3月8日。
学年末の特別試験開始日。
今回の試験はクラス内投票とは異なり、事前に生徒会のチェックも入った予定通りのもの。そのため試験そのものにはオレを退学にする仕組みはないと言える。
ただ、例年、学年末の特別試験自体が退学の可能性を含むハードなもの。
オレが生徒会の仕事でチェックを担当したのは2年生の特別試験だったが、かなりの人数が退学になってもおかしくないような試験だった。
学曰く、1年生の学年末試験は退学者が続出するような難易度ではないとのことだが、はたしてどんな内容なのか。
加えて坂柳との勝負も継続中。
今後を考えると、この辺りで区切りをつけ、月城の対策へ集中したいところ。
朝からそんなことを考えつつ、登校の支度を整えていく。
寮の外へ出ると試験前で殺伐とした学校の空気とは裏腹に、春の訪れを感じさせる暖かな風が吹き抜けた。
「もう1年になるんだな……」
陽気な空を眺めながら、入学してきた頃の気候に近づく世界に思いを馳せる。
「おっはよー!あやの――」「よう!綾小路」
左右から声が聞こえた気がしたが、ひとまず右の方を向くと少し離れたところからこちらに近づいてくる男――いつものニヤリ顔で南雲が現れる。
春になると変な輩が出てくるというのはこういうことか。
「浸っているとこ悪いが、ツラ貸せよ」
「南雲先輩は十分カッコいいので、オレのツラはいらないでしょう」
「おいおい、おだてても何も出ねーぜ。お、あそこに自販機あるな、コーヒーでいいだろ」
同行を拒否したつもりが曲解され、なぜかコーヒーを奢ってもらった。
こうなるともらうだけもらって去るわけにも行かなくなり、結局一緒に登校するはめに。
「この前の1年の特別試験、生徒会役員は2人とも多数の票を集めて1位だったらしいな。生徒会長として誇らしいぜ」
「誰かさんが余計なことをしなければもっと簡単に済んだ試験だったんですがね」
「その誰かさんが誰かは知らねえが、きっと善意だろうよ」
「その人の善意は大抵ろくなことにならないので困っています。なんとかしてください、生徒会長」
「ま、捉え方次第ってやつさ」
山内への資金援助など知らぬ存ぜぬの姿勢。
試験の話を振ってきたのは山内が対価に何を差し出したのか、オレがどこまで情報を掴んでいるかの探り、といったところか。
「それで朝から何の用ですか」
山内が200万ポイントの代わりに南雲へ何を献上したかは知らないが、それを南雲に悟らせる必要もない。
「せっかちな野郎だな、先輩とのコミュニケーションをもっと楽しんでもバチは当たらないだろ」
「あー、コーヒーを飲んだら急に尿意が。走って学校まで行きますんで失礼しま――」
「待て待て。来年度からより実力主義の学校に変わっていくのはお前も知っての通りだ。綾小路がいないと遊び相手に困るからな、今度の特別試験も生き残れよ」
「わざわざそれを言いに?」
「ま、お前に限っては余計なお世話だろうがな」
「南雲先輩こそ、余裕がありそうですが大丈夫なんですか?2年生も今日から特別試験ですよね」
「俺が退学になるレベルの試験なら2年は全滅だな」
大層な自信だが、南雲は2年Bクラス以外を手中に収めている状態であるため過大評価とも言えない。もちろん全員が退学になるわけはないが、多くの学生のポイントを集約している南雲が退学になれば、2年全体の損失は計り知れない。
つまりそこが南雲にとっての弱点とも言える。
「それを聞いて安心しましたよ。実は2年生の試験をチェックした際に、ひとつだけアイディアを提案しておきました。きっと気に入ってもらえます」
「……いやな予感しかしねえな」
「いえいえ。それこそ善意の行動ですから」
「ったくいちいちイヤミな野郎だ」
南雲に言われたらおしまいだな。
「それで話を要約すると、オレとの勝負は来年度、今は堀北学との勝負に集中したいから邪魔するなよ、と釘を刺しにきたってことでいいですか」
「……よくわかってるじゃねえか」
「それなりに付き合いも長くなりましたからね。邪魔はしないので、オレとの勝負もなしってことで」
「ハッ、勘違いしているようだが、今後は学年の垣根を越えた特別試験が増える。望む望まないに関わらず俺たちは競い合う運命ってわけさ」
「嫌な運命ですね……」
いっそのこと学に助力して南雲には退場してもらった方が楽か?
