだ」
「でもよ、誰かには投票しなくちゃいけないんだろ」
池がたまらず口を挟む。
「そうだね……。でも、このまま感情に流されて一方的に排斥するような真似は良くないと思うんだ。それだと退学する人も傷つくし、納得できないじゃないかな。あくまでみんながそれぞれの考えのもとに、本当にクラスに必要な人は誰なのかを決めていった結果……悲しいし、想像もしたくないけど、39位までに入れなかった1人が退学する、それが自然な流れなんだと、僕は思うんだ」
要は都合の良い的だからと山内を狙うのではなく、しっかりと考えて退学者を選んで欲しいという呼びかけ。
結果は同じでも過程が異なれば、退学者も少しは納得できるかもしれないし、残った生徒も自分たちの判断で決めたのだと責任を持つことができる。
昨晩送ったメールの意味に向き合ってきた平田。
どうやら平田らしい答えにたどり着けたようだ。
「そこで提案なんだけど、もし何かみんなにアピールしたいことがある人がいたらこの場で話してくれないかな。これまで一緒に過ごしてきた仲だけど、みんながみんなの良いところを把握してるってわけでもないと思うし」
あくまでも全員に向けた話という形にしているが、山内にこの前の弁明のチャンスを与えてあげて欲しいというお願い。
多くの生徒がその意図を察して、それとなく山内の様子を伺っている。
平田が作ってくれた最後のチャンス。問題はそれを受けて山内がどう動くか。
誰もが平田の人間性に心打たれ、山内の話ぐらい聞いてやるか、という雰囲気になったころ、それまで平田の話を黙って聞いていた山内がついに口を開く。
「平田、話ってそれだけかよ。別にアピールしたいやつもいないっぽいし、解散でいいんじゃないか?」
教室の空気が一瞬で凍りつく。と言うより、呆れてものが言えなくなっていた。
「山内君は、その、もう諦めたってことかな?」
それでも平田は見捨てずに、山内の意思を確認する。
「ん?何のことだよ。俺は退学になるつもりはねーって」
「えっと、それならみんなに何か言っておいた方がいいと思うんだ」
「必要ねーよ。ここは信用できない奴らばっかだし」
怪訝な顔で平田の提案を一蹴した。このまま放置すれば山内へ批判票は集中する。
この辺りが潮時だろう。櫛田へとメールを送る。
「確かに山内君からみて、昨日のことはみんなで一方的に責めているように思えたかもしれないけど――」
何とか山内の心象を改善せんと平田が思考する。
だが、クラスメイトからの印象は下がり続ける一方。誰もが見切りをつけようとした時、1人の女子生徒が立ち上がる。
「えっとね、山内くんも悪気があって言ってるわけじゃないと思うの。退学になるかもってそれだけでとっても怖いことだと思うし、昨日は私たちも悪気はなかったとしても無意識に山内くんを追い詰めちゃったのかもしれないって反省してるんだ」
「櫛田ちゃん……」
不満気だった山内も天使櫛田の言葉なら喜んで受け入れている。
そんな櫛田が昨晩は枕を蹴り飛ばしご乱心状態だったとは思わないだろうな。
「だからね、ちょっとだけでいいから思ってる事を伝えて欲しいなって。このまま山内くんとお別れになっちゃうかもしれないと思うと私悲しくって……。みんなも平田くんの言うように少しだけ冷静になって山内くんの話を聞いてあげてくれないかな?」
「まぁ櫛田さんがそこまで言うなら」
「確かにこのままだと後味悪そうだしね」
櫛田の援護もあり、教室内は再び山内の話を聞く姿勢が整う。
「櫛田ちゃん、まさかここまで俺のことを心配してくれてたなんて嬉しいぜ。でもよ、安心してくれよ。俺は退学になんねーんだ。実は昼休みにDクラスに行ってよ、ちょっと相談したら喜んで賞賛票をくれるって話になってさ。その数なんと23票!」
「それ本当なの?」
「ガチだぜ!」
