ようこそ実力至上主義の生徒会へ   作:まぐまれむ

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至極当然で当たり前のこと

金曜日の朝がやってくる。

いよいよ明日は投票日、それはつまり、クラスから1名退学者が出ることを意味する。

 

試験とは別に坂柳との勝負もある。

勝負に勝つことを優先するのであれば、さらにいくつかの策を講じる必要がある相手。

ただそれもクラス移動するのであれば、の話だった。

平穏な学生生活のため、早急に坂柳を大人しくさせる必要があったが、その必要がなくなった今となっては成り行きに任せればいい、それだけだ。

 

それに、どちらかと言えば、仕上げにひと手間かけたいのは櫛田の方。

こちらも非常に面倒な話だが、やるだけの価値はあると考え直した。

今回の結果は、人の心を理解する上で、ひとつの参考になる、そんな予感めいたものがある。

 

登校のため寮を出たところで、少し先を力無く歩く平田を見つける。

 

重々しい雰囲気だが、さすがに無視するわけにもいかず、声をかけることにした。

 

「おはよう、平田」

 

「綾小路くん、おはよう」

 

まるでオレが来ることを予期していたように自然と振り返る平田。

 

「昨日のことも含め、だいぶ参ってるみたいだな。難しいかもしれないが少し力を抜いた方がいいんじゃないか」

 

「あははは……。不甲斐ない姿を見せちゃってごめんね」

 

「いや、気にする事はないんだが……」

 

「これでも早めに休もうとしたんだけど、僕はまた助けられないのかな。僕はまた間違ったのかな……って、そんなことばかり頭の中をぐるぐる回っちゃって」

 

『また』の部分が何を指すのかはわからない。恐らく平田がDクラススタートだった理由にも関わる部分。この試験で平田の中の何かが揺らいでいる。

 

「平田が求めている答えを他人が決める事はできない」

 

「……そう、かもしれないね」

 

「ただ、例えどんな英雄だったとしても、助けを求めていない人間を助ける事はできない、とオレは思うぞ」

 

山内が泣きついて助けを求めているならいざ知らず、あんな様子であれば『救う』ことはできない。

 

「綾小路くんは優しいんだね」

 

「そうか?」

 

「1学期の頃は昔の僕に姿を重ねたこともあったんだけど、とんだ思い上がりだったよ。キミになら安心してクラスを任せられる」

 

覚悟を決めたような表情の平田。

それはつまり最終手段の決意が固まったことを意味するのだろう。

 

「……平田がやろうとしている提案は誰も承諾しないんじゃないか」

 

「本当に何でもお見通しなんだね。でも僕はクラスを守りたいんだ」

 

「止めはしない。だが、平田の代わりはいない、それだけは覚えておいて欲しい」

 

「うん」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

登校時間。

何やら落ち込んでいた平田王子を励ます綾小路王子の姿を運良く見送ることができた。

いえ、正確には綾小路王子の登校時間は規則正しいので、この時間に張っていれば姿を見れるかもしれないという期待はあった。

ただそれを言い出すと、普段より登校時間が遅い平田王子は綾小路王子に励ましてもらうためにわざと遅れて出てきたのでは?と妄想が捗ってしまう。

 

「あぁ、尊いお2人の姿も見納めですか……。でも、これで思い残しはありません」

 

退学を間近にして思い出すのは、なぜか小さい頃の記憶。

 

夢に溢れ活発だった幼少期。

全てが輝いて見えて、世界がどんどん拡がっていく感覚。

 

いつからだろう。

私はお姫様じゃなくって、王子様も迎えに来てはくれないと気づいてしまったのは。

 

いつからだろう。

いわゆる私が腐よりの趣向があることに気づいてしまったのは。

 

気づいてしまったが最後、中学時代は本当に生きづらい毎日だった。

理解者がいない苦しみを自分の立場で味わってみて初めて、志保ちゃんの気持ちがわかった。

 