いや、南雲にはしかる時まで生徒会長でいてもらわなければ計画に支障がでる。適当にあしらっていくしかないか。
そんな無駄話をしているうちに校舎が見えてくる。
「ま、観念するんだな。それと、特別試験期間中も生徒会活動はある。卒業式関連の準備がメインだ。ちゃんと顔を出せよ」
言うだけ言って南雲は校舎近くにいた2年の女子グループのもとへ向かっていく。
「卒業式……か」
堀北学を退学にしようとする一方で、しっかりと送り出す準備も行う矛盾。
本当に南雲が望んでいる結末は何なんだろうな。
ただ、矛盾というのであればオレも人のことは言えない。
寮を出た時に左の方から聞こえた声。
その声の主がずっと後ろからついてきている気配はしていたが、振り返ることなく校舎に入ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
教室に入ると、いつもの賑やかさはなく、仲間内で集まって会話はしていても大声で騒ぎ立てる者はいなかった。
理由はシンプルで、今日はクラス内投票終了後から初めての登校となるため。
入室してきた生徒たちの視線が一度は山内のいた席に向けられる。
土曜日までは40席あったが、今では39席になっており、その分後ろの席から前に詰められていた。これまで当然のように一緒に過ごしてきたクラスメイトの退学。それは生徒たちに一種の恐怖を植え付けたかもしれないが、悪いことばかりではない。
南雲が以前言っていたように、初の退学者が出たことで各々思うところがあったのだろう。試験前のタイミングにおいて、これまでよりも良い緊張感を持てているように見える。
この様子ならクラス争いに積極的でなかった生徒たちの取り組み方も変わってきそうだ。
「――では、これより今年度最終試験の発表を行う」
ホームルームの時間になると茶柱先生が入室して、無駄話をすることなく淡々と話を進める。
「一年間を締めくくる最後の特別試験ではこれまでの集大成を見せてもらうことになる。試験名は『選抜種目試験』だ。対決するクラスを決めクラスの総合力で競い合ってもらう。詳しく説明していくと――」
茶柱先生の説明をまとめれば
①各クラス自分たちで10種類の対決種目を作成。
種目は筆記、将棋、トランプ、野球、極端な例でいえばジャンケンでも可能。参加人数やルール、勝敗のつけ方まで決めることができるが、公正かつわかりやすいもので必ず勝ち負けがつくものでなければならない。
参加人数は1~20名の範囲で設定する必要があり、同じ人数の種目は設定できず、10人以上の種目は2つまで。
種目自体も、同じ内容と判断されるものは1種類までで、長時間の時間が必要なものなどは採用が見送られる可能性がある。
種目は作成したものを学校に提出して審査を通過すれば決定となる。
ルールが大幅に改変されたものやマイナーなジャンルなどは不許可になる場合もある。
②作った10種目の中から対戦前に5種目を選んで『本命』として提出し、対戦クラスの5種目と合わせて合計10種目のうち、ランダムに7種目が選出され競い合う。
日程は
3月8日 特別試験発表。対決クラスの決定
3月15日 10種目の確定。対決クラスの10種目及びそのルールの発表
3月22日 選抜試験当日
であるため、試験の本番の対決は2週間後。
ちなみに24日が卒業式、25日は終業式というスケジュールとなっており、なかなか慌しくなりそうだ。
また、各生徒が出場できるのは1種目のみだが、クラスメイト全員が種目に参加した場合に限り、2週目の参加が可能になる。