「……ホントに?」
自信あふれる山内の言葉に困ったような表情を見せる櫛田。
山内の証言が本当なら堀北退学に繋がるが、Dクラスが山内に賞賛票を23票も入れるとは手放しでは信じられない。
「ってことで俺としては別に何の心配もしてないってわけよ。櫛田ちゃんみたいに陰ながら俺のことを心配してくれてるやつらは安心してくれ」
「でも念には念を入れて、昨日のこととか弁明しておいても悪くないんじゃないかな」
「櫛田ちゃんがそこまで言うなら、まあ――」
「いい加減にしてくれないかしら」
「堀北さん?」
荷物をまとめた堀北がカバンを持って立ち上がる。
「黙って聞いていたけど、山内君は現状に不満はないようだし、これ以上は時間の無駄よ。結果は決まったようなものなのだから、早く帰って8日からの試験に備えるのが得策じゃないかしら」
「えっと……そんな言い方、酷いよ。平田くんも言ってたみたいにこのまま投票しちゃうのはクラスのためにならないってことでみんな話をしようとしてるのに」
「そうとも言い切れないわ。下手に反省している様子を見たら、同情する人も出てくるかもしれない。そうしたら余計な罪悪感を抱くだけよ」
「それでもそれは必要な感情だよ。誰かを退学にしなくちゃいけないのに、心を痛めない人なんていない。それを背負う覚悟を持つことが残るみんなができることだって私は思うよ」
クラスメイトの多数は櫛田の意見に心を打たれたようで頷いている。
実際は誰が退学になっても心を痛めないだろう櫛田の言葉。だが、周りにはそんな本心を見抜かれることはない。
櫛田を見ていると、心を学ぼうとしているオレが滑稽に思えなくもない。
結局そんなものがなくとも、作り物の偽造品で代用ができてしまうなら――本当に心は必要なのだろうか。
「そう。それなら私には必要がないからここで失礼させてもらうわ」
「鈴音!すまねえが、春樹の話を聞いてやってくれねーか?」
教室から出て行こうとした堀北だったが、ドアの前に須藤が立ち塞がる。
「あなた、状況がわかっているの?もし山内君の話が本当だとしたら、退学筆頭候補は須藤君か池君になるんじゃないかしら」
「……そうだとしてもよ、鈴音にもちゃんと春樹の話を聞いてから判断して欲しいんだ」
「それならとっくに判断させてもらっているわ。みんなは昨日の行動を問題視しているようだけど、彼の問題点は本当にそれだけかしら?」
「な、何があるってんだよ。俺は別に何も後ろめたいことなんかしてねーぜ」
堀北からの指摘に山内が慌てて反応する。
「私は問題点と言っただけで、後ろめたいこととは言ってないわ。自供したようなものね」
「わけわかんねーこというなよ」
「わかるように言ってあげた方がいいのかしら?」
山内を一瞥する堀北。情報を開示しないのは堀北なりの配慮なのだろう。
恐らくそれを言ってしまえば、山内に弁明の余地がなくなる決定的な一撃。
「そこまでにしてもらえないかな、堀北さん。何を言うつもりかわからないけど、今は山内くんを陥れる時間じゃない」
「つまり解散ということで構わないかな、平田ボーイ。このあとデートの約束があるんでね、私も失礼させてもらうよ」
意外なことにここまで素直に居残っていた高円寺もここまでのようだ。
「高円寺君……せめて君の考えも聞かせてもらえないかな」
「個人的な意見としては堀北ガールに賛成だよ。タイムイズマネーさ」
そういって高円寺が退出。高円寺と後に続くのは抵抗があったのか、少し間をおいて堀北も出て行こうとする。
「待って、堀北さん。もしかして堀北さんも高円寺君みたいに用事があったりするの?」
「……私はただ時間を無駄にしたくないだけよ」
櫛田からの制止も虚しく堀北も教室を出て行った。
「はぁーやってらんねえ。俺達も帰ろうぜ、寛治」
「お、おう」