世界がどんどん小さくなって、気づけば私の世界には私しかいなくなる。

それが怖くて怖くて、心の奥底に本当の気持ちを封印してしまった。

 

――それでよかった。

みんなと同じような数多くいるモブのひとり。

開き直ってしまえば、それなりに楽しい事はあるし、生きていくなら多少の不満があっても我慢するのが大人になる事だと思っていた。

 

でも、あの日、綾小路王子が颯爽と助けてくれて、王子様って本当にいるんだって思った。

そんな王子の姫になるなんて夢を見なかったわけではないけど、王子にはもっと相応しいパートナーがいることもわかった。

あの時ほど、腐っていて良かったと思った事はない。

 

それからだった。

それまでできていたはずの我慢した生活ができなくなっていった。

王子たちが自由に生きていていいんだよって、私らしさを隠す必要はないんだよって教えてくれたんだと思う。

 

 

この学校に来て、私は……本当に幸せでしたよ、王子。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「寛治、健。俺がゲットした賞賛票いくつかわけてやっからさ、心配すんなって」

 

「……なぁ春樹。その賞賛票って……本当に入れてもらえるのかよ?」

 

「ったりめーだろ。アイツらは俺の漢気に惚れ込んでんのさ」

 

「「……」」

 

「なんだよ、2人そろって黙っちゃってさ。まるで俺の話を信じてねーみたいじゃん」

 

「春樹を信じる信じないの問題じゃねえんだ。俺も一度あいつらに嵌められてっからよ、どうも今回の話、都合が良すぎるっつーか……」

 

「健の言う通りだぜ。昨日、篠原たちとも話したんだけど、やっぱおかしいって」

 

「はぁ?そういうのマジ勘弁だって。自分たちが危なくなるからって、俺を揺さぶってDクラスとの仲を裂こうってんだろ。マジあり得ねえわ」

 

「ちげーよ。少なくとも春樹よりは、同じ部活の俺の方がアイツらのことをわかってる。間違っても春樹を敬うような連中じゃねーんだよ」

 

「自分は仲悪いからって上手くやってる俺の事を妬んでんだろ」

 

「らしくねーよ、春樹。いつもだったら笑って冗談言うとこだろ。やけに食って掛かってくんのは自分でもそうかもしんねーって思ってるからじゃないのかよ」

 

「寛治まで敵になんのかよ……。やってらんねえ。あとから票を分けてくれって言っても知らねえかんな」

 

「待てよ、春樹!」

 

「……行っちまった。アイツマジでどうすんだ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

登校してクラスメイト全員が揃っていることを確認し平田が教壇に立つ。

 

「みんな、連日で申し訳ないけど、聞いて欲しいことがあるんだ」

 

昨日の今日でまだ諦める気配のない平田の姿に、一部は感動し、一部は少し呆れ始め、一部は無関心といった様子。

日に日に一体感からかけ離れていくクラスを見ても平田は怯まない。

 

「もうクラスで言い争う必要も誰かを陥れる必要もなくなったよ。解決する手段があるんだ」

 

そんな状況だったとしても、その発言にはクラスメイトたちを期待させるだけの力があった。

 

「ホントなの、平田くん!?」

 

代表して恵が聞き返す。

 

「うん。だから安心して欲しい」

 

「さすが平田くん!それで、どんな作戦なの?」

 

ここ数日表情が暗かった平田の自信のこもった返答に恵も思わず声のトーンが高くなる。

 

「とても簡単な話だよ。みんな、批判票を僕に入れて欲しい。退学になるのは僕だ」

 

「え?……それって平田くんがあんなのの身代わりになるってこと?」

 

「身代わりじゃないよ。僕が自主的に退学を希望してるんだから」

 

「そんなの言い方が違うだけじゃん」

 

「そうです。平田くんが退学になるのはおかしいと思います」

 

予想通りの提案に案の定な周りの反応。

 