③クラスの中から1名だけ、司令塔と呼ばれる役割を持った生徒を決める必要がある。
司令塔は種目には参加できず、その種目にどの生徒を参加させるかを選択し、種目ごとに定めるルールの範疇で関与することができる。関与については、例えばババ抜きでの勝負なら『参加生徒に代わって1度だけ引く札を選べる』や『一度だけ自クラスメンバーの引く順番を任意の順に変更できる』など。どう関与させるかも、種目内容を決める上で重要になってくる。
責任が重い分、司令塔には勝利時に個別にプライベートポイントが与えられるが、クラスが敗退した際は退学となる。
④勝敗は7種目中4勝した方の勝ちとなり勝利クラスには100クラスポイントが贈呈される他、1種目ずつ勝ったクラスが負けたクラスから30クラスポイントを獲得できる。
つまり7連勝した場合、合計で310クラスポイントの増加となり、相手のクラスはマイナス210クラスポイントとなり、一気に差を詰める、もしくは離すことができるだろう。
逆に負けたとしても3勝4敗の接戦であればマイナス30クラスポイントだけで済む。(司令塔は退学になるが)
大体こんなものか。
この一年を総括する試験らしい内容。
自クラスの強みをどれだけ活かすか、また対戦相手が用意した種目をどう攻略するか。
皮肉にもこの試験内容であれば山内の退学はプラスに働く。
そしてこの試験だけでなく、今後の筆記試験の平均点なども上がることは確実であるため、それを生徒たちがどう取るか、あるいはどう取らせるかが来年度以降の明暗を分けることになりそうだ。
話を戻すが、司令塔には退学のリスクがあることも留意すべき部分。
これ以上退学者を出さない方針でいくなら、負けた場合でも退学を無効にできるプロテクトポイントを保持している生徒が適任とされるだろう。
つまりこのクラスで言えばオレとなってしまう。
「司令塔になった生徒は今日の放課後多目的室に集まってもらい、くじをして対戦クラスを選んでもらうことになる。それまでに誰にするか決めておくように。決まらなかった場合は、私が代わりに決めることになる」
こちらを見ながらそんなことを言う茶柱先生。
あの担任に任せたらプロテクトポイント云々は関係なくオレを指名しそうだ。
今後月城がオレの退学を狙ってくる以上、プロテクトポイントのような保険はあるに越したことはない。
それに坂柳との約束があるため、この試験、どう転んでも対戦相手はAクラス。
種目の決め方次第ではAクラスにも勝てる可能性は十分あるが、試験の性質上、総合力で劣るCクラスのメンバーでは負ける可能性もある。
よってできるだけ司令塔になるのは避けたいところ。
坂柳としても、何かの種目で1対1で戦うことができた方が嬉しいだろう。
「ルールの説明は以上だ。残り時間はルールを確認するなり、戦略を立てるなり自由に使っていい。詳細をまとめた資料を1部用意してある」
説明を終えた茶柱先生が資料を置き、教室から出て行こうとしたところで急に立ち止まる。
「それと綾小路はこれから生徒指導室へ来い。少し話がある」
久々に茶柱先生から呼び出しを受ける。
これから特別試験の対策を~といった重要な時間を差し置いての呼び出しに、周りからも「アイツ何をやらかしたんだ」と言わんばかりの顔で見つめられる。
身に覚えはないな……。
先月の茶道部の活動で良質な茶葉を1名分切らしてしまい、しれっと茶柱先生のお茶だけ安物にしたことに気づかれたか?