当事者の山内まで立ち去ったことで、この話し合い事態、継続不能となる。
他の生徒も次々に帰宅を始めた。一部生徒は平田の方に寄っていき何やら励ましの言葉をかけている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あんなんでホントに堀北退学になるわけ?」
「ああ。おおよそ狙い通りの展開だった」
帰宅後は恒例の櫛田さんによる退学作戦会議。
「山内もアイツ遂におかしくなったんじゃない。Dクラスから賞賛票をもらえるとか妄想も大概にしろって感じ」
櫛田の殴打によりボロボロの枕がさらにボロボロになる。
「いや、あれで一応本当のことを言っていたようだ」
「は?」
「どこからか大量のポイントを入手した山内は、それで石崎たちと取引したとか」
「……ますますきな臭いじゃない。ただ、それが本当なら私たちにとっては最高の展開だねっ!」
ご機嫌が回復したようで何よりなので余計なことは言わないでおく。
「それで肝心の堀北を退学にする方法だが」
「うんうんっ!」
「シンプルにブラコンを攻めるのが一番だろうな」
「確かにブラコンには引いてる子もいるけど、それが攻め手になるのかな?」
「これからいくつか情報を提供する。櫛田ならそれを利用して堀北を批判票の対象に誘導できる」
そうして櫛田へ堀北退学の材料を伝える。終始ニコニコしながら櫛田はその話に耳を澄ます。
「なるほど。さすが綾小路くんだね。これなら十分追い詰められるよ」
「物的証拠も押さえることはできそうだが、それは明日の晩まで待って欲しい」
「もちろん大丈夫。投票前にトドメを刺すのも楽しい退学だよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
カラオケで気持ちよく熱唱していると、急用ができたと言って寛治が帰ってしまった。
仕方がないのでケヤキモールをうろついていたところで、息を切らした近藤が近づいてきた。
「山内さん、こんなところにいたんっスか、探しましたよ」
「どうしたんだよ」
「大変なんっス。龍園さんがAクラスのやつに賞賛票20票を200万ポイントで売る予定らしいんっスよ」
「あ、えっ?」
「このままじゃ山内さんに票が入れられなくなりそうなんっス」
「嘘だろ、おい。約束と違うじゃねえか」
「落ち着いてください。なんと俺らも龍園さん説得するんで、山内さんもポイントを同じだけ用意できないっスか?」
「いやいやいや」
「もうそれしか手はないんですよ。向こうの取引が完了しちまったらもうどうしようもないんですって」
「でもよ……」
「今、石崎と小宮が懸命に龍園さんを止めてるんです。俺達を助けると思ってお願いしますよ、山内さん。もう頼れるのは山内さんだけなんっス。漢気みせてくださいよ。これが上手くいったら俺ら在学中は山内さんについて行きますんで。むしろ舎弟にしてください」
確かにあと100万ポイントなら用意できる。
Dクラスでも腕っぷしの強い3人が舎弟になるなら悪くないかもしれない。
「わかったよ。あと100万だけだぜ。それ以上は無理だかんな」
「あざっす。これで石崎達も助かります」
「ま、頭として当然のことしただけってやつよ」
100万ポイントを近藤に振り込むと、近藤は深々と頭を下げて立ち去っていく。
票が入らないと言い始めた時はヒヤッとしたが、これが人徳のなせる技ってもんよ。
まぁ春休みにぱーっとあそぶことはできなくなっちまったけど、退学したら笑えないかんな。
ただ、俺の代わりに寛治たちが退学になるのは……。
そうだ、賞賛票を少しだけアイツらにもわけてやって、他の誰かに批判票が集まるようにすりゃいいんじゃねえか。
全く今日はつくづく冴えてんな。
明日はその提案をしてやろうと考えながら気分よく帰宅した。