「それしかクラスを救う方法はないんだ。みんなもわかって欲しい」

 

「でも……」

 

続く言葉を見つけきれずにいる恵。

真剣に訴え続ける平田の姿に当てられ、クラスの面々も馬鹿げていると安易に切り捨てることができない。

損得で言えば平田と山内を天秤にかけるまでもないこと。

それがわかっているのに誰も強く否定することができないのであれば、このクラスがAクラスに昇格することはないだろう。

 

「茶番はここまでにしてもらえるかしら」

 

「また君かい。堀北さん」

 

「あなたたち、本当にAクラスを目指す気はあるの?勉学でも運動でも、クラスのまとめ役としても彼を欠いて勝ち上れるほど、この学校は甘くないわ」

 

「評価してもらえるのは嬉しいけど、これはクラスを守るためなんだ。クラスさえ無事なら、あとは堀北さんや綾小路くんがいれば、きっと立ち直せるよ」

 

「それは間違いよ。私たちは基本ぼっち。クラスを円滑に回していくためにはあなたの様な生徒は必要不可欠なの。自分を低く見積もり過ぎじゃないかしら」

 

しれっとオレをぼっち仲間に加えないで欲しい。

 

「だからといって他に手は――」

 

「貴方にもそろそろ覚悟を決めて欲しい、と言っているつもりなのだけど。昨日あなたの言っていた案は間違いじゃないわ。この試験の攻略は、クラスへの貢献度を考え、最終的に戦力にならない生徒を選出する、それしかないもの。その基準で考えた時に、平田くんが退学はあり得ない。元から山内くんが退学することに違いはないし、そのことであなたが心を痛める必要もないの」

 

「待てよ堀北。だから俺は退学にならねーって」

 

堀北からの退学を指名されたことで、横から山内が声を荒げ始める。

 

「まだそんな妄想に縋っているの?山内くんは前提を間違っているわ。仮に賞賛票があなたに23票入っても無駄なのよ。私たちーーあなたの友だちと、平田くん以外の36人で賞賛票を入れる相手、あなた以外に批判票を入れる相手をちゃんと指定して調整すれば、十分あなたが退学になる票数になるの。その点は理解してこれまで発言してきたのよね?」

 

「は?いや……え……」

 

「いざとなれば他クラスからの賞賛票がたくさん入りそうな人に批判票をある程度集中させれば、万が一も起こらないわ」

 

こっちを見ながら鬼畜なことをさらっと告げる堀北。

理には適っているが賞賛票が何票来るかわからない以上、歓迎はしたくないな。

 

「比べるまでもないことだけれど、平田くんを退学にしたくないのであれば、私の案に乗ってくれないかしら」

 

クラス全体に投げかける堀北。

平田の退学を防げるのであれば、と賛同する生徒も出でくる。

皮肉にも平田の退学宣言が、山内退学を後押しする展開となる。

 

「おいおいおい、ふざけんなよ。やってたかって1人をいじめて楽しいかよ、お前ら」

 

山内が自分の状況を理解したのだろう。ここに来て初めて必死に抗議を始める。

 

「往生際が悪いわよ。なら、はっきり言ってあげる。あなた、賞賛票はどうやって入手できたの?」

 

「そりゃ、Dクラスのやつらに俺の力を見せつけて来ただけだっつーの。そしたらアイツら喜んで投票を約束してくれたぜ」

 

「くだらない嘘ね。私の方でも気になって調べてみたのだけれど、あなた大金をチラつかせていたそうじゃない」

 

「は?知らねーし」

 

「別に票をポイントで購入することは悪いことじゃない、立派な戦略よ」

 

「だ、だろ。俺悪いことしてねーんだよ」

 

「ただ問題なのは、票を買えるだけのポイントをどこで入手してきたのか、という点ね。具体的に言えば200万ポイントも持ってたそうじゃない」

 