あの時はいつも通り美味しそうに飲んでいたように見えたんだが……。
このまま留まっていても変に注目を浴びてしまうため、大人しくついて行くことに。
話し合いに参加できずとも後から堀北なり櫛田なり綾小路グループなりに共有を受ければいいため、特に問題はないが……まさか不在の間にこれ幸いとクラスで示し合わせてオレを司令塔に担ぎ上げるなんてことはしない……よな。
「堀北、オレが戻ってくるまで――」
「みなまで言う必要はないわ。ちゃんとわかっているから」
「そうか、なら後は頼んだ」
念のため、堀北にあとを託し退出する。
最近の堀北は自信に溢れていて頼もし……いや、このパターンは毎回ロクな結果になっていない気がする。
夏休みに起きた綾隆の惨事などが走馬灯のように頭を過ぎってゆく。
「綾小路何をしている、早く来い」
引き返そうかと考えたが、それは叶わなかった。
仕方がないので茶柱先生の用事を早く済ませて戻ることにしよう。
「最近、坂柳と葛城と何かしていたな」
「ええ」
指導室に入り椅子に座るなり話を始める茶柱先生。
何のことかと思えば先日の勝負のことか。
「その葛城だが、この前、体の至る所に打撲を負って保健室にやってきた、とチエから聞いたんだが……。まさか物理的にAクラスを倒しにいくとは、この私の目をもってしても見抜けなかったぞ」
とんでもない勘違いをされていた。土曜日だったからな、あの後病院に行けず、保健室で応急処置をするしかなかったのだろう。
「確かに葛城の身体能力の向上には目を見張るものがあった。万全な状態であれば当然今回の試験の脅威となっていたに違いない。だが、だからと言って先に対策しておくにしても褒められたやり方とは言えないぞ」
「誤解です。第一こんな華奢な身体で、あんなマッチョに手傷を負わせらるとでも?」
「お前なら、あるいは坂柳を人質に……いや邪推だったようだ。葛城は頑なに怪我の理由は話さなかったらしくてな、ちょっと心配になったんだ。何か知っていたらと思ったんだが」
「残念ながら……」
月城のことを話しても信用してもらえる可能性は低く、仮に信じてもらったところで理事長代理の権力でもみ消されるだけ。
報復として、名誉毀損などと主張し何らかのペナルティを与えてくる可能性すらある。
下手なことをしてこれ以上葛城たちが目をつけられる必要はないため、オレも何も言わないことにした。
「そうか。疑うような真似をしてすまなかったな。私がAクラスAクラスと言いすぎたばかりにお前を追い詰めてしまったのかと……」
「茶柱先生が心配してくださるなんて意外ですね」
「これでもお前たちの担任だ。……教師としてだけでなく、卒業生としても、この学校の厳しさはわかっていたつもりだが――それでも前回の試験で思う所がなかったわけではない」
少し遠くを見つめる茶柱先生は、山内のことを思い出しているのか、あるいは別の何かか。いずれにせよ、意外な一面ではあるな。
「っと、生徒にする話じゃなかったな。お前相手だとどうも生徒と話している気がしないのがいけない」
「おかしいですね、オレとしてはちゃんと生徒と教師として接しているつもりなんですが……」
「……」
ジトっとした目で睨まれる。
「まぁいい。次の試験も期待しているが、卒業までまだ2年はある、あまり無茶はするなよ」
「いつも通りやるだけです。それにしても茶柱先生もこの一年でだいぶ変わりましたね」
「そうか?」
自覚はなさそうだが、以前の茶柱先生ならAクラスに近づくのであれば、どんな手段を用いたとしても黙認したはず。
こんなことでわざわざ呼び出して確認はしなかったのではないだろうか。
この一年で堀北をはじめ多くの生徒、さらには教師まで成長し変わっていく。
ホワイトルームの学習量には遠く及ばない一年ではあったが、それは学ぶ対象の違いによるもの、気にはしていない。
ただ――この外の世界でオレはどれだけ成長できたのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
教室に戻ると、平田と堀北が教壇に立ち今後の方針についてクラスメイトたちと協議していた。
「お帰り、綾小路くん。大丈夫だった?」
「ああ。たわいのない話だった」
「それなら安心したよ」
平田がオレに気付き声をかけてくる。
山内の一件もありだいぶ気落ちしていた様子だったが、結果的に自分が悩み抜いて出した方法での選出になったことで、幾分かは割り切ることができたように見える。
「早速だけど、あなたがいない間に司令塔を決めておいたわ」
席に着いたところで、堀北が話し合いを再開する。
「……オレの意見は?」
「さっき私に任せてくれたじゃない。それに、あなた以外全員の賛同は得たわ。多数決するまでもないでしょ?」
悪い予感が的中する。
まさかオレを司令塔にするために茶柱先生と堀北が結託していたのか?
「わかった。何を言っても決定は覆らないんだろ」
「ええ、もちろんよ」
司令塔になったらなったで、プロテクトポイントを失わないためにAクラスを倒せばいいだけ。変に騒ぎ立ててクラスの士気を下げるのは得策ではない。
その後は黙って話し合いの続きを聞くこととなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昼休み。
ホームルームで発表された特別試験についてクラスのみんなで話し合いをしている。
「じゃあ私が司令塔を務めるね」
「うん!帆波ちゃんになら安心して任せられるよ」
「だな!一之瀬以外に適任はいないぜ」
どのクラスと対決しても負けるつもりはないけど、退学者を出すリスクをゼロにできるなら、それに越したことはない。
手前味噌じゃないけど、クラスのみんなのことを一番把握しているのも私だと自負している。退学対策を差し引いても適正はあると思う。
それに……きっとCクラスは綾小路くんが司令塔として出てくる。
そのチャンスを活かしたい。
クラス内投票の打ち上げに誘ったけど『クラスメイトが退学になった状況で楽しめそうにない』と断られてしまった。
そんなことちょっと考えればわかるはずの当然のことだったのに軽率なことをしてしまったと反省している。
なんだか、綾小路くんなら全く気にしてないんじゃないかなって思っちゃってて……ううん、言い訳はよくない。
今朝もそのことを謝ろうと思って自販機の裏でこっそり待ってたんだけど、タイミング悪く現れた南雲先輩に邪魔されちゃった。
そんなこともあって一時期と比べると全然綾小路くんと話せてなくて……。
だから対戦クラスを決めるくじをした後に少しでもいいから話したい。
そうすればきっと……この何とも言えない不安な気持ちも解消できるはず。
「あとは対戦クラスをどうするか、だね」
まず、綾小路くんのクラスとは
そうなると坂柳さんのクラスか、椎名さんのクラスか。
Aクラスを目指す以上、坂柳さんのクラスと直接対決をするのが一番シンプル。
強敵だけど、今回の試験ならチームワークを活かせば決して敵わない相手じゃない。
ただ、勝利数が獲得ポイントに直結するから、Aクラスの相手は綾小路くんに任せて、私たちはより多くの勝ち星を狙えそうな椎名さんのクラスを狙う手もある。
「って考えてるんだけど、みんなの意見を聞かせてもらえないかな?」
1人で決めることでもないため、仲間に意見を募る。
「一之瀬、ちょっといいか」
「もちろんだよ、神崎くん」
クラスの参謀としていつも冷静に物事を判断して意見をくれる神崎くん。
今回もきっと頼りになる考えを披露してくれるに違いない。
「綾小路からメールが来て呼び出された。すぐ済むらしいから会いに行ってきていいか?」
カン、ザ……キ…ク、ンんんんッ!!?