「ちょ、貯金だよ」

 

「ズバリ言わせてもらうけど、南雲生徒会長から手に入れたんじゃないかしら?」

 

「な、なんでそうなんだよ?わけわかんねー」

 

「ちょっと考えればわかるわ。試験中の1年生が貸し出すはずがない。3年生も返済期間の関係で除外。だとすれば、2年生だけど、あの学年は特殊な事情で、200万を払える人物は南雲生徒会長ぐらいよ」

 

やけに詳しい堀北。

それが意味するところはひとつ。事情に精通しているヤツに聞いた、ということ。

 

「その生徒会長もタダでは融資しないはず。相応の対価を払ったんじゃないかしら」

 

「身に覚えがねえって言ってんだろ」

 

「シラを切るつもり?リアルケイドロに始まり、要所要所で南雲生徒会長と繋がっていたわよね。混合合宿のように今後は他学年とも戦うことがあるかもしれない状況で、クラスはおろか、学年まで裏切るその太々しさはある意味才能ね」

 

「違う違う違う違う違う――」

 

「この期に及んで言い逃れはできないわよ。裏切り者はクラスに必要ないわ」

 

「待って、待ってほしい。こんなの間違ってる」

 

山内にトドメを刺そうとする堀北を止めるため平田の叫びが広がるが、もはや平田に協力する者は――。

 

ガタッと椅子が揺れる音がして立ち上がったのは愛里だった。

思わぬ人物が起立したことでクラスの注目を集める。

 

「あ、え、っと、ちちち違うの。ちょっとお手洗いに行きたくて……」

 

顔を真っ赤にしながら出ていく愛里。

良くも悪くも教室の空気が一瞬緩む。

 

「平田くんの言うとおりだよ。みんな一旦落ち着こう、ね?」

 

その隙を見逃さず、櫛田が立ち上がった。

 

「櫛田ちゃん……」

 

「私も平田くんが退学になるのは違うと思うし、クラスに裏切り者は必要ないっていう堀北さんの意見はもっともだと思うよ」

 

「えぇっ!?」

 

助けが来たかと期待した山内が一瞬で崩れる。

 

「なら口を挟まないで貰えるかしら」

 

「でも、裏切り者って話なら堀北さんだって人のことを言えないんじゃないかな。だってさ……こんなことあんまり言いたくはないけど、本当にクラスの輪を乱して、害をなすのは堀北さんなんじゃないかなって思うの」

 

「ふざけないでくれる」

 

「ふざけてないよ。だって現にクラスをこんな空気にしちゃったのは堀北さんだよね」

 

実際は平田がきっかけだが、それをしれっと堀北に転嫁している。

日頃の行いや口調の与える印象は大きい。

平田と堀北を比べた時に厄介な問題を起こすのは堀北の方だと無意識に判断している生徒も多いだろう。

そのため、緊張感漂うこの場面で冷静に考えることのできる人間以外は櫛田の意見を疑うことをしない。

 

「誰かがはっきりさせる必要があった問題よ」

 

「汚れ役を買って出てくれたってこと?でもさ、だったら堀北さん昨日の放課後は何してたのかな?山内君の話も聞かずやたら急いで帰ろうとしてたよね」

 

これも同様で、そもそも山内は話そうともしていなかったのだが、時間を気にしていたことは事実で、信頼のある櫛田が言えば、それが事実だったようにクラスメイトの大半は感じているだろう。

 

「別にプライベートなことよ」

 

「そうだよね、プライベートだよね。……私もクラスみんなのことが大事だから誰かを責めたりしたくない。でも、このままじゃ、平田くんや山内君が退学になっちゃうから、それこそ汚れ役を買って出るよ。実は三年の先輩が教えてくれたんだけど、昨日の放課後、堀北さん、お兄さんと楽しそうに談笑してたって」

 

「……」

 

堀北も周りに気をつけて会合していたはずだ。

まさか櫛田に把握されているとは思っていなかったのだろう。

咄嗟に反論ができない。

 

「沈黙は肯定とみなすよ。自分には関係ないからって、クラスの事よりもお兄さんとの約束を優先したってことだよね?」

 

「確かに兄さんと会っていたわ。でも、あれ以上、あの場での議論に意味はないと判断したから出ていっただけ」

 

「さっきの話だってやけに2年生の事情に詳しかったよね?それってお兄さんから聞いたんじゃない?」

 

「否定はしないわ」

 

「堀北元生徒会長と南雲生徒会長の確執はみんなも知ってると思うの。今回、やたら堀北さんが山内くんを攻撃するのは、お兄さんからの指示だったり……。南雲会長の手足となっている山内くんが目障りになってるんじゃないの?お兄さんに利用されてクラスを裏切ってるのは堀北さんなんじゃないかな」

 

根も葉もない話だが、ところどころが事実であるためそれらしく聞こえてしまう。

南雲は恐らく山内を切っているし、学にいたっては南雲をわざわざ意識して先手を打つなんてことはしないだろう。

だが、これは生徒会事情に詳しくなければわからない話。

つまりこの場で唯一否定できるのはオレだけ。

 

「暴論もここまで来ると笑えないわよ」

 

「荒唐無稽な話でもないと思うよ。他の先輩から聞いた話だけど、バレンタインの日にお兄さんと一緒に過ごすためならクラスを裏切って退学になってもいい、みたいなこと言ってたんだって?」

 

「事実無根よ。その先輩の証言だけで判断するのは間違っているわ」

 

現状、櫛田の主張に証拠はない。

ただ、多くの生徒が、自分自身櫛田に心を開いて話している覚えがある。その先輩も櫛田に嘘をつくだろうか、と証拠はないまでも櫛田よりの意見になる。

 

「そうだね。証拠はまだないけど、一つだけ堀北さんの口から答えてもらいたいことがあるの。これからお兄さんが卒業して、大丈夫?淋しくなったからって勝手に自主退学されたら、残された私たちに迷惑がかかるんだよ。自主退学だとペナルティでクラスポイントも引かれちゃうし、みんなの士気も下がっちゃう。だったら、この試験で退学になってくれた方がクラスポイントの変動はないし、堀北さんはお兄さんと一緒に過ごせる。私たちもいつ勝手に退学するかわからないクラスメイトを安全に送りだせるでwinwinだと思うんだ」

 

「確かにそう取られても仕方がない行動をしてきたかもしれない。でも、それとこれとは話が別よ。私はAクラスを目指しているし、退学するつもりもないもの。明確にクラスを裏切っている山内くんを問題視する方が賢明な判断なんじゃないかしら」

 

「山内くんだってちょっと自己中心的だったかもしれないけど、それは追いつめられて動揺しちゃっただけなんだよ。それにこんなにも退学にならないために行動できた生徒は他にいないよ。それだけの力を持った山内くんもここで退学になるのは惜しい人材だよ。もちろん平田くんもみんなのために身を犠牲にしてくれるだけで本質的には退学したいわけじゃない。でも、堀北さんなら退学になってもお兄さんと過ごせるんだから嬉しいよね。本当にクラスの事を思うなら堀北さんが退学になってくれないかな?私もみんなも堀北さんが嫌いってわけじゃないよ。ただただクラスのために協力して欲しいだけなの」

 

「そう。あくまであなたは私を退学にしたい、ということね」

 

「そんなことないよ。クラスの事を考えたら悲しむ人がいないこの方法しかないんだよ。堀北さんはお兄さんと幸せになってくれないかな」

 

「櫛田さんの考えはよくわかったわ。それでも私の主張は変わらない。クラスで協力して山内くんを退学にすべきよ」

 