「えっと、うん、大丈夫ダヨ」
「すまない、きっと試験に関することだろう。こちらから何か伝えることはあるか?」
「イマノトコロナイカナ」
伝えたいことは自分で伝えたい。
それにしてもなんで神崎くんなの……。
退出して10分も経たないうちに裏切も……神崎くんは戻ってきた。
「やはり試験のことだった。対戦相手を決める際にAクラスを譲って欲しいそうだ」
「そうなんだ」
「先日の試験での借りもある。俺としては承諾して問題ないと思うんだが、どうだろう」
「いいんじゃないか。元々俺たちもどっちと戦うか悩んでたところだったし、なっ」
「うん、私もそう思うよ」
神崎くんの意見に、渡辺くんや麻子ちゃんが賛同し、他の仲間たちも頷いている。
「私も異論はないかな。じゃあこの返事は私からしてお――」
「よし、メールで承諾の旨を送っておいた。これで俺たちもDクラスへ的を絞った戦略を立てられるな」
「あ、えっ……そうだね、ありがとう」
どうしてこんな時に限って仕事が早いの?
神崎くんはもっと綾小路くんのことを疑うとか、そういうポジションじゃなかった?
ううん、クラスのためを想っての行動だし、責めるのはおかしい。
綾小路くんとは放課後の対戦クラスの決定の時やその後の生徒会活動でも会えるんだし、気にしない、気にしない、気にしない……。
昼休みの残り時間はどんな種目が良いかを話し合って、待ちに待った放課後を迎えることになった。
「それじゃ行こっか、一之瀬さん」
「はいっ!」
星之宮先生に連れられて特別棟の多目的室へ向かう。
「これからくじだけじゃなくて司令塔のシステムの説明もあるから、よろしくね」
「任せてください」
綾小路くんとのことはともかく、クラスにとっても重要な一戦。
この結果次第では、2年次はAクラススタートだって十分にあり得る。
その司令塔を任されたんだから、全力で取り組まなくてはならない。
「私たちが一番乗りみたい。他クラスが来るまでのんびりしててー」
多目的室に到着すると、向かい合わせに置かれたパソコンと共通の大きなモニターが目に入る。
これを使って当日は生徒の選出や関与をしていくのだろう。
各クラスの司令塔は、十中八九プロテクトポイント持ちの生徒。
退学のリスク回避はもちろんだけど、みんな実力的にも申し分ない。
PC周りを確認していると、多目的室のドアが開く音がして、サッと振り返る。
「Bクラスはやはり一之瀬が司令塔か」
「そういうAクラスも予想通り葛城くんなんだね」
入ってきたのは葛城くんと担任の真嶋先生、だった。
「まぁ色々あってな。司令塔を務めることになった」
「色々?それって土日ジムに来てなかったことと関係があったりする?」
「土日は筋肉を休ませる日にしただけだ」
「そっか、そっかー。考えすぎだったみたいだね」
珍しくジムを休んでいた葛城くん。
1人でダンベルを上げていた高円寺くんが少し物寂しそうにしていたから印象に残っていた。
「あ、サエちゃん、いらっしゃ~い」
「星之宮先生、生徒の前です。適した呼び方を」
「ケチケチしないでさー、もう放課後なんだし、まだ説明前だし良いじゃない」
ほわっとした星之宮先生を怪訝な顔で茶柱先生が注意する。
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
茶柱先生が来たってことは綾小路くんも到着したことを意味する。
茶柱先生の後ろから教室に入ってくる人影が見えた。
「やっほー、あやのえええっ!?」
「人の顔を見てのリアクションなら失礼だと思うのだけれど」
「わわっ、ごめんね。えっと予想と違ったから驚いちゃって」
現れたのは、まさかの堀北さん。
つまり退学を覚悟で司令塔を引き受けてきたことになる。
「言いたいことはわかるわ。でも、どうやら私のクラスだけが特別ってわけでもないようね」
そうして堀北さんの視線は、さらに後ろから多目的室に入ってくる生徒に向けられる。
「これはまた予想外の人選だな」
葛城くんも思わずそんなことを漏らす。
「みなさん、よろしくお願いします」
ゆっくりと力強く発せられた挨拶。
その声の主は――Dクラスの諸藤さんだった。