2人のやり取りを見て各々考えはじめるクラスメイト。

櫛田の主張は多少強引ではあったが、退学したとしても救いのある人間がいる、というのは退学者を選ぶうえで罪悪感が薄れる。

そもそも堀北の主張通りクラスが団結してしまえばお手上げだったため、上手くかき乱すことができたと言えるだろう。

 

「お前たち、騒がしいぞ。廊下まで声が聞こえている」

 

朝のホームルームを始めるため茶柱が入室したことで話し合いは打ち切られる。

結論はでないままではあったが、批判票は3名選ぶ必要がある。山内だけでなく堀北も選ぶ生徒が出てきてもおかしくはない。

そうなれば賞賛票の差で堀北が退学になる可能性も高くなってくる。

種さえ撒いてしまえば、結局人望の問題でしかなく、このあと櫛田が『誰も悲しまない選択』として堀北に投票するようにお願いして回れば済む話。

 

『清隆くん、これ』

 

愛里からメールと共に写真が送られてくる。

 

『大変な役割を任せてすまなかった』

 

『ううん。頼ってくれて嬉しかったよ。また何かあったらいつでも言って欲しいな』

 

『助かる』

 

メッセージを送り終わったところで改めて写真を見る。

 

教室での議論中、愛里にチャットを送り、廊下に出てもらった。

あの時間に教室の外で話を聞いている人物。他クラスからの偵察とみていいだろう。

普通なら教室から出てきた時点で警戒されるが、人畜無害そうな愛里であれば相手も油断する。

 

あとは得意の撮影技術を活かしこっそり撮影してもらうことで、無事手に入れることができた。

 

写真には、橋本や神室、金田などが映っているが――ひとりだけよく知らない生徒が隅にひっそりと潜んでいる。

他のメンバーからは視認されにくく、偶然居合わせたと主張できる位置取り。

なるほど。ポチとの動画を撮ったのはこの生徒――山村美紀だと思ってよさそうだ。

 

今回、一番注意すべき問題はあの動画の入手方法だった。

今後も似たような手を使われかねないし、はっきりしないままではこちらの行動も制限される。

 

教室で騒ぐような状況になれば、勝負のため坂柳が偵察を送ってくることは明白。

橋本や神室は本命のカモフラージュだろう。本人たちも囮にされているとは知らされていないかもしれない。

 

あとは、今回の議論の情報を持ち帰って、坂柳がどう判断するか。

勝負のことを知っている坂柳からしてみれば、オレが櫛田を利用して堀北を退学にしようとしているように見えるはず。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

結局、放課後になっても明確な結論が出ないまま、解散となった。

 

堀北としてはクラスメイトが自分や平田を切る愚かな真似をするとは思えない。

山内は山内で賞賛票の件と櫛田が味方に付いたことで完全に安心しきっている。

平田は……今朝の出来事が余程堪えたのか、その後一言も発することなく帰宅した。

 

「はぁー、もう最高の気分だよ、綾小路くん。あの堀北の顔見た?」

 

「そうだな」

 

恒例の退学会議。昨晩がステーキだったからか、今日は退学ソングを歌いながら海鮮丼を用意してくれた櫛田。

初めて食べたが、いくらやウニが高級食材である理由もわかるな。

大トロも舌の上で溶けていく。

 

クラス全体に堀北からメールが届く。

一瞬、櫛田の顔が歪むがすぐに満面の笑みを浮かべる。

 

「アイツ馬鹿なんじゃない。こんなの用意しても、もう大半の生徒は堀北に投票する約束になってんのにさ」

 

差し出す画面に表示されたのは、山内を退学にするために、誰が誰に賞賛票、批判票を入れるかを記載したもの。

今朝の主張から変化しているのは、山内、池、須藤、平田に加え、櫛田も協力しないものとして扱っていることぐらい。

 

「そうだな。そしてこれが証拠の音声だ。たまたま録音していた3年生がいたんだが、譲ってもらうのに少し時間がかかった」

 

櫛田の携帯に、あの日録音していた音声データを送る。

 

『私が勝ったらこのチョコを受け取る。負けた場合は……自主退学します』

『嘘だろ、鈴音。俺たちより兄貴を選ぶってのかよ』 

『それは比べるまでもないことよ』

 

再生されるのはバレンタインの時のやりとり。堀北のクラスを捨ててもいいとも取れる発言。

 

「これを朝から証拠としてクラスで流せばダメ押しになる。もっとも櫛田の誘導がオレの予想よりも優れていたから必要ないかもしれないが」

 

「そんなことないよ。未だに堀北さんのこと信じてる人もいるみたいだし、念には念を入れておかなきゃね」

 

櫛田は「ありがとう」と大事な宝物を扱うかのように携帯をしまう。

 

「あぁ。早く明日にならないかなぁ。……そうだ、試験が終わったら打ち上げしなきゃだね。こんなにめでたい日もないじゃない。だからさ、ちょっと学生には敷居が高いんだけど、行ってみたいところがあって……なんでも天才ピアニストがいるって噂の高級レストランなんだけど、綾小路くんが良ければこれから予約しておくね!そうしたらそこで――」

 

「打ち上げ?お前は何を言っているんだ」

 

頭にはてなマークでも浮かんでいるかのように首を傾げ、キョトンとしている。

 

「え?退学祝いだよ。これまで散々苦しい目にあった分、ぱぁーとお祝いしようよ」

 

「わかっていないようだから、至極当然で当たり前のことを櫛田に伝える」

 

混乱する櫛田の目をしっかりと捉え言葉を続ける。

 

「堀北を退学にしたら、二度と退学にできない」

 

「は?……そんなの当り前だし、それの何がいけないのよ」

 

「オレたちの関係はなんだ?」

 

「……堀北退学同盟?」

 

「そうだ。こうして集まるのも堀北を退学にするためでそれ以上でもそれ以下でもない。つまり、堀北が退学になった時点でこの同盟は終了。お互い、ただのクラスメイトに戻ることになる。だから打ち上げも何もない」

 

「えっ……」

 

「オレは櫛田とこうして堀北退学のためにあれこれする日々は、正直嫌いじゃなかった。だが、肝心の堀北がいなくなってしまえば、それを続けることはできない」

 

「そ、それは……」

 

「櫛田がこの部屋に来るのも今日限りだ。合鍵も回収させてもらう」

 

「ちょ、ちょっとッ」

 

置いてあった合鍵に手を伸ばすと、慌ててオレの袖を引っ張る櫛田。

 

「どうした?堀北退学後には不要なものだろ。堀北が退学になった後、櫛田はやっと解放されるんだ。堀北退学のない世界で楽しく過ごしてくれ。オレは空いた時間、生徒会でも頑張ることにする」

 

「そんな言い方ないじゃない。別に堀北退学後だって仲良くできるはずだよ」

 

「逆に聞くが、堀北退学がなければオレたちは今の様な関係になっていたか?そうじゃないはずだ。櫛田にとっては山内や池と変わらない存在だったろ。だったら、堀北が退学になった後もそうなるのは目に見えている」

 

そう言って櫛田の手を振り落とし、合鍵を手中に収める。

 

「櫛田が一刻も早く堀北を退学にしたいってことは、残念だが退学ライフを悪くない毎日だと思っていたのはオレだけだったんだな。……堀北の退学は決まったようなものだ。これ以上話すこともない。もう出て行ってくれないか?」

 

「ひ、ひどいよ。綾小路くん、私だって、私だって……バカバカバカバカバカーッ!!」

 

かつて枕だったものを投げつけ、櫛田は部屋から去っていった。

櫛田が怒って出ていくのはあの日以来か、などと思い出し面白くなってくる。

 

「櫛田、お前の選択を見せてくれ」

 

準備を終えたことで退屈だった明日の試験も少しだけ楽しみになってきた。

 

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